パーティーの後、アレクシスが菊を連れて来たのは、オペラ座の近くにあるカフェだった。
『パーティーは好きですが、騒がしくて貴方とゆっくり話が出来ないので、このカフェに貴方をお連れしました。』
『そうでしたの。わたくしの為に気を遣ってくださって有難うございます。』
菊はそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。
『貴方のお話を聞いたのですから、今度はわたくしの両親の話をしますわね。』
『キクさん、貴方のご両親はどのような方なのですか?』
『わたしの母は日本人で、母は行方不明になった伯父を探すために渡欧しました。色々と大変な目に遭って、その時母を助けてくれたのが父だったのです。』
『もしや、貴方のお母様はあの“東洋の舞姫”と呼ばれた方ではありませんでしたか?』
『ええ、そうですわ。母をご存知でいらっしゃるの?』
『貴方のお母様は、ウィーンやプラハ、ブタペストでは有名ですよ。前の皇太子殿下も、貴方のお母様の事を大層気に入られていたという話を父から聞いたことがあります。』
『わたくし、余り母がウィーンに住んでいた頃の話を聞きませんでしたの。いつか聞こうと思った時には、もうすでに母は病で没した後でした。』
菊はそう言うと、急に環の事が恋しくなって涙を流した。
『申し訳ありません、わたくし・・』
『誰にだって、泣きたい時はあります。わたしも、母を想って泣く時があります。』
アレクシスは菊にハンカチを手渡した後、少し冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
『そろそろ寮に戻らないと、みんなが心配しますね。』
『えぇ、そうですね。』
菊とアレクシスが学生寮に戻ると、学生会館の方からパーティーの騒がしい音楽がまだ聞こえて来た。
『どうやら、パーティーは夜通し続きそうですね。』
『ええ。わたくし、夜更かしするのが嫌いなので寮の部屋で休みますわ。貴方は?』
『わたしも同感です。部屋まで送りましょう。』
『まぁ、有難うございます。』
菊はアレクシスに女子寮まで送って貰う途中、彼と互いの家族の事や趣味の事などを話した。
『送ってくださって有難うございました、アレクシス様。』
『いいえ。キクさん、貴方と楽しい時間を過ごせて良かったです。良い夢を。』
アレクシスはそう言った後、菊の額に唇を落とした。
翌朝、菊が眠い目を擦りながら寮の食堂に入ると、数人の女子学生達が彼女の元に駆け寄って来た。
『貴方、昨夜王子様と一夜を過ごしたんですってね?』
『抜け駆けなんて、ずるいわ!』
『王子様と一体何を話したの、わたし達に教えなさいよ!』
彼女達からそう詰め寄られた菊は、溜息を吐いた後こう彼女達に言い放った。
『確かにわたしは昨夜アレクシス様と楽しい時間を過ごしたけれど、貴方達が思っているような疚(やま)しいものではないわ。それに、わたしとアレクシス様が何を話したのかを、貴方達に話す義務でもあって?』
菊の言葉を聞いた彼女達は、そのまま黙り込んでしまった。
『キク、あんな人達は放っておきなさいよ。』
『ええ、解っているわ。』
『貴方に今朝、手紙が届いていたわよ。』
『有難う。』
マリアから手紙を受け取った菊は、朝食を取った後寮の部屋でそれを読んだ。
手紙は横浜の義母からで、そこにはルドルフが過労で倒れてしまったことが書かれていた。
手紙を読んだ菊は、すぐさま義母宛ての手紙を書き、それを出す為に郵便局へと向かった。
その途中で、彼女は一台の馬車と危うく衝突しそうになった。
『危ない!』
馬の嘶きと通行人達の悲鳴が聞こえる中、アレクシスの澄んだ声が菊の耳元で響いたかと思うと、次の瞬間彼の逞しい両腕に彼女は抱かれていた。
『お怪我はありませんか?』
『はい、大丈夫です。』
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