1750684 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

JEWEL

全57件 (57件中 11-20件目)

< 1 2 3 4 5 6 >

完結済小説:白昼夢

2015.06.06
XML

「総司様、旦那様がお呼びです。」

ひとしきり部屋で泣いていると、自分をこの部屋へと連れて来た使用人がドアの外から声をかけて来た。

「独りにしてと、あの人に伝えて。」
「ですが、旦那様は総司様と夕食をお召し上がりたいと・・」
「要らないと言っているでしょう!」
苛立っている所為か、声が刺々しさを増してゆく。
これから女装し、八郎の“妻”を演じる生活を送らなければならないのかと思うと、総司は八郎に対して激しい怒りを抱き始めていた。
「旦那様、総司様は今・・」
「解っているよ。」
ドアが開かれ、八郎が部屋の中に入って来た。
「僕はこれからあなたの“妻”としていつまで生活を送らないといけないんですか?」
総司の問いに、八郎は首を横に振った。
「君を長い間監禁したり、わたしの“妻”としてここでの生活を君に強いることは決してしない。」
「嘘。僕が歳三兄ちゃんの・・土方さんの恋人だから僕を拉致したんだろう?」
「それもある。けど、もっと違う理由で君をここに連れて来た。」
八郎はそう言うと、首に提げていたロケットを取り出した。
「君は、わたしの最愛の人に似ている。」
楕円形のロケットを開くと、そこには八郎と思しき金髪の少年と、自分に良く似た少女が映っていた。
「似ているだろう? わたしの妹・真理亜だ。20を迎える間もなく、12歳で天へと召されてしまった。」
八郎は愛おしそうに、少女の写真を見た。
「わたしと真理亜はね、腹違いの兄妹なんだ。真理亜は亡きわたしの父の愛人が産んだ子でね。正妻だった母は、真理亜を事あるごとにいじめ、父は家庭を顧みなくなった。家の中でわたしは、真理亜と必死に生きてきた。」
八郎は一旦言葉を切り、総司を見つめた。
「やがて父はまた新しい女を作り、家から出て行った。母はホストに入れ上げて家の財産を食いつぶした挙句、わたし達を放置して失踪した。頼れる身内も居なかったわたし達は施設で暮らすことになった。真理亜と身を寄せ合って生きてきたが、真理亜は白血病に罹って学校で倒れた。」
八郎の身の上話を、総司は静かに聞いていた。
「白血病の治療費は莫大で、とても施設で賄えるものではなかった。だがわたしは骨髄移植に賭けていた。もしわたしの骨髄の型が妹を救うものとなるのならと・・だが、その望みは無残にも潰えた。そして真理亜は・・妹は、わたしに看取られて笑顔で逝った。」
八郎は紫紺の瞳から涙を流しながら、全てを語り終えると床に崩れ落ちた。
彼の手を、総司はそっと握った。
病医で彼に拉致された時、総司は八郎が憎いと感じていた。
しかし彼には最愛の妹を失った辛い過去があったのだ。
「それからわたしは荒れた。両親を憎み、社会を憎み、金を憎み・・いつか真理亜の仇を取ってやるという我武者羅な気持ちだけでここまでのし上がってきた。それが今のわたしだ。」
総司は、八郎の苦しみと悲しみが痛い程解った。
自分も、最愛の母親を亡くしたから。
最期に笑って逝ったけれど、総司は母と死別して以来、悲しみが時折襲って来て辛くなる時があった。
だから、八郎の痛みが自分の痛みのように思えて、総司は涙が止まらなかった。
「優しいね、君は・・こんな悪人のわたしに対して涙を流してくれるんだから・・」
総司は堪らずに、八郎を抱き締めた。
「そろそろ行こうか。」
「ええ・・」
総司は八郎の手を握りながら、ダイニングへと向かった。
「どうして、こんな風にわたし達は出逢ってしまったんだろうね? もっと別の形で、違う形で君と早く出逢いたかった。」
夕食後、八郎は総司をベッドに寝かせながらそう言うと、彼の額にキスをした。
「お休み、良い夢を。」
「お休みなさい・・」

総司はそっと目を閉じ、またあの夢を見た。
今回はあの部屋ではなく、外には銀色の雪景色が映る洋風の部屋だった。






Last updated  2015.06.07 20:46:19
コメント(0) | コメントを書く



「総司、おい!」

歳三は我を忘れ、何も映らなくなったスクリーンに向かって叫んでいた。

「畜生、八郎の奴、殺してやる!」
そう叫んだ歳三の琥珀色の双眸は、八郎への憎しみと怒りで滾っていた。
彼の全身から発せられる凄まじい殺気に、周囲の誰ものが皆言葉を失い、彼を恐れていた。
「トシ、冷静になれ。感情的になればなるほど、人質が助かる確率が低くなる。」
「けどよ、近藤さん・・」
「お前が沖田君を心配しているのは解る。だが感情的になって先走った行動を起こせば、取り返しがつかなくなるんだぞ!」
いつもは温厚な近藤が声を荒げたので、歳三は我に返った。
(そうだ、今感情的になっちゃ駄目だ。そんな事したらあいつの思う壺だ。)
八郎はわざと歳三を挑発し、彼を怒らせることが目的なのだ。
近藤の言葉がなかったら、あのまま彼の企みに乗せられるところだった。
(総司・・)
今すぐにでも総司を八郎から奪還したいところだが、状況をいったん整理して対策を練った方が良い。
「勝っちゃん、ありがとよ。」
捜査会議が終わり、署内の喫煙所で歳三はそう言って近藤を見た。
職場では「近藤さん」と歳三は呼んでいるが、2人きりになるときは名前で呼んでいた。
「いいんだ、トシ。それよりも沖田君は伊庭と一緒なのか?」
「ああ、その可能性が高いな。恐らくあいつの別荘に、総司が監禁されている。」
歳三の脳裡に、美しいドレスを纏った総司の姿が浮かんだ。
短い映像だったが、彼は八郎から危害を加えられたりはされていない。
寧ろ、大切にされている。
(八郎、てめぇとの勝負はまだこれからだ、勝ったと思うなよ!)
絶対に総司を救い出してみせる―歳三はそう決意し、吸殻を捨て捜査を開始した。
一方八郎は別荘で盛大なパーティーを開いていた。
招待客は政財界の大物や、裏社会の重鎮たちなどが出席しており、八郎は笑顔を終始彼らに振りまいていた。
だが彼の隣に居る車椅子の女性―総司は、不機嫌な表情を浮かべていた。
薄紅色のモスリンのドレスは、薄茶の髪によく映え、薄化粧を施された顔はまるで何処かの国の皇女のように気高い印象を招待客に与えている。
だが総司は、このパーティーが嫌で堪らなかった。
無理矢理八郎とその部下達に拉致され、女装させられたのだから笑える気分ではない。
「どうしたんだい、そんな恐ろしい顔をして。」
「あなたの所為でしょう!僕をこんな風にして!」
総司はキッと八郎を睨み付けると、車椅子を操作して彼の元から離れた。
「おやおや、奥方とは喧嘩しておられるのですか?」
八郎にそう言って声をかけて来たのは、裏社会の重鎮の1人・芹沢鴨の部下、新見だった。
「ええ。彼女は社交嫌いで、いくら仕事の都合とはいえ客をもてなすのは苦痛を感じたのでしょう。」
当たり障りのない嘘を咄嗟に吐いたが、新見は気づいていないようだった。
「そうですか、奥方の機嫌が良くなればいいですね。」
「ええ、本当に。」
八郎は溜息を吐くと、総司の部屋へと向かった。
「どうしてあんな態度を取ったんだい? お客様の前では笑顔で居ろと言っただろう?」
「放っておいて、あなたの言う事なんか聞きたくない!」
総司はそう言うと、黒の長手袋を脱いでそれを八郎に向かって投げた。
「君がわたしに怒りを感じるのは解る。だが他人の前で仏頂面をするのは止めてくれないか?」
「放っておいてって言っているでしょう、出て行って!」
「・・解った。」

八郎は声を荒げたいのをぐっと堪え、静かに総司の部屋から出て行った。

「歳三兄ちゃん・・」

暗い部屋の中で、総司は静かに涙を流し、歳三を呼んだ。
彼を愛しているのか、憎んでいるのか解らない。

ただ、彼に会いたい。






Last updated  2015.06.07 20:44:51
コメント(0) | コメントを書く

「気がついたかい?」

頭上から声が聞こえ、総司が辺りを見渡すと、自分の前にあの金髪の男が立っていた。

「あなたは・・」

総司は男の手が自分に触れる前に彼から逃れようとしたが、足に力が入らなかった。

「駄目だよ、まだ動いては。どうやらわたしの部下が鎮静剤の量を間違えて打ったみたいだ。」
「ここはどこです?」
「わたしの城さ。全て最高級品で作ったんだ。だが何よりも美しいのはこのテラスから見える自然の風景さ。」
男はそう言って、総司に微笑むと彼の髪を梳いた。
「わたしは美しいものは好きだ。男でも女でも、美しい人間を見ると自分のものにしたくなる。たとえ他人のものであってもね。」
「僕を、どうするつもりなの? 殺すの?」
総司の黒い瞳と、八郎の紫の瞳がぶつかり合った。
「殺さないよ、君は殺さない。今日から君はわたしの可愛いお人形だ。」
「いや・・離して・・」
必死に男から逃れようとしたが、身体に力が入らない。
「そんな飾り気のない格好は駄目だな。」
男は総司が着ている水色の病院着を見て顔を顰めると、使用人に何か囁いた。
「失礼致します。」
使用人はそう言うと、総司が乗っている車椅子をひいてある部屋へと向かった。
「ここは?」
そこには色とりどりの美しいドレスや振袖、金襴緞子の帯、髪飾りなどが置いてあった。
「あなたのお好きなものをお選びください。」
「このままでいいです。」
総司がそう言うと、使用人は渋い顔をした。
「それではわたしが主に叱られます。」
「じゃぁこれで。」
総司が渋々選んだのは、緋に牡丹の柄が入った振袖だった。
「見違えたね。やはり君は磨けば光る。」
男はシャンパンを飲みながら、そう言って振袖を着た総司を見た。
「さてと、君も美しく着飾ったし、これから楽しいパーティーを始めようか?」
男―伊庭八郎は口端を歪めて笑うと、携帯を開き歳三の番号に掛けた。
「畜生、野郎何処に居るんだ!?」
総司が八郎に人質に取られてから数時間が経過したが、彼が今何処にいるのか解らず、歳三は苛立っていた。
「トシ、落ち着け。これはお前を嵌める奴の罠かもしれん。」
「けど、総司が・・」
突然鳴り響く携帯が、歳三を更に苛立たせた。
「誰だ!」
『そんなにカリカリするなよ、歳。色男が台無しだよ?』
「八郎、総司を何処へやりやがった!?」
『今から映像を送るから、待ってて。』
数分後、捜査本部のスクリーンに白いタキシードを着た八郎と、薄紅色のドレスを着た車椅子に乗った女性が映し出された。
『どうだい、歳? 君の大切なお姫様は綺麗になったかな?』
八郎はそう言った時、車椅子の女性がゆっくりと目を開けた。
『さぁ、挨拶してごらん。』
「総司!」
歳三は思わず椅子から立ち上がり、スクリーンの方へと近づいた。
『歳三兄ちゃん・・ごめんなさい。』
『お前は罪な男だな、歳。このお姫様に殺されるなんて。』
『いや、殺したくない! 殺したくない!』
女性―総司は暴れ、車椅子から落ちてしまった。
『歳三兄ちゃん、来ないで・・』
「総・・」

歳三が総司へと手を伸ばそうとした時、映像が非情にもそこで途切れた。






Last updated  2015.06.07 20:27:55
コメント(0) | コメントを書く


八郎からメールがあったのは、午前2時過ぎだった。

歳三は密かに彼と連絡を取り、その情報を警察に流していた。
表向きには“少年院を出て一度も会っていない”と嘘を吐いている。
その方がやりやすい。
だが八郎は容易に尻尾を出さない。
昔彼と良くつるんでいた頃、八郎は何度か相手の裏を掻いて悪さをしてきた。
それは今でも変わっていないだろう。

“朝7時に、駅前のカフェで。”

メールはたった一行、それだけしか書かれていなかった。
歳三は腕時計を見た。
まだシャワーを浴びる時間がある。
今の内にマンションに帰って八郎に会おう―歳三は駐車場へと向かい、愛車を走らせた。
一方総司は、一が今日帰国する日だということを知り、複雑な思いを抱えていた。
(一君・・)
今まで支えてくれた彼を、傷つけてしまった。
でもああしなければ、もっと一を傷つけることになるかもしれなかったのだ。
別れを切りだした時、一は自分を責めずに、これからは兄のように見守っていくと言ってくれた。
彼の言葉を信じよう―総司がそう思った時、不意に病室のドアが開いた。
「君が、沖田総司さん?」
「はい・・」
顔を上げると、そこには高級店で誂えた上質のスーツを纏った金髪の男が立っていた。
「ふぅん、君が歳の・・こんなに美人なら、あいつが手放さないのも無理ないか。」
「あの、どちら様ですか?」
総司がそう言って男を見ると、彼はにっこりと総司に微笑んだ。
「俺は歳の友達だ。俺と一緒に行こう。」
総司は男に不信感を抱き、自分に差し出される手を握ろうとしなかった。
「お断りいたします。」
「そう・・じゃぁしかたないなぁ。やれ。」
男はそう言って廊下に控えていた部下に命じると、彼らはあっという間に総司を取り囲んだ。
「いや、来ないで!」
抵抗も虚しく、総司は鎮静剤を打たれて気絶した。
「バレないようにそいつを外に運び出せ。」
「解りました。」
(歳、お前の大切なお姫様を預かったよ。)
約束の時間になっても、八郎はカフェに現れない。
用心深い彼の事だ、きっと歳三の仲間が周囲に張り込んでいるのだと思いなかなか姿を現さないのだろうと思っていた。
だが、その考えは一通のメールで打ち消された。
(総司!)
メールに添付された写真には、目隠しされ椅子に座らされた総司の姿が映っていた。

“歳、お前の大切なお姫様は預かったよ。返して欲しければお前一人で来い。”

「畜生!」
油断していた。
八郎は自分の望みを叶える為なら、どんな手段も厭わない人間だということを。
そして、相手の大切な家族や恋人を人質にすると。
「どうしたんだ、トシ?」
「伊庭の野郎、総司を人質に取りやがった!」
歳三はそう言うと、苛立ちを壁にぶつけた。
「俺は誰よりも奴を解っているつもりだった・・けど甘かった!」

(総司、必ず助けてやる!)

燦々と降り注ぐ太陽を浴び、総司はゆっくりと目を開けると、潮風が彼の薄茶の髪を撫でた。






Last updated  2015.06.07 20:26:57
コメント(0) | コメントを書く

「一君、別れよう。」
「今、何て?」

総司が入院してから数日後、彼に病室に呼び出された一は、一瞬耳を疑った。

「一君、今までありがとう。でももう終わりにしよう。」
「どうしたんだ、総司! 何故急に別れを切りだしたりするんだ!?」
「それは・・言えない。」
総司はそう言って俯き、涙をぐっと堪えた。
「もしかして、土方に・・あいつに何か言われたのか!?」
「歳三兄ちゃん・・土方さんは関係ない! これは自分で決めた事なんだ!」
総司は声を張り上げると、激しく咳き込んだ。
「大丈夫か、総司? 余り無理しない方がいい。」
一が優しく自分の背中を擦ってくれ、総司は涙を流した。
「ありがとう一君、今まで僕を支えてくれて。ごめんね、一君からプロポーズ受けたのに、別れようなんて言って・・」
(弱気になっちゃ駄目だ。)
一と別れると決めたのだから、泣いてはいけない。
総司はゆっくりと顔を上げると、一に微笑んだ。
「一君はいつも僕に優しいよね。でもその優しさが、一君をいつか傷つけてしまうんじゃないかって思うと、怖いんだ。」
「総司・・」
一の手を、総司はそっと握った。
「優しさや義務感で、一君を縛りたくないんだ。だからその前に・・」
「別れると?」
一の言葉に、総司は静かに頷いた。
「そうか。もうお前の心は変わらないんだな?」
「ごめんね・・僕を恨んでもいいから。」
総司の手を、一は握った。
「総司、俺はお前を愛している。心の底から。でも俺は、お前を恋人としてではなく、兄としてお前をこれから愛していこう。」
「ありがとう、一君。」
総司の涙を、一は優しく拭いながら彼を抱き締めた。
「総司、お前はあいつの事が好きなんだろう? 俺が出逢う前からずっと・・」
総司は暫く、一の肩越しに涙を流した。
「もう行く。また逢うときは、元気なお前の姿を見たい。」
「うん・・さようなら。」

一は総司の言葉を聞いて一瞬悲しそうな顔をすると、病室から出て行った。

(これで、いいんだ。これで・・)
一方、歳三は数日前から職場に泊まり込み、ある事件の捜査をしていた。
新宿の2つのギャング団の抗争が激しくなり、去年の冬にギャング団の構成員である1人の少年の遺体が路地裏で発見された。

身元はすぐに割れた。
被害者の名は野崎徹、奇しくも歳三の母校に在籍する17歳の少年だった。

野崎の周囲を洗っていくと、2つのギャング団のリーダーがどちらもその高校の卒業生だということが解り、更に彼らの裏にある人物が関係している事が解った。

伊庭八郎―かつて少年院で同室だった男。
少年院を出てから、彼とは一度も会っていない。

彼がもしギャング団を裏で操り、わざと抗争を起こしているのだとしたら、放ってはおけない。

(俺がお前を追う立場になるとはな、八郎。)

かつて「新宿の鬼」と呼ばれていた不良時代、八郎とは良くつるんで悪さをしていたものだ。
だがあの事件を起こして、歳三は変わった。
愚かな過去の自分と訣別し、市民を守る警官として生まれ変わったのだ。
たとえ八郎と刺し違えようとも、彼を止めたい。

(八郎、俺がこの手で逮捕してやる。)

歳三はモニターに映る八郎の写真を睨みつけた。

『八郎さん、ヤバいすっよ!サツに俺達の事を嗅ぎつけられそうっす!』
「別に嗅ぎつけられてもいいんじゃない? 面白い狩りが出来るしね。」

青年はそう言うと、携帯を閉じた。
彼はライトアップされたプールの水面を見つめると、ガウンを脱いでその中へと飛び込んだ。






Last updated  2015.06.07 20:25:31
コメント(0) | コメントを書く

―総司。

夢に出てくる男の声が、脳裡に甦った。
総司はその男が、今自分を抱き締めている歳三と瓜二つだということに気づいた。

「歳三兄ちゃん・・どうして? どうして此処に居るの?」
「どうしてって、お前が心配だからに決まってんだろ。」
歳三は総司に微笑みながら、そっと彼から離れた。
「土方さん・・と言ったか。ちょっと俺と来て欲しい。」
一はそう言って歳三を睨みつけた。
「総司、すぐに戻るからな。」
「気をつけて。」
総司の病室から出て行った一と歳三は、病院の屋上へと向かった。
「俺に話ってなんだ?」
「総司が俺の婚約者だと知りながら、どうしてあんたは総司に構うんだ?」
「俺がまだ総司の事を愛しているからだよ。15の時に総司と出逢ってからずっと・・あいつに別れを切りだされても、俺はあいつの事が諦めきれなかった。お前という存在が居てもな。」
歳三はそう言うと、一を睨みつけた。
「お前が総司の何を知っているか知らねぇが、総司は俺のものだ。あいつの為ならなんだってしてやる。」
一は、歳三の言葉を受けて美しい眦を上げた。
総司とはウィーンに留学する時に出逢い、向こうで生活してから恋人同士となった。
だが自分と出逢う前の頃の総司が、誰と付き合っていたのかは知らない。
「俺と総司がウィーンに居た時、あいつは時折寂しそうな顔をしながら東の空を見つめていた。まるで誰かを想うように・・それがあんただったとはな。」
悔しかった。
それと同時に憎かった、総司が以前付き合い、今自分と婚約してもなお想っている歳三という男が。
「俺にとって総司が特別であるように、あいつにとって俺の存在は特別なんだよ。言ってる意味、解るな?」
歳三と総司との間に誰も入れる隙間などない、と歳三の琥珀色の双眸はそう一に言っていた。
「諦めろというのか、総司を?」
「それは別にどう解釈してくれたっていいぜ。」
歳三は煙草を取り出してライターを付けると、紫煙を吐きだした。
「俺は総司を諦めるつもりはない。あいつにプロポーズした時、俺はあいつの手を絶対離さないと誓ったんだ。」
一は歳三を睨み付けると、彼に背を向けて屋上から去っていった。
「ふん、青臭いこと言いやがって。お前が何をしたって、総司がはいつか俺の元に戻ってくる。」
意識を取り戻した時、総司は自分を拒まなかった。
本当に憎い相手なら、冷たく拒絶する筈なのに、彼はそうしなかった。
(総司、俺はあいつを・・斎藤をお前の心から忘れさせてみせる。)
歳三が夕陽によって緋に染まる街を屋上から眺めていると、スーツの胸ポケットに入れていた携帯がけたたましく鳴った。
琴枝かと思って彼が液晶画面を見ると、そこには「大鳥」と表示されていた。
「なんだ、大鳥さん。」
『なんだじゃないだろ、土方君! 1週間も無断欠勤して何処に居るんだ!?』
「済まねぇな、今からそっちに行く。」
歳三はそう言うと、携帯の通話を終了した。
一方総司は、医師から腎機能が低下していることを宣告されていた。
「このままじゃ命に関わるかもしれない。」
「じゃぁ、手術することも・・」
「あるだろう。暫く入院して貰うよ。」
「解りました。」

入院生活が長引くことを知った彼は、溜息を吐いた。

(一君にまた迷惑掛けちゃったな・・)

婚約したばかりだというのに、入院して一と離ればなれとなってしまうことで、彼に負担をかけてしまうのではないかと総司は悩み、ある決断を下した。






Last updated  2015.06.07 20:23:56
コメント(0) | コメントを書く

―またここに来やがったのか。

背を向けていた男がくるりと総司の方を向くと、美しい顔を顰めて溜息を吐いた。

―もう二度とここには来るな、俺はそう言った筈だ。

“何を、言っているんです?”

総司はそう言うと、男に触れようと手を伸ばそうとした。
だが、その手を彼は邪険に振り払った。

―お前は俺達とは違うんだ。だから帰れ、お前の居るべき場所(ところ)に。

“居るべき・・場所?”

総司が男を見つめていると、廊下から足音が聞こえた。

―総司、こちらに来ては駄目だと、何度も言ったのに。

そう言ったのは、髷を結った男だった。

―近藤さん、あんたが甘やかすから総司が何度もここに来るんだよ。

男が呆れたように言うと、髷を結った男は困ったように頭を掻いた。

―総司、お前が辛いのは解る。でも俺達に甘えてここに来てはいけないんだ。

“どうしてです? わたしは、ここの方があちらよりも居心地が良いのに・・”

―それでも来るな。お前ぇは俺達とは違うんだ。

男はそっと、総司の手を握った。

―まだ俺達はお前を迎えに行く訳にはいかねぇんだよ。だから、少し辛抱してくれ。

“別れてしまうなんて嫌だ・・このまま、ずっと居たいのに・・”

総司の涙を、男は優しく拭うと彼を抱き締めた。

―達者でな、総司。

男は総司を廊下へと連れ出すと、部屋の襖を閉めた。

“お願い、独りにしないで! もう寂しいのは嫌だ!”

襖を開けようとした総司だったが、その時突風が彼を襲い、彼はゆっくりと目を開けた。
そこは夢に出てきたあの部屋ではなく、病室の殺風景な病室の中だった。
手首には点滴の針が刺さり、心電図の電子音が規則的なリズムを刻む。

(そうだ・・確か土方家のプールで吐いて意識を失って・・)

あれからどのくらい時間が経ったのか解らないが、自分が死の淵を彷徨っていたことは解った。

「総司、大丈夫か? 痛いところはないか?」
そっと誰かが手を握ってくれたので、総司が顔を動かすと、そこには心配そうな顔をした一が立っていた。
「一君、大丈夫だよ。あのね、変な夢を見たんだ。」
「変な夢?」
「うん。いつも何処かの家の和室みたいなところが出て来て、黒髪を一纏めに結んだ黒服の人がね、“もうここには来るな”って言うの。いつも怒ってて、でも悲しそうな顔で僕に言うんだ。」
「そうか。その夢なら、俺も見た事がある。」
一はそう言うと、パイプ椅子に腰を下ろした。
「お前とウィーン行きの飛行機で逢った時、お前の夢と同じ部屋と男が出て来て、俺にこう言ったんだ。“総司の事を宜しく頼む”って。」
「一体誰なんだろう、その人? 僕は何故かその人を知ってるんだよね。」
「俺もだ。だが誰なのか思い出せない。」
一が溜息を吐いた時、廊下から慌ただしい足音が聞こえた。
「総司!」
ドアが勢いよく開き、歳三が息を切らしながら総司の元へと駆け寄ってきた。
「歳三・・兄ちゃん・・?」
「良かった、お前が何処かに逝ってしまうんじゃねぇかと思って眠れなかった! でもお前は、ここに・・俺の所に戻ってきてくれた。」

歳三はそう言うと、総司を抱き締めた。

(知ってる、この感触・・)

遠い昔に感じた、温かい手。
広い背中。
そして、琥珀色の双眸。

「総司・・」

目の前の歳三が、夢に出てくる男の姿と一瞬重なった。






Last updated  2015.06.07 20:22:43
コメント(0) | コメントを書く

土方邸で発作を起こし倒れた総司は、聖クリストフ病院へと緊急搬送され、一命を取り留めた。

「先生、総司は大丈夫なんですか?」
「詳しい検査をしてみなければ解りませんね。しかし腎臓の数値が余り良くないですね。」
総司の担当医はそう言って顔を曇らせた。
「斎藤といったな? 総司は何処が悪いんだ?」
「それはあんたに関係ないだろう。」
一はジロリと歳三を睨み付けると、ICUの中に居る総司を見つめ、そこから離れた。
「一さん、総司が倒れたって本当なの!?」
病院のロビーへと向かった一は、弟が倒れたという連絡を受けて駆けつけてきたみつに会った。
「すいません、お義姉さん。俺が目を離したばかりに・・」
頭を下げる一に、みつは静かに首を振った。
「いいえ、あなたが悪いんじゃないわ。それよりも総司が早く快復するように祈りましょう。」
「ええ。」
一とみつが病院から少し離れたカフェで昼食を取っている頃、歳三はICUの前で総司を見つめていた。
(総司、腎臓が悪いなんて俺には一言も・・)
離れている7年もの間、総司は病を抱えながらチェリストとして有名になる夢を叶えた。

“あなたと僕はもう何の関係もないんだ!”

プールでそう冷たく総司から突き放された時、彼の言葉は歳三の胸に深く突き刺さった。
だが、それが彼の強がりだということに気づいていた。
何の後ろ盾もない無名の青年が、競争が激しい欧州の音楽界でのし上がる為には、虚勢を張らねばならないことがあるのだろう。
人前で涙を見せたり、弱音を吐かずに、総司はあの華奢な身体で必死に襲い掛かる激痛と戦っていたのだろう。
誰かに助けて貰いたいと思いながらも、そうしなかった。
(総司、死ぬなよ。俺はまだお前に伝えたい事があるんだ。)
総司の快復を、歳三は密かに祈った。
一方、折角信子と打ち解けようとしたのにそれが失敗に終わってしまった琴枝は、土方邸から戻って以来、女中達に怒りをぶつけ、物に当たっていた。
「琴枝、おやめなさい。レディのする事じゃないわ。」
「でもお母様、わたし今日はトシのお義姉様に公衆の面前で恥を掻かされたのよ! トシだって、わたしを放ったらかしてチェリストの事ばかり気にして腹が立つったら!」
琴枝はそう言うと、母に振り向いた。
「ねぇお母様、わたくしを助けてよ!」
「解ったわ。お父様に相談してみるわ。」
「ありがとう、お母様。お父様にはわたくしが相談して来るわ。」
琴枝はさっと部屋を出ると、父の仕事部屋へと向かった。
「お父様、入っても宜しくて?」
「どうした琴枝。何か用か?」
「ええ、少しお父様にお願いがあって・・」
琴枝は父の誠治にしなだれかかると、誠治は嬉しそうに笑った。
政略結婚した妻との間には中々子どもが出来ずに、結婚7年目にして漸く恵まれた子宝が琴枝だった。
「それは本当なのか?」
「ええ。お父様、何とかして頂戴。」
「解ったよ、琴枝の為ならパパは何でもしてやろう。」
「ありがとう、お父様!」

(トシ、わたしを馬鹿にした罰を受けるがいいわ!)

夜が更けても、歳三はICUの前に置かれている長椅子に座ったまま総司の意識が戻るのを待っていた。

(ん・・)

誰かに頬を撫でられたような感覚がして総司が目を開けると、そこはいつも夢に出てくるあの部屋だった。






Last updated  2015.06.07 20:21:01
コメント(0) | コメントを書く

その後も信子は琴枝を無視し、総司と一とともに楽しく会話をしていた。

「総司さん、最近お忙しいから、余り疲れを溜めないようになさってね。」
「ええ。」
信子はシャンパンを飲みながら、総司に微笑んだ。
「わたし、あなたの事を少し誤解していたみたい。あなたとはこれからいい関係を築きたいわ。」
「僕もです、土方さん。」
総司と信子が握手をしている時、琴枝が2人の間に割って入った。
「お義姉様、お久しぶりですわ!」
「あら琴枝さん、いらしていたのね。」
総司との会話を邪魔され、信子はあからさまに不快そうな表情を浮かべながら琴枝を見た。
「あちらで色々とお話ししたいことがありますの。お式の事について・・」
「あなたの事でしょうから、トシを1日中連れ回して式場や披露宴会場を予約したんでしょう。あなたは昔から、欲しい物は手に入れないと気が済まない方ですからねぇ。」
総司の時とは打って変わり、琴枝に対する言葉の端々には棘が含まれていた。
「まぁお義姉様、御冗談を。」
琴枝はそう言って笑っていたが、頬が少し怒りで攣っていた。
「琴枝さん、トシと結婚すると大変よ。あの子は女性にモテるから。」
「ご心配なく。トシが相手にする女は商売女で、あくまで遊びですもの。本気にはならないわ。」
まるで自分だけが歳三の愛情を独占できるといった琴枝の言葉に、信子や周囲の客達は顔を顰めた。

―まぁ、聞きまして?
―嫌な女ね。
―土方君も可哀想に、あれじゃぁ棺桶に片足を突っ込んだようなものじゃないか。

周囲から聞こえてくる悪意が籠った声に、総司は少し気分が悪くなった。
「すいません土方さん、気分が優れないので休ませていただいても?」
「ええ、いいわよ。」
総司は信子に頭を下げると、中庭から少し離れた人気のないプールへと向かった。
「っ・・」
また背中に激痛が走り、額から脂汗がどっと噴き出てきて、総司は思わずテラコッタタイルの上に蹲った。
バッグの中からピルケースを取り出し、発作を抑える錠剤を飲んだ。
「総司!」
荒い息を吐きながら総司が顔を上げると、そこには心配そうに自分を見つめる歳三が立っていた。
「放っておいてください。琴枝さんがまたやきもちを焼きますよ?」
総司はそう言って笑おうとしたが、痛みが酷くて上手く笑えなかった。
「放っておけねぇだろ、そんな状態なのによ! 早く病院に・・」
自分の手を掴もうとする歳三の手を、総司は邪険に振り払った。
「あなたと僕はもう何も関係ないんだ! だから僕にはもう構わないで!」
(優しくしないで、別の人と結婚する癖に。)
歳三に背を向けて歩き出そうとした総司だったが、薬で治まっていた痛みがぶり返してきて、彼は胃の中の物を吐きだした。
「誰か、救急車を!」
「総司、しっかりしろ!」
歳三が自分のネクタイを弛め、頬を叩く感触がしたのを最後に、総司は意識を失った。
「トシ、一体何があったの!?」
「姉さん、総司が倒れた!」
プールから騒がしい怒号が聞こえたかと思うと、歳三が意識不明の総司を抱きかかえながら走ってくるところだった。
「ちょっとトシ、これから色々と式の事を相談する予定でしょう!?」
「今はそれどころじゃねぇ、人の命が懸かってるんだ!」
「何よ、あたしよりもこの子の方が大切な訳!?」
救急車が到着し、一とともに歳三は救急車に乗り込んだ。
その間、彼は琴枝と目を合わせようとしなかった。






Last updated  2015.06.07 15:31:37
コメント(0) | コメントを書く

「ガーデンパーティー?」

多忙な1週間のスケジュールを終え、総司がウィーンへと戻る為に荷物を纏めていると、ホテルの専属バトラーが1通の招待状を彼に手渡した。

「ええ。何でも、土方信子様が是非沖田様にご出席していただきたいとのことです。」
「土方信子・・」

総司の脳裡に、歳三と別れて欲しいと頼みに来た信子の顔が浮かんだ。
彼女とはあれ以来、一度も会っていない。

(歳三兄ちゃんのお姉さんが、僕に一体何の用なんだろう?)

「どうなさいますか?」
「出席すると、先方に伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
バトラーが部屋から出て行き、1人になった総司は溜息を吐いた。
週末に行われる土方家のパーティーには、当然歳三と琴枝も来るだろう。
(余り会いたくないけど、これも仕事といえばいいよね。)
琴枝に誤解されたまま逃げるようにウィーンへと戻りたくはなかったので、総司は一とともにパーティーに出席する事にした。
「ねぇお母様、どのドレスがパーティーに合うと思う?」
その頃琴枝は、土方家へのパーティーに着て行く為のドレスを部屋で選んでいた。
「そうねぇ、琴枝には蒼いドレスが良いんじゃないかしら。土方様とは上手くいってらっしゃるの?」
「ええお母様。後はトシからプロポーズされるのを待つだけですわ。」
琴枝はそう言うと、歳三がパーティーでプロポーズしてくれると思い込んでいた。
「もう荷造りは出来たか?」
「うん。一君、土方家のパーティーに一緒に来てくれるかな?」
「解った。それよりも総司、数日前にあの女から殴られたところはもう大丈夫なのか?」
一はそう言うと、そっと総司の右頬を優しく擦った。
琴枝に思い切り張られたそこは、少し赤く腫れていたが、痛みはひいていた。
「大丈夫だよ。一君、あの人から何を言われても耐えてね。」
「ああ・・」
一はそう言いながらも、拳をぐっと握った。
週末、土方家から招待を受けた一と総司は、瀟洒な洋館の中へと入った。
明治末期に建てられ、戦後に修繕された南欧風の洋館とスペイン製のテラコッタ・タイルを敷きつめたプールや、英国風の薔薇園などがあり、土方家の財力の大きさを総司は知った。
それと同時に、歳三と自分が全く釣り合わないということを、彼は思い知らされたのである。
(やっぱり、歳三兄ちゃんとは別れて良かったのかもしれない。住む世界が違うもの・・)
「総司、どうした?」
隣で歩いていた一が、総司を心配そうに見つめた。
「ちょっと考え事してただけ。」
「総司!」
背後から声が聞こえて総司と一が振り向くと、そこには目が覚めるかのような蒼いドレスを着た琴枝と腕を組んだ歳三が立っていた。
「あらぁ、身の程知らずの方達がいらしているわね。」
琴枝はそう言って不快そうに鼻を鳴らすと、一と総司を睨みつけた。
「身の程知らずはどちらだ? 婚期が遅れそうなので、結婚する気もない男と無理矢理パーティーに出るとは・・余程焦っているのか?」
一は琴枝の嫌味をさらりと流すと、口元に冷笑を浮かべながら彼女を見た。
「何ですって、言わせておけば・・」
怒りで美しい顔を醜く歪めた琴枝の脇を、一は無視して飲み物を取りにいった。
「あら、来て下さったのね沖田さん。」
歳三と琴枝、総司との間で気まずい空気が流れる中、黒のシックなワンピースを纏った信子がそう言いながら総司に微笑んだ。
「まぁ、お義姉さま、お久しぶりで・・」
「お招きいただき、光栄です。」
「あら、そんなに堅くならないで頂戴。明日ウィーンに戻るんですって?」
「ええ。」

(一体どういうこと、お義姉様がわたしを無視するなんて!)

いきなり信子に無視され、琴枝は不機嫌そうに歳三を見た。
だが歳三は、姉と楽しそうに話す総司を見つめていた。






Last updated  2015.06.07 15:30:02
コメント(0) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全57件 (57件中 11-20件目)

< 1 2 3 4 5 6 >

PR

X

© Rakuten Group, Inc.