JEWEL
日記・グルメ・小説のこと708
読書・TV・映画記録2695
連載小説:Ti Amo115
連載小説:VALENTI151
連載小説:茨の家43
連載小説:翠の光34
連載小説:双つの鏡219
完結済小説:桜人70
完結済小説:白昼夢57
完結済小説:炎の月160
完結済小説:月光花401
完結済小説:金襴の蝶68
完結済小説:鬼と胡蝶26
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完結済小説:金魚花火170
完結済小説:狼と少年46
完結済小説:翡翠の君56
完結済小説:胡蝶の唄40
完結済小説:琥珀の血脈137
完結済小説:螺旋の果て246
完結済小説:紅き月の標221
火宵の月 二次創作小説7
連載小説:蒼き炎(ほむら)60
連載小説:茨~Rose~姫87
完結済小説:黒衣の貴婦人103
完結済小説:lunatic tears290
完結済小説:わたしの彼は・・73
連載小説:蒼き天使の子守唄63
連載小説:麗しき狼たちの夜221
完結済小説:金の狼 紅の天使91
完結済小説:孤高の皇子と歌姫154
完結済小説:愛の欠片を探して140
完結済小説:最後のひとしずく46
連載小説:蒼の騎士 紫紺の姫君54
完結済小説:金の鐘を鳴らして35
連載小説:紅蓮の涙~鬼姫物語~152
連載小説:狼たちの歌 淡き蝶の夢15
薄桜鬼 腐向け二次創作小説:鬼嫁物語8
薔薇王転生パラレル小説 巡る星の果て20
完結済小説:玻璃(はり)の中で95
完結済小説:宿命の皇子 暁の紋章262
完結済小説:美しい二人~修羅の枷~64
完結済小説:碧き炎(ほむら)を抱いて125
連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ63
完結済小説:蒼―lovers―玉(サファイア)300
完結済小説:白銀之華(しのがねのはな)202
完結済小説:薔薇と十字架~2人の天使~135
完結済小説:儚き世界の調べ~幼狐の末裔~172
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:時の螺旋7
進撃の巨人 腐向け二次創作小説:一輪花70
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:蒼き翼11
薄桜鬼 平安パラレル二次創作小説:鬼の寵妃10
薄桜鬼 花街パラレル 二次創作小説:竜胆と桜10
火宵の月 マフィアパラレル二次創作小説:愛の華1
薄桜鬼 現代パラレル二次創作小説:誠食堂ものがたり8
薄桜鬼 和風ファンタジー二次創作小説:淡雪の如く6
火宵の月腐向け転生パラレル二次創作小説:月と太陽8
火宵の月 人魚パラレル二次創作小説:蒼き血の契り0
黒執事 火宵の月パラレル二次創作小説:愛しの蒼玉1
天上の愛 地上の恋 昼ドラパラレル二次創作小説:秘密10
黒執事 現代転生パラレル二次創作小説:君って・・3
FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars6
PEACEMAKER鐵 二次創作小説:幸せのクローバー9
黒執事 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:碧の花嫁4
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后0
黒執事 フィギュアスケートパラレル二次創作小説:満天5
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士2
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て5
薄桜鬼 現代妖パラレル二次創作小説:幸せを呼ぶクッキー8
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮0
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月10
火宵の月 遊郭転生昼ドラパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら1
FLESH&BLOOD 千と千尋の神隠しパラレル二次創作小説:天津風5
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園0
火宵の月 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥6
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師4
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黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚2
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火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように1
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火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~6
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火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女0
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火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう)10
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師0
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方0
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「アレクサンドラ、さっきから会場に居るご婦人方がお前の事を見ているぞ?」「まぁ、どうしてかしら?」「お前が美しいからに決まっているだろう。さぁ、踊ろうか。」「ええ。」 ルドルフの手を取り、アレクサンドラが彼と共にワルツを踊り始めると、周囲の客達は閑談を止め、彼らの方を見た。―アレクサンドラ皇女様は、相変わらずお美しいわね。―とても三児の母とは思えないわ。―彼女の美の秘訣は何なのかしら?華やかなドレスと宝石で着飾った女性客達は、そんな事を囁き合いながら笑っていた。 その時、ロイヤルブルーのドレスを着た長身の美女が、黒い燕尾服を着た黒髪の青年と共に大広間に現れた。「ふふ、みんな僕の事を見ているよ。」「兄者、本当にいいのか?このようなパーティーに出て・・」「今僕は女の格好をしているんだよ。周囲の人間は僕が、『あの悪魔の子』だとは気づきもしないし、知らないだろうよ。」「兄者・・」兄の口から出た棘のある言葉に、レオンハルトの眉間に皺が寄った。「そんな顔をしたら、色男が台無しだよ。」「兄者・・」「今夜は誰も僕達の邪魔をする者はいない。今夜はパーティーを楽しもう。」「ああ。」レオンハルトはエドアールの手を握り、パーティーの主催者であるルドルフ皇太子とアレクサンドラ皇女の元へと向かった。「皇太子様、アレクサンドラ皇女様、本日はパーティーにお招きいただき有難うございます。わたくしはエトワール、こちらは弟のレオンです。」「初めまして、アレクサンドラと申します。お美しいドレスですわね、どちらでご購入されたのですか?」「ミラノで生地を取り寄せて、自分で縫いました。昔から裁縫が得意なので。」「まぁ、素敵ですわね。エトワールさん、宜しかったらあちらでお話し致しません事?」「ええ、喜んで。」 和気藹々とした様子でエドアールがアレクサンドラと共に会場の隅の方へと歩いていくのを見て、レオンハルトはルドルフの方を見た。「どうやら、姉は皇女様と良いお友達になれそうです。」「そうですね。それよりも、貴方とお姉さんは双子なのですか?」「ええ。わたしと姉は二卵性双生児です。ここだけの話ですが、姉は、皇女様と同じ身体なのです。」レオンハルトの言葉を聞いたルドルフの眉が、微かに動いたことをレオンハルトは見逃さなかった。「そうですか・・お姉さんの事は・・」「両親は姉の身体の事を知っています。しかし、親族にはそれを隠しております。我が家は、伝統ある名家なので・・」 ルドルフは、レオンハルトが何を言おうとしているのかがわかった。 閉鎖的で保守的な貴族階級の中で、彼の姉が両性具有である事が知られたらとんでもない醜聞になる。「皇太子様、皇女様の秘密は公表されているのですか?」「はい。いずれ隠しても、いつかは露見してしまうものです。マスコミに下手に騒がれるよりも、堂々とアレクサンドラの身体について公表した方がいいと、彼女と相談した上で決めました。」「そうですか。皇太子様は、皇女様にとって一番の理解者なのですね。」「アレクサンドラはわたしにとってかけがえのない娘です。貴方にとって、お姉さんはかけがえのない存在である事と同じように。」 レオンハルトとルドルフは、暫く互いの顔を見つめ合った。「わたしはこれで失礼いたします。客に挨拶をしなければならないので。」「わかりました。」 ルドルフに背を向けたレオンハルトは、姉の姿を探した。「アレクサンドラ様、とても三人のお子様がいらっしゃるとは思えない程お綺麗ですわね。一体どんなことをなさっておられるの?」「特別な事は何もしていないわ。ただ、間食をしないでヨガを毎日しているだけよ。それにしてもエトワールさん、あなたご結婚はされているの?」「いいえ。今は恋愛などしたくないのです。親や親戚達からはそろそろ結婚しろと色々うるさく言われますけれど、自分の好きな事をとことんしたいのです。」「まぁ、それはわたしも同じだわ。何だかわたくし達、仲良くなれそうね。」「ええ、本当に。」 アレクサンドラとエドアールが他愛のない話をしながら談笑していると、そこへ華やかなドレスを纏った数人の女性達がやって来た。「アレクサンドラ様、お久しぶりでございます。本日はパーティーにお招きいただき有難うございます。」「こちらこそ、わざわざお忙しい中来ていただいて有難う。でも、わたくし貴方に招待状を送ったかしら?」アレクサンドラがそう言って笑顔を浮かべながら自分に話しかけて来た女性を見ると、彼女は笑顔をひきつらせながらそのまま友人達と何処かへ行ってしまった。「追いかけなくてもよろしいのですか?」「ええ。あの人達の事は、良く知っているから。ねぇエトワールさん、少しバルコニーの方へ行って涼まない事?」「そうですね、皇女様。」アレクサンドラとエドアールがバルコニーへ行って涼んでいると、そこへ何処か慌てた様子の女官が彼女達の元へと駆け寄って来た。「アレクサンドラ様、大変です!」「どうしたの、そんなに慌てて?何かあったの?」「皇帝陛下が、お倒れになりました!至急ウィーンへお戻りください!」「わかったわ。エトワールさん、申し訳ないけれどこれで失礼するわ。」女官と共に大広間を後にしたアレクサンドラの背中を見送りながら、エドアールは少し温くなったシャンパンを一気に飲み干した。「兄者、こんな所にいたのか、探したぞ!」「あぁ、ごめん、ごめん。もう帰ろうか、レオンハルト。」「何かあったのか、兄者?」「どうやら皇帝陛下がお倒れになられたようだ。折角旅行に来たというのに、ウィーンへ戻るしかないね。」「ああ、そうだな。それよりも兄者、アレクサンドラ皇女様と何を話していたのだ?」「それは秘密。」にほんブログ村
2016.08.21
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「どうしてこんな広い駅舎の中をウロウロしているの?もしかして、迷子にでもなったの?」「ええ。天使様はどうしてここにいらっしゃるの?」「旅に出ることになってね。ああそうだ、君にあげたいものがあるんだ。」エドアールはそう言ってガブリエルに微笑むと、ポケットの中からカメオのネックレスを取り出した。「これを、君にあげる。」「いいの、こんなに素敵な物を頂いても!」「いいに決まっているじゃないか。君と僕がこうして出会えたのも、何かの縁なんだから。」 エドアールがガブリエルの頭を撫でていると、自分の名を呼ぶ弟の声が遠くから聞こえた。「じゃぁ、また会おうね。」「ガブリエル様、どちらにおられますか~!」「ガブリエル様~!」 背後から女官達の慌てふためく声が聞こえ、ガブリエルが彼女達の方へと駆け寄っていくのを見たエドアールは、静かにその場から去っていった。「兄者、探したぞ。一体何処に行っていたのだ?」「ごめん、ごめん。さぁ、行こうか。」渋面を浮かべる弟に向かって微笑んだエドアールは、彼と共にプラハ行の特急列車へと乗り込んだ。「何処に行っていたんだよ、姉上!心配したんだからな!」「ごめんなさいクリス。さっきそこで天使様にお会いしたものだから・・」「また“天使様”か。いい加減にしろよ。そんなの、居る訳ないだろう?」姉の言葉を聞いたクリスティーナはそう言って溜息を吐くと、彼女の手を握った。「みんなの所に戻ろう。」「ええ、解ったわ。」ガブリエルが女官達の元へと戻ると、彼女達は安堵の表情を浮かべた。「ガブリエル様、勝手に何処かへお行きにならないでくださいませ。」「みんな、ごめんなさい。」 王宮へと戻ったガブリエルとクリスティーナは、それぞれ自分の部屋で夕食の時間になるまで好きな事をして過ごした。「ねぇクリス、今夜は一緒に寝てもいい?」「いいよ。」 その日の夜、ガブリエルはクリスティーナと同じベッドで寝た。「ねぇ、昼間言っていた“天使様”って、どんな顔をしていたのさ?」「ブロンドの髪が綺麗で、わたしと同じ色の瞳をしていたの。とても優しそうな人だったわ。」 ガブリエルはそう言うと、首から提げていたカメオのネックレスを取り出してクリスティーナに見せた。「それは?」「天使様から頂いたの。」「へぇ、綺麗だな。それに高価そうだし、そんな物を貰っても大丈夫なのか?」「大丈夫よ、天使様がわたしにあげるとくださった物だもの!」「そう。もうそろそろ寝た方がいいぜ、姉上。こんな時間まで俺達が起きているのを知ったら、世話係の女官から色々と小言を言われるからな。」「そうね、お休み。」 プラハ城で皇太子主催の舞踏会が行われ、その舞踏会には各国の貴族や王族達が出席していた。 彼らの注目を集めたのは、三児の母となっても美しいスタイルを維持しているアレクサンドラ皇女の姿だった。「ガブリエルとティナはもう寝たのかしら?」「二人なら大丈夫だ。アレクサンドラ、わたし達はパーティーを楽しもう。」「ええ・・」にほんブログ村
2016.08.07
第二部『可愛げのない子だこと。』『いくら顔がよくて学が出来てもあれじゃぁねぇ・・どうして旦那様はあんな子を・・』『悪魔の子を溺愛なさるなんて、旦那様は正気の沙汰じゃないわ。』 また、幼い頃の夢を見た。忌まわしい身体を持って生まれた所為で、大人達から誹謗中傷されていた頃の夢を。「・・兄者?」ゆっくりとエドアールが目を開けると、そこには自分と同じ深紅の瞳で心配そうに見つめている最愛の弟の姿があった。「酷く魘(うな)されていたが、大丈夫なのか?」「大丈夫だよ。子供の頃の夢を見ていたんだ。」「そうか・・」エドアールの言葉を聞いたレオンハルトは、眉間に皺を寄せた。「そんな顔をしないで。たかが夢ごときに怒らないで。」エドアールはそう言うと、そっと弟の頬を優しく撫でた。「兄者を傷つけるものは、たとえ夢であっても許さん。」「ふふ、お前は過保護過ぎるね。僕ばかり構っていると、奥さんに捨てられてしまうよ?」エドアールがそっとレオンハルトの股間へと手を伸ばすと、そこは再び熱を持ち始めていた。「お前は元気だね。」「あ、兄者・・」「大丈夫、僕に任せて。」エドアールはレオンハルトの唇を塞ぐと、彼と共に再びシーツの海の中へと潜った。「アレクサンドラ様、起きていらっしゃいますか?」「ええ、起きているわよ。何かあったの?」「皇帝陛下がお呼びです。」「解ったわ。」 軽く身支度を済ませたアレクサンドラが皇帝の私室へと向かうと、そこにはルドルフの姿と部屋の主であるフランツの姿があった。「陛下、お呼びでしょうか?」「アレクサンドラ、これは何だと思う?」フランツはそう言うと、一枚の紙をアレクサンドラとルドルフに見せた。その紙は、DNA鑑定書だった。「これは何でしょうか?」「とぼけても無駄だ。この紙はクリスティーナとガブリエル、そしてユリウスのDNA鑑定書だ。」俯いていた顔を上げ、アレクサンドラがフランツの握っているDNA鑑定書を見ると、そこには衝撃の真実が記されていた。“親子である確率は、99.999%”「お前達は、ずっとわたしを騙してきたのか?」「父上、それは・・」「お前がアレクサンドラを捜す理由が今まで解らなかったし、お前達が男女の関係となっていることも今まで知らなかった。だがそれを知ってしまった以上、お前達には何らかの処分を下すしかない。」「陛下、わたくし達は罰せられて当然の事をしました。ですが子供達は・・ガブリエルとクリスティーナとユリウスにだけはどうか処罰を与えないでくださいませ!」 アレクサンドラがそう懇願して祖父を見ると、彼は低く唸った後、こう言った。「考えておこう。ルドルフ、お前はこれからどうするつもりだ?」「いつか子供達には真実を私の口から伝えるつもりです。その日まで父上、この事は決して口外なさらないでください。」「いいだろう。二人とももう下がれ。」「失礼します。」 ルドルフとアレクサンドラが皇帝の部屋から出て行くと、ルドルフはアレクサンドラの手を握った。「アレクサンドラ、子供達の事は心配しなくていい。」「ですがお父様、お祖父様は・・」「父上は冷酷な方ではない。さぁアレクサンドラ、もう休め。」「お休みなさいませ、お父様。」「お休み。」 翌朝、ルドルフとアレクサンドラは公務の為プラハへと向かう事になった。「じゃぁ二人とも、行ってくるわね。」「行ってらっしゃい、お母様。」「母上、お気をつけて。」アレクサンドラは駅まで見送りに来たガブリエルとクリスティーナと抱擁を交わした後、ルドルフと共に専用列車へと乗り込んだ。二人が乗った列車がカーブを曲がって駅舎から見えなくなるまで、ガブリエルとクリスティーナは彼らに手を振った。「さぁお二人とも、王宮に戻りますよ。」「わかった。」女官達に連れられてクリスティーナが駅舎から出ようとした時、隣に居た筈のガブリエルの姿がないことに彼女は気づいた。「クリスティーナ様、どちらへ?」「姉上を捜してくる!」クリスティーナは女官の手を振り払うと、雑踏の中へと走り出した。一方、ガブリエルはクリスティーナ達と逸れ、広い駅舎内で迷子になっていた。(みんな、何処に行っちゃったのかしら?)ガブリエルがそんな事を思いながら駅舎の出口を探していると、ガブリエルは一人の青年とぶつかった。「ごめんなさい・・」「怪我はないかい、お嬢さん?」そう言ってガブリエルに微笑んで手を差し伸べたのは、エドアールだった。「天使様・・」にほんブログ村
「兄者、これからどうするんだ?」「シャワーを浴びて来るよ。」「そうじゃない、今後の事について聞いているんだ!」「それは後で考えるよ。」青年はそう言うと自分を険しい目で見つめている弟に微笑むと、部屋から出て行った。「貴方、こちらにいらしていたのね。」青年と入れ違いに、一人の女が仏頂面を浮かべながら部屋に入って来た。「こんな夜中に何の用だ?」「あら、妻であるわたくしが貴方に会いに来るのにわざわざ理由をつけなければいけないのかしら?」女―青年の弟であるレオンハルトの妻・シュティファニーはそう言うと夫を睨んだ。「今日、お義父様に子供はまだかと催促されてしまったわ。」妻が不機嫌な理由はそれだったのかと、レオンハルトはそう思いながら彼女に背を向け、窓の外を見た。「子供は天の授かりものだ、催促して出来るようなものではないだろう?」「わたくしもそうお義父様に言いましたわ。お義父様は結局、子供が出来ない事をわたくしの所為にしたいのよ。貴方、もしかしてここに女を連れ込んでいるのではなくて?」「馬鹿な事を言うな。兄者が来ているだけだ。」「またお兄様がいらっしゃっているのね。本当に貴方達は仲がよろしいのね。」夫の口から“兄”という単語が出た時、シュティファニーの眉間に皺が寄った。「兎に角、子供の事は真剣に考えてくださいな。わたくしに落ち度がなくても、結局お義父様達に責められるのはわたくしなのですから。」シュティファニーはそう言い捨てると、そのまま居間から出て行った。「誰か来ていたのかい?」居間のドアが開き、素肌にガウンを纏ったレオンハルトの兄・エドアールが入って来た。「シュティファニーだ。どうやら、子供の事で父達に色々と嫌味を言われたらしい。」「そう。ねぇレオンハルト、僕の事が心配で堪らないのは解るけれど、少しは自分の奥さんの事を構ってあげないと駄目だよ?」エドアールはレオンハルトの隣に腰を下ろすと、そう言って彼を見た。その時、ガウンの合わせ目からエドアールの豊満な乳房が見え、レオンハルトは慌ててそこから目を逸らすと、エドアールはクスクス笑いながら弟にしなだれかかった。「今更恥ずかしがることではないだろう?」「だが・・」「お前が僕の家に来た目的は、一つしかない。そうだろう、レオンハルト?」エドアールは血を分けた弟の前でガウンの腰紐を外し、美しい裸身を晒した。「あ、兄者・・」「身体は正直だね、レオン。」深紅の瞳で弟を見つめたエドアールは、彼の主張し始めた股間をそっとズボンの上から触ると、レオンハルトは堪らず兄をソファの上に押し倒した。「ふふ、慌てん坊だね。夜はまだ長いよ。」「兄者・・」「この事は、お前の奥さんには秘密だよ?」エドアールは人差し指を唇の前に翳すと、弟の愛撫に身を委ねた。 生まれた時から、エドアールは両性具有の身として生を享(う)けた。名家の御曹司として生まれた彼は、己の身体の忌まわしい秘密を抱えながら、「男」として25年間生きて来た。 しかし、双子の弟・レオンハルトにその秘密が露見したのは、15歳の時だった。英国の名門寄宿学校へ進学し、寮で同室となったレオンハルトにエドアールは入浴中の裸を見られてしまったのだった。 その時から、二人は一線を越え、その関係はレオンハルトがシュティファニーという妻を迎えた今になっても続いている。 幼少期のトラウマの所為で、男から身体を触られることに激しい嫌悪感を抱くエドアールだったが、血を分けた弟と手を握ったり、キスをしたりといった行為は平気だったし、セックスも苦痛ではなかった。「ねぇ、もし僕が妊娠したらどうする?」「その時は、俺が兄者を守る。」「そう・・」 情事後の気怠い空気の中、全裸になったエドアールは、弟の言葉を聞いて笑顔を浮かべ、彼の裸の胸にしなだれかかった。「ねぇ、あの子は無事解放されたかな?」「あの子とは誰だ、兄者?」「僕と同じ身体を持ったアレクサンドラ皇女から生まれたお姫様さ。名前は忘れてしまったけれど、また会えるといいな。」「俺も一度会いたいものだな、そのお姫様とやらに。」 暖炉の前で兄弟が再び睦み合っている頃、無事王宮へ戻ったガブリエルは、眠る前に寝室でアレクサンドラから絵本を読み聞かせて貰っていた。「貴方が無事に帰って来てくれて良かったわ。怪我がなくて良かった。」「お母様、わたしね、天使様を見たのよ。」「天使様?」「うん。わたしと同じ紅い瞳をした綺麗な顔をした天使様だったよ。いつかまた会えるといいなぁ。」「そうね。きっと会えるわよ。さぁ、今夜はもう疲れたでしょう、お休みなさい。」「お休みなさい、お母様。」 ガブリエルは寝室でゆっくりと目を閉じると、自分と同じ瞳をした天使と遊ぶ夢を見た。(天使様と、また会えるかなぁ?)―第一部・完―にほんブログ村
2016.06.04
隣室でセルビア語の怒鳴り声が聞こえ、ガブリエルは恐怖で身を竦ませた。 王宮から一人の女官に外へと連れ出され、薬品が染み込んだハンカチを押し当てられて気絶した後、ガブリエルは目が覚めるとウィーンの貧民街にあるボロアパートの一室に監禁されていた。“監禁”といってもガブリエルを拉致した犯人グループはガブリエルの手足を拘束したり、目隠しをしたりしなかったし、ガブリエルにトイレへ行く許可をやり、食事を与えたりするなど、ガブリエルを丁重に扱っていた。 隣室で彼らが何を言い争っているのかは解らないが、ガブリエルは早く誰かがここから連れ出してくれればいいのにと思いながらゆっくりと目を閉じて眠った。『あら、眠っているよ。可愛い寝顔だねぇ。』 ガブリエルの部屋のドアが開き、ガブリエルを誘拐した女官・クレアがそう言ってベッドで横になって眠っているガブリエルのブロンドの髪を優しく梳いた。『クレア、宮廷からの連絡はまだか?』『焦ることはないさ。すぐに向こうは5万ユーロを用意してくれるだろうよ。いくら怜悧狡猾な皇太子様だって、自分の息子の命は惜しいだろうからね。』『何を馬鹿な事を言っている、クレア。こいつの父親は不明の筈だろう?』『それは表向きの事で、あたし達は皇太子様とアレクサンドラ様が実の親子でありながら男女の関係になっていること位知っているのさ。』『お前、まさかそのことを公にする気で、この餓鬼を攫ってきたっていうのか?』『ああ。まぁ、あたし達も大人しく宮廷が動くのを待つとしようか。』クレアはそう言って共犯者に向かって笑みを浮かべた。「ルドルフ様、5万ユーロの用意が出来ました。」「そうか。」 ルドルフが執務室で犯人からの連絡を待っていると、机の上に置いていたスマートフォンが着信を告げた。『5万ユーロは用意できたか?』「ああ。次は何をすればいい?」『その5万ユーロを持ってプラーターに来い。』 数分後、ルドルフは5万ユーロを入れたアタッシュケースを抱えてプラーターへと向かった。 昼間は観光客や家族連れで賑わうプラーターは、深夜になると不気味な程静まり返っていた。「すぐに来たね。もう来ないのかと思ったよ。」 霧の中から、ガブリエルの首筋にナイフを突きつけながら誘拐犯の女官が現れた。「お父様!」「大きな声を出すんじゃないよ!」「ごめんなさい・・」 ガブリエルは真紅の瞳に涙を溜めながら俯いた。「ガブリエルには手を出すな、ここに金が入っている。金はお前達の好きにするといい。」ルドルフはそう言うと金が入ったアタッシュケースを女官の方に蹴ると、彼女は満足そうな笑みを浮かべながらそれを拾い、ガブリエルの背中を押した。「さようなら、可愛いお姫様。」「また会える?」「会えないよ。さぁ、あたしの気が変わらない内にお父様の元へお行き。」「さようなら。」ガブリエルはクレアに別れを告げ、彼女に背を向けルドルフの元へと駆けていった。「お父様!」「ガブリエル、無事で良かった。さぁ、おうちへ帰ろう。」「はい。」ルドルフとガブリエルがプラーターを後にするのを見たクレアは、大金が入ったアタッシュケースを提げ、霧に包まれたウィーンの街を歩いていた。 あと少しで自宅アパートの部屋に辿り着こうとした時、彼女の前に一人の青年が現れた。 「金は?」「こちらに。」「そう、有難う。」クレアに微笑んだ青年は、そう言って彼女に近づき、躊躇いなく隠し持っていた短剣で彼女の頸動脈を切り裂いた。「・・・様、何故?」「お前はもう用済みだからだよ。そんな事も解らないなんて、最期まで馬鹿な女だ。」 形の良い、桜色の唇から紡ぎ出される言葉は毒と棘を含んでいた。 血溜まりの中で息絶えるクレアの姿を冷たく見下ろした青年は、アタッシュケースを掴んで霧の中へと消えていった。「兄者、何処へ行かれていたのだ、心配したのだぞ?」「ああ、ごめん、ごめん。ちょっと用事を済ませてきたのさ。」「そうか・・兄者、怪我をしたのか!?コートに血がついているぞ!」「大丈夫、これは返り血さ。」青年はいつも自分の身を案じる過保護な弟に向かって屈託のない笑みを浮かべた。「あ~あ、これじゃぁもう着られないね。」「俺が外へ捨てて来る。」「有難う。」にほんブログ村
突然隣の隣室から聞こえた怒鳴り声に、ガブリエルは恐怖で顔を引き攣らせた。「大丈夫よガブリエル、隣の人が喧嘩をしているだけよ。」アレクサンドラはそう言って今にも泣きだしそうになっているガブリエルの手を握った。「食事の最中に喧嘩とは、隣は一体何をしているんだ?」「さぁ・・」アレクサンドラとルドルフがそんな話をしていると、隣の個室から誰かが出て来る気配がした。「クリスティーナ、更衣室で何か嫌な事でもあったの?」「まぁね。俺が着替えようとしたら、新体操クラブの奴らが来て男子更衣室はあっちだってからかわれただけさ。まぁ、こっそりとからかってきた奴の髪にガムをくっつけてやったけど。」「言わせたい奴には言わせておけばいい。お前はお前らしくあればいいんだ、ティナ。」「有難う、お祖父様。」「おいおいティナ、わたしはまだお爺さんと呼べる年じゃないぞ?」「じゃぁ、何とお呼びすればいいですか?」「名前で呼んでくれ。“皇太子様”と今更他人行儀な呼び方はして欲しくないし、そっちの方が気楽でいい。」「じゃぁ、ルドルフ様とこれからお呼びしますね。」クリスティーナがそう言ってルドルフに笑顔を向けた時、給仕がデザートを運んできた。「こんなに沢山食べたのは久しぶり。」「そうだな。アレクサンドラ、少し飲み過ぎたんじゃないか?」「あら、そうかしら?」 レストランから出たルドルフは、アレクサンドラが覚束ない足取りで店から出て行こうとしていることに気づき、彼女を必死に抱き留めた。「すいません。お父様、子供達は?」「レナードが見てくれている。あいつは昔と少しも変わっていない。」「お父様は、レナードさんとどのように知り合われたのですか?」「子供の頃、母上に連れられてバイエルンに行って、湖で遊んでいたわたしは水中で足が攣って溺れてしまった。女官や侍従達が慌てふためく中で、真っ先に湖に飛び込んでわたしを救ってくれたのがレナードだった。」「まぁ、まるで映画のような出逢いですわね。」「そうだな。それから色々とあって、レナードとはあることが原因で袂を分かつことになってしまった。」「あること?」「些細な事で、わたしがレナードを誤解してしまった。後日わたしは自分が間違っていたことに気づいて、彼に謝罪しようとしたが・・その時既に彼はウィーンを発ってしまっていた。」「まぁ・・それから、レナードさんとは音信不通のままだったのですか?」「ああ。その出来事の後、わたしは結婚の準備に追われていたから、彼を捜そうにも時間がなかった。いや、わたしは敢えて彼と距離を置く為に、彼を捜そうとしなかったのかもしれない。」「お父様・・」「済まない、こんな話をしてしまって。さぁ、家に帰ろう。」「はい。」 アレクサンドラとルドルフがレナード達の待つ車へと向かおうとした時、突然カメラの眩いフラッシュが二人を襲った。「さっきのは一体何だったのでしょう?」「さぁ・・」 アレクサンドラはそう言って首を傾げると、そのままルドルフと共に車に乗り込んだ。「お帰りなさいませ、皇太子様。皇帝陛下がお呼びです。」「わかった。レナード、済まないが子供達を部屋へ連れて行ってくれないか?」「かしこまりました、ルドルフ様。」 車から降りたレナードがガブリエルとクリスティーナを連れて廊下を歩いていると、一人の女官が彼らの元へ駆け寄って来た。「レナード様、大変です!」「何かあったのですか?」「実は先ほど、爆破予告の電話が王宮に掛かって来たのです。」「それは、皇帝陛下もご存知なのですか?」「はい。レナード様、ガブリエル様達を連れて王宮から避難してください!」 女官に誘導されながら、レナード達は再び王宮の外へと出た。だが、自分達の他に王宮内に居る人間達が外から出て来る気配がない。「あの、本当に爆破予告の電話があったのですか?」不審に思ったレナードが自分達を誘導した女官にそう話しかけると、彼女は突然ガブリエルの腕を掴んで自分の方へとガブリエルを引き寄せた。「ガブリエル様に何をする!」「おっと、動くんじゃないよ。少しでも動いたら、この子が死ぬよ。」そう言った女官の手には、ナイフが握られていた。「お前は一体何者だ!?」「皇太子様に伝えな。可愛い我が子を死なせたくなかったら、5万ユーロ用意しろと。」女官はガブリエルの首筋にナイフを突き立て、そのまま闇の中へと消えていった。「レナード、ティナ、無事か!?」「ルドルフ様、女官がガブリエル様を攫いました!ガブリエル様を死なせたくなったら、5万ユーロを用意しろと・・一体、どういう事なのですか?」 レナードがそう言ってルドルフの方を見ると、彼は険しい表情を浮かべていた。「さっき父上から部屋へ呼ばれて、この王宮内に反政府勢力のスパイが潜んでいるという報告を受けた。胸騒ぎがしてお前達を探していたら、侍従からそのスパイにお前達が外へと連れ出されていたと聞いてやって来たが、遅かったか。」「ルドルフ様、ガブリエル様を救う為に5万ユーロを用意いたしましょう。」「解った。レナード、お前は警察に通報してくれ。」「レナード、姉様は助かる?」「ご安心ください、クリスティーナ様。ガブリエル様はわたしとルドルフ様が必ず救出致します。」 ガブリエルが誘拐されてから数分後、警察が王宮へとやって来た。「先ほど犯人から電話がありました。犯人の居場所が特定されましたので、今から向かいます。」「わたしも一緒に行こう。」(ガブリエル、どうか無事でいてくれ!)にほんブログ村
2016.05.28
週が明け、クリスティーナのフェンシングの試合を観戦する為、ルドルフはアレクサンドラ達とレナードを連れて試合会場である市民体育館へと車で向かっていた。「お父様、本当にご自分で運転してもよろしいのですか?最近物騒ですし、運転手の方を雇った方がよいのでは?」「そっちの方が危険だろう。最近は使用人に紛れ込む暗殺者も居るらしいからな。紹介状を持っている者でも、素性が判らない相手は宮廷には入れない方がいい。」「そうですわね。それにしても、この渋滞を抜けるまでティナの試合が始まる時間まで間に合うかしら?」「大丈夫だろう。サミットが来週開催されるから、交通規制が敷かれて渋滞しているんだろう。」ルドルフはそう言って前方を眺めていると、突然一人の警察官が運転席側の窓を叩いて来た。「何か?」「申し訳ありませんが、免許証を拝見しても宜しいでしょうか?」「解った。」ルドルフは警察官に素直に従うと、彼に免許証を見せた。「有難うございました。お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした。」「仕事、頑張ってくれ。」自分に向かって敬礼する警察官に笑顔を浮かべたルドルフは、渋滞を抜けた後体育館まで車を走らせた。 試合会場にある体育館には、聖マリアアカデミーの生徒達やフェンシングクラブの保護者でひしめき合っており、ルドルフ達が体育館に入って来ると、ルドルフの姿を見た母親達が一斉に黄色い悲鳴を上げた。「お父様は相変わらず国民の人気者ですわね。」「それは褒め言葉として受け取っておこう。混まない内に二階席へ行くぞ。」「はい。」アレクサンドラがユリウスを抱いて二階席へと向かおうとした時、彼女は段差に躓(つまず)いて転倒しそうになった。「大丈夫ですか、アレクサンドラ様?」「大丈夫よ、有難うレナード。」「ユリウス様はわたしが抱きましょう。」アレクサンドラからユリウスを受け取ったレナードが彼女と共にルドルフ達が待つ二階席へと向かうと、ルドルフは見知らぬ黒髪の女性と何処か親しい様子で話をしていた。「皇太子様、こちらの方は?」「あら、貴方は確かレナード様ではなくて?」レナードの姿に気づいた黒髪の女性はそう言うと、好奇心と野心に満ちた瞳を彼に向けた。「マリー、どうして貴方がここに居るの?」背後に立っていたアレクサンドラが柳眉をつり上げてかつての親友の名を呼ぶと、彼女は口端を歪めて笑った。「わたしは娘の試合を観に来たのよ、貴方と同じでね。ほら、貴方の娘の対戦相手が、わたしの娘よ。」黒髪の女性―アレクサンドラの元親友・マリー=ヴェッツェラは、そう言うと持っていた扇子でクリスティーナと対戦しようとしている少女を指した。その少女は母親と瓜二つの顔をしていて、何処か生意気そうだった。「貴方の娘さんって、貴方にちっとも似ていないわね?」「あら、クリスティーナはわたしの母に似たのよ。美人のDNAを受け継いでいるの。貴方の娘さんは、顔も性格も貴方にそっくりなのでしょうね。」アレクサンドラはクリスティーナの容姿をマリーに貶(けな)されると、すかさず彼女に嫌味を言った。 マリーとアレクサンドラが無言で睨み合っていると、試合が始まった。「ティナ、頑張れ~!」「ティナ、負けるな!」ルドルフとガブリエルの声援を受け、クリスティーナは試合で見事優勝した。「ティナ、優勝おめでとう。」「有難う、お祖父様。」「素晴らしい試合だったわよ、ティナ。」「有難う、お母様。」 家族から祝福されているクリスティーナとは対照的に、マリーの娘・レオナはマリーに怒鳴られて俯いていた。「あなたって子は、どうして本番に弱いのかしら!」「ごめんなさい、お母様・・」「あらマリー、もう帰ってしまうの?これからわたし達食事に行くのだけれど、貴方達もご一緒にいかが?」「いいえ、結構よ。急用を思い出したの。行くわよ、レオナ!」 マリーはそう言うとレオナの手を引っ張り、体育館から出て行った。「あの子ったら昔から変わっていないわね。さぁティナ、早く着替えて食事に行きましょう。」「はい、お母様。」 クリスティーナが着替えの為に女子更衣室に入ると、そこには新体操クラブに所属する三人の少女達がレオタードに着替えて出て行こうとしている所だった。「男子の更衣室はあっちよ。」少女達の一人がそう言ってクリスティーナを見ると、他の二人が彼女の言葉を聞いて笑った。クリスティーナは彼女達を無視して、自分のロッカーを開けて私服に着替えて更衣室を出るとき、擦れ違いざまに自分をからかってきた少女の髪にガムをつけた。「遅かったわね、どうしたの?」「ううん、別に。」「さぁ、道が混まない内にレストランへ行こう。」「はい、お祖父様。」 ルドルフ達が昼食の為に入ったレストランの個室で前菜を食べていると、突然隣の個室の方から男の野太い怒鳴り声が聞こえた。「こんな時期にお前は一体何を考えているんだ!」にほんブログ村
2016.05.27
レナードがガブリエルの部屋からスイス宮へと向かう途中、アレクサンドラの部屋の前に人だかりが出来ている事に気づいた。「アレクサンドラ様のお部屋の鍵が誰かに壊されていたのですって・・」「まぁ、物騒ね。犯人は一体誰なのかしら?」「まさかこの宮殿内に居るのではなくて?」 女官達の噂話を聞きながら、レナードはそのままスイス宮へと向かった。「ルドルフ様、今宜しいでしょうか?」「ああ、入れ。」「失礼いたします。」 レナードがルドルフの執務室に入ると、彼は執務机の前に座って書類の決裁をしていた。「お話したいこととは、何でしょうか?」「単刀直入に言う。レナード、お前はガブリエル達の父親が誰なのか、薄々と気づいているんじゃないか?」「何をおっしゃっているのですか?」「とぼけても無駄だ、レナード。アレクサンドラの部屋の鍵を壊し、新入しようとしたのはお前だろう?」そう言って自分を見つめるルドルフの瞳が怒りに滾っている事に、レナードは気づいた。「いいえ、わたしではありません。アレクサンドラ様の部屋の事は、先程知りました。」「そうか。」ルドルフはゆっくりと椅子から立ち上がると、レナードの前に立った。「お前を疑ってしまって済まなかった。」「いいえ、わたしは気にしていません。それよりもルドルフ様、用件をお話しし下さい。」「実は、今朝こんな物がわたし宛に届いた。」ルドルフは執務机の隅に置いてあった封筒をレナードに手渡した。 封筒には差出人の名前と住所が記されていなかった。「中身は確認したのですか?」「ああ。メモリーカードが一枚入っていた。」ルドルフはメモリーカードを執務机に置かれていたノートパソコンに挿し込むと、画面に複数枚の写真が表示された。 その写真には、ユリウスに授乳しているアレクサンドラの姿や、ルドルフとアレクサンドラが仲良くベッドで寝ている姿などが写っていた。「一体誰がこのような物をルドルフ様に送りつけたのですか?」「今は判らないが、郵便局の消印を見ると中央郵便局から送られて来た事が判った。このメモリーカードの件といい、アレクサンドラの部屋の鍵の件といい、薄気味悪い事ばかりが続く。」「ルドルフ様やアレクサンドラ様の事を憎んでいる相手が、嫌がらせをしたのでしょうか?」「わたしならともかく、アレクサンドラを憎んでいる相手など見当がつかない。あいつは女官達の人気者で、ちょっとした旅行や外出の際には彼女達に土産物の菓子を自ら配っていたし、女官達もあいつの事を慕っていた。」「そうですか。わたしはまだこちらに来て日が浅いので、アレクサンドラ様付の女官達がどのような者達なのかは全く解りません。ですが女同士の付き合いというものは、些細な事が原因でトラブルが起こり易いものです。アレクサンドラ様が気づいていなくても、彼女から馬鹿にされたと感じた者が居るのではないでしょうか?」「お前の言う事も一理あるな。その点も含めて調べてみよう。」ルドルフはそう言うとノートパソコンからメモリーカードを抜き取り、それを鍵付きの引き出しの中にしまった。「レナード、お前にこの事を話しておいて良かった。今回の事は、犯人が判るまで誰にも口外しないでくれ。」「解りました。」レナードがそう言ってルドルフを見ると、彼は溜息を吐いて椅子に座った。「最初の話に戻ろう。お前は、ガブリエル達の父親が誰なのかを知っているのだろう?」「いいえ、誰なのかは全く存じ上げません。」「そうか。ここだけの話だが、あの子達の父親は、このわたしだ。」ルドルフから衝撃的な告白をされ、レナードは驚きのあまり絶句した。「では、ルドルフ様はアレクサンドラ様と男女の関係にあると・・」「ああ。この事はわたしとアレクサンドラの母親、そして亡くなった母上しか知らない。だから、わたしにあのメモリーカードを送り付けて来た犯人が、何故ガブリエル達の出生の秘密を知ったのかが解らないんだ。」「誰かが、ルドルフ様を陥れる為に仕組んだ陰謀なのかもしれません。」「だとすれば、犯人を絞っていけば誰なのかが判るな。レナード、仕事の引き継ぎで忙しい時にわざわざ来てくれて済まなかった。」「わたしの方こそ、ご多忙なルドルフ様がわたしの為にお時間を取ってくださって感謝しております。早く犯人が判るといいですね。」「お前とは久しぶりに食事をしながらゆっくりと話をしたいな。今度の水曜日に、家族でティナのフェンシングの試合を観に行くことになっているんだ、お前も一緒に行かないか?」「喜んでご一緒させて頂きます。」 レナードがルドルフの部屋から出ると、誰かの視線を感じて彼は背後を振り向いたが、そこには誰も居なかった。(気のせいかな・・)レナードがそう思いながら廊下を歩いていると、向こうからアレクサンドラの長女であるクリスティーナ皇女が歩いてくるのが見えたので、レナードは廊下の隅に寄って皇女に会釈した。「クリスティーナ様、こんにちは。」「レナード、姉がいつも世話になっている。挨拶が遅れて済まない。」 五歳とは思えぬほどに礼儀正しい口調で話す皇女の姿に驚いたレナードは思わず彼女の顔を見つめてしまった。「どうした、わたしの顔に何かついているのか?」「いいえ。クリスティーナ様のお姿を拝見していると、昔のルドルフ様のお姿と似ていらっしゃるなと思いまして・・」「そうか。確かレナードは、皇太子様の幼馴染だったな。その話を今度聞かせて貰えないか?」「解りました。ではわたしはこれで失礼致します。」 幼いながらも威厳がある皇女の背中が見えなくなるまで、レナードは彼女に向かって頭を下げた。にほんブログ村
2016.05.24
「ガブリエル、こんな所に居たのか。」「お父様!」 レナードとガブリエルの背後から、丁度公務を終えたルドルフが王宮庭園へとやって来た。「ルドルフ様、こんにちは。」「お前達、こんな所で何をしている?今は勉強の時間じゃないのか?」「勉強ならさっき終わらせたわ。息抜きにレナードが散歩に連れて来てくれたのよ。」「そうか。ガブリエル、勉強は頑張っているか?」「はい、お父様。」「そうか、偉いな。」ルドルフはそう言ってガブリエルの頭を優しく撫でた。「レナード、後で話したいことがある。」「解りました。」「じゃぁガブリエル、また後で会おう。」「はい、お父様。」王宮庭園から去っていくルドルフに元気よく手を振るガブリエルの姿を見たレナードは、先程のガブリエルの言葉を思い出していた。“レナードが良く知っている方よ。”(まさか、ガブリエル様の父親は・・)「レナード、どうしたの?」「いいえ、何でもありません。さあガブリエル様、そろそろお部屋に戻りましょう。」「うん!」 レナードと共にガブリエルが自室に戻ると、テーブルの上にはおやつのクッキーが置かれていた。「レナード、わたし手を洗ってくるから先に食べてもいいわよ。」「わたしも手を洗いましょう。」ガブリエルと共に浴室に入ったレナードは、ガブリエルが手を洗っている隙にブラシについていたガブリエルの髪を一本抜き取った。「このクッキー、美味しいでしょう?このクッキー、お母様がわたしの為に焼いてくださっているのよ!」「そうなのですか?ガブリエル様は優しいお母様をお持ちで羨ましいですね。」「そうかしら?最近お母様、ユリウスに構ってばっかりでわたしの事を愛してくださらないみたいなの。」「そんな事はありませんよ。ユリウス様はまだ手がかかるお年頃なので、アレクサンドラ様はユリウス様のお世話をしながらも、ガブリエル様の事をいつも想っていらっしゃいますよ。」「本当?」「ええ、本当ですよ。」「あら二人とも、何を話しているの?」 レナードとガブリエルがクッキーを仲良く頬張りながらそんな話をしていると、そこへユリウスを抱いたガブリエルが部屋に入って来た。「お母様、クッキーを焼いてくださって有難う。」「貴方の喜ぶ顔が何度でも見られるのなら、毎日焼くわ。今日は、貴方が大好きなチョコレートチップスクッキーにしてみたの。ガブリエル、クッキーを食べた後はちゃんと歯を磨きなさいね。」「はい、お母様!」ガブリエルは元気よく椅子から降りて、歯を磨く為に浴室に入っていった。「レナード、あの子の様子はどう?何か我儘を言って貴方を困らせたりはしていない?」「いいえ。勉強や宿題はちゃんとしていますし、ピアノのレッスンもちゃんと受けています。」「そう。貴方が来る前は、何人もの家庭教師達があの子に匙(さじ)を投げて次々と辞めていったの。丁度その頃は、わたしがユリウスを妊娠中で入退院を繰り返していたから、精神的に不安定な状態が続いていたのよ。」「ガブリエル様はアレクサンドラ様の事を心から愛していらっしゃいます。どうかその事を忘れないでください。」「解ったわ。」アレクサンドラはそう言うと、レナードに微笑んだ。「お母様、さっき王宮庭園でお父様と会ったわ。」「もうガブリエル、その呼び方は止めなさいと言ったでしょう?」「でも、お父様はお父様だもの!」そう屈託なく言ったガブリエルの姿に、アレクサンドラは内心溜息を吐いた。この部屋にはレナードと自分しかいないからいいものの、近くで噂好きの女官達が盗み聞きしているかもしれない。「レナード、ごめんなさいね。この子ったら、皇太子様の事をお父様と呼ぶ癖が直らないのよ。」「いいえ、最近ではお互いファーストネームで呼び合ったりするお爺ちゃんや孫もいらっしゃるようですし、皇太子様はガブリエル様から見ればお祖父様というよりはお父様とお呼びになった方が相応しいかと。」「ふふ、それもそうね。皇太子様はまだ三十代ですもの、お祖父様とガブリエルから呼ばれたくないわよね。」 レナードの言葉にアレクサンドラは一瞬ヒヤリとしたが、慌てて彼にそう言うと笑顔を浮かべた。その時、眠っていたユリウスがもぞもぞと動き出したかと思うと、彼は癇癪を起こして激しく泣き始めた。「まぁユリウス、一体どうしたの?」「ユリウスはきっと、トイレに行きたいのではなくて、お母様?」「じゃぁガブリエル、またお昼に会いましょうね。」泣きじゃくるユリウスのおむつを替える為、アレクサンドラがガブリエルの部屋から出て来ると、廊下には一人の女官が控えていた。「どちらへ行かれるのですか、アレクサンドラ様?」「ユリウスのおむつを替えに部屋へ行くの。何故そんな事をいちいち聞くの?」「申し訳ございません。」その女官はアレクサンドラに頭を下げると、慌てて何処かへと行ってしまった。(変な人ね・・余り関わらないようにしよう。) アレクサンドラはユリウスを抱きながらドアの鍵穴に鍵を挿し込んで部屋の中に入ろうとした時、誰かがドアの鍵穴を壊した跡を見つけた。にほんブログ村
「ルドルフ様・・」「こんなめでたい席で辛気臭い話は止そう。それよりもお前、ガブリエルに相当気に入られたようだな?」「ええ。」レナードはそう言うと、ガブリエルの隣に立っている軍服姿の少女を見た。「あの方はどなたです?」「ああ、あれはわたしの孫娘の、クリスティーナだ。」「まぁ、姫君様でいらしたのですか。髪を短くしていらっしゃるので、てっきり男の子かと思いました。」「周囲は、あの子の事を男の子とよく間違えるが、本人はその事を余り気にしていない。それに、ガブリエルの事を姉だと思っている。」「そうですか。今は男女の境目がなくなりつつありますから、性別で外見を決めつける事はもう古い考えなのかもしれません。」「そうだな。新しい時代が来たような気がする。」ルドルフがそう言ってレナードと笑い合っていると、そこへヴァレリーがやって来た。「まぁレナード、お久しぶりね。貴方がマイヤー司祭様の後任に?」「ええ。これから宜しくお願いします、ヴァレリー様。」「こちらこそ。貴方と毎日会えるなんて、嬉しいわ。」ヴァレリーがそう言ってレナードに微笑むと、クリスティーナとガブリエルが彼らの元へとやって来た。「ねぇレナード、わたしと一緒に遊びましょう!」「お姉ちゃん、レナード様は長旅で疲れていらっしゃるんだ。遊ぶのは明日にしようよ。」「嫌よ、今遊ぶの!」ガブリエルはそう言うと、唇を激しく震わせた。それを見たルドルフはガブリエルが癇癪(かんしゃく)を起こしそうだと解り、すかさずガブリエルの手を握ってガブリエルを優しく宥(なだ)めた。「ガブリエル、もう今夜は遅いのだから、遊ぶのは明日にしよう。」「嫌、今遊ぶの!」「ガブリエル、駄目でしょう、そんな大声で騒いだりしたら!」 ユリウスの授乳を終え、大広間に戻ったアレクサンドラは、そう言うとガブリエルを睨んだ。「さぁ早くベッドに入りなさい!」「嫌、嫌~!」「もう、聞き分けが悪い子ね!」アレクサンドラはガブリエルの手を引っ張り、大広間から連れ出そうとすると、ガブリエルは激しく癇癪を起こし、大理石の床に座り込んだまま動かなくなった。「早くしなさい、そんな事をしても駄目よ!」「アレクサンドラ様、ここはわたしにお任せください。」 レナードはそう言うと、ガブリエルの前に屈み込んだ。「ガブリエル様、今日は貴方様のお誕生日パーティーでしょう?パーティーの主役がそんな顔をされてはいけませんよ?」「だって、お母様が意地悪を言うから・・」「お母様は決してガブリエル様に意地悪をおっしゃっておりませんよ。ガブリエル様を心配為さっておられるから、つい厳しく叱ってしまうのです。」「そうなの?」「ええ、そうですよ。ですからガブリエル様、今夜はお部屋でゆっくりとお休みくださいませ。」「解ったわ。」ガブリエルはそう言って泣き止むと、レナードの手を繋いで立ち上がった。「レナード、わたしのお部屋に行きましょう。」「はい、ガブリエル様。」 ガブリエルは寝室のベッドで、レナードに絵本を読み聞かせて貰いながら眠った。 ガブリエルがベッドで寝息を立てていることを確認したレナードは、そっとガブリエルの寝室から出て行き、翌朝のミサの準備をする為に、自室へと戻った。 翌朝、レナードが小鳥の囀(さえず)りを聞きながらベッドから起き上がり、身支度をしていると、ドアから控えめなノックの音が聞こえた。「レナード様、アレクサンドラ皇女様がお呼びです。」「解りました、すぐに参ります。」 レナードは自室から出て、アレクサンドラの部屋へと向かった。「昨夜はガブリエルが貴方を困らせてしまって御免なさいね。」「いいえ。アレクサンドラ様、朝食の席にご招待頂き有難うございます。」「この店のサンドイッチは絶品よ。貴方と一緒に食べたくて朝食に誘ったの。さぁ、頂きましょう。」「はい。」「貴方は、お父様とは古いお知り合いだそうね?」「皇太子様とは、幼少の頃から交流があります。それが何か?」「いいえ、ただ聞いてみただけ。それよりも、ガブリエルはよく貴方に懐いているようだから、貴方にガブリエルの養育係を頼みたいの。」「それで、わたしを朝食にご招待したのですね。」「引き受けてくださらない?わたし一人だと、あの子の面倒を見るのは大変なの。いつも些細な事で癇癪を起こすし、困らせるような事ばかりするのよ。わたしの言う事を聞かないのに、お父様やヴァレリー様の言う事はちゃんと聞くから、何だかあの子が憎らしく思えて仕方がないの。」アレクサンドラの愚痴をレナードは静かに聴いた。「アレクサンドラ様、暫くガブリエル様と距離を置かれた方がよいのかもしれませんね。」「では、あの子の養育係を引き受けてくださるの?」「はい。それがアレクサンドラ様とガブリエル様の為になるのならば、快く引き受けましょう。」「有難う。仕事が忙しいのに、無理を言って済まないわね。」「いいえ、お気になさらず。」レナードはそう言うと、アレクサンドラの手を握った。 その日から、レナードはマイヤー司祭から仕事の引き継ぎをしながら、ガブリエルの養育係を務めることになった。 子沢山の家庭に育ち、よく下の兄妹達の面倒を見ていたレナードにとって、子供の相手をするのは苦痛ではなかったし、レナードはガブリエルの事が好きだったし、ガブリエルの方もレナードが気に入っていた。「ねぇ、レナードは結婚しないの?」「はい。ガブリエル様は、将来どのような方と結婚したいですか?」「お父様のような素敵な方と結婚したいわ。」「お父様のような方、ですか?それは一体どなたの事でしょうか?」「レナードが良く知っている方よ。」にほんブログ村
2016.05.18
「ガブリエル様、お誕生日おめでとうございます。」「有難う。」 パーティーの主役であるガブリエルにレナードが挨拶すると、ガブリエルは彼に笑顔を浮かべた。「そのドレス、とても良く似合っておりますよ。」「ありがとう。曽(ひい)お祖父様は、わたしに軍服を着ろって言ったのよ、わたしが軍服を着るのが嫌いな事を知っているのに。」「ガブリエル、陛下の悪口を言ってはいけません。」 曽祖父の悪口を言い出したガブリエルをアレクサンドラはそう窘めたが、ガブリエルは不満そうに鼻を鳴らした。「自分の好みではない服を着るのは、誰だって嫌ですよね。」レナードはガブリエルの言葉にそう相槌を打つと、ガブリエルに微笑んだ。「ねぇ、お前はこれからわたしと一緒に遊んでくれるの?」「申し訳ありませんが、わたしはこれから仕事で忙しくなりますので、余りガブリエル様と遊べないと思います。」「何だ、つまんないの!」「ガブリエル、初対面の方に向かってその口の利き方は何ですか!」アレクサンドラはそう言うと、キッとガブリエルを睨んだ。「もう寝る時間よ、お母様と一緒にお部屋に戻りましょう。」「え~!」「アレクサンドラ様、先程の事を気にしておりませんから、どうかガブリエル様の事を叱らないでやってください。」「あら、わたくしは・・」「アレクサンドラ様、そろそろユリウス様が起きられる時間です。」「レナード、申し訳ないけれどガブリエルの相手をしてくださらないかしら?下の子の授乳をしなければいけないの。」「解りました。」アレクサンドラが女官と共に大広間から出て行った後、ガブリエルがレナードの法衣の袖を掴んだ。「レナード、わたしと一緒に踊りましょう!」「はい、喜んで。」 レナードはガブリエルと共に、踊りの輪へと加わった。「ガブリエルの自由奔放なところは、一体誰に似たのだろうな?」「さぁ。父上、今夜のパーティーでガブリエルの笑顔が見られて良かったではありませんか?」ルドルフがそう言ってフランツを見ると、彼は軽く咳払いした。「わたしも少しあの子に無理をさせてしまった。あの子は軍服を着るのが嫌いな事を知っているのに、何故か意地を張ってしまった。」「誰だってそういう事はあるものです。それにしてもレナードは、昔と変わらず子供に好かれているようですね。」「そうだな・・」 ルドルフは父と話しながら、レナードと初めて会った時の事を思い出していた。あの時、ルドルフは9歳、レナードは12歳だった。 バート・イシュルで夏の避暑に訪れていたルドルフは、その帰りで母の実家があるバイエルンへと立ち寄った。 バイエルン滞在中、母親は従兄弟にあたるルートヴィヒ二世と遠乗りなどをして楽しんでいたが、何もない田舎にルドルフは飽き飽きしていた。そしてある日、ルドルフは気晴らしにシュタルンベルク湖へ泳ぎに行った。 日が暮れる前に戻ろうかとルドルフが湖から上がろうとした時、彼は水中で足が攣(つ)って溺れてしまった。「ルドルフ様!」「誰か、誰か来て~!」 ルドルフの異変に気づいた女官達が慌てふためきながら助けを呼びに行っている間に、一人の少年が着衣のまま湖へと飛び込んだ。 訳が解らぬまま、ルドルフは少年の腕に抱かれ、苦しく喘いでいた。「大丈夫?」そう言って自分を見つめた少年の血のように紅い双眸に、ルドルフは心を奪われた。 今思えば、彼が初恋の相手だったのかもしれない。いや、あの時の少年―レナードが、ルドルフの初恋の相手だったのだ。「ルドルフ?」「すいません、昔の事を思い出しておりました。暫く外の風に当たって参ります。」 ルドルフはそう言って座っていた椅子から立ち上がり、人気のないバルコニーへと向かった。 空調が利いている室内から出て、冬の冷気を感じながらルドルフが溜息を吐いていると、そこへガブリエルと遊んでいたレナードがやって来た。「ルドルフ様、こちらにいらっしゃったのですね。」「ああ。それよりもレナード、お前は昔と少しも変わっていないな。」「そうですか?」そう言って自分を見つめるレナードの宝石のような紅い瞳に、ルドルフは再び心を奪われた。「ルドルフ様?」「今も昔も、お前の瞳は綺麗なままだな・・」ルドルフはそう言ってレナードを抱き寄せ、彼の唇を塞いだ。ルドルフのキスを、レナードは拒まなかった。「先ほどアレクサンドラ様にお会いしました。三人目をご出産されたそうですね。」「ああ。ガブリエルはアレクサンドラに赤ん坊を取られると思っていて、我儘(わがまま)を言ってはあいつを困らせてばかりだ。」「いずれ治まりますよ。それよりもルドルフ様、皇太子妃様の事は大変ご愁傷様でした。」「あいつがあんな形で死ぬなど、思ってもみなかった。まぁ、愛のない結婚生活に苦しんだ末の自殺だから、葬儀と埋葬はベルギーで行われたし、あいつが死んだ後は妻の両親と会う事はないだろう。向こうは、わたしの事を心底憎んでいるだろうから。」にほんブログ村
2016.05.13
シュティファニーの事件から、5年の歳月が流れた。 ホーフブルク宮殿では、アレクサンドラの長男・ガブリエルの7歳の誕生日を祝うパーティーの準備で女官達が朝から忙しく動き回っていた。「お姉ちゃん、直ぐに降りて来いよ、怪我をしても知らないぞ!」「大丈夫よ、これくらいの木、登れるわ。」 王宮庭園の一角にある大きな菩提樹の木に、パーティーの主役であるガブリエルが登り、下ではガブリエルの妹・クリスティーナが不安そうにガブリエルを見つめていた。「まぁガブリエル様、いけませんわ!すぐに降りてきてください!」「ティナ、貴方の所為でみんなが来たじゃないの!」木の上で妹に向かってそう言ったガブリエルは、自分に向かって降りて来いという女官達にそっぽを向いた。「一体何が気に入らないんだよ、お姉ちゃん?」「だって曽お祖父様、わたしにパーティーで軍服を着ろって言うんだもの!わたしが軍服嫌いな事、知っている癖に!」「軍服は俺が着るから、お姉ちゃんはドレスを着ればいいだろう?だから、そんなところで駄々を捏ねないで降りて来いって!」「嫌よ、嫌!」ガブリエルはそう叫びながら女官達や妹の手から逃れようと暴れた時、ガブリエルが乗っていた幹が嫌な音を立てて亀裂が走った。 女官達が悲鳴を上げ、目の前で起きた惨事を見ぬよう両手で顔を覆ったが、その代わりに彼女達が見たものは、見知らぬ青年に抱き留められているガブリエルの姿だった。「おやおや、これはとんだ暴れん坊の天使様ですね。」クスクスと笑いながら謎の青年はそう言ってガブリエルに笑いかけると、彼の小さな身体をそっと地面に下ろした。「お前、誰?」「これは申し遅れました。わたしはレナード、本日付でアウグスティーナ教会の司教を任させることになりました。以後宜しくお願い申し上げます、ガブリエル皇女殿下。」「司教ですって?ではお前は男なの?」「はい、そうですよ。」「嘘よ、こんなに綺麗な男、わたし今まで見た事ないもの!」ガブリエルはそう言って青年を睨みつけると、そのまま彼に背を向けて何処かへ行ってしまった。「お待ちください、ガブリエル様!」「お姉ちゃん、待ってよ!」 女官達とクリスティーナがガブリエルの後を慌てて追った後、一人になった青年―レナードは溜息を吐きながら彼女達の後を追い、宮殿の中へと入っていった。「君が、レナード=フェリックス司祭だね?」「はい。ヴァチカンから本日付でアウグスティーナ教会の司教を任されました。大変ご無沙汰しております、マイヤー司祭様。」「暫く会わない内に立派になったね、レナード。初めて君と会った時はまだ少年だったのに、時が経つのは早いものだ。」「ええ。そういえば先ほど、王宮庭園でガブリエル皇女様にお会い致しました。」「ガブリエル様に?」「はい。菩提樹の木から落ちそうになっていたところを、わたしが寸での所で受け止めました。」レナードがそう言って恩師の方を見ると、彼は今にも噴き出しそうな顔をしていた。「どうなさいましたか、マイヤー司祭様?」「君はとんだ勘違いをしているよ、レナード。ガブリエル様は皇女ではなく、君と同じ男だ。」「そうでしたか。可愛いワンピースをお召しになられていたものですから、てっきり皇女様かと・・何て勘違いをしてしまったのでしょう。」マイヤー司祭の言葉を聞いて顔を青くするレナードの肩を、そっとマイヤー司祭は優しく叩いた。「誰しも間違いを犯すことはある。大丈夫だ、レナード。そんな事で皇帝陛下が君に罰を与えるような事はないよ。」「そうですか・・」「それよりも、今日はアレクサンドラ様の誕生日だ。大広間でパーティーが今夜7時に開かれるから、君もわたしと共に来るように。」「解りました、マイヤー司祭様。」 その日の夜、大広間に現れたガブリエルは、レースをふんだんに使ったピンクのドレスを着て現れた。 その隣には、兄の手を握り、凛々しい軍服姿のクリスティーナが立っていた。「まぁ、ガブリエル様、可愛らしいこと。」「それにクリスティーナ様の軍服姿、凛々しいですわね。」「ええ、本当に麗しいご兄妹だこと。」 招待客達は二人の姿を見ながら、そんな会話を交わしていた。「ルドルフ、ガブリエルに軍服を着せろとあれほど言い聞かせておいただろう?」「父上、ガブリエルの好きなようにさせてください。今日はあの子にとって大切な日なのですから。」ルドルフはそう言って渋面を浮かべている父親を宥めていると、大広間にマイヤー司祭と一人の青年が入って来るのが見えた。 その青年の顔を見た瞬間、ルドルフの笑顔が引き攣(つ)った。(レナード、生きていたのか!) 死んだ筈だと思っていたかつての恋人との再会に、ルドルフは激しく動揺しながらも、笑顔の仮面を被って二人の方へ向かった。「マイヤー司祭様、お身体の具合はいかがですか?」「お蔭様で大丈夫です、ルドルフ様。こちらはわたしの後任であるレナード司祭です。レナード、ルドルフ様にご挨拶を。」「大変ご無沙汰しておりました、ルドルフ様。」 マイヤー司祭に促され、レナードは淡々とした口調でルドルフに挨拶した。「レナード、後でわたしの部屋に来い。」 擦れ違いざまにルドルフがレナードの耳元に囁くと、彼は静かに頷き恩師と共にガブリエルの元へと向かった。にほん
2016.05.09
「お父様、お母様は何処?」「エルジィ、お母様は今、天国で幸せに暮らしているんだよ。」 事件から一週間が過ぎ、ルドルフは母の姿を探すエルジィに母の死を告げると、彼女は今にも泣き出しそうな顔をした。「じゃぁ、もうお母様には会えないの?」「そうだね。でも、エルジィにはお父様やアレクサンドラが居る。お前は一人じゃないだろう?」「うん・・」 エルジィの頭を撫でながらルドルフが彼女を慰めていると、そこへそこへアルフレードが部下を引き連れてやって来た。「皇太子様、時間です。」「解った。」「お父様、何処かへ行くの?」「ちょっと用事があってね。すぐに帰って来るから心配しないでくれ。」エルジィを安心させるようにそう言って彼女に微笑んだルドルフは、アルフレードと共に部屋から出た。「娘は母親を亡くしたばかりで、精神的に不安定な状態だ。父親としては放っておけない。」「解りました。お時間は余り取らせませんよ。」「さぁ、どうだか。」 ルドルフが低い声で呟くと、アルフレードは軽く咳払いした。「お母様、お父様は大丈夫かしら?」「大丈夫よ。あの若い刑事の方は皇太子様を疑っていらっしゃるけれど、あの方の上司はとてもいい人だと聞いているわ。」「そうね。でも、警察は犯人を検挙する為ならば拷問まがいの取り調べをするという噂を聞くわ。何でも、長時間眠らせなかったり、大声で恫喝(どうかつ)したりするのですって。」「そんな取り調べがあったのは昔の事でしょう?それに、凶器の拳銃だって未だに見つかってないわけだし。」「そうね・・お父様が、皇太子妃様を殺したりする訳ないわよね。」「アレクサンドラ、貴方突然何を言い出すの?」 ヘレーネが刺繍をする手を止め、険しい目でアレクサンドラを見た。「まさか貴方、皇太子様が皇太子妃様を殺したと思っているの?」「お母様、わたしは・・」「アレクサンドラ、娘の貴方が皇太子様を信じなくてどうするの、しっかりなさい!」 アレクサンドラはヘレーネが突然激昂する姿を初めて見た。「お母様?」「ごめんなさい、わたしったら、最近気分の浮き沈みが激しくて・・つい貴方に怒鳴ってしまったわ。許して頂戴。」「いいえ。それよりも、皇太子妃様の葬儀はいつ執り行われるのかしら?」「その話なのだけれど、今朝ベルギー王室が皇太子妃様のご遺体を引き取りに来られて、葬儀はベルギーで執り行われるそうよ。まぁ、国王ご夫妻のお気持ちを考えたら無理もないわね。」「そうね・・」 アレクサンドラはヘレーネの話に相槌を打ちながらも、自分達に何の許可もなくシュティファニーの遺体を引き取ったベルギー王室に対して怒りが湧いた。 娘を突然喪った国王夫妻の気持ちは理解できるが、エルジィが母親と最期の別れを告げられないなんて、あんまりだ。「アレクサンドラ様、アンナです。」そんな事をアレクサンドラが考えていると、控えめなノックの音とともに、ガブリエルの世話係・アンナの声がドアの向こうから聞こえた。またガブリエルが癇癪(かんしゃく)を起したのだろうか―アレクサンドラは溜息を吐きながらドアを開け、アンナを部屋の中へと招き入れた。「またガブリエルが何かして貴方を困らせたの?」「いいえ。ただ、お召し替えの時にズボンを穿かせようとしたら嫌がって、ワンピースが着たいと駄々を捏ねました。」「それで、今あの子はどうしているの?」「下着姿のままで放って置く事は出来ないので、仕方なくワンピースを着せました。」「そう。あの子は前から何処かおかしいと思っていたけれど、今度病院に行って診て貰った方がいいのかしら?」「アレクサンドラ、暫く様子を見なさい。この事で、ガブリエルを叱っては駄目よ、解ったわね?」「はい、お母様。」 アレクサンドラがヘレーネと共に部屋から出てエルジィの部屋の前に立つと、部屋の中からエルジィとガブリエルの楽しそうな笑い声が聞こえて来た。「二人とも、何をして遊んでいるの?」「お姫様ごっこよ。」 アレクサンドラとヘレーネがエルジィの部屋に入ると、そこにはディズニープリンセスの衣装を着たエルジィとガブリエルの姿があった。「お母様、似合う?」「まぁ、良く似合っていて可愛いわね。」白雪姫のドレスを着たガブリエルの頭をアレクサンドラがそう言って撫でると、ガブリエルは嬉しそうにはにかんだ。「ねぇおかぁたま、おとぅたまはいつ帰って来るの?」「すぐにお祖父様はわたし達の元に帰って来るわよ。それまで良い子にしていなさいね。」「わかった。」「まぁ、何だか賑やかだと思ったら、二人とも可愛い格好をしているじゃないの?」「ヴァレリーたま、お久しぶりです。」「ガブリエル、ちゃんとご挨拶出来て偉いわね。」「ヴァレリー様、お久しぶりです。」「アレクサンドラ、こちらこそお久しぶりね。貴方が大変な時に、会いに行けなくてごめんなさいね。」「いいえ。それよりも貴方達にお土産を持って来たのよ。」そう言ってヴァレリーは、アレクサンドラに高級菓子店の紙袋を手渡した。「まぁ、有難うございます。」「今コーヒーを淹れて参ります。」 アレクサンドラ達が優雅なティータイムを過ごしている頃、ウィーン市内の路地裏を流れている溝(どぶ)から、シュティファニー殺害の凶器に使われた拳銃が発見された。拳銃からシュティファニーの指紋が検出されたことにより、ルドルフの疑いは完全に晴れた。にほんブログ村
病院から出て警察署へと戻ったアルフレードを待っていたのは、上司であるグスタフからの叱責だった。「お前は一体何を考えているんだ?」「わたしは自分の仕事をしているだけですよ。」そう自分に生意気にも口答えするアルフレードを睨みつけたグスタフは、彼が部屋から出て行った後、深い溜息を吐いた。 一人娘・ゾフィーと同じ年頃のアルフレードは仕事が出来る男だが、捜査の為ならばどんな手段も厭(いと)わないのが玉に瑕(きず)だった。「どうなさったの、貴方。また溜息を吐いて。」「いや・・職場で部下と対立していてね。そいつは仕事が出来る男なんだが、捜査の為なら多少強引な手を使っても構わないという考えの持ち主でね。どう指導したらいいのかわからないよ。」「まぁ、そういう方がいらっしゃると、気苦労が絶えませんわね。カモミールティーでもお飲みになってリラックスしてくださいな。」「有難う。」ヴァネッサが淹れてくれたカモミールティーを飲みながら、グスタフは事件の事を考えていた。 その時、テーブルの上に置かれているスマートフォンが着信を告げた。「わたしだ、どうした?」『皇太子様が明日、退院されるそうです。』「そうか、有難う。」「貴方、どうなさったの?」「皇太子様が明日、退院されるそうだ。」「そう・・それは良かったわね。」「ああ。」 明日になれば、事態は良くなるだろう―グスタフはそう思いながら、眠った。「退院おめでとうございます、皇太子様。」「有難う。君のお蔭だよ、ヘレーネ。」 翌朝、病院から退院したルドルフはアッヘンバッハ子爵邸を訪れ、そう言って自分を玄関ホールで出迎えてくれたヘレーネを抱き締めた。「お父様、もうお身体の調子は宜しいのですか?」「ああ。」「皇太子様、こんな所でも何ですから、ダイニングへどうぞ。」 ダイニングルームでルドルフの退院祝いの食事にアレクサンドラ達が舌鼓を打っていると、玄関のチャイムが鳴った。「どなたかしら、こんな時間に?」「さぁ・・」「奥様、警察の方がお見えになっております。」「警察の方が?」「はい、皇太子様にお会いしたいとおっしゃって・・」 ヘレーネはメイドとルドルフの顔を交互に見て不安そうな表情を浮かべた。「何もわたしは疚(やま)しい事などしていない。警察をここに通せばいい。」「解りました。」ヘレーネはメイドに、警察をダイニングルームに通すよう伝えた。「突然訪ねてしまって申し訳ありません。皇太子様がこちらにいらっしゃると聞いたので伺いました。」そう言いながらダイニングルームに入って来たのは、アルフレードだった。彼は自分を睨みつけているルドルフに向かって頭を下げると、ユリウスに会釈した。「わたくしはアルフレード=マイヤーと申します。本日こちらに伺ったのは、皇太子様に事件の事をお聞きする為です。」「申し訳ありませんがマイヤーさん、本日は皇太子様の退院祝いの食事会を開いております。取り調べならば後日なさってくださいませんか?」「わかりました。では明日、ウィーン警察本部でお待ちしております。」アルフレードは慇懃無礼な口調で言ってユリウスに頭を下げると、アッヘンバッハ子爵邸から出て行った。「あの人、皇太子様を犯人に仕立てたくて堪らない顔をしていたね。」「ええ。何だか楽しい気分が台無しになってしまったわ。」ヘレーネがそう言って溜息を吐いた時、デコレーションケーキをワゴンに載せたメイドがダイニングルームに入って来た。「奥様、ケーキをお持ちいたしました。」「有難う。」「そのケーキはどうした、ヘレーネ?」「今日の為に、わたくしが焼いたのです。久しぶりに作ったので、味は保証できませんけれど、どうぞお召し上がりください。」「有難う、ヘレーネ。」ルドルフは自分の分のケーキを皿の上に置き、フォークで一口大に切ってそれを頬張った。「如何です?」「とても美味しいよ。毎日君のケーキを食べられるユリウスさんが羨ましいな。」「あら、お世辞でもそう言ってくださって嬉しいですわ。」そう言った妻の顔が輝くのを、ユリウスは見逃さなかった。「皇太子様、本日はネクタイを贈ってくださって有難うございます。」「シャルロッテ、身体の方はもう大丈夫なのかい?」「はい。来月には復学する予定です。」「そうか。」「おとぅたま、あそんでぇ~!」シャルロッテとルドルフが話していると、少し退屈したガブリエルが二人の間に割って入って来た。「こらガブリエル、お食事中に走り回ったらいけません。」「ガブリエルは元気でいいな。」「そんな事をお父様がおっしゃるから、ますますわたくしの言う事を聞かなくなってしまうので、困っていますわ。」 アレクサンドラはそう言って溜息を吐くと、ケーキを頬張った。「アレクサンドラ、そうカリカリしなくてもいいでしょう。きっとあの子、ティナにやきもちを焼いているのよ。」「でもお母様、あの子わたしの言う事を聞かないのに、お父様の言う事だけは聞くのよ。」「それは貴方が怒ってばかりいるからよ。子供は怒られると反抗したくなるものだから。いずれあの子の焼きもちもなくなるわよ。」「そうかしら。」にほんブログ村
2016.05.06
「おかぁたま、おとぅたまにあいたい~」「ガブリエル、貴方のお祖父様は今入院中なの。だから貴方とは暫く一緒に遊べないのよ。」「え~、つまんない~!」 アッヘンバッハ子爵邸の一室で、アレクサンドラはルドルフに会いたいと駄々を捏ねるガブリエルに困り果てていた。「お姉様、皇太子様に会いに行かれたら?僕は、大丈夫だから。」「シャルロッテ、本当にいいの?」アレクサンドラはそう言うと、シャルロッテを見た。彼は数週間前肺炎に罹り、数日前に退院したばかりだった。「大丈夫だよ。何かあったら連絡するから。」「そう・・それじゃぁ、行ってくるわね。」 アレクサンドラはガブリエルとクリスティーナを連れて、ルドルフが入院している病院へと向かった。 一方、ヘレーネは特別室のベッドの上でルドルフと愛し合っていた。「ヘレーネ、もう帰るのか?」「はい・・夫と子供達が待っていますから。」「そうか。」ヘレーネが身支度を軽く済ませて特別室から出て行くと、丁度アレクサンドラが子供達を連れて特別室の前に通りかかった。「お母様、どうしてここへ?」「サルヴァトール大公様から皇太子様に会って欲しいと言われたから、来たの。貴方はどうしてここに?」「ガブリエルが、お父様と遊びたいって言って聞かなくて。シャルロッテが行って来たらいいって言ったから来たの。」「そう。皇太子様は中に居るわ。」ヘレーネはガブリエルにそう言うと、ガブリエルの前で腰を屈めた。「ガブリエル、お祖父様にご迷惑を掛けないようにしなさいね。」「うん!」「じゃぁアレクサンドラ、また後で。」「はい、お母様。」アレクサンドラがそう言ってヘレーネに向かって手を振った時、彼女の首筋にキスマークらしきものが残っていることに気づいた。「おとぅたま~!」「こらガブリエル、病室で騒いでは駄目よ。」 特別室に入るなり、ガブリエルはルドルフに向かって突進していったので、アレクサンドラはガブリエルを宥めながら彼を捕まえようとした。だがガブリエルは素早くルドルフの膝の上に乗り、彼にしがみついてしまった。「申し訳ありません、お父様。お休みのところを・・」「いや、一人で丁度退屈していたところだ。ガブリエル、よく来たね。何をして遊ぼうか?」「かけっこ!」「かけっこは、他の患者さんに迷惑になるから止めようね。トランプはどうだい?」「トランプ、する!」「そうか。」ルドルフはそう言ってガブリエルに微笑むと、サイドテーブルの引き出しからトランプを取り出した。 いつも自分には駄々を捏ねているガブリエルが、ルドルフと大人しくトランプで遊んでいる姿をアレクサンドラが見ていると、彼女の腕に抱かれていたクリスティーナが空腹を訴えて泣き始めた。「お父様、クリスティーナに授乳してきます。」「おかぁたま、ガブリエルもおっぱいのむ!」「ガブリエル、わがままを言ったら駄目だよ。」ルドルフは愚図り出したガブリエルを優しくあやすと、早く行けとアレクサンドラに目配せした。アレクサンドラはルドルフに会釈すると、特別室から出て病院内にある授乳室へと向かった。「ねぇ、この病院に皇太子様が入院されているのですって。」「まぁ、本当?」「ええ、何でも皇太子妃様を殺して、そのショックで自殺未遂をされたとか。」「皇太子ご夫妻は、以前から不仲が噂されていたから・・最近では、離婚が秒読みだという噂も聞いたわ。」 クリスティーナに授乳させながら、アレクサンドラは母親達の噂話を聞いて思わず彼女達に抗議しそうになったが、それを堪えてクリスティーナの授乳を終えた後授乳室から出て行った。 彼女がクリスティーナを抱いて特別室へと向かおうとエレベーターに乗り込もうとした時、突然背後から誰かに肩を叩かれた。「失礼、アレクサンドラ皇女様ですか?」 アレクサンドラが振り向くと、そこには銀縁眼鏡を掛けた青年が立っていた。「そうですが・・貴方は?」「事情があり、身分は明かせません。アレクサンドラ様、今からどちらへ向かわれるのですか?」「そんな事、貴方には関係ないでしょう!」アレクサンドラはそう言うと、自分の腕を掴んでいる青年の手を乱暴に振り解き、エレベーターに乗り込んだ。 だが彼は諦めず、アレクサンドラと共にエレベーターに乗り込んだ。アレクサンドラが特別室に入ると、青年は再びエレベーターに乗り込んで一階のロビーへと向かった。「皇太子様とは会えましたか?」「いいや。だが、アレクサンドラ皇女様には会えた。きっと彼女は今回の事件について何か知っている筈だ。」「そうですか。」「君達はもう帰っていい。わたしはここで監視を続ける。」「はい・・」部下達が病院から出て行った事を確認した後、青年が再びエレベーターに乗り込もうとした時、誰かが彼の肩を叩いた。「まだ居たのか、あんた?」「サルヴァトール大公様こそ、まだこちらにいらっしゃったのですか。」「変な奴があいつの周りをうろついていると、落ち着かないんだ。あんた、誰だ?名前くらい教えて貰ってもいいだろう?」「いいでしょう。わたしはアルフレード=マイヤーと申します。何かわたしに言いたいことがあるのではないですか、サルヴァトール大公様?」「これ以上あいつやアレクサンドラ達に付き纏ったら、ただじゃおかねぇぞ。」青年―アルフレード=マイヤーはヨハンの脅迫めいた言葉を聞いて薄笑いを浮かべると、ヨハンに背を向けて病院を後にした。にほんブログ村
「ヘレーネ、こっちへ!」「はい・・」 マスコミにもみくちゃにされながら、ヘレーネは必死にユリウスの手を握り病院の中へと入っていった。「ヘレーネ、わざわざ呼び出してしまって済まない。」「いいえ。サルヴァトール大公様、皇太子様はどちらに?」「あいつは最上階にある特別室に居る。」ヨハンと共にエレベーターに乗ったヘレーネとユリウスがルドルフの居る特別室のドアをノックしようとした時、中から大きな物音がした。「中の様子を見て来る。」ヨハンはそうヘレーネ達に言うと、彼らを廊下で待たせて特別室の中に入った。 絨毯の上には割れた花瓶が転がっており、その破片でルドルフは手首を切ろうとしていた。「何をしている、ルドルフ!」「大公、死なせてくれ!」「馬鹿な事を言うな!」ヨハンがルドルフの頬を平手で張ると、彼は子供のように大声で泣いた。「一体どうなさったのです、大公様・・」ヘレーネが特別室に入るのを見たルドルフは、自分を宥めるヨハンの腕を振り払い、彼女に抱きついた。「皇太子様・・」「ヘレーネ、来てくれると思った。」「皇太子様、一体何があったのですか?」「君なら信じてくれるだろう?わたしがあいつを殺していないことを。」「ええ、信じておりますわ。だから、落ち着いてくださいませ。」ルドルフは愛おしそうにヘレーネの髪を梳くと、そっと彼女から離れた。「ユリウス、申し訳ないけれど・・」「僕は席を外すよ。下のカフェテリアで待っているから、話が終わったら連絡してくれ。」ユリウスはそう言ってルドルフに会釈すると、特別室から出て行った。「あの日、一体何があったのですか?」「あいつが・・シュティファニーがティナを誘拐した犯人だと気づいた時、わたしは怒りのあまりあいつに銃口を向けていた。するとあいつは意味の分からないことを叫んで、わたしの手から銃を奪って、自分のこめかみを撃った。」「皇太子妃様は、自殺なさったのですか?」ヘレーネの問いに、ルドルフは静かに頷いた。「わたしはあいつが自殺したことが信じられずに混乱して、あいつを抱き起そうとしたら服に返り血がついた。そこから、記憶が無いんだ。」「皇太子様、わたくしは貴方が皇太子妃様を殺していないことを信じております。」「有難う、ヘレーネ。君がわたしの事を信じてくれているだけで嬉しいよ。」「今はゆっくりと養生なさってください。後の事はこれから考えましょう。」「ああ。」ルドルフはそう言うと、ヘレーネの胸に顔を埋めた。「どうやら俺はお邪魔のようだな、後は二人っきりでデートを楽しんでくれ。」ヨハンは呆れ顔で二人の方を見てそう呟いた後、特別室から出て下のカフェテリアへと向かった。 そこには、自分と同じように溜息を吐いているユリウスが、冷めかけたコーヒーを飲んでいた。「サルヴァトール大公様、どうしてこちらに?」「二人の邪魔をしたらいけないと思って、ここに来た。それにしても驚いたぜ、今までふさぎ込んでいたあいつが、ヘレーネの姿を見るなり正気に戻るんだからな。」「皇太子様は、まだヘレーネの事を想っていらっしゃるのですね。二人の間には誰にも入れない隙間があると、彼女と結婚する前から僕は解っていました。解っていたけれど、彼女を諦めることは出来ませんでした。」「そう落ち込むな。ヘレーネはもうあいつよりもお前さんの事を愛している。女ってのは、案外昔の恋を引き摺らないのさ。」「そうですか・・」「いつも俺は、あいつの尻拭いばかりしてきた。まぁ、女関係のものはあいつが自分で始末をつけたから、男女の修羅場なんてものは見なくて済んだ。」「色々と、大変だったのですね・・」「ああ。まぁ、今となってはいい思い出だ。それよりもアレクサンドラ達はどうしている?彼女と子供達は実家に居るんだろう?」「アレクサンドラはシャルロッテの面倒をよく見てくれています。シャルロッテの方も、アレクサンドラに懐いていて、ガブリエルと良く遊んでくれています。あの子はわたしとは血が繋がっていませんが、わたしの事を実の父親と同じように慕ってくれています。血の繋がりなどなくても、ともに過ごした時間が長ければ長いほど、家族としての絆が深まるのだと、わたしは思っています。」「家族の絆、ねぇ・・あいつは・・ルドルフにとって家庭の温かみや家族の絆というものを感じたことがなかった。父親は多忙で、母親はしょっちゅう宮廷を留守にしている。あいつはガブリエルの年くらいから己を殺して生きて来たんだ。皇太子としての義務を果たす為にな。」「初めて、そんな話を聞きました。そういえばヘレーネが、一度僕に話してくれた事がありました。皇太子様が自分を見つめる目は、まるで母親を求める幼子のようなものだと。」「きっとあいつは、ヘレーネの姿を通して母親の姿を見ていたかもしれないな。その母親は、もう居ないが。」「大公様、僕は何をしたらいいのでしょう?」「何もしなくていい。ただ、家族の傍に居てやれ。さてと、もう戻るか。」「はい。」 ヨハンとユリウスがカフェリアから出てエレベーターに乗り込もうとした時、病院にスーツ姿の厳めしい顔をした男達が入って来た。やがて男達の中から端正な美貌を銀縁眼鏡で飾った青年がヨハン達の前に出て来た。「ヨハン=サルヴァトール大公様ですね?」「そうだが、あんた達は?」「皇太子様は特別室におりますね?案内して頂けませんか?」「素性が判らない者を、あいつと会わせる訳にはいかないね。謹んでお断りしよう。」「そうですか。では今回はこれで失礼致します。」 青年は銀縁眼鏡越しに翡翠の瞳でヨハンを睨みつけると、男達を従えて病院から出て行った。にほんブログ村
「皇太子様のご様子はどうだ?」「右手の怪我は大したことはありませんでしたが、精神状態が著しく不安定です。皇太子様の事情聴取は、彼が全快するまで待つしかありませんね。」 ウィーン警察本部の会議室で、グスタフは今回の事件の容疑者と目されているルドルフ皇太子の容態を部下から知り、溜息を吐いた。 彼の妻であり、ベルギー王女であるシュティファニーが射殺され、彼が着ていた軍服に付着していた血液のDNAがシュティファニーのものと一致したことにより、ルドルフ皇太子が口論の末にシュティファニーを射殺したことは間違いなかった。 だが現場から凶器となった拳銃が未だに発見されないことや、皇太子妃が殺害される前にルドルフの孫娘に当たる生後一週間になるクリスティーナが何者かに誘拐される騒動が起きたこと、そしてその犯人が皇太子妃である事が判明したという幾つもの事実を知ったグスタフは、皇太子が犯人であるという捜査本部の見解に疑問を抱いていた。そして事件の当事者であるルドルフ皇太子が自殺未遂を図り、拳銃の暴発事故を起こしてウィーン市内の病院に入院し、面会謝絶状態であることも気になっていた。(皇太子様が本当に皇太子妃様を殺害したのなら、何故その凶器である拳銃を何処かに捨てるのだろう?自殺未遂をするほど皇太子様は精神が錯乱していた。その状態で、彼は凶器を処分できるのだろうか?)「どうなさったのです、難しい顔をして?」「いや・・何でもない。」「貴方はいつも事件の事を考えている時、そのようなお顔をなさるのね。」 グスタフの妻・ヴァネッサはそう言って夫に微笑み、彼の前に淹れ立てのコーヒーが入ったティーカップを置いた。せっかくの休日だというのに、グスタフは家族との団欒(だんらん)を楽しむどころか、事件の事ばかり気になってしまって仕方がなかった。「さっきゾフィーから電話があって、来月の結婚式には予定を空けておいてくれと釘を刺されましたよ。」「もう結婚式か・・あいつの婚約が決まったのは半年前の事なのに、あっという間に月日は経つものだな。」「もう、貴方ったら年寄りのような事をおっしゃって。それよりも、皇太子様は未だにご入院中なのですか?」「ああ。ヴァネッサ、ここだけの話だが、わたしは皇太子様が皇太子妃様を殺害したとはどうしても思えないんだ。」「何故、そうお思いになるのです?」「皇太子様は事件が発生した後、精神が非常に不安定な状態だった。そんな状態で、凶器を処分することは普通に考えたら無理だとは思わないか?」「つまり、誰かが皇太子妃様を殺害し、その罪を皇太子様に擦り付けたと?」妻の言葉に、グスタフは静かに頷いた。「貴方は一つの事を考えると、他の事は目に入らないのは昔からですわね。」「済まない・・」「いいえ、謝らないでくださいな。せめて、来月までに事件を解決してくださいな。娘の結婚式に、花嫁の父親が欠席なんてことになったら、ゾフィーが悲しみますからね。」「わたしは本当に、君と結婚して良かったよ。」「わたくしもですわ、貴方。」ヴァネッサはそう言って夫に微笑むと、彼に抱きついた。 一方、ルドルフが入院している病院前には、沢山のマスコミが連日詰めかけていた。「ったく、四六時中お前が特別室の窓から手を振る姿を待ち惚けているなんて、暇な連中だぜ。」ヨハン=サルヴァトールはカーテンの隙間から外の様子を覗いてそう毒づいた後、ベッドの上で膝を抱えたルドルフの方を見た。 あの日から―事件が起きた日から、ルドルフは正気を失い、一日中無言で膝を抱え、時折虚空を睨んでいた。ヨハンや家族の呼び掛けには一切反応せず、ルドルフの精神は自分達とは遠い所へ行ってしまっているのではないか―ヨハンは最近、そんな事を考えるようになった。「ルドルフ、お前がシュティファニーと上手くいっていないことは俺だって知っている。だが、お前が彼女を殺していないと、俺は信じている。だから、正気に戻ってくれないか?」ヨハンはそうルドルフに話しかけたが、彼はヨハンにそっぽを向いた。(このままだと、ルドルフは殺人犯の汚名を着せられちまう・・早くこいつを、正気に戻さないと。)ルドルフの病室から出たヨハンは、スマートフォンを取り出し、ある人物に電話を掛けた。「ヘレーネ、何処に行くんだい?」「ヨハン大公様からお電話があって、皇太子様に会ってくれないかって・・今から、病院に行くところよ。」「君一人だと危ないよ。僕が病院まで送っていくよ。」ユリウスはそう言うと、ヘレーネを病院まで送った。「ヘレーネ、君は今回の事件についてどう思う?」「わたくしは、皇太子様は皇太子妃様を殺してはいないと信じています。お二人は仲睦まじいご夫婦ではありませんでしたけれど、皇太子様は殺すほど皇太子妃様を憎んではいらっしゃらなかったのではないかと・・」「そうか。僕も、君と同じ考えだよ。」ユリウスがヘレーネを乗せて病院の駐車場に入ると、そこにはマスコミの中継車のバンが駐車スペースの大半を占領していた。「無神経な連中だね、マスコミってやつは。」「ええ、本当に。」二人がそんな話をしながら病院の中へと入ろうとした時、突然フラッシュの眩い光が彼らを襲った。「君達、何をしているんだ?」「ヘレーネ=アッヘンバッハ様ですね?今回の事件について何か一言コメントをお願いいたします!」にほんブログ村
2016.05.03
“貴方の大切な者を、不幸にしてやるわ。”「お父様、それは?」「ティナのベビーベッドに置かれていた。アレクサンドラ、わたしと来てくれ。」「ですが・・」「ティナを誘拐した犯人が誰か判った。」そう言ったルドルフの顔は、怒りで歪んでいた。「あら貴方、お珍しいわね、わたくしの所に来てくださるなんて。」「シュティファニー、ティナを・・クリスティーナを返して貰おうか?」「あら、何のことですの?わたくしはあの子の事など知りませんわ。」「とぼけるのもいい加減にしろ!」ルドルフは妻の胸倉を掴むと、彼女はヒステリックな笑い声をあげた。「何が可笑しい?」「貴方がいけないのよ、わたくしを蔑ろにしてこの女に夢中になるから!」「シュティファニー、貴様!」「わたくしを殺したければ殺しなさいな。」シュティファニーがそう言ってルドルフを睨みつけた時、隣室から赤ん坊の泣き声が聞こえた。「ティナ!」「クリスティーナ!」 アレクサンドラとルドルフが隣室のドアを開けると、そこには蒼褪めた顔でクリスティーナを抱いている若い女官の姿があった。「クリスティーナを返して貰おうか?」「クララ、その子を皇太子様に渡しては駄目!」「シュティファニー、お前は黙っていろ!」「皇太子妃様・・」 ルドルフに泣きじゃくるクリスティーナを抱かせようとした若い女官は、主の言葉を聞いて一瞬躊躇った後、クリスティーナをルドルフに抱かせた。「申し訳ありませんでした、皇太子様、アレクサンドラ様。クリスティーナ様を攫えと、皇太子妃様から命じられて・・」「クララ、わたくしに逆らう気!?」シュティファニーは自分の命令に従わない女官に激昂し、暖炉の前に置いてあった火掻き棒を掴んで彼女を激しく打擲(ちょうちゃく)し始めた。「みんなどうしてわたくしに逆らうの!?わたくしは何も悪くないのに!」「止めろ、シュティファニー!」ルドルフから止められ、シュティファニーは叫びながら彼に突進してきた。「貴方の所為よ、貴方の所為でわたくしは惨めなの!」「アレクサンドラ、ティナを連れて部屋から出ろ。」「はい。」「待ちなさい、逃がさないわよ!」シュティファニーがアレクサンドラに掴みかかろうとしたのを見たルドルフは、彼女を羽交い締めにした。「アレクサンドラ、一体何があったの?」「ヴァレリー様・・」ヴァレリーは義姉の部屋から出て来たアレクサンドラが誘拐された筈のクリスティーナを抱いていることに気づき、義姉がクリスティーナを誘拐したのだと勘で解った。「義姉上様はクリスティーナを誘拐して何をしようとしていたの?」「解りません、今お父様が事情を聞いているのですが・・」アレクサンドラがそう言った時、義姉の部屋から彼女の悲鳴と銃声が聞こえた。「今のは何かしら?」 ヴァレリーとアレクサンドラがシュティファニーの部屋のドアをノックしたが、中から反応がなかった。「義姉上様、どうなさったの?」「お父様、一体何があったのです?」 数分後、蒼褪めた顔をしたルドルフが部屋から出て来た。「ヴァレリー、救急車を呼んでくれ。」「お兄様、一体何が・・」 ヴァレリーは兄の肩越しに、血塗れでうつ伏せになって絨毯の上に倒れているシュティファニーの姿を見て悲鳴を上げた。「ヴァレリー、ルドルフ、一体何があったんだ!?」ヴァレリーの悲鳴を聞きつけたフランツが侍従達と共にシュティファニーの部屋の前にやって来た。「お父様、一体何があったのですか?」 アレクサンドラがそう言ってルドルフの方を見ると、彼の顔や着ている水色の軍服が血塗れなことに気づいた。「ルドルフ様、すぐにお召し替えを。」そう言って近づいて来たロシェクの手を乱暴に振り払うと、ルドルフは右手に持っていた拳銃を躊躇いなくこめかみに当て、引き金を引いた。「おい、これは一体どうしたんだ!?」軍の視察から戻って来たヨハン=サルヴァトールとフランツ=サルヴァトールが、銃声を聞きつけてルドルフ達の方へとやって来た。 そこで彼らが見たものは、右手を血塗れにしたルドルフが狂ったように笑っている姿だった。「ルドルフ、一体何があった?」「わたしが・・あいつを殺した。殺したくはなかったのに・・」そう言ってヨハンを見つめるルドルフの瞳は虚ろで、何も映してはいなかった。「誰か医者を呼べ!」「ルドルフ兄様、しっかりしてください!」医者と警察がルドルフ達の元にやって来るまで、ルドルフは狂ったように笑い続けた。「博士、シュティファニーは?」「残念ながら、皇太子妃様はお亡くなりになっております。」「申し訳ありませんが陛下、暫くこの部屋を調べさせて頂きますよ。」通報を受けて王宮に到着した警察長官・グスタフは皇帝の許可を得て、鑑識班と共に被害者・シュティファニーの部屋へと足を踏み入れた。 美しいペルシャ絨毯は、被害者の血を吸って赤黒く汚れており、家具や壁にも被害者の血が飛び散っていた。「皇太子様は今どちらに?」「ルドルフは銃が暴発した時に右手に怪我をしたので、今病院で治療を受けている。」「そうですか。では治療が済み次第、皇太子様に事情を聞かなければなりません。」「それはどういう意味だ?ルドルフがシュティファニーを殺したというのか?」「銃弾は一発しか発射されていません。現場の状況から見れば、皇太子様が皇太子妃様を殺害した事には間違いありません。」 グスタフの言葉を聞いたフランツは絶句し、その場で気絶しそうになった。にほんブログ村
2016.05.02
2018年12月24日、アレクサンドラはルドルフとヘレーネに見守られながら、元気な女児を出産した。「よく頑張ったわね、アレクサンドラ。お疲れ様。」「有難うございます、お母様。」 出産を終えたアレクサンドラは疲労困憊(ひろうこんぱい)した表情を浮かべ、実母の手を握った。「ガブリエルは何処?」「あの子は、さっき貴方を待ちくたびれて眠ってしまったわ。」「そう・・」「皇太子様、そろそろ授乳の時間ですから、アレクサンドラと赤ちゃんを二人きりにさせてあげましょう。」「そうだな。」ルドルフとヘレーネが病室から出て行くと、タイミング良く看護師がアレクサンドラの娘を抱いて病室に入って来た。「おっぱいの時間ですよ。」「はい・・」 アレクサンドラは娘の口に乳首を含ませると、彼女は勢いよくそれを吸い始めた。「おかぁたま、ガブリエルもおっぱい飲む!」 病室のドアが勢いよく開き、ガブリエルが授乳中のアレクサンドラに抱きついて来た。「こらガブリエル、お部屋に入るときはドアをノックしろといつも言っているだろう?」「ガブリエルもおっぱい飲みたい~!」「静かにしなさい、ガブリエル。」ルドルフが愚図るガブリエルを必死にあやしたが、ガブリエルは甲高い声で泣き始めた。「仕方がないわね。ガブリエル、お母様の傍にいらっしゃい。」「うん!」泣くガブリエルに根負けしたアレクサンドラがそう言うと、ガブリエルは彼女の膝の上に飛び乗った。「全く、この様子じゃぁ先が思いやられるな。」「この子はまだ二歳ですから、赤ちゃんに焼きもちを焼くのは当然です。」自分の乳首に吸い付くガブリエルの頭を撫でながら、アレクサンドラはそう言って微笑んだ。「この子の名前はどうする?」「そうですね、クリスティーナというのはどうですか?」「可愛いこの子にぴったりの名前だ。」 エリザベートと同じ誕生日に産まれた女児は、クリスティーナと名付けられた。「アレクサンドラ、出産祝いにこれを。」「まぁ、素敵なペンダント。有難うございます、お父様。」 クリスティーナの誕生を祝うパーティーで、ルドルフはアレクサンドラに蝶を象ったサファイアのペンダントを贈った。「これは昔、わたしが皇太子様から贈られた物なのよ。」「まぁ、そうなのですか。」「蝶のモチーフは、“美”を意味するの。貴方がこれから美しく輝くように願っているわ。」「有難う、お母様。」アレクサンドラ達が和気藹々とした雰囲気で話していると、シュティファニーが恨めしそうな顔をして彼らを会場の隅から睨みつけていた。(気に入らないわ、あの女・・次期皇后であるわたくしを差し置いて、宮廷で大きな顔をして!) ヘレーネと話しているルドルフは、時折柔らかな笑みを口元に浮かべていた。自分と話している時は、終始不機嫌そうな表情を浮かべていることを思い出し、シュティファニーはますますヘレーネへの憎しみが募った。「ガブリエル、このお話の続きは明日ね。」「ねぇおかぁたま、おかぁたまもおねんねするの?」「ええ、ガブリエルが良い子にしてくれたらね。」パーティーが終わり、アレクサンドラがガブリエルを寝かしつけていると、突然廊下から悲鳴が聞こえて来た。「ガブリエル、静かにしていなさい。」「おかぁたま?」 ガブリエルの部屋から出たアレクサンドラが廊下を歩いていると、向こうから微かに血の臭いがした。「誰か居るの?」ランプで暗闇を照らしながらそう叫んだアレクサンドラは、自分の足元に女官の遺体が転がっていることに気づいて悲鳴を上げた。「アレクサンドラ、どうした?」「お父様・・人が、人が死んで・・」「落ち着け。」恐怖で震えるアレクサンドラを宥めたルドルフは、彼女の足元に転がっている女官の顔をランプで照らした。 彼女は一週間前、宮廷に上がったばかりの少女だった。「アレクサンドラ、ガブリエルとクリスティーナは何処に居る?」「二人は自分の部屋に・・」「大変です、皇太子様、アレクサンドラ様!クリスティーナ様が何者かに攫(さら)われました!」「何だと!?」 アレクサンドラとルドルフがクリスティーナの部屋に入ると、そこにはベビーベッドに寝かされている筈のクリスティーナの姿がなかった。「警察には通報したのか?」「はい。」 ルドルフは、空になったベビーベッドの中に一枚のメモが置かれている事に気づいた。にほんブログ村
2016.04.30
「貴方、女官の癖に随分とわたくしに対して生意気な口を利くのね?」「我が子を守る為ならば、そんな事に構ってなどいられませんわ。」ヘレーネがそう言ってシュティファニーを睨みつけると、彼女は怒りで顔を歪めるとそのままヘレーネに背を向けて立ち去った。「皇太子妃様、アレクサンドラ様にお会いになるのではなかったのですか?」「お黙りなさい!」シュティファニーは女官を怒鳴りつけると、彼女を乱暴に押し退けて病院の正面玄関前に停めていたリムジンに乗り込んだ。「義姉上様は、一体どういうつもりなのかしら?お兄様とは離婚せずに、ここに居座るなんて・・」「自分を嫌っていた姑が居なくなったから、次期皇后として采配を振るいたいのではないの?そんな事、わたし達が認める訳がないのにね。」「そうよ。あんな方が皇后になるなんて、想像するだけでぞっとするわ!」ホーフブルクでヴァレリーとジゼルがそんな事を話していると、二人の前にシュティファニーが現れた。「あら、お二人ともお元気そうで何よりですわ。」「シュティファニー、貴方一体何を考えているの?ルドルフとさっさと離婚して、あの子を解放して!」「わたくしはハプスブルク家の次期皇后となる為にベルギーから嫁いで来たのです。皇后になるその日まで、ここから出て行きませんわ。」 シュティファニーはそう言って義姉と義妹を睨みつけると、部屋から出て行った。「何よあの態度!」「落ち着きなさい、ヴァレリー。」「でも、お姉様・・」「今あの人に何を言っても無駄よ。あの人が実家に戻るまで、そっとしておいた方がいいわ。」「そうね。それよりも、お兄様は何処にいらっしゃるの?」「さぁね。まぁ、あの子が寄るところは大体想像がつくけれど。」ジゼルはそう言うと、深い溜息を吐いた。 ウィーン市内にある自宅の寝室で、ルドルフは愛人である高級娼婦・ミッツィ=カスパルとの情事に耽っていた。「娘さんが入院中ですのに、皇太子様はわたくしとこのような事をなさって大丈夫なのですか?」「大丈夫さ。もしアレクサンドラがわたしと君の関係を知っても、妬く子ではないよ。」「まぁ、そうですの。それよりも皇太子様、皇太子妃様とは離婚なさらないという噂は本当ですの?」「そんな噂がもうウィーンに広まっているのか。全く、シュティファニーには困ったものだな。」ルドルフがそう言ってミッツィの胸に顔を埋めていると、控えめなノックの音が外から聞こえた。「入れ。」「あの、ヘレーネ様が皇太子様にお会いしたいと・・」「そうか。では彼女を客間に待たせておけ。」「かしこまりました。」 若い従僕は決まりが悪そうな顔をして、寝室から出て行った。「皇太子様、部下をからかってはいけませんわ。」「あいつはまだ青いな。まぁ、その青さがいいから傍に置いているんだが。」ルドルフはミッツィの胸から離れると、ガウンを着て寝室から出て行った。「待たせたね、ヘレーネ。」「いいえ、こちらこそお楽しみの所を邪魔してしまって申し訳ありません。」 客間にルドルフが入って来るのを見たヘレーネは、そう言うと彼に微笑んだ。「君は本当に賢いね。アレクサンドラはどうしている?」「あの子なら、少し落ち着きましたわ。ですが、先程病院で皇太子妃様とお会いしました。」「シュティファニーが?」「ええ。彼女がアレクサンドラに危害を加えそうなので、わたくしが彼女を牽制しておきました。」「そうか。ヘレーネ、君に迷惑を掛けてしまって済まない。」「いいえ、わたくしは母親として当然の事をしたまでですわ。それよりも皇太子様、貴方にお見せしたいものがありますの。」「わたしに見せたいもの?」ヘレーネはハンドバッグを開け、一枚の写真をルドルフに見せた。写真には、赤子のアレクサンドラを抱いたヘレーネと、ユリウス、そしてグレタの姿が写っていた。「この写真は、アレクサンドラが産まれた後に撮ったものです。」「この写真が、どうかしたのかい?」「この写真の中に、アレクサンドラを誘拐した犯人が写っています。」ヘレーネの言葉に衝撃を受けたルドルフは、穴が開くほど写真を見つけた。「その犯人は、何処に写っているんだ?」「グレタの後ろ・・わたし達を睨みつけている若いメイドです。」ヘレーネはそう言うと、グレタの背後に立っている若いメイドを指した。「彼女は今、何処に居る?」「今、探偵に彼女の消息を調べて貰っている所ですわ。それと、こんな物が昨日わたくしの元に届きましたの。」ヘレーネはバッグの中から一枚の封筒を取り出し、その中身をルドルフに見せた。それは、昔ルドルフがヘレーネと交際していた時、彼女に贈ったサファイアのペンダントだった。「一体誰が、このペンダントを君に送ってきたんだ?」「さぁ、見当もつきませんわ。ですが、十八年前の誘拐事件の犯人と関わりがある人物がペンダントをわたくしに送って来たのかもしれません。」「ヘレーネ、アレクサンドラと彼女の子供達は、わたし達で守ろう。」「はい、皇太子様。では、わたくしはこれで失礼いたします。」 ヘレーネが客間から出て行った後、ルドルフはテーブルの上に置かれたサファイアのペンダントを握り締めた。ルドルフがこのペンダントをヘレーネに贈ったのは、彼女と初めて結ばれた日の夜の事だった。 もしヘレーネが一介の女官ではなく、シュティファニーと同じような身分であり、彼女を妻として迎えていたのなら、不幸な結婚生活に苦しむことはなかっただろう―ルドルフはそう思いながら溜息を吐いた。にほんブログ村
2016.04.28
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「シュティファニー、お前ラーケン宮に帰った筈ではなかったのか?」「どうしてわたくしが実家に帰るのです?わたくしの居場所はここ、ホーフブルク宮ですわ。あの忌々しい皇后陛下がお亡くなりになった今、わたくしが皇后となるのです。」シュティファニーはそう言って笑ったが、その両目は狂気に満ちていた。「お前との離婚は成立した。さっさと実家に帰れ。」「嫌ですわ。ハプスブルク家の皇后となる為に、わたくしは今まで貴方からの仕打ちに耐えて来たのです。わたくしは貴方と離婚など致しません。」「シュティファニー・・」彼女は狂っている―ルドルフはそう確信した。「アレクサンドラ、わたくしが居ない間に貴方がわたくしを差し置いて皇后になろうとしているのではなくて?」「皇太子妃様、わたくしはそのような事は一度も考えた事はありません・・」「嘘おっしゃい!貴方はあの黒髪の魔女の娘、わたくしの敵ですわ!いいこと、これからこのハプスブルク家を統べる事になるのはこのわたくし!貴方のような小娘、いつでもこの王宮から追い出して・・」「シュティファニー、止めないか、見苦しい!」 アレクサンドラを罵倒し、彼女を殴りかかろうとしたシュティファニーをルドルフが押さえつけると、彼女は甲高い声で悲鳴を上げて彼の顔を引っ掻き、そのまま部屋から出て行った。「皇太子妃様、お待ちください!」 今まで部屋の隅に控えていた皇太子妃付きの女官達が慌ただしい足音を立てながら廊下を走り出した主の後を追いかけて彼女達が出て行った後、部屋は再び静寂に包まれた。「義姉上様は狂っているわ。こんな時にあんな事をおっしゃるなんて・・」「不謹慎過ぎるわ。ルドルフ、彼女との離婚は本当に成立したのでしょう?」「はい、姉上。」ルドルフが姉からアレクサンドラへと視線を移すと、彼女は蒼褪めた顔をしてソファに座り、下腹を押さえていた。「どうした、アレクサンドラ?」「下腹が急に張ってしまって・・部屋で休んできます。」「わたしと一緒に行きましょう、アレクサンドラ。」ジゼルに支えられながら、アレクサンドラがソファから立ち上がろうとした時、彼女は急に目の前が真っ暗になってその場に倒れてしまった。「アレクサンドラ、しっかりしろ!」「お父様、わたしに万が一の事があったら、赤ちゃんを・・」 病院に搬送されたアレクサンドラは、切迫早産で暫く入院することになった。「張り止めの薬を処方致しますので、それを数ヶ月間、毎日お飲みになってください。トイレとシャワー以外は、ベッドで安静になさってください。」「解りました。」 主治医から病室で説明を受けたアレクサンドラは、彼が出て行った後ベッドに横になって溜息を吐いた。 ガブリエルを妊娠した時も切迫早産で入院したことがあったので、今回はお腹の子を産むまでストレスのかからない生活をしようとアレクサンドラは心掛けていた。それなのに、今回も出産まで入院することになってしまった。(どうして、わたしは普通に産むことが出来ないの?)ベッドの中で少し迫り出してきた下腹を擦りながら、アレクサンドラは己の身体を呪った。 男でも女でもない、中途半端な身体―どうして自分だけがこんな身体に産まれてしまったのか。自分が産まれて来た意味はあるのか―そんな事をアレクサンドラが思っていると、病室のドアを誰かがノックする音が聞こえた。「アレクサンドラ、起きている?」 ドアの外から聞こえて来たのは、優しい母の声だった。「貴方が入院したと、皇太子様が聞いて驚いたわ。今まで経過が順調だったのに、どうして入院することになったの?」「シュティファニー様が・・皇太子妃様がわたしを罵倒して部屋から出て行った後、急に下腹が張って来て・・気が付いたら病室のベッドに居たの。」「皇太子妃様の事は聞いたわ。彼女、皇太子様との離婚を頑なに拒んでいるのですってね?」「ええ・・あの方、皇妃様の代わりに自分が皇后となるとおっしゃられて・・ジゼル様やヴァレリー様は、あの人は不謹慎だ、気が狂っていると・・」「心底嫌っていた姑が居なくなって、皇太子妃様はこれからご自分の天下が来たと勘違いなさっているのね。」ヘレーネはそう呟いて溜息を吐くと、アレクサンドラの手を握った。「お母様、シャルロッテは大丈夫なの?この前、大きな発作を起こしたと聞いたけれど・・」「シャルロッテなら、乳母が面倒を見てくれているから大丈夫よ。まだ貴方には話していなかったけれど、わたし、女官に復帰しようと思っているの。」「まぁ、それは本当なの、お母様?」「ええ。ユリウスも、“君がそうしたいのなら、僕は反対しない”と言ってくれたから、女官として宮廷でまた働こうと思ったの。それに、貴方の事が心配だからね。」「お母様・・」「何か悩みがあったら、わたしに言いなさい。一人で抱え込んでいても、解決しないわ。誰かに愚痴を吐くことも、気晴らしになるからね。」「はい、お母様・・」 ヘレーネがアレクサンドラの病室から出て廊下を歩いていると、向こうからシュティファニーがやって来た。彼女は目敏くヘレーネの姿を見つけると、制止する女官の手を振り払ってヘレーネの前を塞いだ。「皇太子妃様、そこを退いて頂けませんか?」「貴方、女官に復帰したのですって?一体何を企んでいるの?」「何も企んでなどおりませんわ、皇太子妃様。それよりも、ここには何をしに来たのですか?」「そんな事、貴方には関係のない事でしょう?」「いいえ、関係ありますわ。わたしは、アレクサンドラの母親ですから。」 そう言ってシュティファニーと対峙したヘレーネの瞳は、怒りに満ちていた。にほんブログ村
2018年9月10日、オーストリア=ハプスブルク帝国皇后・エリザベートは、旅行先のスイス・ジュネーブで暗殺された。 エリザベートの死因は、イタリア人無政府主義者・ルイジ=ルキーニによってナイフで肺を刺されたことによる失血死だった。 彼女の死を知ったウィーン市民は、愛妻家であるフランツ=ヨーゼフ帝に同情したが、自分達の血税を使い贅沢な暮らしをしていた皇妃の死を悼むことはしなかった。 9月17日、エリザベートの葬儀はウィーン・カプツィーナ納骨堂で行われ、参列した皇帝と皇太子ルドルフ、皇女マリア=ヴァレリーとジゼル、そして彼女達の夫は、彼女と永遠の別れをした。 妊娠六ヶ月のアレクサンドラは、体調不良のため葬儀を欠席した。「お母様がお亡くなりになられて、アレクサンドラはさぞやショックを受けたことでしょうね。」「そうね。お母様はアレクサンドラの事を可愛がっていらっしゃったもの。」 葬儀の後、ヴァレリーとジゼルが紅茶を飲みながら葬儀を欠席したアレクサンドラの事を話していると、そこへルドルフがやって来た。「お兄様、葬儀に参列されて大丈夫なの?」「ああ。あの人は、本当に死んでしまったんだな・・」ルドルフはそう言うと、力なくソファに座り込んだ。その横顔は病的に蒼褪めていた。「アレクサンドラは大丈夫なのかしら?一番大事な時期に、お母様がこんなことになってしまって・・」「さっきあいつの部屋に行ったが、ショックを受けて体調を崩してしまって、暫く公務を休むとわたしに言って来た。無理もないだろうな。」「お父様は?」「父上は平静に振舞っておられるが、葬儀の後に父上の元へ行ったら、父上はあの人の肖像画を見て、“わたしがシシィをどれほど愛したのかは、誰にも解らないだろう”と言われたよ。」「そう・・」「あの人は・・母上は、最期まで自由だったのか・・それは、誰にも解らないな。」 ルドルフがそう言って窓の外を見ると、そこには一羽の鴎が飛んでいた。「アレクサンドラ様、お薬をお持ちいたしました。」「有難う、そこに置いておいて・・」 エリザベートの女官だったハンナがアレクサンドラの部屋を訪れると、部屋の主は寝台から気怠そうに起き上がった。 最大の庇護者であった祖母を亡くし、自室に引き籠って泣いていた彼女の眼の下には、黒い隈が縁取っており、櫛が通されていないブロンドの長い髪は縺れて乱れていた。「御髪を整えますわ。」「そんな事をしなくてもいいわ。今は誰とも会いたくないの。」「そのような事をおっしゃってはなりません。アレクサンドラ様、すぐにお召し替えを。」「解ったわ・・」夜着から喪服に着替えたアレクサンドラは、ハンナに髪を梳いて貰いながら鏡の前に座って溜息を吐いた。「どうして、皇妃様はわたくしを置いていなくなってしまったのかしら?まだ皇妃様に教えて頂きたいことが沢山あったのに・・」「わたくしも寂しいですわ、アレクサンドラ様。ですが、こんな時でこそ、皆様にアレクサンドラ様のお元気なお姿をお見せすることが大事なのです。」「そうね、貴方の言う通りだわ、ハンナ。ガブリエルは何処なの?」「ガブリエル様なら、エルジィ様と一緒にお部屋で遊んでおりますよ。」「そう。」 ハンナに髪をセットして貰ったアレクサンドラは、彼女と共に自室を出て、叔母達が居る部屋へと向かった。「まぁアレクサンドラ、貴方もう大丈夫なの?」「はい。部屋に引き籠って暫く泣いたら、少し元気になりました。ご心配をおかけしてしまって申し訳ありません、ヴァレリー様。」「アレクサンドラ、こちらへお掛けなさい。その様子だと何も食べていないようだから、サンドイッチでも如何?」「ええ、頂きますわ。」 アレクサンドラがヴァレリーとジゼルと共に軽い昼食を食べていると、フランツが部屋に入って来た。「アレクサンドラ、もう大丈夫なのか?」「はい、お祖父様。お父様はどちらにいらっしゃいますか?」「ルドルフなら自分の部屋に戻った。シシィと最後の別れをするために、あいつは無理をして病院から来たらしい。」「そうですか。今からお父様の様子を見に行って参ります。」「今はそっとしておいてやれ、アレクサンドラ。あいつが一番シシィの死にショックを受けている筈だ。」「はい・・」 スイス宮にある自室で、ルドルフは執務机の前に座って煙草を吸っていた。紫煙を吐き出す度に肺が悲鳴を上げているのを感じるが、母を失った心の痛みに比べればマシだった。「皇太子様、いらっしゃいますか?」「入れ。」「失礼いたします。」執務室に入って来た侍従の顔が何処か引き攣(つ)っていることに気づいたルドルフは、何か良くない事が起きたのだと勘で解った。「何かあったのか?」「はい。実は・・皇太子妃様が先程、入院されていた病院から退院されました。」「何だと?一体誰が彼女の退院を許可した?」「レオポルド国王陛下です。」「それで、彼女は今何処に居る?」「先ほど、ヴァレリー様にご挨拶を・・」彼の言葉を最後まで聞かずに、ルドルフは自室から飛び出した。 姉と妹達が居る部屋へと彼が向かうと、その中からシュティファニーのヒステリックな笑い声が聞こえて来た。「あら貴方、お久しぶりですわね。」 そう言ってゆっくりと自分の方へと振り向いたシュティファニーの両目は、爛々と輝いていた。にほんブログ村
2016.04.25
ピクニックでの一件以来、アレクサンドラは些細な事でガブリエルに対してヒステリックに怒鳴ってばかりいた。 ガブリエルはそんな母親の姿を見て怯えるようになり、毎晩エルジィの寝室で彼女と一緒に寝るようになった。「アレクサンドラ、話がある。」「またガブリエルの事ですの?」 アレクサンドラが不機嫌そうな顔をしてルドルフの方を見ると、彼は眉間に皺を寄せていた。「お前最近、ガブリエルに厳し過ぎる。まだあの子は二歳だ、あんなに怒鳴らなくてもいいだろう?」「お父様は何もご存知ないから、そんな暢気な事が言えるのですわ!あの子ったら、いつもわたしを困らせるような事ばかりして!わたしが叱っても言う事を聞かないのに、お父様の言う事ばかり聞いて憎らしいったらありゃしないわ!」そう言ったアレクサンドラの顔は、怒りで赤くなっていた。「ガブリエルは、もうすぐきょうだいが出来ることに戸惑っているんだろう。だから、わざとお前を困らせるような事をするんだ。」「わたし、あの子をいつか殺してしまうかもしれませんわ。」アレクサンドラはそう言うと、深い溜息を吐いてソファに座った。「自分ではいけないと解っているのに、どうしてもあの子を怒鳴らずにはいられないのです、お父様。」「一人で悩むことはない。」ルドルフは両手で顔を覆って泣いているアレクサンドラの肩を優しく抱いた。「お父様に悩みを打ち明けたら、少し気が楽になりましたわ。」「それは良かった。それよりも明日の準備は出来たか?」「はい。何だかアリス様達とお別れするのが寂しいですわ。」「わたしもだ。」 ルドルフ達が英国を出発し、帰国の途に着くと、皇帝付の侍従達が彼らを空港で出迎えた。「皇太子様、アレクサンドラ様、お帰りなさいませ。」「どうした、父上の身に何かあったのか?」「いいえ。詳しい話は王宮で話すと陛下から伝言を賜りましたので、至急王宮へお戻りください。」「わかった。」 皇帝付の侍従達と共に空港を後にしたルドルフ達は、用意されたリムジンで王宮へと戻った。「お兄様、アレクサンドラ、お帰りなさい。」「ただいまヴァレリー。」「ルドルフ様、アレクサンドラ様、陛下がお呼びです。どうぞこちらへ。」「アレクサンドラ、ガブリエルはわたしが見ているから、お兄様と一緒に行って来て。」「有難うございます、ヴァレリー様。」ガブリエルをヴァレリーに預け、アレクサンドラがルドルフと共に皇帝の私室に入ると、そこには妻の肖像画を眺めているフランツの姿があった。「陛下、皇太子様とアレクサンドラ様が帰国されました。」「二人とも、長旅で疲れているのにわざわざ呼び出してしまって済まなかったな。」「いいえ。お祖父様、お話とは何でしょうか?」「シシィが、スイスで無政府主義者に暗殺された。」 フランツの言葉を聞いたアレクサンドラは、一瞬時が止まったように思えた。「今、何とおっしゃいました、父上?」「シシィがジュネーブで暗殺された。彼女はレマン湖で遊覧船に乗ろうとした時、擦れ違いざまに男とぶつかった。その時は誰もその男の事を気に留めていなかったが、船の中に入ろうとした時に突然胸を押さえて倒れたと・・すぐに病院に運ばれたが、息を引き取ったそうだ。シシィを殺した男は地元警察に逮捕され、現在警察署で取り調べを受けている。」「そんな・・皇妃様が・・どうして?」 フランツの口からエリザベートの訃報を知らされ、アレクサンドラの脳裏にエリザベートの優しい笑顔が浮かんだ。「嘘だ、あの人が死ぬ筈がない!」 ルドルフは突然そう叫ぶとソファから立ち上がり、部屋から飛び出して何処かへ行こうとしていた。「ルドルフ、何処へ行く!」「あの人の所に決まっているでしょう!」ルドルフは半狂乱になりながら、自分を母親の元へと行かせまいとするフランツの腕を乱暴に振り払った。「何故、わたしを止めるのですか、父上!」「落ち着け、ルドルフ!今お前が行ったところで、シシィが死んだ事には変わりはない!」フランツはそう言って必死にルドルフを宥めたが、彼は母親の元へ行くと言って聞かなかった。そのうち、ルドルフは喘息の発作を起こして倒れてしまった。「誰か、侍医を呼べ!」「お父様、しっかりなさってください!」 ヴァレリーがガブリエルと遊んでいると、皇帝の部屋からストレッチャーに乗せられたルドルフが出て来た。「アレクサンドラ、お兄様に一体何があったの?」「皇妃様がスイスで暗殺され、その事を知ったお父様が酷く取り乱してしまって、喘息の発作を起こして倒れてしまったのです。」「まぁ、何という事かしら。アレクサンドラ、お兄様のお傍に居てあげて。」「解りました、ヴァレリー様。」アレクサンドラはヴァレリーに頭を下げると、フランツと共にルドルフが搬送された病院へと向かった。「脈拍、呼吸ともに安定しています。皇太子様は暫くこちらで安静なさった方が宜しいでしょう。」ルドルフの主治医はそう言うと、フランツを見た。「喘息の発作を皇太子様が起こされたのは、皇妃様の訃報をお聞きになられてパニックになってしまったからでしょうね。」「わたしが、ルドルフを苦しませてしまった・・」フランツは溜息を吐き、病室のベッドで眠っているルドルフの手を握った。にほんブログ村
2016.04.22
「さぁ、どうぞ。みんな遠慮なく食べてね。」 アリスがそう言ってサンドイッチを勧めると、子供達は嬉しそうに目を輝かせながらそれを頬張った。「どう、美味しい?」「美味しい!」「ガブリエルちゃんは、食べないの?」 湖でアレクサンドラから怒鳴られたガブリエルを気遣ってアリスがそう声を掛けると、ガブリエルはゆっくりとサンドイッチの方へ手を伸ばした。「ガブリエル、手を洗ってから頂きなさい。」「はい・・」「それと、貴方はみんなに迷惑を掛けたのだからサンドイッチは一個だけね。残りは全部、エルンスト君たちにあげるのよ、いいわね?」「はい・・」「アレクサンドラ、そんなに怒らなくてもいいだろう?ガブリエルは昨夜からピクニックを楽しみにしていたのだから・・」「そのピクニックを台無しにしたのはこの子でしょう!」ガブリエルを庇うルドルフの言葉に、アレクサンドラがそうヒステリックに叫ぶと、二人の間に険悪な空気が漂った。「ガブリエルちゃん、こちらへいらっしゃい。」「でも・・」「ガブリエル、わたしはアレクサンドラと話があるから、アリス様の所へ行きなさい。」「はい。」「ちょっと、勝手に決めないでください!」「アレクサンドラ、向こうで少し話したいことがある。わたしと一緒に来い。」ルドルフは有無を言わさずアレクサンドラの手を掴み、彼女を無理矢理立ち上がらせると湖へと向かった。「痛い、手を離してください!」「アレクサンドラ、さっきのは一体何だ?あんな風にガブリエルに怒鳴った姿を初めて見たぞ?」「わたしはガブリエルを叱っただけです。それのどこがいけないのですか?」「ガブリエルを叱った事は間違っていないが、お前は感情を爆発させてあいつを怒鳴っていただけだろう?ガブリエルはお前を怖がって震えていたじゃないか?」「だって、あの子は最近わたしの言う事を聞かないのですもの!怒鳴りたくもなりますわ!」「だからといって、あんな事をガブリエルに言う必要はないだろう?少し頭を冷やしたらどうだ?」 ルドルフはそう冷たく突き放すかのような口調でアレクサンドラに言うと、そのまま彼女に背を向けてアリス達の元へと戻っていった。 ガブリエルはアリスの膝の上に乗り、デザートのアイスクリームを美味しそうに舐めていた。「すっかり機嫌が直ったようだね、ガブリエル?」「おとぅたま、これアリスたまからもらったの?」「アリス様に有難うは言ったかい、ガブリエル?」「うん、いったよ。」「この度は御迷惑をお掛けしてしまって、申し訳ありませんでした。」「いいえ、こういう事はよくあることですから、もう慣れていますわ。それよりも、アレクサンドラさんはどちらに?」「彼女には、少し頭を冷やせと言って湖に置いていきました。」ルドルフがそう言った時、アレクサンドラが彼らの元へ戻って来た。「まぁガブリエル、お洋服を汚して!」 アイスクリームの染みがワンピースに広がっているのを目敏く見つけたアレクサンドラは、そう言って眦をつり上げた。「ごめんなさい・・」「アレクサンドラさん、ガブリエルちゃんを余り叱らないで。」「でも・・」「アレクサンドラさんもアイスクリームをどうぞ。」「まぁ、有難う。ではお言葉に甘えて頂きますわ。」アレクサンドラはそう言うと、ドライアイスが入ったケースからアイスクリームの容器をひとつ取り出した。「美味しい。悪阻が酷かった時、大好きなアイスクリームを食べることが出来なくて、ずっと我慢していたの。」「まぁ、そうだったの。ねぇアレクサンドラさん、今度機会があったら、わたし達がウィーンへ遊びに行くわ。」「是非いらして。その時は子供達をプラターへ連れて行くわ。」ピクニックの後、アレクサンドラはルドルフ達と共に滞在先の宮殿へと戻った。「アレクサンドラお姉様、お休みなさい。」「お休みなさい、エルジィ。」「お父様、お休みなさい。」「お休みエルジィ、良い夢を。」 エルジィがアレクサンドラとルドルフの頬にお休みのキスをした後、世話係の女官と共に自分の寝室に入った。 そこには、アレクサンドラの寝室に居る筈のガブリエルが、エルジィより先に寝台の中に潜り込んでいた。「まぁガブリエル様、お母様の所にお戻りになりませんと。」女官が慌ててガブリエルを寝台の中から引きずり出そうとすると、ガブリエルは激しく抵抗して泣き出した。「いや、おかあさまこわいから、いっしょにねるのいやっ!」「じゃぁ、エルジィと一緒に寝る?」エルジィがそうガブリエルに尋ねると、ガブリエルは静かに頷いた。「皇太子様、失礼いたします。」「どうした、何かあったのか?」「実は、ガブリエル様がエルジィ様とご一緒に寝ると聞かなくて・・どういたしましょう?」「あの子の好きにさせてやれ。それと、この事はアレクサンドラには言わないように。」「解りました。」 世話係の女官が部屋から出て行った後、ルドルフは煙草を一本箱から取り出し、それに火をつけて吸った後、深い溜息を吐いて天を仰いだ。にほんブログ村
2016.04.17
(c)Abundant Shine「アレクサンドラ、顔色が悪いぞ、どうしたんだ?」「いえ・・昨夜は色々と考え事をしていて、一睡も出来なくて・・」「余り考え過ぎるのもどうかと思うぞ。」 翌朝、ルドルフは顔色が悪いアレクサンドラにそう話しかけると、彼女はルドルフの言葉に弱々しく頷いた。「おかぁたま、きょうはピクニックにいくんだよね?」「そうよ。ガブリエル、お行儀よくしたら後でお菓子をあげるからね。」「わぁい、やったぁ~!」嬉しそうにそう言ってガッツポーズをするガブリエルの姿に、アレクサンドラの不安が少し和らいだ。 この日は晴天で、絶好のピクニック日和だった。「みんな、遠くに行っては駄目よ!」「はぁ~い!」「ガブリエル、大丈夫かしら?」「大丈夫よ、うちの子達が居るから。」「でも・・」 アリス達と共にピクニックの準備をしていたアレクサンドラは、背後から強い視線を感じて振り向くと、そこには誰も居なかった。「どうしたの?」「さっき、誰かがわたしを見ていたような気が・・」「気のせいよ。それよりもアレクサンドラ、今日の為に特別にサンドイッチを作ったのよ、後で感想を聞かせてね?」「まぁ、美味しそう。」 バスケットに入ったサンドイッチを見たアレクサンドラは、妊娠中なので神経過敏になっているから、幻覚を見ているのだと勝手に思い込んでいた。「ねぇ、お腹の赤ちゃんの性別は判ったの?」「ええ。女の子ですって。」「そう。ガブリエルちゃんが一番大変な時期だから、ルドルフ様やヴァレリー様に色々と助けて貰わないといけないわね。」「ええ。」 二歳のガブリエルは第一次反抗期、所謂“イヤイヤ期”を迎え、アレクサンドラの妊娠が判ってからというもの、些細な事を嫌がり、夜にいくらアレクサンドラが寝かしつけても中々眠らない時期が続いた。 その所為か、アレクサンドラは知らず知らずのうちに精神的・肉体的な疲労とストレスが蓄積されつつあった。「子供って敏感なのね。ガブリエルは下の子が産まれることを余り喜んでいないようで・・」「今までママの愛情を独り占めしてきたから、ママの関心が赤ちゃんに向いてしまうことを薄々と気づいてしまっているのよ。」「わたし、このままだとあの子に手を上げてしまいそうで怖いの。いくら言い聞かせても言う事を聞かないんだもの。」アレクサンドラがそう言ってアリスの方を見た時、子供達が居る湖の方から甲高い悲鳴が聞こえた。「あら、何かしら?」 アリスと共にアレクサンドラが湖へと向かうと、そこにはアリスの長男・エルンスト=ルートヴィヒが気絶したガブリエルを抱いていた。「エルンスト、一体何があったの?」「ガブリエルが木に登ろうとして、途中で足を滑らせて落ちたんだ。でも、僕が寸でのところで受け止めたから怪我はなかったよ。」「有難う、エルンスト。」アレクサンドラがエルンストに礼を言った時、彼の腕に抱かれていたガブリエルが目を覚ました。「おかぁたま・・」「ガブリエル、どうして木に登ったりしたの!」「ごめんなさい・・」「どうして貴方はいつも危ない事ばかりするの!今日は楽しいピクニックになる筈だったのに、貴方の所為で全部台無しじゃない!」 もうやめろと、自分の中の理性が呼び掛けてくるのを感じながらも、アレクサンドラは長く蓄積された末に爆発したストレスを我が子にぶつけずにはいられなかった。「謝りなさい、ガブリエル!迷惑を掛けてごめんなさいって、みんなに謝りなさい!」「ご、ごめんなさい・・」「声が小さい!」「ごめんなさい・・」「アレクサンドラ、もう止めてあげて。ガブリエルちゃんだって充分反省しているじゃないの。」「ガブリエル、もう二度と危ない事をしないって約束して!」アレクサンドラはガブリエルの小さな肩を揺さ振りながらそう言うと、ガブリエルは首を横に振った。「どうしてお母様の言う事を聞かないの!」アレクサンドラはガブリエルの腕を何度も平手で叩き始めた。異様な空気に包まれた二人の姿を見たアリスの子供達は、ガブリエルにつられて泣き始めた。「どうした?」「ルドルフ様、丁度いい所に来てくださいました。さっきガブリエルが木に登って落ちそうになったところを、エルンストが助けてくれたんです。でも、アレクサンドラさんが・・」 ルドルフが湖へやって来た時、アリスはそう言葉を濁してガブリエルに怒鳴り続けているアレクサンドラの方を見た。「やめろ、アレクサンドラ!」「お父様・・」 ルドルフに背後から呼び掛けられ、アレクサンドラはガブリエルを怒鳴るのを止めてゆっくりと彼の方を振り向いた。「一体何があった、わたしにも解るように説明しろ。」「ガブリエルが危ない事をしたから、叱っただけですわ。」「叱った?感情を爆発させて我が子を怒鳴るのが、お前の叱り方なのか?」そう言ったルドルフは、冷たい視線をアレクサンドラへと向けた後、彼女の背後で嗚咽しているガブリエルの前に屈んだ。「ガブリエル、もう危ない事をしてはいけないよ。お母様がお前を怒ったのは、お前の事を愛しているからだよ。」「ごめんなさい・・」 自分には謝らず、ルドルフには素直に謝るのか―アレクサンドラの中で、ガブリエルに対する憎しみの感情が芽生えた。にほんブログ村
ヴィクトリア女王と共にルドルフ達がダイニングルームへと向かうと、そこには彼女の子供と孫達が彼らを温かく歓迎した。「まぁ、貴方がアレクサンドラね?お会いしたかったわ!」そう言ってアレクサンドラに抱きついて来たのは、ヴィクトリア女王の次女・アリス王女だった。「お初にお目に掛かります、アリス様。」「幼い子供達を連れての長旅は大変だったでしょう?」「ええ。ですがお父様が二人の世話をしてくださって大変助かっておりますわ。」「まぁ、親子仲が良くて羨ましいわ。」「アリス、お客様をいつまで立たせておくつもりなの?」ヴィクトリア女王からそう言われたアリスは、慌ててアレクサンドラ達を席に案内した。「さてと、みんな揃ったところだから、食事にしましょうか?」「はい、お母様。」 食前の祈りを捧げた後、ヴィクトリア達は夕食を取った。「ルドルフ様、今度良い猟場を見つけたのですが、一緒に行きませんか?」「いいですね。」長テーブルを挟み、ルドルフとエドワードは狐狩りについて話しをしていた。以前ルドルフは母・エリザベートと共に渡英した時、狩りや乗馬を通してエドワードと親しくなったのだった。「本当に、殿方は狩りの事しか頭にないのね。」「いいじゃないの、わたし達はわたし達で楽しくお喋りしましょう。」男性陣が狩りの事で盛り上がっている中、女性陣は育児やファッションの話で盛り上がった。「ガブリエルちゃんは幾つになったの?」「二歳よ。今は何かにつけて“嫌!”とばっかり言うから、困ってしまいます。」「まぁ、仕方ないわよ。自我が芽生えた証拠なのだから、優しい目で見守ってやらないと。」「それはそうですが・・でも、わたしが心配なのは、来年幼稚園に入るガブリエルが、自分が女の子だと思っているようなのです。」アレクサンドラはそう言葉を切ると、紅茶を一口飲んだ。「その事で他の子供達からからかわれたりしないのかと、不安で堪らないのです。」「ガブリエルちゃんの為に、母親の貴方がガブリエルちゃんの良い所を見つけてあげることが一番よ。どんな小さな事でもいいから、ね?」 アリスの妹・ヘレナからそう言われたアレクサンドラは、安堵の表情を浮かべた。「それにしても、シュティファニー様の事はお気の毒だったわね。彼女は今、どうなさっているの?」「わたしにも、解りません。ただ、お父様があの方との離婚手続きを進めている事だけは知っています。」「そう・・夫婦の問題に、他人が介入するべきではないわよね。ごめんなさいね、無神経な事を聞いてしまって。」「いいえ。」「そういえば、最近美味しいチョコレートのお店が出来たのよ。今度お忍びで行ってみないこと?」「いいですね。」「あらお姉様、貴方今ダイエット中だって言っていなかったかしら?」「たまには息抜きも必要ですわ、お姉様。」「まったく、お姉様ったら子は甘い物に目がないんだから!」ヘレナは大きな溜息を吐くと、アレクサンドラの方を見た。「ねぇアレクサンドラ、これからはお互い仲良くしましょう?」「はい、ヘレナ様。」アレクサンドラがヘレナに微笑んだ時、ダイニングルームにガブリエルとエルジィが入って来た。「ガブリエル、エルジィ、ご挨拶なさい。」アレクサンドラがそう言って二人に声を掛けると、二人は礼儀正しく女王達に挨拶した。「まぁ、お行儀が良い子達だこと。」そう言って二人を見つめるヴィクトリア女王の顔は、威厳に満ち溢れた君主のものではなく、孫を可愛がる祖母の顔そのものだった。「下の子が産まれたら、色々と大変ね。」「ええ。でもガブリエルにはジゼル様やヴァレリー様が居ますから、大丈夫だと思います。」「そう。皇妃様は貴方達とはご一緒ではないの?」「はい。皇妃様はスイスに滞在されております。」「あの方のハンガリー贔屓(びいき)は有名だけれど、最近ではスイスがあの人のお気に入りのようね。まぁ、わたしにとってはどうでもいい事だけれど。」ヴィクトリア女王は、そう言うとカップに残っていた紅茶を飲んだ。「ねぇお母様、明日はわたし達とピクニックに行かない?この頃いいお天気だし、屋内に引き籠ってばかりいるのもつまらないわ。」「そうね。」 その日の夜、アレクサンドラが自分の寝室で休んでいると、ドア越しにルドルフの声が聞こえて来た。「アレクサンドラ、起きているか?」「お父様、どうなさったのです、こんな遅い時間に?」「この前、ガブリエルとエルジィの所に“怖いひげのおじさん”が来た話をしただろう?」「ええ。それがどうかなさったのですか?」「その“怖いひげのおじさん”の正体が判った。」「誰なのですか、その“おじさん”は?」「わたしとお前を憎んでいる人物―シュティファニーの父親だ。」「レオポルド国王陛下が、何故ガブリエルとエルジィに危害を加えようとしていたのですか?」「彼は家庭を顧みない男だが、彼なりに娘への愛情があったのだろう。その娘を壊したわたしとお前が憎くて堪らなかったのだろうよ。」「直接わたし達に罵倒をすればいいのに、何故子供達に・・」「復讐を下すのは本人ではなく、愛する家族を標的にする方が相手へのダメージが大きいという話を前に心理学の本で読んだことがある。」「明日のピクニック、お断りした方が宜しいでしょうか?」「大丈夫だ。明日は朝が早いのだから、もう休め。」「はい、お父様。」 ルドルフが部屋から出て行った後、アレクサンドラは寝室に入って眠ろうとしたが、その夜は一睡も出来ずに朝を迎えた。にほんブログ村
2016.04.13
ルドルフが黒い車に近づこうとすると、運転手は彼にクラクションを鳴らした後猛スピードでその場から去っていった。「お父様、どうされましたか?」「さっき、わたし達を何者かが待ち伏せていた。黒い車が学校の近くに停まっていた。」「その車に誰か乗っていたのですか?」「それを確かめる前に、相手が逃げていった。」「そうですか。何だか気味が悪いですね。」「まぁ、わたし達を待ち伏せているのは誰なのか、見当はつくがな。」ルドルフはそう小声で呟くと、待たせてあった車にアレクサンドラと共に乗り込んだ。「お兄様、アレクサンドラ、お帰りなさい。」「ヴァレリー様、わざわざ来てくださったのですか?」「ええ。アレクサンドラ、卒業おめでとう。色々とあったけれど、良く頑張ったわね。」そう言ってアレクサンドラを抱き締めたマリア=ヴァレリーの左手薬指には、真新しい結婚指輪が光っていた。 彼女は一ヶ月前、夫であるフランツ=サルヴァトールとバート・イシュルの教会で結婚式を挙げたばかりだった。「ヴァレリー、フランを放っておいてウィーンに来ていいのか?」「あら、あの人にはわたしが留守にしている間に浮気をしたら、痛い目に遭わせるってちゃんと釘を刺しておいたから、大丈夫よ。それよりもお兄様、エルジィは何処に居るの?」「あぁ、あいつなら・・」「いや~!」 廊下でルドルフ達が話をしていると、突然子供部屋の方からエルジィとガブリエルの泣き声が聞こえた。「どうしたの、二人とも?」 子供部屋に彼らが入ると、そこには部屋の隅に固まって泣いているエルジィとガブリエルの姿があった。「二人とも、どうして泣いているの?」「こわい人が来たの。」「怖い人?」ヴァレリーの問いに、二人は静かに頷いた。「どんな人なのか、わたし達に解るように説明してくれる?」「おひげのおじさんが急にここへやって来て、ガブリエルを何処かへ連れて行こうとしたの。そのおじさんは、ガブリエルの事をやくびょうがみだって・・」「エルジィ、ガブリエル、そのおじさんはもうここへは来ないから、安心しなさい。」ルドルフがそう言って二人を見ると、彼らはルドルフにしがみついて大声で泣きじゃくった。「あの二人の所にやって来た、ひげのおじさんは一体誰なのでしょう?」「さぁ・・もしかして、お父様かしら?」「それはない。父上はガブリエルを可愛がっているし、わたし達に黙ってあの子を何処かへ連れて行こうとはしないだろう。」 泣き疲れて仲良くソファで眠るエルジィとガブリエルの髪を交互に撫でながら、ルドルフはそう言うと二人の元へやって来た“ひげのおじさん”の正体を密かに探るようロシェクに命じた。「アレクサンドラ、さっき女官から貴方宛ての手紙を預かったわ。」「有難うございます、ヴァレリー様。」ヴァレリーから手紙を受け取ったアレクサンドラが封筒の封をペーパーナイフで切ると、中には大人の拳程の大きさがあるサファイアのペンダントが入っていた。「まぁ、素敵なペンダントね。一体誰からの贈り物かしら?」「さぁ・・」アレクサンドラはそう言いながらペンダントの裏を見ると、そこには“愛するAより”というイニシャルが彫られていた。 それを見た時、舞踏会の夜に自分に言い寄って来たアラム王子の顔がアレクサンドラの脳裏に浮かんだ。「アレクサンドラ、どうした?」「お父様、アラム王子が今何処に居るのか解りますか?」「アラム王子がどうした?」「このペンダント、アラム王子からの贈り物ではないかと思うのです。裏にイニシャルとメッセージが彫ってありました。」 アレクサンドラがそう言ってルドルフにペンダントの裏を見せると、彼の顔が怒りで強張った。 アラム王子と、彼の弟・ハマーン王子の滞在先であるウィーン市内のホテルへとルドルフが向かうと、丁度二人はホテルから出て何処かへ向かう途中だった。「アラム王子、丁度良い所で会いましたね。少しお話ししたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」「おや、皇太子様がわざわざこちらへおいでになられるなんて珍しいですね。わたしに何かご用ですか?」飄々とした口調でそう言いながら自分を見るアラム王子の胸倉を掴みたい衝動に駆られたが、ルドルフはそれを必死で堪えた。「これを、娘から預かりましてね。」ルドルフはサファイアのペンダントが入った封筒をアラム王子に手渡すと、彼に背を向けてホテルから出て行った。「まったく、過保護な父親だ。」「兄上は強引に事を進め過ぎです。相手の気持ちを考えずに、贈り物をしてはならないと母上から散々言われていたでしょうに。」「お前の口煩いところは母上に似たのだな、ハマーン。」自分に小言を言う弟に向かって渋面を浮かべたアラムは、封筒を乱暴にジャケットのポケットにしまった。 夏季休暇を迎え、アレクサンドラとルドルフは公務の一環としてガブリエルとエルジィを連れて渡英した。 マスコミは彼らの渡英を大々的に報じ、女性ファッション誌は専らアレクサンドラのファッションに注目した。「会えて嬉しいわ、ルドルフ皇太子様にアレクサンドラ。わたしは気に入った人間しかここには招待しないのよ、ご存知?」「ええ、存じ上げておりますとも、陛下。わたしも再び貴方とお会いできて嬉しい限りです。」 ルドルフがそう言ってヴィクトリア女王の手に唇を落とすと、彼女は嬉しそうにはにかんだ。「貴方がアレクサンドラね?」「はい。お初にお目に掛かります、女王陛下。お会いできて光栄ですわ。」「噂通りの美人だこと。二人目はいつ産まれる予定なの?」「恐らくクリスマス前には産まれる予定です。」にほんブログ村
「何を為さいます!」「そんなに怒るな。挨拶代わりのキスだ。」アラム王子はそう言って笑うと、アレクサンドラの手を掴んで踊りの輪の中へと加わった。「わたしはまだ、結婚など考えておりません。」「お前のような美しい女は今まで一度も見たことがない。わたしの妻となれば、全ての富と権力をお前に与えよう。お前の子供達にも、何不自由ない生活を送らせてやる。」「わたしは貴方の富と権力には興味はありません。ですから、わたしの事は潔く諦めてくださいませ。」アレクサンドラはそう言ってアラム王子の手を振り払おうとしたが、彼はワルツが終わっても彼女の腰を掴んで離そうとしなかった。「アラム王子、娘が嫌がっているのでその手を離してくれないだろうか?」ルドルフはアラム王子とアレクサンドラの間に割って入ると、アレクサンドラの手を掴んで人気のないバルコニーへと彼女を連れ出した。「あいつに何か言われたのか?」「いいえ。突然妻にすると彼から言われましたが、断りました。」「そうか。アレクサンドラ、アラム王子は漁色家で有名だ。お前の結婚相手には相応しくない。」「お父様、わたしは結婚なんて今は考えておりません。」「それを聞いて安心したよ。」「ガブリエルは何処に?」「ああ、あの子なら世話係の女官に部屋まで連れて行って貰ったよ。あの子は最近言う事を聞かなくて困るな。」「皇妃様にその事を相談してみたら、誰もが通る道で、成長の証だから、心配する事ないって言われました。」「そうか。まぁ、下の子が産まれたら変わるだろうさ。ここは寒いから、中に戻ろう。」「はい。」 バルコニーから大広間へと戻ったアレクサンドラとルドルフの姿を、アラム王子は何処か気に喰わなさそうな表情を浮かべて見ていた。「兄上、一体何を思っていらっしゃるのですか?」「ハマーン、アレクサンドラ皇女の父親・・ルドルフ皇太子様は、少し娘に過保護過ぎないか?」「そうですか?わたしには、普通に仲の良い父娘に見えますが。」「お前は鈍いな、二人の関係は、親子ではなく男女のそれだ。恐らく、ルドルフ皇太子様はアレクサンドラ皇女と肉体関係を持っている。」兄の鋭い言葉に、ハマーンは思わず飲んでいたワインで噎(む)せそうになった。「兄上、だから彼女を妻に迎え入れようとなさっておられるのですか?」「わたしは彼女の美しさに惹かれた。彼女からは振られたが、一度振られたからといって諦めるわたしではないさ。」 そう言ってシャンパンを飲むアラム王子の瞳が輝いているのを見たハマーンは、兄の悪い虫が騒ぎ出したと勘で解った。「アレクサンドラ様、ガブリエル様はお部屋でお休みになっております。」「そう。」 アレクサンドラがガブリエルの寝室に入ると、彼は寝台の中で眠っていた。アレクサンドラはそっと、彼のブロンドの髪を撫でると、彼は僅かに身じろぎした。「おやすみ、良い夢を。」 ガブリエルの寝室を出て自分の寝室に入ったアレクサンドラは、ドレッサーの前で化粧を落とした後肌の手入れをしてそのまま寝台に入って眠った。翌朝、アレクサンドラが起きると、ベッドの傍に置いていた時計は九時を指していた。「おはよう、アレクサンドラ。昨夜は良く眠れたようだね?」「申し訳ありません、お父様。寝坊してしまって・・」「妊娠初期にはよくあることだから、気にするな。それよりも、悪阻は大丈夫か?」「ええ。少し寝たら良くなりました。」アレクサンドラはそう言ってコーヒーを一口飲もうとしたが、再び吐き気に襲われ、慌てて口元をナプキンで覆った。「おかぁたま、どこかわるいの?」「ガブリエル、お母様のお腹には赤ちゃんが居るんだよ。」「じゃぁガブリエル、おねえちゃんになるの?」「そうだよ。ガブリエルはこれからお兄ちゃんになるんだから、良い子にしていないとね。」ルドルフがそう言ってガブリエルの顔を見ると、彼は嬉しそうに笑った。 それからアレクサンドラは第二子出産まで、公務と学業、そして育児の両立をルドルフ達に助けられながらこなした。 復学したアレクサンドラを、友人達は温かく出迎えた。「アレクサンドラ、ガブリエルちゃんは元気?」「ええ、元気よ。それよりももうすぐみんなと会えなくなるわね。」「そうね。でも大丈夫よ、きっとどこかでまた会えるわよ。」 親友の言葉を聞いたアレクサンドラは、笑顔を浮かべた。6月、アレクサンドラは一年の休学期間を経て、聖マリアアカデミーを首席で卒業した。「卒業おめでとう、アレクサンドラ。」「有難うございます、わたしが無事に卒業できたのは、お父様が支えてくださったお蔭です。」「大学には、勿論進学するつもりだろう?」「ええ。ガブリエル達の育児が一段落したら、進学するつもりです。」アレクサンドラがそう言ってルドルフの方を見た時、彼女の鞄の中に入っていたスマートフォンがけたたましく着信を知らせた。「誰からだ?」「知らない番号です。」「わたしが出よう。」 ルドルフはアレクサンドラからスマートフォンを受け取ると、通話ボタンを押した。「もしもし?」ルドルフがそう言ってスマホに耳を押し付けると、相手は何も言わずに切った。「お父様?」「さぁ、帰ろうか。」「はい・・」 ルドルフはアレクサンドラと共に聖マリアアカデミーを後にしようとした時、学校の近くに見慣れない黒い車が一台停まっている事に気づいた。「アレクサンドラ、少しここで待っていろ。」「解りました。」にほんブログ村
2016.04.11
ルドルフと手を繋いでバルコニーへと向かったアレクサンドラは、自分を見つめ、歓声を上げる国民達に向かって手を振った。「アレクサンドラ、十八歳の誕生日おめでとう。」「有難うございます、皇妃様。」「これは今日の為に特別に作らせたものよ。貴方が気に入るといいのだけれど。」 エリザベートはそう言うと、女官長から長方形の箱を受け取り、それをアレクサンドラに手渡した。「これは、何ですか?」「開けて御覧なさい。」アレクサンドラが箱の蓋を開けると、そこには一流の職人の手によって作られた女神を象った守り刀が入っていた。「この女神は、ギリシャ神話に出て来る愛と美を司る神・アフロディーテよ。貴方もアフロディーテのような美しい女性になるように願っているわ。」「有難うございます、皇妃様。」「わたしがつけてあげよう、アレクサンドラ。」ルドルフはそう言うと、守り刀を箱から取り出し、アレクサンドラの首にそれを提げた。「良く似合っているわ、アレクサンドラ。」エリザベートに微笑もうとしたアレクサンドラは、再び吐き気が襲ってくるのを感じて思わず顔を顰(しか)めた。「どうしたの、アレクサンドラ?」「すいません、先程から吐き気が襲って来て・・」「まぁ、それは悪阻ではなくて?」「皇妃様、そんな事は・・」「いいえ、きっと悪阻に違いないわ。今すぐお医者様に診て貰いなさい。」「はい・・」エリザベートから医師の診察を受けるように言われ、アレクサンドラが侍医の診察を受けると、彼女は妊娠三ヶ月に入っていた。「まぁ、やっぱりね。」アレクサンドラから妊娠を告げられたエリザベートは、朗らかな声で笑いながらルドルフの方を見た。「アレクサンドラ、余り無理をするなよ。」「はい、お父様。でも、ガブリエルの育児を一段落していないというのに、二人目を妊娠したと周囲に知られたら、どう思われてしまうかどうか心配で・・」「言いたい奴には言わせておけばいい。お前は元気な子を産む事だけを考えろ。」ルドルフはそう言うと、アレクサンドラの肩を優しく叩いた。 その日の夜、アレクサンドラの誕生日と成人を祝う舞踏会には、アレクサンドラの友人達の姿があった。「アレクサンドラ、久しぶりね。元気にしていた?」「ええ。貴方達も、元気にしていた?」「ねぇアレクサンドラ、貴方もうすっかりママの顔ね。」親友のヘレンからそう言われたアレクサンドラが羞恥で顔を赤く染めていると、そこへガブリエルを抱いたルドルフがやって来た。「皇太子様、今晩は。」「みんな、よく来たね。紹介するよ、この子がわたしの孫の、ガブリエルだ。ガブリエル、皆さんにご挨拶なさい。」「こんにちは。」「まぁ、可愛いわね。天使みたい。何処か皇太子様に似ているわ。」「あら、そうかしら?よく皇妃様やヴァレリー様から言われるのよ。」アレクサンドラはそう言うと、ルドルフの腕の中で暴れているガブリエルの方を見た。「どうしたのです、お父様?」「この子を寝かしつけようとしても、お前に会いたいと言って愚図ってばかりいてね。根負けしたわたしがこうしてガブリエルを連れてお前に会いに来たわけだ。」「まぁ、そうだったんですか。」ルドルフからガブリエルを受け取ろうとしたアレクサンドラだったが、ガブリエルは二人の間をすり抜け、大広間を駆けていった。「ガブリエル、走っては駄目よ!」アレクサンドラは慌ててガブリエルを追いかけたが、ハイヒールを履いている所為か中々ガブリエルを捕まえることが出来ない。 そんな母親の姿を見たガブリエルは、益々嬉しそうな顔をして大広間の中を走っていた。やがて彼は一人の青年にぶつかり、大理石の床に尻餅をついてしまった。「ガブリエル、大丈夫?」「うん。」「息子が大変失礼な事をして、申し訳ありません。」「いいえ、息子さんにお怪我がなくてよかった。」ガブリエルを抱き上げたアレクサンドラがそう言ってガブリエルとぶつかった青年に謝ると、彼はそう言ってアレクサンドラに微笑んだ。「ガブリエル、もう寝る時間よ。」「やだ、まだねたくない。」「駄目よ。」「いや~!」癇癪(かんしゃく)を起すガブリエルにアレクサンドラが手を焼いていると、そこへルドルフがやって来た。「ガブリエル、早く寝ないと大きくなれないぞ。」「ひとりでねむれないもん。」「そうか。じゃぁわたしと一緒に寝よう。」ルドルフはそう言ってガブリエルをあやしながら大広間から出て行った。「では、わたしはこれで。」「あの、出来ればお名前を・・」「ハマーン、こんな所にいたのか?」 流暢なドイツ語が突然背後から聞こえ、ガブリエルと青年が振り向くと、そこには美しい刺繍が施された民族衣装を纏った三十代前半と思しき男が立っていた。「兄上、貴方もこちらにいらしていたのですか。」「ハマーン、そちらの女性は誰だ?」「まだ貴方の名前をお聞きしていなかった。わたしはハマーン、シェリム王国第二王子です。こちらは兄の第一王子の、アラムです。貴方は?」「わたしはアレクサンドラ=エリザベート=ヘレーネ=フォン=ハプスブルク、ハプスブルク帝国皇女です。お初にお目に掛かります、ハマーン様、アラム様。」「美しい。決めた、お前を俺の妻にする。」 シェリム王国第一王子・アラムは、そう言うとアレクサンドラの唇を塞いだ。にほんブログ村
後半に少し性描写有りです。苦手な方はご注意ください。 2018年1月、ウィーン。 この日、アレクサンドラの長男・ガブリエルは二歳の誕生日を迎えた。「ガブリエル様、お誕生日おめでとうございます。」「おめでとうございます。」 朝から廊下で擦れ違う女官や兵士達にそう言われても、幼いガブリエルはどうしてそんな言葉を彼らから掛けられるのかが解らず、小さな首を傾げていた。「おかぁたま、どうしてみんなおめでとうっていうの?」「それはねガブリエル、今日は貴方が産まれた日だからよ。」アレクサンドラは息子の小さな手を繋ぎ、エリザベート達が待つ部屋へと向かった。「おとぅたま!」部屋に入るなり、ガブリエルはアレクサンドラの手を振り解き、ルドルフの胸元へと飛び込んでいった。「ガブリエル、“お父様”ではなく、“お祖父様”と呼ばなくてはいけないでしょう?」「いいじゃないか。」アレクサンドラがすかさずガブリエルをそう窘(たしな)めると、ルドルフはそう言ってガブリエルの頭を撫でた。「随分と見ない間に大きくなったわね。そのお洋服は、誰に買って貰ったの、アレクサンドラ?」「おとぅたまから!」「“お祖父様から買って頂きました”でしょう?皇妃様、申し訳ありません、礼儀知らずな子で・・」「まだガブリエルは二歳なのだから、大目に見ておあげなさいな、アレクサンドラ。ガブリエル、貴方にお菓子を買って来たの。一緒に食べましょう。」「ありがとう。」「まぁ、可愛らしいこと。」エリザベートはガブリエルに頬擦りすると、彼のブロンドの髪を優しく梳いた。「ガブリエル、プレゼントは何が欲しいの?」「あかちゃん!」「まぁ、そうなの。」「ガブリエル、皇妃様を困らせてはいけません。」アレクサンドラは慌ててガブリエルをエリザベートから引き離すと、エリザベートに頭を下げた。「ガブリエル、どうして赤ちゃんが欲しいの?」「だってヤンネやマリーのところには、あかちゃんがいるもん。おかぁたま、ガブリエルもあかちゃんほしい。」「貴方が良い子にしていたら、赤ちゃんが貴方の元に来ると思うわ。」我が子にそう言われ、アレクサンドラはその場でそう言葉を濁すしかなかった。 その日の夜、アレクサンドラが寝室のドレッサーの前で肌の手入れをしていると、そこへルドルフがやって来た。「お父様、どうなさったのです、こんな時間に?」「夜這いに来たんだ。」ルドルフはアレクサンドラを背後から抱き締めると、彼女の乳房を夜着の上から揉んだ。「いけません、そんな・・」アレクサンドラがルドルフの愛撫を拒むと、彼は何処か拗ねたような表情を浮かべた。「お前は、わたしに抱かれるのが嫌なのか?」「いいえ、そういう訳ではありません。」「お前の気が乗らないのに、無理強いするのは良くないな。まぁ、今夜お前を抱かなくても、韓国に行けばチャンスは何度でもある。」「韓国、ですか?」「来月開催される平昌五輪に招待された。出発までにまだ時間はあるが、お前を韓国へ連れて行くことにした。」「そんな急にお決めにならなくても宜しいのに・・」「今までガブリエルの育児に掛かりきりになって、休む暇がなかっただろう?今回の公務は、その息抜きだと思ってくれればいい。」ルドルフはそう言うと、アレクサンドラを抱き締めた。「ガブリエルはどうなさいますか?」「あの子なら、母上が面倒を見てくれるそうだ。ガブリエルは母上によく懐いているし、心配ないだろう。」「そうですね。」アレクサンドラがそう言ってルドルフの方を見ると、彼はアレクサンドラの唇を塞いだ。 2月3日、アレクサンドラとルドルフはウィーンを発ち、韓国へと向かった。平昌市内のホテルで彼らを歓迎するパーティーが開かれ、二人が漸くパーティーから解放されたのは、その日の深夜だった。「これでは息抜きもあったものではないな。」「ええ。」 ホテルのスイートルームに入ったルドルフは、溜息を吐きながらネクタイを緩めた。アレクサンドラは、昼間大統領から贈られた韓国の伝統衣装チマ=チョゴリを着ていた。淡いクリーム色の上着と赤いスカートの組み合わせは、アレクサンドラの美しさを引き立てていた。「あの、お父様、おかしくはありませんか?」「いいや。良く似合っている。」ルドルフはそう言うと、アレクサンドラをベッドの上に押し倒し、上着の胸紐を解いた。「お父様・・」「やっと二人きりになれたんだ、いいだろう?」スカートの中にルドルフの手が潜り込み、自分の陰部を指先で愛撫するのを感じたアレクサンドラは、いつの間にか甘い声で喘いでいた。「もう濡れているじゃないか。」「そんな事、言わないでください・・」アレクサンドラはルドルフのネクタイを解き、彼が着ているシャツを脱がした。「そろそろ、頃合いか・・」ルドルフはそう呟くと、ズボンの前を寛がせ、自分の陽物をアレクサンドラの蜜壺に挿入した。「お前を抱くのは、二年振りだな・・」「お父様・・」 アレクサンドラは熱で潤んだ瞳でルドルフを見ると、彼はアレクサンドラの唇を激しく貪った。ルドルフが腰を揺らす度に、アレクサンドラが着ているスカートが衣擦れの音を立てた。「お父様、もう・・」「どうした、止めて欲しいのか?」アレクサンドラは首を横に振り、ルドルフの背中にしがみついた。「もっと、ください・・」「今夜は寝かせないからな。」ルドルフはそう言ってアレクサンドラに微笑むと、再び腰を揺らし始めた。 その夜、二人は何度も絶頂に達した。アレクサンドラが目を開けると、隣で寝ていた筈のルドルフの姿がなかった。彼は素肌にガウンを纏った姿のまま、窓から外の景色を見ていた。「お父様?」「見ろ、アレクサンドラ。昨夜降った雪が積もったようだ。」アレクサンドラがルドルフの隣に立って外を見ると、スキー場は雪で白く染まっていた。「まぁ、綺麗・・」「お前の方が綺麗だよ、アレクサンドラ。」ルドルフはそう言うと、アレクサンドラの唇を塞いだ。 平昌五輪が閉幕し、ルドルフ達が韓国からウィーンに戻ると、空港までエリザベートと共に迎えに来ていたガブリエルが二人に駆け寄って来た。「ガブリエル、ただいま。良い子にしていた?」「おとぅたま!」「甘えん坊だな、ガブリエルは。母上、わざわざ出迎えに来てくださって有難うございます。」「いいのよ。」 二人が韓国から戻って来て数ヶ月後、アレクサンドラは十八歳の誕生日を迎えた。「成人おめでとう、アレクサンドラ。」「有難うございます、お父様。」華やかなドレスに身を包んだアレクサンドラがルドルフと共にバルコニーへと向かおうとした時、彼女は突然激しい吐き気に襲われ、その場に蹲(うずくま)った。「アレクサンドラ、どうした?」「いいえ、何でもありません。」にほんブログ村
2016.04.10
「エルジィ様、どちらにいらっしゃいますか~!」「エルジィ様~!」 廊下から聞こえる女官達の慌てふためいた声を聞いたアレクサンドラが部屋から出ると、そこには廊下を右往左往する彼女達の姿があった。「貴方達、どうしたの?」「アレクサンドラ様、エルジィ様のお姿が見えないのです。」「いつから?」「皇太子様をお見送りした時からです。」「アレクサンドラ様、どちらへ?」「バート・イシュルに向かいます。支度をして頂戴。」「かしこまりました。」 一方、バート・イシュルの城館に到着したルドルフが車のトランクに積んでいたスーツケースを下ろした時、それがとてつもなく重い事に気づいた。 まるで、人が入っているかのような重さだ―ルドルフがそう思いながらスーツケースを開けると、そこにはじっとこちらを見つめている愛娘の姿があった。「エルジィ、どうしてお前がここに居るんだ?」「ごめんなさいお父様。だってお父様がバート・イシュルへ行かれたら、暫く会えないと思って、寂しくて・・」「お前の気持ちは解るが、危ないことをしてはいけないよ、エルジィ。今回はわたしが気づいたからいいものの、スーツケースの中に入るのは危ない事なんだ。だから、こんな危ない事を二度としてはいけないよ、解ったね?」「解りました、お父様。もう二度とこんな危ない事はしません。」エルジィがそう言ってルドルフを見ると、彼はエルジィに優しく微笑み、彼女を抱き上げた。「エルジィ、この事はアレクサンドラお姉様達には言ったのか?」ルドルフの問いに、エルジィは首を横に振った。「エルジィ、暫くここで待っていなさい。」「解ったわ、お父様。」 ルドルフが溜息を吐きながらエルジィを自室で待たせ、ロシェクの姿を探していると、廊下の向こうからアレクサンドラの声が聞こえて来た。「ロシェクさん、エルジィは何処なの?」「申し訳ございません、わたくしにはわかりかねます・・」「アレクサンドラ、お前どうしてここに居る?」「お父様、エルジィがこちらに来ていませんか?今朝女官達がエルジィの姿を探していたので、もしやと思って・・」「エルジィなら、わたしの部屋に居る。どうやら車が発車する前に、スーツケースの中に隠れてウィーンからここまでついてきたようだ。」「あの子ったら、そんな危険な事をして・・」そう言って眦を上げて溜息を吐くアレクサンドラの姿を見ながら、ルドルフはおかしくなってつい笑ってしまった。「お父様?」「済まない、お前がそう言った時の顔が、姉の顔ではなく母親の顔のようだったから、つい・・」「お父様ったら、ふざけないでください。」ルドルフの肩を軽く小突いたアレクサンドラは、彼と共にエルジィの元へと向かった。「アレクサンドラお姉様、心配を掛けてしまってごめんなさい・・」「エルジィ、無事で良かったわ。ねぇ、どうしてスーツケースの中に入ったりしたの?」「だって、お父様と一緒に行きたいって言ったら、お父様とお姉様を困らせてしまうからと思って・・」「だから、黙ってスーツケースの中に隠れたの?」アレクサンドラは腰を屈め、エルジィにそう尋ねると、彼女は静かに頷いた。「エルジィは寂しかったのよね?だから、お父様と一緒にイシュルへ行きたかったのね?」アレクサンドラがそう言うと、エルジィは彼女に抱きついて大声で泣いた。「エルジィ、これからはわたしが貴方のお母様の代わりをするからね。貴方に寂しい思いはさせないわ。」 アレクサンドラは自分の胸に顔を埋めて泣きじゃくっているエルジィの頭を優しく撫でた。 その日の夜、エルジィが寝室のベッドで熟睡していることを確かめたアレクサンドラは、彼女の寝室から出てルドルフの部屋へ向かった。「お父様、まだ起きていらっしゃいますか?」「ああ、入れ。」「失礼いたします。」 アレクサンドラが部屋に入ると、ルドルフは執務机の前に座ってノートパソコンのキーボードを叩いていた。「こんな時間までお仕事を?静養に来たのではなかったのですか?」「そうしたいのは山々だが、いざ休もうとすると落ち着かなくてね。仕事中毒(ワーカホリック)なのかな?」ルドルフはそう言って苦笑すると、アレクサンドラの方を見て彼女の唇を塞いだ。「エルジィは、もう寝たか?」「ええ。お気に入りの絵本を読んであげたら、五分で眠ってくれました。」「エルジィの寝かしつけが終わったから、今度はわたしの番か?」「まぁ、そういうことです。」「そうか。」ルドルフはアレクサンドラの乳房を服の上から揉むと、彼女は甘い声で喘いだ。「お父様、こんな所では・・」「わかっている。」 アレクサンドラを抱き上げ、ルドルフは寝室に入ると、アレクサンドラを寝台の上に押し倒した。 出産してから数週間しか経っていないが、アレクサンドラの体型は妊娠前と少しも変わらなかった。「そんなに見ないでください、恥ずかしいです。」「別にいいだろう、減るものでもないし。」ルドルフがそう言ってアレクサンドラの胸に顔を埋めようとした時、ガブリエルの泣き声が廊下から聞こえて来た。「甘い時間は当分お預けだな。」「申し訳ありません。」「謝ることはない。ガブリエルのおむつ替えや風呂を入れたりは出来るが、こればかりはお前にしか出来ない事だ。」「では、これで失礼します。」 アレクサンドラが寝室から出て行った後、ルドルフは溜息を吐いて寝台に横になり、欲望の炎で熱くなっている下半身へと手を伸ばした。素材提供サイト様にほんブログ村
「それで、君はこれからどうするつもりだ?」「シュティファニーとは離婚するつもりです。あんな事があった以上、彼女はわたしとはもう一緒に暮らしたくないでしょうから。」「馬鹿な事を言うな!君の所にシュティファニーを嫁がせたのは、同盟を結ぶためだ!」「貴方、落ち着いてくださいませ。シュティファニーにとって、皇太子様との離婚が一番の最善策の筈・・」「黙れ!国家の事を何も解っていない女が偉そうにわたしに意見するな!」「申し訳ありません・・」 夫からそう怒鳴られたマリー=アンリエットは、そう言って俯いた。「皇帝陛下、貴方も皇太子様と同じ思いなのですか?」「それは・・」「陛下、皇太子妃様の意識が戻りました。至急病院へおいでください。」「解った。ルドルフ、離婚の事はお前の口からシュティファニーに伝えろ。」「はい、陛下。」「待て、わたしは離婚など認めんぞ!」レオポルド二世はそうルドルフに怒鳴って部屋から出て行こうとする彼の肩を掴もうとした時、突然視界が歪んでその場に蹲った。「貴方、しっかりなさって!」「誰か、医者を呼べ!」 怒りの余り、レオポルド二世は血圧が上がって失神してしまったのだった。「陛下、申し訳ありません。」「謝るのはこちらの方です。」ルドルフを先に病院に行かせたフランツは、そう言ってマリー=アンリエットに向かって頭を下げた。「皇太子様はもう病院に?」「ええ、向かわせました。今頃、離婚についてシュティファニーに彼が話しているところでしょう。」「一体どうして、こんな事になってしまったのでしょう?わたしはあの子の結婚には反対していました。ですが主人が強引に縁談を進めてしまって、あの子はわたしと同様、不幸な結婚生活を送ってしまうことになるなんて・・」そう言ってさめざめと泣くマリー=アンリエットに、フランツは掛ける言葉がなかった。 同じ頃、ルドルフはシュティファニーが入院している病院へと向かった。「皇太子様、こちらです。」侍従に案内され、ルドルフが、シュティファニーの病室の中に入ろうとした時、中から何かが割れる音が聞こえた。「落ち着いてください!」「嫌よ、死なせて~!」「誰か、先生を呼んで来て!」 ドアの扉の隙間越しに見えたシュティファニーは暴れ狂い、数人の看護師達によってベッドの上に押さえつけられていた。「わたしは生きていたくなんてないの、わたしを死なせて~!」 やがてシュティファニーの主治医がルドルフの脇を通り抜けて病室の中に入ると、興奮して暴れているシュティファニーに鎮静剤を打った。「先生、妻は一体どうなっているのですか?」「皇太子様、大変申し上げにくいことですが、皇太子妃様は精神のバランスを大きく崩されて、大変不安定な状態になっております。このままだと、退院は見送らなければなりません。」「いつ妻は良くなりますか?」「それは、わたしにも解りかねます。」彼はそう言ってルドルフに頭を下げると、その場から去っていった。「ルドルフ、シュティファニーには会えたか?」「いいえ。主治医の話だと彼女は精神のバランスを大きく崩して、退院をするのは当分無理だろうと・・」「そうか。離婚の手続きはわたしがする。お前は養生しろ、いいな?」「はい、父上。」 【皇太子夫妻、離婚秒読みか!?】 一週間前、王宮内の自室で自殺を図ったシュティファニー皇太子妃は昨日入院先の病院で意識を取り戻したものの、精神のバランスを大きく崩してしまっているため、退院の目処が立っていない状態だという。 その現場に居合わせた看護師が、我々の取材に応じてくれた。「彼女が目を覚ますと、意味不明な言葉を叫びながら手辺り次第に物を破壊し、近くに居た同僚に暴力を振るいました。」 シュティファニー皇太子妃の精神状態が心配される中、ルドルフ皇太子は彼女との離婚手続きを進めているという噂が王宮内で流れている。シュティファニー皇太子妃が何故自殺を図ったのか、その原因は未だに明らかになっていない。しかし、皇太子妃付きの女官は、主の自殺未遂の原因について我々にこう語った。「皇太子様との愛のない結婚生活に疲れ果てて絶望してしまったのではないかと思います。皇太子様は女性とのお噂が絶えない方ですし、女性の噂を聞くたびに皇太子妃様がヒステリーを起こしていましたから。」 離婚騒動について、皇太子側は一切コメントを発表していない。もし皇太子夫妻の離婚が成立すれば、彼らの一人娘であるエリザベート皇女の親権はどちらが取るのか―今後の動きに注目したい。(週刊パレス 2016年2月10日号) 皇太子夫妻の離婚騒動が報道されてから、ルドルフはマスコミを避けてウィーンを離れ、バート・イシュルで静養に入った。「お父様、お気をつけて。」「アレクサンドラ、わたしが留守の間、エルジィの事を頼む。」「はい、解りました。」 ルドルフがバート・イシュルへと向かう日の朝、アレクサンドラはエルジィと共に彼を見送った。「アレクサンドラ姉様、お父様はきっとわたし達の所に帰って来る?」「ええ、帰って来るわよ。」にほんブログ村
2016.04.06
「わたしに客だと?それは誰だ?」「皇太子様にお会いしたいとだけおっしゃって・・どうなさいますか?」「体調が悪いと言って嘘を吐き、客を帰せ。」「かしこまりました。」 忠実な侍従・ロシェクはそう言うとルドルフの私室から出た。仕事の邪魔をされない為に執務室のドアに内側から鍵を掛け、執務机の前に座ったルドルフが報告書に目を通していると、突然彼は息苦しさを感じた。過労とストレスの所為か最近発作が度々起きることがあった。ルドルフは呻きながら引き出しから吸入器を取り出そうとしたが、何故かいつも置いてある場所にそれはなかった。呼吸が出来ず、助けを呼ぶこともままならない中、ルドルフの執務室のドアを誰かが叩く音が聞こえた。「お兄様、いらっしゃる?」外から聞こえて来たのは、ヴァレリーの声だった。「ロシェク、本当にお兄様はこちらにいらっしゃるの?」「はい、間違いございません。」「鍵が掛かっているわ。ロシェク、鍵を。」ドアの鍵穴がカチャリと回る音とともに、ロシェクとヴァレリーが慌てた様子で部屋から入ってくる姿をルドルフは蒼褪めた顔で見た。「お兄様、しっかりなさって!」「誰か、侍医を呼べ!」「お兄様、わたしが誰だか解る?」ヴァレリーの問いに、ルドルフは静かに頷き、意識を失った。「ストレスの所為で発作が酷くなったのでしょう。暫く安静にしていてください。」 侍医のヴィーダーホーファー博士からそう告げられたルドルフは、気怠そうな様子で枕に頭を預けた。「お父様、アレクサンドラです。」「入れ。」 寝室にガブリエルを抱いたアレクサンドラが入って来ると、ルドルフは寝台から上体を起こして二人を見た。「喘息の発作を起こされたとヴァレリー様から聞きました。もう大丈夫なのですか?」「ああ。だが暫く安静にしていろと侍医から言われた。わたしが過労で倒れたという事をマスコミが知ったら、彼らは益々活気づくだろうな。」「お父様、今は何も考えずに、ゆっくりと休んでくださいませ。」「ガブリエルはもう寝ているのか?」ルドルフがアレクサンドラからガブリエルへと視線を移すと、彼は母親の腕の中で寝息を立てていた。「ええ。ヴァレリー様とエルジィにさっき沢山遊んでもらったので、疲れてしまったのでしょうね。」「そうか。なぁアレクサンドラ、この子は将来どんな風に育つんだろうな?」「さぁ、それはわたし達にも解りません。」ルドルフが眠っているガブリエルの手を握ると、小さな彼の指はルドルフの中指を力強く掴んだ。「赤ん坊は、いつ見ても飽きないな。アレクサンドラ、今すぐとは言わないが、暫くしたら二人目を・・」「まぁ、お父様ったら。そのような事をおっしゃっているのでしたら、もう元気そうですね。」アレクサンドラがクスクス笑いながらルドルフの方を見ると、彼も笑顔を浮かべていた。「皇太子様、失礼致します。」「素性が判らぬ客は追い返せと言った筈だ。何度も同じ事を言わせるな。」侍従から来客を告げられたルドルフが不機嫌そうな口調でそう言うと、彼はどこか気まずそうな表情を浮かべていた。「どうした、何かあったのか?」「実は、ベルギーから国王夫妻がいらしており、今回の事で皇太子様から詳細を伺いたいとおっしゃって・・」「解った。国王夫妻にはわたしが会おう。」「お父様、大丈夫なのですか?さっき倒れたばかりだというのに・・」「大丈夫だ。」 ルドルフが侍従と共に部屋から出て行くと、アレクサンドラは彼の事が心配になり彼の後を慌てて追った。「ルドルフ、来たのか。」「父上、国王夫妻はどちらに?」「国王夫妻なら、隣の部屋にいらっしゃる。ルドルフ、顔色が悪いぞ。発作で倒れたばかりだというのに、国王夫妻に会うのは止めておいた方がいいのではないか?」 フランツはそう言うと、息子を慮(おもんばか)った。 シュティファニーの両親であるベルギー国王・レオポルド二世とその妻・マリー=アンリエットはルドルフの義理の両親に当たるが、ルドルフは一度も彼らと会うことはしなかった。 アフリカの小国を己の私有地にし、そこから大量のダイヤモンドを輸入しているレオポルド二世がかの国で犯した悪行の数々をルドルフは知っているだけに、舅に対して彼は嫌悪感しか抱かず、レオポルド二世もまた自由主義や民主主義にかぶれ、ハンガリー独立運動を支援している義理の息子を心底嫌っていた。 その憎い義理の息子の所為で娘が自殺未遂を図った事を知り、レオポルド二世は妻を伴って遠路遥々ベルギーからやって来たのである。「国王夫妻が遥々ベルギーからやって来たのは、直接わたしに文句を言わなければ気が済まないからでしょう。どんな誹りもわたしは受けとめるつもりです。」「そうか。だがルドルフ、わたしはお前が心配だ。わたしも国王夫妻と会うことにしよう。」 フランツとルドルフが国王夫妻の待つ隣室に入ると、ルドルフの姿を見たレオポルド二世は勢いよくソファから立ち上がり、拳でルドルフを殴った。「貴様、よくもシュティファニーを殺そうとしたな!」「落ち着いてくださいませ、陛下!」「うるさい、お前は黙っていろ!」 怒りで興奮している夫を宥めようとした妻を邪険に振り払ったレオポルド二世は、ルドルフに向かってありとあらゆる汚い言葉で彼を罵倒した。 だがルドルフは一切舅に対して反論しなかった。「どうか陛下、気をお鎮めになってください。ルドルフも今回の事については深く反省しております。」フランツはそう言うと、舅に殴られ床に倒れているルドルフを助け起こした。にほんブログ村
その日の午後、退院したアレクサンドラがガブリエルを抱きながらルドルフと共に病院から出て来ると、カメラの眩いフラッシュが二人を襲った。「アレクサンドラ様、出産おめでとうございます!」「未婚の母となったお気持ちをお聞かせください!」「赤ちゃんのお父さんは誰ですか?」 矢継ぎ早に無遠慮な質問を投げつけて来る記者達に対して、アレクサンドラとルドルフは無視して正面玄関に待たせてあった車に乗り込んだ。「お帰りなさい、アレクサンドラ。」「皇妃様、大変ご無沙汰しております。」 王宮へと戻ったアレクサンドラは、ハンガリーから帰って来たエリザベートにそう挨拶すると、彼女は朗らかな声で笑った。「まぁ、可愛らしいこと。本当に天使のような可愛い赤ちゃんね。」「ええ、本当に。」「皇太子様が赤ちゃんだった頃にそっくりですわ。」「将来は聡明な御子に育つことでしょうね。」エリザベートがそう言ってガブリエルを抱くと、彼女の周囲に控えていた女官達も目を細めながらガブリエルを見た。その時、ガブリエルが大きな声で泣き始めた。「まぁ、どうしたのかしら?」「きっとおむつが濡れて気持ちが悪いのでしょう。母上、ガブリエルをわたしに。」「ええ、解ったわ。」エリザベートからガブリエルを渡されたルドルフは、慣れた手つきで彼をベビーベッドに寝かせ、濡れたおむつから新しいおむつに替えた。「まぁルドルフ、かなり慣れているのね?」「皇太子様は、ガブリエル様がお生まれになってから、病院で開催されている育児教室に参加されておられたのですよ。」「ガブリエル様は皇太子様にとって初孫ですから、ご自分でガブリエル様のお世話を為さりたいのでしょうね。」 女官達の話を聞いたエリザベートは、嬉しそうに笑いながらルドルフの方を見ると、彼は羞恥で顔を赤くしていた。「ルドルフ、これからはアレクサンドラの事を助けてやって。」「解りました、母上。」「皆様、昼食の準備が整いました。」「アレクサンドラは何処かしら?さっきから姿が見えないけれど。」「きっとエルジィの所でしょう。わたしが呼んで来ます。」ルドルフがそう言って家族が集まっている部屋から出て、静まり返った廊下を歩き出した。 愛娘が居る部屋へとルドルフが向かい、ドアを開けようとした時、ヒステリックな妻の声が中から聞こえて来た。「何て汚らわしい!夫をその若い肉体で誘惑しただけではなく、彼の子を孕んで産むなんて、恥を知りなさい!」「皇太子妃様、わたくしは・・」「言い訳なんて聞きたくないわ!貴方はわたくしが持っている全ての物を奪い取ろうとしているのでしょう!」 アレクサンドラの悲鳴が聞こえたので、ルドルフは堪らずドアを開けて部屋の中に入った。 すると、そこにはアレクサンドラに馬乗りになってナイフを彼女の頭上に振り翳そうとしているシュティファニーの姿があった。「やめろ、シュティファニー!」「何をするのよ、離して!」ルドルフはシュティファニーがナイフを握っている方の腕を掴んで素早くナイフを叩き落とした。「アレクサンドラ、怪我はないか?」「はい・・」「貴方、邪魔をしないでよ!この女は・・」「目を覚ませ、シュティファニー!」ルドルフがシュティファニーの頬を平手打ちすると、彼女は意味不明な叫び声を発しながら部屋から出て行った。「エルジィは何処に居る?」「エルジィなら、さっき世話係の女官と一緒に皇妃様達が待つお部屋に行きました。」「そうか。」 ルドルフがアレクサンドラと共にエリザベート達が待つ部屋へと戻ると、マリア=ヴァレリーが二人の元に駆け寄って来た。「アレクサンドラ、義姉上様と一体何があったの?」「エルジィを呼びに行こうとした時、突然皇太子妃様が訳の分からない事を叫んで、わたしを罵倒したんです。わたしは彼女を落ち着かせようとしたのですが・・」「お義姉上様は今、どちらにいらっしゃるの?」「わからない。だがあいつが精神を病んでいる事は確かだ。」 ルドルフがそう言って溜息を吐いた時、女官の悲鳴がシュティファニーの部屋から聞こえて来た。「どうした?」「皇太子様、皇太子妃様が・・」ルドルフがそう女官に尋ねると、彼女は震える手で浴室の方を指した。 ルドルフが浴室のドアを開けると、シャワーフックから首を吊ったシュティファニーの姿がそこにあった。「誰か、救急車を呼べ!」「お母様、お母様!」「エルジィ、見ては駄目よ!」 ヴァレリーは母親の元に駆け寄ろうとするエルジィを自分の方へと抱き寄せた。「何ということでしょう、皇太子妃様が自殺されるなんて・・」「まだ彼女が死ぬと決まった訳ではない。この事は口外するな、解ったな?」ルドルフがそう言って女官を睨むと、彼女は慌てて部屋から出て行った。 王宮に救急車が到着し、シュティファニーは病院に搬送され一命を取り留めた。彼女が自殺未遂をした事は厳しい箝口令(かんこうれい)が敷かれ外部に漏洩する事はなかった。 しかし、マスコミはシュティファニーが入院している病院を突き止め、彼女が自殺未遂をした原因を探ろうとしていた。「全く、何処までも鬱陶(うっとう)しい連中なんだ!」 ルドルフはそう叫ぶと、腹立ち紛れに執務机を拳で叩いた。「皇太子様、お客様がお見えです。」にほんブログ村
アレクサンドラが出産したという知らせを受けたルドルフは、翌朝早く視察先のプラハから彼女が入院している病院へと駆けつけた。「皇太子様。」「アレクサンドラと赤ん坊は無事か?」「ええ、母子ともに健康ですわ。今は授乳の時間で病室に・・」「有難う、ヘレーネ。」ルドルフはヘレーネに礼を言うと、アレクサンドラが居る病室へと向かった。「アレクサンドラ、入るぞ。」「お父様、どうぞ。」 ルドルフが病室に入ると、アレクサンドラは産まれたばかりの息子に母乳を与えていた。「大事な時に、わたしが傍に居てやれなくて済まなかった。」「いいえ。それよりもこんな朝早くにいらっしゃらなくても宜しかったのに。」アレクサンドラがそう言ってルドルフの方を見ると、彼は彼女に背を向けて立っていた。「どうかなさいましたか?」「いや、来るタイミングが悪かったと思って・・」「もう授乳は済みましたから、こちらを向いてください。」ルドルフがアレクサンドラの方を見ると、彼女は母乳を飲み終えた赤ん坊の背を叩いてゲップをさせていた。「その子を抱かせてくれないか?」「ええ、どうぞ。」ルドルフがそっと赤ん坊を抱くと、そこからは生命と母乳の匂いがした。「可愛いな、まるで天使のようだ。」「出産に対して色々と悩んでいましたが、もうそんなものはこの子を産んだ後に全てなくなりました。」「そうか。それよりもアレクサンドラ、この子の名前は決めたのか?」「いいえ、まだ決めておりません。お父様は?」「ガブリエルというのはどうだ?天使のように可愛らしいこの子に相応しい名前だとは思わないか?」「良い名ですね。」【アレクサンドラ皇女、男児出産する】 今月30日未明、切迫早産で入院していたアレクサンドラ皇女が3700グラムの元気な男児を出産した。母子ともに健康で、アレクサンドラ皇女は退院後、実家で育児に専念する予定だという。 産まれた赤ちゃんは、ガブリエルと名付けられた。(週刊宮廷2016年2月3日号) アレクサンドラがガブリエルを出産してから一週間が経った。「まぁ、可愛らしい事。」「目元なんてルドルフそっくりね。」「本当。将来、あの子みたいに女泣かせのプレイボーイに育つのかしら?」「それはありませんわ、ジゼル様。わたしがちゃんとこの子を育てますから。」 見舞いにやって来たジゼルとそんな話をアレクサンドラがしていると、彼女の腕の中で眠っていたガブリエルが目を覚まし、大声で泣き始めた。「あら、どうしたのかしら?おっぱいはさっきあげたし、おむつも替えたのに・・」「きっと自分の悪口を言われたことに気づいて怒っているのよ。」「何やら騒がしいと思えば、姉上がいらしていたのですか。」病室のドアが開き、少し不機嫌そうな顔をしたルドルフがそう言ってジゼルを見た。「あらルドルフ、わたしが居ると嫌なの?」「いいえ。そのような事は・・」「さっきガブリエルから聞いたけれど、貴方最近インターネットでおむつの替え方や赤ちゃんの抱き方とかを調べているのですって?エルジィの時は乳母達に任せっきりだったのに、初孫となると全然違うのねぇ。」「何をおっしゃいます、姉上。それよりもこんな所に居て大丈夫なのですか?」「ああ、子供達ならレオポルトが見ているから大丈夫よ。たまには実家に帰ってのんびりして来いって言われたから、来たのよ。」バイエルン王家に嫁いだジゼルは、夫・レオポルトとの間に四人の子供を儲けており、二人の夫婦仲の良さはウィーンの宮廷でも知られていた。 ルドルフは、子供の頃から気が強く豪胆な性格の姉に対して頭が上がらなかった。「ねぇルドルフ、アレクサンドラは退院したらアッヘンバッハ家に滞在するのでしょう?暫くガブリエルと会えないから、寂しくない?」「いいえ、ちっとも。」「ガブリエルは貴方に似た男の子だから、将来は女泣かせのプレイボーイに育ってしまうのかしらねぇ。」「姉上、ご冗談を・・」「まぁ、アレクサンドラがしっかりとガブリエルを育てるって言っていたから、貴方のようにはならないと思うわ。」ジゼルからそう言われたルドルフは、ぐうの音も出なかった。「すっかりジゼル様にやり込められてしまいましたね、お父様。」「うるさいぞ、アレクサンドラ。」「さてと、わたしはもう行くわね。この後、ヴァレリーと久しぶりにランチをするのよ。」 ジゼルはそう言うと、嵐のように二人の前から去っていった。「ジゼル様は何だか慌ただしい方ですね。」「姉上の事は余り気にするな。あの人は、いつもあんな感じだ。アレクサンドラ、それは何だ?」「あぁ、これはジゼル様から頂きました。」アレクサンドラはそう言うと、ジゼルから贈られたマカロンを箱ごとルドルフに手渡した。「姉上がお前の病室に長く居座っていたのは、これを食べる為だったんだな・・」箱に入っているマカロンが半分以上無くなっている事に気づいたルドルフがそう言って溜息を吐くと、アレクサンドラはクスクス笑いながら彼を見た。「何が可笑しい?」「いいえ。お父様とジゼル様は、仲が良いのだなぁと思って・・」「何処がだ。」にほんブログ村
「いいえ、貴方がこのようにわたしの事を気に掛けてくれるのは大変珍しいなと思っているところです。」そう言ってエリザベートを見つめたルドルフの瞳は、冷たい光を湛えていた。「母上、わたしはアレクサンドラに自分の子を産ませます。ハプスブルク家の優秀な遺伝子を継いだ子を、彼女にはどうしても産んで貰わないといけません。」「狂っているわ、ルドルフ。アレクサンドラを傷つけるような事はやめて。」「わたしを狂わせたのは母上、貴方でしょう?」ルドルフはそう言うと、蒼褪めているエリザベートを睨んだ。「今までわたしを蔑ろにしてきた癖に、実の孫娘の事となると我が身のように心配為さるのですね?」「そ、それは・・」「これはわたしとアレクサンドラが決めた事です。ですから母上、わたし達の関係は誰にも口外なさらないでください。」ルドルフはエリザベートに背を向け、病室から出て行った。「皇太子様、もう皇妃様とのお話は終わられたのですか?」「ヘレーネ、君は何処まで知っているんだい?」「皇太子様?」「君はアレクサンドラが腹に宿している子の父親が誰なのか、知っているんだろう?知っていて、あの人をここへ呼んだのか?」「いいえ、わたしは何も知りません。誤解です、皇太子様。」「そう・・手荒な真似をして済まなかったね。」ルドルフはそうヘレーネに詫びると、彼女の首から両手を放した。「皇妃様、入りますよ?」「ヘレーネ、わたしはもう間に合わないかもしれないわ。」 ヘレーネが病室に入ると、エリザベートが蒼褪めた顔を彼女に向けてそう言った後、床に崩れ落ちた。「一体皇太子様と何があったのですか、皇太子様?」「ヘレーネ、今からわたしが話す事を、落ち着いて聞いて頂戴ね・・」エリザベートは、ヘレーネの耳元でアレクサンドラのお腹の子の父親が誰なのかを告げた。「お母様、皇妃様は?」「アレクサンドラ、起きたのね?」アレクサンドラが目を開けると、ヘレーネが自分の手を握っていた。「皇妃様なら、先程お帰りになられたわ。それよりもアレクサンドラ、貴方は皇太子様とどういった関係なの?」「何故、そんな事を聞くの、お母様?」「ちょっと気になってしまっただけよ、ごめんなさい・・」「もしかして、わたしが皇太子様の子を妊娠している事を知ってしまったの?」ヘレーネの態度に不審を抱いたアレクサンドラが、彼女にそんな事を尋ねると、彼女は手に持っていた水差しを床に落としてしまった。「アレクサンドラ、貴方は無理矢理皇太子様に抱かれたの?もしそうだとしたら・・」「いいえ、お母様。わたしは、自ら望んであの方に抱かれたの。決して許されない事だと解っているけれど、わたしはこの子をどうしても産みたいの。」「そう・・貴方はもう、覚悟を決めているのね。」ヘレーネはそう言うと、アレクサンドラを優しく抱き締めた。「わたしは、母親として全力で貴方を支えるわ。だからアレクサンドラ、今はお腹の赤ちゃんの事だけを考えて。」「有難う、お母様。」 十四週間後、臨月を迎えたアレクサンドラは、徐々に近づいて来る出産に対する不安と恐怖を抱きながら入院生活を過ごしていた。「アレクサンドラ、いよいよね。」「ええ、皇妃様。でも、わたし良い母親になれるでしょうか?」「大丈夫、みんな最初から良い母親にはなれないし、わたしだって良い母親だとは言えないわ。大切なのは、子供を愛する心よ。」「有難うございます、皇妃様。」エリザベートからそう励まされ、アレクサンドラは大きく迫り出した下腹を擦った。「皇妃様、そろそろ出発為さいませんと。」「ええ、解っているわ。」「皇妃様、また旅へ出掛けられるのですか?」「ゲデレーよ。アレクサンドラ、子供が産まれたらまたウィーンに戻って来るわ。」「お気をつけて。」エリザベートはアレクサンドラの髪を優しく梳き、彼女の頬にキスすると病室を後にした。 その日の深夜、アレクサンドラは急に下腹の張りが強くなるのを感じてナースコールを押した。「どうされましたか?」「お腹の張りがいつもよりも強くて・・先生を呼んで来てください。」「解りました。」 数分後、看護師を連れた医師がアレクサンドラの病室に入ると、彼女はベッドの上で苦しそうに呻いていた。「子宮口が少し開いていますね。このまま陣痛室まで移動しますよ。」「はい・・」看護師に連れられ、病室から出て陣痛室へと移動したアレクサンドラだったが、その途中で下腹に強い痛みを感じて思わず蹲ってしまった。「先生、破水しました!」「大丈夫よ、リラックスして。」看護師達に優しく励まされながらアレクサンドラが呼吸を整えていると、病院から連絡を受けたヘレーネが分娩室に入って来た。「アレクサンドラ、わたしがついているわよ。」「お母様・・」「あと少しですよ、頑張って~!」 2016年1月30日未明、アレクサンドラはウィーン市内の病院で元気な男児を出産した。「やっと会えた・・」 元気な産声を上げる我が子の姿を見たアレクサンドラは、産みの苦しみを忘れて涙を流した。にほんブログ村
2016.04.04
「今日は、貴方達二人に話したいことがあって来たのよ。」「まぁ、何のお話でございますか、皇妃様?」ヘレーネがエリザベートに尋ねると、彼女はアレクサンドラの方を見てこう言った。「貴方の赤ちゃんの為に買った大量のベビー用品を、慈善団体に寄付しようと思っているの。」「まぁ、それは素晴らしいですわ。」アレクサンドラがそう言ってエリザベートに同意すると、彼女はアレクサンドラの下腹を優しく撫でた。「それに、十代の母親達を支援する団体を立ち上げようと今考えているのよ。そのお手伝いを、貴方達にやって貰いたくて来たの。」「まぁ、素晴らしいですわ。是非ともお手伝いさせて頂きます。」「有難う、ヘレーネ。貴方が傍に居れば、アレクサンドラも安心して出産できるでしょう。王宮は、何かとストレスが溜まるところだから、実家で出産して育児に専念した方がいいわ。」 かつて末娘であるマリア=ヴァレリー以外の、三人の子達を姑から取り上げられた経験を持つエリザベートは、そう言ってコーヒーを一口飲んだ。「皇妃様、最近よくウィーンに戻られていらっしゃるとお聞きしましたが?」「アレクサンドラの事がどうしても心配で、旅行どころじゃないの。旅先でも、貴方の赤ちゃんへのお土産をつい大量に買ってしまって、いつもリヒテンシュタイン伯爵夫人に怒られてしまうのよ。それに、ルドルフが貴方の事をいつも心配していて、貴方の様子を見に行ってくれと煩く言うものだから、無視できなくて・・」そう言って朗らかな笑みを浮かべているエリザベートの美しい横顔を見ながら、ヘレーネは静かに彼女の話を聞いていた。「皇太子様が、そのような事を皇妃様におっしゃったのですか?」「ええ。あの子にとっては初孫だから、気になって仕方がないのは解るわ。これを機に、あの子との関係が良くなればいいのだけれど。」「まぁ、皇妃様・・」 宮廷で働いていた頃、エリザベートとルドルフの冷めた親子関係を知っているヘレーネは、アレクサンドラの妊娠を機に二人の関係が改善される事を密かに願っていた。 だが、血を分けた親子という複雑怪奇で濃密な人間関係は、一度拗らせてしまうと中々元には戻らないものであった。 アレクサンドラの妊娠を知り、エリザベートは彼女の様子を見に、以前より頻繁にウィーンへと戻り王宮に滞在するようになっていたが、相変わらず公務を欠席するエリザベートに対し、ルドルフは余り良い感情を抱いていなかった。それに加えて、勤勉で公務に励んでいる嫁であるシュティファニー皇太子妃との軋轢(あつれき)があるエリザベートは、初孫であるエルジィには会いには来るが、皇太子夫妻の元を一度も訪ねることはしなかった。「貴方が羨ましいわ、ヘレーネ。十五年間も生き別れて離れ離れになっていたとはいえ、母と娘がこんなにも仲良く暮らしているのだもの。わたしは一体何処でどうルドルフとの関係を間違えてしまったのかしら・・」そう言って遠い目で何処かを見つめて溜息を吐くエリザベートの肩に、そっとヘレーネは自分の手を置いた。「皇妃様、今からでも間に合いますわ。だからそう悲観なさらないでください。」「そうね。ヘレーネ、後で貴方と二人きりで話がしたいのだけれど、いいかしら?」「ええ。」「お母様、少し部屋で休んでも宜しいでしょうか?少しお腹が張って苦しくて・・」「まぁ、それは大変だわ。今すぐ病院に行きましょう!」「そんな、お腹が少し張っただけですから・・」「駄目よ、アレクサンドラ。少しでもおかしいと思ったら病院に行って診て貰わなくちゃ。」「皇妃様、わたしも参ります。」 ヘレーネとエリザベートに連れられ、アレクサンドラが病院へと行くと、担当医は彼女を診察した後こう言った。「切迫早産になりかかっていますね。暫く入院して安静にしていてください。」「先生、どうか宜しくお願いいたします。」その日、アレクサンドラはそのまま出産まで入院することになった。「ヘレーネ、アレクサンドラは大丈夫なのか?」「ええ、安静にしていれば大丈夫だそうですよ、皇太子様。」 ヘレーネから連絡を受け、病院に駆け付けたルドルフは、病室で心配そうにアレクサンドラの手を握っている母の姿を見た。「母上、どうしてここに?」「皇妃様はアレクサンドラの事を心配為さって、アレクサンドラを病院まで連れて行ってくださったのですよ。わたくし、何か飲み物を買って参ります。」ヘレーネはそう言ってルドルフとエリザベートに軽く会釈すると、アレクサンドラを起こさぬように病室から出た。「ルドルフ、貴方に聞きたいことがあるの。」「何でしょうか、母上?」「アレクサンドラのお腹の子の父親は、ルドルフ、貴方ではなくて?」エリザベートの言葉を聞いたルドルフは、激しく狼狽した。「母上、何故そのことをご存知なのですか?」「やはり、そうなのね・・」 エリザベートはそう言ってドアの近くに立っているルドルフの方を見ると、彼の形の良い唇が微かに震えていた。「アレクサンドラを貴方が引き取った時、貴方達の親子仲が良い事に最初は何の疑問も感じていなかったわ。けれどアレクサンドラが妊娠をして、貴方が何かとあの子の事を気に掛けている姿を見ていると、貴方が初孫の誕生を待ち望んでいる父親の姿のようには思えないのよ・・それよりも、我が子の誕生を待ち望んでいる父親の姿そのものに見えたの。」「母上・・」鋭い母の観察眼に、ルドルフは内心舌を巻いた。「貴方がヘレーネの事を今でも想っていることを、わたしは知っていたわ。でも、知らぬ振りをしていたの。まだ貴方もヘレーネも若かったし、いつか二人の関係は冷めるものだとわたしは勝手に思い込んでいたのよ。でも、ヘレーネが宮廷を去った時、貴方が自殺未遂をしたと知って、わたしは母親失格だと落ち込んだわ。」「母上・・」エリザベートは、ルドルフの右手を自分の方へと引き寄せ、その掌に残っている火傷痕を見て溜息を吐いた。「ルドルフ、貴方はこうなることを望んでいたの?」「実の娘を抱き、彼女に自分の子を産ませることを、ですか?」ルドルフはそう言った後、口端を上げて笑った。「何が可笑しいの?」素材提供サイト様にほんブログ村
「お母様、さっきは助けてくださって有難うございます。」「お礼なんか言わなくてもいいのよ。噂好きな人達は、何処にでも居るわ。」ヘレーネはそう言うと、娘の手を優しく握った。「イレーヌ、お久しぶりね。」「あら、誰かと思ったらヘレーネじゃないの!元気そうで何よりだわ!」慈善バザーの主催者・イレーヌはヘレーネの姿を見つけてそう叫ぶと、彼女と抱擁を交わした。「イレーヌ、紹介するわ。こちらはわたしの娘のアレクサンドラよ。アレクサンドラ、この方はこのバザーの主催者でいらっしゃるイレーヌ様よ、ご挨拶なさい。」「初めまして、イレーヌ様。アレクサンドラと申します。」「まぁ、貴方がヘレーネのお嬢さんね?噂通りの美人さんじゃないの!」イレーヌはそう言ってアレクサンドラに微笑むと、彼女の下腹を見た。「赤ちゃんはお元気なの?」「はい。最近胎動が激しくて、なかなか眠れなくて困っています。」「あら、いい事じゃないの。性別はどちらなの?」「男の子です。イレーヌ様、こんな見苦しいお姿をお見せしてしまって、申し訳ありません。」「見苦しいなんて、とんでもないわ!ここには貴方について色々と口さがない噂をする人達が居るけれど、あんな人達には言わせておけばいいのよ。貴方は、元気な赤ちゃんを産む事だけを考えて。」「有難うございます、イレーヌ様。」「ここで立ち話をするよりも、あちらに座って色々とお喋りしましょうよ。」「はい。」 アレクサンドラ達が会場の隅に置かれているテーブルの前へ移動すると、ホテルのスタッフがティーポットを片手に彼女達の方へとやって来た。「コーヒーは如何です?」「ええ、頂くわ。この子は妊婦だから、ハーブティーをお願いね。」「かしこまりました。」スタッフが足早にテーブルから去っていくと、イレーヌはバッグの中から袋に入ったクッキーを取り出した。「あら貴方、ダイエット中じゃなかったの?」「ええ。でも一週間で挫折しちゃったわ。暇さえあればクッキーを作ってはこうして袋に入れているのよ。アレクサンドラ、おひとつ如何?」「ええ、喜んで頂きます。」「どう、美味しい?」「とても美味しいです。わたしも最近、暇さえあればチョコチップクッキーばかり食べてしまって・・産後太りが気になって仕方がないんです。」「大丈夫よ、しっかり栄養管理していれば体型は元に戻るわよ。」「お母様は、どうしてイレーヌ様とお知り合いなのですか?」「ヘレーネとわたしは、聖マリアアカデミーの同窓生なの。しかも三年間同じクラスで、席が隣同士だったから、今でも大の仲良しなのよ。」「まぁ、お二人とも聖マリアアカデミーのご出身だったのですか?わたしも、聖マリアアカデミーに通っているんです。」「あら、そうなの!」「でも、今は休学中です。育児が一段落したら復学したいと思っているのですけれど、周りからどう思われるのかが不安で堪らなくて。」 アレクサンドラの脳裏に、バザー会場で自分に無遠慮な視線を投げつけて来た女性達の姿が蘇った。 彼女達のように、自分の妊娠について面白おかしく噂している者達が学校に居るのではないか―そんな事を考え出すと、アレクサンドラは嫌な事ばかりどうしても想像してしまうのだった。「あら、そんな事を気にしては駄目よ、アレクサンドラ。わたしが知る限り、妊娠して休学や退学した生徒は沢山居るわよ。」「まぁイレーヌ、母校の名誉を傷つけるような事を言ってもいいの?」「いいじゃないの、本当の事なんだから。」イレーヌはそう言って大声で笑うと、コーヒーを一口飲んだ。「今は婚前交渉が当たり前の時代だし、女が学校を卒業して即結婚して家庭に入るっていう固定観念は古臭いし、もうカビが生えているのよ。」「まぁ、貴方は未婚の母として三人の子供を育て上げたから言えるのよね。」「あれは若気の至りよ。もし今のわたしがあの時の自分に会ったとしたら、“目を覚ましなさい!”って頬にビンタをするわね。」 イレーヌと母と三人で会話を楽しんだ後、アレクサンドラとヘレーネはイレーヌとホテルの前で別れた。「今日は久しぶりに会えて凄く楽しかったわ、また三人でお茶しましょうね!」「ええ、また会いましょう。」イレーヌはヘレーネと抱擁を交わした後、アレクサンドラを抱き締めた。「アレクサンドラ、悩みがあったらいつでもわたしの所にいらっしゃい。先輩ママとして色々と相談に乗るからね!」「イレーヌさん、良い方ですね。」「あの子は昔からポジティブの塊よ。あの子と会うとパワーを貰えるの。」「だから、わたしを慈善バザーに誘ったんですね、お母様?」「そうよ。貴方、この頃元気がなさそうだったから、気晴らしに誘ってみたの。貴方が元気になって良かったわ。」ヘレーネはそう言うと、アレクサンドラの手を取って歩き出した。「お母様、何処に行くのですか?」「まだ日没まで時間があるから、買い物しましょう。」「ええ。」 アレクサンドラはヘレーネと初めて二人きりで買い物を楽しみ、溜まっていたストレスを発散した。「ただいま。」「お帰り。二人とも、凄い荷物だね!」「アレクサンドラとデパートの中を見て回ったら、色々と欲しい物が沢山あって、つい衝動買いしてしまったの。」「そうか。アレクサンドラ、少し歩き回って疲れただろう?」「いいえ、大丈夫です。」自分に優しく気遣ってくれるユリウスにアレクサンドラが微笑んでいると、客間からエリザベートが出て来た。「アレクサンドラ、元気そうで何よりだわ。」「皇妃様、何故こちらにいらしたのですか?」「ルドルフから、貴方が実家に居ると聞いてね。心配して様子を見に来たのよ。」「まぁ、そのようなお気遣いを為さらなくてもよろしいのに。」「皇妃様、どうぞこちらへ。」 ユリウスはそう言ってヘレーネとアレクサンドラの荷物を持つと、彼女達を居間までエスコートした。にほんブログ村
2016.04.02
「そうか、顔色が悪いぞ?」「大丈夫です、少し休めば・・」アレクサンドラはそう言うと、突然激しい眩暈に襲われてその場に倒れた。「誰か、医者を呼べ!」アレクサンドラが目を開けると、そこは王宮内にある自分の寝室だった。「気が付いたか?」「お父様、一体何があったの?」「さっき突然廊下で倒れたんだよ。医者によると、軽い貧血らしい。お腹の赤ちゃんは無事だから、心配するな。」「すいません・・」ルドルフの手を握ったアレクサンドラは、先程のマイケルの言葉を思い出していた。“お腹の子は僕の子なんだろう、アリー?”彼は何故、あんな事を言ったのだろうか。「アレクサンドラ、今何を考えているんだ?」「どうしてマイケルは、わたしに向かってあんな事を言ったのでしょう?」「あの青年の事はもう気にするな。今は自分とお腹の子の事を考えろ。」「はい・・」アレクサンドラはそう言うと、ルドルフの手を握ったまま眠った。「ルドルフ様、こちらにいらっしゃいましたか。」ドアが静かに開き、寝室にロシェクが入って来た。「ロシェク、こんな時間に何の用だ?」「例の青年がアレクサンドラ様に会わせろとおっしゃって・・如何なさいますか?」「わたしが会おう。」 ルドルフがロシェクと共にマイケルが居る部屋へと向かうと、マイケルは何処か落ち着きがない様子で部屋の中を歩き回っていた。「マイケル、アレクサンドラに何か用か?」「皇太子様、アリーに会わせてください!」「アレクサンドラは君には会いたくないと言っている。」「彼女は僕の子を妊娠しているんですよ!」マイケルはそう一気にルドルフに向かって捲し立てると、彼を睨んだ。「君は何か勘違いしていないか?大体、君がアレクサンドラを抱いたのはあのパーティーの時だけだろう?」「それは、そうですが・・」ルドルフの言葉に、マイケルは少し狼狽えた。「その時既にアレクサンドラは妊娠していた。だから、お腹の子の父親は君じゃない。それが解ったのなら、さっさとお引き取り願おうか?」ルドルフはマイケルをそう言って睨みつけると、彼は背を丸めて部屋から出て行った。「ルドルフ様、あれで宜しいのですか?」「大丈夫だ、彼はもう二度とここには来ない。」ルドルフはそう言ってアレクサンドラの寝室へと戻り、眠っている彼女の手を握った。 翌朝、アレクサンドラの母・ヘレーネが王宮にやって来た。「アレクサンドラ、久しぶりね。」「お母様、どうして王宮へ?」「皇太子様から連絡を受けてやって来たのよ。出産するまでわたし達と一緒に暮らしましょうね。」「解りましたわ、お母様。」 アレクサンドラは出産まで、実家であるアッヘンバッハ子爵家に滞在することになった。「よく来てくれたね、アレクサンドラ。」「お義父様、お久しぶりです。これから宜しくお願いいたします。」 ヘレーネとアレクサンドラが子爵邸に入ると、玄関ホールではシャルロッテを抱いたユリウスが二人を出迎えた。「アーニャお姉様、お会いしたかった!」「まぁロッテ、わたしの事を覚えていてくれたの?」幼い弟に抱きつかれたアレクサンドラは、彼に優しく微笑んだ。「ねぇアーニャお姉様、ずっとここに居るの?」「いいえ。赤ちゃんが産まれたら、王宮に戻らなくてはいけないの。でも、それまでは一緒に居られるわ。」「やったぁ!」「こらロッテ、余りお姉様を困らせてはいけないよ。」「お義父様、わたしの事は余り気になさらないでください。わたしもロッテと会える日を楽しみにしていたのですから。」「そうか。さぁ、少し遅いが朝食にしよう。アレクサンドラ、サーモンサンドは好きかい?」「ええ、大好きです。」「それは良かった。」ユリウスはそう言ってアレクサンドラに微笑むと、彼女をダイニングルームまでエスコートした。 実母と義父、そして異父弟と囲む昼食は、一家団欒(いっかだんらん)の風景そのものだった。「お腹の子の性別は判ったの?」「ええ、男の子だそうよ。」「そう。経過は順調だと、皇太子様から聞いているわ。でも、無理は禁物よ。」「解っているわ、お母様。」「皇妃様やヴァレリー様は貴方に良くしてくださるの?」「ええ。皇妃様はお腹の子の為にっていつも沢山のお土産を買ってきてくださるの。でも、余りにも量が多過ぎて困ってしまうわ。」「あら、それなら慈善団体に寄付すればいいんじゃなくて?そうすれば、皇妃様のご機嫌を損ねる事はないと思うわ。」「有難うお母様、今度皇妃様と相談してみるわ。」昼食後、アレクサンドラはヘレーネと共にウィーン市内のホテルで開催されている慈善バザーに出席した。「あらヘレーネ様、お久しぶりですわね。其方にいらっしゃるのが、アレクサンドラ様ですの?」「ええ。わたしの娘の、アレクサンドラですわ。皆様、この子は余り社交界には慣れていないので、どうぞ優しくしてやってくださいな。」 バザー会場に入るなりヘレーネに声を掛けた二人の女性達は、アレクサンドラの下腹に無遠慮な視線を送った。「お孫さんの誕生が楽しみで堪らないのではなくて、ヘレーネ様?」「ええ、とっても。何せ、わたくし達にとっては初孫ですもの。」 女性達の嫌味を、ヘレーネはそう言って軽く受け流した。素材提供サイト様にほんブログ村
一部性描写有り。苦手な方はご注意ください。(あ、また動いた。) アレクサンドラがベッドの中で寝返りを打っていると、腹の中の胎児が元気に動き回っているのを感じた。 安定期を迎えてから、あれ程苦しんできた悪阻と貧血が治まり、その代わりに食欲が急に湧いてきて暇さえあればクッキーやチョコ―レトなどを食べてしまう。「アレクサンドラ、入ってもいいか?」「ええ、どうぞ。」 寝室にルドルフが入った時、アレクサンドラは瓶からチョコチップクッキーを1枚取り出してそれを頬張っているところだった。「何をしているんだ、アレクサンドラ?」「何だかお腹が空いて堪らないんです。」「今まで悪阻に苦しんできたから、その反動が来たんだろう。夜中に甘い物を食べたら太るぞ。」ルドルフはそう言うと、瓶入りのチョコチップクッキーを取り上げた。「お父様、こんな夜中に何かご用ですか?」「無粋な事を聞くな。」ルドルフがムッとした顔をしながらアレクサンドラの方を見ると、彼女はルドルフの陰部へと手を伸ばした。「今まで、どうやって処理されて来たのです?」「自分でしていたよ。娼婦や女官を抱く気にはなれなくてな。」「そうですか。」アレクサンドラはルドルフの陽物を愛撫すると、彼は低く呻いて彼女の乳房を揉み始めた。「そこは駄目です・・」「じゃぁ、ここならいいのか?」ルドルフの手がアレクサンドラの蜜壺へと伸びると、彼女は甘い喘ぎ声を漏らした。「少し触っただけで、濡れて来たぞ。そんなに欲求不満だったのか?」アレクサンドラは静かに頷くと、ルドルフの陽物を愛撫する手を激しく上下させた。ルドルフがアレクサンドラの掌の中に欲望を吐き出すと、彼女もルドルフの腕の中で達した。「母親失格ですね、わたし。妊婦なのにこんな事をするなんて・・」「医者からそれは普通の事だと、この前説明されただろう?体調さえ良かったから、するのは大丈夫だと。」「それもそうですけれど・・」「お前は、わたしとしたくないのか?」「いいえ。」アレクサンドラがそう言ってルドルフの方を見た時、また胎児が下腹を蹴るのを感じた。「元気そうだな。」「ええ。元気過ぎて夜なかなか眠れないんです。」「早くわたし達に会いたくて堪らないんだろう。」ルドルフはそっとアレクサンドラの下腹に掌を置くと、胎児が先ほどよりも激しく下腹を蹴った。「そう焦るな、あと14週間我慢してくれ。」「もう、お父様ったら・・」アレクサンドラはクスクスと笑いながら、自分の下腹に耳を押し当てているルドルフを見た。 翌日、アレクサンドラはルドルフと共にウィーン市内の病院へと向かった。「経過は順調ですね。安定期に入ったからといって、無理は禁物ですよ。」「解りました。」 病院で担当医からの診察を受けたアレクサンドラは、その帰りにウィーン市内のスポーツジムで、マタニティーヨガのレッスンを受けた。 そこには、自分と同じ10代の妊婦が数人居た。「貴方、今何ヶ月なの?」「6ヶ月よ、貴方は?」「わたしはもう臨月。来週辺りに産まれてもおかしくないって昨日病院で言われたわ。」 隣でレッスンを受けていた少女はそう言うと、急に顔を顰めた。「どうしたの?」「産まれそう・・」「大丈夫?」「予定日はまだ先の筈なのに・・」 救急車がジムに到着するまで、アレクサンドラは陣痛で苦しむ少女の背を擦り続けた。「アレクサンドラ、遅かったね?」「隣でヨガをしていた子が産気づいちゃって・・救急車が来るまで、ずっとその子の背中を擦っていたの。」「そうか。それは災難だったね。」ルドルフがアレクサンドラと共にスポーツジムから王宮まで歩いていると、ミヒャエル門の前で衛兵数人と一人の青年が揉み合っているのを見た。「アリーに会わせてくれ、彼女と話したいことがあるんだ!」「ここはお前が来るような所じゃない、帰れ!」その青年は、マリー=ヴェッツェラの従兄・マイケルだった。「どうした?」「皇太子殿下、この者がアレクサンドラ様に会わせろと言って聞かないのです。警察に突き出しましょうか?」 ルドルフが彼らの前に現れると、衛兵達は反射的にルドルフに敬礼して事の経緯を彼に説明した後、そう言って困惑したような表情をマイケルに向けた。「その必要はない。君達は持ち場に戻りたまえ。」「かしこまりました。では殿下、失礼いたします。」衛兵達はマイケルを一瞥すると、自分の持ち場へと戻っていった。「どうかなさったの、お父様?」「アリー、会いたかった!」突然マイケルに抱き締められ、アレクサンドラは苦しそうに咳込んだ。「マイケル、どうして貴方がここに?」「君と話がしたかったんだ・・君のお腹の子の事について。」マイケルはそう言うと、アレクサンドラの丸みを帯びた下腹を見た。「お腹の子は、僕の子だろう、アリー?」「何を言っているの、マイケル?冗談でもそんな事を言うのは止して!」アレクサンドラはマイケルを睨みつけ、彼に背を向けて歩き出した。「お願いだ、アリー、僕がちゃんと責任を持つから・・」「やめて、わたしに触らないで!」自分の下腹に触れようとするマイケルの手をアレクサンドラは邪険に振り払うと、ルドルフと共に王宮の中へ入った。「大丈夫か?」「はい。」にほんブログ村
2016.04.01
「お久しぶりです、お祖父様。」「アレクサンドラ、元気そうだな。」フランツはそう言うと、ルドルフの方を見た。「ルドルフ、後で話がある。」「解りました、父上。」ルドルフはフランツと共に彼の自室へと向かった。「話というのは何でしょうか、父上?」「お前、このままアレクサンドラに子供を産ませるつもりなのか?」「産ませるも何も、あの状態では中絶はもはや不可能です。父上、もしやわたしに黙ってアレクサンドラが産んだ子を養子に出そうと思っておられるのではありませんよね?」「アレクサンドラはまだ若い。それにまだ学生だ。彼女の将来を考えたら、子供を養子に出すことが最善の方法だろう?」「わたしは、アレクサンドラと子供を手放すつもりはありませんよ。それでは、これで失礼いたします。」「ルドルフ、待て、話はまだ終わっていないぞ!」 フランツの怒声を背に受けながら、ルドルフは彼の自室を後にした。 一方、アレクサンドラはエリザベートやジゼル達と共に楽しくティーカップ片手にお喋りをしていた。 その話題は、専らアレクサンドラのお腹の子の事だった。「ねぇ、性別はどっちなの?」「今朝病院で検査を受けて、男の子だと解りました。」「まぁ、そうなの。悪阻はどう?」「安定期を迎えてから、治まりました。」「そう。これからお腹が大きくなって、動くのが辛くなるだろうけれど、お腹の赤ちゃんの為にも動いた方がいいわ。ヨガや水泳だったら、身体に大きな負担が掛からないから大丈夫よ。」「そう致します、皇妃様。」「元気な子が産まれるといいわね。」エリザベートはそう言ってアレクサンドラに微笑むと、彼女の下腹を優しく撫でた。「わたし、無事に赤ちゃんを産めるでしょうか?」「そんなに不安がらないで、アレクサンドラ。誰もが通る道なのだから。」出産経験者であるエリザベートからそう励まされ、アレクサンドラの出産に対する不安が少し和らいだ。「そういえば、ジゼルはアレクサンドラと会うのは初めてだったわね?」「ええ。初めまして、ジゼル様。本日はわざわざお忙しい所を・・」「そんな堅苦しい挨拶はしないで、アレクサンドラ。ねぇ、今学校はどうしているの?」「今は休学しています。いつ復学できるのかどうか解らないし、復学しても、居場所があるかどうか・・」 アレクサンドラはそう言うと、突然周囲が怪訝そうな顔をして自分を見ている事に気づいた。「あの、皆さんどうしたのですか?」「アレクサンドラ、今まで色々と我慢してきたのね。」ジゼルからそう言われ、アレクサンドラはその時自分が涙を流している事に気づいた。「不安で堪らないわよね。貴方はまだ若いもの。」「すいません・・」「謝らなくてもいいのよ。悩みがあったら、いつでもわたし達に相談して頂戴。」「はい・・」ジゼルから優しい言葉を掛けられ、アレクサンドラはハンカチで涙を拭った。「これからは、色々とわたし達が貴方を助けるわ。」「有難うございます・・」ジゼルとアレクサンドラが抱き合っていると、部屋にルドルフとフランツが入って来た。「どうした、アレクサンドラ?何かあったのか?」「いいえ、何でもありません。」「女同士の秘密よ。貴方は気にしなくていいわ、ルドルフ。」ジゼルはそう言うと、アレクサンドラに向かって悪戯っぽい笑みを浮かべた。「アレクサンドラお姉様、お会いしたかったわ!」「まぁエルジィ、暫く会わない間に大きくなったわね。」 部屋にエルジィを連れたシュティファニーが入って来ると、エルジィは母の手を振り解いてアレクサンドラの元へと駆け寄って来た。「アレクサンドラお姉様、早く赤ちゃんに会いたいわ。」「まだ産まれないわよ。」「よく平気な顔をして王宮に来たものだわ。わたくしだったら、恥ずかしくてここへは顔を出せないわ。」「あら、皇太子妃様もわたしと同じ年くらいにエルジィを出産したのではありませんか?」「まぁ、生意気な口を利いて・・」「アレクサンドラ、貴方の赤ちゃんの為に色々と用意してきたものがあるの。ジゼルとヴァレリーと一緒に、わたしの部屋に行かないこと?」シュティファニーとアレクサンドラが睨み合っていると、二人の間に流れている険悪な空気を感じ取ったエリザベートは、そう言うなりアレクサンドラの手を掴んで彼女をシュティファニーから遠ざけた。「そうね、行きましょう。」「色々と話したいことが沢山あるものね。」エリザベートの言葉を合図に、ジゼルとマリア=ヴァレリーはアレクサンドラと共に部屋から出て行った。「あの、わたしの為に気を遣ってくださって有難うございます、皇妃様。」「あら、いいのよ。アレクサンドラ、わたし貴方の事が大好きなの。これからはわたしの事をもう一人のお母様と思ってくれてもいいのよ。」「有難うございます、皇妃様。」「そんな堅苦しい呼び方は止めて、名前で呼んで頂戴。」「はい、エリザベート様。」 アレクサンドラがジゼル達と共にエリザベートの部屋に入ると、そこには様々な種類の玩具やベビー用品が山のように置かれていた。「まぁ、こんなに沢山頂けません。」「お母様、いくらなんでも買い過ぎよ。」「あら、だってアレクサンドラに赤ちゃんが出来たことを知ってから、色々と生まれて来る赤ちゃんの事を考えたら、つい買い過ぎてしまったのよ。」 そう言って朗らかな声で笑うエリザベートは、まるで少女のようだった。姑達の賑やかな笑い声が姑の部屋から聞こえて来て、シュティファニーは屈辱を感じて唇をきつく噛み締めながら、夫と舅と一言も会話を交わさずに昼食を取った後、そのまま自室へと戻っていった。にほんブログ村
「ヴァレリーおばさま。」「あらエルジィ、こんな所で何をしているの?」「お父様に会いたくて来たの。」「そう。ねぇエルジィ、アレクサンドラは今何処に居るのか、知っているの?」「ええ、知っているわ。アレクサンドラお姉様は赤ちゃんを産むために病院に居るの。」ヴァレリーの質問に、エルジィは屈託のない笑みを浮かべながらそう答えた。「ねえエルジィ、貴方は赤ちゃんが生まれてくることが嬉しいの?」「嬉しいわ。だって、アレクサンドラお姉様が赤ちゃんを産んだから、わたしにとっては弟や妹と同じようなものだって、お父様が話してくださったもの。」 姪の言葉を聞いたヴァレリーは驚きのあまり絶句した。「ヴァレリーおばさま、どうしたの?」「エルジィ、アレクサンドラの事は、貴方のお母様には言っていないの?」「ええ。お父様が秘密にしていなさいって言われたから、黙っているわ。お母様は、アレクサンドラお姉様が嫌いだから。」「そう・・」「エルジィ、どうした?」 廊下でヴァレリーとエルジィが立ち話をしていると、そこへルドルフが通りかかった。「お父様、さっきヴァレリーおばさまと赤ちゃんのお話をしていたの。」「ほう、そうか・・エルジィ、そろそろお部屋に帰らないとお母様が心配するよ?」「お父様と一緒にいたい。」「わがままを言ったら駄目だよ、エルジィ。」なかなか自分の部屋に戻ろうとしないエルジィに、ルドルフはそう優しく宥めながら彼女の小さな身体を抱き上げた。「ねぇお父様、アレクサンドラお姉様はいつ帰って来るの?」「赤ちゃんが生まれたら、赤ちゃんと一緒にここに帰って来るよ。」「本当?」「ああ、本当だよ。だからエルジィ、余りお父様やアレクサンドラを困らせてはいけないよ、わかったね?」「はい、お父様。」ルドルフに抱かれながらエルジィが母の待つ部屋に入ると、彼女は険しい表情を浮かべ、両腕を胸の前で組みながらドアの前に立っていた。「エルジィ、何処へ行っていたの?」「ごめんなさいお母様、どうしてもお父様に会いたくて・・」「これからお父様にお会いするときは、わたしに言ってから会いに行きなさい。黙って何処かへ行かない事、いいわね?」「はい。」 いつもはルドルフに会うと解ると、烈火の如く怒り狂うシュティファニーが、今日に限って何故かエルジィに対して優しかった。「貴方、後でお話があります。」「何だ、わたしは忙しい、後にしてくれないか?」「エルジィ様、あちらで遊びましょうね。」世話係の女官が気を利かしてエルジィの手を取り、彼女を連れて部屋を出るのを見送ったルドルフは、自分を睨みつけているシュティファニーの方へと向き直った。「話とは何だ?手短に済ませろ。」「アレクサンドラが、貴方の子を身籠っていると噂で聞きましたわ。エルジィがこの前、嬉しそうにヴァレリー様とお話しされている所を見ましたわ。後であの子にその事を尋ねたら、何も知らないと・・」「それで?」「あの子は・・アレクサンドラは何処に居るの?貴方が隠していらっしゃるのは解っているのよ!」「アレクサンドラは入院している。だが、何処の病院に居るのかをお前に教える義務はない。」「貴方は獣ですわ!実の娘と肉体関係を持っただけではなく、その娘に自分の子を産ませるなど・・貴方は、神を恐れないのですか?」「神だと?笑わせるな、わたしにそんな事を言ってわたしが教会で懺悔(ざんげ)するとでも思うのか?」「貴方・・」「シュティファニー、この事をもし口外したら、お前の命はないと思え。」そう言ったルドルフの蒼い瞳が、鋭い光を放った。妊娠22週目を迎え、下腹が徐々に丸みを帯び、時折胎児が腹を蹴るのを感じながら、アレクサンドラは嬉しそうに下腹を擦った。この日、彼女はルドルフと共に4ヶ月振りに公の場に顔を出すことになっていた。医師から外出の許可を貰い、アレクサンドラは病室で身支度を済ませ、鏡の前に立った。今着ているワンピースは、お腹が目立たないデザインのものだったが、それでも妊娠を隠すには無理があった。「アレクサンドラ、準備は出来たかい?」「はい。」「それじゃぁ、行こうか?」ルドルフの手を取ったアレクサンドラは、病室を出て王宮へと向かった。二人が車から降りて来た時、マスコミのカメラが容赦なく彼らにフラッシュを浴びせた。「アレクサンドラさん、お腹の子の父親は誰ですか?」「その人は今何処にいらっしゃるのですか?」 マスコミから質問攻めにされたアレクサンドラだが、彼女は固く口を閉ざしたままルドルフと王宮の中に入った。「アレクサンドラ、大丈夫か?」「ええ、大丈夫です。」アレクサンドラがそう言ってルドルフの方を見ると、向こうからフランツがやって来た。彼はアレクサンドラの丸みを帯びた下腹を見ると、苦虫を噛み潰したかのような顔をした。素材提供サイトにほんブログ村
2016.03.28
「アレクサンドラ、調子はどうだ?元気にしているか?」「これが元気そうに見えますか?」 アレクサンドラの少し棘を含んだ声を聞いたエルジィは、父の背に隠れて小さな身体を恐怖で震わせた。「エルジィ、お見舞いに来てくれたのね?」 アレクサンドラはエルジィの姿に気づくと、そう言って彼女に微笑んだ。「アレクサンドラお姉様、どうして病院に居るの?何処か悪いの?」「いいえ、何処も悪くなんかないわ。わたしのお腹には、今赤ちゃんが居るの。」「お姉様のお腹に、赤ちゃんが居るの?」「ええ。最近悪阻が酷くて、何も食べられない状態が続いていてイライラしていたから、ついお父様に当たってしまったのよ。エルジィ、貴方を怖がらせてしまったわね。」「ねぇお姉様、赤ちゃんはいつ生まれてくるの?」「順調にいけば、来年辺りに生まれるわ。赤ちゃんが生まれたら、エルジィも赤ちゃんのお世話をしてくれる?」「ええ。」エルジィは、アレクサンドラが妊娠していることを知って驚いたが、それと同時に嬉しくもあった。「お父様、お姉様の赤ちゃんが生まれたら、本当にわたしがお世話をしてもいいの?」「いいよ。でもエルジィ、この事は誰にも言ってはいけないよ・・特に、お母様には秘密にするんだよ。」「どうして?」「アレクサンドラを、お母様は酷く嫌っているからね。」ルドルフからアレクサンドラの妊娠を隠すように言われたエルジィは、その理由が解らずに小さな首を傾げていた。「エルジィ様、皇太子妃様がお部屋でお待ちです。」「お母様が?」 王宮へと戻ったルドルフとエルジィの元に、皇太子妃付きの女官がやって来た。「お父様・・」「お母様の元には後で行くから、先に行きなさい。」自分の手を握っているエルジィが不安そうな顔をしている事に気づいたルドルフは、そう言って彼女を安心させ、女官に彼女を託した後、スイス宮にある自室へと戻った。「皇太子様、皇帝陛下がお呼びです。」「わかった。」ルドルフが皇帝の私室へと入ると、部屋の主は件の週刊誌を握り締めながら机を背にして立っていた。「父上、お呼びでしょうか?」「ルドルフ、お前は何ということをしてくれたんだ!」フランツ=カール=ヨーゼフはそう叫ぶと、息子に向かって週刊誌を投げつけた。真新しい紙がルドルフの頬を切り裂き、そこから一筋の血が流れた。「お前は、実の娘を・・アレクサンドラと肉体関係を持つなど、何という罪深い事をしたんだ、ルドルフ!」「もう父上はご存知だったのですね、わたしとアレクサンドラの関係を。」自分の言葉を否定せず、開き直ったルドルフの態度を見たフランツは、思わず彼の胸倉を掴んだ。「もしこの事が世間に知られたら、わたし達は終わりだぞ、解っているのか?」「ええ。その覚悟の上で、アレクサンドラを抱きました。」フランツはルドルフの言葉に脱力し、力なく執務机に凭(もた)れかかった。「父上、アレクサンドラはわたしの子を妊娠しております。」「何だと!?」「ええ。今、アレクサンドラは妊娠7週目―2ヶ月目に入っております。医師によると、出産予定日は来年の2月辺りになると思います。」「アレクサンドラはお前の子を産もうとしているのか?」「ええ。ただ、彼女は今酷い悪阻に苦しんでいて、入院しております。エルジィにアレクサンドラが妊娠を告げたら、赤ん坊が生まれてくるのを楽しみにしていて・・」「正気の沙汰ではないぞ、ルドルフ!実の娘に子供を産ませるなど・・」「その子供が男児だとしたら、ハプスブルク家の正当な後継者となるでしょう?」「ルドルフ、お前・・」 フランツが俯いていた顔を上げてルドルフの方を見ると、彼は口端を上げて笑った。「父上、来年辺りには曾孫が生まれるのですから、もう少し喜んでくださっても宜しいのでは?」「ルドルフ、お前は一体何を考えているんだ?」「何を考えているかって?アレクサンドラにわたしの子を産ませ、その子をハプスブルク家の正当な後継者にさせることですよ。」「だからアレクサンドラを・・あの子をお前が引き取ったのか?」「ええ。」「愚かな事は考えるな、ルドルフ。」「愚か?わたしはアレクサンドラを娘として愛しているのです。15年間離れて暮らしているから、彼女の為ならば何でもしてやりたいのです。だから、わたしの邪魔はしないでくださいね、父上。」「ルドルフ・・」 フランツは時折襲ってくる偏頭痛に顔を顰め、自分に背を向けて部屋から去っていく一人息子の背中を呆然と見送った。 二人の会話を、扉越しにマリア=ヴァレリーは密かに聞いてしまい、父に気づかれぬようにそっとその場を後にした。「お兄様、ヴァレリーです。」「どうした、ヴァレリー?お前がここに来るのは珍しいな?」「アレクサンドラの事だけれど、彼女がお兄様の子を妊娠したというのは・・」「本当だ。お前はそんなくだらない事を聞きに、わざわざここに来たのか?」「くだらない事って・・お兄様、一体どうしてしまったの?」 ヴァレリーがそう言ってルドルフの方を見ると、彼は冷たい目で妹を睨んでいた。「わたしの気が触れたでも思っているのか、ヴァレリー?」「お兄様・・」「用が済んだのなら出て行け。」にほんブログ村
一部性描写が含まれます。苦手な方閲覧なさらないでください。 ルドルフにアレクサンドラが連れて行かれたのは、王宮ではなく彼が所有する邸宅だった。「降りろ。」アレクサンドラがルドルフの言われた通りに車から降りると、ルドルフは乱暴に彼女の腕を掴んで邸宅の中へと入った。「痛い、離して!」「黙れ!」ルドルフはそう叫び、怒りのあまりアレクサンドラの頬を平手で打った。アレクサンドラは痛みで悲鳴を上げ、大理石の床に蹲った。「お前は、あんなパーティーに参加して恥ずかしくないと思っているのか?」「わたしは何も知らなかったの!普通のパーティーだと思っていたから、あんな・・」「そうか。でもお前はあそこで男に抱かれて娼婦のように腰を振っていたのだろう?」そう言って自分を見つめるルドルフの目は、アレクサンドラへの軽蔑に満ちていた。「わたしと一緒に来い。」ルドルフは有無を言わさずにアレクサンドラの手を掴んで彼女を乱暴に起こすと、寝室へと入って内側から鍵を掛けた。「服を脱げ。」「お父様・・」「何をしている、さっさと脱げ!」 アレクサンドラがドレスの背中のチャックへと手を伸ばそうとした時、苛立ったルドルフがそのチャックを乱暴に下ろした。アレクサンドラは黒のガーターベルトだけをつけた裸同然の姿となり、羞恥のあまり両手で乳房を隠そうとしたが、それはルドルフによって阻まれた。 初めて彼女を抱いた時に小さく平らだった彼女の乳房は、初潮を迎えてから形が良く豊満になっていた。「そこへ座って、自分で慰めて見せろ。」「嫌です、そんな事できません。」「言う通りにしろ。」アレクサンドラはチンツ張りの椅子に座り、両足を大きく広げて自慰を始めた。彼女が絶頂を迎えようとした時、ルドルフが突然彼女の陽物を掴み、その根元をポケットチーフで縛った。「お父様、何を・・」ルドルフは無言でアレクサンドラを四つん這いにし、彼女を奥まで貫いた。「お前はわたしのものだ、アレクサンドラ。他の男に身体を許すな。」「ごめんなさい、お父様。お願いだから許して・・」「駄目だ。」その日一日中、アレクサンドラはルドルフに抱かれた。どんなにアレクサンドラがルドルフに許しを乞うても彼はそれを拒み、まるで獣のようにアレクサンドラの身体を激しく貪った。 ルドルフが漸くアレクサンドラから離れると、彼女は白目を剥いて激しく痙攣(けいれん)していた。「アレクサンドラ?」ルドルフはアレクサンドラの頬を軽く叩くと、彼女は何も反応しなかった。すぐさまルドルフはアレクサンドラをシーツで包み、彼女を病院へと運んだ。「誰か助けてくれ、娘が突然意識を失って・・」「お父様はこちらでお待ちください。」 病院の裏口からアレクサンドラを抱えたルドルフの姿がパパラッチによって激写され、翌日センセーショナルな見出しが週刊誌の一面記事を飾った。【アレクサンドラ皇女、緊急搬送される!】 16日未明、ウィーン市内の病院に一人の急患が搬送されて来た。その病院スタッフは、その時の状況を我々に詳しく語ってくれた。「突然、夜間緊急搬入口から全身をシーツまで包まれた若い女性を、皇太子様が運んできたんです。その顔をよく見たら、なんとアレクサンドラ様だったんです!」 スタッフはアレクサンドラ皇女が搬送当時全裸であった事を話し、最後に我々に対してこう話してくれた。「きっとお二人は、親子以上の関係があるのではないでしょうか。」(週刊宮廷 2015年6月23日号)「先生、娘の様子は・・アレクサンドラの様子はどうでしょうか?」「皇太子様、大変申し上げにくい事ですが・・皇女様は妊娠されています。」「妊娠?それは、確かですか?」「ええ。現在7週目に入っております。意識を失ったのは、心臓に負担が掛かったからでしょう。」アレクサンドラを診察した医師は、そう言うと黒縁眼鏡越しにルドルフを見た。「妊娠初期は流産しやすいので、お控えになってくださいね。」「アレクサンドラは今、何処に?」「今から病室へ案内致します。」ルドルフがアレクサンドラの病室に入ると、病院着姿の彼女は、ベッドの上で規則的な呼吸を繰り返していた。「アレクサンドラ。」ルドルフがアレクサンドラの身体を軽く揺すると、彼女はゆっくりと目を開けて彼を見た。「お父様、わたし・・」「アレクサンドラ、さっき先生からお前が妊娠していることを告げられたよ。」「そんな・・」「今7週目に入っているそうだ。」ルドルフはそう言うと、まだ平らなアレクサンドラの下腹をそっと撫でた。「学校はどうするの?」「暫く休学するしかないね。大丈夫、君なら元気な子を産めるよ。」 病院を出たルドルフは、その足で聖マリアアカデミーにアレクサンドラの休学届を提出した。「お父様、アレクサンドラお姉様は何処に行ってしまったの?」「エルジィ、すぐにお父様がお姉様に会わせてあげるから、良い子にしていなさい。」 ルドルフがエルジィと共に入院中のアレクサンドラを見舞いに来ると、彼女は蒼褪めた顔で二人を見た。にほんブログ村
2016.03.27
性描写有りです。苦手な方は閲覧なさらないでください。「いや、離して!」「つれないことを言うなよ、こんな集まりだと知っていて、参加したんだろう?」アレクサンドラをペルシャ絨毯(じゅうたん)の上に押し倒した男からは、安物の酒の臭いがした。彼はアレクサンドラが着ているエメラルドグリーンのドレスを乱暴に剥ぎ取ると、ズボンを下ろして強引に自分の陽物をアレクサンドラの中に挿入しようとした。「いや、やめて!」アレクサンドラは悲鳴を上げ、男に抵抗したが、男はビクともしなかった。部屋に男女の嬌声が反響する中、アレクサンドラは突然自分の上に覆い被さっていた男が居なくなったことに気づいた。彼は、暖炉の前で頭を抱えながら蹲(うずくま)っていた。「大丈夫かい?」アレクサンドラにそう声を掛けたのは、黒髪に褐色の肌をした青年だった。彼は、アメジストのような美しい紫の瞳をしていた。「貴方は、誰?」「あらマイケル、貴方も来たのね?」マリーはそう言うと、全裸のまま青年にしなだれかかった。「マリー、一体これはどういうことだ?」「みんな退屈しているから、派手なパーティーを開いたのよ。アレクサンドラ、紹介するわね。こちらは従兄のマイケル。マイケル、この子はアレクサンドラ。貴方まだ女を抱いたことがないんでしょう?」マリーは少し年上の従兄を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながらそう言うと、アレクサンドラの裸を見た。「彼女を抱いてごらんなさいよ、マイケル。」「馬鹿を言うな、マリー。」「じゃぁ、どうして貴方のここはこんなにも元気になっているの?」マリーはそう言うと、ズボン越しに隆起しているマイケルの陽物を指先で突いた。「からかうのは止せ!」「全く、あんたって頭が固いんだから。」マリーはクスクス笑うと、マイケルとアレクサンドラに背を向けた。「済まない、向こうで処理をしてくるよ。」「待って、わたしがしてあげるわ。」自分の傍から離れようとするマイケルの手を掴み、アレクサンドラは彼のズボンのジッパーを下ろし、彼の陽物を口に含んだ。 マイケルは苦しそうに呻いたが、アレクサンドラの頭を掴んだまま離そうとしなかった。「あんた、嫌がっている割には感じているじゃないの?」いつの間にか二人の背後にマリーが立ち、マイケルをそう言ってせせら笑った。「うるさい、黙れ・・」マイケルはマリーを睨みつけたが、結局アレクサンドラの口の中で果ててしまった。「これで、少しはよくなった?」そう言って自分を上目遣いで見つめるアレクサンドラに欲情したマイケルは、彼女を絨毯の上に押し倒すと、彼女の両足を自分の両肩の上に担いで自分の陽物を深い角度で彼女の中に挿入した。アレクサンドラは白い喉を仰け反らしながら、マイケルの背中に爪を立てた。マイケルは激しく腰を前後に揺らした後、アレクサンドラの中で果てた。「凄い・・貴方の、もっと欲しい・・」アレクサンドラは蒼い瞳を興奮で滾らせながら、マイケルの上に覆い被さり、自分で腰を振り始めた。いつしか部屋の中に居た者達は、二人の情事に見入っていた。「俺、もう我慢できねぇ!」暖炉の近くに居た男はそう叫ぶと、自分の陽物をアレクサンドラの喉奥に突っ込んだ。アレクサンドラは苦しそうにしたが、腰を動かしながら男の陽物をしゃぶった。「もう、やめろ・・」マイケルは身体を快感で震わせると、再びアレクサンドラの中で果てた。アレクサンドラは、激しい快感に襲われて意識を手放した。 意識を取り戻すと、アレクサンドラの隣には全裸のマイケルが絨毯の上で眠っていた。「漸く起きたのね。」頭上から呆れたようなマリーの声がして、アレクサンドラが窓の方を見ると、そこには素肌にガウンを纏っただけのマリーの姿があった。「他のみんなは?」「ヘレン達ならもう帰ったわ。アレクサンドラ、真面目そうなあんたがあんなにも乱れるなんて意外だったわ。」 マリーはそう言うと、淹れ立てのコーヒーを一口飲んだ。「あんたも飲んだら?」「有難う、頂くわ。」「ガウンなら、あっちのコート掛けに掛けてあるわ。」コート掛けに掛けられているガウンを手に取り、アレクサンドラがそれを纏うと、廊下の方から慌ただしい足音が聞こえた。「こんな朝早くから誰か来たのかしら?」「さぁ、知らないわ。でも、貴方のパパが来たのは確かね。」マリーがそう言って扉の方を見た時、ルドルフが乱暴に扉を開いて部屋の中に入って来た。「これは一体どういうことなんだ、アレクサンドラ?」「お父様、これは・・」「早くドレスを着て、わたしと一緒に帰るんだ、いいな?」「はい・・」 アレクサンドラが床に散らばったドレスを着ると、ルドルフが乱暴に彼女の手を引っ張った。「アリー、何処に行くんだ?」背後から声を掛けられ、アレクサンドラが振り向くと、そこには捨てられた子犬のような目で自分を見つめるマイケルの姿があった。「マイケル、昨夜は楽しかったわ。」アレクサンドラはそう言ってマイケルに微笑むと、ルドルフと共にヴェッツェラ邸を後にした。「お父様、わたし・・」「言い訳は聞きたくない。」 車の助手席にアレクサンドラを押し込んだルドルフは、怒りの余り拳でハンドルを殴った。甲高いクラクション音が辺り一帯に鳴り響き、住民達が何事かと家の窓から顔を出した。にほんブログ村
ロシェクがルドルフの部屋の前でやきもきしながらアレクサンドラが部屋から出て来るのを待っていると、彼の背後で扉が開く音がした。「ロシェクさん、父はもう心配いらないわ。さっき苦しそうにしていたのは、喘息の発作が起きたからですって。吸入器を取ろうとしたけれど、寝台の傍になかったから苦しんでいたと、お父様が言っていたわ。」「そうですか、では様子を見に・・」「もう大丈夫だからいいって、お父様がおっしゃっていたわ。ロシェクさんに心配を掛けさせたくなかったって。」「アレクサンドラ様、ご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした。」「いいえ、わたしは気にしていないから、ロシェクさんも早く休んで。」「お休みなさいませ、アレクサンドラ様。」 ルドルフの部屋の前でロシェクと別れたアレクサンドラは、自室に戻って朝まで眠った。 翌朝、ルドルフは熱を出して全ての公務を休んだ。「アレクサンドラお姉様、お父様のお見舞いに行きたいの。一緒に来てくださらない?」「解ったわ、エルジィ。朝食の後、一緒にお父様のところへ行きましょうね。」 アレクサンドラがそう言ってエルジィの手を握って彼女に微笑むと、彼女は安堵の表情を浮かべた。「エルジィ、貴方のお母様の姿が見えないようだけれど・・」「お母様は、お部屋に閉じ籠っているの。エルジィが、勝手にお父様のところに行ったから、怒っていらっしゃるんだわ。」 アレクサンドラの脳裏に、黙って父親と食事をしている娘を見つけた時の怒り狂ったシュティファニーの顔が浮かんだ。 ルドルフとシュティファニーの結婚生活が上手くいっていない事は、女官達の噂を聞いていて少しは知っていたが、実の娘であるエルジィが母親を慮って父親に会うのを我慢している事を、アレクサンドラは初めて知ったのだった。「エルジィ、そんな事ないわ。お父様はエルジィの事が大好きなのよ。エルジィがお見舞いに行ったら、きっとお父様はお喜びになると思うわ。」「アレクサンドラお姉様、有難う。」 アレクサンドラは、笑顔を取り戻した異母妹の頭を優しく撫でた。「来たのか。」「お父様、熱を出したと聞きましたから、エルジィとお見舞いに来ました。御加減は如何ですか?」「薬を飲んだらすっかり良くなった。エルジィ、こっちへおいで。」「お父様、お会いしたかったわ。」エルジィはそう言うと、ルドルフに抱きついた。「エルジィ、これからはお母様の事を気にせずに、わたしに会いに来てもいいんだよ。」「いいの?」「勿論さ。」「お父様、大好き!」エルジィの頬を撫でたルドルフの様子を見たアレクサンドラは、笑顔を浮かべた。「お父様、学校に行ってきますね。」「ああ、行っておいで。」「では、行って参ります。」アレクサンドラはそう言うと、ルドルフの額に唇を落とし、彼の寝室から出て行った。「アレクサンドラ、放課後前から気になっていたカフェに行かない?」「ええ。」「あらアレクサンドラ、首筋の痕、どうしたの?」 アレクサンドラの首筋に残るキスマークを目敏く見つけた友人のマリーがそう言ってそれを指すと、アレクサンドラは羞恥で顔を赤く染めた。(お父様、痕はつけないでって言ったのに!)「ねぇ、もしかしてそれ、彼氏がつけたの?」「ええ。痕をつけないでってお願いしたのに、聞いてくれなくて・・」「やだぁ、アレクサンドラったら彼氏が居るなんて聞いてないわ~!」「そうよ、抜け駆けは狡いわよ!」適当にキスマークの事を友人達に誤魔化したアレクサンドラだったが、内心いつ自分とルドルフの関係が露見してしまうのではないかと冷や冷やしていた。「ねぇ、今度うちでパーティーをやるんだけれど、貴方も来ない?」「あら、いいの?」「いいに決まっているじゃないの。」 友人達とカフェでコーヒーとお喋りを楽しんだ後、アレクサンドラはルドルフの部屋へと向かった。「パーティー?」「ええ、マリーの家で今度パーティーをすることになって・・行ってもいいですか?」「いいに決まっているだろう。わたしは君の友人関係に干渉するつもりはないよ。」「有難う、お父様!」 数日後、アレクサンドラは友人・マリーの家で開かれるパーティーに出席した。そこにはダンスフロアと化した大広間で踊り狂う友人達の姿があった。「アレクサンドラ、良く来たわね!」「マリー、随分と盛況ね。」「ここまで人が集まるとは思わなかったのよ。ねぇ、一緒に奥の部屋に来て。」 マリーととともにアレクサンドラが奥の部屋へと向かうと、扉の向こうから男女の喘ぎ声のようなものが聞こえた。「ねぇ、中でみんな何をしているの?」「それは今から解るわ。」マリーはそう言うと、扉を開けて部屋の中へと入った。そこには半裸や全裸の若者達が、部屋のあらゆるところで性交に興じていた。目の前で繰り広げられている光景に驚愕の表情を浮かべたアレクサンドラが部屋から出ようとした時、マリーが彼女の腕を掴んだ。「マリー、これは・・」「ダンスを踊るのもいいけれど、うちの“パーティー”はこれがメインなの。」マリーはそう言うなり、着ていたドレスを脱いで全裸となった。「貴方も脱ぎなさいよ、暑いでしょう?」「マリー、この事をみんなは知っているの?」「ええ。貴方のお友達のヘレンだって、向こうで楽しんでいるのよ。」アレクサンドラがマリーの指す方を見ると、そこではヘレンが二人の男達の間に挟まれて歓喜の喘ぎ声を上げていた。親友の姿を呆然とした様子で見ていたアレクサンドラは、突然背後から誰かに抱き締められ、ペルシャ絨毯の上に押し倒された。にほんブログ村
2016.03.24
性描写有りです。苦手な方は閲覧なさらないでください。「み、水着を返してください!」アレクサンドラはそう叫び、ルドルフから水着を奪い取ろうとしたが、彼は身体を反転させてアレクサンドラの水着を離そうとしなかった。「まだ済んでいないのに、返す訳がないだろう?」「どうして、こんな事を・・」「男の生理現象だ、気にするな。」ルドルフは嫌悪の表情を浮かべながら自分を見つめているアレクサンドラの手を掴み、それを自分の陰部へと導いた。「あっ・・」掌全体に生温かい感触と、小刻みな脈動を繰り返すそれを感じたアレクサンドラは、羞恥で顔を赤く染めながらそこから手を離そうとした。「そんなに恥ずかしがることはないだろう、君にもわたしと同じものがついているのだから。」ルドルフはそう言ってアレクサンドラの夜着の裾を捲りあげ、パンティの中に手を突っ込み、彼女の雄の象徴を触った。はじめは下に垂れていたそれは、ルドルフの愛撫によって徐々に大きくなっていった。「アレクサンドラ、ここへ来い。」「は、はい・・」アレクサンドラはルドルフに言われるがまま、彼の隣へと滑り込み、横になった。「あ、あの・・これから、どうすれば・・」「わたしの顔の前に、尻を突き出せ。」アレクサンドラがルドルフの上に乗り、彼の前に尻を突き出した。すると、彼女の前にルドルフの陽物があった。「お父様・・」アレクサンドラの陽物をルドルフは奥まで咥えこむと、それを舌で愛撫した。「あぁ!」思わず声を上げてしまったアレクサンドラは、ルドルフの愛撫から逃れようとしたが、ルドルフは彼女の細い腰を掴んで執拗に彼女の陽物に愛撫を繰り返した。身体の奥底からじわじわと快感の波が襲ってくる感覚がして、アレクサンドラは声を出さぬように必死で唇を噛み締めて堪えていた。その様子を見たルドルフは、両手で彼女の双球を揉みしだくと、咥えていた彼女の陽物が容量を増した。「あぁ、もう駄目!」アレクサンドラが限界に近いことを知ったルドルフは、彼女の陽物を口から抜いた。「お父様、どうして・・」「自分だけ気持ちよくなるつもりか?」アレクサンドラがゆっくりとルドルフの陽物を奥まで咥え、頭を上下に揺らし始めた。「いいぞ、初めてにしては上手だ。」アレクサンドラを褒めながら、ルドルフは再び彼女の陽物と双球に愛撫を加えた。天蓋の中では、二人の喘ぎ声と、それぞれの陰部から漏れ出る水音だけが響いていた。 ルドルフはアレクサンドラの双球を両手で押し潰すかのように愛撫すると、自分の口内で彼女の陽物が弾け、その先端から欲望が迸るのを感じた。 絶頂に達したアレクサンドラは、身体を弓なりに反らし、激しく痙攣(けいれん)した。その蜜壺からは、蜜が滴り落ちていた。「まだ、足りないだろう?」ルドルフの問いに、アレクサンドラは静かに頷いた。「どうすればいいのか、解るよな?」「はい・・」アレクサンドラはルドルフの上に跨ると、彼の陽物を自分の蜜壺の中に挿入した。「おい、そんなに締め付けるな。」「すいません・・」アレクサンドラは腰を上下に揺らし、自分の陽物を右手で扱き始めた。ルドルフは彼女の細い腰を掴み、激しく下から彼女を突き上げた。アレクサンドラの陽物は彼女の腹を打つほどに大きく脈打ち、その先端からは透明な液が出ていた。「あぁ駄目、またイク、イッちゃうよぉ~!」ルドルフは己にも限界が近づいている事を知り、アレクサンドラの中を奥まで穿つと、欲望を彼女の子宮に吐き出した。 アレクサンドラの陽物が、白濁液をルドルフの胸の上に放ち、彼女はルドルフの胸に顔を埋めて気絶した。実の娘に欲情しただけでも罪だというのに、その娘と性交した。そんな背徳感を抱きつつも、ルドルフはアレクサンドラに対して激しく欲情してしまったのだった。何よりも、アレクサンドラが自分の愛撫によって何度も絶頂に達した事が嬉しかった。 気が付けばルドルフは、自分の陽物をアレクサンドラの中に入れたまま再び腰を揺らしていた。「ん・・」意識を取り戻したアレクサンドラが目を開けると、自分の中で父親の陽物が大きく脈打っていることに気づいた。「お父様、これ以上はもう駄目です!」「今更何を言う。お前がわたしを締め付けて、離さないから悪いんだ。」「そんな・・あぁ!」ルドルフによって与えられる刺激によって激しい快感に襲われたアレクサンドラは、激しく弓なりになって身体を後ろに大きく仰け反ると、甲高い声で喘いだ。 全てが終わった後、暫く二人は繋がったまま離れようとしなかった。「今日は安全日か?」「解らないです・・」「そうか。」ルドルフはそう言ってアレクサンドラに微笑むと、そっと彼女の下腹を優しく撫でた。「心配するな、きっと元気な子が生まれる。」「お父様・・」 ルドルフから優しく髪を梳かれ、アレクサンドラはいつの間にか彼の腕の中で眠りに落ちていった。にほんブログ村
「アレクサンドラさん、部活は何処に入るおつもりなの?」「まだ考えていないわ。」「あら、馬術部に入ってくださいな。」「狡いわ、貴方だけ抜け駆けなさるなんて。アレクサンドラ様、是非我がテニス部に・・」 マルグリッテが教室から出て行った後、すぐさま教室に上級生達が入って来て、アレクサンドラを取り囲んだ。「皆さん、その位にしておいた方が宜しいのではなくて?アレクサンドラさんが可哀想よ。」アレクサンドラの様子を見かねた一人の女子生徒がそう言うと、上級生達は諦めの表情を浮かべながら教室から出て行った。「有難う、助かったわ。」「気にしないで。最近部活に入る人が居ないから、皆さん必死なのよ。ヘレンよ、宜しく。」「アレクサンドラよ。」 アレクサンドラはヘレンと出逢い、彼女が所属するラクロス部に入部することになった。「アレクサンドラ、上手いわね。」「そうかしら?わたし、身体を動かすことが大好きなの。」「わたしもよ。スポーツをしていると、ストレスを解消出来るからいいわね。」「そうね。」 運動場でアレクサンドラがヘレンと準備体操をしながらそんな事を話していると、背後から鋭い視線を感じた。「どうしたの?」「いいえ、何でもないわ。」「さっさと練習に行かないと、先輩達から怒られるわよ。」ヘレンと共にアレクサンドラがラクロス部の先輩達の元へと走ってゆく姿を見たルドルフは、静かに運動場から去っていった。 聖マリアアカデミーに入学したアレクサンドラは、ラクロス部で活躍したり、ヘレンをはじめとする友人達と一緒に買い物や映画を楽しんだりと、充実な学校生活を送っていた。 春が過ぎ、ウィーンに初夏が訪れた。「ねぇアレクサンドラ、もうすぐ貴方のお誕生日でしょう?プレゼントは何が欲しい?」「何も要らないわ。」友人達とランチをしていたアレクサンドラがそう言うと、彼女達はクスクス笑った。「どうしたの?」「アレクサンドラには素敵なお父様がいらっしゃるのよね?貴方のお父様、時々こっそりと学校に来ては貴方の様子を見にいらしているわよ。」「まぁ、そうなの?」「きっと貴方が心配で堪らないのよ。」友人達からルドルフが時折学校に来ていることを知らされ、アレクサンドラは羞恥で顔を赤く染めて俯いた。「じゃぁ、また明日。」「ええ、また明日。」 校門の前でヘレン達と別れたアレクサンドラが徒歩でホーフブルク宮へと戻ろうとした時、ルドルフを乗せた車が彼女の前に停まった。「アレクサンドラ、もう学校は終わったのかい?」「はい、お父様。あの、お話ししたいことがあるのですけれど・・」「余り学校にわたしの様子を見に来ないでください、恥ずかしいです。」「解った。」アレクサンドラからそう注意されたルドルフは、その日以降彼女の様子を見に学校へ行くのを止めた。「ねぇ、貴方のお父様、学校に来なくなったわね。」「学校へ来て様子を見に来るのは恥ずかしいから止めてって言ったのよ。」水泳の授業が始まる前、学校内にある屋内プールの傍で準備体操をしながら、アレクサンドラがそう言ってヘレンの方を見ると、彼女はアレクサンドラの背後を指した。 アレクサンドラが振り向くと、そこにはルドルフの姿があった。「アレクサンドラ、お父様の事を許してあげなさいよ。」「でも・・」「過保護なのは、わたしの父親も同じよ。」 プールを見渡せる観覧席の長椅子の上に腰を下ろしたルドルフは、食い入るようにアレクサンドラの水着姿を見た。長いブロンドの髪は競泳用の帽子の中に隠れて、セクシーなうなじが露わとなっていた。そして水に濡れた水着が、彼女の身体のラインを浮き上がらせていた。その姿を見ているうちに、ルドルフは急速に股間に熱が集まるのを感じた。娘の水着姿を見て欲情するなど、父親失格だ―ルドルフは自己嫌悪に陥りながら、その場を後にした。(おかしいわね、確かにここに干した筈なのに・・) 首を傾げながらアレクサンドラが寝室で休もうとした時、誰かが部屋のドアをノックした。「アレクサンドラ様、お休みでいらっしゃいますか?」「いいえ、今寝ようと思っていたところなの。ロシェクさん、何かあったの?」「ルドルフ様が、寝室で苦しそうにしておられて・・中の様子を確かめようにも、鍵が掛かっていて・・アレクサンドラ様、どうか・・」「解ったわ、ロシェクさん。」 ロシェクからルドルフの寝室の鍵を受け取ったアレクサンドラが彼の寝室へと向かうと、確かに中からルドルフの何処か苦しそうな呻き声が聞こえて来た。「お父様、どうかなさったのですか?」扉の外からアレクサンドラはそうルドルフに向かって呼び掛けたが、中から返事がなかった。 寝室の扉の鍵を開けてアレクサンドラが中に入ると、ルドルフは寝台の中で浴室に干していた筈のアレクサンドラの水着を抱いて自慰に耽っていた。「お父様、一体何を為さっているのですか!」アレクサンドラの厳しい声を聞いて我に返ったルドルフは、熱で潤んだ瞳で彼女を見た。「アレクサンドラ、来たのか。」「“来たのか”じゃないでしょう!どうして貴方がわたしの水着を持って・・」「黙れ。」ルドルフは少し苛立ったような口調でそう言った後、アレクサンドラの唇を塞いだ。にほんブログ村
2016.03.23
2015年2月4日、アレクサンドラはカトリック系の名門女子校・聖マリアアカデミーに入学することになった。「アレクサンドラ、入ってもいいかい?」「どうぞ、お父様。」「じゃぁ、失礼するよ。」 ルドルフがアレクサンドラの部屋に入ると、彼女は聖マリアアカデミーの制服である紺色のセーラー服を着ていた。「どう、似合う?」「ああ、とても似合っているよ。」ルドルフはアレクサンドラにそう言った後、彼女の唇を塞いだ。 そっと彼女から離れると、今度はアレクサンドラの方からルドルフにキスをしてきた。「君からキスをしてくるなんて、珍しいね?」「ちょっと、キスをしたくなっただけです。気にしないでください。」そう言って頬を赤らめるアレクサンドラの首筋にルドルフが歯を立てると、彼女が首にプラチナの鎖を提げていることに気づいた。「それは、どうした?」「貴方から頂いた指輪をネックレスにして肌身離さずに持ち歩いています。学校では、指輪はつけられないので・・」「そうか。」自分が贈ったエメラルドの指輪をアレクサンドラが大切に身に着けていることを知ったルドルフは、思わず彼女を抱き締めた。「アレクサンドラ様、朝食の準備が整いました。」「解りました、すぐに行きます。」アレクサンドラはそう言うと、ルドルフからそっと離れ、自室から出た。「今日から学校ね、アレクサンドラ。緊張しているの?」「ええ、少し緊張しております。」「大丈夫よ、貴方ならきっとお友達が沢山出来るわ。」 朝食の席に、旅行三昧でウィーンを留守にしているエリザベート皇妃が顔を出すのは稀であったが、皇妃はアレクサンドラの事が可愛くて仕方がないらしく、長い旅からウィーンに帰って来る度に、エルジィとアレクサンドラには美しい土産を買ってきてくれた。「そうだわ、この髪飾りを貴方に。」そう言ってエリザベートがアレクサンドラに渡したのは、ルドルフの誕生石であるペリドットを鏤(ちりば)めた髪留めだった。「パリで、貴方に似合うだろうと思って買ったのよ。エルジィには、素敵なカチューシャを買ってきたわ。」「まぁ皇妃様、そのような高価な物、頂くわけには・・」「遠慮しないでいいのよ、アレクサンドラ。貴方はわたしの孫なのだから。」そう言ってアレクサンドラに笑顔を浮かべるエリザベートは、仏頂面を浮かべているシュティファニーに気づきもしなかった。「皇妃様、そろそろ急ぎませんと。」「そうね。じゃぁルドルフ、アレクサンドラとエルジィをお願いね。」「解りました、母上。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」 ミヒャエル門の前でエリザベートを見送ったルドルフは、そのまま車でアレクサンドラとエルジィを乗せてホーフブルク宮を後にした。「アレクサンドラ姉様、またね。」「ええ、エルジィ、また会いましょうね。今日もお友達と元気に遊んで来なさい。」「はい、お姉様。」 車から降りたエルジィは、ルドルフとアレクサンドラに向かって手を振ると、元気よく幼稚園の中へと入っていった。「エルジィは元気が良いですね。」「ああ。エルジィと君は、いつも仲が良いな。」「わたし、ルーマニアに居た頃、よく集落の子供達と遊んだ事があったんです。エルジィを見ていると、何だかその子達の事を思い出してしまって・・」「そうか。アレクサンドラ、部活は何処に入るつもりなんだ?」「まだ決めていません。」「そうか。焦らずに決めればいい。」「はい。」ルドルフとアレクサンドラがそんな話をしながら聖マリアアカデミーの駐車場に入ると、そこには大勢のマスコミが二人の事を待っていた。「アレクサンドラ様、入学おめでとうございます。」「入学初日なので、緊張されていますか?」「部活はどうされますか?」記者達から質問攻めにされながらアレクサンドラがルドルフと共に校舎の中へと入ると、校長のシスター・マリアが二人を出迎えた。「皇太子様、お忙しい中わざわざ我が校に足を運んで頂き、大変光栄でございます。」「校長先生、どうか娘の事を宜しくお願いいたします。」「アレクサンドラ様、教室の方までご案内致しますわ。」「いいえ、それには及びません。校長先生、ひとつお願いがあるのですが・・」「何でしょうか?どんな事でもおっしゃってください。」「わたしを特別扱いしないでください。わたしには、他の生徒達と同じように接してください。」「解りました。」シスター・マリアはそう言うと、アレクサンドラの手を取った。「アレクサンドラ様、これから我が校で過ごす3年間の学校生活が、貴方様にとって有意義なものとなりますように。」「有難うございます、校長先生。」 校長室でアレクサンドラがシスター・マリアとそんな話をしている頃、教室では時期外れの新入生に対して興味津々な様子の生徒達が、その事について色々と噂をし合っていた。「ねぇ、そろそろ来る頃じゃないの?」「どんな子かしらね?」「さぁ・・」「皆さん、お静かに!」教室に担任教師であるマルグリッテが入って来ると、生徒達は慌てて自分の席へと戻っていった。そして彼女達は、マルグリッテの隣に立つアレクサンドラの存在に気づいた。「皆さん、本日から皆さんと共にお勉強することになった、アレクサンドラ=エリザベート=ヘレーネ様です。」「アレクサンドラです。皆さんこれから宜しくお願い致します。」 アレクサンドラがそう言って自分を興味津々な様子で見つめている生徒達に向かって頭を下げると、彼女達は温かい拍手でアレクサンドラを迎えた。にほんブログ村
アレクサンドラがベルベッドの箱を開けると、中にはハート形にカットされたエメラルドの指輪が入っていた。「お父様、この指輪はわたしに?」「ああ。少し早いが、お前の誕生祝いに。」「こんな高価な物、頂けません。」「受け取ってくれ、アレクサンドラ。わたしの気持ちだと思って。」「はい・・」ルドルフはアレクサンドラの左手の薬指にエメラルドの指輪を嵌めた。その指輪は、彼女の白い肌に映えていた。「良く似合っているよ、アレクサンドラ。」「有難うございます、お父様。一生大事にいたします。」「そう言われると、君にその指輪を贈ってよかったよ。」ルドルフはアレクサンドラに微笑むと、彼女を抱き締めた。 その日の夜、帝国政府は皇女アレクサンドラ=エリザベート=ヘレーネ=フォン=ハプスブルクを明朝10時に皇族として認め、彼女をお披露目するという旨をマスコミ各社へ向けて公式ホームページ上に発表した。 その発表後、世界中のネットユーザー達がアレクサンドラの写真をネット上の様々なサイトや掲示板に載せ、彼女の美しさを絶賛していた。『まさに美少女w』『パパ似で良かったね。』『いやいや、ママの方も美人だよ。』―掲示板にヘレーネの写真が掲載される―『美男美女の両親から生まれたのは美少女でした、ありがとうございます。』『エルジィちゃんも可愛いよ。ママは不細工だけどw』『まぁ、母親に似なくて良かったんじゃない?』―このスレは1000を超えたので終了いたします― 明朝、アレクサンドラが自室で目を覚ますと、女官達がやって来た。「アレクサンドラ様、お召し替えを為さいませ。」「解ったわ。」 アレクサンドラが今日の為に父・ルドルフが誂えてくれたドレスに着替えて鏡台の前に腰を下ろすと、髪結いを担当する女官がアレクサンドラの長いブロンドの髪をブラシで梳き始めた。「お父様、おはようございます。」「おはよう、アレクサンドラ。今日の君はとても綺麗だよ。」「有難うございます。」アレクサンドラが皇帝一家の待つ部屋に入ると、そこには軍服を纏っているルドルフとフランツ=カール=ヨーゼフの姿があった。「お祖父様、おはようございます。」「アレクサンドラ、緊張しているか?」「ええ・・」「堂々としていなさい。そして国民の前に立つときは必ず笑顔で居なさい。この二つの事を覚えておけば大丈夫だ。」「解りました、お祖父様。」「皆様、お時間です。」 皇帝一家がバルコニーに登場すると、オーストリア=ハプスブルク帝国の全国民が彼らを歓声で出迎えた。 父と祖父の間に挟まれながら、アレクサンドラは少し緊張気味に笑顔を浮かべ、国民に手を振った。その様子は国営放送で生中継され、オーストリアのみならず世界中にその映像が配信された。『パパと祖父ちゃん、軍服姿カッケェ!』『アレクサンドラ様お美しい・・まさに女神!』『それに比べて皇太子妃様のボッチぶりが酷いw』―掲示板にバルコニーの隅で佇むシュティファニーの写真が掲載される―『皇太子妃様だけハブられているw』『シュティファニー、どんだけ義実家に嫌われてんだよw』【ハプスブルク帝国に美しき皇女現る】 2015年1月30日、オーストリア=ハプスブルク帝国の首都・ウィーン中心部にあるホーフブルク宮殿にて、アレクサンドラ=エリザベート=ヘレーネ=フォン=ハプスブルク皇女が皇族としてお披露目され、祖父であるフランツ=カール=ヨーゼフ帝と、父親であるルドルフ皇太子やエリザベート皇妃、マリア=ヴァレリー皇女と共にバルコニーへと姿を現すと、国民達は歓喜し、若き皇女の美しさに心を奪われた。 お披露目以前から、その美しさから世界中で注目されていたアレクサンドラ皇女。彼女がどんな宮廷生活を送るのかが、非常に気になるところである。(週刊宮廷 2015年2月6日号より) アレクサンドラのお披露目から数日後、世界中の女性達は彼女のファッション―靴やバッグなどの小物類や、指輪やネックレスなどの装身具類などを常にチェックし、彼女を真似しようと同じブランドの物をこぞって購入するようになり、アレクサンドラの髪型を真似たりするようになった。 それは後に、 “アーニャブーム”と名付けられた。世界中から突然注目されるのと同時に、アレクサンドラは父と共に公式行事に参加する機会が増え、多忙な毎日を送っていた。「お父様、以前お話しした学校の事ですけれど・・」「勿論、約束通り君を学校に通わせてあげるよ。10代の頃の思い出は、一生に一度しかない貴重なものだからね。」ルドルフはそう言うと、アレクサンドラの手を優しく握った。「学校に行って、沢山友達を作りなさい、いいね?」「はい、お父様。」 アレクサンドラは2月からウィーン市内にある名門のカトリック系女子校・聖マリアアカデミーに入学することになった。にほんブログ村
2016.03.18