※BGMと共にお楽しみください。
「土方様!」
突然背後からあいりの声が聞こえたかと思うと、何かが男に向かって飛んで来た。
それは、苦無だった。
男は苦悶の叫びを上げ、苦無が刺さった右目をそのままにして、歳三達の元から去っていった。
「大丈夫どすか、お怪我は?」
「あぁ、大丈夫だ。あいり、苦無の扱い方を何処で習った?」
「兄上からどす。それにしても、あの男は一体何者なんやろうか?」
「さぁな・・」
歳三があいりと西本願寺の屯所の前で別れた後、中に入ると大広間の方が騒がしい事に気づいた。
「おい、どうしたんだ?」
「土方さん、いい所に!お願いだ、あの二人を止めてくれ!」
そう言って原田が指したのは、激しい喧嘩をしている総司と斎藤の姿があった。
「おいお前ら、やめろ!」
「土方さん、止めないで下さい、これは僕とはじめの男同士の戦いなんです!」
「男同士の戦いだぁ!?」
「副長、手出しは無用です。」
総司と斎藤は互いに睨み合いながら、中庭へと躍り出た。
「土方さんに愛されているのは僕だ!」
「いや、この俺だ!」
二人の下らない喧嘩を、歳三は何処かさめた目で見ていた。
「土方さん、あの二人、止めなくてもいいのか?」
「放っておけ。」
「そ、そうか・・」
「俺は暫く部屋で休んでいるから、二人にはそう伝えておけ。」
「わかった・・」
「いや、二人には伝えなくていい。」
「土方さん、少し顔色悪いぜ?余り無理すんなよ?」
「わかった。」
(本当にわかっているのかねぇ、土方さんは。)
歳三が副長室で仮眠を取っている頃、彼を襲った総髪姿の男は、あいりに投げつけられた苦無が刺さった右目を町医者に治療して貰っていた。
「どうだ?」
「幸い、眼球は傷ついていないようですな。暫くこちらで休んで、傷を治しなはれ。」
「かたじけない。」
男は目を閉じ、眠り始めた。
「ごめん下さい。」
「あぁ、ええ所に来てくれはりましたなぁ、お優はん。」
「あの子はどこなん?」
「奥の部屋で休んではります。」
「おおきに・・」
診療所に入って来た女は、そう言って町医者に頭を下げると、総髪姿の男が寝ている奥の部屋へと向かった。
「かわいらしい顔で寝てはるなぁ。」
女は男と同じ真紅の瞳を細めると、そう言って笑った。
「姉・・上・・?」
「よう寝てたなぁ、巽。右目の怪我、誰にやられたんや?」
「女や、女にやられた。土方をあと少しで殺れると思うてたのに、女が苦無を俺に投げて来た。」
「苦無やて?その女は忍なんか?」
「いいや、普通の町娘や。姉上、土方は“先生”の事は覚えてた・・」
「そうか。後はうちが上手くやるさかい、あんたは休んどき。」
「姉上、俺は・・」
「あいつは・・土方は、“先生”の仇や。うちらが必ず仇を討たなあかん。それまで体力を蓄えておき。」
「はい・・」
女―お優はそう言うと、弟の頭を優しく撫でた。
お優と巽の姉弟は、銀髪紅眼という容姿の所為で生まれてすぐに捨てられ、寺の和尚に育てられた。
だが、優しかった和尚は流行病で亡くなり、二人は廃墟と化した寺の中でただ朽ちるのを待っているだけだった。
そんな中、自分達を救ってくれたのが、“先生”だった。
『こんな所に居ないで、わたしの元へおいでなさい。今日からわたしが、あなた達の養い親になってあげますよ。』
そう言って優しく自分達に向かって差し伸べた手を、二人はしっかりと握った。
その日から、“先生”は二人にとってかけがえのない存在となっていった。
だが―
「姉上、大変だ!“先生”が・・」
“先生”との別れは、突然やって来た。
「嘘や、先生がそんな・・」
「姉上、あいつや・・石田村の土方が先生を殺したんや!」
「それはほんまか、巽。」
「ほんまや、姉上。俺、見たんや。」
「何をや?」
「土方が、先生を斬ったんや!」
「そうか・・」
“先生”はもう居ない。
お優と巽は、“先生”を殺した仇である“土方”を探し回った。
そして二人は漸く、土方を見つめたのだ。
(必ず、“先生”の仇は討つ!その為にうちはまだ立ち止まる訳にはいかへんのや!)
お優は、“先生”から親子の証として渡されたロザリオを握り締めた。
「今夜は新月かぁ・・何だかこんな夜には、鬼が出てきそうで嫌だなぁ。」
「鬼、ですか?」
「あぁ、君は知っているかな、新月の夜に出没する鬼。何でもそいつらの髪は銀色で、瞳は血のように赤いんだって・・て、もう聞いていないか。」
総司はそう言うと、隊士を斬り伏せた“鬼”を睨んだ。
「へぇ・・本物の鬼って、随分華奢なんだね?」
「抜かせ!」
そう叫んだ鬼―お優は総司と斬り結んだ。
「なかなかやるね。」
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