学生会館で開かれているパーティーには、音楽院の学生達やその友人達が集まり、賑わっていた。
『かなり賑わっているわね。』
『そりゃぁそうよ、こんな所でないと日頃溜まっていたストレスを発散できないでしょう。』
そう言ったマリアは、長いブロンドの髪を結い上げている菊の方を見て溜息を吐いた。
『どうしたの、溜息なんて吐いて?』
『貴方って、本当に綺麗だなって思ってね。同じ白人でも、どうしてあたしはこんなに太っているのかしら?』
マリアは赤いドレスの上から腹の贅肉を少し摘まんで再び溜息を吐いた。
『あら、マリアだって可愛いじゃない。もっと自分に自信を持ちなさいよ。』
『それ、嫌味にしか聞こえないわ。そのネックレス、素敵ね?』
『あぁ、これ?これは亡くなったお母様の形見なの。』
菊がそう言って首に提げているアメジストのネックレスを指先で触れた時、突然周囲がざわめきだした。
『何かあったのかしら?』
『今夜の主役、王子様の登場よ!』
菊とマリアが入り口の方を見ると、艶やかな黒髪を靡かせながら、濃紺のスーツを着た長身の青年が友人達を連れて入ってくるところだった。
『あれが、ミューラー伯爵の息子さん?』
『そうよ。彼はここではちょっとした有名人なのよ。彼の事を知らないのは貴方だけよ。』
『肌が褐色だけれど、彼は何処の出身なのかしら?』
『父親の伯爵は生粋のハンガリー人だけれど、母親の方はジャイプル藩王国の王女だそうよ。』
『そうなの。』
マリアと菊がそんな話をしていると、“王子様”ことアレクシスと菊は一瞬目が合った。
アレクシスの瞳は、磨き上げられたエメラルドのような美しい翠だった。
『どうした、アレクシス?』
『いや・・あちらの麗しいお嬢さんたちが、僕の事を噂していたので、少し気になってしまったんだよ。』
そう言ったアレクシスは菊の前に立つと、優雅に彼女に右手を差し出した。
『わたしと踊ってくださいませんか?』
『わたくし、知らない方と踊るつもりはありませんわ。』
『これは失敬。わたしはアレクシス=ミューラーです。』
『わたくしはキク=ハセガワですわ。』
菊はアレクシスに微笑んだ後、彼の右手を取って踊りの輪へと加わった。
『随分とダンスがお上手でいらっしゃるのですね?』
『子供の頃に、両親からダンスを習っていましたの。両親は昔、ウィーンに暮らしていましたから。』
『そうなのですか。わたしの両親の事を、お友達から色々と聞いていたでしょう?』
『えぇ、まぁ・・』
『ここだけの話ですが、わたしの母はインドの王女ではなく、ハンガリーのロマなのです。ブタペストの街角で歌っていた母を見初め、父が親族の反対を押し切って結婚したのです。』
『まぁ、ロマンティックなお話ですわね。』
『物語の世界だと身分違いの恋をした男女はハッピーエンドを迎えますが、現実はそんなにうまくはいきませんでした。わたしの母は、わたしを産んで直ぐに亡くなりました。』
『御免なさい、辛いことを聞いてしまって・・』
『いいえ、いいんです。母は命と引き換えに、わたしを産んでくれた。母が居たから、こうしてわたしは貴方と出逢えたのです。』
アレクシスはそう言うと、菊に微笑んだ。
二人のワルツが終わると、招待客達は温かい拍手を彼らに送った。
『パーティーが終わったら、二人で何処かに出掛けませんか?』
『ええ、喜んで。』
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