JEWEL

2016/06/04(土)22:31

皇女、その名はアレクサンドラ 第59話

連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ(63)

隣室でセルビア語の怒鳴り声が聞こえ、ガブリエルは恐怖で身を竦ませた。 王宮から一人の女官に外へと連れ出され、薬品が染み込んだハンカチを押し当てられて気絶した後、ガブリエルは目が覚めるとウィーンの貧民街にあるボロアパートの一室に監禁されていた。 “監禁”といってもガブリエルを拉致した犯人グループはガブリエルの手足を拘束したり、目隠しをしたりしなかったし、ガブリエルにトイレへ行く許可をやり、食事を与えたりするなど、ガブリエルを丁重に扱っていた。 隣室で彼らが何を言い争っているのかは解らないが、ガブリエルは早く誰かがここから連れ出してくれればいいのにと思いながらゆっくりと目を閉じて眠った。 『あら、眠っているよ。可愛い寝顔だねぇ。』 ガブリエルの部屋のドアが開き、ガブリエルを誘拐した女官・クレアがそう言ってベッドで横になって眠っているガブリエルのブロンドの髪を優しく梳いた。 『クレア、宮廷からの連絡はまだか?』 『焦ることはないさ。すぐに向こうは5万ユーロを用意してくれるだろうよ。いくら怜悧狡猾な皇太子様だって、自分の息子の命は惜しいだろうからね。』 『何を馬鹿な事を言っている、クレア。こいつの父親は不明の筈だろう?』 『それは表向きの事で、あたし達は皇太子様とアレクサンドラ様が実の親子でありながら男女の関係になっていること位知っているのさ。』 『お前、まさかそのことを公にする気で、この餓鬼を攫ってきたっていうのか?』 『ああ。まぁ、あたし達も大人しく宮廷が動くのを待つとしようか。』 クレアはそう言って共犯者に向かって笑みを浮かべた。 「ルドルフ様、5万ユーロの用意が出来ました。」 「そうか。」 ルドルフが執務室で犯人からの連絡を待っていると、机の上に置いていたスマートフォンが着信を告げた。 『5万ユーロは用意できたか?』 「ああ。次は何をすればいい?」 『その5万ユーロを持ってプラーターに来い。』 数分後、ルドルフは5万ユーロを入れたアタッシュケースを抱えてプラーターへと向かった。 昼間は観光客や家族連れで賑わうプラーターは、深夜になると不気味な程静まり返っていた。 「すぐに来たね。もう来ないのかと思ったよ。」 霧の中から、ガブリエルの首筋にナイフを突きつけながら誘拐犯の女官が現れた。 「お父様!」 「大きな声を出すんじゃないよ!」 「ごめんなさい・・」 ガブリエルは真紅の瞳に涙を溜めながら俯いた。 「ガブリエルには手を出すな、ここに金が入っている。金はお前達の好きにするといい。」 ルドルフはそう言うと金が入ったアタッシュケースを女官の方に蹴ると、彼女は満足そうな笑みを浮かべながらそれを拾い、ガブリエルの背中を押した。 「さようなら、可愛いお姫様。」 「また会える?」 「会えないよ。さぁ、あたしの気が変わらない内にお父様の元へお行き。」 「さようなら。」 ガブリエルはクレアに別れを告げ、彼女に背を向けルドルフの元へと駆けていった。 「お父様!」 「ガブリエル、無事で良かった。さぁ、おうちへ帰ろう。」 「はい。」 ルドルフとガブリエルがプラーターを後にするのを見たクレアは、大金が入ったアタッシュケースを提げ、霧に包まれたウィーンの街を歩いていた。 あと少しで自宅アパートの部屋に辿り着こうとした時、彼女の前に一人の青年が現れた。 「金は?」 「こちらに。」 「そう、有難う。」 クレアに微笑んだ青年は、そう言って彼女に近づき、躊躇いなく隠し持っていた短剣で彼女の頸動脈を切り裂いた。 「・・・様、何故?」 「お前はもう用済みだからだよ。そんな事も解らないなんて、最期まで馬鹿な女だ。」 形の良い、桜色の唇から紡ぎ出される言葉は毒と棘を含んでいた。 血溜まりの中で息絶えるクレアの姿を冷たく見下ろした青年は、アタッシュケースを掴んで霧の中へと消えていった。 「兄者、何処へ行かれていたのだ、心配したのだぞ?」 「ああ、ごめん、ごめん。ちょっと用事を済ませてきたのさ。」 「そうか・・兄者、怪我をしたのか!?コートに血がついているぞ!」 「大丈夫、これは返り血さ。」 青年はいつも自分の身を案じる過保護な弟に向かって屈託のない笑みを浮かべた。 「あ~あ、これじゃぁもう着られないね。」 「俺が外へ捨てて来る。」 「有難う。」 にほんブログ村

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