JEWEL

2020/04/29(水)10:46

双つの鏡 第122話

連載小説:双つの鏡(219)

*幕末の千尋の幼少期の話です。まだ続きます* 千尋の母は英国貴族の令嬢で、妻子があった日本人の父と不倫の末、千尋を産んで直ぐに亡くなった。 身寄りが居なかった千尋は、母が生前世話になっていた祇園の置屋の女将によって育てられた。 子が居なかった女将の奈津江(なつえ)は、千尋を実の子同然に可愛がった。 「千尋ちゃんはお母さんに似て綺麗やなぁ。」 毎朝、鏡台の前で奈津江が自分の髪を優しく柘植の櫛で梳いてくれる一時が、幼かった千尋にとっては大好きな時間だった。 置屋の宴席が立て込んでいる夜の時には、千尋の世話を女中の鈴がしてくれた。 「やっぱり千尋ちゃんの髪には紅い櫛がよう映えるわぁ。」 「千尋ちゃんが女子やったらうちを継げるのになぁ。」 置屋は代々、女が継ぐのが花街のしきたりだった。 奈津江や置屋に居る芸舞妓達が、千尋が男である事を酷く残念がっていた理由が解ったのは、彼がそこから離れる時だった。 「千尋ちゃん、江戸に行ってもお気張りやす。」 七度目の春を迎え、京の街に桜舞う季節に、実父の使いと名乗る青年が現れた。 千尋は少なかった荷物を纏め、置屋の玄関先で奈津江と別れた。 「これは大事に持っておくんやで。あんたの亡くなったお母さんの形見やさかい。」 奈津江はそう言って涙を流しながら、千尋の首にカメオのペンダントをつけてくれた。 青年と共に江戸にある荻野家に着いた時、父の正妻である義母・美祢(みね)は、冷たい目で夫の私生児を睨んだ。 「その子を着替えさせなさい。男の子なのに女子の格好をさせるなど、一体何を考えているのやら・・」 奈津江が心を込めて支度してくれた着物や櫛、簪を女中達から奪われ、千尋は怒りと孤独、悲しみが自分の中に一気に押し寄せて来て、気付けば彼は泣き叫んでいた。 「うるさい!」 襖が急に乱暴に開かれ、鬼の形相を浮かべた美祢が部屋に入って来ると、千尋の頬を平手で打った。 「お前など要らない、この忌子の混血め!」 憎悪に歪んだ顔で睨まれ、千尋は恐怖でますます泣き叫んだ。 「やめないか、美祢!この子が怖がっているだろう!」 「貴方が、貴方が悪いのではありませぬか!わたくしという妻が居ながら、異人の妾を囲った上、子供まで作って!」 千尋の頭上で、美祢と自分の父親が激しい口論を始め、千尋はなすすべなく襦袢姿で部屋の隅に蹲り、頭上で起きている嵐が早く鎮まるのを待つことしか出来なかった。 「母上、この者を連れて行きます。」 部屋に一人の少年が入って来て美祢にそう言うと、彼は千尋に向かって手を差し伸べた。 「お前が今日からわたしの弟になる千尋だな?わたしは今日からお前の兄となる正義だ、宜しくな!」 「あ、兄様・・」 自分に優しく微笑む義理の兄・正義(まさよし)の手を取った千尋は、ゆっくりと彼の手を取った。 「可哀想に、わけもわからず京からこんな所まで連れて来られて・・女中達にお前の着替えを持ってきて貰うように頼んでくるから、ここで待っているんだぞ。」 義正の部屋で千尋が彼の帰りを待っていると、部屋に一人の女中が入って来た。 その女中は、京の置屋で自分を可愛がってくれていた舞妓とさほど年が変わらぬ若い娘だった。 「へぇ、あんたが異人とのあいの子ねぇ・・薄気味悪い目をしていること。」 娘はそう言ってジロジロと千尋を見た後、彼が首から提げているカメオのペンダントの鎖を指先で弄り始めた。 「良い物持っているじゃないの?これ、あたしに頂戴。」 「嫌、触らないで!」 「妾の子の癖に、何その口の利き方は!」 娘は千尋を睨みつけると、力任せにカメオの鎖を引っ張った。 「そこで何をしている!?」 「若様・・若様のお気になさるような事ではありません。ですからどうか・・」 「わたしの弟に手を出すな!」 正義は乱暴に娘の手からカメオのペンダントを奪い取り、それをそっと千尋の手に握らせた。 この作品の目次はコチラです。 にほんブログ村

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