「いつから血を吐くようになったんだ?」
「咳が数週間続いて、暫く治まったかと思ったら、急にまたぶり返してきて・・」
環はそう言うと、再び咳込んだ。
「病院で一度診て貰おう。」
「大丈夫です、すぐに治りますから。」
「大丈夫な訳があるか!こんなに血を吐いて・・」
「ルドルフ様、この事は父上や母上には言わないでください。二人を心配させたくないのです。」
「解った。」
ルドルフは朝まで、咳込んでいる環の背を擦り続けた。
「お母様、今日は授業参観日よ。学校に来てくださるのでしょう?」
「まぁ、今日だったのね。最近忙しくてすっかり忘れていたわ。」
「五時間目の授業には必ず来てね、約束よ。」
「ええ、解ったわ。」
午前中環は読書や刺繍をして時間を潰し、昼食を食べた後環は菊が居る学校へと向かった。
「うわぁ、可愛いお弁当!」
「これ、今日の為にお母様が作ってくれたのよ。」
昼休み、菊は教室で環が作ってくれた弁当を頬張っていた。
「孝君のお弁当も美味しそうね。」
「お母様が早起きして僕の為に作ってくれたんだ。」
「二人は良いわねぇ、優しいお母様が居て。あたしん家の母さんなんて、いつもあたしに怒鳴ってばかりよ。」
菊の友人はそう二人にこぼすと、握り飯を頬張った。
午後の授業が始まり、菊は落ち着かなさそうに時折教室の後ろを見ていた。
「どうしたの、菊?」
「お母様、来てくれるかなぁ?」
「大丈夫だ、来てくれるさ。」
孝がそう言った時、教室に環が入って来た。
彼は、美しい訪問着姿だった。
「お母様。」
菊がそう言って環を見ると、彼は人差し指を口の前に立てた。
「お母様、来てくださったのね。」
「菊、良くお勉強していたわね。」
放課後、環がそう言って菊に微笑むと、彼女は環に抱きついた。
「お弁当有難う、お母様。これから、孝君のお家に遊びに行ってもいい?」
「いいわよ。余り遅くならないでね。」
「わかったわ、お母様!」
菊が孝達と教室から出て行くのを見送った環は、帰宅してすぐに居間のソファに座り込んだ。
「奥様、お帰りなさいませ。」
「静さん、熱いお茶を淹れて頂戴。」
「かしこまりました。」
静が厨房で茶を淹れていると、居間の方で大きな音がした。
「奥様?」
彼女が居間に入ると、環が胸を押さえて苦しそうに咳込んでいた。
「奥様、しっかりしてください!」
「大丈夫、すぐに治まるから・・誰にも、言わないで。」
そう言った環は、意識を失った。
「静さん、タマキが倒れたって、どういうことなんだ?」
「菊お嬢様の授業参観からお帰りになられた時、急に苦しそうに咳込まれて・・お茶を淹れに厨房へわたくしが行った際、大きな音がして居間に入ったら、奥様が・・」
静はそう言うと、両手で顔を覆って泣き出した。
「わたくしがもっと奥様の異変に気づいていれば、こんな事にはならなかったのに・・」
「自分を責めては駄目だ。」
病室の前でルドルフと静がそんな話をしていると、中から医師が出てきた。
「貴方が、環さんのご主人ですか?」
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