「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。
「はぁ・・」
仕事が終わり、会社を出たのは午後十時。
定時で帰るつもりだったのに、急に上司から仕事を押し付けられて、こんな時間まで残業していた。
今の会社に就職したのは、半年前。
大学在学中に必死に就職活動し、卒業と同時に就職してから、ずっと毎日朝九時から夜十時まで休みなく働いている。
食事はたまにコンビニで買う弁当やおにぎり。
偶に安売りスーパーでスナック菓子を爆買いしてはそれを貪り食う日々。
(わたし、何の為に働いているんだろう?)
ここ半年、仕事に追われてまともに食事や睡眠をとっていない。
その所為で、仕事の効率が下がり、毎日上司から怒鳴られている。
とぼとぼと自宅があるマンションまでの道を歩いていると、突然背後から男の荒い息遣いが聞こえて来た。
「なぁ、ヤラせろよ・・」
「嫌ぁっ!」
男に押し倒され、必死に助けを呼んだが、人通りが少ないこの場所では無駄だった。
もう駄目だ―そう思った時、突然自分の上に覆い被さっていた男が悲鳴を上げた。
彼の周りには、一羽の烏が旋回し、その鋭い爪と嘴で何度も男の両目を突いていた。
「大丈夫か?」
「はい・・」
目の前には、山伏のような恰好をした黒髪の美青年が立っていた。
「立てるか?」
「何とか・・」
「行くぞ。」
覚束ない足取りで謎の美青年と共に向かったのは、ポツンと都会の片隅に建っているカフェだった。
「いらっしゃいませ。」
「土方さんを呼んでくれ。」
「かしこまりました。」
二人を出迎えたのは、着物の上にエプロンを着けたおかっぱ姿の店員だった。
「あら、どうしたの?」
とんとんと軽い足音が聞こえたかと思うと、美しい銀髪金眼の女性が二人の前に現れた。
「千鶴様、お久しぶりです。」
「まぁ斎藤さん、お久しぶり。あなた、酷い格好をしているわね。」
「はは・・」
確かに、わたしの格好は泥だらけのスーツに破れたストッキング、折れたパンプスといった酷い有様だった。
「こちらへいらっしゃい。そんな格好では出歩けないでしょう?」
女性はそう言うと、自分の部屋へとわたしを連れて行った。
そこには、美しい柄の帯と着物が広げられていた。
「あの、みんな高級な物みたいだから、わたしには似合わないかも・・」
「いえ、そんな事はないわ。あなたには、あなたにしか持っていない良さがある筈よ。」
「はぁ・・」
女性にぐちゃぐちゃだった髪を黄楊の櫛で梳かれ、薄化粧をして貰った。
化粧なんて半年もしていないし、髪もぐちゃぐちゃのままだった。
「これが、わたし?」
「あなたは、生きる事に疲れているのでしょう?」
「え・・」
「千鶴様、失礼致します。」
コンコンとノックの音が聞こえたかと思うと、一階に居た店員が部屋に入って来た。
「はい、これ。」
女性がそう言ってわたしの前に置いたのは、美味しそうな市松模様のクッキーだった。
「頂きます。」
わたしがそのクッキーを一口食べると、たちまち口の中で程よい甘さが広がった。
五臓六腑にしみわたるとは、まさにこの事だ。
「これは、幸せを呼ぶクッキーよ。あなたに、幸運がありますように。」
その後わたしは、一階で久しぶりにまともな食事をとった。
「美味しい・・」
「お代は要らないわ、気を付けて帰ってね。」
「はい・・」
「ありがとうございました。」
翌日出社すると、いつもわたしに仕事を押し付け、怒鳴って来る上司はいつの間にか居なくなっていた。
「○○さん、どうしたんだろうね?」
「あの子、S部長との事が奥さんにバレて、その上会社にもバレてクビだってさ。」
「自業自得だね。」
会社からの帰り道、わたしはひっそりと都会の片隅に佇んでいる神社の前を通った。
わたしは賽銭箱に十円玉を入れ、神様にお礼を言った。
“ありがとうございました。”
風に乗って、何処かで聞いたような声がした。
「行ったみてぇだな。」
「はい。」
去り行く女性を見つめていたのは、昨夜彼女が会った銀髪金眼の女性と、銀髪紅眼の男性だった。
「では行きましょうか、あなた?」
「あぁ。」
この二人は、平安の世から夫婦として長年連れ添って、令和の世ではある商売をしながら生きてきた。
チリン
「ようこそ、華カフェへ。」
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