2024/05/08(水)15:44
想うはあなたひとり 《2.恋心》
表紙素材は、装丁カフェからお借りしました。
「魔道祖師」「薄桜鬼」の二次小説です。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。
一部残酷・暴力描写有りです、苦手な方はご注意ください。
二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。
遠く姑蘇から京までやって来た藩士達が頭を悩ませたのは、京の複雑な裏道だった。
「一体何処がどう繋がっているのか、全くわからん!」
「そうだな。」
「それよりも江澄、少し腹が減ったな。」
「お前、今どんな状況なのかわかっているのか!?」
「どこだろうなぁ、ここ。」
魏嬰はそう言うと、傘をさしながら乾いた声で笑った。
二人は、いつの間にか他の藩士達とはぐれてしまい、雪降る京で迷子になってしまった。
「あ~寒い。なぁ江澄、あたためてくれよ!」
「やめろ、気色悪い!」
「そこのお武家はん、こちらへどうぞ。」
「は~い!」
「おい、勝手に行くな!」
寒さと空腹に耐えかねた魏嬰は、近くの和菓子屋へと駆け込んだ。
「お汁粉どうぞ。」
「ありがとうございます。」
「こんな寒い中、あんまり歩き回ったら風邪ひきますえ。」
「いやぁ、今日京に来たばかりで、道が全然わからなくて・・」
「そうどすか。お武家はんらは、どちらの・・」
「姑蘇です。」
「へぇ、姑蘇藩の方々ですか。京の道は細くて狭い道が多いさかい、迷うのは当然ですわ。」
「お待たせしました。」
「うわ~、美味しそう!」
「どうぞ、熱いうちにお召し上がりください。」
「いただきます!」
魏嬰がお汁粉を食べていると、そこへ眉間に皺を寄せた藍湛が店に入って来た。
「ここに居たのか・・」
「よぉ、お前も食べるのか!」
「皆がお前達を探していた。早くここから出よう。」
「え~、今来て食べているのに!そんな固い事を言うなよ~」
「あら、あちらのお武家様は?」
「俺達の連れです!」
「まぁ、えらい別嬪さんやねぇ。さ、お汁粉をどうぞ。」
「私は・・」
結局、藍湛は魏嬰達とお汁粉を食べた。
「支払いは・・」
「わたしが払う。」
魏嬰はそう言うと、藍湛に抱きついた。
「恥知らず!」
「何だよ~、そんなに怒る事ないじゃん~」
「おいやめろ、藍の二の若様が困っていらっしゃるだろう!」
江澄は慌てて藍湛にしがみついて離れようとしない魏嬰を彼から引き剥がした。
「すいません、後でこいつに厳しく言い聞かせておきますから!ほら、行くぞ!」
「藍湛、またな~!」
「君達を、私は迎えに来たのだが・・」
「あ、そうだったな!」
色々とあったが、魏嬰達は藍湛と共に黒谷にある金戒光明寺へと辿り着いた。
「遅かったね、忘機。」
「兄上、申し訳ありません。この者達を迎えに行っておりました。」
「そうだったのか。」
その夜、曦臣達姑蘇藩士達は、島原で有志達が開く宴に招かれた。
「遠くからはるばるお越し下さっておおきに。ほな、これから親睦を深める為に、一杯どうぞ。」
「かたじけない。」
「それにしても、姑蘇藩の方々は皆様美男子でいらっしゃいますなぁ。」
「そうですか。わたし達はそのような事は思っていないのですが・・」
「まぁ、ご謙遜を。」
曦臣と八木源之丞がそんな事を話していると、隣の座敷から悲鳴が聞こえて来た。
「一体、何があったんや!?」
「長州のお客様が、太夫に絡んで・・酔って手がつけられへんのどす!」
「そうか、では様子を見に行ってみよう。」
「はい、兄上。」
「お客様、危険です!」
曦臣と藍湛が隣の座敷へと向かうと、そこには割れた皿や猪口、膳などが転がり、その隅には泥酔した男と太夫が対峙していた。
「何度言われても、うちは芸を売っても身は売りません。」
「何を言うがか、男に愛想を振る舞うのがお前の仕事やろうが!」
「おやおや、女子一人に手を上げようとするとは、武士の風上にも置けませんねぇ。」
「何じゃ、貴様!?」
泥酔していた男がそう叫んで曦臣に殴りかかろうとしたが、その前に彼は曦臣に手刀を打たれ、気絶した。
「お怪我はありませんか?」
「へぇ、おおきに。」
そう言った太夫は、自分の命を救ってくれた曦臣に礼を言った。
「凄いお人や、誰もかなわんかった人を一撃で・・」
「それに、えらい男前やわぁ。」
島原での藍曦臣の武勇伝は、後世にわたって多くの人々により語り継がれる事になった。
上洛して一月後、藍湛と曦臣は帝に謁見した。
―なんとまぁ・・
―お二人共美しいこと・・
二人は帝から、緋の御衣を下賜された。
「藍湛、主上はどんなお方だったんだ?」
「それを君が知る必要は、ない。」
「何だよ~、少しは教えてくれたっていいじゃねぇか。」
「君が居ると気が散る。」
「もぉ~、冷たいなぁ・・」
いつものように藍湛が中庭で剣の鍛錬をしていると、そこへ魏嬰がやって来て、話し掛けて来た。
彼を無視して剣の鍛錬をしてきた藍湛だったが、彼の所為で集中できなかった。
「どうしたんだい忘機、少しぼーっとして・・」
「中々眠れなかったものですから。」
「そうかい。余り魏公子の事は嫌いにならないでくれ。」
「そう言われましても、わたしは彼の事がわからないのです。何故、彼が私にまとわりつくのか・・」
「わからないのなら、わかり合えるまでお互いの事を知る努力をすればいい。」
「兄上・・」
「お前は昔から、他人と接するのが下手だからね。だから、魏公子と仲良くして欲しいとわたしは思っているんだよ。」
「わかりました。」
兄からそう言われたが、藍湛は魏嬰とどう接すればいいのかわからなかった。
「なぁ江澄、俺藍の二の若様に嫌われたのかなぁ?」
「そんなの、京に来る前からだろうが。」
江澄は弓の手入れをしながら、魏嬰の愚痴を聞き流していた。
「俺、あいつに嫌われるような事をしたかなぁ?」
「今まで藍の二の若様に、お前はしつこく付きまとっていただろう!」
「あ、そうだったか?」
「本当に、お前はもう・・」
義兄の言葉を聞いた江澄は、そう言って頭を抱えた。
「おい魏嬰、お前本当に覚えていないのか!?」
「う~ん、思い当たる節がないなぁ。それよりも、島原で見た太夫さん達綺麗だったよなぁ。“東男に京女”とは、良く言ったもんだよなぁ。」
「あぁ。」
「あ、そうだ今度二人で島原に行かないか?」
「俺達のような平藩士が簡単に行けるような場所じゃないだろう。」
「え~」
「え~、じゃないだろう!」
そんな事を二人が話していると、丁度そこへ藍湛が通りかかった。
「あ、藍湛、お前も今度島原に行くか?お前だったら、すぐに可愛い子が寄ってくるぞ!」
「行かない。」
「行こうぜ、絶対楽しいぞ!」
「行かない。」
「お前、いい加減にしないか!」
江澄は慌てて止めようとしたが、無駄だった。
「何だぁ、蘭の二の若様は俺に興味がないのか?あ、だったら俺にしないか?いつでも相手にしてやるぜ?」
「この、恥知らず!」
藍湛は顔を赤くしながらそう叫ぶと、そのまま去っていった。
「あ~あ、また嫌われちゃったよ。」
「嫌われるような事を言うからだ!」
「すいまへん、誰か居りませんか~?」
江澄と魏嬰がそんな事を言い合っていると、正門の方から若い女の声がした。
二人が正門の方を見ると、そこには一人の女が立っていた。
髪は割れしのぶに結われており、着物は薄紅色の麻の葉文様のものを着ていた。
「あの、何かご用でしょうか?」
「うちは、島原の揚羽屋の女中で、きぬと申します。」
きぬは、島原の揚羽屋からの使いで、先日太夫の命を救って貰ったお礼として、藍曦臣と藍忘機の二人を今夜揚羽屋に招待してもてなしたいのだという。
「申し訳ありませんが、只今兄は外出中でして、いつ戻ってくるのかわかりません・・」
「そうどすか・・」
「あれ、あんた昨夜揚羽屋で見た・・」
「申し訳ないのだが、そちらのご厚意に甘える訳にはいきません・・」
「しかし・・」
「え、なになにどうしたの?」
魏嬰はきぬから揚羽屋の件を知り、揚羽屋からの招待を断ろうとする藍湛を押し退け、きぬにこう言った。
「喜んでご招待をお受けします!」
「お前、何言って・・」
「だって、こんな可愛い子ちゃんがわざわざ招待してくれているんだから、断るなんてもったいないだろ!」
「わたしは・・」
「丁度島原に行きたかった所だから、願ったりかなったりだ!」
「結局それかよ!」
その日の夜、魏嬰達は揚羽屋へと向かった。
「ようこそいらっしゃいました。さぁ、“楓の間”へどうぞ。」
魏嬰達は店主に案内され、太夫が待つ座敷へと向かった。
そこには、天女のように美しい太夫の姿があった。
「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ、ごゆるりとお過ごし下さいませ。」
それから魏嬰達は、美味い酒と料理に舌鼓を打った。
「いやぁ~、美人に囲まれて飲む酒は美味いなぁ。」
すっかり上機嫌となった魏嬰は、ちらりと自分の隣に座っている藍湛の方を見ると、彼は静かに猪口の中の酒を飲み干していた。
「お~い藍湛、大丈夫か?」
「うん。」
そう言った藍湛は、いつの間にか左右逆の足袋を履いていた。
(あれ、何でこいつ足袋を・・)
「あら、どないしはりました?」
「いやぁ、それが・・」
「藍の二の若様、大丈夫なのか?もう、帰らせた方が・・」
「触るな。」
「え?」
突然、藍湛が魏嬰と江澄との間に割って入って来た。
「すいません、何処か休める所ないですか?」
「それでしたら、隣のお部屋へどうぞ。」
「ありがとうございます。」
女中に案内され、魏嬰は藍湛と共に奥の部屋へと向かった。
「今、お水を持って参ります。」
「ありがとうございます。」
部屋から女中が居なくなり、藍湛は魏嬰に抱きついた。
「おい、急にどうしたんだ?」
「わたしのだ・・」
「は?」
「わたしの・・」
そう呟いた藍湛は、魏嬰に抱き着いたまま眠ってしまった。
(あ~あ、困ったな・・)
「おい、大丈夫か?」
「江澄、済まないが藍家に文を出してくれないか?」
「わかった。」
「俺はここで藍湛の世話をしているよ。」
(そうは言ってみたものの、どうすればいいのか・・)
このまま藍湛を部屋に寝かせたまま黒谷へと戻ろう―そう思った魏嬰が藍湛を布団に寝かせようとしたが、彼は自分にしがみついたまま離れようとしなかった。
「おいおい、どうしたんだ?」
「傍に居て。」
「もう、しょうがないなぁ。」
その日の夜、魏嬰は一晩中藍湛と共に部屋で休んだ。
「そうか。わざわざ伝えに来てくれてありがとう。」
「いえ・・」
「忘機は昔から何を考えているのかわからないが、どうやらあの子は魏公子の事が気になっているようだね。」
「は、はぁ・・」
「まぁ、あの子が恋愛に対して奥手だから、温かい目で見守ってやってくれないか?」
「えぇ・・」
(一体、何をしたんだ、魏無羨!)
江澄はそう思いながら、胃がキリキリと痛むのを感じた。
「兄上、只今帰りました。」
「忘機、魏公子は?」
「彼は、自室で休んでおります。」
「そうか。」
「兄上、わたしも部屋で休みます。」
「そうしなさい。」
「お休みなさい。」
藍湛は兄に一礼した後、自室に入って休んだ。
「殿、上様から文が届きました。」
「そうか。ありがとう、そこに置いておいてくれ。」
「はい。」
曦臣は将軍の文に目を通すと、深い溜息を吐いた。
(どうやら、ここに来たのは間違いだったようだね。)
京では、尊王攘夷を声高に叫ぶ岐山藩士の過激派による、幕府要人暗殺などが相次いでいた。
この状況を変える為、江戸から清河八郎ら率いる浪士組が上洛して来たという知らせが曦臣の耳に入ったのは、年が明けて二月経った頃だった。
「なぁ、あいつらは?」
「さぁ・・何でも江戸からやって来た浪士組だとか。」
「へぇ、面白そうだな。」
魏嬰はそう言うと、大広間の様子を見に行った。
するとそこには、紋付羽織姿の男達が真剣な表情を浮かべながら何かを話していた。
その中で一際目立っていたのは、黒髪に紫色の瞳をした男だった。
雪のように白い肌をしたその男は、まるで役者絵から抜き出て来たかのように美しかった。
(へぇ、ああいう綺麗な男が居るんだなぁ。)
そんな事を思いながら魏嬰が男を見ていると、彼の視線を感じた男がゆっくりと魏嬰が居る方を振り向いたが、そこに彼の姿はなかった。
「どうした、トシ?」
「いや、何でもねぇ。」
(はぁ、後少しで気づかれる所だった。)
「魏嬰、そこで何をしている?」
「いや、ちょっと大広間の様子が気になって・・」
「そんなの、気にしなくていい。」
そう言った藍湛は、何処か拗ねたような表情を浮かべていた。
(え、何だその顔?)
「おい魏嬰、お前島原で藍の二の若様と一晩過ごしたって本当か?」
「何処から、そんな話を・・」
「いや、みんな噂しているぞ。」
「そうなのか?」
「それで、どうだったんだ?」
「どうだったって?」
「まぁ、後で聞くから!」
(何だあいつ、変だったな・・)
「魏嬰。」
「え、藍湛、まだ居たのか?」
「私は、島原で何かをしたのか?」
「いや、何も・・」
「そうか。」
(一体、あいつは 何をしているんだ?)
揚羽屋では、あの太夫が一人の男と向かい合って座っていた。
「うちに何かご用どすか?」
「藍家の若様方に助けられたんは、本当か?」
「へぇ。」
「そうか。これから、藍家の若様方を“利用”するのや、わかったな?」
「そないな事・・」
「出来へんとは言わせへんぞ。お前には色々と“借り”があるんやからなぁ。」
男はそう言うと、意地の悪い笑みを口元に浮かべた。
「お前だけが頼りなんや、東雲。」
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