2021/01/06(水)21:32
鬼の寵妃(肆)
「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。
「姫様、頭中将様が・・」
「文なら送り返せ。」
「いいえ、それが・・」
「歳三様~!」
歳三が江に髪を梳いて貰っていると、外から男の声が聞こえて来た。
「何故、文を送っても色好い返事をしてくれないのです!?」
頭中将は文を送るだけでは飽き足らず、雪村家へ歳三に一目会う為にやって来た。
だが、歳三は彼の想いに応えるどころか、留守を決め込んだ。
(しつけぇな・・)
「貴様、そこで何をしておる?」
「そなたこそ、何者だ!」
「まずはそちらから名乗るが、礼儀であろう。」
「わたしは頭中将、藤原頼光だ!こちらへは、歳三様に求婚しに参った!」
「求婚だと?笑止!」
千景はそう叫ぶと、大きな声で笑った。
「何が可笑しい!」
「歳三姫は、我妻となる女だ。それを、求婚しに来るとは片腹痛いわ、去ね。」
「何!?」
「去ねと言っておる。」
千景はそう言うと、頭中将に向かって何かを小声で唱えた。
すると、彼の周りに黒い蛾のようなものが突然現れ、彼は悲鳴を上げながら雪村家を後にした。
「助かったぜ。」
「これから三日、お前の元へ通う。」
「は?」
「歌を詠むのが苦手でも、俺の為に歌を詠め、わかったな?」
一方的に千景は歳三にそう言うと、そのまま供の者と共に雪村家を後にした。
「姫様、どう致しましょう?」
「無視すりゃいい。」
本気で千景が自分の元へ通う訳がないだろうと、歳三はたかをくくっていた。
だが、千景は宣言通り、雪村家を後にした。
この時代、男性が女性の元へと訪れ、歌を贈り合い、結ばれた後、「後朝の文」を男性側が女性側へと贈り、そして女性側の両親の許しを得て、三日目に所顕(披露宴)を行うのが、貴族の結婚であった。
歳三は江や千鶴に手伝って貰いながら、三日間千景と歌を贈り合った。
「歳三、そろそろ俺に肌を許してくれぬか?」
「それは出来ねぇ。」
「何故だ?」
「俺は、男だぞ。それなのに、どうして俺を入内させようとしているんだ?」
「惚れた者を傍に置くのに、理由はあるまい?」
さらりと、恥ずかし気もなく歯が浮くような台詞を言うと、千景は歳三を褥の上に押し倒した。
「おい、待て・・」
「もうこれ以上、待てぬ。」
「あぁ、やめっ・・」
「やめぬ。」
灯台の火が、仄かに睦み合う二人の姿を照らした。
「まぁ姫様、“後朝の文”を頂いたのですね!早速返事を書かなくては!」
「あぁ、そうだな。」
雪村家で、歳三と千景の所顕が行われた。
それは、豪華絢爛なものだった。
「これで雪村家も安泰じゃ。」
「さよう。鬼の妃となられた歳三様ならば、必ずやこの家に福を招きましょうぞ。」
親戚の男達がそう言いながら新郎新婦を見ると、彼らはまるで一巻の絵巻物に出て来るかのような美しさだった。
新婦の歳三は、深紅の唐衣を纏い、目元に紅い化粧を施し、頭にはかざしを挿していた。
対する新郎の千景は、祝いの場に相応しい金色の直衣姿だった。
「まぁ、これは見事ですわね。」
「鏡箱の美しい蒔絵といったら!」
「衣も香も、全て一級品ですわね!」
「お館様は、本当に姫様を愛しておられるのですね!このような見事なお道具類を全て揃えられるとは・・」
入内する際、歳三の道具類―屏風や几帳などの家具をはじめ、衣や香、和琴や横笛などの楽器類に至るまで、全て正道が用意してくれた。
「当然でしょう、我が娘は弘徽殿に入内するのですから、これ位揃えなければね。」
そう言った綾の方は、終始嬉しそうな顔をしていた。
正室(北の方)である彼女は、常日頃張り合っている側室の荻の方が悔しがるさまを見て、彼女の鼻っ柱を折ってやって胸がすくような思いであった。
綾の方は、側室の子でありながらも乳兄妹である千鶴を可愛がり、彼女の道具類も歳三と同様のものを正道に用意させた。
「千鶴は、あの憎たらしい女の娘ですけれど、この子は上の二人と違って全く似ていないから、可愛いわ。」
「お義母様・・」
「千鶴、これから歳三の事を支えてやってね。」
「はい。」
「ねぇ、歳三とあなたが入内するまで、宮中の“鬼騒ぎ”が収まればいいのだけれど。」
「えぇ。」
こうして、歳三と千鶴の入内は、内裏が美しい桜が咲き誇る季節の頃であった。
―見ろ、あの方だ・・
―流石右大臣様の姫君様だけあってか、美しい衣だ・・
―あの射干玉の如き黒髪、美しい。
「好き勝手言いやがって。」
「良いではありませんか、兄様。」
入内した歳三は、清涼殿に近い弘徽殿へと千鶴と共に入った。
後宮の女達は、帝の心を射止めた妃の顔見たさに、挨拶に来る者が絶えなかった。
「ふん、人のご機嫌取りに忙しい奴らだぜ。」
「まぁ、姉様・・」
「姉様、藤壺女御様がいらっしゃいました。」
「わかった。」
「あら、あなたが弘徽殿女御様ね。主上の心を一瞬で射止めたとだけあって、噂通りの美しい方ね。」
そう言った藤壺女御は、後ろに控えている女房達と顔を見合わせながら笑った。
(何だ?)
「どうした、俺の顔に何かついているのか?」
「いいえ。」
(変な女だな。)
「ねぇ、噂通りの御方だったわね。」
「お綺麗な方だったけれど、口はまるで男のようにがさつだったわ!」
「あんなお方が、中宮様なんて笑っちゃう。」
「本当よね。」
藤壺女御達が、そんな事を言い合って渡殿を歩いていると、向こうから走って来た女童とぶつかり、彼女が手に持っていた樋箱の中身を彼女達は頭から被ってしまった。
「おぉ臭い、まるで肥溜めのようね。」
「新しい麝香ではなくて?」
周囲の嘲笑う声と視線に耐え切れず、藤壺女御達は逃げるようにして自分達の局へと戻っていった。
「あれはやり過ぎじゃないのか?」
「何をおっしゃいます!主を侮辱されたお返しとして、これ位しないと気が済みませんわ!」
江はそう言って鼻息を荒くした。
(これから何もなきゃいいんだが・・)
そんな歳三の心配は、杞憂に終わった。
「ねぇ、これから鬼姫が入内されるらしいわよ。」
「鬼姫?」
「ほら、斎藤家の・・」
「あぁ。」
女房達の話を聞きながら、歳三は暑い夏が過ぎ去った事を肌で感じ、安堵の表情を浮かべた。
やがて、京に秋が訪れた。
「斎藤家が、打毬大会に出場すると?」
「はい。何でも、大会の賞品は美しい螺鈿細工が施された今は亡き皇女様の箏だとか。」
「へぇ・・」
「若様?」
「面白そうだね。」
「もしかして、出場なさるおつもりで?」
「最初から、そのつもりだけど?」
打毬大会は、宮中で行われた。
大会には、武芸に秀でた者達が出ていた。
「お義母様、あれは母上の形見なのです。どうか・・」
「お黙り!」
斎藤家の家計は火の車で、家財道具一式や調度品を売り払っても焼け石に水で、唯一価値のある螺鈿細工が施されていた箏を、この大会の賞品として差し出す事でしか家計を救う方法がなかった。
はじめは母の形見を取り戻そうと大会に出たが、生まれてから一度も馬に乗る事はおろか外出すらしなかった事がない彼は、敵に勝てる筈がなかった。
(もう、駄目だ・・)
「はじめ、お前ぇの仇は俺が討つ。」
「歳三様・・」
腰下までの長い髪をひと纏めにし、狩衣姿で颯爽と馬に跨る歳三の姿は、まるで絵巻物に登場する貴公子のように凛々しかった。
「あれは・・」
「中宮様・・」
「中宮様が御自ら、大会にご出場なされるとは。」
打毬大会は、歳三達の組が勝ち、はじめは母の形見を取り戻した。
「はじめ、うちへ来い。あんな家に居ても、お前ぇは幸せになれねぇ。」
「歳三様・・」
「母上、よろしいでしょうか?」
「お前がそう言うのなら、わたくしは何も言いませぬ。」
こうして、はじめは雪村家の養女となった。
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