―行かないで!
闇の中から、誰かの叫ぶ声が聞こえて来る。
その声は、忍が聞いた事がある声だった。
悲痛な叫び声の後に、誰かが激しく咳込む音がした。
忍がその声が聞こえる方へと向かうと、それは襖を隔てた部屋の中から聞こえた。
―沖田先生!
忍が部屋の中に入った時、総司は苦しそうな様子で必死に呼吸しようとしていた。
―大丈夫ですか、沖田先生!?
―もし、わたしが死んだら・・土方さんの事を、お願いしますね。
―そんな、縁起でもない事をおっしゃらないでください!
―わたしの命は、もう永くありません。だから、こうしてまだ正気を保っていられる内にあたにお願いしているんです。
―わかりました。
―必ず、わたしとの約束を、守ってくださいね・・
―はい、必ず・・
総司とそんな約束を交わした数日後、彼は意識を失った。
―今夜が峠でしょう。
町医者からそう告げられた忍は、すぐさまその足で呉服屋へと向かった。
―白無垢用の生地ねぇ・・今はこんな物しかないけれど、これで良ければ・・
―ありがとうございます。
呉服屋から戻った忍は、手に入れた生地で総司の為に白無垢を縫った。
―沖田先生、入りますよ。
忍が完成した白無垢を持って部屋に入ると、総司は既に息を引き取った後だった。
忍は涙を流しながら彼の髪を櫛で梳き、まだ温もりが残るその肌に死化粧(しにけしょう)を施した。
―ゆっくり休んでくださいね。
総司の遺体はその日の夜の内に清められ、官軍に見つからぬよう、極秘裏に埋葬した。
―さようなら、沖田先生。
忍は総司を見送った後、一路会津へと向かった。
だが、歳三は既に仙台へと発った後だった。
慌てて仙台へと向かった忍だったが、そこでも彼は歳三に会えなかった。
そして、彼は漸く蝦夷地で歳三と会えた。
―沖田先生は、静かに旅立たれました。
―そうか・・
歳三はそれ以上、何も言わなかった。
激しい戦いの末、歳三と忍は敵の銃弾に倒れた。
―いつか、また会えるのなら、その時は・・
そこで、長い夢は終わった。
「良く寝ていたな。」
「おはようございます、お祖母様。」
「おはよう。朝餉はもう出来ている。」
「頂きます。」
忍が朝餉を食べていると、真珠の祖母・滝は何処かへ外出しようとしていた。
「お祖母様、どちらへ?」
「祭りの事で、自治会の集まりがあってな、すぐに戻ってくる。」
「行ってらっしゃいませ。」
滝を見送った後、忍は台所の流しで食器を洗っていた。
その時、誰かが勝手口のドアを叩いた。
『どちら様ですか?』
『わたしよ、千華よ、開けて。』
インターホンの画面を忍が覗き込むと、そこにはスーツケースを持った千華の姿があった。
「何があったのですか、沖田先生?」
「夫と離縁してきたんです。」
「そうですか、食事はいかがなさいます?」
「もう食べたからいいわ。疲れたから、部屋で休むわね。」
「はい。」
千華が奥へと消えた後、忍は溜息を吐いて居間へと戻った。
家に居るのも何だか退屈で、忍が出かけようかと思った時、千華が居間にやって来た。
「忍君、気晴らしに何処かへ出掛けませんか?」
「はい・・」
千華に連れられ、忍は彼女と共に複合商業施設へと向かった。
「沢山の物がありますね。」
「さぁ、これから色々と買いましょう。」
「えぇ。」
そんな二人の姿を遠くから一人の男が見ていた。
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