「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。
1912(大正元)年12月。
京都・南座では、毎年恒例の顔見世興行が行われていた。
「ねぇばあや、あの人達綺麗ね。」
「お嬢様、あの方達は花街の芸舞妓さん達ですよ。今日は、あの方達も歌舞伎を鑑賞されるのですよ。」
「へぇ、そうなの。」
「さぁ、急ぎませんと。」
「えぇ。」
少女とその乳母は、芸舞妓達とともに南座へと向かった。
「竜胆さん姐さん、お待たせしました。」
「遅かったやないの、春月ちゃん。」
そう言って自分を見つめる歳三の顔は、何処か蒼褪めているかのように千鶴には見えた。
「何やの、人の顔をジロジロ見て?」
「いやぁ、姐さんのお座敷姿、久しぶりに見るなぁと思いまして。」
「そうか?」
歳三はそう言うと、姿見の前で一周した。
漸くあの帯状疱疹の後遺症である忌々しい頭痛から解放され、約半月振りに彼は髪を結い、黒紋付の正装姿になっていた。
「姐さんには、誰かご贔屓の役者はんでも居てはります?」
「また、その話かいな。」
歳三はそう言って苦笑した。
毎年、この季節になると花街の芸舞妓達は花簪の“まねき”に贔屓の役者の名を入れて貰う事で色めき立っていた。
「それにしても、今日はえらい冷えますなぁ。」
「そうやなぁ。もうすぐ初雪が降りそうやなぁ。」
そんな事を二人が言いながら屋形から出ると、雨が降って来た。
「雪やなくて雨やったわぁ。」
「そうどすなぁ。」
歌舞伎鑑賞後、二人が屋形に戻ると、玄関先に見慣れないハイヒールが置かれてあった。
「とにかく、今日はお帰り下さい!」
「そうはいかないわぁ。竜胆って女に会わせなさい!」
奥の部屋から、ヒステリックな女の声が聞こえて来たかと思うと、その声の主が玄関先へとやって来た。
「あんたが、竜胆ね?」
女は毛皮の外套を羽織り、洒落たデザインのドレスを着ていた。
「へぇ、竜胆はうちどすけど・・」
「あの人を返しなさいよ、泥棒猫!」
女はつかつかと歳三の元へと近寄ると、そう叫んで彼の頬を平手で打った。
「春月ちゃん、警察呼んで。」
「わかりました。」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「待つも何も、先に手を出してきたんはそちらはんどす。」
「そんな、あたしは・・」
「何を言うても無駄どす。」
千鶴の通報で駆け付けた警察官により、女は連行されていった。
「姐さん、大丈夫どすか?」
「大丈夫や。」
「これで顔、冷やしとき。」
「おおきに、おかあさん。あの人、一体誰やったんどすか?」
「何や、東京で有名なカフェーのマダムやそうや。」
「カフェーのマダム・・」
さえの言葉を聞いた歳三の脳裏に、あの忌まわしい女の顔が浮かんだ。
「八千代とは関係のない女や。」
「そうどすか・・」
その日の夜、歳三は伊庭八郎のお座敷に出ていた。
「トシさ~ん!」
「おい、人が酌をしている間に抱きつくな!」
「だって、トシさんに久しぶりに会えたから嬉しくて・・」
「だからって、抱き着くな!」
「ごめ~ん。」
そう言いながらも、八郎はトシゾウから離れようとしなかった。
「伊庭様は、昔から姐さんの事がお好きなんどすなぁ。」
「まぁな。」
歳三はそう言いながら、軽く咳をした。
「姐さん?」
「ただの風邪だ。」
「そうどすか。玉子酒でも作りますえ。」
「俺ぁ下戸なんだ。」
「あぁ、そうどしたなぁ。」
「道、雨で濡れて滑りやすくなっているから気をつけて歩けよ。」
「へぇ。」
お座敷があった料亭から屋形に二人が戻った頃には、雨は雪へと変わっていった。
「寒ぃ~」
「トシちゃん、そないなだらしのない姿をしていたらあきまへんえ。」
火鉢の前にはりついて離れようとしない歳三を見たさえは、呆れ顔で彼にそう言った後溜息を吐いた。
「せやかておかあさん、こないな寒い日にお座敷なんてよう行かれしまへんえ。」
「よう言うわよ。さ、はよご飯食べて舞の稽古行ってきよし。」
「へぇ。」
歳三は溜息を吐いた後、漸く火鉢の前から離れた。
「お師匠はん、今日もよろしゅうお願いします。」
「竜胆はん、お久しぶりどすなぁ。最近風邪ひいてはるって、春月ちゃんから聞いたえ。」
「季節の変わり目やさかい、少し体調崩してしもうたんどす。すぐに治りますさかい、心配せんとくれやす。」
「そうか。」
だが歳三の風邪は、良くなるどころか悪化していった。
「姐さん、大丈夫どすか?」
「大丈夫や。」
そう言いながらも、歳三は激しく咳込んだ。
「あんた、一度病院で診て貰った方がええんと違うか?」
「そうどすか?そないな事・・」
「まぁ、“ただの風邪”やったらええんやけど・・」
「へぇ。」
歳三は、咳が“単なる風邪”だと最初は思い込んでいた。
しかし、その咳は二週間経っても続いた。
「竜胆、顔色が悪いぜよ?」
「へぇ、何やらたちの悪い風邪にかかってしもうて参ってしまいました。」
「おぉ、そりゃいかん!わしが玉子粥で作っちゃるき!」
「まぁ、その気持ちだけでも充分どす。」
歳三はそう言いながら笑おうとしたが、その時激しく咳込んだ。
「大丈夫かえ?」
「へぇ。」
そう言った歳三は、懐紙が血に染まっている事に気づいた。
「どないしたんや、あんた、顔真っ青やで!」
「おかあさん・・」
「部屋で休んどき。」
「へぇ。」
歳三は、自室に入った途端、気絶した。
「姐さん!」
「誰か、お医者様を!」
歳三は、大学病院に入院する事になった。
「大変申し上げにくいですが・・土方さんは肺結核です。しかも、かなり重いです。」
「そんな・・」
「土方さんから、子どもの頃に一度、結核に罹った事があるようです。その頃は治ったようですが、再発したようです。」
「じゃぁ、姐さんは・・」
「長くもって二年、短くても半年でしょう。」
「そんな・・」
「嘘や、あの子が・・」
医師から歳三の病状を告げられたさえと千鶴は、互いに抱き合って泣く事しか出来なかった。
(まさか、昔罹った労咳がまだ残っていやがったとはな・・)
歳三は咳込みながら、ベッドの中で寝返りを打った。
「勝っちゃん、会いてねぇな・・」
「トシ?」
「どうしたの、あなた?」
「いや、今誰かに呼ばれたような気がしてな・・」
「気の所為でしょう?早く行かないと、船に乗り遅れてしまうわよ?」
「あぁ、わかった。」
勇は妻子と共に、上海行きの船に乗り込んだ。
(トシ・・)
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