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2021.11.02
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「さぁ、どうぞ。」
「はぁ・・」
「そんなに硬くならないで。」
そう言って女王の妹であるヴィッキーことヴィクトリアは、歳三に優しく微笑んだ。
「突然こんな所に連れて来られて、不安でしょう?」
「えぇ、まぁ・・」
「ヴィッキー、あなたこの方に聞きたい事があるのではなくて?」
「あぁ、そうだったわ。トシゾウ様、私の子をご存知なの?」
「はい・・」
「あの子は、わたしの手で育てたかったのだけれど・・」
「あなたに、あの子は育てられなかったのよ、だから・・」
「姉様、やめて!」
ヴィクトリアはそう叫ぶと、ティーカップを乱暴にソーサーの上に置いた。
「落ち着きなさい、ヴィッキー。」
「だって・・」
「トシゾウ様、この子は興奮すると少し手がつけられなくなるの。」
「はぁ・・」
「ヴィクトリア様、大変です!」
「まぁ、何があったの、そんなに慌てて?」
「それが・・ヴィクトリア様にお会いしたいという方がいらっしゃって・・」
「わたしに、会いたい人?」
「はい・・」
「トシゾウ様、申し訳ないけれどわたしはこれで失礼させて頂くわ。」
「はぁ・・」
何処か慌しい様子でヴィクトリアが女官達と共に部屋から出て行くのを歳三は戸惑いながら見送った。
「あの子ったら、落ち着きがないのねぇ。」
 エリーザベトはそう言って溜息を吐きながら、紅茶を一口飲んだ。
「妹は、昔から落ち着きがない子でね、乳母達をいつも困らせていたわ。」
そう言って笑みを零すエリーザベトの表情は、とても寛いだものだった。
姉妹の関係は、いまいち歳三にとってはわからないものだが、彼女達のそれは余り険悪なものではなさそうなものだった。
「どうか、あの子の事をよろしくお願いしますね、トシゾウ様。」
「はい・・」
ヴィクトリアの部屋をエリーザベトと共に出て行った歳三が廊下を歩いていると、自分を睨みつけていた金髪紅眼の男と擦れ違った。
「調子に乗るなよ。」
「レオンの事は、気にしなくてもいいわ。」
「はぁ・・」
「今日は少し疲れただろうから、部屋で休みなさい。」
「わかりました。」
「陛下、湯殿の準備が出来ました。」
二人の前に、水瓶を持った女官が数人現れた。
「そう。」
「あの水瓶には何が入っているのですか?」
「牛乳よ。牛乳は美容に良いの。」
「そうですか。」
「では、また夕食に会いましょう。」
「はい・・」
女官達によって用意された部屋に入った歳三は、そのまま寝台の上に寝転がった後、目を閉じた。
「何という事・・」
「そんな、陛下が・・」
「これから、どうすれば・・」
 外が急に騒がしくなったのは、夕方の事だった。
(何だ?)
部屋から出ると、何やら女官達が慌てた様子で湯殿の方へと走ってゆくのを見た歳三が湯殿へと向かうと、その前には人だかりが出来ていた。
「一体、何があった?」
「陛下が、血を吐かれて・・」
「え?」
歳三が湯殿の中に入ると、そこには浴槽の中で死んでいるエリーザベトの姿があった。
(一体、どうして・・)
先程まで、彼女は生きていたというのに。
「陛下・・」
「さぁ、陛下の遺体を外へ・・」
女王の突然の死により、宮廷内は混乱した。
「あぁ、陛下が・・」
「姉様・・」
エリーザベトの死因は、中毒死だった。
「どうやら、浴槽の中に毒が仕込まれていたようです。」
「まぁ・・」
ヴィクトリアは、姉の解剖をした医師の言葉を聞いて絶句した。
「トシゾウ様、これから一体どうすればいいのかしら?姉様の他に、この王国を治める人は居ないわ。」
絶大な魔力とカリスマ性を持った女王急逝の報せを知った国民達は、大いに彼女の死を嘆き悲しんだ。
彼女の葬儀には、全国民が参列した。
「トシゾウ様、こんな時間に呼び出してごめんなさいね。」
「いいえ。」
「あのね・・こんな事をあなたに頼むもどうなのかと思うのだけれど、姉様の代わりに、この国を治めてくれないかしら?」
「は?」
青天の霹靂とは、まさにこの事を言うのだろうか。
「どうして、俺が・・」
「あなたから、姉様と同じ強い魔力を感じるの。」
「魔力?」
「ええ。魔力は人それぞれ違うけれど、あなたのそれは姉様と同じなのよ。姉様の魔力と同じ物を持っている人は、珍しいの。」
「珍しい事なのか?」
「はい。あぁ、勿論ずっと姉様の代わりをして貰うっていう話ではないのよ。暫くの間だけ・・」
「わかった。」
「ありがとうございます、トシゾウ様・・」
「俺が、これからどう女王の身代わりをすればいいのか、教えて下さい。」
「わかりました。」
葬儀の後、歳三は京に居る仲間達に宛てた文を書いた。
「これを、京に居る仲間達に。」
「かしこまりました。」

(これから、忙しくなるな・・)

「土方さん、暫く帰って来られないみたいですよ。」
「そうか。」
「鬼副長が居ない間に、色々とのんびり出来ますよね。」
「それはどうかな・・何せ、トシの代わりに俺が色々と事務仕事をしないといけないからなぁ・・」
勇はそう言うと、副長室の机に積まれている書類の山を思い出し、溜息を吐いた。
「はぁ・・」
ヴィクトリアから頼まれ、歳三がエリーザベトの“代役”として女王を務める事になったのだが、余りの仕事の多さに彼は息つく暇がない程忙殺される日々を送っていた。
女王の仕事量は、膨大且つ多岐にわたるものが多い。
「毎月の衣装代や美容代にこんなに金使うのかよ・・使い過ぎだろう。てか風呂は一日一回位でいいだろ・・」
そう呟きながら、歳三はエリーザベトの私室で彼女の帳簿を見ていた。
「陛下、よろしいでしょうか?」
「いいわよ、入りなさい。」
「失礼致します。」
そう言って部屋に入って来たのは、レオンだった。
「一体、何の用かしら?」
「貴様、一体何のつもりだ?何故、陛下の身代わりをしている?」
レオンはそう言うと、腰に帯びている長剣の切っ先を歳三に向けた。
「お前ぇの主の妹に頼まれたんだよ!」
「嘘を吐くな!」
「本当よ、レオン。」
「ヴィクトリア様・・」
「剣をおさめて、レオン。」
「何故です・・何故、こんな男に陛下の身代わりをさせるのです!?」
「この方は、姉様と同じ魔力の持ち主だからよ。一部の、特に“あの人達”に姉様の死を知られてはならないの。だから、暫くの間この方に、姉様として振る舞って貰う事になったの。」
「そうですか・・」
「レオン、あなたにも協力して貰うわ。あなたは、姉様の懐刀的存在だからね。」
「わかりました。」
ヴィクトリアの言葉を聞いてレオンは渋々彼女の提案を受け入れたが、歳三の事を余り信用していないようだった。
「陛下、ハノーヴァー伯爵がお見えになります。」
「わかったわ。」
(誰だ、それ?)
「ハノーヴァー伯爵は、姉様に媚を売ろうとしている貴族よ。きっと、異端審問官の事で話があるんだと思うわ。」
「異端審問官って、なんだ?」
「教会が管理している所よ。主に、魔力がある子供達を国中から集めているわ。」
「へぇ、厄介な奴らなんだろうな。」
「ええ。だから、彼らと話している時は気をつけて。」
「わかった。」
歳三は女官達に身支度を手伝って貰い、華やかなドレスとティアラを身に着けると、そのまま“謁見の間”へと入っていった。
「陛下、床に臥せられておられたと聞いておりましたが、ご快復されて良かったです。」
そう言って歳三に向かって笑みを浮かべたのは、ハノーヴァー伯爵だった。
「伯爵、あの後どうなっているの?」
「相変わらず、教会は異端審問官の横暴を許しております。陛下、このままでは・・」
「わたしが教会へ直接出向きましょう。」
「それはありがたい!」
「陛下、イリウス司教がお見えになりました。」
「そう。」
「ご機嫌麗しゅうございます、陛下。」
「イリウス、先程ハノーヴァー伯爵から、あなた方が異端審問官の横暴を許していると・・」
「お言葉ですが陛下、わたくし共は、“正しい事”をしているだけです。」
「“正しい事”ですって?」
「はい、わたくし共は、魔力を持たぬ子供達を育成しているのです!」
イリウス司教は、そう言って歳三を見た。
「魔力など、神に背くものです!」
「それをわたしの前で言うのですか?」
「ひっ・・」
歳三から睨まれ、イリウス司教は恐怖の表情を浮かべていた。
「魔力を持たぬ子を育成する、ですって?それは、この国を、そしてわたしを否定する事になるのですよ?」
「も、申し訳ありません!」
「わかればよろしい。これ以上、あなた方の横暴は許しません。」
「ははぁっ!」
“謁見の間”から出た歳三は、大きな溜息を吐いた。
「お疲れ様でした。」
「ったく、疲れたぜ・・」
歳三は寝台に横たわると、そのまま着替えもせずに眠った。
「陛下は?」
「お部屋でお休みになられております。」
「そうか。」
「何か、気になる事がおありなのですか?」
「陛下の様子が、少し変わったように見えないか?」
「はぁ・・」
「ヴィクトリア様に少し探りを入れてみる事にしよう。」
イリウス司教は、そう言うと闇の中に消えていった。
「誰だ?」
歳三が目を覚ますと、部屋で微かに人が居た気配を感じたので、彼は寝台の近くに置いてあった愛刀を取ると、黒衣を纏った刺客が襲って来た。
(何なんだ、こいつ!?)
「そこまでだ!」
「はっ!」
「何だ、てめぇは?」
「エリーザベト女王陛下は剣の達人だと聞いておりましたが、まさかここまで腕が立つとは、聞いておりませんでしたなぁ。」
そう言って笑いながら歳三の前に現れたのは、イリウス司教だった。
「貴様、何のつもりだ」!?」
「それはこちらの台詞ですよ。姿形は女王陛下と同じだが、偽者だ。さてと、我々と一緒に来て頂けませんかな?」
「断る、と言ったら?」
「それは、困りますなぁ・・では、力ずくで・・」
イリウス司教が手を叩くと、部屋に刺客達が入って来た。
「やれるもんなら、やってみやがれ!」
 歳三はそう言うと、刺客達と斬り結んだ。
「トシゾウ様!」
「ヴィクトリア様、来ないでください!」
「イリウス司教、一体これはどういう事なのです!?」
「こやつは陛下の偽者ですぞ!」
「落ち着きなさい!わたくしがトシゾウ様に陛下の身代わりを頼んだのよ。」
「何故、そのような事を?」
「“彼ら”の目を欺く為よ。」
「“彼ら”って、一体誰の事だ?」
「それは明日、お話致します。」
「わたしは認めませんぞ、このような紛い物の女王など!」
イリウス司教はそう吐き捨てると、その場から去った。
「お休みなさい。」
「お休みなさい、ヴィクトリア様。」
(これからが、色々と大変だな・・)
歳三は再び寝台に横になると、そのまま朝まで眠った。
「おはようございます、陛下。」
「おはよう・・」
「さぁ、お召し替えを致しましょう。」
「着替えは、自分でする。」
「そうは参りません。」
女官達によって髪を結われた歳三は、寝台の柱に掴まり、コルセットを締められていた。
「なぁ、締め過ぎじゃないか?」
「いいえ、これ位致しませんと!」
「そうですわ!」
(苦しい・・)
「陛下、どうなさったのですか?」
「いや・・じゃなくて、いいえ・・少し胸が苦しくて・・」
「まぁ、それはいけませんわ!」
「誰か、お医者様を!」

コルセットを締め過ぎて、歳三は軽い貧血を起こしただけだった。

作品の目次はコチラです。

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Last updated  2022.07.04 21:23:56
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