2016/01/26(火)14:40
蒼―lovers―玉 293
菊が同級生と喧嘩した後、彼女に対する嫌がらせや陰口といったものはなくなった。
「只今戻りました。」
「お帰りなさい、菊さん。今静さんと二人でケーキを作ったのよ。」
「頂くわ、お義母様。」
菊はソファに鞄を置くと、瑠美子と共に厨房へと入った。
厨房に入ると、焼き立てのケーキのいい匂いがした。
「お義母様、何か手伝う事はありませんか?」
「まぁ、学校から帰って来て疲れているのに、手伝わせてしまって済まないわね。」
「いいえ。美味しそうなケーキですね。」
「ベリータルトよ。貴方のお母様の書斎に置いてあったお料理の本を見て作ったの。」
「コーヒー、淹れますね。」
菊がマグカップに淹れ立てのコーヒーを淹れると、瑠美子は何かを考えているような顔をしていた。
「お義母様、どうかなさったの?」
「いいえ、何でもないわ。さぁ、コーヒーが冷めないうちにいただきましょう。」
「ええ。」
菊と瑠美子が居間でコーヒーを飲みながらベリータルトに舌鼓を打っていると、玄関の方から物音がした。
「何かしら?」
「わたくしが見て参ります、奥様。」
静がそう言って居間から出て行った直後、玄関ホールから彼女の悲鳴が聞こえた。
「静さん、何があったの?」
「お前が、長谷川の娘か?」
玄関ホールに菊が駆けつけると、そこには垢に塗れた絣(かすり)を着た男が立っていた。
「貴方はどなたです?」
「俺は女衒(ぜげん)から頼まれて、あんたを吉原に連れて行くようにと言われてね。さあ、俺と一緒に来るんだ。」
「嫌よ、離して!汚い手でわたしに触らないで!」
男と菊が激しく揉み合っていると、突然男が両手を頭で抱えて苦しみだした。
「菊さん、大丈夫?怪我はない?」
「お義母様!」
菊は男から自分を救ってくれた瑠美子に抱きついた。
「静さん、早く警察を呼んで頂戴!」
「かしこまりました!」
数分後、男は通報を受けた警察官によって逮捕された。
「ルミコ、キク、無事か!?」
「お父様、お義母様がわたしの事を助けてくださったのよ。」
「そうか。」
「貴方、菊さんを襲った男は、誰かに頼まれて菊さんを吉原に連れて行こうとしたのですって。」
「誰が菊を吉原へ売ろうとしているんだ?」
「さぁ、解らないわ。」
謎の男が長谷川家に乱入し、菊を拉致しようとして失敗した事件から数日が経った。
「奥様、警察の方がお見えになっております。」
「通して頂戴。」
居間に入った大宮刑事は、ソファに座ると一枚の書類を瑠美子と菊の前に置いた。
「それは何ですの、刑事さん?」
「これは、ある女性が書いた借用書です。ここには、借金の担保として貴方のお嬢さんを吉原に売ると書かれてあります。」
「少し見せてくださいな。」
「解りました。」
瑠美子は借用書を手に取り、そこにサインをしたのは自分に金の無心に来た女性だと気づき、怒りに震えた。
「どうかなさいましたか?」
「この借用書にサインした女性は、わたしの親族にあたる女性ですわ。」
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