「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。
「さっさとこの汚い手を離しやがれ!」
「気が強い女は好きだ。お前が入内したあかつきには、我妻にお前を迎えようぞ。」
「うるせぇ!」
千景の態度に苛立った歳三は、彼の頬を平手で打ち、池を後にした。
「千景様、こちらにおられたのですね。どうなさったのです、嬉しそうな顔をして?」
「何、天女に会っただけだ。」
「天女、ですか?」
「あぁ。菫色の瞳を持った、射干玉の美しき髪を持った天女だ。」
「先を急ぎますよ。」
「あぁ、わかっている。」
西国から遠路はるばる京へとやって来た千景一行は、雪村家で暫く世話になる事になった。
「歳三兄様、どうして水浴びなどされたのですか?」
「こんなに暑い日に、家ん中で引き籠もってられるかっての!」
「だからって、髪も乾かさずに・・」
「なぁ千鶴、父上達の局が何やら騒がしいようだが、何かあったのか?」
「帝がおかくれあそばしてから、次の帝が中々決まらない事は兄様もご存知でしょう?」
「あぁ。」
「西国から、鬼の頭領のご一族の方達がいらして暫くこちらに滞在されるそうです。」
「へぇ。ま俺には関係のねぇこった。」
歳三はそう言うと、気怠そうな様子で寝転がった。
「あ~、暑くてやってられねぇ~」
「まぁ、姫様!いけませんわ、そのようなだらしのない格好をなさっては!」
「ちっ、見つかったか。」
歳三は舌打ちすると、ゆっくりと起き上がった。
「姫様、頭中将様から文が届きました。」
「またあの気障野郎からか。江、お前ぇは俺の代わりにあいつに文を出しておいてくれ。」
「姫様・・」
「俺ぁ歌を詠むのは好かねぇ。まわりくどくて苛々する。」
「嘆かわしい事、雪村家の一の姫様ともあろうお方が・・」
歳三の乳母・江は、そう言うと袖口で涙を拭った。
「あら、こちらにおられたのね、姉様。」
サラサラと衣擦れの音が聞こえたかと思うと、千鶴の長姉で歳三の異母妹・静が歳三と千鶴の局へと入って来た。
「千鶴、あなたはいつもこちら(西の対屋)にいるのねぇ。そんなにわたし達の事が嫌いなの?」
「そんな訳では・・」
「そう。では、こちらの縫い物を明日の朝までに仕上げておいてね。」
「はい・・」
「それじゃぁ、わたしは風間様にご挨拶してくるわね。」
少し胸を張り、静はそう言って笑うと、そのまま局から去っていった。
「ふん、側室の娘の癖に、偉そうにしやがって。あ、千鶴、てめぇはあいつらとは違う。」
「わかっています。」
「手伝うぜ。歌を詠むのは苦手だが、楽器を奏でる事と針仕事は好きなんだ。」
「ありがとうございます。」
「さっさと針仕事済ませるぞ。」
「はい。」
「はじめ姉様、いらっしゃいますか?」
「どうした、太郎君?」
「帝の死者から、文が届いております。」
「わかった。」
太郎君から帝の文を受け取ったはじめは、外に人の気配を感じた。
「どうかなさいましたか、姫様?」
「・・外に、誰か居るような気がしてならいのだが。」
「気の所為でございましょう。」
「そうか。」
(あ~、危なかった。)
“斎藤家には鬼姫が棲んでいる”という噂の真偽を確かめる為、沖田総司はその姫君の顔を一目垣間見ようとしたが、失敗してしまった。
「総司様、申し訳ありませぬ。姉様に気づかれてしまいました。」
「謝らないで。それより、僕の文は渡してくれた?」
「はい、確かに。」
「ありがとう、はい、これ。」
総司がそう言って太郎君に渡したのは、唐菓子だった。
「あの鬼婆には内緒だよ?」
「わかりました!」
元気よく駆けてゆく太郎君の背を見送りながら、総司は斎藤家を後にした。
「若様、また外へ・・」
「烝か。ねぇ、斎藤家の姫君の事、何かわかったの?」
「三の姫様でしたら・・」
「違う、僕が言っているのは、“落窪の君”の事だよ。本当に、あの子は鬼姫なの?」
「いいえ。はじめ姫様は、亡くなられた母君が高貴な血筋のようでして・・」
「ふぅん。でも、実母が亡くなったから、冷遇されているんだね。あの鬼婆から一刻も早く、あの子を救い出してやりたいなぁ。」
「若様、もしかして何か変な事を企んでいるんじゃないですよね?」
「まさかぁ。」
そう言った総司の翡翠色の瞳は、妖しく煌めいていた。
「あ~、やっと終わったな。」
歳三は朝から始めた膨大な針仕事を終え、凝り固まった肩の筋肉を少し指先でほぐした。
「あの女、一体何様のつもりなんだ?てめぇの仕事を俺達に押し付けやがって。」
「兄様・・」
「ふん、入内するからって、最近調子に乗っているんだな。ま、あちらの方は娘を入内させてゆくゆくは帝の御子を産ませたいのだろうよ。」
「いけません、それ以上言っては。」
「だがなぁ・・」
「兄様、久しぶりに兄様の横笛を聞きたいです。」
「そうか。俺も、千鶴が弾く箏が聞きてぇなぁ。」
「では、合奏致しましょう。」
西の対屋の方から美しい横笛と箏の音が聞こえ、千景は酒宴からそっと抜け出し、額の音に導かれるようにして渡殿へと向かった。
「千景様、どちらへ?」
背後から声を掛けられ、千景が振り向くと、そこには側室の荻の方が立っていた。
「少し、酔いをさましに・・」
「まぁ、そうでしたか。」
荻の方はそう言って、そのまま東の対屋へと向かった。
(解せぬ女だ・・)
千景は、そのまま西の対屋へと向かった。
御簾越しに局の中を垣間見ると、そこには泉で会った黒髪の女が優雅に横笛を拭いていた。
(美しい・・)
夏の月夜に仄かに照らされたその女の白い肌は雪のように美しく輝いていた。
その女の隣で箏を弾く姫君は、春の女神のように愛らしかった。
「楽しかったな。」
「えぇ。」
千鶴がそう言って灯台の火を消そうとした時、一陣の強い風が吹いた。
「きゃぁっ!」
千鶴は少しよろめき、倒れそうになったが、歳三が慌てて彼女を抱き留めたので、彼女に怪我は無かった。
「大丈夫か?」
「はい。」
「お前、泉で会った女だな?」
突然背後から何者かに抱き締められ、歳三が振り向くと、そこには泉で会った男が立っていた。
「こうすることで、俺を拒まぬ女は居なかった。」
「うるせぇ!」
歳三はそう叫ぶと、男に頭突きを喰らわせた。
「おのれ・・」
「その汚ねぇ手を俺から退かしやがれ!」
「ますます気に入ったぞ。」
男はそう言って笑うと、そのまま局を後にした。
「なぁ千鶴、誰だあの気色悪い男は?」
「あの方は、西の頭領である風間千景様ですよ。」
「へぇ。あいつが帝になるんなら、もうこの世は終わりだな。」
「歳三様、お館様がお呼びです。」
「父上が?」
「はい。」
「わかった、すぐに行く。」
歳三はそう言うと、局から出て父達が居る東の対屋へと向かった。
「父上、お呼びでしょうか?」
「歳三、そこへ座れ。」
「はい。」
東の対屋に入ると、そこには父・正道とその正室で母である綾の方と、静、そして今しがた自分を抱き締めた男の姿があった。
「てめぇ・・」
「歳三、こちらの方は帝となられる風間千景様だ。」
「帝だぁ!?」
「酷いわ、お父様!わたくしの代わりに歳三姉様を入内させるなんて!」
そう叫んだ静は、わっと泣き叫んだ。
「はぁ、俺が入内!?」
「そうだ。」
「何で、俺が・・」
「俺は、お前が気に入った・・俺の妃となれ。」
「父上・・」
「これはもう、決まった事なのだ。」
「な・・」
静は恨めしそうな顔で歳三を睨むと、寝殿から出て行った。
こうして、歳三は入内する事になった。
「一体、どうなっていやがる?」
「兄様・・」
「大丈夫だ、千鶴。」
「本気なのですか、殿!?本当に、あの子を入内させると?」
「あぁ。」
「また、あの陰陽師に何か吹き込まれたのですね?」
「歳三の入内は、天が決めた事だ。」
そう言って正道は、夜空に輝く星空を見つめた。
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