青年―ジュンスはそう執事を怒鳴りつけると、千代乃の方へと向き直った。
『申し訳ないが、お引き取り願えませんか。わたしは、貴方に話す事など何もありません。』
『貴方にはなくとも、わたしにはあります。チョンジャさんの件で・・』
『あの女は告訴する。わたしに暴力を振るったのだから、それ相応の罰は受けて貰う。』
『ジュンス様、話が違います!』
『黙れ!』
自分の父親と同年代の執事に向かって怒鳴るジュンスの姿に、千代乃は彼にこれ以上何を言っても無駄だと思った。
『貴方とこれ以上話をするのは時間の無駄のようですね。では、これで失礼いたします。』
『待て、お前の所の妓生がわたしに迷惑を掛けたんだ、詫びのひとつもないのか?』
千代乃がそう言ってジュンスに頭を下げ、客間から出ようとすると、ソファから立ち上がったジュンスが千代乃の腕を掴んだ。
『お詫び、と申しますと?』
『解らないのか、金だよ、金。あの女に殴られた怪我の治療費と、わたしが受けた精神的苦痛への慰謝料だ。あの女がそれらを払えないのなら、上司であるお前が払うべきだろう。』
『お言葉ですがジュンス様、先にチョンジャさんを殴った貴方が彼女に治療費と慰謝料を支払うべきなのではありませんか?』
『何だと、妓生の癖に両班のわたしに口答えするのか!?』
激昂したジュンスが千代乃の胸倉を掴んだ時、客間の扉が開いた。
『ジュンス、何をしている?』
『ち、父上・・』
グレーの縞模様のスーツを着た紳士が鷹のような鋭い目でジュンスを睨みつけると、彼は慌てて千代乃の胸倉から手を離した。
『旦那様、お帰りなさいませ。』
『貴方が、チヨノさんですね?初めまして、わたしはチョンスと申します。』
『初めまして、チョンス様。満韓楼の千代乃と申します。本日はジュンス様とチョンジャさんの件について話し合いの場を設けようと思ったのですが、ジュンス様はその必要はないとおっしゃったので・・』
『ジュンス、後で話がある。ヨンハ、チヨノさんをわたしの部屋へ案内しろ。』
千代乃の話を聞いたチョンスは息子を睨むと、淡々とした口調で執事にそう言って客間から出て行った。
『父上、お待ちください!』
客間から出て行く父親の後を追おうとしたジュンスだったが、無情にも客間の扉は彼の鼻先で閉ざされた。
『先ほどは倅が貴方に対して無礼な振舞いをしてしまったことを、倅に代わって謝ります。チョンジャさんのご様子は、いかがですか?』
『チョンジャさんとは先ほど会って来ましたが、元気そうです。早く留置場から出たいと言っておりました。』
チョンスの部屋に通され、彼からチョンジャの様子を尋ねられた千代乃がそう答えると、彼は少し唸って何かを考えているかのように目を閉じた。
『今回の件は、完全にこちらに非があります。わたしは、跡継ぎであるジュンスを幼い頃から溺愛し、あいつの我儘を全て受け入れてきました。そのツケが、あいつが成人した今回ってきたのでしょうな。』
チョンスは溜息を吐くと、千代乃の手を握った。
『チヨノさん、どうかチョンジャさんに悪い事をしてしまったとお伝えください。ジュンスはわたしが厳しく躾け直します。』
『チョンス様、お忙しい中わたくしの為に時間を割いてくださって有難うございました。』
洋館から出た千代乃が満韓楼へと戻ると、ファヨンが何処か慌てた様子で千代乃の元へと駆けて来た。
『女将さん、大変です!』
『どうしたの、また何かあったの?』
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