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JEWEL

全221件 (221件中 11-20件目)

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完結済小説:紅き月の標

2013.11.02
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「佐古田先輩、落ち着いて・・」
「あんたさえいなければ上手くいくんや。」

狂気で血走った目で利尋を睨みつけながら、由美はそう言って羅紗鋏を握り締めた。
利尋は咄嗟に、由美の足の甲を思いっ切り踏みつけた。
由美は悲鳴を上げ、その時彼を拘束していた由美の腕が弛んだ。
利尋は由美を突き飛ばし、そのはずみで床に転がった彼女の羅紗鋏を掴んで裁縫室から逃げ出した。
「待てぇ!」
般若のような形相を浮かべながら自分を追い掛けてくる由美の鼻先で裁縫室のドアを閉めた利尋は、掃除用具入れからモップを取り出すと、それを閂代わりにしてドアに挿し込んだ。
狂ったような音がドアの内側から聞こえ、利尋が恐怖で羅紗鋏を握り締めながら震えていると、そこへ偶然茶道の師範である浅田が通りかかった。
「どうしたの、土方君?」
「先生、佐古田さんに襲われました。」
「まぁ、何ですって?怪我はない?」
「はい。これ、佐古田先輩の鋏です。」
「彼女は中にいるの?」
利尋が浅田の言葉に静かに頷くと、彼女はドアに挿し込まれているモップを取った。
すると由美がドアを蹴破って外へと出ると、利尋を見るなり彼の上に馬乗りになった。
「殺してやる、お前なんか!」
「誰か来て!」
やがて騒ぎを聞きつけた数人の教師達が、利尋を絞め殺そうとする由美を彼から引き離した。
「さぁ、これをお飲みなさい。」
「ありがとうございます・・」
「あなた、どうして佐古田さんに襲われたの?何か彼女に恨みを買うようなことをしたの?」
「僕は、彼女に何もしておりません。一体どうしてこんな事が起きたのか、皆目見当もつきません。」
「そう・・警察には通報したから、暫くここに居ることになるわ。大丈夫?」
「ええ・・」
数分後、通報を受けた刑事から事件が起きた状況を尋ねられ、利尋はその時の状況を詳しく彼らに話した。
「あの・・佐古田先輩は今何処に?」
「彼女は、君が自分を馬鹿にしているように感じたから襲ったと言っている。それは確かなのかね?」
「いいえ。僕は一度も、佐古田さんを馬鹿にしたことなどありません。」
「そうですか、ではもう帰っても結構ですよ。」
「では、これで失礼致します。」
利尋が寮に戻った時、清美と耀子が彼の元に駆け寄ってきた。
「大丈夫だった?」
「それにしてもエライ事したな、あの女。」
「今日はゆっくり部屋で休んだら?」
「ええ、そう致します・・」
翌朝、警察から知らせを受けた歳三と千尋が、学校にやって来た。
「お父様、お母様・・」
「怪我はないのね?」
「はい。」
「そう、良かった。相手の方は?」
「警察に捕まりました。お父様、お母様、心配をお掛けしてしまってごめんなさい。」
「いいんだ、お前が無事なら。それよりも利尋、ひとつお前ぇに知らせておかねぇといけねぇことがあって、俺達はここに来たんだ。」
「何ですか、僕に知らせたいことって?」
「信子さんが、亡くなられました。」
「え、信子さんが?」


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Last updated  2016.09.29 15:30:07
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2013.11.01
洋裁学校に入学した利尋だったが、本格的に洋裁を学ぶのは二年からだとゴードンからそう教えられた時、彼は落胆を隠せなかった。

「そんなに落ち込むことはありませんよ、土方君。一年の内に基礎を身に付けておいた方がいい。何事も、基本を疎(おろそ)かにすると上手くいきませんからね。」
「わかりました・・」
放課後、自室で英語の宿題をしていると、誰かがドアをノックした。
「どうぞ。」
「お邪魔します。」
「林さん、どうしたんですか?」
「いやぁ、英作文で解らんところがあってなぁ。ちょっと教えて貰いたいんやけど、ええかな?」
「いいですよ。」
耀子に英語の宿題を教えながら、利尋は東京に居る家族のことを想った。
「どないしたん、ボーっとして?」
「いえ・・」
「初めて親元から離れて生活するんやから、何かと不安やろ?うちは会いたいと思った時にはすぐに会いに行ける距離やけど、土方君の実家は東京にあるから無理やなぁ。」
「ええ。父は、辛くなった時はいつでも帰って来ていいと言ってましたが、僕はここを卒業するまで東京には何があっても帰らないと決めました。」
「強いんやなぁ、土方君は。」
耀子はそう言うと、利尋の机の前に置かれている真珠のブローチを見た。
「これ、綺麗やなぁ。」
「ここに入る前、東京駅で母から渡されました。幸運のお守りだっていって。」
「うちのお母ちゃんも、真珠のネックレス持ってるわ。うちのお母ちゃんは彫金が趣味でなぁ、指輪やペンダントとか時々自分で作ってるわ。」
「そうなんですか・・」
「土方君のお母さんは、どんな人なん?」
「母は、荻野伯爵家の一人娘として生まれました。父と結婚したのは、祖父の会社が倒産寸前なのを父に助けて貰う代わりに母と結婚するという条件で・・」
「政略結婚かぁ。何や小説みたいやなぁ。夫婦仲はええの?」
「ええ。」
「それにしても土方君、佐古田先輩から何か恨みを買うようなことした?やけにあの人、土方君に突っかかってくるけど・・」
「わかりません・・理由が判らないから、どう佐古田先輩と接すればいいのか・・」
「そうやなぁ。まぁ、あんまり関わらん方がええって。」
「そうですね・・」
数日後、一・二年合同の茶道の授業で茶室に入った利尋は、突然由美に声を掛けられた。
「土方君、あんたがお茶を点ててくれへん?」
「え・・」
「出来へんかったら別にいいんやで。」
「佐古田さん、そう言うのなら、あなたがお茶を点てなさい。」
「先生・・」
「あなたは後輩いじめをする為にここに来ているのですか?だったら今すぐ家に帰りなさい。」
教師からそう厳しく叱責された由美は無言で茶室から出て行った。
「では皆さん、気を取り直して授業を始めましょうか。」
「先生、宜しくお願い致します。」
放課後、利尋が清美達と別れて一人裁縫室へと向かうと、そこには窓際の席に座って何か物思いに耽っている由美の姿があった。
余り彼女とは関わりたくないと思った利尋が忍び足で裁縫室から出ようとした時、自分の首筋に冷たい物が押し当てられる感触がした。

「動くな。」
「佐古田先輩・・」

利尋は背後を見ると、そこには羅紗鋏を自分の首筋に押し当てている由美の姿があった。

「少しでも動いたら殺してやるからな。」


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Last updated  2016.09.29 15:29:57
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「何よあれ。あの人、土方君に嫌がらせしてるだけじゃない!」
「ほんまや。うちの店にも、新入りの丁稚に地味な嫌がらせして追い出す奴がおったわ。利尋君、嫌やったらちゃんと断り?」
「いえ。佐古田先輩が縫えとおっしゃっているのですから、やりませんと・・」
「あんたなぁ、お人よし過ぎるわ!佐古田先輩は、あんたをここから追い出そうとしてんねんで?」

由美達が食堂から出て行った後、耀子はそう言って呆れたような顔をして利尋を見た。

「そうよ土方君、別に雑巾百枚明日まで縫わなくたって、何もないわよ。」
「ですが・・」
「しゃぁないなぁ、うち手伝うわ!」
「わたしも手伝うわ。百枚だから、一人で二十五枚縫って、わたしと林さんのを合わせれば全部で五十枚になるでしょう?そしたら、残り半分の五十枚を土方君が縫えばいいのよ。」
「すいません、僕の所為でお二人にご迷惑をお掛けしてしまって・・」
「困った時はお互い様や!」
耀子はそう言って笑うと、利尋の背を叩いた。
昼休みの間、利尋達は早速雑巾を縫い始めた。
「佐古田先輩は土方君にライバル意識を燃やしているとしか思えないわ。」
「さぁな。うちは超能力者やないからわからへんわ。」
裁縫室で清美と耀子が雑巾を縫いながらそんな話をしていると、そこへ由美達がやって来た。
「それ、どないしたん?」
「ああ、これですか?校内美化に努めようと思いまして・・」
「ふぅん、そう。土方君の手助けなんかしたら、どうなるかわかってるやろうなぁ?」
「そんなことしませんって!」
慌ててそう由美に誤魔化した耀子だったが、彼女の笑顔は少しひきつっていた。
「はぁ~、危なかったわぁ!」
「佐古田先輩って、どうして土方君の事を嫌うのかしら?土方君は先輩に恨みを買うようなことはしてないっていうのに・・」
「そう思ってんのはうちらだけちゃう?本人が知らない内に人の恨みを買っているっていうのはよくあるからなぁ。」
「まぁ、あの人には関わらない方がいいわね。」
放課後、清美と耀子は雑巾五十枚が入った手提げ袋を利尋に教室で渡した。
「これで何とかなると思うわ。」
「ありがとうございます、石田さん、林さん。」
「土方君、あんな女に負けちゃ駄目よ!わたしたち、応援しているわ!」
「意地悪女をギャフンと言わしたれ!」
「わかりました・・僕、頑張ります!」
その日の夜、利尋は残りの雑巾五十枚を縫いあげると、溜息を吐いてベッドに寝転がった。
「出来た・・」
ちゃんと百枚あるかどうか利尋は枚数を数えながら、自分を助けてくれた清美と耀子に改めて感謝の気持ちを伝えたいと思った。
「土方君、雑巾はできたんか?」
「はい、出来ました。」
翌朝、食堂で利尋はそう言うと由美達に雑巾百枚が入った手提げ袋を手渡した。
「なかなかやるやないの。でも余り調子に乗らんときや。」
由美はフンと鼻を鳴らして利尋を睨み付けると、取り巻きを従えて食堂から出て行った。
「やっぱり好かんわ、あの女。」
「しっ、先輩に聞こえるでしょう!」
清美はそう言うと、慌てて耀子の口元を両手で覆った。
「由美さん、あの子どうします?」
「もうあの子に構うのは止めるわ。あんたら、あたしに隠れて余計な事したら承知せぇへんで。」
「は、はい・・」

(土方利尋・・絶対に潰したる!)


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Last updated  2016.09.29 15:29:47
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2013.10.31
朝食の後、利尋達新入生は講堂に集められた。
数分後、寮母の望と二年の校章をつけた二人の女子生徒が彼らの前に現れた。

「今から彼女達が校内を案内するから、はぐれないように彼女達についてきてくださいね。」
その後、新入生達は上級生達とともに校内をまわった。
「ここがお茶室や。」
「お茶室・・あのう、ここでは茶道の授業があるんですか?」
「何やのあんた、そんなこと知らんでここに来たん?」
利尋の言葉を聞いた二年の佐古田由美(さこたゆみ)は、そう言うと不快そうに鼻に皺を寄せた。
「ここは洋裁学校になる前は女学校やったんよ。せやから、洋裁の授業以外に茶道やお花、英会話の授業があるんやで。」
佐古田由美の隣に居た佐々木芙由子(ふゆこ)がとっさに利尋に助け船を出した。
「そうなんですか・・」
「これ、校内の地図。一時限目は8時半からやから、遅刻せんようにね。」
「わかりました。」
入学式から一週間後の朝、利尋が学生服を着て食堂に入ると、そこには芙由子の姿があった。
「佐々木先輩、おはようございます。」
「おはよう。どう、ここでの生活にはもう慣れた?」
「ええ・・」
「最初はまだ慣れへんから大変やろうけど、頑張ってな。」
「はい。」
芙由子から渡された地図を頼りに、利尋は「1年C組」と書かれたプレートが提げられた教室の中へと入った。
「おはよう、土方さん。」
「おはよう、石田さん。」
「今日から授業ね。何だか緊張しちゃう。」
「うん・・」
清美と利尋がそんな話をしていると始業を告げるチャイムが鳴り、教室に面接試験会場で校長の隣に座っていた外国人教師が入って来た。
「初めまして皆さん、わたしはゴードンです。これから一年間、宜しくお願いします。」
流暢な日本語で生徒達に挨拶をしたゴードンは、黒板に自分の名前を書いた。
「それではまず、自己紹介から始めましょう。」
「石田清美です、横浜から来ました。趣味はヴァイオリンと、読書です。」
「林耀子です。大阪から来ました。どうぞ宜しくお願いします。」
「土方利尋です。東京から来ました。趣味はピアノと読書です。」
緊張で身体を震わせながら自己紹介した利尋の姿を見て、女子生徒達の何人かが彼の方を指してクスクスと笑った。
「皆さん、このクラス全員がチームです。デザイナーはただ一人で服をデザインして作るだけの仕事ではありません。一人で出来ることには限界がありますが、みんなが力を合わせれば、何でも出来ます。」
ゴードンが教室から出て行った後、利尋の元に林耀子がやって来た。
「あんた、東京から来たん?」
「はい・・耀子さんは、大阪のどちらからいらしたんですか?」
「うちは船場から来てん。両親が呉服屋やってるんや。」
「へぇ、そうなんですが・・でもなんで洋裁学校に?」
「着物は嫌いやないけど、うちは新しい事に挑戦したくてここに来たんや。土方君は、どうしてここに来たん?」
「一流のデザイナーになる為です。洋裁は今まで独学で学んできましたが、限界があって・・」
「ふぅん、じゃぁうちと同じ夢を持つ同志やな。宜しく!」
「宜しくお願い致します。」
昼休み、午前中の授業を終えた利尋と耀子、清美が食堂に入ると、そこには数人の友人達に囲まれている由美の姿があった。
「佐古田先輩、おはようございます。」
「ああ、丁度いい所に来たわ。明日までに雑巾百枚縫ってきて。」
「え・・」
「新入生が雑巾百枚縫うのが、この学校の伝統なんや。」
「土方君、先輩に逆らわん方が身のためやで?」


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Last updated  2016.09.29 15:29:33
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1946(昭和21)年4月。

神戸の洋裁学校に見事合格した利尋は、両親と兄、そして信子とともに東京駅へと向かった。

「気をつけて行ってくるのですよ。」
「はい、お母様。」
「無理をするなよ。辛かったら、帰って来ていいんだからな。」
「お父様、毎日手紙を書きますから、どうか僕の事は心配なさらないでください。」
「誰かにいじめられたら俺に言えよ、そいつをぶっ飛ばしてやるから!」
「もう、お兄様ったら。」
「利尋さん、どうか気をつけて行ってらっしゃいね。」
「はい、信子さんもお体にお気をつけて。」
利尋は四人に頭を下げると、汽車に乗った。
それはやがて、東京駅のプラットホームからゆっくりと離れていった。
「これから、寂しくなりますね。」
「ああ。明歳、学校に遅れないようにしろよ。」
「わかったよ、父さん。」
利尋が汽車を乗り継いで大阪に着いたのは、その日の夜のことだった。
着替えや学用品などが入った旅行鞄を提げた彼は、大阪市内にあるホテルへと向かった。
「いらっしゃいませ。」
「こちらに予約を入れた土方と申しますが・・」
「少々お待ち下さいませ。」
ロビーで数分待たされた後、利尋は客室係に案内されて部屋へと入った。
「何か御入用でしたら、このお電話の3番にお掛け下さいませ。」
「わかりました。」
客室係が部屋から出て行った後、利尋はベッドの上に寝転がって溜息を吐いた。
学生服から寝間着へと着替えた彼は、旅行鞄の中からある物を取り出した。

それは、東京駅で母・千尋から渡された真珠のブローチだった。

「お母様、これは?」
「お父様から結婚10年目のプレゼントとして戴いたものなのよ。これは幸運のブローチなの。あなたが持っていて頂戴。」
「お母様、こんな大切な物頂けません。」
「このブローチは、わたくしにはもう必要のないものよ。これからは、あなたのものよ。」
「ありがとうございます、お母様。」

(お母様、僕頑張ります・・何があっても・・)

翌朝、大阪で一泊した利尋は神戸洋裁学校の学生寮がある三ノ宮へと向かった。
学生寮には女子学生の姿ばかりが目立ち、男子学生は利尋の他には誰も居なかった。
「皆さん、この度は御入学おめでとうございます。わたくしはこの学生寮の寮母を務めている石田望と申します。この学院に在学中は、わたくしのことを母と思ってくださいね。」
「どうぞ、宜しくお願い致します。」
「さぁ皆さん、長旅で疲れていらっしゃることだから、朝食にいたしましょうか。」
寮母の望が挨拶を終えて食堂から出て行った後、利尋の隣に座っていた女子学生が突然彼に話しかけて来た。
「あなた、また会ったわね!」
「あの・・どちら様でしょうか?」
「嫌だ、忘れちゃったの?入学試験の会場でお会いしたじゃないの!石田清美よ、覚えていらっしゃらないの?」
「ああ、あの時の・・」
「あなたと3年間ここで暮らすなんて夢のようだわ!これから宜しくね!」
「ええ、宜しくお願い致します。」

利尋は入学試験会場で出会った石田清美と再会し、彼女と固い握手を交わした。


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Last updated  2016.09.29 15:29:24
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2013.10.30
「皆さん、お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした。僕達はこれで失礼致します。」

そう言って理恵子の夫・忠(ただし)は歳三達に向かって頭を下げると、理恵子の肩を抱いて土方家を後にした。

医師から妊娠を告げられた理恵子は、夫と離縁せずに彼とやり直すことを決めた。

「まったく、どうなってるんだか・・さっきまで、別れる、別れないで揉めてたってのに・・」
「夫婦の問題なんざ、ガキのお前ぇらにはまだわかりゃしねぇよ。まぁ、これで一件落着って感じだな。」
「そうだねぇ。でも、あたしはまた理恵子があのお姑さんと衝突するんじゃないかって、心配でねぇ・・」
「理恵子の旦那、家から出て自分の店を出すって言っていたぜ。」
「そうかい。でもねぇ・・」
「育実、理恵子の旦那の事を信じてやれよ。義理とはいえ、お前ぇにとっては息子には違いねぇんだから。」
「わかったよ・・歳ちゃんの言う通りにするよ。」
「邪魔したな。」
「また来ておくれよ。」
「お帰りなさいませ、歳三様、千尋様。トシちゃん、洋裁学校から書類が届いているわよ。」
「ありがとうございます、信子さん。」
帰宅した利尋は信子から洋裁学校の書類が入っている封筒を受け取ると、すぐさまペーパーナイフで封筒の封を開けた。
中には、入学試験の日時と会場の場所が書かれてある書類が入っていた。
「今週の土曜日か。利尋、頑張れよ。」
「はい、お父様。」

土曜日の朝、西田家を出た利尋は、洋裁学校の入学試験を受ける為、試験会場がある銀座へと向かった。

「ねぇ、あなたも試験を受けるの?」
「ええ・・」
「そう、お互い頑張りましょうね。わたし、石田清美。」
「土方利尋です。」
入学試験は小論文と面接試験があり、小論文を書き終えた利尋達は受験番号順に面接試験会場へと呼ばれた。
「土方さん、いらっしゃいますか?」
「は、はい!」
利尋が緊張した面持ちで面接会場へと入ると、そこには二人の外国人教師と、校長と思しき老婦人が長椅子に座っていた。
「どうぞ、お掛け下さい。」
「し、失礼致します。土方利尋と申します。本日は・・」
「緊張なさらなくて結構よ。あなたは、どうしてうちの学校に入学したいと思ったの?」
「わたしは、本格的に洋裁を学びたいと思い、貴校を選びました。」
「あなたは洋裁の経験がありますか?」
「はい、米兵の家で家政夫をしていた時、そのお宅の奥様のワンピースを作りました。洋裁は独学で学びましたが、もっと本格的に学ぼうと・・」
「もういいわ、結構よ。」
「あの、わたし・・」
「結果は後日、お知らせ致します。」
「し、失礼致します。」

二週間後、西田家に洋裁学校から利尋宛の書類が届いた。

「どうだったの?」
「合格してた・・」

利尋はそう言うと、震える手で歳三達に合格通知書を見せた。

“土方利尋様、本校の入学を許可致します。”

「おめでとう利尋、良かったわね!」


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Last updated  2016.09.29 15:29:11
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「あんたが一方的にあたしをあの家から追い出したんじゃない!それなのに今更あの家に戻って来いだなんて、よく言えたもんね!」
「離縁の事は、お袋が勝手に決めたことなんだ!」
「何よ、あんただって石女(うまずめ)のあたしと別れたくて仕方がなかったんでしょう?」
「利尋、何をしているのです?」
「お母様・・」
「お父様達を待たせてはなりませんよ、行きましょう。」
「理恵子はどうしたんだ?」
「あの人なら、別れた旦那さんと喧嘩をしていましたよ。まぁ、他人様の事情など僕達にとってはどうでもいいことですけど。」
「利尋、理恵子はお前ぇにとっては遠縁の従妹にあたるんだぞ。それなのにどうしてそんな冷たい言い方しかできねぇんだ?」
「お言葉ですがお父様、僕はあの人と少しでも血が繋がっているだけでも嫌なのです。大体何ですか、理恵子さんは出戻りの癖にお母様を自分の下女のようにこき使って、自分の分のお茶を淹れようとせず、自分が食べた食器を洗いもしない・・何をするのかといったら、ただこたつに入って雑誌を読みながら蜜柑(みかん)を頬張っているだけじゃないですか!あんな穀潰(こくつぶ)しの性悪女、離縁されて当然です!」
利尋は歳三に思いの丈をぶちまけた。
その時、大広間の襖がすっと開き、理恵子とあの男が中に入って来た。
「君が、利尋君だね?」
「はい、そうですが・・あなたは、理恵子さんの旦那さんですか?」
「そうだ。利尋君、君が妻の事をどう思おうと勝手だが、僕の前で妻を侮辱するのは止めてくれないか?」
「あなたはとうに理恵子さんと縁が切れた筈なのではないですか?それなのにどうして、妻の実家に平気で顔を出せるのです?」
「それは・・」
「おい利尋、子どもの癖に夫婦の問題に口を挟むんじゃねぇ。飯が冷めちまうだろう、早く食え。」
「ですがお父様・・」
「お父様の言う通りですよ、利尋。」
利尋は舌打ちすると、兄と母の隣に座った。
「お義母さん・・今日こちらに伺ったのは、理恵子さんともう一度やり直す為に来ました。」
「それはどういうことだい?あんたは子どもが出来ない理恵子を枡田の家から追い出したんじゃないのかい?」
「それは誤解です。母が勝手に僕と理恵子を離縁させたのです。母は、跡継ぎを産めない嫁は不要だと・・」
「腹を痛めて産んで、大事に育てて来た理恵子を、そんな冷たい姑の元には戻す訳にはいかないよ。お願いだから帰っておくれ。」
「お義母さん・・」
「さっさとあの家に、あなたが大好きなお母さんの所に帰りなさいよ!あたしはもう、あんたとやり直す気はないんだからね!」
理恵子はそう叫び、ついこの前まで夫であった男を大広間から追い出そうと、彼の背を押した。
だが男は、理恵子の手を振り払い、育実(いくみ)の前で土下座した。
「お願いです、お義母さん・・」
「誰か、塩を持って来ておくれ!」
「さっさと帰ってよ!」
男と理恵子が激しく揉み合っている内に、バランスを崩した理恵子は転倒し、土間の固い床で腰を強く打ってしまった。
「理恵子、大丈夫か!?」
「誰か、医者を呼んできてください!」
「腰を打っただけで、そんなに大騒ぎするこたぁねぇだろう?」
「彼女は妊娠しているんですよ!」
「それは、本当か?」

数分後、往診に来た医師から、理恵子は妊娠を告げられた。

「8週目に入っていますね。流産しやすい時期なので、気をつけてくださいね。」


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Last updated  2016.09.29 15:14:28
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2013.10.29
「利尋(としひろ)ちゃん、神戸に行くんですって?」
「ええ。」
「ちゃんと生活できるの?」
「学校には学生寮がありますし、食事は寮母さんが三食作ってくださいますので、大丈夫です。」
「そう?」
「ねぇ利尋ちゃん、やめておきなさいよ。今物騒だし。」
「そうよ。」
「少し考えておきます・・すいません、僕お母様の様子を見て来ます。」
多摩にある父の実家で、親族の女性達から洋裁学校へ行く事を反対された利尋は、そう言葉を濁すと大広間から出て千尋が居る台所へと向かった。
「お母様、何か手伝うことはありますか?」
「今は忙しくないので大丈夫ですよ。利尋、もしかして洋裁学校へ行く事について、何かあの人達に言われたの?」
「ええ、まぁ・・」
「彼女達は何も知らずに文句を言いたいだけなんだから、放っておきなさい。」
「わかりました。」
「そうだ、もうすぐお昼だからご飯を作るのを手伝って頂戴。」
割烹着姿の利尋が台所で千尋を手伝っていると、そこへ育実(いくみ)の三女・理恵子がやって来た。
「千尋さん、お茶まだ?」
「すいません、只今・・」
「理恵子さん、お茶くらい自分で淹れたらどうですか?手が空いているのなら、手伝ってくださいよ!」
「何よ、偉そうに!」
理恵子はジロリと利尋を睨み付けると、湯呑みに茶を淹れるとそれを盆に載せて台所から出て行った。
「何ですか、あの人・・出戻りの癖に偉そうにして・・」
「お止めなさい、利尋。理恵子さんの事を悪く言ってはいけませんよ。」
「ですがお母様・・」
「千尋さん、ごめんなさいね。」
育実がそう言って申し訳なさそうに千尋に頭を下げると、台所へと入ってきた。
「育実さん、理恵子さんはどうして離縁なさったのですか?あんなに性格がきついんじゃ、再婚相手がなかなか見つからないんじゃ・・」
「まぁ、あの子は言いたい事ははっきりと言う子だからねぇ。嫁ぎ先でも、舅姑との関係が上手くいかなくって・・結局、子どもが出来なかったから離縁されちまったんだけどねぇ。まだ旦那と揉めてるらしいけど、どうなるんだか。」
理恵子の嫁ぎ先は、江戸時代から続く老舗の高級料亭だった。
理恵子の夫やその親族は、店の跡継ぎとなる男児の誕生を望んでいたが、結婚して4年経っても理恵子が妊娠しなかったので、彼女は夫から一方的に離縁された。
「理恵子さんに子どもが出来ないのは、あんなに捻くれて意地の悪い性格だからじゃないですか?それに、自分の事を何ひとつしようともしないし・・さっきだって、お母様をまるで下女のようにこき使って!」
「あたしの育て方が悪かったのかねぇ。千尋さん、本当に済まないねぇ。」
育実はそう言うと涙ぐんだ。
「ちょっと千尋さん、お昼まだなの!?」
「今作っているところです。」
「まったく、グズグズしないでよね!」
「理恵子さん、あなたはお客様じゃないでしょう?年老いた母親を寒い台所に立たせて恥ずかしくないんですか?」
「口答えするんじゃないわよ!子どもなら大人の言う事を聞きなさい!」
「お言葉ですが理恵子さん、自分のお布団も片付けない、自分の食器を洗いもしない方に説教などされたくはありません。嫌ならご主人の元にお帰り下さい。」

理恵子は利尋の言葉を聞いて怒りで顔を赤く染めると、台所から出て行った。

利尋が自分達家族の分の膳を大広間へと運んでいると、玄関先から理恵子と男の怒鳴り声が聞こえた。

「何なのよあんた、あたしに今更何の用!?」
「理恵子、いい加減意地を張らずにうちに帰って来い!」


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Last updated  2016.09.29 15:14:05
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「本気なのか、利尋(としひろ)?」
「僕は本気です、お父様。僕はやりたいことが見つかりました。」
「そうか、お前がそう決めたんなら、俺は反対しねぇ。学費の事は、俺と母さんが何とかするから、お前は何も心配するな。」
「有難うございます、お父様!」
「利尋、一度決めたからには、成功するまで諦めてはなりませんよ。」
「わかりました、お母様。」
両親の承諾を得た利尋は夕食後すぐに部屋に戻ると、入学試験を受ける為に必要な願書を書き始めた。
「利尋、本当に神戸に行くのか?」
「本気だよ。」
「そうか・・今まで俺達は、生まれた時からいつも一緒だったのにな・・まさか、お前と離ればなれになるとは思いもしなかったよ。」
机に座って願書を書いている弟の横顔を見ながら明歳(あきとし)はそう呟くと、咥えていた煙草に火をつけた。
「お兄様はどうなさるのですか?」
「まだ何も決めてねぇよ。いずれは父さんの会社を継ぎたいと思ってる。」
「お兄様、最近家に帰って来るのが遅いようですけれど、もしかして朱美(あけみ)さんのところに・・」
「朱美にとって俺は、弟のような存在だってさ。彼女とはお前が思っているような疚(やま)しい関係じゃねぇから、心配すんな。」
「でも、お兄様がダンスホールで働いていることをお父様が知ったら・・」
「まぁ、それはバレた時に考えるさ。ダンスホールの仕事つっても、米兵やパンパンの姉ちゃんどもに給仕するくらいのもんさ。鉄屑拾いよりも給金が良いいから、続けているだけだ。」
「そう・・お兄様、学校は・・」
「学校は諦めたさ。それよりも一銭でも多く稼いで、母さん達に楽をさせてやりてぇんだ。」
「悪ぃがまだガキのお前ぇにそんな心配をされるほど、俺は落ちぶれちゃいねぇよ。」
「お父様・・」
「父さん、ノックぐらいしてくれよ。もう少しで漏らしそうだったじゃねぇか。」
いきなり部屋に入ってきた歳三に驚いた明歳は、慌てて吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。
「明歳、俺の会社を継ぎたいっていう気があるんなら、学校に行け。」
「だから、俺は・・」
「俺が戦地に行っている間、母さんと利尋を守ってくれたことは感謝する。だがな、粋がって悪ぶるな。たまには俺や母さんに甘えてもいいんだぞ?」
「父さん・・」
「今からでも遅くねぇ。学校に行け。」
「わかったよ・・」
翌日、郵便局から帰宅した利尋がリビングに入ると、そこには詰襟の学生服姿の明歳が椅子に座って昼食を食べていた。
「お兄様、学校に行くの?」
「ああ。何だよ、ジロジロ見てんじゃねぇよ!」
「ごめんなさい、でも良く似合っているよ。ダンスホールのお仕事は、まだ続ける気なの?」
「週末だけすることにしたんだ。あいつは俺に今必要なのは学問だから、今の内にちゃんと勉強しとけってさ。後から勉強したいって思っていても、なかなかできねぇからって。」
「そう・・ねぇ、お母様は何処?」
「母さんなら、本屋に買いたい本があるからってさっき出掛けて行ったぜ。」
「本屋さんに?」
「どうやら母さん、看護婦になる為に看護学校を受験する気でいるらしいんだ。女も手に職を持たないと生きていけないって思ったみたいで・・」
「お父様は、お母様に何て言ってるの?」
「“お前の好きなように生きればいい”って言っていたよ、父さんは。俺も、お前も、母さんも、自分が歩む道を決めたってことだよな。」
「そうだね・・」


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Last updated  2016.09.29 15:13:56
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2013.10.28
『まぁ、素敵なドレスね!トシ、本当に有難う!』
『少し時間がかかってしまいました。』
『いいのよ、あなたも色々と忙しかったんでしょう?』
『ええ、まぁ・・』
『トシ、あなた何処で洋裁を学んだの?』
『知り合いの方から少し教えて貰いました。後は独学です。』
『あなた、本格的に洋裁を勉強した方がいいんじゃない?あなたの腕なら、きっと一流のデザイナーになれると思うわ!』
『そんな・・』
マクレーン家のリビングで利尋とジェーンがそんな話をしていると、そこへジェーンの娘・ステファニーがやって来た。
『ママ、ドレスは出来たの?』
『ええ、出来たわよ。』
ジェーンがドレスを見せると、ステファニーは嬉しそうに瞳を輝かせた。
『素敵!トシ、有難う!』
『気に入ってくれてよかった。』
『ねぇママ、これ来年のハロウィンに着てもいい?』
『いいわよ。トシ、これはわたしからのお礼として受け取って。』
ジェーンはそう言ってソファから立ち上がると、利尋に封筒を手渡した。
『いえ、そんな・・受け取れません。』
『無理をして作って貰ったのだから、ちゃんとお代は払わなきゃ。お願い、受け取って。』
『ありがとうございます。ではわたしはこれで失礼致します、奥様。』
『また来てね!』
数日後、ステファニーが通う幼稚園で発表会が行われ、彼女が着ている白雪姫のドレスが、保護者達の注目を集めた。
『可愛いドレスだわ、誰が作ったのかしら?』
『ステファニーの可愛さが引き立っているわね。』
発表会の後、ジェーンはジョーンズ家を訪れた。
『トシのドレス、みんなから好評だったわ。あの子、独学で洋裁を学んだんですって。』
『そうなの?てっきり学校に通っているものだと思っていたわ。』
『わたし、あの子に本格的に洋裁を勉強したらどうかって言ったのよ。でもあの子、何かを迷っているみたい。きっと色々と事情があるんでしょうね。』
『そうみたいね・・』
帰宅した利尋は、裁縫室で発表会のドレスのデザイン画を眺めていた。
もっと洋裁を学びたい―そんな事を彼が思っていると、信子が裁縫室に入ってきた。
「トシちゃん、今いいかしら?」
「はい・・」
「ねぇトシちゃん、あなた洋裁学校に行って、本格的に洋裁を勉強したらどうかしら?」
「信子さん・・」
「あなたは、洋裁を本格的に学びたいのでしょう?」
信子はそう言うと、利尋にある物を渡した。
それは、神戸にある洋裁学校の入学案内書だった。
「一度これに目を通してみて。」
「でも、僕・・」
「あなたの才能は、これから伸びるものだとわたしは思っているの。一度興味を持った事を、とことん究めたらどうかしら?」
信子は利尋の肩を叩くと、裁縫室から出て行った。
彼女が出て行った後、利尋は洋裁学校の入学案内書に目を通した。
その学校では、デザイナーとなる為の専門的な知識や技術を教えており、授業内容も充実していた。
「お父様、お母様、お話があります。」
「何だ、そんな真剣な顔をして?」
「僕、神戸の洋裁学校に入学して、本格的に洋裁を勉強したいんです。」

その日の夜、ダイニングで利尋はそう両親に話を切りだすと、彼らに洋裁学校の入学案内書を見せた。


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