※BGMと共にお楽しみください。
「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。
1925(大正十四)年、4月。
「トシさん、元気そうだね。」
「お前ぇは相変わらずだな、八郎。」
“野村”の離れに来た八郎は、昔と変わらず自分に向かって憎まれ口を叩いているかつての想い人の顔を見た。
「父様!」
「おう、お帰り、千歳。今日も学校、楽しかったか?」
「うん!あのね、今日作文でお父様の事を書いたら、先生に褒められたの!」
「そうか、良かったな!」
歳三がそう言って一人娘の頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑った。
「千歳ちゃん、久しぶりだね!」
「八郎おじちゃん、久しぶり。」
「“おじちゃん”か・・はは、何だか複雑だな。」
「まぁ、お前ぇもそんな年になったって事だよ。」
「そうだね。」
「それで?わざわざ東京で忙しく働いているお前が、京都まで来たのには理由があるんだろう?」
「実は・・」
八郎が歳三に話したのは、歳三の親族の事だった。
その親族は、生活に困窮していて、どこからか歳三の事を聞いたのだという。
「何で、今頃になって・・」
「きっと、たかりに来るよ。だから、そいつが来ないように、ここから逃げた方がいい。」
「俺は逃げも隠れもしねぇ。」
「・・そう言うと、思ったよ。」
八郎が“野村”を訪ねた数日後、彼が話していた件の親族がやって来た。
「おぉい~、居るかぁ!」
「あんたか、俺に会いたがっているのは?」
「お前ぇだけが、幸せになるなんて許せねぇ!」
「言っておくが、あんたとは親族でも何でもねぇ。」
「何だとぉ!?」
親族の男がそう言って血走った目で歳三を睨んでいると、彼の顔が突然白く染まった。
「さっさとここから出て行け!」
歳三が背後を振り向くと、そこには真っ赤な顔をして男に塩をぶつけている千歳の姿があった。
男は、何か意味不明な言葉を喚き散らしながら去っていった。
だが、千歳は男が居なくなっても塩を投げ続けた。
「千歳、大丈夫だから・・」
「父様~!」
「俺を守ってくれたんだな、ありがとう・・」
その時、自分にそう言って感謝の涙を流した父の姿を、千歳は生涯忘れる事はなかった。
1945(昭和二十)年8月15日。
その日は、とても暑かった。
戦争が終わった。
沢山の大切なものを奪ったあの戦争が。
抜けるような、美しく澄んだ青空の下、わたし達は、安堵の涙を流した。
「おかあさん、何で泣いてるん?どこか痛いん?」
「どこも痛うない。あんなぁ、涙は嬉しい時にも流すもんや。」
「そうなん?」
「そうやで。もう何もこわい思いせぇへんで。」
「ほんま?」
「ほんまや。うちがあんたに今まで嘘を吐いた事があるか?」
「ううん。」
「さ、外はもう暑いさかい、お家帰ってから冷たい物でも食べようか。何がええ?」
「かき氷!」
「えぇなぁ~、かき氷みんなで作って食べようか!」
青空の下、わたしは幼い娘の手をひいて、ゆっくりと我が家へと帰っていった。
「桜ちゃん、お帰り。外暑かったやろ、すぐに冷たいかき氷作ったげるから、待っとき。」
「は~い!」
縁側につけられた風鈴が、チリンチリンと涼し気な音を立てた。
京の夏も、もうすぐ終わろうとしている。
2011(平成二十三)年4月。
「よう来たな、お疲れさん。」
あの震災で津波に遭い、両親を亡くしたわたしは、愛犬と共に京都に住む曾祖母の元へと引き取られた。
「長旅で疲れたやろ?ワンちゃんの世話はうちでするさかい、千鶴ちゃんはお風呂でも入ってゆっくりしぃ。」
曾祖母は、何も聞いてこない。
どうやってわたしがあの生き地獄から生き延びてここまで来たのか、どんな思いをしてきたのかを、聞いて来ない。
今までわたしの周りには、家族を亡くした辛さを抱えた人達を支えようとする“ボランティア”が、漸く落ち着けた場所にまで土足で入り込んで来た。
物見遊山で来て、“自分は善行を積んでいます”アピールの人に、何も話したくなかった。
「何も、聞かないんですね。」
「言いたくない事は無理に言わんでもよろしい。あんたもこの子も、大変やったんやから。」
「ありがとう。」
「別にお礼言われる程の事はしてへんえ。」
曾祖母からそう言われた後、わたしは今まで堪えていた涙を流した。
「泣きたい時には、泣くのが一番や。」
2020(令和二)年十二月。
曾祖母が倒れたと聞いて、わたしはすぐに東京の自宅から彼女の自宅がある京都へと向かった。
だが、彼女は倒れたというのに、朗らかな笑みを浮かべながらわたしを迎えてくれた。
「よう来てくれたなぁ。」
「もう大丈夫なの?」
「軽い貧血やったから、もう大丈夫や。」
「そう、良かった。」
「あんたと正月を迎えたくて、えらい作り過ぎてしもうてなぁ。今夜はキムチ鍋にしようか。」
「ひいばあちゃんは座ってて。わたしが全部やるから。」
「人を年寄り扱いしたらあきまへん。」
そう言いながらわたしと共に台所に立っている曾祖母は、今年で101歳になった。
「何や、最近変な感染症が流行っているそうやねぇ。千鶴ちゃんの会社はどうなん?」
「う~ん、あんまり変わっていないかなぁ。在宅勤務になった位で。」
「太郎ちゃんは元気にしてるか?」
「うん、もう年だから、覚悟しないとね。」
「まぁ、人や動物には必ず“別れ”が来るもんや。」
「ねぇ、ひいばあちゃんも、大切な人と別れたの?」
「そうや。うちの父ちゃんは、うちが8つの時に労咳で亡くなってしもうた。でもな、お父ちゃんが死んでも、お父ちゃんから愛された記憶は消えへん。うちが生きている内はな。」
「ひいばあちゃん・・」
「これだけは憶えておきや。人は死んでも、愛した人がその人の事を忘れへん限り、その人は生き続けるのや。人も動物もな。」
「うん・・」
「その事を忘れたらあかん。」
2021(令和三)年四月。
桜舞う季節に、曾祖母は静かに旅立った。
「ねぇ、これひいばあちゃんの子供の頃の写真?」
「そうや。ひいばあちゃんの近くに座って写っているのが、ひいばあちゃんの両親や。あんたにとっては、高祖父母にあたるなぁ。」
「じゃぁ、“千鶴”って・・」
「ひいばあちゃんを産んだ後、スペイン風邪で亡くなったひいばあちゃんの母親の名前や。」
妻を亡くし、男手ひとつで曾祖母の事を育てた高祖父。
その娘を遺して逝くのは、どんなに辛かっただろうか。
「あれ、この人・・」
「あぁ、これは歳三さんの・・ひいばあちゃんのお父さんが芸妓をやっていた時の写真や。」
「へぇ、そうなんだ。」
白粉を塗って、日本髪を結っているからか、さっきの写真とはかなり雰囲気が違って見えた。
わたしがその写真をアルバムの中に戻そうとすると、はらりと何かが落ちた。
それは、高祖父が、曾祖母に宛てた手紙だった。
“千歳へ、もうすぐ父様は母様の元へいってしまうけれど、父様は、ずっとお前を見ているからね。だから、父様の事を忘れないでくれ。歳三”
ひいばあちゃん。
あなたに恩返し出来なかったけれど、あなたの事はずっと忘れないよ。
ずっとわたしを見守っていてね、ひいばあちゃん。
「父様、母様、遅くなってしまってごめんなさい。」
「ずっと待っていたわ。これからはもう、さびしい思いはさせないわ。」
「行こうか、みんなが待ってる。」
(完)
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