「土方先生、大変です!」
「どうかなさったのですか、柴田先生?」
何処か慌てた様子で数学科準備室に入って来た柴田を見た歳三がそう尋ねると、彼は歳三に唾を飛ばしながらこう叫んだ。
「荻野が階段から転落して怪我をしたんです!」
「それは、本当ですか?」
「ええ。土方先生も早く病院へ行ってください!」
「わかりました!」
机の上に置いてある車の鍵を掴んだ歳三は、数学科準備室から出て駐車場に停めてある自分の車に乗り込んで素早くエンジンを掛けると、そのまま学校から出て病院へと向かった。
一体忍の身に何が起きたのか―そう思いながら歳三が車を病院まで走らせていると、突然彼の前に包丁を持った女が立ち塞がった。
歳三は急ブレーキを掛け、女を轢(ひ)かずに済んだが、女はそこから動こうとしない。
「てめぇ、危ねぇだろうが、早くそこから退け!」
「・・してよ。」
女はブツブツと小声で意味不明な言葉を発しながら、歳三の存在を無視してそのまま闇の中へと消えた。
「何だ、あの女・・」
歳三はそう呟きながら車内に戻ると、そのまま病院へと向かった。
「土方さん、遅いですよ!」
「済まねぇ、途中で変な女に会っちまって・・忍の容態はどうだ?」
「軽い脳震盪(のうしんとう)で済んだって、さっきお医者様が説明してくれました。」
歳三が病院で千華から真珠の容態を聞いていると、そこへ一人の女子生徒がやって来た。
女子生徒の姿を見つけた千華は、歳三が止める間もなく彼女の頬を平手で打っていた。
「貴方が妹を階段から突き落としたのね!」
「ごめんなさい、ただ彼女を脅すつもりだったの。殺すつもりはなかったの!」
「妹は打ち所が悪かったら死んでいたわ!」
「千華さん、落ち着いてください。」
歳三が慌てて千華を女子生徒から引き離すと、女子生徒の方は激しく嗚咽しながら床にへたり込んだ。
「荻野千華さんですか?」
「はい。あの、妹は今何処に・・」
「妹さんでしたら、病室に居ますよ。」
千華と歳三が看護師に案内されて真珠の病室に入ると、彼女はベッドの中で眠っていた。
「今お薬を打ちましたので、妹さんは眠っておられますが、じきに目を覚まされると思いますよ。」
「有難うございました。」
看護師に頭を下げた千華は、そのまま歳三の方へと向き直った。
「土方さん、さっき廊下に居た子なんですけれど、その子は土方さんの子を妊娠しているって言っているんです。」
「何だって!?」
「もしかしてその子の事、ご存知ないんですか?」
「知っているも何も、廊下で会った子とは俺は初めて会ったぞ?」
「そうですか・・じゃぁやっぱり、あの子が嘘を吐いているんですね。」
千華がそう言って俯くと、歳三が握っていた真珠の手が微かに動いた。
「沖田さん・・それに、土方さんも・・あの、ここは何処なんですか?」
「真珠、一体何を言っているの?」
「真珠って誰の事ですか?」
そう言った真珠は、千華と歳三の顔を交互に見た。
彼女の翠の瞳は、何処か遠くを見ているかのようだった。
「忍、忍なのか?」
歳三が真珠に向かってその名で呼ぶと、彼女は歳三に笑顔を浮かべた。
「はい、忍です。」
「まさか、そんな・・そんな事が・・」
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