秋祭りの後、本宮を後にした千達は、夕食を取りに近くの小料理屋へと入った。
「まぁ、江戸に居た頃の俺達なら二人の関係はもう解っているけれど、新参者のお前には解らねえのは当然だよな。」
「す、すいません・・」
「別に謝らなくてもいいって。」
平助はそう言うと、千の肩を叩いた。
「いつから、お二人は恋人同士となったのですか?」
「それは俺らにも解らねぇな。まぁ、自然のなりゆきだろうよ。」
「何せあの二人は、江戸に居た頃からいつも一緒だったからなぁ。」
「そうですか・・」
「他人の色恋に口出しは無用だが、ここだけの話、荻野は土方さんに惚れてんだ。」
「え!?」
原田から衝撃的な事実を知らされ、千は思わず大声で叫んでしまった。
「馬鹿、大きな声を出すんじゃねぇ!」
周囲の客達から怪訝な視線を送られ、慌てた平助はそう言うと平手で千の頭を叩(はた)いた。
「荻野が新選組に入隊したのは、池田屋事件が起こる前の年だったな。剣の腕が一流だから、本人は一番隊に入隊したいって近藤さん達に希望したんだが、あの美貌だろう?その頃男色が体内で流行ったりして、土方さんは荻野をあいつの事を邪な目で見る奴らから守る為に自分付きの小姓にしたんだよ。」
「へぇ、そんな事があったんですか。」
「荻野はかなり機転が利くし、いいとこのお坊ちゃんなのに家事全般完璧だしよ。その上あの美貌だろ?あいつが入隊してからたちまち隊士達から恋文を貰ったりしてそりゃもう大変だったんだぜ。」
平助は当時の事を思いながら溜息を吐くと、少し温くなった茶を飲んだ。
「土方さんは、そんな事が起きるのを予想して、荻野さんを自分の小姓にしたんですね?でも、どうして荻野さんは土方さんに片想いしているんですか?」
「荻野が入隊してから七日位経った時、あいつが告白を断られた隊士から無理矢理犯されそうになって、寸前のところで土方さんがあいつを助けたんだ。その日からかな、あいつが土方さんを見る目が変わったのは。」
「でも、土方さんには沖田さんが・・」
「土方さんには総司が居る。でも土方さんには惚れずにはいられない。そこで総司からあんな事言われて、土方さんの事を諦められずにいる。報われなくて可哀想だな、荻野は。」
「報われない片想いをしているのは、荻野だけじゃねぇよ。斎藤だって江戸に居た頃からずっと総司に惚れてる。でも総司は土方さんだけしか見ていない。」
「お二人とも報われない片想いをなさっているのですね、荻野さんも、斎藤さんも。」
「そういう千は、誰か好きな奴でも居るのか?」
「今のところ居ないです。でももし好きな人が出来たらすぐに告白しようと思っています。」
「千は純粋でいいよなぁ、何だか俺急に若返ったような気がするぜ!」
「馬鹿な事言うなよ平助、てめぇは俺よりも年下だろうが!」
原田はそう言うと、平助の頭を両腕で抱え込んだ。
「苦しいって、さのさん!」
「うるせぇ、俺を怒らせたおめぇが悪い!」
「お二人とも、仲が良いんですね。僕、あんまり友達居なかったから、何だか羨ましいなぁ。」
「友達が居ねぇって嘘だろう?お前ぇみてぇな良い奴を放っておく奴が居るのかよ?」
「友達が居る、居ないの問題以前に、僕いじめられていましたから。」
千がそう言って原田達の方を見ると、彼らは何処か居心地が悪そうな顔をしていた。
「皆さん、どうしました?僕、変な事言っちゃいましたか?」
「無理に辛いことを話さなくてもいいんだぜ?誰だって辛い過去のひとつやふたつくらいある。」
「今、話しておきたいんです。こうして原田さん達と一緒にお食事をする機会があるかどうかわからないので・・」
千はそう言うと、軽く咳払いして自分の辛い過去を原田達に話し始めた。
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