「こっちよ。」
「は、はい・・」
千華と共に車から降りて複合商業施設の中へと入ると、そこは光と音の洪水に満ちていた。
人のざわめき声や人ごみで、忍は少し気分が悪くなってしまった。
「すいません、あの・・」
「何処か静かな所に行きましょう。」
千華はそう言うと、カフェへと向かった。
そこは、静かで落ち着いた雰囲気だった。
「コーヒーお願いします。」
「かしこまりました。」
店員が去った後、千華はスマートフォンの電源を切った。
「こういう所では、こんな物は要らないわ。」
「はい・・」
忍はそう言うと俯いた。
「ねぇ、あなたはこれからどうしたいの?」
「それはまだ、わかりません。ですが、この町からは出たいと思っています。」
「わたしも、同じよ。あんな町、一刻も早くここから出て行きたい。」
千華はそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。
カフェから出た二人は、色んな店を巡った後、昼食を取る為イタリアンレストランへと入った。
「美味そうですね。」
「そうね。」
「何だか、こういう所に来るのもいいですね。」
「もう帰りましょうか?」
「はい。」
千華と共に町へと戻った忍は、神社の本宮の方で滝が誰かと言い争っている声が聞こえた。
「おいおい、祭りは中止だと!?ふざけるな!」
「何と言おうと、祭りは中止にする!」
「滝さん、どうしてそんな急に・・」
「理由は言わん、帰れ!」
滝はそう叫ぶと、街の老人達を追い払った。
「お祖母様、さっきの方は・・」
「あぁ、あいつらの事なら気にするな。」
「そうですか・・」
「お祖母ちゃん、今夜はお弁当にしない?たまには手抜きしたいでしょう?」
「そうだな。」
一方、歳三は友人の結婚式に出席する為、久しぶりに東京へと来ていた。
「よぉトシ、久しぶりだな!」
「おぅ、久しぶり!」
「田舎暮らしはどうだ、順調か?」
「そうでもねぇよ。」
歳三はそう言うと、ビールを一口飲んだ。
「おい、大丈夫か?」
「あぁ・・」
二次会で少し飲み過ぎた所為で歳三は、そう言うと路上にへたり込んだ。
「トシ、どうしたんだ?」
「勝っちゃん・・」
歳三が俯いていた顔を上げると、そこには仕事帰りなのか、スーツ姿の勇が立っていた。
「すいません、この人の知り合いですか?」
「友達の結婚式の二次会で酔い潰れちゃって・・」
「そうですか。あとは俺が何とかしますので、勇さんは先に行って下さい。」
「わかりました。じゃぁ俺達はこれで。」
「トシ、大丈夫か?立てるか?」
「うぅ~!」
歳三はそう呻くと、近くの植え込みの中に吐いた。
勇は泥酔した歳三を抱え、近くのラブホテルに入った。
「トシ、水だ!」
「あんがと・・」
歳三はそう言うと、勇からペットボトルのミネラルウォーターを受け取った。
「お前、下戸なのにどうしてこんな状態になるまで飲んだんだ?」
「・・忘れたかったんだ、あの町での事を、全部。」
「わかった・・」
歳三はそう言うと、目を閉じた。
気晴らしに映画でも観ないか、と勇から誘われるがままに、歳三は彼と学生時代に良く行っていたキネマ座へと向かった。
その日は、タイトルは忘れてしまったが、動物と人間の友情を描いた作品と、アメリカのベストセラー作家の小説が原作の、純愛映画だった。
「シネコンよりも、俺は昔ながらの映画館がいいなぁ。何度でも観られるし、飲食物も持ち込み出来るし・・それに、俺はこんな映画館の雰囲気が好きなんだ。」
「俺もそうだよ、勝っちゃん。」
キネマ座から出た後、歳三は勇と共にキネマ座の隣にある洋食屋・ピエロで昼食を取っていた。
「何だか、街を歩いていると、無意識に“昔”の面影を探してしまうんだよ。」
「・・昨夜は迷惑かけちまって、済まなかったな。」
「いや、いいんだ。あの町で、ずっと定年まで暮らすつもりはないんだろう、トシ?」
「あぁ。」
「色々と面倒な事を片付けたら、いつでもうちに帰って来い。お前の部屋は、毎日掃除して使えるようにしてあるから。」
「ありがとう、勝っちゃん・・」
勇とピエロの前で別れ、歳三は新幹線とバスを乗り継いで、鬼蝶町へと戻った。
長旅の疲れを癒そうと歳三がシャワーを浴びる為に浴室へ入ろうとした時、不気味なサイレンが町全体に響き渡った。
にほんブログ村