「お見合い、お疲れ様でした。旦那様、お相手の方はどのような方でした?」
「相手は梶谷さんの知人のお嬢さんで、今年女学校を卒業した伯爵令嬢だった。」
「まぁ、華族のお嬢様でしたか。その方はどのような方ですか?」
「部屋を取っているので、話だけでも聞こうと思ったら、わたしが部屋に入った途端、彼女はわたしに抱きついてきて帯紐を解き始めた。世間知らずなお嬢さんかと思ったら、大胆な行動に出て呆れてしまったよ。」
「華族のお嬢様でも、色んな方がいらっしゃいますからねぇ。その点、菊お嬢様はしっかりしていらっしゃいます。」
「ああ。あいつには、良い嫁ぎ先を見つけてやらないとな。」
ルドルフがそう言ってコーヒーを飲んだ時、居間に菊が入って来た。
「お父様、縁談はお断りになったの?」
「ああ。お前が留学するまで、お前と二人きりの時間を過ごしたいからね。」
「まぁ、そうなの。」
ルドルフは菊に、見合い相手に迫られたことは話さなかった。
「ねえお父様、もしわたしが結婚したら寂しい?」
「それはその時にならないと解らないな。」
「そう。ねぇ、お父様も一緒にウィーンへ行くの?」
「そうだね。何年も帰って居ないから、今ウィーンがどんな街になっているのか、知りたいね・・」
ルドルフはそう言うと、目を閉じて環と青春時代を過ごした頃のウィーンの街並みを思い出した。
「それよりも菊、いくら伊勢崎さんが推薦してくださっていると言っても、女学校に入学するには試験があるんだから、ちゃんと勉強しないと入れないぞ。」
「解っているわ、そんな事。」
菊のブロンドの髪を撫で、ルドルフは二階の寝室へと上がった。
寝室に入ったルドルフは、寝台のサイドテーブルの上に置かれている写真立てを手に取った。
そこには、結婚式の時に、環とルドルフが写真館で撮った写真が入っていた。
「タマキ、わたしがお前の元に逝けるまで、わたしとキクの事を見守ってくれよ。」
ルドルフはそう言って写真の中の環に向かって投げキスすると、そのまま朝まで眠った。
翌朝、ルドルフがダイニングルームで菊と朝食を食べていると、静が何やら慌てた様子でダイニングルームに入って来た。
「どうした、静さん?何かあったのか?」
「旦那様、大変です!」
静がそう言ってルドルフに手渡したのは、今朝の朝刊だった。
その一面記事には、長谷川商会と政界との癒着があったという内容の記事が掲載されていた。
「一体誰が、こんな出鱈目な記事を書いたんだ?」
「旦那様、外に記者の方が・・」
突然家の外から荒々しいノックの音が響き、菊は恐怖で身を竦ませた。
「お父様、怖いわ!」
「キク、自分の部屋に行きなさい。」
「解ったわ。」
菊がダイニングルームから出て、二階の部屋へと向かおうとした時、突然玄関のドアが開いて一人の男が彼女の口を塞いだ。
「お前が、あの女の娘だな?」
「貴様、何者だ!娘から手を離せ!」
菊の悲鳴を聞いたルドルフがそう言って侵入者に銃口を向けると、彼は菊の首筋に持っていたナイフを押し当てた。
「動くな!大事な娘が死にたくなければ、俺の言う通りにしろ!」
「お前の望みは何だ?」
「この子の前で、真実を話せ。そうすれば、娘の命は助けてやる。」
「真実って何なの、お父様?彼は一体何を言っているの?」
「キク、落ち着いて話を聞いてくれ。お前は、お父様と亡くなったお母様の実の娘ではないんだ。お前の本当のお母様は、お母様の親友だった方だ。その方は、ある事件に巻き込まれて亡くなり、生まれたばかりのお前をわたし達が引き取ったんだ。」
「そんな・・」
菊は自分の出生に関する真実をルドルフから聞かされ、激しく動揺した。
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