「女将さん、良かった、気が付いて!」
何者かに銃撃された千代乃が意識を取り戻したのは、事件から数日後のことだった。
「ファヨンさん、一体何があったの?」
「あいつが・・ジョンスが女将さんを逆恨みして、女将さんを殺して、みんなを殺そうとしていたんです。」
「まぁ、そんな事が・・」
満韓楼を襲い、自分を撃った犯人がジョンスだとファヨンから知り、千代乃は驚きのあまり絶句した。
「わたしは撃たれるような事をしたかしら?」
「きっとあいつの逆恨みですよ。ほら、ジニ様の事で色々と揉めていたじゃないですか?」
「でもあれはもう過ぎた事よ。」
「それは女将さんが思っていらっしゃるだけで、向こうはそう思っていないのでは?」
ファヨンの言葉に、千代乃は溜息を吐いた。
自分がジョンスとの間に起きた事を過去のものだと思っているが、ジョンスはそう思っていないのかもしれない。
だから、日に日に自分への憎しみを募らせ、彼は自分を殺そうとしたのだ。
「わたし、今回の事で色々と考えてしまうわ。わたしは彼に恨まれるような事をしてしまったのかしらって。」
「そんなに思い詰めることはないですよ、女将さん。今までジョンスは好き勝手な事をしていたけれど、今回で確実に刑務所に入りますね。あいつの顔をもう見なくて済むと思うと、せいせいします。」
そう言ったファヨンは、千代乃の手をそっと握った。
「女将さん、わたし達は女将さんの秘密を誰かに口外したりはしませんから、安心してください。」
「ファヨンさん、貴方いつからわたしが男だという事に気づいていたの?」
「ジョンスの家の使用人が女将さんのお風呂を覗いていた時からです。その時わたし、偶然女将さんの裸を見てしまったんです。」
「そう。」
「男でありながら今まで女として生きてきたという事は、女将さんは複雑な事情を抱えていらっしゃるのですよね?」
ファヨンの問いに、千代乃は静かに頷いた。
「ファヨンさん、貴方の他にわたしの秘密を知っている人は居るの?」
「ええ。チェヨンやユソンも知っています。後、料理番のミジャも。みんな口が堅いので、安心してください。」
「わかったわ。ファヨンさん、貴方はもう満韓楼に帰りなさい。」
「はい。ではこれで失礼します。」
千代乃の病室から出たファヨンは、廊下で一人の男性と擦れ違った。
その横顔をチラリと見た彼女は、彼と何処かで会ったような気がした。
「すいません。」
「はい、何でしょうか?」
男性がくるりと自分の方へと振り向くと、ファヨンは男性の顔をじっと見つめたまま両手で口を覆った。
「貴方、生きていらっしゃったのですね?」
「ファヨン・・もしかして、あの時のファヨンか?」
男性はファヨンの方へ一歩近づくと、彼女を抱き締めた。
「あの時、お前は死んだものだと思っていたのに・・こうしてお前と会えるなんて、嬉しいよ!」
「わたしもです、ヨンイル様!」
病院の廊下で抱き合っている二人の姿を、通りかかった看護婦が怪訝そうな様子で見つめていた。
「ここだと人目があるから、何処か静かな所で話さないか?」
「ええ、わかりました。」
ユソンとミジャが病院へと千代乃を見舞いに行くと、ファヨンが見知らぬ男と共に病院から出て行く姿を見た。
「あの男、一体誰だろうね?」
「知らないよ、そんな事。ユソン、他人の色恋沙汰に首を突っ込むなんて野暮な事、するんじゃないよ。」
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