チョンジャはその日、パーティーがあることをすっかり忘れてしまい、急いで身支度を済ませて満韓楼からホテルへと向かおうとした時、道端で偶然別れた男と会ったのだった。
その男は、連れの女と一緒だった。
『チョンジャ、俺にしつこく付き纏うなと言っただろう?』
『あんたみたいな男に付き纏うほど、あたしは暇じゃないんだよ、さっさとあたしの前から消えな!』
チョンジャがそう叫んで男を睨みつけると、彼にしなだれかかっていた女が笑った。
『あんたが言っていた妓生って、この女なの、ジュンス?』
『ああ。諦めの悪い女で、別れる時も別れたくないって言って騒いで揉めたのさ。』
『嘘ばっかり言いやがって!別れるとき散々あたしに泣きついて捨てないでくれって泣き喚いていたのはあんたの方だっただろうが!』
『うるさい!』
最初に殴って来たのは男の方だった。
『何するんだ、この野郎!』
そのまま路上で男と殴り合いの喧嘩になったチョンジャは、駆けつけた警察官によって警察署へと連行されていったのだった。
『まぁ、そんな事があったのね。』
『女将さん、あたしは何も悪くないんです!』
『解ったわ。チョンジャさん、貴方をここからすぐに出してあげますからね。』
千代乃はそう言ってチョンジャの手を握ると、彼女の隣に立っていた警察官の方を見た。
『先に彼女を殴った男は、何と言っているのですか?』
『彼は先に彼女が自分を殴って来たと言っています。』
『彼は今何処に?』
『彼なら、既に署を出て帰宅しました。』
(困った事になったわね・・)
『女将さん?』
『チョンジャさん、貴方と喧嘩した方の名前を教えてくださらない?』
『解りました。何か書くものを用意して貰えませんか?』
チョンジャは警察官に用意して貰ったメモ用紙と万年筆を受け取ると、そこに相手の男の名前と住所を書いて千代乃に渡した。
翌日、千代乃はチョンジャから渡されたメモに記された住所を訪ねると、そこには美しい瀟洒(しょうしゃ)な洋館が建っていた。
『失礼ですが、何か当家にご用でしょうか?』
鉄扉の前で暫く千代乃が右往左往していると、洋館の中から燕尾服姿の執事がやって来た。
『突然伺ってしまって申し訳ありません。わたくし、満韓楼の女将で・・』
『チヨノ様、お待ちしておりました。どうぞ中へ。』
執事に連れられ、千代乃は館の客間へと通された。
暫く千代乃がソファに座りながら待っていると、そこへ先ほどの執事が飲み物を載せた盆を持って客間に入ってきた。
『ジュンス様からお話は伺っております。路上で女性と口論となり、暴力を振るわれたとか・・』
『ええ。ですが警察署で聞いた話によると、先にジュンス様を殴って来たのはうちのチョンジャだと主張していたとか・・』
『チヨノ様、今回の事はジュンス様に責任を取らせますので、どうか他言無用に願います。』
『解りました。』
『有難うございます。』
執事が千代乃に向かって頭を下げていると、客間のドアが乱暴に開かれ、中に背広姿の青年が入って来た。
『ジュンス様、お帰りなさいませ。』
『誰の許しを得て、その女を入れたんだ!』
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