※BGMと共にお楽しみください。
「PECEMEKER鐵」二次創作です。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。
―土方さん・・
目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
自分の前には、自分のクラスの生徒、沖田総司の姿があった。
―どうしたんですか、そんな気難しい顔をして?
また俳句の事でも考えていたんですか、と、総司はクスクスとそう言って笑った。
ふと周囲を見渡すと、文机の上には一冊の本が置かれていた。
そこには、“豊玉発句集”と表紙に書かれていた。
『返せ!』
―何ですか、そんなに恥ずかしがることないでしょう?
私と土方さんの関係で、隠し事なんて柄じゃないですよ。
『てめぇ・・』
―あはは、そんなに眉間に皺を寄せてちゃ、色男が台無しですよ!
そう言って、屈託の無い笑顔を浮かべる総司が、好きだった。
なのに―
―あはは・・みっともないところ、見せちゃいましたね・・
そう力無く笑った総司の口元は、血に濡れていた。
『総司・・』
何故、彼なのだろう。
何故、自分ではなく、彼が・・
歳三は、そこで夢から目を覚ました。
(何だ、これ・・)
洗顔を終えた後、歳三が鏡を見ると、そこには、見知らぬ男の姿が映っていた。
黒の着流しに、艶やかな黒髪を赤い髪紐で結い上げたその男は、自分と瓜二つの顔をしていた。
“てめぇはまだ、思い出さねぇのか?”
鏡の中の男はそう言うと、歳三を睨んだ。
「あなた、どうしたの?」
はっと彼が我に返って鏡の方を見ると、そこには自分の顔しか映っていなかった。
(一体、何だったんだ?)
「お父さん、お父さんったら!」
「済まねぇ・・」
「もう、今日はどうしちゃったの?」
娘がそう言って心配そうに自分の顔を覗き込んで来た。
その顔が、“誰か”と重なった。
「今日はお仕事、休んだ方がいいんじゃないの?」
「あぁ、そうする・・」
「じゃぁ、わたし達はもう行くから。」
「気を付けてな。」
「ええ。」
この日、妻は娘と共に妻の実家へと帰省する事になっていた。
「数日したら帰って来るから、そんなに心配しないで。」
「あぁ・・」
歳三は二人を玄関先で送り出した後、いつものように車で出勤した。
「土方先生、おはようございます。」
「おはよう。」
「なんか先生、顔色悪いよ、どうしたの?」
「いや、ちょっとな・・」
「ちゃんと病院、行った方がいいよ。」
「わかったよ。」
教師の仕事は、多忙を極める。
生活指導や教材研究、そして部活動の指導・・それだけでも、二十四時間などあっという間に過ぎてしまう。
「はぁ・・」
「土方先生、お疲れ様ですね。」
「大会が近いので、色々と。」
「そうですか。」
歳三はクラス担任と、剣道部の顧問を務めているので、時間が足りない。
「無理は禁物ですよ。」
「わかっていますけれど、中々自分の時間が取れなくて・・」
「そうですか。じゃぁ、わたしはこれで。」
「お疲れ様でした。」
パソコンから顔を上げた歳三が時計を見ると、それは午後八時を指していた。
「あ、土方さ・・先生、こんな時間までどうしたんですか?」
「仕事だ。そういうお前ぇは、どうしてこんな遅くまで残っていたんだ?」
「部活の片付け・・というか、色々と先輩から押し付けられちゃって・・」
そう言って苦笑した総司の周りには、誰の物なのかもわからない胴や面が転がっていた。
「ったく、仕方ねぇな、俺も片付け、手伝ってやるよ。」
「え、いいんですか?」
「いいも何も、お前ぇを一人で帰らせる訳にはいかねぇよ。」
「ありがとうございます。」
そう言った総司の横顔が、少しやつれているように見えた。
「大丈夫か?」
「最近、バイトをかけもちしていて休む暇がなくて・・」
「休める時は休め。そうしねぇと、身体がもたねぇぞ。」
「はい。先生、今日は家まで送っていただき、ありがとうございました。」
総司はそう言って歳三に向かって弱々しく微笑んだ。
“もう、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。”
京を離れる前、右肩を撃たれ負傷した近藤と共に大坂へと移送させる時、総司は歳三を心配させまいとそう言って無理に笑った。
「これ、俺のスマホの番号とLINEのIDだ。何か困った事があったら連絡しろ、いいな?」
「え・・」
「何でも、一人で抱え込むな。お前ぇは、一人じゃねぇ。」
歳三はそう言うと、そのまま車で去っていった。
(先生、どうしちゃったんだろう?)
アパートの階段を上がりながら、総司が部屋の前まで行こうとした時、そこに一人の青年が立っている事に気づいた。
「あの、うちに何かご用ですか?」
「沖田さん、ですよね?」
「え・・」
「俺、市村鉄之助です!」
「鉄・・君・・」
“沖田さん!”
総司の脳裏に、いつも自分に屈託の無い笑みを浮かべていた少年の顔が浮かんだ。
「あぁ、やっぱり沖田さんだ!」
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