※BGMと共にお楽しみください。
「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。
「一体どうしちゃったのかしら?」
「一度、精神科に診て貰った方がいいんじゃないのか?」
「そんなの、ご近所さんに知られたらどうするの?ただでさえ・・」
自分の事で両親が言い争っている声が廊下越しに聞こえ、八郎はリビングのドアを開けずに、自室へと戻った。
ベッドの中に入って眠ると、また“昔”の夢を見た。
それは、江戸に居た頃の幸せな日々のものだった。
“トシさんはモテるなぁ。”
“はは、よせやい。”
そう言って照れ臭そうに笑いながら、雪のように白く肌理が細かい肌が仄かに赤く染まるさまが、八郎は好きだった。
多摩の豪農の家に生まれた歳三は、十一の時に江戸へ初めて奉公へ行ったが、上手くゆかず、十七の時に再び奉公へ出たが、女中を孕ませた事で奉公先を追い出され、こうして八郎と夜な夜な悪所通いをしては、朝まで酒を酌み交わす日々を送っていた。
“ねぇトシさん、僕はトシさんみたいに綺麗な人は今まで見た事がないんだ・・”
“おいおい、勘弁してくれ。男に向かって綺麗とか言うな。”
”トシさんは本当に綺麗なんだもの。“
“酔ってんのか、てめぇ?”
“うん、酔っているよ、トシさんの美しさに。”
“ったく、しょうがねぇなぁ。”
そう言いながら自分を見つめる歳三の、美しい紫の瞳が好きだった。
ずっと、その瞳を見つめたいと思っていた。
それなのに。
そんな、儚くて小さな願いすら、叶えられなかった。
夢から覚めると、自分の頬は涙で濡れていた。
(トシさん・・)
いつか、戦がない世で生まれ変わったら、必ず歳三を幸せにすると誓った。
そして、漸く彼に会った。
(トシさん、今度こそ僕がトシさんを幸せにしてあげるからね!)
「坊ちゃま、おはようございます。」
「おはよう。」
軽いノックの音と共に、燕尾服姿の青年―伊庭家の執事・斎藤一が八郎の部屋に入って来た。
「お召し替えの時間です。」
「わかった。」
「失礼致します。」
斎藤は、そう言うと八郎に靴下を履かせた。
「この前、僕“トシ”さんに会ったんだ。」
「ご友人が、出来たのですか?」
そう自分に尋ねる斎藤は、少し動転しているかのように見えた。
「うん・・まぁ、これから友達になるつもりだけど。」
「そうですか。」
自分にそう言って優しく微笑んでいる執事が、前世を憶えているのかはわからないが、先程の様子を見る限り、彼は“憶えている”。
「八郎、昨夜は酷くうなされていたようだけれど、大丈夫なの?」
「はい。」
「そう、良かった。」
伊庭家は、江戸時代には旗本で、名家である事は平成の今でも変わらない。
八郎には、両親と兄が一人居る。
その兄―和貴は、この家の中では“居ない者”とされている。
それは―
「八郎、この前の塾の模試の結果、見たわよ。順調に成績が上がっているじゃない。」
八郎の母・和子は、そう言って彼に優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。」
「これなら、東大に行けるわね。」
「おいおい、そうプレッシャーをかけるものではないよ。まだ八郎は東大に行くと決まった訳じゃないんだから。」
「まぁ、そうね。」
「ごちそう様。じゃぁ、行って来ます!」
「気を付けてね。」
黒塗りのリムジンに乗った八郎が窓の外をふと見ていると、丁度黒いランドセルを背負った歳三が通りの向こうを走っていくのを見た。
「坊ちゃま?」
「少し、止めて。」
「かしこまりました。」
「ありがとう。」
運転手に礼を言った八郎は、車から降り、息を弾ませながら歳三の元へと駆けていこうとした。
その時、歳三が誰かに向かって駆けてゆくのを見た。
「勝っちゃん!」
「トシ、おはよう。」
「勝っちゃん、今日は一緒に帰ろうぜ!」
「あぁ!」
歳三が楽しく話す視線の先には、近藤勇の姿があった。
―どうして、また・・
前世でも、歳三と勇は親友同士だった。
―どうして、僕じゃないの?
涙を堪えながら八郎は、二人に背を向けて車の中へと戻っていった。
「出して。」
「はい・・」
八郎が通う学校は、元々幕臣の子弟達が通う開成所であったが、明治となってからは主に華族の子弟達が通う、所謂“華族学校”となり、名門校として知られている幼稚園から大学までのエスカレーター式の進学校でもあった。
対して歳三が通っているのは、公立の小学校だった。
教育熱心な母親が八郎が通う学校を歳三に受験させようとしたが、歳三は頑として拒否した。
そして彼は、入学した小学校で勇と“会った”。
「なぁ勝っちゃん、今度うちでゲームやろうぜ?」
「あぁ、それよりもトシ、今日は道場に来るのか?」
「来るに決まっているだろ!」
今世に於いても、歳三と勇は親友である。
同じ剣術道場に通い、互いの家を行き来したりして他愛のない話をしていた。
「勝っちゃん、“今度こそ”、ずっと一緒にいような!」
「あぁ。」
二人を繋ぐもの―それはあの激動の時代を駆け抜けた、“記憶”だった。
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