「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。
「どうした、泣き止めというに・・」
「おやおや、尻が濡れておりますね。主上、姫様をこちらへ。」
柚彦はそう言うなり、千景から千歳を受け取った。
「中宮様は今どちらに?」
「・・あいつは、実家に戻った。」
「もしや、中宮様と喧嘩でもされたのですか?」
「まぁ、そういう事だ・・」
歳三と千景が喧嘩したのは、些細な事が原因だった。
それは―
「縦抱きか、横抱きにするのかで揉めてしまわれたと?」
「あぁ。中宮いわく“こいつは縦抱きにしねぇと夜寝てくれねぇ”と・・俺は、そんな事などどうでも良いと言ったら・・」
「“どうでも良い”事など、子育てにはありませぬ。」
「おのれ貴様、この俺に・・」
「満足に娘のむつきが替えられぬ男が何を言うても、この柚彦の胸には響きませぬ。」
「うぬぬ・・」
年端もゆかぬ少年に言い負かされ、千景はぐうの音も出なかった。
「うるさいなぁ、一体何の騒ぎ?」
「お騒がせしてしまって申し訳ありませぬ、総司様。」
「あ、誰かと思ったら土方さんの旦那さんじゃない。こんな所でどうしたの?」
「貴様には関係のない事だ、消えろ。」
「あれぇ、何その態度?あ、もしかして土方さんに振られたの?」
「黙れ!」
「ふ~ん、図星みたいだね。」
「貴様・・」
総司と千景が睨み合っていると、向こうからはじめの呻き声が聞こえた。
「はじめ、どうしたの!?」
「痛い・・」
「どうやら、産気づかれてしまわれたようですね。」
「どうしよう!?」
「柚彦、すぐに薬師を呼べ。沖田様は・・何もせずに、はじめ様の手を握って下さいませ。」
「わ、わかったよ・・」
はじめは突然産気づき、陣痛に襲われ苦しんでいた。
「大丈夫だ、僕がついているから!」
「総司様・・」
はじめが元気な男児を産んだのは、夜が明ける頃だった。
「可愛いなぁ・・」
「何を言う、まるで産まれたての猿のようではないか。」
「ねぇ君、ちょっと黙っててくれないかな?」
「主上、姫様が泣いておられますよ!」
「わかった。」
「早うこちらに来られませ!」
「わかった、わかったから耳を引っ張るな・・」
「ねぇ、この子の名前、何にする?」
「そうですね・・翠(あきら)というのはいかがでしょう?」
「良い名だね。」
総司はそう言うと、皺くちゃの顔をした息子の小さな手を、そっと握った。
「歳三様、主上から文が届いております。」
「捨てておけ。」
「まぁいけませんわ、姫様!主上からの反省の文かも知れませんわ!」
「あ、こら!」
「まぁ、何て事!」
江は、千景からの文に目を通した後、そう叫んだ。
「まさか、千歳に何かあったのか?」
「いいえ、はじめ様が、元気な男子をお産みあそばしたそうです。」
「はぁっ!?」
はじめの妊娠を全く知らなかった歳三にとって、その知らせはまさしく寝耳に水の事だった。
「父親は誰だ?」
「妖狐族の御曹司の、総司様です。」
「あいつ、いつの間に・・」
「良いではありませぬか。」
「まぁ、な・・」
「めでたいわねぇ。今まであの子は苦労した分、幸せになれるわ。」
綾の方は、そう言うと袖口で涙を拭った。
「それにしても歳三、あなたが主上と喧嘩するなんて珍しい。おしどり夫婦だと思っていたのに・・」
「おしどりは巣作りの時にだけ仲良くなるんだ。あいつはちっとも俺の苦労をわかっちゃいねぇ。」
「全く、困ったものだわ。」
歳三の頑固な性格を知っているだけに、この喧嘩は長引くだろうと綾の方は思った。
「姉上、こちらにおられたのですか。」
「おう、太郎君か。どうした?」
「はじめ姉様を知りませんか?」
「あぁ、はじめならつい先程文が届いてな、元気な息子を産んだんだ。」
「え、それではわたしはおじとなるのですか!?」
「まぁ、そうなるだろうな。」
「早く姉様の赤さんにお会いしたいです!」
「いずれ会えるさ。」
歳三はそう言うと、乳が張っている事に気づいた。
(あいつ、大丈夫か?)
「おい、泣き止め!」
「乳が欲しいのでしょう。」
「俺は何も出ぬぞ。」
千景は胸を肌蹴させ、乳首を泣き喚く娘の口元に宛がった。
「あの・・よろしければ、わたくしの乳をあなたの姫様に差し上げましょうか?」
「はじめ君、何言っているの?」
「どうか、姫様をわたくしに・・」
「かたじけない。」
千景から千歳を受け取り、彼女を抱いたはじめは、そっと己の乳首を彼女の口元に宛がった。
すると、彼女は音を立ててそれを吸い始めた。
「良かったですね、主上。」
「あ、あぁ・・」
「いいの?はじめ君、まだ体調も本調子じゃないのに。」
「困った時はお互い様だろう?それに、仮にもあの姫様と翠とはいとこ同士となるのだから。」
「まぁ、そうだよね。」
やがて千景達とはじめ達が雪英の元へ身を寄せてから、二月が経とうとしていた。
「はじめ様、お迎えに上がりました。」
「済まないな、江。姉上達はお元気か?」
「えぇ。まぁ、可愛らしい赤さんですこと!」
「翠というんだ、これから仲良くしてやってくれ。」
「はい。あの、主上はどちらに?」
「あぁ、主上は今姫様のむつきを替えておられる。」
「まぁ、あの主上が・・」
「はじめ、元気そうで良かった。」
「ご心配お掛け致しました、兄上。」
「はい。」
はじめはそう言うと、壺装束姿の歳三と抱き合った。
「歳三、反省しているから、許してくれ。」
「ふん、どうだか。お前の言葉は信用できねぇ。」
自分に向かってそう平謝りする千景に、歳三はそっぽを向いた。
「姉様、もう許して差し上げては?主上も充分に反省していらっしゃるようですし・・」
「そうですよ姫様、意地を張らないで下さいませ。」
「わかったよ!」
歳三はそう叫ぶと、千景と仲直りした。
「それにしても、お前ぇ俺が居ない間に、随分こいつのむつきを替えるのが上手くなったな。」
「フン、この俺にかかれば、赤子のむつき替えなどたやすい・・」
「何をおっしゃいますか、はじめは“赤子の尻を拭けぬ”と抜かしていた貴方様を、この柚彦めが一から教育して差し上げたのですよ、忘れましたか!?」
「う・・」
ふふんと胸を張って自慢劇に千景がそう歳三に話していると、そこへすかさず若草色の水干を着た少年が横槍を入れた。
「主上、一本取られましたなぁ。」
「うるさい・・」
「千景、こいつは誰だ?」
「はじめまして、柚彦と申します。雪英様の小姓をしております。」
「小姓?稚児とはどう違うんだ?」
女色を禁じる僧侶や呪術師の間では、男色が盛んだと噂に聞いたので、歳三がそう柚彦に尋ねると、彼の傍に居た雪英が堪らず噴き出した。
「何がおかしい?」
「生憎ですが、柚彦は拙僧の世話係です。中宮様がお思いになられておられるような疚しい関係などではございませぬ。」
「そうか、悪かったな・・」
「いえ、良いのです。誤解される事は良くあります。」
「そうか・・」
「ここまでの長旅はさぞやお疲れだったでしょう。さぁ、宿坊にてごゆるりと長旅の疲れを癒してくだされませ。」
「かたじけない。」
「ちょっと、わたくし達の部屋を横取りするつもり!?」
突然歳三達の前にそう叫びながら現れたのは、はじめを虐待していた斎藤家の者達だった。
「おやおや、これは異な事を。宿坊の部屋を押さえておられたのは中宮様ですぞ。」
「金ならいくらでもやるわ、だから・・」
「これは異な事を。いくら金を積まれても、あなた方に部屋は用意できませぬ。」
「何と・・」
淡路は横目でちらりとはじめを睨みつけると、そのまま寺から去っていった。
「あの・・」
「気にするな。」
その日の夜、歳三達は久しぶりに四人で楽しい夜を過ごした。
(これから、何事もなければ良いが・・)
鞍馬の山奥に、魔物を封じ込めた祠があったが、その祠の封は、何者かによって破られていた。
“我を呼んだのは、何者ぞ”
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