店だしを二月後に控え、千尋の生活は多忙を極めていた。
同じ頃、千は歳三の小姓として千尋同様、忙しい毎日を送っていた。
「荻野、副長が呼んでいるぞ。」
「はい、今行きます!」
千が庭で洗濯物を干していると、楠田に呼ばれて彼は慌てて副長室へと向かった。
「副長、お呼びでしょうか?」
「千、来たな。」
副長室に千が入ると、そこには歳三と勇、そして総司の姿があった。
「皆さん、お揃いでどうかなさったのですか?」
「千、お前千尋とは連絡を取り合っているか?」
「いいえ。それがどうかしましたか?」
「実はな、千尋は近々舞妓として店だしすることが決まった。そこで店だし前のお披露目といっちゃなんだが、あいつの店だしの日にあわせて近くの神社で秋祭りが行われる。そこで、お前は千尋と巫女舞を舞って欲しいと思う。」
「え。」
青天の霹靂(へきれき)とはまさにこの事だった。
「あの、どうして僕が?他に相応しい方がいらっしゃるのではありませんか?」
「最近噂になっているんだよ、洛中で君達のことが。」
近藤はそう言って渋面を浮かべると、茶を一口飲んだ。
「“壬生浪に祇園の舞妓と瓜二つの隊士が居る”って噂が七日前に洛中に流れて以来、京雀達はお前達の事を飽きずに話していやがる。これ以上噂が大きくなる前に、正式にお前達のお披露目をしてやろうと思ってな。」
「それで、僕に荻野さんと巫女舞を舞えと?」
「まぁ、そういうことだ。まだ二月もあるから、大丈夫だろう?」
「は、はい・・」
今更無理だとは言えず、結局千は小姓の仕事にくわえ、巫女舞の稽古もする事になってしまった。
「そこ、手の動きが違う!」
「す、すいません!」
「こないな調子で、二月後の本番を迎えられるのやろうか。」
そう言って溜息を吐いた神社の巫女の言葉が、千の胸に深く突き刺さった。
いきなり巫女舞を舞えと言われて、すぐに出来るものではないというのに。
(いや、ここで諦めちゃ駄目だ。)
今頃千尋も、店だしに向けて厳しい稽古に励んでいる筈だ。
自分も頑張らなくてはーそんな思いを抱きながら、千は必死に巫女舞の稽古に励んだ。
はじめは苦痛だった巫女舞の稽古も、一月経てば慣れて来た。
「いよいよやねぇ、千尋の店だし。」
「そうやなぁ。」
「そういやぁ、神社の秋祭りであの子と瓜二つの子が巫女舞をするらしいで。」
「何や、楽しみが二つ増えたなぁ。」
千が巫女舞の稽古を受けてから二月が経ち、千尋が『いちい』の舞妓として店だしを迎える日が来た。
「千尋、おめでとうさん。」
「おおきに、おかあさん。」
黒紋付きの振袖を纏い、だらりの帯を締めた千尋は、おこぼを履いてゆっくりと置屋の外から出た。
「今日から店だしさせて貰います、千尋どす。宜しゅうお頼申します。」
華やかな千尋の舞妓姿を、雑踏に紛れて桂は遠くから眺めていた。
(千尋、必ず君をわたしのものにしてみせる。)
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