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JEWEL

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連載小説:紅蓮の涙~鬼姫物語~

Feb 28, 2012
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『見つけたわ・・お母様の髪飾り!』

少女はそう叫んで涙を流した。

「あれは、あの子のものだったのですね・・」
四郎はそう言いながら涙を流す少女を見た。
「そうみたいね・・」
金剛石の髪飾りがあるべきところに戻ったのを見届けると、美津は四郎とともに屯所へと戻って行った。
「お嬢様、よかったですね。これで旦那様も大喜びですわ。」
ロゼは大泣きする主の背中を撫でながら言った。
「わたし、あの人達にお礼を言わなければ。お母様の髪飾りを見つけてくださってありがとう、って。」
マリーは髪飾りを髪に留めながら、美津と四郎の姿を探したが、彼らは何処にもいなかった。
「あら、おかしいわね・・さっきまでそこにいたのに・・」
「彼らが何処に行ったのか、知りたい?」
突然背後から女の声がして、マリーは振り向いた。
そこには、顔に火傷痕がある女が立ち、薄笑いを口元に浮かべながら自分を見ていた。
女の姿を見た瞬間、マリーは恐怖に震えた。
「あなた、誰?」
「わたしはりえ。あなたがお礼を言おうとしている女の正体を知っているわ。」
女はそう言ってゆっくりとマリーに近づき、彼女の耳元で何かを囁いた。
彼女の言葉を聞いたマリーの顔が、怒りでみるみる赤く染まって行った。
「ロゼ、彼女を今すぐにでも見つけるわよ!」
「どうなされたのですか、お嬢様?」
「あの盗人を見つけて殺してやるんだから!」
マリーはそう叫ぶと走り出した。
「お待ちください、お嬢様!」
慌ててロゼは主の後を追った。
「ふふ、これでうまく行った・・後は小娘次第ね・・」
女はそう呟いて闇の中へと消えた。
一方、屯所へと戻った美津と四郎は、エーリッヒに髪飾りの持ち主が見つかったことを報告した。
「良かったですね、姫様。あのまま持ち主が見つからなければどうしようかと思っていましたが、無事に見つかってよかったです。」
エーリッヒはそう言って溜息を吐いた。
「そうね。」
美津と四郎、エーリッヒが部屋で休んでいると、1人の隊士が慌てて3人の方へとやって来た。
「磯村、お前に話があるって異人さんが来てるぜ。」
(異人さんって、あの子が?あの子に髪飾りを返したのに・・)
髪飾りを返したから自分には話などないと思っていたが、少女の方はあるらしい。
「どうなさいましたか、姫様?」
「さっき会った子が、わたしに話があるって。少し出てくるわ。」
「じゃぁ俺も一緒に行きましょう。」
エーリッヒはそう言って立ち上がり、美津と共に部屋を出た。
「お客様はどちらに?」
「あっちだよ。」
門の方へと向かうと、少女が両腕を組んで美津を待っていた。
『わたしにお話しって、何かしら?』
『あなた、お母様の髪飾りを盗んだのね!?』
そう言うなり、少女は美津の横っ面を張った。
「なん・・」
突然のことで、エーリッヒは呆気に取られたが、慌てて地面に倒れそうになった美津を抱き留めた。
『お前があの女と手を組んでお母様の髪飾りを売り飛ばしたことは知ってるわよ!よくもわたしを騙してくれたわね、許せないわ!』

蒼い瞳に大粒の涙を流し、憎しみを宿しながら、少女は憤怒の表情を浮かべながら美津を睨んだ。






Last updated  Apr 1, 2012 10:42:10 PM
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横浜から京都へと旅立ち、数週間が経った。
マリーとロゼは、疲労と空腹でクタクタになりながら、やっと京へと着いた。

「やっと着いたわね、ロゼ。」
「ええ、お嬢様。」
「さぁ、お母様の髪飾りを探すわよ!」
2人は金剛石の髪飾りを見つけようと、アンジェが言っていた宝石商を探したが、収穫は何もなかった。
「一体何処に居るのよ・・」
苛立ちと疲労と空腹により、マリーの精神は限界に来ていた。
言葉も風習も文化も違う、見知らぬ土地を旅し、異人だ毛唐だと人々に石を投げられ、罵られ、ここまで来たと言うのに、髪飾りが何処にあるのかわからない。
(あの女さえいなければ、こんな苦労することなかったのに・・)
マリーの脳裏に、母の形見を盗んで売り払った狡猾なメイドの顔が浮かんだ。
(許さないわ、アンジェ・・絶対にわたしはあなたを許さない!)
「お嬢様、少し休まれてはいかがですか?」
ロゼの言葉に、マリーはカッとなった。
「何言ってるの、ロゼ!わたしはお母様の髪飾りを見つけるまで絶対に諦めないわ!」
「お嬢様、申し訳ありません・・出過ぎたことを・・」
ロゼはそう言って俯いた。
「・・少し苛々していたわ、怒鳴ってしまって御免なさい。少し休みましょう。」
マリーは侍女にそう微笑むと、近くの茶店へと向かった。
同じ頃、美津と四郎は巡回を終え、茶店で休んでいた。
「ねぇ、これからこの髪飾りの持ち主を探さない?このままわたしが持っておくのはいけないと思うの。」
「そうですね・・こんな高価なものが道端に落ちていたというのはおかしいですし・・」
「そうしましょう。」
美津がそう言って立ち上がろうとした時、店の入り口で言い争う声を聞いた。
「お代払って貰いまっせ!」
『だから、この指輪で払うって言ってるでしょう!』
「こんなもんじゃあかん!ちゃんと金で払え言うとんのや!」
店の主人と異人の少女が支払いを巡って口論となっていた。
「四郎、ちょっと行ってくるわね。」
美津はそう言って主人と少女の間に入った。
「どうなさったんですか?」
「この異人はんが代金踏み倒そうとしてはるんや!」
主人は茹でダコのように顔を怒りで赤く染めながら美津に唾を飛ばして叫んだ。
美津は少女の方に向き直った。
『あなたは代金を払わない気なの?』
目の前の日本人が突然英語を喋り出したので、少女は唖然とした表情で美津を見つめていたが、やがて我に返り、
『今はお金がないからこの指輪を売って払ってくれと言っただけよ。』
と憤然とした口調で言った。
美津は少女の言葉を主人に通訳し、主人は自分の非を詫びて少女から指輪を受け取った。
『ねぇ、待って!』
美津と四郎が茶店を後にして、屯所へと向かって歩き出そうとすると、背後から少女の声が追いかけてきた。
『さっきは助けてくれてありがとう。わたしはマリー、あなたは?』
『わたしはミツよ。宜しくね。』
『こちらこそ。』
美津が少女と握手しようとした時、金剛石の髪飾りが地面に落ちた。
髪飾りを見た途端、少女の蒼い瞳が大きく見開かれた。
『どうしたの?』
『やっと見つけたわ・・』
少女は大粒の涙を流しながら、髪飾りを拾い上げた。
これが美津姫と、貴族令嬢マリーとの出逢いであった。

1人の姫君と令嬢の運命は、時代の荒波に呑まれることとなるなど、この時2人は知るよしもなかった。






Last updated  Apr 1, 2012 10:41:24 PM
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祇園にある高級料亭の一室で、桂小五郎ら長州藩士は会合を開いていた。

「あの壬生狼どもは、鋭い鼻を持っているらしいな。この前も定宿であった旅籠に踏み込まれ、辛うじて逃げてきた。」
藩士の1人が新撰組への憎悪を言葉の端々に滲ませながら言った。
「全く、東夷共が、調子に乗りおって・・あいつらをすぐにでも血祭りに上げてやりたいくらいだ。」
もう1人の藩士が吐き捨てるように言いながら、酒を呑んだ。
「そんなことをしても無駄だ。感情的にならない方がいいと思うぞ。」
桂小五郎は藩士達をそう窘(たしな)め(め)ていると、襖が静かに開き、女が入って来た。
「桂様、お呼びでございますか?」
「絢か、入ってくれ。」
「はい。」
髪を丸髷に結い、上品な藍色の着物を着た女の瞳は、美しい青だった。
「何か情報は掴んだか?」
「はい。詳細は後日改めてお伝えいたします。」
「わかった、下がってよろしい。」
「では、失礼いたします。」
入って来たのと同じように、女は静かに襖を閉めて部屋から去って行った。
「あの女は一体何者なんだ、桂さん?」
「あの子は色々とわたしたちを助けてくれる。今はそれしか言えないよ。」
桂はそう言って笑い、猪口に入った酒を口元へと運んだ。
料亭を出た女―絢は、何者かにつけられている気がして、少し立ち止まって辺りを見渡した。
(気の所為か・・)
そう思いながら再び歩き出そうとした時、何かが自分に向かって飛んできた。
咄嗟に絢は素早い身のこなしでそれを避けた。
「何者だ!」
「流石は長州藩の女間者ね。」
玲瓏な声が絢の耳元で響いた。
「お前は誰だ?何故わたしの正体を知っている?」
「それは明かせないわ。わたしはりえ、あなたが大嫌いな女を憎む者よ。」
頭巾を被っていた女は、優雅な手つきでゆっくりとそれを外した。
女の美しい顔の左半分には、醜い火傷の痕があった。
「その顔は・・」
「あの女に家族を殺されたのよ。わたしは助かったけど、美しい顔を失った。あの女が憎くて堪らないわ。あなたもそうでしょう?」
絢の脳裏に、あの壬生狼の娘の顔が浮かんだ。
「ねぇ、わたしたち手を組まない?あなたとわたしはあの女が憎い。利害は一致しているわよね?」
再び女は頭巾を被り直しながら、絢を見た。
「お前は幕府側の人間か?」
「そんな訳ないでしょう、馬鹿ね。わたしはあなた達の味方よ。」
女はそう言って絢の手を握った。
まるで蛇を掴んだかのような冷たい感触に、絢は鳥肌が立った。
「協力してくれるわよね?」
「え、ええ・・」
「そう、よかったわ。1人でも味方が多いと力強いわ。」
女は口端を歪めて笑みを作った。
「ねぇ知ってる?最近会津から来た女が何者かに殺されたことを。」
「初めて聞いた。」
「そうよねぇ、まだ公にされていないものね。でもその女を殺した疑いが、あの憎たらしい小娘にかけられていることは知っていて?」
「・・その話、詳しく聞かせろ。」
「分かったわ。」
2人の女は暫く路地で話しこむと、それぞれ目的地へと向かって歩いて行った。
「我が一族の仇は必ず討ってみせる。あの娘の首を墓前に捧げるまで、諦めるものか・・」

頭巾を被った女―りえは、そう低く呟くと闇の中へと姿を消した。






Last updated  Apr 1, 2012 10:40:21 PM
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1864(元治元年)年2月、横浜。

グレース伯爵家の令嬢・マリーは、母親の形見である金剛石の髪飾りがある日突然なくなっていることに気がついた。

「ロゼ、何処に居るの!?」
血相を変えた彼女は、侍女である少女の名を叫びながら、彼女の部屋のドアを乱暴に開けた。
「何でございますか、お嬢様?」
主の怒りに気付いたロゼは、恐怖で震えながら言った。
「お母様の形見の金剛石の髪飾りがないのよ。お前、知らない?」
「いいえ、お嬢様。わたくしは何も存じ上げておりません。それに、金剛石の髪飾りは、ちゃんと宝石箱にしまった筈・・」
「それが、さっき宝石箱を開けたらなくなっていたのよ!きっと誰かが盗んだに違いないわ!」
「わたくしはお嬢様の物に指一本触れてはおりません。」
ロゼはしゃくり上げながらそう言って主を見た。
「お前を疑っているわけではないわ、ロゼ。お前が盗みなんて事する筈がないもの。誰かほかの者が盗ったに違いないんだから。」
マリーは眉間を揉みながら溜息を吐いた。
「昨日わたしの部屋の掃除を担当したメイドは誰?」
「確か、アンジェだったと思います。」
「アンジェ?新しく入って来た子ね?その子は今何処にいるの?」
「今厨房で料理人とお話ししているところでしょう、きっと。」
「そう、ありがとう。」
アンジェという名を聞いてマリーは嫌な予感がした。
父の友人の紹介でグレース家に雇い入れられたメイド、アンジェは豊満な肉体美を持ち、更に天使のような美貌を持った女性だった。
しかしその性格は強欲で、父の後妻になろうと企み、何かと父に色目を浸かっているのを、マリーは何度か見たことがあった。
その彼女が母の形見である金剛石の髪飾りを盗んだに違いないーマリーはそう思い、厨房へと入った。
ロゼの言う通り、アンジェは厨房で流しに腰掛けながら、料理人と他愛のないおしゃべりをしていた。
「アンジェ、お前に話があるのよ。」
「お嬢様、お話しってなんですか?もしかしたらあの髪飾りのことですか?」
「・・お前がお母様の髪飾りを盗んだのね、この卑しい雌狐め!」
マリーはそう叫ぶと、アンジェの横っ面を張った。
「お母様の髪飾りを何処へやったの!」
「宝石商に売ってやったよ、あんなもの。そいつはキョウトとかいう所に行くとか言ってたね。そいつが髪飾りを売り払う前に取り戻せばいいんじゃないかい?」
「お前はクビよ!お父様にあなたの正体を言いつけてやるわ!」
マリーは憤怒の表情を浮かべて、厨房を出て行った。
「アンジェ、あんたが奥様の髪飾りを盗んだのかい?」
「だって先妻の形見をいつまでもこの家に置いておくと旦那様があたしになびかなくなっちまうじゃないのさ。ま、あの小娘がどうやって髪飾りを探しだすかみものだね。」
アンジェは形のいい唇を醜く歪めながら笑った。
「お父様、わたしキョウトに行ってお母様の髪飾りを取り戻すわ!」
夕食後、マリーはアンジェの悪事を全て父親に話した後でそう宣言した。
「しかしマリー、今日本は我々外国人にとって危険な所だ。それをわかって言っているのか?」
顎鬚を撫でながら、父親は愛娘を見た。
「ええ、お父様。わたし、どんなに時間がかかっても髪飾りを取り戻したいの!賛成してくださるでしょう?」
「・・お前がそうしたいというのなら、行きなさい。」
「ありがとう、お父様!」

翌朝、マリーはロゼとともに京都へと旅立った。






Last updated  Apr 1, 2012 10:38:31 PM
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「母を殺したのは、あなたですか?」

愛五郎はそう言って美津を睨んだ。

「わたしは、あなたのお母君を殺していません。」
美津は愛五郎の目を見ながら言った。
「先ほど、あなたの事を知っていると言う方から、このようなものを渡されました。」
そう言って愛五郎が懐から取り出したものは、昔美津が嵌めていて、島原の乱以来行方不明となっていたトパーズの指輪だった。
「これは・・わたしの・・一体その方は・・」
「磯村様、わたしはあなたを信じられません。そんなにわたしのことが嫌いなのですか?だからわたしとの結婚を進めようとする母を殺そうとしたのですか?」
「わたしはあなたのお母君も、誰も殺してはいません!わたしはそんな理由で人を殺すなんてことはしません!信じてください!」
美津は必死に自分が潔白である事を愛五郎に訴えたが、彼は頑なに美津の言葉を聞こうとしなかった。
「この指輪はあなたにお返しいたします。わざわざ葬儀に来て下さってありがたく思いますが、ご焼香は結構です。それでは。」
愛五郎は指輪をまるで汚物のように指で摘み、美津に投げ捨てるように渡すと、そう冷たく言い放って扉を閉めた。
「あの男、斬っても構いませんか。」
四郎が怒りをあらわにしながら閉ざされた門を睨んだ。
「彼の事は放っておいた方が良いわ。それよりも、わたしに殺人の濡れ衣を着せ、陥れようとする女の正体を探らなくては。」
「そうですね。」
(誰であろうと、わたしを陥れようとする者は許せない!見つけたら八つ裂きにしてやるわ!)
一方、愛五郎は母の葬儀を気丈にも取り仕切り、葬儀が終わると同時にほっと溜息を吐いた。
突然の母の死を聞かされても、愛五郎はうろたえたり、悲しんだりする暇もなく、葬儀の準備などに追われた。
位牌の前に置かれた母の遺骨を見ながら、愛五郎は先ほど美津に向かってぶつけた酷い言葉を思い出していた。
あの時は感情に任せて彼女を傷つけてしまった。
謝ろうと思っていたのに、何故か逆の事をしてしまった。
「母上、わたしはどうすればいいんでしょう・・」
愛五郎はそう呟いて溜息を吐いた。
美津はまた四郎とともに例の路地へと向かった。
一体ここで何が起きたのか、そして幾が何故狼の犠牲となったのかが知りたくて、美津は路地周辺に何か手掛かりがないか、徹底的に調べたが、何も出てこなかった。
「もう戻りましょう、姫様。もうすぐ日が暮れますし、危険です。」
「待って、もう少しで終わるから。」
美津は半ば諦めながら事件の手掛かりをもう一度探していた時、何かが光るのが見えた。
彼女はそれを拾い上げた。
「姫様、それは・・」
光っていたものは、金剛石が中央に嵌め込まれた豪華な髪飾りだった。
「事件の手掛かりになるかもしれないわね。」
美津は髪飾りを傷つけないように、そっとそれを布で包んだ。
「磯村、お前に会いたいって奴が来てるぞ。」
「もしかして、川松様?」
「ああ、何でも話がしたいってさ。」
「わかったわ。」
屯所から戻った美津は再び屯所を出て、壬生寺の境内へと向かった。
そこには、母親の遺骨を抱えた愛五郎の姿があった。
「川松様。」
美津が声をかけると、彼はゆっくりと彼女を見て微笑んだ。
「会津に帰る前に、あなたに酷い言葉を投げつけてしまった事を詫びたくて、参りました。」
「お母君の事、残念です。いいお方でしたのに・・」
「会津に来る機会が来たら、母の位牌に手を合わせてやってください・・きっと、喜ぶと思います。」

そう言って寂しげな笑みを浮かべながら京を去ってゆく愛五郎の背中が見えなくなるまで、美津はいつまでも彼を見送った。






Last updated  Apr 1, 2012 10:37:12 PM
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翌朝、幾の遺体を引き取りに、愛五郎が屯所へとやって来た。

「母上、何故このようなお姿に・・」
彼は母親の遺体に取り縋り、嗚咽した。
その光景を、美津達は遠くから眺めていた。
美津は母親の亡き骸を抱き締める愛五郎の姿を見ていると、昔の事を思い出した。
暴走した後我に返り、虫の息だった父に死なないでと叫んだあの日の事を。
あの時、まだ自分が何者であるのかがわからなかった。
でも、今は・・
「姫様、姫様?」
四郎に肩を叩かれ、美津は我に返った。
「何?」
「あの路地へ参りましょう。あそこなら、幾様が殺された理由も、あの狼の正体も分かる筈です。」
「そうね・・」
愛五郎の姿を肩越しに見ながら、美津は彼に背を向けて四郎とともに屯所を出て行った。
昨夜事件が起きた路地へと向かうと、そこには乾いた血溜まりだけがあり、あの狼の死体はどこにもなかった。
「変ね、昨夜は確かにここにあった筈なのに・・」
昨夜の内に誰かが狼の死体を片づけたのだろうか?
だとしたら、誰が何のために?
「姫様、これをご覧ください。」
そう言って四郎があるものを差し出した。
「これ・・わたしの・・」
四郎が血溜まりの中から拾ったものは、一昨日の見合いの時に挿していた簪だった。
「これは一昨日、お見合いが終わった時に自分の部屋にある小箱の中にしまった筈・・なのにどうしてこれが、こんなところにあるわけ?」
「それはわたしも分かりません。ですが、何者かがあなたに殺しの濡れ衣を着せようとしているのでは?」
「あの女が、わたしに殺しの濡れ衣を?まさか、そんなこと・・」
凛ならやりかねなさそうだが、彼女はこんなに単純な手口で美津を苦しめる筈がない。彼女のやり方は巧妙で、かつ陰湿なものなのだから。
「あの女以外に、あなたを怨み、憎んでいる者がいるということですね。これからは外出を控えた方がよさそうですね。」
「そうね・・」
美津は得体のしれぬ恐怖に襲われ、四郎と共に路地を後にした。
その後、2人が去って行くのを確かめるかのように、1人の女が路地裏から現れた。
女は血溜まりをじっと見つめると、薄笑いを浮かべた。
「漸くあの女に復讐できる・・いつも上から目線でわたしを見て、笑いながらわたしを虐げていた女に・・復讐が終わったら、わたしはあの女から完全に自由になる・・」
女はそう呟くと、懐からあるものを取り出し、血溜まりの中へと放った。
「これでいい・・」
女は現れたように、すうっと路地から消えて行った。
「磯村様、少し母の事でお話ししたいことがございます。よろしいでしょうか?」
幾の遺体を引き取り、喪主として気丈に彼女の葬儀を取り仕切っていた川松愛五郎は、そう言って四郎とともに葬儀に訪れた美津に話しかけた。
「何でしょう、お話って・・」
「単刀直入に言いますが、母を殺したのはあなたではないですか?」
「え・・」
愛五郎が吐きだした言葉を聞き、美津はショックを受けてまるで金縛りに遭ったようにその場から動けなくなった。
「もう一度お聞きいたします。母を殺したのは、あなたですか?」

憎悪に満ちた瞳で、愛五郎はそう言って再度、美津を見た。






Last updated  Apr 1, 2012 10:35:26 PM
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美津は自分に襲いかかろうとする狼に対して刀を抜こうとしたが、間髪いれずに狼は美津を地面に押し倒した。

狼の巨体の下敷きとなった美津は、必死に酸素を求めて喘いだ。

「姫様っ!」
四郎の叫び声と共に、狼の断末魔の叫び声が路地に響いた。
「大丈夫ですか、姫様?」
美津はゆっくりと狼の骸を押し退けて立ちあがった。
狼は頭部を槍で一突きされ、絶命していた。そしてその槍は、狼の頭から喉元まで貫通していた。
「あと少しずれていたら、姫様のお体に傷をつけることになっていたかもしれません。お怪我がなくて本当によかったです。」
狼の頭から槍を抜きながら、四郎はそう言って主を見た。
「四郎、ありがとう。お陰で助かったわ。他の皆さんはどこに?」
「沖田先生達なら、向こうでお待ちしています。」
「わかったわ、すぐ行くと伝えて頂戴。」
「承知致しました。」
エーリッヒはそう言って路地を駆けて行った。
「一体この狼は何者だったのでしょう?今まで里で狼を見たことは何度かありますが、これほど大きなものは初めてです。」
「わたしもよ・・それよりも、この人の遺体を、屯所で引き取らないと。」
美津は狼の犠牲となってしまった女性―幾の遺体に向かって十字を切った。
「ええ。」
四郎と美津は、提灯を持ってエーリッヒの後を追った。
光が消え、後には闇が路地を満たした。
「遅くなってしまい、申し訳ありません。」
美津と四郎はそう言って沖田達に頭を下げた。
「狼はどうしました?」
「わたしが槍で仕留めました。後で川松様のお母君のご遺体を屯所へお運びしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「勿論いいですよ。いつまでも路上に野晒しにさせる訳にはいきませんからね。」
沖田は溜息を吐きながらそう言うと、美津達に背を向けて歩き出した。
「エーリッヒ、幾様はどうしてあんな所で狼に襲われたんだと思う?」
美津は狼に襲われる前に抱いていた疑問をエーリッヒに投げかけた。
「確かに、ご婦人が夜に一人歩き、しかもこんなに人気のない路地にいるなんて変ですね。それに彼女が1人でいる所をたまたま狼が襲いかかったというのも、妙に納得がゆきません。」
「わたし、昨日幾様にお会いしたけれど、第一印象としてはとても礼儀正しくて、慎重で、絶対に夜道を1人で歩かない方だと思ったの。こんな時間に1人でいたのは、何か事情があったのではないかしら?」
「少し調べてみる必要がありそうですね。狼が何故あの路地に居たのかを。」
「ええ・・」
屯所に戻った美津達は、今夜起きた事件の事が気になってなかなか眠れなかった。特に犠牲者が昨日美津と見合いした相手の母親だから尚更だ。
「ねぇ四郎、起きてる?」
「はい、起きておりますよ。」
美津は隣で四郎が起き上がる気配を感じた。
「やっぱりあの路地で何があったか気になるわ。2人であの路地を調べてみない?」
四郎は美津の言葉を聞いて押し黙ってしまった。
「ねぇ四郎、聞いてる?」
「余り危険なことはしない方がよろしいかと思いますが・・いつ何処に危険が潜んでいるかわからないのですから・・」
「でも、気になって・・」
「明日の朝、路地へ向かいましょう。朝ならばもし狼に襲われても反撃できますから。」

四郎はそう言うと、美津に背を向けて眠り始めた。
彼の言葉に釈然とせぬまま、美津はゆっくりと目を閉じて眠りに落ちていった。






Last updated  Apr 1, 2012 10:34:23 PM
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「何故、縁談を断るとおっしゃるのですか?やはりご両親がいらっしゃらないことで負い目が・・」
「いいえ、そうではないのです。わたしには、想っておられる方がいるのです。」

美津はそう言って愛五郎を見た。

「その方は我が家で父が下働きとして雇った方で、大変賢くて槍の遣い手で、何よりもわたしと分け隔てなく接してくれる方でした。わたしはその方を今もお慕いしておりますし、その方もわたしを大切にしてくださいます。ですから、申し訳ありませんが・・」
「わかりました。あなたにそういう方が既にいらっしゃるのであれば、母に無理を言ってあなたに縁談など持ち込むべきではありませんでした。では、これにて失礼いたします。」
川松はそう言って美津に頭を下げ、ゆっくりと部屋を出て行った。
(これでいいんだわ・・だってわたしは、四郎が好きなんですもの・・いいえ、彼を愛している・・)
部屋を出た川松は、別室で待っていた母にこの縁談は白紙に戻す旨を伝えた。
「それはまことですか、愛五郎?お前はそれでよいのですか?」
幾は眉間に皺を寄せながら息子を見た。
「ええ、わたくしはいささか妻を娶ることに急ぎ過ぎていたのかもしれません。国に戻り、磯村様の事は綺麗さっぱり忘れます。」
「なれど、磯村様はお前が妻にと決めた相手ではありませぬか。それをあっさりと断るなど・・母は納得がゆきませぬ!」
幾は足音も荒く料亭を出て行った。
(母上が何かしでかさなければよいが・・)
見合いを終えて屯所に戻った美津は、四郎に川松との事を全て話した。
「先方は分かっていただけましたか・・それはよかったですね、姫様。」
槍の手入れをしながら、四郎はそう言って安堵の溜息を吐いた。
「あんまり悪い方ではなかったわ。真面目で優しそうで・・でもあの方にはわたし以外の方と幸せになった方がいいわ・・だってわたしは・・」
「それ以上はおっしゃらないでください、姫様。いつか幸せになりましょう。」
「そうね・・いつか、お前と2人で幸せに・・」
美津の脳裏に、これまでの辛い記憶が浮かんできた。
行く先々で自分達の正体に気付いた者達は、一斉に背を向けて逃げ、一部の者は罵詈雑言を浴びせてきた。
何処に居ても、自分達は人とは相容れない存在だと気付いたのは、もう昔の事。
次第にその事に慣れきっている筈なのに、認めたくない自分が居る・・。
「姫様・・」
涙ぐむ美津を、四郎が慰めるかのように彼女の身体をギュっと優しく抱き締めた。
「四郎、ありがとう・・」
翌晩、美津達は巡察に出ていた。
「姫様、何か妙な気配がいたします。」
エーリッヒが暗闇に潜む何かを見つけ、眉間に皺を寄せた。
「もしかして、あいつらかも・・」
美津がそう言って背後を振り返った瞬間、前方で悲鳴がした。
「行くわよ!」
悲鳴がした方向へと向かうと、そこには全身血塗れとなって倒れている幾の姿があった。
「この人、昨日会った・・どうしてこんな・・」
幾の遺体に近寄った美津の耳に、獣の唸り声が聞こえてきた。
「姫様、あれをっ!」
エーリッヒの声で、美津は屋根の上を見た。
そこには、馬位の大きさをした一匹の狼が、黄金色の瞳をぎらつかせながら美津達を睨んでいた。
「あれはどう見ても、この世のものではなさそうね・・」
「ええ・・」

狼は涎を垂らし、暫く辺りを睥睨していたが、巨体を躍らせて屋根の上から跳躍し、美津達に飛びかかって来た。






Last updated  Apr 1, 2012 10:32:23 PM
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縁談の事を局長から聞いた美津は、一体どんな相手が自分に結婚を申し込んできたのかが気になってその日は一晩中眠れなかった。

翌日、鳥のさえずりで目を覚ました美津はいつも着ている着物を着て袴を穿き、部屋を出た。
「おはようございます。」
そう言って局長室の前で声をかけると、中から、「入れ」という声がした。
「失礼いたします。」
襖を開けて中に入ると、美津の姿を見た近藤が溜息を吐いた。
「磯村君、今日は縁談の相手に会う日だというのに、その格好はいただけないな。今からここへ行って支度するといい。」
そう言って近藤は何処かの住所を書いた紙を美津に手渡した。
「では、早速行って参ります。」
住所が書いてあった所は、とある呉服屋だった。
「近藤はんから話は聞いてますさかい、どうぞこちらへ。」
店の主人にそう言われて通された部屋には、今日着る青地に蝶の絵柄が美しい振袖が衣紋掛けに掛けられており、その隣には着物に合わせた簪や笄などが入っている小物入れがあった。
「今から着付けの者を呼んできますさかい、少し待っといておくれやす。」
そう美津に愛想よく言って、主人は嬉々とした様子で部屋から出て行った。
店の女中に振袖を着付けて貰い、髪結いに高島田を結って貰った美津は、ゆっくりと部屋から出た。
「表に駕籠を待たせてありますさかい、どうぞお足もとにお気をつけて。」
恭しく主人がそう言いながら美津の手を取り、駕籠へと向かった。
美津を乗せた駕籠は祇園にある料亭の前で停まった。
「ようこそお越しやす。こちらへどうぞ。」
いよいよ縁談の相手と会えるのだと思うと、美津の胸は興奮で高まった。
「磯村様がお着きどす。」
「そうですか、ではお通ししてください。」
「失礼します。」
仲居とともに部屋に入った美津は、縁談の相手である会津藩士・川松愛五郎とその母親と思しき女性に正座して頭を下げた。
「磯村美津と申します。」
「初めまして、川松愛五郎と申します。こちらは母の幾です。」
「幾と申します、今後ともよろしくお願いいたします。」
紫の上品な着物を着た丸髷の女性がそう言って美津に頭を下げた。
「では、うちはこれで。」
仲居が襖を閉め、部屋は気まずい沈黙に包まれた。
「あの・・川松様のお郷は会津だと局長から聞きましたが、会津は素敵な所なのですか?」
「ええ、猪苗代湖から見る磐梯山の姿はとても美しいものですよ。それに、会津には美味しいものがありますし。機会があれば是非会津に来てください。」
「ええ・・」
川松に微笑まれ、美津は少し頬を赤らめた。
「磯村様はどこの国の生まれなのですか?」
「わたしは、尾張の近くで生まれました。母は武家の娘としての立ち居振る舞いや作法を教えてくださいました。父もわたくしを可愛がって下さいました。今は亡き両親に感謝したいです。」
「そうですか、ご両親はもう他界されておられるのですか・・磯村様を素敵な女性に育ててくださったご両親に一度会ってみたいと思いましたが・・残念ですね。」
川松はそう言って俯いた。
「わたくしはこれで失礼して、後はお若いお2人でお話しくださいませ。」
幾はゆっくりと立ち上がり、部屋を出て行った。
また、気まずい沈黙が部屋に流れた。
「川松様、お話ししたいことがございます。」
「何でしょう?」
「この縁談、勝手ながらお断りさせていただいてもよろしいでしょうか?」

美津の言葉を聞いた川松の目が、驚きで大きく見開かれた。






Last updated  Apr 1, 2012 10:30:14 PM
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「・・そうか、あいつがそんなことを・・」

土方は酒を一口飲みながら、沖田を見た。

「そういう事なんですよ、土方さん。あの2人が倒幕派の、しかも我々が目をつけている男の娘に招かれたということは、彼らとその娘とは何らかの繋がりがあるんじゃないでしょうか?」
「そうかもしれねぇな。だが、あの2人は俺達を裏切る様な事はしねぇと思うぜ。現に屯所に戻ってきたじゃねぇか。仮にもしもあいつらが長州の間者だったら、屯所に戻らず奴らの仲間になってたぜ。」
「そうですね・・確かにあの2人、特に四郎さんはわたし達に対しては恩義があるとかで、勤務態度は一番隊の隊士の誰よりも忠実で真面目です。彼らが倒幕派の一味ということはないでしょうね。」
「ああ、そう願いたいぜ。」
土方はそう言って溜息を吐いた。
「今日はとことん飲むぞ、総司。」
「解りました、お付き合いしますよ。」
土方と沖田の間には、試衛館時代の同志という間柄以上の、特別な空気が流れ始めていた。
「磯村、局長がお前にお話しがあるそうだ。」
翌朝、朝食を食べ終わった美津に一番隊の隊士が声をかけた。
「すぐに参ります。」
(局長がわたしに話なんて・・一体何だろう?)
普段あまり話す事のない局長に突然呼び出され、美津は不安を胸に抱えながら局長室の前に座った。
「磯村です、入ってもよろしいでしょうか?」
「入り給え。」
「失礼いたします。」
襖を開けると、上座に敷いてある座布団には近藤勇局長と、副長の土方と山南、そして沖田が座っていた。
「わたしにお話しとは何でしょうか?」
「磯村君、大変言いにくいことなのだが・・君はこのまま隊に残るつもりでいるのかね?」
近藤がそう言って美津をじっと見た。
「はい、わたくしは新撰組に入ってから、ここで骨を埋める覚悟でおります。」
「そうか・・女子の身で男ばかりの所に居て君も難儀をしているだろうと思っていたが、そうではないようだな。縁談の話はなしにしようと・・」
「縁談?わたくしにですか?」
「ああ、先方は大変乗り気になっているのだが・・」
「相手はどんな御方ですか?」
「会津藩士の川松という方で、君がかつて芹沢が呉服屋で無体を働いた時に彼を制止しようとしたのを見て大変凛々しい娘さんだと一目惚れしてしまい、両親にあの娘さんが自分の妻でなければ嫌だと言ったそうだ。」
「そうですか・・」
もう1年以上も前の出来事で、美津はもう忘れかけていたが、近藤の話を聞いて自分に一目ぼれした相手はどんな男なのか一度だけ会ってみたいという気がした。
「局長、一度だけその方に会わせていただけませんでしょうか?その方との御縁談を断るにしても、ちゃんと相手を見極めてからにしたいのです。」
「そうか、では先方にそのように伝えておこう。」
近藤はそう言って美津にニッコリと微笑んだ。
「ではこれで失礼いたします。」
局長室を出て、道場へ向かう途中、美津は背後から視線を感じて振り向いた。
「姫様、ご縁談をお受けなさるというのは本当ですか?」
四郎は眉間に皺を寄せながら言った。
「いいえ四郎、わたしは誰からの縁談をお受けするつもりはないわ。ただわたしを妻にしたいとおっしゃる方がどんな方なのか、会って確かめたいの。」
「それならば、わたしは反対いたしません。」
安堵の表情を浮かべた四郎は、そう言って美津を抱き締めた。
「四郎、わたしの心は全てお前のものよ。昔とは違って、今は何も縛られるものがないんだもの。」

凛がどんな事を企んでいるのかは知らないが、四郎との絆は永遠のものだと、美津はその時そう信じていた。






Last updated  Apr 1, 2012 10:26:32 PM
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