JEWEL
日記・グルメ・小説のこと708
読書・TV・映画記録2696
連載小説:Ti Amo115
連載小説:VALENTI151
連載小説:茨の家43
連載小説:翠の光34
連載小説:双つの鏡219
完結済小説:桜人70
完結済小説:白昼夢57
完結済小説:炎の月160
完結済小説:月光花401
完結済小説:金襴の蝶68
完結済小説:鬼と胡蝶26
完結済小説:暁の鳳凰84
完結済小説:金魚花火170
完結済小説:狼と少年46
完結済小説:翡翠の君56
完結済小説:胡蝶の唄40
完結済小説:琥珀の血脈137
完結済小説:螺旋の果て246
完結済小説:紅き月の標221
火宵の月 二次創作小説7
連載小説:蒼き炎(ほむら)60
連載小説:茨~Rose~姫87
完結済小説:黒衣の貴婦人103
完結済小説:lunatic tears290
完結済小説:わたしの彼は・・73
連載小説:蒼き天使の子守唄63
連載小説:麗しき狼たちの夜221
完結済小説:金の狼 紅の天使91
完結済小説:孤高の皇子と歌姫154
完結済小説:愛の欠片を探して140
完結済小説:最後のひとしずく46
連載小説:蒼の騎士 紫紺の姫君54
完結済小説:金の鐘を鳴らして35
連載小説:紅蓮の涙~鬼姫物語~152
連載小説:狼たちの歌 淡き蝶の夢15
薄桜鬼 腐向け二次創作小説:鬼嫁物語8
薔薇王転生パラレル小説 巡る星の果て20
完結済小説:玻璃(はり)の中で95
完結済小説:宿命の皇子 暁の紋章262
完結済小説:美しい二人~修羅の枷~64
完結済小説:碧き炎(ほむら)を抱いて125
連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ63
完結済小説:蒼―lovers―玉(サファイア)300
完結済小説:白銀之華(しのがねのはな)202
完結済小説:薔薇と十字架~2人の天使~135
完結済小説:儚き世界の調べ~幼狐の末裔~172
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:時の螺旋7
進撃の巨人 腐向け二次創作小説:一輪花70
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:蒼き翼11
薄桜鬼 平安パラレル二次創作小説:鬼の寵妃10
薄桜鬼 花街パラレル 二次創作小説:竜胆と桜10
火宵の月 マフィアパラレル二次創作小説:愛の華1
薄桜鬼 現代パラレル二次創作小説:誠食堂ものがたり8
薄桜鬼 和風ファンタジー二次創作小説:淡雪の如く6
火宵の月腐向け転生パラレル二次創作小説:月と太陽8
火宵の月 人魚パラレル二次創作小説:蒼き血の契り0
黒執事 火宵の月パラレル二次創作小説:愛しの蒼玉1
天上の愛 地上の恋 昼ドラパラレル二次創作小説:秘密10
黒執事 現代転生パラレル二次創作小説:君って・・3
FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars6
PEACEMAKER鐵 二次創作小説:幸せのクローバー9
黒執事 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:碧の花嫁4
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后0
黒執事 フィギュアスケートパラレル二次創作小説:満天5
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士2
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て5
薄桜鬼 現代妖パラレル二次創作小説:幸せを呼ぶクッキー8
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮0
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月10
火宵の月 遊郭転生昼ドラパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら1
FLESH&BLOOD 千と千尋の神隠しパラレル二次創作小説:天津風5
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園0
火宵の月 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥6
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師4
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている2
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~6
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女0
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火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く1
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~2
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら2
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FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して20
天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花1
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名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう)10
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師0
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方0
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幕末から現代へと戻って来て、数ヶ月が経った。双葉がどんなに幕末で体験した出来事を話しても、医師は、“事故によるショックで、記憶障害が起きてるだけだ”の一点張りで、誰も信じてくれなかった。 だが確かに、彼女は幕末で生き、故郷を守る為に戦った。それを、ただの夢として終わらせたくはなかった。「双葉、お前ぇにいい知らせがあんだ。」「母ちゃん、そんなに嬉しそうな顔して、なじょしたんだ?」「実はなぁ、会津に戻れることになったんだ!」「会津に!?」「父ちゃんが昔居た会社の上司さんがいろんな所に掛け合って来て、父ちゃんの再就職先が決まったんだ。」「やっと、会津に帰れんだな。」「長かったなぁ・・」良子と抱き合いながら、双葉は嬉しさの余り涙を流した。「帰って来たな、やっと・・」「東京も良かったけんじょ、やっぱり会津が一番だ。」「んだなし。」磐梯山を眺めながら、双葉と良子は漸く故郷へと戻ってきたという喜びを噛み締めていた。「荷物、片付けんぞ。」「わがった。」引っ越し会社のロゴマークが入った段ボール箱を双葉が下ろそうとした時、彼女はバランスを崩して転倒しそうになった。そこへ、近くを自転車で通りかかった一人の高校生が咄嗟に彼女の身体を支えた。「さすけねぇか?」「さすけねぇ。ありがとなし。」双葉は自分を助けてくれた高校生に礼を言おうと彼の顔を見ると、そこには幕末の京で共に過ごしたゆきが居た。「ゆき様・・?」「まさか・・双葉様なのがし?」「わだすのこと、覚えてくれてたのか?」「双葉様は、わだすにとって一番の親友だ!忘れる筈がねぇ!」高校生―雪は、そう叫ぶと双葉を抱き締めた。「あれから、どうなったんだ?」「会津は敗れて、副長は函館で死んだ。だけんじょ、もう会津は逆賊とは呼ばれてねぇ。」「よがった・・」ゆきと猪苗代湖の湖畔を歩きながら、双葉はそう言って溜息を吐いた。「まるで、ゆき様と過ごした日々の事が、夢みてぇだ・・だけんじょ、わだすには夢じゃねぇ。」「それはわだすも同じだ。こうして双葉様に再び会えたことは、嬉しい。」「また、会えんべ?」「当たり前だ。会津に居る限り、わだすは居なくならねぇよ!」「よがった。」 双葉はゆきに微笑むと、彼にあるものを見せた。それはまだ新選組が幸せだった頃―西本願寺前で撮った集合写真だった。「やっぱり夢じゃねぇ・・これを見ると、いつでもみんなに会えんな。」「んだなし。メール、送ってくなんしょ。まだ使い方がわからねぇ。」「わがった。」―完―にほんブログ村
2013.08.10
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鳥羽・伏見、甲府、宇都宮を経て、新選組や会津藩をはじめとする旧幕府軍は北へと敗走を続けた。「わだすらが、逆賊な筈がねぇ!会津は、帝の為に尽くしてきたべ!」「そうだ、御所に発砲したのは、長州の奴らだ!あいつらこそ、逆賊でねぇか!」怒りをあらわにしながら、ゆきと双葉は逆賊扱いされることに納得がいかなかった。 会津藩は、これまで帝の為に身を尽くしてきた。それなのに―「新政府軍に、会津は渡さねぇ!」「渡すわけにはいかねぇ!」 だが、白河、二本松の戦いで、旧幕府軍は新政府軍の前に敗れ去った。 敵軍は徐々に、会津へと進軍していった。「殿、橋をけっして渡らせてはなりませぬ!」「ああ・・」会津の守りである十六橋も破られ、新政府軍は若松城下へと迫って来た。 滝沢本陣で新選組は、白虎隊士中二番隊と合流した。「京でのご活躍の事、聞いておりやす。」少年達は目を輝かせながら、そう言って歳三達に群がった。「皆、新選組の皆様を困らせてはなんねぇ。」篠田儀三郎がそう言って仲間を窘め、彼らとともに別室へと向かった。 翌日、白虎隊士中二番隊は滝沢本陣から出陣し、戸ノ口原へと向かった。冷たい雨が彼らを襲い、食糧は既につきかけていた。「俺が食糧を取りに行ってくるから、ここで待ってろ。」指揮官である藩士の言葉を信じ、彼の帰りを待っていた篠田達であったが、一向に彼は戻ってこなかった。「なじょしたんだべ?」「あそこに人影が!」「敵だ、敵襲だ!」隊士の一人がそう叫んだのと同時に、銃弾が空気を切り裂いた。すぐさま彼らはヤゲール銃で敵軍と応戦したものの、スペンサー銃を持った新政府軍の前に敗れ、彼らは戸ノ口原から撤退し、飯盛山を目指した。 若松城下では敵の侵入を告げる半鐘が鳴り響き、藩士の家族達は城を目指した。だが彼らが到着した頃には城門は堅く閉ざされ、城下に取り残された藩士の家族達は自刃した。 家老・西郷頼母の一族21人も、自害して果てた。そして飯盛山へと辿り着いた白虎隊士中二番隊は、燃え盛る城下を見て絶望に駆られ、自刃した。「双葉様、危ねぇ!」 敵と応戦しているさなか、ゆきの声で我に返った双葉は、敵の砲弾が自分に向かって飛んでくるのを見た。 紅蓮の炎と黒煙に包まれ、双葉は意識を失った。「双葉・・双葉、聞こえっか?」「父・・ちゃん・・?」 再び双葉が目を開けると、そこは会津の戦場ではなく、病室のベッドの上だった。「よがったぁ、ずっとあのまま意識が戻らねぇのかと思ったぁ~!」良子はそう言うと、双葉の胸に顔を埋めて泣き崩れた。「わだす・・なじょしてここに?」 まるで狐につままれたようだった。にほんブログ村
1867年10月14日、15代将軍・徳川慶喜は、政権を明治天皇へと奏上した。つまり、今まで徳川家が握っていた江戸幕府の政権を、天皇へと戻したのである。この出来事は、“大政奉還”と呼ばれた。「上様が天子様に政権をお返しになられただと!?」「それじゃぁ、俺達はどうなるんだ!」「落ち着け、まだ新選組がなくなったわけじゃねぇ!」 大政奉還により自分達の立場が悪くなる、終いには新選組がなくなってしまうのではないかという不安に駆られた隊士達は、そう口々に言いながら近藤や歳三に詰め寄った。「上様が政権を天子様にお返しになったからといって、天子様が今すぐにこの国を治めるわけがねぇ。」「そうだな・・」「だが、伊東がどう動くのか・・」 双葉は、ふと平助の身を案じた。(藤堂先生、どうしていんだべか・・)「副長、只今戻りました。」「斎藤か。」「副長、なじょして斎藤先生がこちらに?」「実はな、こいつは間諜として伊東の元に潜入させたのさ。連絡役の隊士も潜入させたうえで、伊東の動きがこちらにもわかるようにさせたんだ。」「歳・・」「斎藤、伊東は何を企んでいやがる?」「実は、伊東は近藤局長の暗殺を企てているようなのです。」「何だと!?」その場に一瞬、緊張が走った。「歳、どうする?」「どうするも何も、伊東の奴をこのままのさばらせておける訳がねぇだろ?」「じゃぁ・・」「奴を始末する。」1867年11月15日、近江屋。「今夜は冷えるのう。」「まぁたくしゃみかえ、龍馬さん?京に居るから、寒さに強いと思うとった。」「わしゃぁ南国の生まれじゃき、こん寒さは苦手じゃぁ。」坂本龍馬と中岡慎太郎がそう言いながら部屋で寛いでいると、階下で人が争う音と、派手な物音がした。「ほえるな!」「坂本龍馬、覚悟!」二階へと駆けあがって来た襲撃者に応戦しようと龍馬は拳銃を構え発砲したが、生憎弾切れだった。彼は舌打ちして刀の鯉口を切ろうとしたが、その前に敵の刃が彼の脳髄に食い込んだ。「慎太郎・・」「龍馬・・龍馬・・」血の海と化した部屋の中で、慎太郎は畳の上を這いながら龍馬の元へと向かった。「わしゃぁ、脳をやられたぜよ・・」坂本龍馬と中岡慎太郎は、何者かによって近江屋で襲撃され、暗殺された。大政奉還という偉業を成し遂げた男は、33年という短い生涯を終えた。 その数日後―1867年11月18日。 油小路に於いて、伊東甲子太郎は新選組の大石鍬次郎らによって暗殺され、その遺体は路上に放置された。「先生、どうしてこんな・・」「許さぬ、新選組!」 伊東の遺体を引き取りに御陵衛士達が油小路にやって来るのを待ち構えていた新選組の隊士達が路地から飛び出ると、辺りは男達の怒号と激しい剣戟の音に包まれた。「平助、逃げろ!」「新八つぁん・・」次々と目の前で仲間が倒れて行く中、藤堂平助は隊士の一人に斬られ、息絶えた。「平助・・」「ごめんね・・俺が・・」平助は最期にそう言って微笑むと、ゆっくりと目を閉じた。 坂本龍馬暗殺、油小路事件という二つの事件を挟んで、慶応3年は幕を閉じ、新年を迎えることとなった。 1868年1月3日、鳥羽・伏見に於いて戊辰戦争が勃発。「放て、撃てぇ~!」「くそ、このままじゃ皆殺しにされちまう!」最新鋭の武器を用いる約五千名の新政府軍を前に、数で勝っている筈の約一万五千名の旧幕府軍は、惨敗を喫した。銃弾を浴びて倒れているのは、会津藩兵だけだった。「錦の御旗をあげっとか~!」炎の中で、官軍を示す錦の御旗が揚がった。この瞬間、会津藩は、「逆賊」となった。にほんブログ村
「突然驚かしてすまんのう、わしゃ坂本龍馬いうもんじゃき。」「坂本・・」双葉は龍馬の名を聞いて顔を強張らせた。坂本龍馬といえば、薩長同盟を締結させた厄介な男―新選組にとっては敵同然の存在である。「刀を納めや。わしゃおまんと争う気はないき。」「黙れ!」「ちぃっと人の話を聞いてくれんかのう?」「断る。」何を言っても無駄だと思ったのか、龍馬は大袈裟な溜息を吐くと、そそくさとその場から逃げ出した。「待て!」慌てて彼を追い掛けようとした双葉だったが、雑踏の中へと消えていく龍馬を完全に見失った。「クソ!」「どうしたの、そんな大声で悪態ついて?」頭上から声が降って来たので、双葉が俯いていた顔を上げると、そこには秀哉が立っていた。「さっき、坂本龍馬に会ったんだけんじょ・・取り逃がしてしまった・・」「そう、それは残念だったね。それよりも、どうしてこんな所に居るの?」「黒谷へ、書類を届けに・・」「そう、だったら丁度いいや。僕が黒谷まで送ってあげる。」「おい北原、話が違うじゃないか。」 秀哉の隣に立っていた眼鏡を掛けた男は、そう言って彼を睨んだ。「俺達は祇園へ葛きりを食べようとしているんじゃないのか?」「それはまた今度。だから、機嫌を直してくださいよ。」「ふん・・」 秀哉から双葉へと視線を移した河内は、恨めしそうに彼女を睨んだ。「ごめんね吉田君、この人甘い物が大好きでね。前から食べたいと思っていた鍵善の葛きりが食べられるって、前から楽しみにしてたんだよ。河内さん、子どもに八つ当たりしないでくださいね?」「うるさい、わかってる!」「わかったのなら、一緒に黒谷に戻りましょうよ。どうせ一人で祇園に行っても、迷子になるんですから・・」 河内は口をへの字に曲げると、秀哉達の元へと走って来た。「あの・・何か悪い事を・・」「気にしなくていいから、あの人のことは。それよりも、途中で寄り道してもいいかな?」「構いませんが・・何処へ?」「まぁ、ついてきてよ。」 数分後、双葉の前には嬉しそうに葛きりを頬張る河内の姿があった。「いつも鬼って呼ばれてるほど仕事に厳しい人が、こうも甘い物ひとつでこんなに変わっちゃうとはね・・」秀哉は恋人を見ながら、そう言ってクスクスと笑った。「どうしたの?遠慮しないで君も食べなよ?」「は、はぁ・・」にほんブログ村
「はじめ、そんな所に居たんだ!」「平助。」斎藤が縁側で中庭を眺めていると、向こうから足音が聞こえて来たかと思うと、藤堂平助が彼の隣に腰を下ろした。「聞いたか?茨木達の・・」「ああ。伊東さんは怒りの余り失神してしまった。」「そんなにショックだったんだ、伊東さん。まぁ、無理もないよね。茨木って子の事、結構可愛がってたから・・」「平助、お前は今回命拾いしたな。」「え、それどういう意味?」「言葉通りだ。もしお前が茨木達と同じような事をしていたら、切腹は免れなかったぞ。」「でも、俺は自分の意志で伊東さんについていくって決めたんだ。」「ああ。だが、いったんここへ入れば、もう二度と新選組の元には・・土方さん達の元には戻れないぞ?」「・・そんな事くらい、わかってるよ。俺だって、伊東さんに誘われた時どうしようか迷ったさ・・でも、このままだと山南さんが一方的に新選組に愛想を尽かして脱走したってことになるだろう?そんなの嫌なんだよ、俺・・」「平助・・」 斎藤は平助を見ると、彼は何処か苦しそうな顔をしていた。 切腹した山南と、平助は同門で、実の兄のように山南を慕っていた平助は、彼が江戸の道場から多摩の試衛館という何の変哲もない田舎道場の食客となった際、彼を追い掛けて天然理心流の食客となったのだった。「あそこで土方さん達に会っていなかったら、俺の人生、どう変わってたんだろうな・・」「さぁな。俺は、己の決めた事を一度も後悔する事はなかった。“もしあの時こうしていればよかった”という思いを一度だけ抱いたとしても、もう遅い。平助、お前はここに居る事を選んだのだから、土方さん達のことはもう忘れろ。」「え・・」平助が驚いて斎藤を見ると、彼は冷酷な表情を浮かべていた。「土方さん達と、お前はもはや敵同士だ。もう二度と、土方さん達とは会えないと思え。」何処か冷たく突き放すかのような口調で斎藤はそう言うと、平助を縁側に残して立ち去った。「伊東さん、大丈夫ですか?」「大丈夫なものか!茨木達は奴に・・近藤勇に殺されたようなものだ!」額に氷嚢を当てられた伊東はそう叫ぶと、また頭痛が襲ってきたので思わず顔をしかめた。「一体どうしてくれよう・・この恨みを、返してやらないと・・」「はやまってはいけませんよ、伊東さん。」「わかっている、わかってはいるが・・」 伊東は、この一件以来、徐々に近藤への憎悪を募らせていった。「では、行って参りやす。」「気をつけてな!」副長命令で、双葉は黒谷へと書類を届けることとなり、西本願寺の屯所から出た。彼女が洛中を歩いていると、突然誰かに背後から肩を叩かれた。「何奴!」「わしゃ怪しい者やないき、刀を納めてくれぇ!」にほんブログ村
「一大事、一大事にござる!」「何があったのですか?」「あの四人が・・奥の部屋で・・」歳三が血相を変えて奥の部屋へと向かうのを見た双葉達は、慌てて彼の後を追った。「副長、一体何が・・」「見るんじゃねぇ!」双葉が部屋へと入ろうとした時、襖越しから歳三の怒声が響いた。思わず恐怖で身を竦めた彼女であったが、臆することなく部屋の中へと入っていった。 するとそこには、血の海が広がり、その中には茨木達四人が脇差を腹に突き立てたまま息絶えていた。「そんな・・なじょして・・」「おい、誰かそいつを外へ摘み出せ!」「吉田君、来なさい!」「だけんじょ・・」「双葉様、後のことはわたしに任せてくなんしょ。沖田先生、双葉様のことをお願い致しやす!」息絶えた四人の方へと向かおうとする双葉を、総司は羽交い締めにして無理矢理部屋から摘み出すと、そのまま彼女を連れて屯所へと戻った。「沖田先生、なじょして茨木様達は・・」「彼らが自害した理由は僕にもわからない。けれど、このまま生き恥を晒すよりも、潔く死んだ方が伊東さんの為になると、彼らは思ったんだろうね・・」 そう言った総司は俯いていたので、彼がどんな表情をしているのかはわからなかったが、その身体は怒りに震えていた。 自害した茨木達四人の遺体を西本願寺まで運んだ歳三達は手厚く彼らを葬った後、不動村にある屯所へと引っ越した。「葬式の後に引っ越しだなんて・・少し不謹慎過ぎねぇか?」「そんな事言っても、元々引っ越す日は今日と決まってたんだ。今更変更なんて出来る訳ねぇだろ?」「だけんじょ・・」「双葉様、今は荷物を纏めねぇと。色々と考えるのは後だなし。」ゆきにそう諭され、双葉はそそくさと自分の荷物を纏めた。「今度の屯所は広いな・・」「まぁ、お西さんに引っ越しにかかる金とこの土地を寄越せと言ったからな。今まで間借りしてきたが、ここは違う。砲術所もあるし、各隊士に個室も与えられるぞ。」「格別な措置だな。やっぱり幕臣となった甲斐があったよ。」「ああ。」 引っ越ししたその日の昼、土方達は全隊士に祝い酒を振る舞った。「皆、これからも幕府の為に尽力を尽くすぞ!」「おう!」祝宴の中で、双葉は溜息を吐きながら縁側に座っていた。「斎藤先生は、なじょして伊東先生の元へ・・」「あの方のことだ、色々と考えがあってのことだべ。それよりも双葉様、いつまでも浮かない顔をしていては駄目だ。」「んだな・・」 一方伊東は、茨木達四人が自害したとの報せを受け、憤怒の余り気絶した。「許さぬ・・」にほんブログ村
「我々は孝明天皇の御陵を守る衛士として、今後活動しようと思っているんだよ。」「ほう?それはつまり、新選組から脱隊すると?」「然り。しかし脱隊という言い方は悪いな。離隊と言ってくれたまえ。」「脱隊だろうが離隊だろうが、やるこたぁ同じだろうが?あんたがそうしたいんなら好きにしろ、俺は止めねぇ。」 孝明天皇が急逝して年が明けた1867年3月10日、伊東は新選組との思想の違いから、新選組を離隊することになった。いつかはこうなるかと思っていた歳三だったが、伊東が新選組を去ると宣言した時、これから彼の顔を見ないと思うとせいせいした。「土方さん、本当に止めないんですか?」「止めるも何も、伊東が決めたことだ。俺にはどうしようもねぇだろ?」「僕は伊東のことを言っているんじゃないんです、平助の事を言っているんです!」「平助のこと?」「伊東さんに感化されて、平助が変な真似をしないかどうか心配なんですよ、僕。」歳三が総司を見ると、彼にしては珍しく真剣な表情を浮かべていた。 総司と平助は、年が近いからか、江戸の試衛館に居た頃からいつも一緒だった。まるで、仲の良い年子の兄弟のようだった。「なぁに、あいつは一時的に熱にのぼせているだけさ。少し頭を冷やせば、こっちに帰って来る。」「そうでしょうか?あいつ、一度こうと決めたらそれを反故にしないからなぁ。心配で堪りませんよ。」総司はそう言うと、平助の身を案じて深い溜息を吐いた。 伊東一派の離隊とともに、隊内では伊東一派が所属する御陵衛士への参加を希望する隊士達10人が許可なく新選組を脱走し、伊東達が居る高台寺へと駆け込む事件が起きた。「お願いです先生、僕達も先生とともに・・」「ここを開けてください、先生!」「残念だけれど、それは出来ないよ。君達は早く西本願寺へと戻りなさい。」「先生・・」 意気消沈し、屯所へと戻った彼らだったが、そこでも拒絶され、行き場を失った彼らが向かった先は会津藩本陣がある黒谷だった。「どうするんですか、土方さん?確か御陵衛士と新選組、双方の隊士の行き来を禁じている筈でしょう?それなのにどうして・・」「うるせぇ、黙れ!」(クソッ、まさかこんなことになるとは思わなかったぜ・・) 黒谷へと歳三達と向かう中、双葉は何だか嫌な予感がしてならなかった。「何だか、おっかねぇことが起きるかもしんねぇ。」「おっかねぇこと?」「おいそこ、くっちゃべってねぇで早く来い!」 会津藩本陣で脱走した隊士達と会った土方達は、彼らの脱走を不問に付すが、この事を外部に一切漏らさぬようにという条件を提示した。「副長、我らは向こうで話をして参ります。」そう言ったのは、脱走した隊士の一人、茨木司だった。彼は中村五郎とともに別室へと向かったが、なかなか戻って来なかった。「なじょしたんだべ・・」「随分遅ぇな・・」 ゆきと双葉が不審に思っていると、突然会津藩士の一人が慌てた様子で部屋に入って来た。にほんブログ村
1866年12月24日。 約4年の任期を終え、京都守護職の任を解かれた松平容保は、家臣たちを率いて会津へと帰ることとなった。「今まで誠を尽くしてくれてありがとう。そなたには感謝することしかあらへんな。」「いいえ・・主上(おかみ)あってこその京でございます。」 孝明天皇と謁見した容保は、そう言って彼に平伏した。「そなたが会津へと帰ることは、酷く寂しいが・・そなたを引き留める理由は何処にもあらへんな。」孝明天皇は、そう言って笑った。「殿様が会津に戻られるとは・・寂しくなるな。」「そうだね。」登はスマホを取り出すと、暫く何かを考え込んだ後、秀哉の耳元に何かを囁いた。「大丈夫かなぁ?」「お願いしてみたら、いけるんじゃないの?」 数分後、スマホを向ける登を前に、容保達は緊張した面持ちでカメラを見つめていた。「皆さん、そんなに固くならないでください!」「そんなこと言われても・・」「なぁ・・」「魂は吸い取られませんから、大丈夫ですって!」 その一言で安心したのか、彼らは笑顔を浮かべた。「よく撮れてるね。」「うん。」撮影した写真を見ながら、登は嬉しそうに笑った。 一方、新選組隊内では、伊東が本格的に動き出そうとしていた。「伊東さん、本気なのですか!?」「僕はいつだって本気さ、内海。まさかこの期に及んで僕を止めようとしているのかい?」「いいえ。」「君にはまだまだやることが沢山あるからね。」伊東は不敵な笑みを内海に浮かべて笑った。「やっと帰れんだな。」「んだな・・」「長かったな・・」上洛してから4年余りの歳月が過ぎ、遂に帰国できると知った藩士達は家族の顔をそれぞれ思い浮かべながら帰国の日を待ちわびていた。しかし―「殿、一大事にごぜぇます!」「どうした、修理?」「帝が・・ご崩御されました!」「帝が・・」 1866年12月25日、孝明天皇崩御。帝の崩御により、松平容保達の帰国は急遽中止となった。「なじょして、帝が・・」「信じらんねぇ・・」「会津は、どうなるんだべ・・」 藩士達は、会津の行く末を案じていた。にほんブログ村
2013.08.09
「何じゃ、あの伊東ちゅう者は、怪しい奴じゃのう。」龍馬はボリボリと尻を掻きながら、そう言って桂を見た。「あの人は必ずや我々の力になってくれると、僕は信じているよ。」「そうかえ。わしゃ、あいつのことがどうも好かんぜよ。」龍馬はそう言うと、欠伸をした。「副長、斎藤です。」「どうだった?」「どうやら伊東は、土佐の坂本龍馬という男と会ったようです。」「坂本龍馬といやぁ、確か薩長同盟に一役買ったって奴か?何者なんだ、そいつはぁ?」「それが、土佐の脱藩浪士という情報しかわかりません。」「そうか・・監察方に暫くその坂本って奴の身辺を探れと命じておくか。それよりも、お前は本当に行くのか?」「ええ・・」この頃、伊東は近藤達と一線を画し、新選組を脱隊し新しい組織を作ろうとしているという情報を歳三は得ていた。そのメンバーの中に、平助と斎藤、そして永倉の名があった。「あの永倉が、伊東派に与するたぁ・・やっぱり、山南さんの事が原因なんだろうか?」「それはわかりません。以前から、永倉さんは新選組の在り方に疑問を持っているようでした。」「まぁ、俺が説得して引き留めたのはいいが・・どうなることやら。」問題が山積みで、歳三は思わず溜息を吐いた。「伊東のことは任せたぞ、斎藤。」「承知しました。」 斎藤はそう言うと、歳三に頭を下げた。「聞いたか?伊東先生が新選組から脱隊するそうだ!」「そんな・・伊東先生は一体何を考えておられるのだろう?」「さぁ・・」伊東の脱隊について隊内に不穏な空気が流れる中、ゆきと双葉は伊東に呼び出され、彼の部屋へと向かった。「伊東先生、入ります。」「よく来てくれたね、吉田君・・松崎君も。」「あの、わたし達に何の用でございますか?」「隊内でわたしが新選組から脱隊し、新たな組織を作ろうという噂は二人とも聞いているね?」「ええ・・それが何か?」「その組織に、君達も加えようと思うんだが・・どうだろうか?」「それは、お断りさせてください。わだすは、会津の為に戦っておりやすから・・」「そうか、それは残念だ。松崎君、君はどうだい?」「わだすも、お断りさせていただきやす。」「まぁ、すぐには答えは出ないだろう。半月ほど時間をあげるから、ゆっくりと考えてくれたまえ。」「では、失礼致します・・」 伊東の視線を背後で感じながら、ゆきと双葉は彼の部屋から辞した。にほんブログ村
徳川家茂が死去し、第15代将軍として一橋慶喜が就任する事になった。「上様、おめでとうござりまする。」「かたじけないな、容保。」慶喜は、そういうと上座で自分に頭を垂れている容保を見た。「そなたは、帝からのご信頼が厚いときく。これから、わたしの為に働いてくれよ?」「ははっ!」 二条城を辞した容保の近くに控えていた修理が浮かない顔をしていることに気づいた彼は、修理にこう尋ねた。「上様について、何か思うところがあるのか、修理?」「いえ・・上様は、殿のご帰国をどう考えていらっしゃるのか・・」「国許に帰国するのは、まだ先じゃ。これからは上様と主上をお守りせねばならぬ。」「そうですね・・」そう言いながらも、修理は一抹の不安を抱いていた。「龍馬さん、あなたが今考えている事は何です?」「実はのう・・これからも将軍一人が政権を握っとると、桂さんの言うようにこん国が滅びしてしまうがじゃ。そうならんよう、帝に政権を返した方がええと・・」「即ち、大政奉還を将軍に要求すると?」「そうじゃ。けんど、今将軍にそう言うても、あん一橋はわしの言うことを聞かんじゃろう。」「ならば、武力で思い知らせたほうがいい。」「それはいかん。戦は民を疲弊させるがじゃ。2年前の戦で京が焼け野原になったこと、もう忘れたがかえ?」痛いところを龍馬に突かれ、桂は黙り込んだ。「あの戦で、我ら長州は賊軍とされた。どれもこれも、全ては会津の所為だ!」「逆恨みもいいところぜよ、桂さん。」「よく呑気に構えていられるな、龍馬さん。会津が雇った新選組は、池田屋で君の同志達を殺したじゃないか?彼らが憎くないのか?」「そんなことをいつも思うた時点で、疲れるだけぜよ。わしゃ、無益な争いは好かん。」龍馬はそう言ってあくびをすると、鼻くそをほじくった。「桂さん、お客様です。」「誰だい?」「新選組の、伊東様です。」「そうか、通してくれ。」 桂は部屋に入ってきた伊東を笑顔で出迎えた。「まさか、敵同士である薩摩と長州が手を結ぶとは、思いもよらなかったよ。」「薩長同盟を締結させたのは、わたしや西郷さんの力だけではありません。そこにいる坂本龍馬が、わたし達に同盟を締結する決意をさせてくれたんです。」「ほう・・」伊東の視線が、桂から龍馬へと移った。「わしゃぁ、何にもしとらんき。ただ、二人に協力しただけじゃぁ。」「ご謙遜を。君の事は色々と噂に聞いているよ。」「伊東さん、と言うたかえ?おまん新選組の者やちゅうに、桂さんと会うてるのはどういてじゃ?」「彼とは気が合うのだよ。それに、同じ志を持った仲間でもある。」「それじゃぁおまんも、幕府を倒すべきやと?」「・・どうやら、あなたには嘘は通用しないようだね。」伊東はフッと唇を歪ませて笑うと、龍馬を見た。「僕が考える理想の国家は、天子様がこの日の本を治めること。その目的を果たす為には、上様は邪魔な存在でしかないんだよ。」 彼の大胆な告白に、龍馬は驚愕の余り目を丸くした。「こりゃぁ、いかんぜよ。伊東さん、新選組の者がそんな事を言うてはいかん。」「僕は敵に本性を簡単には見せないよ。まぁ、一人だけ僕の本性に気づいた者がいるけれどね・・」伊東はそう言うと、閉じていた扇子を開いた。にほんブログ村
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「天子様が、国をお治めした方がいいだと?聞き捨てならねぇな!」歳三はそう叫ぶと、伊東を睨んだ。「何をそんなに怒っているんだい、土方君?」「俺は・・」「止さないか、歳!」近藤は慌てて歳三を制すると、彼は舌打ちして自分の席へと戻った。「伊東さん、申し訳ない。歳は・・」「いえ、いいんですよ。大樹公がお亡くなりになられてからまだ数日も経っておりませんから、土方君はまだ動揺しているのでしょう。」伊東は柔らかな笑みを近藤に浮かべた。「さてと、こんな時にこそ飲みましょう!」「それはいい!」 酒を隊士達が飲む中、歳三は何かを考え込んでいるように見えた。「なんだか、おっかねぇな。」「んだなし。大樹公がお亡くなりになられて、これからなじょすんべ?」「わだす達は、わからねぇ。この国がどうなんのか?」「わだすは、これからこの国がどんな道を歩んでも、殿と一緒に上様をお守りする。その気持ちは変わらねぇ。」「ゆき様・・」 双葉は、真摯な目でそう語るゆきを見ると、そっと彼の手を握った。「そん気持ちは、わだすも同じだ。わだすも、この国と上様を守りてぇ。」「そんじゃ、また稽古やるべ!」「んだなし。」二人がそう言って笑いあっている姿を、伊東は木陰で見ていた。「若いっていうのは良いね。」「何をおっしゃいます、伊東さん。我々もまだ若いでしょう?」「それもそうだけど、あの子達はこの世がどんなに汚いものか知らない。ただひたすらに、純粋な思いを抱いてこの国を守ろうとしている・・可哀想な子たちだよ。」「伊東さん・・」「今のは聞かなかったことにしてくれ給え。さてと、これから色々と動かなければならないよ。」「ええ・・」「土方君がまだこちらを警戒している以上、下手な動きはしないほうがいいね。篠原達には君がそのことをちゃんと伝えておいてくれ。」「わかりました。」内海は内心溜息を吐きながら、伊東の元から辞した。「龍馬さん、これからどうするんですか?」「いやぁ、まさか大樹公が亡くなるとは思わんかったぜよ。しかも、次の将軍はあの一橋公じゃ。」「薩摩と繋がった以上、これから幕府を倒すのは時間の問題だ。」「戦を起こそうとしとるがかえ?それはいかん!」「何故です?これ以上幕府が政権を握っていると、この国はやがて疲弊し、崩壊する!」「桂さん、少し落ち着こうぜよ。」「落ち着いてなどいられるか!君は今、何を思っているんだ!」「焦りは禁物じゃき。まだこれからやらんなんことが、山ほどある。」「やらなければならないこと?」「ああ・・それを今考え始めちゅうところじゃ。」龍馬はそう言うと、唸った。「僕は君の事を信じているよ、龍馬さん。だから・・僕を裏切らないでくれよ?」「裏切るも何も、わしゃ桂さんとは盟友と思っちゅう。」屈託のない笑みを自分に向ける龍馬を見て、迷わずに自分の道をひたすら突き進んでゆく彼が羨ましいと桂は思っていた。にほんブログ村
双葉達が幕末へとやって来て、2年の歳月が過ぎた。 はじめは戸惑うばかりだった幕末での生活も、次第に彼らは慣れてきて、元からそこに居たかのように暮らしていた。「今年の夏も、暑くして仕方がないですねぇ。」「夏だからしょうがないだろう。」「こういう時、エアコンが懐かしいですよ。」秀哉は団扇で顔を扇ぎながら、そう言って溜息を吐いた。その隣で河内は、槍の稽古をしていた。「また稽古ですか?こんな暑い中でよくそんなことやれますよね?」「お前だってやれば出来るだろうが。」「暑くて何もしたくないんです。」秀哉はそう言うと、縁側に寝転がった。「止せ、みっともない。」「いいじゃないですか?誰にも迷惑掛けてる訳じゃないんだから。」「一大事でござる!」 秀哉が縁側で寛いでいると、突然外が急に騒がしくなった。「何だ?」「行ってみましょう。」 二人が広間へと向かうと、そこには神保修理が沈痛そうな表情を浮かべていた。「皆、よく聞け・・大樹公が、先程ご薨去(こうきょ)あらせられた。」「大樹公が・・」「上様がお亡くなりになられるとは・・」 松平容保から、14代将軍・家茂(大樹公)の訃報を聞いた秀哉は、顔を強張らせた。「殿、我らはどうなるのでしょうか?」「それはわからぬ。じゃが、会津は徳川ご宗家と共にある。決してうろたえるではないぞ。」「ははっ!」「これから、どうなるんでしょうね?」「さぁな・・」 家茂死去の報せは、新選組にも届いていた。「大樹公がお亡くなりになられただと!?」「次の将軍には、一橋がなるってのか!?」「冗談じゃねぇ、あの豚一公を将軍にだと!?あいつはぁ水戸出身だぞ!?」歳三はそう言って勇を睨んだ。「だがな歳、大樹公がご薨去された今となっては、一橋公しか次期将軍に相応しい者はいないと・・」「甘ぇぜ、近藤さん!あれほど憎み合っていた薩長が手を結んだってのに、豚一公は何も口出ししてねぇ!それに、長州征伐に対しての出兵を取りやめたじゃねぇか!」「うむ・・」 幕府は6月7日、長州に対して攻撃したものの、長州軍の前に幕府軍は全面的な敗北を喫したばかりであった。「このままだと、この国は薩長に乗っ取られちまうぞ!」「いいじゃないか、それでも。」「何だと?」歳三がそう言って伊東を睨み付けると、彼は飄々(ひょうひょう)とした様子で次の言葉を継いだ。「仮にこの国が薩長のものとなったとしても、天子様がおわすことには変わりはない、そうだろう?」「上様はどうなる?誰が徳川ご宗家の代わりに国を動かすっていうんだ!?」「そんな事、決まってるじゃないか?」土方と伊東との間で、見えない火花が散った。にほんブログ村
「空振りに終わりましたよ。どうやら、誰かが先回りしたようです。」「そうか・・」歳三は総司の報告を受けると、悔しそうに唇を噛み締めた。「ったく、あと一歩だったてのに・・」「まぁ、今回は残念な結果になりましたが、今度こそ逃がしませんよ。」「今度は頼むぞ、総司。」「わかってますって。」歳三から頼りにされていることが嬉しいのか、総司はそう言って嬉しそうに笑った。「副長、斎藤です。」「斎藤か、入れ。」「失礼致します。」 副長室に斎藤が入ると、その部屋の主はしかめっ面をしていた。どうやら、会合の場で伊東を見つけられなかったらしい。「どうした?」「実は、伊東の事について少しお話ししたい事が・・」「わかった。」「じゃぁ、僕はお邪魔のようなので。」総司はそう言うと、副長室から出て行った。「それで?」「実は・・伊東は、長州の者と頻繁に会っております。四条烏丸の茶屋で開かれる会合に出席する予定でしたが、それを止めたのは俺です。」「何だと!?」歳三の顔が怒気を孕んで赤くなった。「あの場で伊東を取り押さえていたら、奴はシラを切るでしょう。暫く泳がせてみては如何です?」「泳がせる、ね・・いい考えだな。」「伊東のことは、引き続き俺が監視致します。」「わかった。」「では、俺はこれで。」斎藤は歳三に一礼すると、副長室から出て行った。「短い間でしたが、お世話になりました。」 翌朝、ゆきと双葉は、世話になった千代にそう挨拶すると、彼女に向かって頭を下げた。「ホンマに惜しいなぁ。あんたみたいな優秀な子やったら、売れっ子になったかもしれへんのに。」千代はそう言うと、双葉の手を握った。「機会があったら、またお伺いいたします。」「ほな、気をつけて。」「では・・」千代に背を向けて二人が歩き出すと、千代の前に一人の男が現れた。「あの者は?」「あの人達は、うちの知り合いどす。」「どんな知り合いだ?」「それは簡単には教えられしまへん。」千代は怪訝そうな目で男を見ると、置屋の中へと引っ込んでいった。「ただいま戻りました。」「二人とも、ご苦労だったな。」「話は土方さんから聞いたよ。君達の艶やかな舞妓姿、見たかったなぁ。」 副長室に二人が入ると、総司はそう言って彼らを冷やかした。「今回は何も収穫がなかったが、これで諦めるつもりはねぇ。絶対に伊東の尻尾を掴んでみせるぜ。」「まぁ、土方さんがそう言うなら、僕も協力しますよ。何だか、楽しそうだし。」「総司、てめぇ俺の話を真剣に聞きやがれ!」にほんブログ村
「ふぅ・・ちょっと買い過ぎちゃったなぁ。」 買い出しを終え、詩織が重い荷物を抱えながら覚馬が居る洋学所へと戻ろうとしている途中、彼女は数人の浪士達に取り囲まれた。「何ですか、あなた達!?」「おまんが詩織か?」「いい女じゃぁ。」「それ以上近寄らないで、殺してやるわ!」詩織は簪を抜き、浪士達に突き付けた。「ほう、面白い女じゃ。」「誰か、助けて~!」詩織がそう大声を出すと、通りの向こうから呼び子の甲高い音が聞こえた。「新選組じゃ!」「はよう逃げい!」浪士達は蜘蛛の子を散らすかのようにその場から逃げていった。「大丈夫ですか?」「ええ。それよりも、あの人達・・言葉からして長州の人間のようでした。」詩織はそう言うと、総司を見た。「助けて下さり、ありがとうございました。わたくし、山本詩織と申します。」「沖田総司です。家まで送りましょうか?夜道は物騒なんですから。」「はい・・」 総司は詩織を洋学所へと送った後、西本願寺の屯所へと戻った。「ただいま戻りました。」「総司、やっと帰って来たな。まぁ、此処に座れ。」「はい・・」 総司は小首を傾げながら、歳三の前に座った。「何ですか、お話って?」「実は、午の刻に四条烏丸の茶屋で会合が開かれる。そこには、伊東が来ている。」「何ですって!?それじゃぁ・・」「とうとう、奴の尻尾を掴めるぞ。総司、済まねぇがここへ向かってくれ。」「わかりました。」「松崎と吉田のことは心配すんな。」 総司が一番隊を率いて四条烏丸の茶屋へと向かうと、そこには長州の浪士達が集まっていた。「し、新選組!」「ご用改めである、神妙に致せ!」「おのれぇ!」「幕府の犬がぁ!」血気盛んな浪士達に取り囲まれ、たちまち茶屋の中で斬り合いが始まった。(伊東さんは、何処に居る?)総司は部屋の隅々まで伊東の姿を探したが、彼の姿は何処にもなかった。「いやぁ、助かったよ。君のお蔭で何とか難を逃れた。」「こんなこと、お安いご用ですよ。」「それにしても、土方君は何故僕の事を信用してくれないんだろうね?」「さぁ・・俺にはわかりかねません。」「何を言う、君ならば土方君達と古い付き合いじゃないのかな・・斎藤君?」 伊東は猪口に入っていた酒を飲み干すと、そう言って襖の近くに控えている斎藤を見た。「まぁ、これからも宜しく頼むよ。」「御意・・」にほんブログ村
2013.08.08
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双葉が機転を利かし、何とか伊東に気づかれずに済んだものの、彼らの部屋から出た双葉とゆきは緊張のあまりヘナヘナとその場に座り込んでしまった。「何とかバレずに済んだわ。」「ホンマやな。さてと、こないな所で座りこんでるの、誰かに見られたらあかんわ。」双葉はそう言ってさっと立ち上がると、「松野亭」から出て行った。「どうだった?」「収穫は余りありませんでした。」「ええ。重要な話をする時、どうやら舞妓や芸妓を部屋から追い出しているようで・・」「ふん、向こうも警戒してるってか。上等じゃねぇか。」歳三は何かを企んだかのような笑みを口元に閃かせた。 潜入調査に入って10日目、漸く双葉は重要な情報を得た。それは、四条烏丸の茶屋で会合が開かれるというものであった。「そこに、伊東が来るのか?」「ええ・・襖越しですが、伊東先生は、“必ず伺うよ”と言ってました。」「会合の日時は?」「明日午の刻のようです。」「そうか・・ご苦労だった。もう戻っていいぞ。」「わかりました。ではこれで失礼致します。」 双葉とゆきは歳三に一礼すると、副長室から出て行った。「明日の会合、新選組の伊東が出るって本当?」「ああ。どうやら伊東さんは、僕達と同じ考えのようだ。」「そう。それなら、一気に事が進めそうね。」時栄はフッと笑うと、桂を見た。「これから、色々と忙しくなりそうね。」「ああ。」「いつでもわたしを頼ってもいいわよ。わたしは口が堅いから。」時栄のことを完全に信用してもいいのかどうか、桂はわからなかった。彼女と三条大橋で昨年出会ったのだが、何故か彼女は自分の事を知っていた。「わたしの正体?それは知らなくてもいいことでしょ?」自分の事を知っている癖に、時栄は己の正体を決して他人には明かさない。謎のベールに包まれた女を信用してはならない―桂は、未だに時栄に対して不信感を抱いていた。「詩織、これなんかどうだ?」「可愛い。」「じゃぁ、これにすんべ。」買った簪を覚馬が詩織の髪に挿していると、不意に背後から視線を感じた。だが、そこには誰も居なかった。「どうしたんですか?」「いや、何でもねぇ。」「そうですか。じゃぁもう、帰りましょうか?」「ああ。」 覚馬達が黒谷へと向かう姿を、数人の浪士達が密かに見ていた。「あれが会津の・・」「あいつの隣に居るのが、例の女か・・」「一人になる時を狙わんとな。」「ああ。この前は失敗したけぇ、今度は上手くやらんと。」「そうじゃ、桂先生の為じゃ。」彼らはひそひそとそう話した後、梅屋へと戻っていった。にほんブログ村
「桂さん、来ちょったか。」「大久保さんも、来てたか。」「ああ。」 祇園の茶屋「松野亭」で開かれている会合に出席した桂は、そこで薩摩藩士・大久保一蔵(後の大久保利通)と会った。「西郷さんは、居ないようだが?」「西郷さんは、長州が嫌いじゃち、顔は出しもはん。」「そうか・・」長州と薩摩は禁門の変が原因で犬猿の仲ではあるが、桂はいつまでも薩摩といがみ合ってはいけないと龍馬から窘められ、薩摩の者と手を結ぼうとしていた。「ここに来とるのは、僕と大久保さん、井上君だけか?」「いんや・・もうそろそろ来る頃じゃと思うが・・」「遅れてしまって済まないね。」大久保がチラリと襖の方を見た時、不意にそれが開いて伊東甲子太郎が部屋に入って来た。「あなたは、確か新選組の・・」「新選組じゃと!?大久保さぁ、敵をこげん所に連れて来るとは・・」「まぁ落ち着きんさい、井上さぁ。伊東さぁをここに呼んだのは、争う為ではありもはん。」「そこへ座ってもいいかな?」「どうぞ。井上さぁ、刀を納めもんせ。」刀を抜いたまま伊東を威嚇している井上に対して大久保がそう声を掛けると、彼は漸く刀を鞘に納めた。「どうして、あなたがここに?新選組と長州は敵同士の筈でしょう?」「勘違いして貰っては困ります。確かに僕は新選組に籍を置いてはいるが、主義思想は皆さんと同じです。すなわち、この国を天皇を中心とする国家とする事・・」「そうですか。では、我々と手を結ぼうとなさっているのはどうしてですか?」「近頃の幕府は、西洋諸国に対して弱腰過ぎます!浦賀に黒船が来航し、不平等な条約を締結させられた挙句、西洋人は日本を植民地にしようとしている!そのような横暴な真似は、決して許さない!」「そうじゃ、そうじゃ!神国日本を穢す異人どもは、一人たりともこの国に入れてはならん!」「そう言うても大久保さん、この国は西洋諸国に対して遅れとる。英国は軍事や経済も、何十年も先を行っとる。」英国に留学した井上は、かの国の発展ぶりと、その軍事力の大きさを肌で感じていた。それ故に、今の日本の軍事力では、英国に敵う筈がないと解っていた。「君の言う事は一理あるね、井上君。ただ尊王攘夷を叫んでいるだけでは、何も変わらない。そうでしょう、桂さん?」「ええ、僕も井上君の意見に賛成です。今はどうすべきか、考えるべきかと。」「少し頭を冷やした方がよか。酒でも酌み交わしもはんぞ。」大久保はそう言うと、両手を鳴らして襖の外に控えていた舞妓を呼び出した。「失礼しますぅ。」ゆきと双葉は少し緊張した面持ちで大久保達に挨拶すると、彼は豪快に笑った。「そげん緊張せんでもよか。景気づけにひとさし、舞うてくれ。」「へぇ。」ゆきと双葉は目配せすると、双葉は三味線を奏で始めた。双葉の伴奏に合わせ、ゆきは艶やかな舞を大久保達の前で披露した。「いつ見ても、舞妓は目の保養になるのう。」「そうじゃな・・」大久保と井上がゆきの舞に見惚れている中、何処か冷めたような目で、伊東と桂は二人を見ていた。「どうしました?」「いいえ・・何処かで見たような気がして・・」「気のせいでしょう。さぁ、一献。」桂は伊東の猪口に酒を注ぐと、そう言って彼に微笑んだ。「そこの君、僕に見覚えはないかい?」「いいえ。初めてお会いしましたけど。」伊東から突然そう声を掛けられた双葉は、そう言って上手く誤魔化した。「そうか・・」にほんブログ村
潜入捜査とはいえ、すぐに敵に正体を見破られぬよう、双葉とゆきは祇園の置屋で舞や鳴り物、茶道の稽古に追われる日々を送っていた。「やっぱり、慣れねぇことは難しいな。」「んだなし・・お茶は習ったことがあったけんじょ、久しぶりに習うもんだからなかなか身体がおいつかねぇ。」一日の終わりに縁側で双葉とゆきがそう互いに愚痴を吐き合っていると、女将の千代が部屋からぬっと顔を出した。「またお国言葉、喋ってはる。」「すいません・・」慣れない事が多くて苦労している二人だったが、一番苦労しているのは、京言葉を身に付けることだった。子どもの頃から慣れ親しんだ会津言葉は、そう簡単に抜ける事がなく、ついゆきと二人で居る時は気が抜けて喋ってしまう。「おゆきさん、今晩からうちの部屋で寝起きしよし。双葉さんと一緒に居ると、喋れるもんも喋れやしまへん。」「ええ、そんなぁ~」「あんた達はお仕事でここに来てはるんやろう?新選組の土方様が、うちを信頼してくださはってここへあんた達を預けたんどす。このまま何の成果も出ぇへんようやったら、ここの置屋の恥どす。」千代の言葉に、二人は抗議しなかった。「双葉ちゃん、ゆきちゃんと離れ離れになって心細いやろ?」「ええ・・京言葉が、まだ覚えられないので・・」「まぁ、そら無理もないわなぁ。うちかて今京言葉を普通に喋ってるけど、元は讃岐出身なんえ。せやさかい、身に付けるんは苦労したわ。」「へぇ・・そんな風に見えませんけど・・」「まぁ、慣れたらええわ。ちゃんと喋ろうと意識して話そうとすると、何や疲れてしまうからな。」 双葉と同室となった舞妓・夢乃は、そう言って彼女を励ました。「ほなおかあさん、三味線の稽古に行ってきます。」「気ぃつけて行ってきよし。」 置屋で暮らし始めて一週間が経った。はじめは苦手だった京言葉も、双葉は自然に身に付いて違和感なく話せるようになった。「やっぱり、双葉ちゃんは呑み込みが早いなぁ。一度教えたことはすぐに覚えてはる。」「そうどすやろか?先生の教え方がええんと違いますか?」「お世辞を言うのもうまなったなぁ。」三味線の師匠はそう言って目を細めて双葉を見た。「双葉ちゃん、あんたもう17やったな。あと2年早かったら、舞妓として店だし出来たのに、惜しいなぁ。」「それは仕方がないことどす。それよりも先生、今日もお稽古お願い致します。」「わかった。あんたら若い者にとって、時間は貴重なもんやさかいな。」師匠は壁に立てかけた三味線を取ると、双葉を見た。「今日は、昨日のおさらいからしまひょ。」「へぇ。」 三味線の稽古を終えた双葉が置屋へと戻ると、ゆきが落ち着かなさそうな様子で彼女の帰りを待っていた。「双葉さん、お帰りやす。」「ゆきさん、京言葉上手なったなぁ。」「まぁ、京に暮らしてたら、やっぱり身に付けなあかんと思うて・・変やないやろか?」「大丈夫や、ちゃんと喋れてるえ。」「そうどすか・・」「双葉ちゃん、ゆきちゃん、すぐに支度しおし。お座敷まで時間がないさかい。」「へぇ。」 二人は支度部屋へと入ると、顔に白粉を塗り、紅を唇にひいた。「何や、こうして見ると別人のようやな。」「そうやなぁ。」にほんブログ村
時栄と別れた桂が洋学所の中の様子を窺っていると、やがてそこから詩織と覚馬が出て来た。「本当に、お一人で大丈夫ですか?」「ああ。詩織の簪を買いに行くだけだ。」「やっぱり不安だから、わたしも一緒に行きます。」「仕方がねぇな。」そう言って詩織に笑いかける覚馬の目は、優しい。対する詩織も、嬉しそうに覚馬を見つめている。日本髪を結える長さではないのか、彼女は長い髪をお団子にして、その上に櫛と簪を挿していた。着物は落ち着いた色合いのもので、帯は薄茶色のものだった。「お前ぇは少し目を離したらどこかに行っちまうから、心配でなんねぇ。」「もう、覚馬さんったら、わたしを子ども扱いして!」そんな他愛のない会話を交わす二人の姿は、まるで新婚の夫婦のようだった。いや、彼らはもう夫婦なのだ。桂は何処か胸が締め付けられるような思いで、その場から離れた。(馬鹿だな、僕は・・詩織がいつまでも、僕の事を覚えている訳がないじゃないか?)「桂さん、こないな所で何しちゅうぜよ?」「龍馬さん、てっきり長崎に居ると思いましたが、こちらに戻って来たんですね。」「ああ。少しやらなならんことがあるき。」「やらなければならないこと?」「まぁ、今は言えん。」龍馬はそう言って屈託のない笑みを浮かべると、雑踏の中へと消えていった。「歳、最近長州の奴らが上洛しているとは、本当なのか?」「ああ。恐らく、裏には桂が仲間を手引きして、上洛させているに違いねぇ。」歳三は両腕を組みながら、そう言って唸った。「それにしても、伊東さんは最近我々に何も言わずに出掛けることが多いな。」「怪しいな・・何か企んでいるんじゃねぇのか?」「監察方からの報告では、何も怪しい動きはしていないということだが・・」「嘘吐け。まぁ、奴が慎重に動いているとわかったら、こっちも何か考えなくちゃなんねぇな。」「何か策があるのか、歳?」「ああ。」 副長室に突然呼ばれたゆきと双葉は、彼の口から思わぬ言葉を聞き、驚愕の表情を浮かべた。「お前達二人はこれから祇園の舞妓に化け、そこで長州の奴らが出席している会合へ潜入しろ。」「副長、それは本気なのでごぜぇやすか?」「舞妓に化けるんなら、そのお国言葉は当分引っ込めておけ。」「わかりやした・・」「まぁ、向こうに話はつけてある。」「では早速、行って参ります。」 屯所を出たゆきと双葉は、祇園の置屋へと向かった。「ごめんなんしょ。」「へぇ。」置屋の扉を開けると、玄関先には女将が正座して二人を出迎えした。「今日からお世話になりやす。吉田双葉にごぜぇやす。」「松崎ゆきと申しやす。」「うちはこの置屋の女将、千代どす。まずは、そのお国言葉を改めてください。うちにはそないな言葉を喋りはる舞妓はおりまへん。」「わかりました・・」にほんブログ村
「桂さん、お帰りなさいませ。」「ただいま・・」桂が浮かない顔で定宿である「梅屋」に戻るのを見た樹里は、双葉と何か会ったのだなと気づいた。「あの女は、どうしたのですか?」「見事に振られたよ。彼女は会津の女子だ、はじめから無理だとわかっていたがね・・」「そんな・・桂さんがお声を掛けてくださったというのに、それを無視するだなんて・・」樹里の眦が上がるのを見た桂は、彼に諭すかのようにこう言った。「樹里、彼女には彼女の守るべきものがある。それを汚すようなことをしてはならないよ。」「桂さん・・」「さてと、腹が減ったな。そろそろ夕飯にしようか?」「女中に声を掛けて来ます。」樹里がそう言って台所へと消えると、桂は部屋に入って溜息を吐いた。(詩織は元気にしているだろうか?) 桂の脳裏に、もう縁が切れた筈の詩織の顔が浮かんできた。彼女や彼女の妹・美砂を傷つけてしまったことは反省しているし、詩織から縁を切られても仕方がないと思っている。だが何処かで、彼女の事を諦められない自分がいることに気づいた。「先生、どないしはったんどすか?」「いや・・それよりも君、最近山本覚馬とかいう男が開いている洋学所に通っているようだね?」「へぇ。山本先生んとこなら、ここからすぐに近いでっせ。案内しまひょか?」「いや、いい。地図を書いてくれないか?」「へぇ。」男はそう言うと、宿から洋学所までの地図を書き、桂に手渡した。「ありがとう。もう君は仕事に戻ってもいいよ。」「ほな、うちはこれで。」 宿から出た桂は、地図通りに覚馬が運営している洋学所へと向かった。「ここか・・」彼がそう言って洋学所の建物を見つめていると、小袖姿の女性がじっと中の様子を窺っていることに気づいた。「何か、ここに用でも?」「あら、あなたは・・」女は桂に声を掛けられ、ゆっくりと彼の方へと振り向くと、妖艶な笑みを口元に浮かべた。「久しぶりね。」「誰かと思ったら、君か・・」「まさか、こんな所で会えるなんて思いもしなかったわ。」「わたしもだよ・・時栄(ときえ)。」桂に時栄と呼ばれた女は、彼の方へと近づくと、さっと手を伸ばして彼の肩に触れた。「ごみがついていたわ。」「ありがとう。それよりも、君は何故こんなところに?江戸へ戻ったんじゃないのか?」「江戸へは行ったわ。夫とは離縁してきた。今は独り身だからわたしが何をしようが誰も文句を言わないから、気楽でいいわ。」時栄は、そう言うと気だるそうに欠伸した。「じゃぁ、また機会があったら会いましょう。例の話、わたしが進めておいてもいいわよね?」「構わないよ。」にほんブログ村
「何だと!?それは本当なのか?」「ああ・・まぁ、警戒するには越したことはないね。」「それで?伊東さんはどうしてそんな事をわざわざ俺に?」「それは、君と仲良くしたいからさ。」伊東はそう言うと、歳三の隣に腰を下ろした。「まぁ、君みたいな魅力的な男は何処を探したって居ないからね。ここで会ったのも運命だし、仲良くしようじゃないか?」「ええ、是非そうさせて頂きますよ・・」(けっ、胡散臭ぇ・・)自分の肩に触れる伊東の手を邪険に払い除けたかったが、歳三は彼に愛想笑いを浮かべてそれを我慢した。「それじゃぁ、僕からは以上だ。」「では、失礼します。」副長室へと戻った歳三は文机に向かいながら溜息を吐いた。「どうしたんですか、土方さん?」「総司、いつから居た?」「土方さんが不機嫌そうな顔をして伊東さんの所に行った時からですよ。まぁその顔だと、余り良い話ではなさそうですね。」「ああ。何でも伊東の野郎によると、桂小五郎が京に戻ってきたんだとよ。」「ふぅん・・一体何をするつもりなんですかねぇ?」「そんな事わかったら、苦労しねぇよ。総司、用がねぇんならさっさと出て行け。」「わかりましたよ。」総司は唇を尖らせながら副長室から出て行った。(土方さん、最近構ってくれなくなったなぁ・・つまんないや。)「いい天気だなし。」「んだなし。こう言う日は、身体を動かすのが一番だべ!」境内の中庭で双葉が薙刀の稽古をしていると、一人の隊士が彼女の方へとやって来た。「さっき門前で子どもからお前宛の文を預かって来たぞ。」「ありがとなし。」双葉が文を読むと、そこには桂の流麗な文字で、“寅の刻にて三条大橋にて待つ”とだけ書かれてあった。「なじょしたんだ?」「何でもねぇ・・」 約束の時間となり、双葉は屯所から出て三条大橋へと向かうと、そこには桂が居た。「やぁ、久しぶりだね。」「一体わだすに何の用だ?」「君は、元の時代には戻りたくないの?ご両親のことが心配じゃないの?」「そったらこと、お前ぇには関係ねぇ!」「関係ない、か・・確かに、関係ないよね・・」桂はそう言ってフッと笑うと、双葉を見た。「ここへ君を呼びだしたのは、君をスカウトしに来た為だ。」「スカウト?」「そうだ、いずれ新選組は会津とともに滅びる・・茨の道を歩くよりも、楽な道を歩いた方がいいんじゃないのかな?」桂が双葉へと手を差し伸べると、彼女は邪険にその手を振り払った。「会津のことを馬鹿にすんな!会津を滅ぼすような奴とは、仲間になるつもりはねぇ!」「そうか・・それが、君の答えか・・」桂は一瞬悲しそうな顔をすると、くるりと双葉に背を向け、雑踏の中へと消えていった。にほんブログ村
2013.08.07
「吉田様・・」「あなたに誤解を与えてしまったことは、申し訳ねぇと思っている。」あの蓮池に件の娘を呼び出した双葉は開口一番、そう言うと彼女に頭を下げた。「そんな・・うちもどうかしてたんどす。お母ちゃんが大事にさせてしもうて、堪忍しとくれやす。」娘はそう言って申し訳なさそうな顔で双葉に謝ると、蓮池から去っていった。「誤解が解けてよかったなし。」「ああ。」こうして、“恋文事件”は無事解決を迎えたが、新たな事件が新選組に襲いかかろうとしていた。「吉田君も隅に置けないね、恋文を貰うとは。」「伊東先生・・」ゆきとの会話を盗み聞いていた伊東が茂みの陰から顔を出し、そう言って双葉を見た。「双葉様、副長に報告しねぇと!」「そだな!」慌てて二人が蓮池から去って行くのを見た伊東は、彼らに心底嫌われてしまったようだなと思い、溜息を吐いた。「伊東さん、まだ彼女の事を諦めていないんですか?」「諦めるも何も、ただ単に僕は彼女に興味があるだけさ。」「土方には、今のところ何も嗅ぎ付けられていないようです。」「そうか。内海、気を緩めてはならないよ。」「わかってますよ・・」内海は溜息を吐きながら、伊東が何を考えているのかがわからないといったような顔をしていた。「まだ伊東の尻尾は掴めねぇのか?」「はい・・」「奴め・・」歳三は山崎からの報告を受け、悔しげに唇を噛み締めた。 山南が脱走し、切腹した一件以来、伊東は怪しい動きを見せてはいないものの、彼を警戒する事を怠ってはならないと歳三は思っていた。「土方さん、どうしたの?怖い顔して?」「平助・・」珍しく、副長室に藤堂平助が姿を現した。彼は山南と同門の北辰一刀流で、彼の事を実の兄のように慕っていた。「何でもねぇよ。それよりも、何か用か?」「伊東さんが、呼んでるよ。」「わかった・・」伊東と顔を合わせるのは気が進まないが、彼をあからさまに避けたら怪しまれるかもしれないと思い、歳三は伊東の部屋へと向かった。「土方君、やっと来てくれて嬉しいよ。壬生に屯所があったときでもそうだが、君は僕につれないからどうしたのかと思ってしまったよ。」「そりゃどうも。屯所が移転して、色々と忙しくなったのでね。伊東さんには不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。」慇懃無礼な口調でそう言って歳三が伊東に頭を下げると、彼は少しムッとした顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。「まぁ、忙しいのはお互い様だ。」「そうですね・・」(こいつ・・一体何を企んでいやがる?)「実はね土方君、是非とも君に伝えたい事があって、部屋に君を呼びだしたんだよ。」「何でしょうか、それは?」「桂小五郎が、どうやら京に戻ってきたようなんだ。」にほんブログ村
話は、数時間前に遡(さかのぼ)る。「すいまへん、これ受け取って貰えまへんやろうか!」「えっ・・」いつものように双葉が総司達一番隊とともに巡察へと出掛けようとした時、門徒衆の中から一人の若い娘がそう言って彼女に恋文を差し出した。「双葉様、恋文貰ったなんて隅に置けねぇなし。」「ゆき様、からかわねぇでくんなんしょ。わだすは女子だべ。」「そうだけんじょ・・向こうは双葉様が女子だということは知らねぇべ。」「困ったなし・・」 巡察が終わり、行きつけの茶店で団子を食べながら、双葉は娘から貰った恋文を見た。「どうすんべ?返事だけでも書いてみっか?」「だけんじょ、そったらことしたらますます誤解すんべ。」「なじょしたらいいのなし?無視する訳にもいかねぇ。」「一度その娘さんに会って、本当の事を言う。」そう決めた双葉は、早速恋文を自分に渡した娘を呼び出した。「何どすか?うちの恋文、読んでくれはりましたか?」「いんや・・実は、にしに伝えねぇといけねぇことがあって、ここに呼び出したんだ。」「伝えないといけないこと?」「実は、俺は女子だ。」そう言うと双葉は、若い娘の腕を掴むと、彼女に自分の胸を触らせた。「嘘・・」「嘘でねぇ。男のなりをしているが、わだすはれっきとした女子だ。お前ぇの気持ちを受け取ることはできねぇ。済まねぇ。」 双葉は娘に背を向けると、蓮池から去っていった。「双葉様、どうだった?」「少し泣いてたようだな・・」「だけんじょ、本当の事を言ったべ?んだから、相手も納得したんじゃねぇのなし?」「そうだといいけんじょ・・」 双葉と別れた娘は、ショックの余り手首を切った。彼女は、顔面蒼白となった母親に向かって、“吉田様に裏切られた”と訴えた。「吉田様には国元に妻子が居て、何も知らんとうちはあの人にいいように騙されたんや。」涙ながらにそう訴える娘の姿を見て激怒した母親は、すぐさま屯所に怒鳴りこんできた。「うちの娘を傷物にしようとした吉田は何処や!?」「落ち着いて下さい。」「吉田、本当にお前は身に覚えがないんだな?」「はい。わだすは、相手に女子であることを話しやした。それだけです。」「そうか・・向こうは、完全にお前に騙されたと思っているようだぞ?」歳三はそう言うと、溜息を吐いた。「あの娘さんはなじょしたんだべ?」「わだすにもわからねぇ。だけんじょ、何とかしなきゃなんねぇ。」「双葉様、余り落ち込まずに・・わだすも、力を貸しますから。」「ありがてぇなし。だけんじょこれはわだすの問題だ。何とか向こうの誤解を解けるよう、頑張るべ。」「決して無理はしてはなんねぇよ、双葉様。」「ありがてぇなし、ゆき様。」 ゆきに励まされ、双葉は娘の誤解を解くにはどうしたらいいのか考えていた。にほんブログ村
「大丈夫ですか、痛みます?」「ただのかすり傷だ、気にするな。」河内はそう言いながら、完全に敵に対して無防備だった自分に怒りを感じていた。「どうしたんですか?」「迂闊だったな・・まさか敵襲に遭うとは・・」「会津者だとわかると、長州や土佐の連中が変な言いがかりをつけてくるそうです。」水が入った桶を持って矢沢が部屋に入りながらそう言うと、河内の傍に腰を下ろした。「先生が言っていました。会津は、ここで色々と敵を作り過ぎたと。」「そうか・・では、俺を襲った人間は、勤皇派の・・」「犯人はどうやら、女のようでした。」「女?」「ええ。御高祖頭巾を被って、小袖を着た女の背中をわたしははっきりと見ました。」「何で、その女が河内さんを?河内さん、その女に恨まれるような事をしたんですか?」「馬鹿言うな。」「それにしても、その女が何処の誰なのか、気になりますね。」「ああ・・」河内の頬に絆創膏を貼った秀哉は、矢沢と共に部屋を出た。「あなたと一緒だった、花岡殿・・最近、槍や鉄砲の稽古にも顔を出すようになってますよ。」「へぇ・・あの登君がねぇ・・」秀哉が妙に感心しきった様子でそう言うと、矢沢が怪訝そうな目で彼を見た。「あの子ね、初めて会った時はいつも不貞腐れて、何かと文句ばかり言って何にも働かない子だったんだよね。でも、少しは変わってきたみたいだなぁ。」「そうでしたか・・わたしも、ここに来て少しは変わったかもしれません。」「え?」「わたしは江戸の旗本の三男坊として生まれて、塾に行ったけれどもなかなか伸びずに、そこから逃げ出すようにして上洛しました。頼る親戚も居らず、行くあてがなかったわたしを、覚馬先生が拾ってくださったんです。」「そんなことが・・」「今まで自分は価値のない存在だと思い込んでいましたが、先生にお会いしてそれが大きな間違いであったことに気づきました。」「そうですか・・それは良かったですね。」「さてと、まだやらないといけないことが多いんだった。ちょっと行って来ますね。」「お気をつけて。」秀哉が外へと出て行く矢沢を見送った時、外からこちらの様子を窺っている一人の少女の姿に彼は気づいた。「何か、こちらにご用ですか?」「わ、わたくしは・・」「お嬢様、こちらにいらっしゃったのですか!」華やかな振袖を纏った豪商の娘と思しき少女は秀哉に話しかけられてうろたえた時、一人の老女が少女の元へと駆け寄ってきた。「心配いたしましたよ、お嬢様!さぁ、旦那様がお待ちですよ!」「わかったわ・・」娘は秀哉に一礼すると、その場から去っていった。「なじょした?」「いいえ。矢沢さんは外に何か用事があるようで、出掛けましたよ。」「そうか。茶でも飲むか?」「はい、喜んで。」 一方、西本願寺の一角にある新選組の屯所内では、ある事件が起きていた。「吉田、お前ぇ本当に身に覚えがねぇんだろうな?」「はい。わだすは、お天道さまに誓って、何にもしてねぇ!」にほんブログ村
「北原、お前が無事で良かった。」「河内さん、包帯を替えますね。」「ああ、頼む・・」河内は低い声で呻きながら上体を起こすと、北原は河内の血が滲んだ胸の包帯を替えた。「怪我も、良くなってきましたね。」「ああ。」「ここに来た事、少しは思い出せませんか?」「そうだな・・」河内は少し目を伏せた後、こう言った。「誰かに追われていたような気がした。」「誰かって・・」「恐らく、失踪事件の黒幕だろうな。」「事件は解決したっていうのに、どうして・・」「俺は、まだあの事件は終わっていないと思っているんだ。」「どういう事ですか、それ?」「田淵さんが、岡田さんが事件に関わっていることを話してくれた。だが、それには続きがあったんだ。」「続き?」「それは・・」河内が次の言葉を継ごうとした時、廊下から足音が聞こえた。「それは後で話す。」「わかりました。」 河内の部屋から出た秀哉は、彼の言葉に疑問を抱いた。あの事件は、佐々木大輔と岡田が逮捕されたことにより、解決した筈だった。だが、事件はまだ終わっていないと河内は言っていた。もしかして、事件の黒幕は別に居たのではないだろうか。「北原様、なじょした?」「いいえ、何でもありません。」「それよりも、さっき河内殿と何を話してた?」「いえ・・」覚馬には、現代で起きた失踪事件について話す訳にはいかなかった。「覚馬さん、あの人はわたしの上司なんです。」「そうか・・胸に酷い怪我をしていたな。」「ええ。彼は、誰かに追い掛けられていたと言っていました。」「誰かに追われてた?」「それが誰なのか解りませんが・・彼は命を狙われているのかもしれません。」「用心せねばなんねぇな。」「ええ・・」秀哉は、何だか嫌な予感がした。 河内が洋学所で世話になってから数日が経ち、彼は覚馬の書物を読んでいた。読書に夢中になっていて、彼は自分に忍び寄る不穏な影の存在に気づかずにいた。「危ねぇ!」誰かの声が聞こえ、ふと河内が書物から顔を上げると、何か固い物が頬を掠めた。「誰だ、出て来い!」「先生、あっちに人影が!」「矢沢、頼んだぞ!」覚馬の怒声が響いた後、河内は頬に鋭い痛みを感じた。「さすけねぇか?」「ああ・・」そっと河内が頬を撫でると、そこからは血が出ていた。「向こうで手当てすんべ。かすり傷でも、放っておいてはなんねぇ。」「すいません・・」「先生、犯人を逃がしました!」矢沢は息を切らしながら申し訳なさそうに覚馬に言うと、彼は舌打ちした。「一体何者だったんだ・・」にほんブログ村
2013.08.06
「何だ!?」「先生、大変です!」「なじょした!」「外に、人が・・」覚馬と秀哉が外に出ると、植え込みにスーツ姿の男が倒れていた。「この人は・・」「さっき、大きな音がしたと思ったら、この人が倒れていたんです!」「そうか・・」覚馬はそう言うと、スーツ姿の男に一歩近づいた。「おい、大丈夫か?」「う・・」「誰か水持って来い!」泥に塗れ、所々破けているスーツを見ながら、生徒達の一人が慌てて井戸で水を汲んで来た。「飲めるか?」「済まない・・」「先生、この人の近くにこんなものが。」矢沢は、そう言うと覚馬にレンズが割れた眼鏡を手渡した。「あ、これ・・」「何だ、見覚えがあんのがし?」「僕の知人が愛用していた眼鏡です。」「だとすると・・」「ちょっと失礼します。」秀哉はそう言って覚馬とスーツ姿の男の間に割って入り、彼の顔を確認した。(河内さん・・)スーツ姿の男は、紛れもなく自分の上司で恋人である河内だった。「河内さん、僕が解りますか?」「北原・・」河内は苦しそうに呻きながら、秀哉を見た。「知り合いか?」「ええ。すいません、誰か戸板を運んで来て下さい!」 数分後、奥の部屋で寝かせられた河内は、秀哉を見て安堵の笑みを浮かべた。「お前が急に居なくなってから、死んでいるんじゃないかと心配していたが・・元気そうだな。」「心配おかけしてしまって、すいません。それよりも河内さん、どうしてここに?」「・・それが、わたしにも解らないんだ。」「そうですか・・今は休んでください。」「わかった・・」「北原さん、風呂が沸きました。」「河内さん、横になる前にお風呂にでも入ってください。汗と泥に塗れて、気持ち悪いでしょう?」「ああ、そうする。」 河内がそう言って部屋から出て行った後、矢沢が彼とは入れ違いに部屋に入って来た。「北原さん、あの方とはどういうお知り合いなのですか?」「どういうって・・ただの職場の上司と部下だけど?」「それだけですか?」(あれ、もしかして勘付かれてる?)好奇心を剥き出しにして自分を見つめる矢沢に気づいた秀哉は、そう思って冷や汗を流した。にほんブログ村
「おう、来たか。」「その方達は?」「うちで世話になっている北原様と、登だ。北原様、こいつは俺の弟子の、矢沢衆之助だ。」「矢沢衆之助と申します。」「初めまして、北原秀哉です。」「花岡登です。」「こいつらも、これからここで学ぶことになった。」「宜しくお願いします。」そう言って衆之助に頭を下げる登を見て、彼は嬉しそうに笑った。「矢沢さんは、ここで何を学んでいるんですか?」「英語や、舎密術を。舎密術の本は殆ど英語で書かれていますから、その翻訳で大半の時間を消費してしまいます。」「そう・・だったら、僕が翻訳してあげようか?」「いいのですか?」「まぁ、どれくらいの量があるか、だけど。」「では北原様、こちらへ。」矢沢に案内され、秀哉は彼から分厚い舎密術の本を数冊手渡された。「これなら、大丈夫かも。」「助かります!実験をしてみたいのですが、この書物を翻訳しながらだと、かなり時間がかかってしまって・・」「すぐに取りかかりますね。」秀哉は内心溜息を吐きながら、数冊の本を持って椅子に腰を下ろした。最初の本を翻訳しながら、彼は学生時代の事を思い出していた。秀哉は両親の仕事の都合で、中学から高校までの6年間を、英国で過ごした。まだ英語が話せなかった時、同級生が何を言っているのかが解らず、発音の拙さをからかわれて悔し涙を流したことが何度もあった。だが時間が経つにつれ、自然と英語が身につき、同級生と会話する事が苦にならなくなった。しかし、中高生を英国で過ごし、大学進学とともに帰国した秀哉を待っていたものは、帰国子女への偏見と好奇の目だった。『北原君はいいよねぇ、英語ペラペラでさ。』『やっぱり、お金持ちのお坊ちゃんは違うよね。』大学の同窓生達は、そう言って秀哉を見ては溜息を吐き、時には舌打ちする者も居た。 何も苦労せず、英語を身に付けた訳じゃない。血が滲むような努力をして、ネイティブスピーカー並みに話せるようになったのだ。それなのに、まるで超能力を身に付けているかのような発言をされて、秀哉は心底腹が立った。だが、彼らに何を言おうとも、“謙遜しないでよ~”と返されるだけだと思ったので、秀哉は彼らを無視する事にした。 すると、いつしか、“あいつはお高くとまっている”という噂が流れ、以前は親しかった友人達も、急によそよそしくなった。一体自分の何がいけなかったのか。彼らの癇に障るような行動を取ったのかどうかさえわからなかった。“出る杭は打たれる”―その事を、秀哉は身を以って知ったのだった。(ふぅ、やっと終わった・・) 一冊の本を翻訳し終えた時には、もう日が暮れようとしていた。文法や用法に間違いがないか秀哉がチェックしていると、覚馬が入って来た。「何してんだ?」「矢沢さんに翻訳を頼まれまして。かなり時間がかかりましたけど、さっき終わりました。」「大したもんだ。」「いや、それほどでもないですよ。」 秀哉がそう言って笑った時、外で大きな音がした。にほんブログ村
「登、槍の稽古をしてみねぇか?」「俺が?」 翌日、登が廊下で雑巾がけをしていると、覚馬が声を掛けて来た。「お前ぇも男だ。いざという時は、自分の身を守らなくちゃなんねぇ。俺の目が見える内に、稽古をつけてやんべ。」「宜しくお願いします。」「よし、いい返事だ。んだら、早速やるべ。」 数分後、登は覚馬とともに道場へと向かった。「まずは素振りから始めろ。何事も、素振りが基本だ。」「はい!」「一日千回やれ。」「千回も・・」登が驚愕の表情を浮かべながらそう言って覚馬を見ると、彼は少し呆れたような顔をした。「千回もすれば、体力がつく。やる前から文句言うような奴には、稽古はつけねぇぞ!」「わかりました、やります。」槍用の稽古に使う丸太棒を登が掴むと、両手にズシリとその重みが伝わって来た。「背筋を伸ばして、丹田に力さ入れろ。」「はい!」 道場から威勢のいい声が聞こえて来たので、秀哉は洗濯物を干した後、道場へと向かうと、そこには汗だくで素振りをする登の姿があった。「何をしているんですか?」「登に槍の稽古をつけてるんだ。だが、技を教えるにはまだ早ぇ。」「まぁ、初心者には基本の型を教えないと身に付きませんもんね。」「北原様は、何かやってんのがし?」「剣道を・・」「んだら、俺と勝負すっか?」「でも覚馬さん、目が・・」「まだ見える。俺に対して遠慮なぞ一切すんな。」「わかりました・・」(山本さんは、槍の達人でもあるけど、剣の腕も達者なんだよな・・手加減なしで勝てるのかなぁ?)一抹の不安を感じながらも、秀哉は胴着と面を付け、蹲踞(そんきょ)の礼を取った。「始め!」覚馬は竹刀を上段に構え、間髪いれずに秀哉の面を打った。何とか反撃しようとした秀哉だったが、覚馬から一本取る前に隙を突かれ、胴を打たれて完敗した。「有難うございました。」「手加減はしねぇようにと言ったべ?」「僕は本気で覚馬さんと戦ったんですよ?でも、手も足も出なかった・・」「にしの心に隙があるからだべ。迷いがある剣は、必ず隙が出る。」「肝に銘じます。」「登、残りの素振りは明日やれ。お前ぇを連れて行きたい場所がある。」「はい。」額の汗を手拭いで拭きながら、登は覚馬達の元へと駆け寄ってきた。「にしも来い。」「わかりました。」 会津藩本陣を出て、覚馬に連れられた秀哉達は、彼が運営している洋学所へと向かった。「ここでは西洋の学問を学ぶ場所だ。」「あの人達は、何をしているんですか?」「あれは、舎密術(化学)の実験をしてんだ。」 西洋の書物などが所狭しと並ぶ洋学所の片隅で、フラスコ片手に数人の男達が実験の成果を紙に書いていた。「覚馬先生!」登と秀哉が興味深げに洋学所を観察していると、三人の前に一人の青年が現れた。にほんブログ村
あなたが一番幸せだったのはいつですか?―もし誰かにそう聞かれたら、登は迷わずサッカーに明け暮れていた小学校時代と答えただろう。あの頃は、サッカーに夢中になっていれば良かった。何も迷わず、仲の良いチームメイトに囲まれながら笑顔でいればよかった。それなのに、中学に入った途端、登は仲が良かったチームメイト―あのいじめグループの3人から、突然無視されるようになった。 一体何が問題だったのか、登は今でも解らなかった。彼らに対し、気に障った行動や言動を取った覚えはなかった。それなのに―はじめは3人だけが登を苛めていたが、やがてそれはクラス全体に広がった。教科書や私物を破壊される、隠されるなど日常茶飯事で、メールやLINEで悪い噂を流されたりして、登は精神的に追い詰められた。だが、ひとつだけ救いがあった。部活内ではクラス全体に広がったいじめという名の毒に侵されずに済んだ。顧問の教師やチームメイトは、登がいじめられていることを見て見ぬ振りなどしなかったし、顧問の教師は3人が登に執拗な暴行を加えている様子を目撃し、彼らをサッカー部から退部させた。 だが3人はそれで反省するどころか、登への恨みを募らせた。もう生き地獄を味わうのはまっぴらだ。あの3人を殺し、自分が死ぬしか道はない―そう思った登は、あの日凶行に及んだ。彼らが全て悪い、自分は悪くない―今まで、そう思ってきた。だが、それが間違いだったことに気づいた登は、どうすればよいのかわからなかった。(兄ちゃん、俺はどうすればいい?) 数年前、交通事故で死んだ兄に、登は想いを馳せた。彼は高校から自宅へ帰る途中、信号無視の車に撥ねられ、17歳という若さで亡くなった。優しくて、強い自慢の兄だった。もし兄が生きていて、自分の事件の事を知ったら、彼はどう思うのだろうか―「登君、どうしたの?」「ちょっと眠れなくて・・」「最近寒いからね。それよりも、詩織さん近々ここを出て行くんだって。」「え・・」「まぁ、彼女も色々と事情を抱えているからね、僕達が口出しする資格はないよ。」「そうですね・・」「詩織さんがここから出て行く時は、笑顔で見送ってやろうよ。」「わかった・・」「登君、また魘されたの?」「どうして、わかったんですか?」「僕も、君と似たような経験をしたからね。何もいじめっていうのは、子どもだけの世界で起きるものじゃない。大人の世界でも起きてるんだよ。大人のいじめの方が、子どものいじめよりもずっと残酷で、陰湿なものだけどね。」「北原さん、俺・・」「君が今後どうしたいのか、決めるのは君自身だ。誰かを安心させる為じゃなく、自分自身を安心させる為にとことん悩んでみたら?」「おやすみなさい・・」登は秀哉に頭を下げると、部屋へと戻った。「少しは、彼の力になれたかな・・」にほんブログ村
2013.08.05
流産してから、詩織は塞ぎ込み、自分の殻に閉じこもるようになった。男である秀哉は、詩織が今どんなに苦しみ、悲しんでいるのかがわからない。子を身籠った時の喜びも、子を喪った悲しさも、彼には一生解らない。「詩織さんは?」「彼女ならまだ部屋で休んでるよ。」「そう・・」「それよりも、これからどうなるんだろうね?何でも、長州は会津藩に復讐の機会を狙っているとか、いないとか。」「そうだよなぁ、あのまま長州が引きさがる訳ないと思ったんだよ。」竈の火を調節しながら、登は額に滲んでいる汗を手拭いで拭った。「このまま、黙っているつもりなの?戊辰戦争が起きて、薩摩と長州が会津にどんな事をするのか・・」「僕、この前山川さん達と容保様が話をしているの、聞いちゃったんだよね。あの方は、“会津は京で敵を作り過ぎた”っておっしゃっていたよ。」「そんな事を、あの方が・・」「容保様は、わかっておられるんだよ。京都守護職を拝命して、帝の御為に京の治安を守ろうとしている・・けれど、それがかえって長州に対して会津への復讐心を芽生えさせた・・」「帝は、あの方のことを信頼している。」「帝は・・数年後に・・」「僕達は、歴史を変えられるなんて思ってもいないし、するつもりもない。だから、口を噤んでいるしかないんだよ。」「モヤモヤするなぁ・・」登は、そう呟くと再び手拭いで額の汗を拭った。「詩織さん、ご飯ですよ。」「すいません・・ご迷惑お掛けしてしまって・・」「いいえ。」「覚馬さんは?」「洋学所の方が忙しいみたいで、向こうで寝泊まりされているようです。」「そうですか。体調が回復次第、わたしもそちらに移ろうと思います。」「何故ですか、詩織さんは・・」「確かにわたしは彼の内縁の妻ですが、他の方々はわたし達のことをどう思っているのか、わかりません・・好奇の目で見る者も多いでしょうし・・」詩織が今、何を思っているのかが秀哉には手を取るようにわかった。彼女は、密かにここで肩身の狭い思いをしているのだ。「わかりました。詩織さんがそう決めたのなら、仕方がないですね。」「登君には・・」「ちゃんと伝えておきます。彼、最近文句を言わずに雑用をこなしてますよ。僕達に対して、生意気な口を利くこともなくなったし。」「あの子も、成長したんだ・・」「人は、すぐに変わるものじゃないですよ。ゆっくりと変わってゆくんです。」「あの子と初めて会った時、何だかあの子暗い目をしていた・・もう誰も信じないって、言ってるような目。」「僕はあの子が何をしたのか、知っています。きっとあんな事をしたのは、相当追い詰められていたからじゃないかな?まぁ、僕は超能力者じゃないですから、彼が今何を思っているのかはわかりませんけどね。」「人の気持ちを考えたり、察したりするのって一番難しいですよね。それがたとえ、血が繋がった家族でも、口に出さないと解らない事が多い。赤の他人同士なら、尚のこと。」「“空気を読む”って、何なんでしょうね?口には出せない事を、察する事ほど大変なこと、ないのに。」「本当に、そうですよね・・」 その日の夜、登は布団に包まりながら悪夢に魘(うな)されていた。『死ねよ』『お前なんか、生きてる価値ねぇんだよ。』『屋上から飛び降りろよ。』にほんブログ村
「覚馬さん、新年明けましておめでとうございます。」「明けましておめでとうごぜぇやす、北原様。」秀哉は覚馬と新年の挨拶を交わしながら、井戸で顔を洗った。「冷たい!」「そったらことで悲鳴を上げるでねぇ。男して情けねぇぞ。」「すいません・・」秀哉は手拭いで顔を拭きながら、覚馬がどこか嬉しそうな顔をしていることに気づいた。「覚馬さん、嬉しそうですね?どうしたんですか?」「いや・・どうやら詩織に、子が出来たようなんだ。」「え、詩織さん妊娠したんですか?」「まだわからねぇけど・・最近悪阻みてぇなもんに襲われてるから、そうかもしれねぇと思ってな。」「おめでとうございます、覚馬さんももうすぐお父さんですね。」「手放しで喜べねぇ・・会津に居るうらとみねに申し訳ねぇと思ってる。」「覚馬さん・・」詩織と結婚している覚馬だが、あくまで彼女とは内縁関係で、彼には正妻と、彼女との間に生まれた娘が会津に居る。 いずれ、覚馬の正妻と、詩織が顔を合わす日がくるかもしれない―そんなことを思うと、覚馬も詩織も複雑な思いを抱いていることだろう。「詩織さん、今宜しいですか?」「ええ、どうぞ。」悪阻が少し治まり、詩織はそう言って秀哉を部屋へと招き入れた。「覚馬さんから聞きましたよ、妊娠したんですって?」「ええ。」「何だか、嬉しくなさそうですね?」「だって、覚馬さんの奥様達からしたら、わたしは夫を奪った憎い女だと思われても当然です。それなのに・・」「余りご自分を責めないでください。」「だけど・・」詩織はそう言うと、涙を堪えながら部屋から出た。「何処へ行くんですか?」「買い出しに行って来ます。」「そんな身体で、無理をしてはいけません!」「わたしのことは、放っておいてください!」自分の腕を掴む秀哉を乱暴に詩織が振り払った時、彼女は下腹に激痛を感じ、その場に蹲った。「どうしました、詩織さん?」「お腹が・・お腹が・・」「誰か、来て下さい!」「詩織、なじょした!?」「急におなかが痛いと言いだして・・」「誰か医者を呼べ!」額に脂汗を滲ませる詩織を抱きかかえながら、覚馬は産婆の元へと向かった。だが、腹の子は流れてしまった。「ごめんなさい・・」「謝ることはねぇ・・お前ぇが無事で良かった・・」「ごめんなさい、わたしがしっかりしていれば・・」床に臥せながらも、詩織は何度も覚馬に謝った。「さっきの話、聞いてたんだべか?」「それはないと思います。詩織さん、色々と考えて悩んでいたんでしょうね。」「そうか・・俺の所為だな。」「覚馬さん・・」「すまねぇが、一人にしてくれねぇか?」「わかりました。」 秀哉が覚馬の部屋から出て行った後、彼は押し殺した声で泣いた。にほんブログ村
その夜、歳三は近藤とともに祇園の茶屋で飲んでいた。「それにしても、腑に落ちねぇな。」「何がだ?」「山南さんが脱走したことだよ。確かにあいつはぁ西本願寺に屯所を移転する事を反対していたが、それだけの理由で脱走するなんてありえねぇ・・」「確かに・・では、何故・・」「俺ぁ、伊東が絡んでるんじゃねぇかと思うんだ。」歳三はそう言うと、猪口に入っていた酒を飲んだ。「あいつなら何か知ってんじゃねぇか?」「仮にお前が山南さんの事で伊東さんを問いただしても、シラを切られるだけだぞ?」「まぁ、俺にも考えがあるのさ。」歳三はそう言うと、口端を歪めて笑った。「それにしても、随分と広い部屋を与えられたものだ。」「そうですね・・」 同じ頃、西本願寺の屯所内で伊東はそう言うと、内海を見た。「伊東さん、どうしたのですか?どこか浮かない顔をされているようですが・・」「何でもないよ。それよりも例の件、外部には漏れていないだろうね?」「ええ。」「それは良かった。土方君にはくれぐれも気を付けてくれたまえ。どうやら彼は、山南君が脱走したのは、わたしが何か彼に良からぬ事を吹き込んでいると思っているようだからね。」「土方さんは鋭い方ですからね。」「まぁ、用心するに越したことはないね。」伊東はそう言うと、扇子を開き、それで顔を扇いだ。「今日は疲れたべ。」「んだな。」 双葉とゆきが大部屋に入ると、何やら様子がおかしいことに気づいた。「なじょしたんだ?」「さっき、ここに置いてた硯がなくなったんだ。」「硯が?」「確かにここに置いたんだけどなぁ。」隊士はそう言うと、押し入れの中を探した。すると、布団の中から硯が出て来た。「何だ、お前ぇ布団と一緒に押し入れに入れちまったんじゃねぇか!」「見つかってよかったぁ。」硯を探していた隊士はそう言ってホッとしたような顔をすると、硯を籠の中へとしまった。「吉田、お前宛に文が届いてるぞ。」「わだすに?」「ああ。」「ありがとなし。」別の隊士から文を受け取ると、双葉はそれに目を通した。 そこには、桂の流麗な字で、“吉田君へ”と書かれていた。“君とは詳しく話せないまま別れてしまったが、必ず君と再び会える事を願っているよ。”双葉は桂からの文を見た後、それを握り潰した。「双葉様、なじょしたんだ?」「別に、何でもねぇ。」にほんブログ村
山南の葬儀を終えてすぐに、新選組は壬生村の屯所から、西本願寺の屯所へと移った。「沖田はん、また遊んでな。」「わかったよ。」総司がいつも壬生寺の境内で遊んでいた八木家の子ども達と別れを告げていると、歳三が何やら近藤と話をしていた。「これから色々と面倒な事になるかもしれねぇな。」「まあ、それは仕方なかろう。それよりも、伊東殿は・・」「あいつは、何か隠していやがる。山南さんは、あいつにいいように利用されただけかもしれねぇ。」「歳・・」「初めて会った時から、あいつは気に喰わねぇと思ったんだ。だから俺ぁ、これから伊東に対して一切遠慮はしねぇ。」「わかった・・」近藤は険しい表情を浮かべる歳三を見ながら、いずれ新選組の内部分裂が起きるのではないかと危惧を抱いていた。「二人とも、何を話してるんですか?置いていっちゃいますよ?」「わかったよ、うるせぇな!」 洛中の西本願寺へと新選組がやって来ると、京の人々達は眉をひそめながら何やらヒソヒソと話をしていた。「壬生狼や・・」「西本願寺に屯所に構えるやなんて、正気の沙汰やないわ・・」「ほんまや・・」「ゆき様、これ運んでくなんしょ。」「わがった。」大八車に積んだ布団をゆきが降ろそうとした時、不意に背後から視線を感じて彼が振り向くと、竹柵の向こうに、若い女性達がこちらをじっと見ていることに気づいた。「あん人達は?」「恐らく、西本願寺の門徒衆だろう。余り親しくせんほうがいい。」「んだなし・・」ゆきが女性達から視線を外すと、そそくさと布団を大八車から降ろした。「やっと片付いたな。」「部屋が広くなったのはいいけんじょ、掃除が大変でかなわねぇ。」「んだなし。」「吉田、副長がお呼びだぞ。」「わかりやした、すぐに行きやす。」双葉はゆきに後のことを任せると、大部屋を出て副長室へと向かった。「副長、吉田でごぜぇやす。」「入れ。」「失礼いたしやす。」 双葉が副長室に入ると、そこには何やら険しい表情を浮かべた近藤が座っていた。「吉田、お前ぇ山南さんについて何か聞いてねぇか?」「いいえ・・何にも。」「そうか・・吉田、今回の事、どう思う?俺ぁ、伊東の奴が何かを企んでいるに違いねぇと思ってんだが・・」「わだすは、わからねぇ・・」「そうか、忙しい時に呼び出してすまなかったな。下がっていい。」「へぇ・・」「副長から、何か言われたか?」「いえ・・それよりも、早く片付け終わらせねぇと、日が暮れちまう!」「ホント、部屋が広い分あっちへ行ったりこっちへ行ったりと、忙しくてかなわねぇや。」 平隊士達は大部屋を行ったり来たりしながらも、何とか日没前に片付けを終えた。「腹が減ったなぁ。」「身体をよく動かしたら、腹が減るのは当たり前だ。」にほんブログ村
2013.08.03
「何の騒ぎぜよ?」「貴様、密かに銃を長崎の武器商人から買ったであろう!」「あれはグラバーさんとちゃんと話し合うて買うた物じゃき、罪にはならん。」「お前がしていることは、お上に反する・・」「ごちゃごちゃうるさいのう。」龍馬はそう言って懐から拳銃を取り出すと、上空に向かって発砲した。銃声を聞いた長崎奉行所の役人達が一斉に悲鳴を上げ、腰を抜かした。「龍馬、何をしちゅう!?」「物事を拗らせてどうするがぜよ!?」「わしらは何も悪いことはしとらんき!」「おのれ、覚えていろ!」役人達は龍馬を睨みつけながら、元来た道を戻って行った。「肝が冷えたぜよ!龍馬はいつも突飛な事をしよるき!」「あん銃はグラバーさんとの商談を成立させて手に入れたもんじゃき。」「龍馬さん、そうじゃと言うても、役人に向かって発砲はいかんろう?」「わしゃぁ空に向かって撃っただけじゃき。」呑気にそう言って笑う龍馬を、謙吉らは呆れたような目で見ていた。「山南さんが脱走しただと?それは確かなのか?」「ええ。朝起こそうと思ったら、もぬけの殻でした。」「まだ遠くには行ってねぇ筈だ。」「僕が探しに行きますよ。」総司はさっと立ち上がると、広間から出た。「山南先生が脱走!?」「何でも、屯所移転のことで副長と対立したのが原因だとか・・」「まさかそんなことで、山南先生が脱走されるだなんて・・」 山南の脱走を知った隊士達は、口々にそう言いながら彼の身を案じた。「山南先生、無事に戻ってくんだべか?」「さぁ・・無事に戻ってきれくれればいいけんじょ・・」「山南先生が副長と対立しただけで脱走するわけねぇ!」「んだなし・・他に理由があってのことだべ!」(山南先生、どうぞご無事で・・) 山南敬助は、近江街道を歩いているところを総司に捕まり、そのまま屯所へと戻った。「すまないね、総司。」「謝らないでくださいよ、あなたは悪い事なんて、何もしてないじゃないですか?」「いいや・・わたしは、新選組を・・近藤さんを裏切ってしまった。総司、後のことは宜しく頼むよ。」「山南さん・・」屯所へと戻った山南を待っていたものは、残酷なものだった。「山南敬助、切腹申しつける。」「・・ありがたく、承ります。」「山南さん、そんな・・!」「総司、黙ってろ。」「土方さん、山南さんは何もしていません!それなのにどうして・・」「止めろ総司、今お前がどうこう言ったところで、何も変わらないんだ。」山南は菩薩のような笑みを総司や平隊士達に浮かべながら、広間から出て行った。「山南先生が切腹だなんて・・」「副長は血も涙もない鬼だ・・」 1865(元治二)年2月23日。沖田総司の介錯により、山南敬助は切腹。享年33歳。「浅野匠頭でも、こう見事には果てまい。」山南の死を知った近藤は、涙を流しながらそう言ったという。にほんブログ村
1865年2月、長州・荻。「桂さん、幕府は一体どうするつもりなのでしょうか?」「さぁ・・今は解らないが、機が熟せば、我々を逆賊として討伐しようとするだろう。」「そんな・・」「そんな顔をするな、樹里。いつかきっと、歴史が我々が正しい事を証明してくれる。その日まで、耐え忍ぶんだ。」「はい・・」樹里と桂が海を眺めながらそんな会話を交わしていると、海岸の向こうから走って来る男の姿を桂は捉えた。「桂さん~!」「坂本さん。長崎に行っていたんじゃないんですか?」「いやぁ、途中で少し困ったことがあってのう。長崎へ行くついでにこっちにも寄ってみたんじゃぁ。」「桂さん、この方は?」龍馬と初対面である樹里は、そう言って胡散臭そうに彼を見た。「まだお前には紹介していなかったね、樹里。この方は坂本龍馬さんといって、僕とは江戸で知り合って以来の同志だ。」「初めまして。上田樹里と申します。」「樹里?まるで女子のような名前じゃのう。」「失礼な、僕は・・」「余りうちの小姓をからかわないで貰えるかな?丁度いい、坂本さん、あなたに話がある。」「おう、わしとおまんと話がある。」桂と龍馬は樹里を置いて海岸から去っていった。「話とは何ぜよ?」「昨年、我々が薩摩と会津に京から追い出されたことは知っているだろう?そこでだ、一方的に我々を朝敵扱いする薩賊に、ひと泡吹かせたい。」「戦をする、言うがかえ?」「そうだ。このまま禁門の変での屈辱を晴らさずに居たら、生き恥を晒すようなものだ。」「それは待ってくれんかのう、桂さん。おまんの言いたい事はようわかるぜよ。じゃが、ここで戦を仕掛けても、何にもならんき。」「ではどうしろと?幕府に反逆の狼煙を上げなければ・・」「同盟を結んだらどうじゃろうか?今は同じ日本人同士でいがみ合っている場合やないき。まずは話を・・」「もう、君と話すのは時間の無駄のようだね。さっさと長崎に行きたまえ。」「桂さん、最後までわしの話を・・」「君の話なぞ、もう聞くつもりはないと言っているんだ!」桂は怒気が孕んだ声でそう言うと、龍馬を睨みつけて彼の元から去っていった。「困ったのう・・」長崎に着いた龍馬は日本初となる株式会社“亀山社中”を立ち上げ、忙しい日々を送りながらも、何とかして犬猿の仲である長州と薩摩を結び付けたいと考えていた。「坂本さん、どういたのです?」「いやぁ、長州と薩摩がどうしたら仲良うなれるのか、考えてるんじゃが・・」「それは無理ぜよ、龍馬さん。薩摩に対して長州が深い恨みを持っとるの、知っちゅうろう?」「じゃがなぁ・・」龍馬がそう言って唸っていると、海援隊のメンバーの一人、長岡謙吉が中庭へと息を切らして駆け込んできた。「どういたがじゃ、謙吉?」「大変ぜよ、龍馬さん!さっきそこの角で、長崎奉行所が・・」「坂本龍馬は居るか、神妙に致せ!」 謙吉の声と重なるかのように、門の外から男の怒声が聞こえた。にほんブログ村
田淵と妻・幹江の間には、二人の娘と一人の息子が居る。 その長女である美里は、数年前職場で知り合った同僚の男性・小西雄介と結婚し、昨年春に長男・優斗を出産した。離婚の原因は、出産後も仕事を続けたい美里に対して、彼女の夫がそれに反対して専業主婦となることを望んだのだという。「女は家に居ろって、今どき古臭いと思わない?旦那は、お義母さんが専業主婦でいつも家に居たから安心する、我が子を鍵ッ子にさせる訳にはいかないっていうのよ?一方的すぎるとは思わない?」「まぁ、お前が言いたい事はわかるぞ。母さんは何て言ったんだ?」「女が家に居るのは当たり前、自分達の時代はそうしていたって。今あたしのママ友の中でも、働いて家事をやっている人は多いのよ。お母さんとは、時代が違うのよ!」美里がそう語気を荒げると、彼女の腕に抱かれていた優斗が目を覚ました。「優斗、起きちゃったね、ごめんね。」彼女は優しい声で息子をあやすと、そっと布団の上に寝かせた。「これはお前達夫婦の問題だから、俺は何も言えんよ。雄介さんと一度、話し合ってみたらどうだ?」「そんなことできない。彼、浮気してるみたいだし。」「浮気?」「最近帰りが遅いから、変だと思ったのよね。興信所に身辺調査を依頼したら、外に女が居ることがわかったのよ。」「相手は誰なんだ?」「職場の後輩ですって。それであたしを会社に復帰させたくなかったんだわ、浮気がばれるから。」「美里、雄介さんとは本当に離婚するつもりでいるのか?」「ええ。ここに来る前に、相手の女と会ったわ。旦那の子を妊娠しているんですって、彼女。だから奥さんが雄介さんと別れてくれば、上手くいくって。」「そうか・・酷い話だな。」「わたし、優斗を一人で育てることにするわ。父親みたいな無責任な人間にはさせないから、安心して。」そう言った美里は、何処か決意を固めたような目で田淵を見た。 後日、美里と雄介の離婚が成立した事を、田淵は知った。「わたし達だけじゃなく、美里達まで・・やっぱり、親が離婚すると子どもまで離婚するのかしら?」「そうとは言い切れんだろう。それよりも幹江、美里のことを助けてくれよ。」「わかっていますよ。女手一つで子どもを育てるのがどんなに大変なことか、あたしには身に沁みてわかっていますからね。」少し厭味ったらしい口調でそう言うと、幹江は個室に娘達が入って来たのを見て、嬉しそうに笑った。「久しぶりね、家族で一緒に食事するの。あら、幹也はどうしたの?」「幹也は向こうのご家族と食事するんですって。」「そうなの・・息子は結婚したら嫁に取られちゃうから、いやぁね。」「お母さん、止してよ、美里の前で。」次女の裕美がそう言って幹江を窘めると、彼女は少し不貞腐れたような顔をした。「お父さん、時間があったらうちに来てね。待ってるわ。」「ああ、わかった。」「それじゃぁ、気をつけて。」幹江達と別れた田淵が官舎の部屋へと戻ると、そこには龍馬の姿が何処にも居なかった。その代わりに、ダイニングテーブルの上に一枚のメモが置かれてあった。“田淵さん、わしゃ元の時代に戻るぜよ。 龍馬”龍馬が居なくなった寂しさと、これで彼に振り回されることがないという安堵を感じながら田淵は溜息を吐いて炬燵の中に入った。にほんブログ村
「一杯人がおるのう!前へ進めんぜよ!」「龍馬さん、お願いだから静かにしてくれませんか?」 田淵は龍馬を初詣の為明治神宮へと連れて行くと、彼は人の多さを見てはしゃいでいた。(こんな事にもはしゃいで・・本当に彼は、あの坂本龍馬なのか?だとしたら、俺が抱いているイメージとは全然違うな・・)初詣を済ませ、田淵はさっさと家へと帰ろうとしていたのだが、龍馬は明治神宮への参道沿いに並ぶ屋台を興味深げに見ていた。「田淵さん、これ買ってつかぁさい!」そう言って彼が指したのは、5個入りで500円もするベビーカステラだった。「そんな物買ってどうするんですか?」「食うに決まってるぜよ!」「ったく、仕方がないなぁ・・」ただでさえ余計な出費が嵩んで懐が寒いというのに、龍馬の気紛れにこれ以上付き合っていたら破産してしまう―田淵はそう思いながら財布から500円玉を出した。「まっこと、美味いぜよ!」「そうですか、それは良かったですね。」ベビーカステラを頬張る龍馬を横目で見ながら、田淵は半ばヤケクソ気味にそう言うと、バス停へと向かった。「寒いぜよ!」「そりゃ冬だから当たり前でしょう?龍馬さん、それ食べたから昼飯はなしですよ?」「そんな、あんまりじゃき~!」「食べ物を口に含みながらしゃべらないでくださいよ。」まるで子供のように駄々を捏ねる龍馬と話しながら、田淵は疲労を感じていた。「あ~、食った、食った!」 正月の特番を観ながら、龍馬はキムチ鍋を平らげた後、そう言って炬燵(こたつ)に寝転がった。「龍馬さん、ちゃんと後片付けしてくださいよ?わたしだって暇じゃないんですからね。」「わかっちゅう・・」口ではそう言いながらも、龍馬の目が次第にトロンとしてきているのを田淵は見て、溜息を吐いた。「全く、龍馬さんは食事を作ってくれるのはいいが、いつも後片付けは俺がするんだよなぁ・・」鍋を水に浸し、その上に食器用洗剤を振りかけながら、田淵はそう呟いて再び溜息を吐いた。ほどなくして龍馬のいびきが聞こえ、田淵はテレビの電源を切った。「これで、少しは静かになったか・・」田淵が片付けに戻ろうとした時、玄関のチャイムが鳴った。誰だろうと彼がドアのスコープで外を覗くと、そこには赤ん坊を抱えた娘が立っていた。「どうしたんだ、美里?母さんの所に帰ってるんじゃなかったのか?」「それがね、ちょっと母さんと喧嘩になっちゃって・・暫く、父さんの所に泊めてくれないかしら?」「今、一緒に住んでる人が居るんだよ、困ったなぁ?」「その人、女の人?」「いや、男だが、少々面倒な人なんだよ。それでもいいっていうなら・・」「別にいいわよ。結婚してから父さんに全然会ってなかったし、お正月なんだからゆっくり親子の会話しましょ。」「ああ、そうだな。」娘・美里を部屋の中へと招き入れた田淵は、龍馬を起こさぬようにそっと炬燵の中へと入った。「それで、どうして母さんと喧嘩したんだ?」「旦那と離婚するしないで、揉めているの知ってるわよね?母さん、離婚するなって、わたしに我慢しろって言い張るのよ。それって酷過ぎると思わない?」にほんブログ村
伊東の企みを誰も知らぬまま、双葉達は新年を迎えた。「明けましておめでとうございやす、ゆき様。」「明けましておめでとうございやす、双葉様。」互いに新年の挨拶を交わしながら、双葉とゆきは厨房へと向かった。そこでは、大阪出身の隊士と、江戸出身の隊士が雑煮のことで揉めていた。「局長は江戸のお方だ、角餅がいいに決まっておろう!」「ここは京や。京では、角餅は食わへん!」江戸と京では、風習や習慣の違いがあった。「餅が丸かろうが、角ばってようが、食べたら同じだべ?」「んだなし。」二人が雑煮のことでああでもない、こうでもないと言い合う隊士達を見ながらそう話していると、そこへ歳三がやって来た。「どうしたんだ?」「あの人達が、雑煮に使う餅で先程から揉めておりやす。」「丸い餅を使うか、角ばった餅を使うかで、小半時も揉めておりやす。」「ったく、面倒臭ぇなぁ・・」歳三はそう呟くと、揉めている隊士達の間に割って入った。「お前ぇら、何してやがる!?」「副長・・」「正月早々、たかが餅ごときでぎゃぁぎゃぁ喚くんじゃねぇ、みっともねぇな。形はどうであれ、食べりゃ同じだろうが。」「ですが・・」「角餅と丸餅を入れた雑煮を一緒に作りゃぁいい話じゃねぇか?」「はい、只今作ります!」歳三から叱責され、揉めていた隊士達は背筋を伸ばし、きびきびと雑煮を作り始めた。「副長は、やっぱすごいお方だぁ・・」「んだなし。それよりもこんな所で油売ってる暇はねぇ。わだす達も何か手伝うべ!」 一方、会津藩本陣の厨房では詩織と秀哉、そして登が雑煮作りに精を出していた。「あ~あ、いちいち七輪で餅を焼かなきゃいけないなんて面倒臭ぇなぁ。オーブントースターだったら数分で焼けるのに。」「こういう忙しい時に、文明の利器が懐かしく思えるよね?登君、ボサッとしてないでさっさと餅を焼いてね。」「わかったよ・・」不貞腐れながらも、登は焼き上がった餅を器の中へと入れてゆく。「最近手際が良くなってきたじゃない。まぁ、あたしが登君に家事を仕込んだんだから、当然よね?」「まぁ詩織さん、スパルタですからね。登君も、サボりたくてもサボれないでしょう?」秀哉はそう言いながら、出来あがった雑煮を慎重に膳の上に置いた。「お節は、もう持って行ってもいいんですか?」「構いませんよ。」「手作りお節なんて、初めて見たなぁ。いつもデパートやスーパーで買って来るものばかりだから。」「まぁ、便利になった反面、市販のお節って塩分がキツイんだよね。子どもの頃は食べてたけど、今はもう食べなくなったかな?」「あの量を一人で食べるのは大変ですもんね。残ったやつを捨てるのも勿体ないし。」「今じゃ三箇日でも食べ物屋は開いてますしね。けど、この時代はそういった便利なものがない分、エコですよね。」「そうそう。」詩織と秀哉が雑談をしていると、覚馬が厨房に入って来た。「もうここの膳は運んでもいいのか?」「ええ。ひとつずつ運んで下さいね。登君、君も手伝って。」「ちぇ、わかったよ。」にほんブログ村
「平助、そこで何してやがる?」「土方さん、山南さんってばずりぃんだぜ!自分だけ祇園の茶屋で昼飯食ってたんだ。俺も誘ってくれりゃぁ行ったのに!」「それは本当なのか、山南さん?」「土方君、ちょっといいかい?」「ああ、構わねぇよ。」一人で喚く平助を中庭に残し、山南は歳三とともに副長室へと入った。「さっき、伊東さんに会ってきた。どうやら彼は、長州と繋がっているらしい。」「“らしい”?」「まぁ、早々とその場から退散したから、確かなことは判らずじまいだけどね。近藤さんには、余り伊東さんを信用しないように、君から言ってくれないか?」「だが俺が言ったところで、近藤さんが素直に聞くとは思わねぇな。近藤さんは、伊東の野郎を完全に信用していやがるし、伊東もそれを利用していやがるし・・」「とにかく、このままだと新選組の内部に亀裂が生じてしまう。そんなことになれば、伊東の思う壺だ。」「ああ、わかってるさ。まぁ屯所移転の話と、この話は別だ。」「土方君・・」「あんたは伊東に騙されてる、屯所移転は止めろって言いたいんだろ?だがな、もう遅過ぎるんだよ。」「そうか・・」山南は苦痛に顔を歪めると、副長室から出て行った。「まぁた山南さんをいじめていたんですか?」「うるせぇ、ガキは黙ってろ。」「あの伊東さん、何だか胡散臭いんですよねぇ。僕達の前ではニコニコしてるけど、裏では一体何を考えているのか解らないですね。」総司はそう言うと、歳三にしなだれかかった。「余り山南さんをいじめないでくださいよ。」「わかったよ。」歳三は総司を軽く突き飛ばすと、文机に向かった。「もうすぐ師走(しわす)ですね。一年が経つのは早いなぁ。」「そうですね。」詩織と秀哉はいつものように買い出しを済ませて黒谷へと戻りながら他愛のない話をしていると、向こうから一人の男がやって来た。「早く帰らないと。」「そうですね、覚馬さんが待ってますし。」「新婚さんは妬けますねぇ。余り見せつけないでくださいね?」「わかってます。」詩織がそう言って笑うと、彼女は男とぶつかりそうになった。「すいません・・」「お怪我はありませんか?」「はい・・」伊東はじっと詩織を見ると、彼女に背を向けて再び歩き出した。「伊東さん、また何処へ行ってたんですか?」「ちょっと野暮用でね。」「あなたが長州の者と密会していると近藤達に知られたら、どうなることか・・」「なぁに、お前が黙っていればいいことだ、内海。」伊東はそう言うと、内海を睨んだ。「もはや西本願寺への屯所移転は決定事項だ。どれだけ山南君が反対したとしても、無駄なことだ。まぁ、彼は簡単にはなびかないがね。」「どうするつもりなんですか?」「それをお前に言っても仕方がないだろう?さてと、わたしは部屋で休むとしよう。」 伊東はそう言って笑うと、離れへと入っていった。(全く、何を考えているのかわからないな、あの人は・・)にほんブログ村
「僕が、何か企んでいると?」「いえ・・何も・・なぁ?」「ああ。双葉様、そろそろ部屋に戻らねぇと。」「んだなし。」伊東が自分達の方へと近づいてくるのを見た双葉とゆきは、そう言うと慌てて部屋へと戻っていった。「つれない子達だね・・そんなに、僕が嫌いなのか・・」「伊東さん、子どもを脅かすのは止めた方がいいですよ?」「内海、居たのか。」伊東はそう言って、自分の真後ろに立つ内海を見た。彼とは江戸で道場を経営してた頃から親しくしており、密かに新選組の動きを探らせていた。「近藤君達は、今回の屯所移転に賛成のようだね?」「ええ。向こうは乗り気です。ですが、一人だけ反対する者が・・」「山南君か・・まぁ、彼のことは僕に任せたまえ。」「そうですか・・」 数日後、伊東に呼び出され山南は祇園の茶屋へと向かった。「山南君、待っていたよ。」「伊東さん、どうしてわたしをこんな所へ呼び出したのかわかりますよ。」「さすが、鋭い人だね。君にお願いがあるんだよ。今回の屯所移転の件、呑んでくれないか?」「それは・・」「いいかい、君は近藤君とは試衛館以来の同志なんだろう?こんなつまらないことで彼らと仲違いをしたら、ますます君の立場が悪くなるだけだ。」「それは・・」「まぁ、仮に近藤君たちと袂を分かっても、僕が君を受け入れてあげるよ。」「伊東さん、あなたは一体何を考えているんですか?」「僕は帝をお守りするために、上洛したんだよ。」「では・・」「どうしたんだい、そんなに怖い顔をして?」伊東はそう言うと、山南にニッコリと笑った。「山南君、僕の事を助けて欲しい。」「それは、一体・・」「異人を打ち払い、帝が治める国とする為に、僕はどんなことでもするつもりだよ。」「伊東さん・・まさかあなたは・・」「その“まさか”さ。」不意に部屋の襖が開き、数人の男達が部屋に入ってきた。「この者達は?」「君達と会津藩によって、京を追い出された者達さ。やり方は違うが、僕と彼らが考えていることは同じだ。」「新選組じゃと!?」「こげな者を伊東さん・・」山南が新選組の者だと解ると、男達は彼を睨みつけた。「君達、落ち着きたまえ。僕達は話し合いに来たんだから。」「新選組の奴と結託するとは、聞いとらん!」「僕はあいつらの仲間になった訳じゃない。表向きは彼らに協力しながら、裏で君達の手助けをしているのさ。その手助けとやらを、山南君にも手伝って貰いたいと思ってね。」伊東はそう言うと、山南を見た。「僕に、どうしろと・・」「何もしなくていい。けど、近藤君達の動きを逐一僕に報告してくれないか?容易いことだろう?」伊東が自分に微笑むのを見ながら、山南は彼が抱える底知れぬ闇の存在に気づき始めていた。「済まないが伊東さん、あなたに協力は出来ない。これで失礼する。」山南が部屋から出て行くのを見た伊東は、溜息を吐いた。「簡単に落とせると思ったけれど、難しいね。」「伊東さん、どうする?新選組や会津藩は、長州の残党狩りを・・」「そうじゃ。いつ俺達が捕まるかもわからんのに・・」「まぁ、そう騒ぐな。僕にいい策がある。」伊東は帯に挟んでいた扇子をそっと開くと、その陰でフッと笑った。「山南さん、何処行ってたんだよ?」「ちょっとそこまでね。」「ずりぃな~、俺も連れて行ってくれよ!」「まぁそう言うな、平助。今度連れてってやるから。」藤堂平助がそう言って唇を尖らせると、山南はそう優しく彼を宥めた。「いつまでも子ども扱いしないでくれよ!」「ああ、わかった、わかった。」「また子ども扱いする!」にほんブログ村
「カロリーメイトに懐中電灯、それにサバイバルナイフ・・色々と役に立ちそうですね。」「ええ。でもパソコンは持ってきませんでした。」「まぁ、ここでは無用の長物ですものね。でもこれ、何処で使うんです?」「詩織から、あと数年もすれば会津が戦になると聞いた。会津は戦となれば滅ぶまで戦う。戦になった時に、これをにしらに使って貰いてぇんだ。」「覚馬さん・・」秀哉はこれから会津藩が時代に翻弄されていくという残酷な事実を覚馬が受け止めている事を知り、驚いた。「俺はもうすぐ目が見えなくなる。殿の為に戦いたくても、それが出来ねぇ。だけんじょ、俺は俺なりのやり方で会津を守る。」「わたしもお手伝いします、覚馬さん。」「ありがてぇ。」そう言って笑い合う詩織と覚馬の姿を見ながら、秀哉はそっと部屋から出て行った。「詩織さん、戻ったの?」「まぁね。今は二人の邪魔をしない方がいいと思うよ。」「何だよ、つまんねぇの。」登は舌打ちすると、自分の部屋へと戻っていった。「全く、あれで戦えるのかな?」秀哉は溜息を吐くと、自分の部屋へと入った。 一方、新選組は、“ある問題”で隊内が揺れていた。「屯所を西本願寺に移転するだって?それは本気なのかい、土方君!?」温厚な人柄で知られる山南が初めて声を荒げるのを見た双葉は、思わず彼の顔を見た。「俺は本気だぜ。この屯所は手狭になってきたからな。」「だがね・・」「僕は土方君の意見に賛成ですよ。西本願寺は敵の牙城だけれども、長州を牽制するにはもってこいだ。」「しかし・・」「長州を禁門の変で京から追い出してからあいつらはなりを潜めているようだが、油断は出来ねぇ。早めに行動しておいた方がいいだろ。」「そうだな・・」歳三の言葉に近藤はそう言って頷いた。「山南さん、あんたが心配している事はわかるが、今回の事はわかってくれねぇか?」「土方君、僕の意見は関係ないというんだね?」「ああ、そうだ。」「では、僕はこれで失礼する!」山南が憤然とした様子で部屋から出て行くのを双葉は慌てて追い掛けようとしたが、斎藤に止められた。「止めておけ。」「だけんじょ・・」「後は、土方さん達に任せておけばいい。お前達が口を出すことではない。」「わかりました・・それではお休みなさいませ。」「ああ、お休み。」双葉は布団に包まって横になったものの、目が冴えてなかなか眠ることが出来ずにいた。「双葉様、起きてっか?」「ゆき様?」双葉が部屋から出ると、廊下にはゆきの姿があった。「やっぱり、ゆき様も眠れなかったんだなし?」「ええ。何だか、西本願寺に屯所を移転するとかいう話が最近出てんな。」「ああ。だけんじょ、西本願寺は長州と深い繋がりがあるっていう噂が・・」「これから、色々と揉めるな。何せあの伊東先生が・・」「僕が、どうかしたのかい?」 縁側でゆきと双葉が屯所移転について話していると、伊東が離れから出て来た。にほんブログ村
2013.08.02
「お姉ちゃん、それ本気で言ってるの?」「ええ、本気よ。」結婚式を終えた後、詩織と覚馬は美砂をホテルの部屋へと呼びだし、今までのことを彼女に話した。「それじゃぁ、これから二人は幕末に戻っちゃうの?」「ええ。向こうの事が気掛かりだから・・お父さん達には、長い新婚旅行に行くってことだけを言っているわ。」「そんな・・」「泣かないで、美砂。あんたを置いて幕末に戻るのは辛いわ。」自分の胸に顔を埋めて泣く美砂の頭をそっと詩織は撫でると、覚馬を見た。「美砂、父上様達のこと、宜しく頼む。」「わかった・・二人とも、気を付けてね。あたし、そろそろ戻らないと。」「ごめんね、美砂。」「すぐに戻って来るんだよね、お姉ちゃん?」「それは、わからない・・でも、いつかこっちに戻って来ると思うから、心配しないで。」 姉夫婦の部屋から出た美砂は、シャワーを浴びながら涙を流した。「どうしたの美砂?」「何でもない。」「お姉ちゃんが居なくなって寂しくなったのね、可哀想に。」そう言って自分を宥める悦子を前に、美砂は真実を話すことが出来なかった。「もうそろそろ時間だな。」「ええ。」「もう、後悔はしねぇか?」「行くと決めたんです、あなたと一緒に。」「そうか・・」 皆が寝静まった真夜中、詩織と覚馬はホテルの中庭へと向かった。もうすぐ、幕末に戻れる時間帯になる。「覚馬さん、わたしどこまでもあなたと一緒に居ます。」「俺もだ。」覚馬はそう言うと、上空に浮かぶ月を見た。「もうすぐだな・・」「ええ。」冬の風が頬を冷たく撫でるのを感じ、詩織はそっと目を閉じた。また、両親達を置いていってしまう。だが覚馬と幕末に戻ることを決めたのは、自分自身だ。もう、引き返すことはできない。「行くか。」「ええ。」やがて月光が二人を照らした時、周囲の景色が徐々に変わっていくのを詩織は感じた。不安がる詩織を安心させようと、覚馬はそっと彼女の手を握った。「着いたぞ。」「そうですか・・」詩織が周りを見渡すと、そこは確かに幕末の京都だった。「無事に、戻って来たんですね。」「夜は危ねぇ。黒谷に向かうぞ。」「わかりました。」雪がしんしんと降り積もった道を滑らないように気をつけて歩きながら、詩織は覚馬とともに黒谷にある会津藩本陣へと戻った。「詩織さん、覚馬さん!」「北原さん!心配掛けてごめんなさい!」「いえ、いいんです。それよりも、結構持ってきましたね。」秀哉はそう言って、二人が背負っている登山用リュックを指した。「色々と役に立つ物を持って来たんです。」「そうですか。取り敢えず、中へどうぞ。」「ええ・・」 邸の中へと入った二人は、登山用リュックの中の物を取り出した。にほんブログ村
「岡田さん、あなたは金と引き換えに、良心を売ったのか!?」「仕方ないだろう、奴らに弱みを握られて雁字搦めにされていたんだ!」岡田はそう言って田淵を睨み付け、彼の手からUSBメモリを奪い、それを思い切り踏みつけた。「これで、犯罪の証拠は隠滅できたな。」「そうでしょうか?実はね、それはコピーなんですよ。」「何だと!?」自分に向かって勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた岡田に向かって、田淵は冷静沈着とした様子でそう言うと、岡田の顔から血の気が失せた。「原本は、しかるべき所に送りました。」「何だと・・」「あなたは確実に法によってその罪を裁かれることでしょう。どうぞ、ご家族のためにも罪を償ってくださいね。」呆然と立ち尽くす岡田の脇を通り抜け、田淵はそう言うと部屋から出て行った。「佐々木大輔が絡んでいた事件、一気に解決しましたね。」「ああ。西山、お前のお蔭だ。」「いいえ。僕は警察官として当然のことをしたまでです。」 退院する西山に田淵がそう言うと、彼は照れ臭そうに笑った。「だが、唯一気がかりなのは、失踪した被害者達の消息がわからないということだけだな。彼らは今、何処に居るんだろうな?」「無事だといいんですけど・・北原さんも。」 田淵と西山が病院を後にしたのと同じ頃、都内のウェディングサロンでは、詩織が覚馬を連れてウェディングドレスの試着に来ていた。「どう?」「似合う。」「さっきからそればっかり。」「お前ぇが着る物は何でも似合う。まぁ、土台が良いから・・」「もう、覚馬さんったら!」幼い子どものようにはしゃぐ詩織を見て、覚馬はふと視界が霞んだことに気づいた。「どうしたの?」「いや・・」「もしかして、目が・・」「そうかもしれねぇ。」「近いうちに病院に行った方が・・」「お前ぇには迷惑掛けられねぇ。それよりも、美砂はなじょしてる?」「あの子なら、実の両親に会いに行ってるわ。上手くいくといいんだけど・・」「心配すんな。」覚馬はそう言うと、そっと詩織の肩を抱いた。「美砂、今まで放っておいてごめんね・・」「悪かったと思ってるんだよ、美砂。」 実の両親に会い、美砂はいきなり彼らにそう言われ、彼らに対する怒りが消えていくのを感じた。「ねぇ、どうしてわたしを捨てたの?何か事情があったんでしょう?」「経営していた会社が倒産して、夜逃げするしかなかったんだ。まだお前の兄さんは3歳で、その子を育てていくだけでも精一杯だったんだ。本当にすまない・・」「本当はあなたも育てたいと思っていたのよ、美砂。いつか時機が来たら、ちゃんとあなたを迎えに行こうとしてたの・・そしたら、今度は・・」「お父さん、お母さん・・これからは、あなた達のことそう呼んでもいいよね?あたしにとっての両親は、宮島の両親でもあるけれど、そうあなた達のことを呼びたいのよ。」「いいわよ。ねぇ美砂、お兄ちゃんに会ってちょうだい。お兄ちゃんには、あなたのことを話してあるから。」「わかった・・」 実の兄と会うのは気が進まなかったが、現実をしっかりと受け止めるために、美砂は彼に会うことにした。 無菌室に居る兄は、生気のない顔を美砂に向けたかと思うと、嬉しそうに涙を流した。「お兄ちゃん・・」「美砂、ごめんな。今まで沢山、お前の事傷つけて・・」「ううん、いいの。こうして会えたんだから・・」長い間生き別れとなった兄妹の会話を、美砂の実の両親は涙を流しながら聞いていた。「そう・・向こうのご両親に会ってきたのね。それで、美砂はどうするつもりなの?」「あの人達と暮らそうと思うの。お姉ちゃん達と別れるのは辛いけど・・」「何言ってるの。離れ離れになっても、あんたはわたしの妹よ。これからも遠慮せずに、ここに来て。待ってるから。」「ありがとう、お姉ちゃん。」美砂はそう言うと、涙を流しながら詩織に抱きついた。「お姉ちゃん、覚馬さんと幸せにね。」「わかってる・・」 数ヵ月後、覚馬と詩織は都内の結婚式場で結婚式を挙げた。「覚馬さん、わたし幸せです。」「俺もだ。」幸せそうに微笑み合う覚馬と詩織は、ある決意を固めていた。「これで、みんなとお別れですね・・」「悲しいか?」「いいえ、ちっとも・・」にほんブログ村
癖のある髪を肩の長さまで伸ばし、無精ひげを生やした男は、西沢慎治といって、田淵とは長年親しいジャーナリストだった。「何ですか、特ダネって?」「これなんだがな・・俺の後輩が銀行の貸金庫に保管していた物なんだ。これには、あの佐々木大輔の悪事を裏付けるものが入っている。」「それで?」西沢の目が、獲物を狙う肉食獣のように光った。「これをお前に託す。もう既にコピーは取ってある。これをマスコミに流せば、佐々木親子はおしまいだ。」「わかりました。それじゃ、また。」「くれぐれも気をつけろよ、西沢。あいつら、何をしでかすかわからんからな。」「わかってます。」 西沢と別れ、ホテルを出た田淵は、地下鉄のホームで電車を待っていた。後のことは、西沢に任せておけばいい。田淵は時計を見ながら電車が遅れていることに気づいた。タクシーで帰ろうかと、彼がホームを後にしようとした時、背後で誰かが自分の背中を押す感覚がした。「大丈夫ですか!?」慌てて両足を踏ん張り、線路には転落しなかったものの、田淵は足早に階段を駆け上がって行く女の姿を捉えた。「待て!」「何すんのよ、離して!」女は必死に田淵から逃げようとしたが、靴のヒールが折れて無様に改札の前で転倒した。「俺を殺そうとしていただろ?」「だって、あんたが素直にあのUSBメモリを渡してくれなかったから・・」「言い訳は後で聞こうか。」田淵は女が逃げられぬよう、彼女の両手に手錠を掛けた。「お前は、佐々木大輔とどういう関係だ?」「大輔とは、ただの遊び友達よ。あいつ、あたしにこう言ったのよ。“すぐに借金が返せる簡単なバイトをしてみないか”って。それで・・」「枡清美を売人として雇い、南部秀明ととともに違法薬物を売り捌いていたってか?」「そうよ。でも、あたしは何も知らなかったの!それだけは信じてよ!」田淵は女を睨み付けると、取調室から出て行った。「あの女・・太田美樹は確実にクロです。佐々木大輔に騙されたと言ってますが、あの女が共犯であることが、すぐにわかるでしょう。」「どうしてそう言いきれるんだ?」「わたしは、佐々木大輔が主犯であるという重要な証拠を持っているんですよ。」「そうか・・田淵、それをわたしにも見せてくれないか?」「ええ・・」田淵は、刑事部長の岡田が急にこの事件に興味を持ち始めた事を不審に思いながらも、あのUSBメモリをパソコンに挿し込んだ。「これは・・」「佐々木大輔と太田美樹達が今までしてきた犯罪行為の証拠が、ここに残されています。」「田淵、これを幾らで譲ってくれるんだ?」「岡田さん、それは正気ですか?俺に、犯罪者を見逃せと?」「いや、そうじゃない。組織を守る為だ。」岡田の言葉を聞いた田淵が驚愕の表情を浮かべて彼を見ると、彼はフッと笑った。「そんなに驚くことはないだろ?」「岡田さん・・あんたまさか・・」「敵を欺くにはまず味方から、とよく言うだろう?」にほんブログ村
田淵の応急処置で、西山は搬送された病院で一命を取り留めた。「犯人はドアから堂々と部屋に侵入したみたいですね。」「そうか・・」 事件現場となった西山の部屋を見ながら、田淵は彼を襲った犯人が今回の事件の黒幕ではないのかとにらんでいた。「西山のパソコンは?」「データーが全部削除されてます。犯人が消したんでしょうか?」「そうだろうな。」「田淵さん、さっき病院から連絡があり、西山が意識を取り戻したそうです。」「そうか。悪いが、ここはお前達に任せる。」 後輩達に現場を任せ、田淵は西山が入院している病院へと向かった。「先輩、すいません・・」「謝るな。それよりも西山、お前を襲った犯人の顔を見たか?」「ええ、少しだけ。犯人は、女でした。」「女?」「年は20代後半から30代前半。水商売風の女でした。昨夜遅く、突然部屋に入って来て、“例のもの”を出せって・・」「“例のもの”?」「多分、違法薬物の顧客リストだと思います。けど、僕は部屋にはそんなものは置いていませんでした。」「じゃぁ、何処にあるんだ?」「銀行の貸金庫です。」西山はそう言うと、貸金庫の鍵を田淵に手渡した。「先輩、気を付けてください。今度は、奴らは先輩を殺すつもりで居ます。」「わかってる・・西山、今はゆっくり休めよ。」「わかりました。」 西山の病室から出た田淵は、背後に視線を感じて振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。「あなた、田淵さん?」「そうですが、あなたは?」「誰だっていいじゃない。それよりも、あいつから貸金庫の鍵預かったんでしょう?それ、あたしに寄越しなさいよ。」「それは出来ませんね。これは事件解決へと繋がる大事な証拠品なのでね。」「何ですって・・」女性はそう言うと、田淵を睨みつけた。「あんた、痛い目に遭いたいの!?」「あなたはどちら様ですか?」「おい美樹、何してんだ!」女性と田淵が睨み合っていると、突然黒いスーツを着た男が二人の間に割って入って来た。「失礼ですが、あなたは?」「すいません、俺の連れが失礼なことをしまして。美樹、行くぞ!」「でも・・」「ここで俺に恥をかかせるんじゃねぇ!」男はそう言って女性の腕を掴むと、足早に病院から出て行った。 病院から出た田淵は、その足で銀行へと向かった。「知人に頼まれたんだ。この貸金庫の鍵を開けたいんだが・・」「かしこまりました。ではこちらへどうぞ。」銀行員に連れられ、田淵は貸金庫が保管されてある場所へと向かった。西山の貸金庫の鍵を開けると、その中にはUSBメモリが入っていた。「ありがとうございました。」「またのお越しを、お待ち申し上げております。」 帰宅した田淵は、そのUSBメモリをパソコンに挿し込み、中身を確かめた。そこには、違法薬物の顧客名簿リストと、佐々木大輔が絡んでいる数々の犯罪の証拠が入っていた。「もしもし、田淵だ。あんたに特ダネの情報を与えてやるよ。その代わり、ひとつ頼まれてくれねぇか?」 数分後、都内のホテルのロビーで田淵はある人物と待ち合わせていた。「田淵さん、お待たせしました。」「おお、来たか。」にほんブログ村
数分後、西山は事件の捜査資料をテーブルに広げながら、田淵に事件の真相を話し始めた。「被害者達が失踪する事件の数日前、新宿のクラブで違法薬物の取引が行われているという匿名の通報がありましたよね?」「だが、結局取引現場を押さえることはできなかった。それが、この事件にどう関係しているんだ?」「実は、吉田双葉が通っている高校の生徒達の何人かが、この違法薬物を校内に密かに持ち込んで、売人として売り捌いていたそうです。」「お嬢様学校が聞いて呆れるな。」「でしょう?吉田双葉と同じ学年で、隣のクラスに在籍している枡清美っていう子・・その子も、売人だったそうです。」「確か、彼女の父親は代議士だったな。彼女が違法薬物を何処で手に入れたのかが判らんな。」「違法薬物は、あの南部秀明がインターネットで購入して、清美達売人に渡していたそうなんです。」「あいつが?」田淵の顔が、みるみると強張ってゆくのを見て、西山は更に言葉を続けた。「その違法薬物を南部に購入させ、枡清美達に売り捌いていた張本人こそが、あの佐々木大輔だったというわけです。」「どいつもこいつも腐っていやがるな。小遣い稼ぎの為に・・」「枡清美達は、違法薬物の事を、“勉強が集中できるサプリメント”としか伝えられていなかったそうなんです。ですから、それがどんな危険な物なのか知らずに・・」「彼女達には罪はない、か・・確かに、枡清美達は佐々木達に操られていただけだ。」「今頃、佐々木代議士の事務所と自宅がガサ入れされているでしょうね。佐々木大輔は、余り利口な男ではありません。」「そうか・・ただの失踪事件だと思ったら、違法薬物が絡んでいるとはな・・」「ええ。それに思ったよりも根が深い。今回の一件で佐々木大輔が逮捕されても、黒幕は他に居ると、僕は考えています。」「まだまだ油断できないな。」田淵はそう言うと、溜息を吐いた。 単なる失踪事件だと思っていたが、その裏にはとんでもない陰謀が絡んでいた。黒幕の一人が逮捕されたとしても、また誰かが悪事に手を染める。キリがない。「西山、もう帰れ。」「そうですね。ではまた。」「ああ。」 西山が部屋から出て行くのを見送った田淵は、机の上に置かれた捜査資料に目を通した。(必ず、黒幕を捕まえてみせる。) 翌朝、田淵がテレビを付けると、佐々木大輔が違法薬物所持の容疑で逮捕されたというニュースが流れていた。「先輩、おはようございます。」「西山はどうした?」「それが・・何度携帯に掛けても出なくて・・あいつが無断欠勤なんてする訳ないのに・・」「西山が住んでいるマンション、わかるか?」「はい・・」田淵は妙な胸騒ぎを感じ、西山が住むマンションへと向かった。「西山さん、開けますよ?」管理人とともに田淵が西山の部屋へと向かうと、ドアには鍵が掛かっていなかった。「西山、何処だ!」土足のまま部屋の中へと上がった田淵は、西山はベッドの上で胸から血を流して倒れていた。「救急車、救急車呼んでください!」慌てて部屋から出て行く管理人を横目で見た田淵は、西山に心臓マッサージと人工呼吸を施した。にほんブログ村
「う・・」「河内さん、大丈夫ですか?」「わたしは・・どうして病院に?」「あなたは一ヶ月前、何者かに路上で襲われたんですよ?覚えていませんか?」 何者かに銃撃され、生死の境を彷徨っていた河内が漸く意識を取り戻したのは、その一ヶ月後のことだった。夏は終わりを告げ、厳しい残暑に東京は見舞われていた。「あいつは・・北原はどうしている?」「北原さんは、まだ行方がわかっていません。」西山がそう言って河内を見ると、彼は落胆した様子で項垂れた。「あいつが、無事だといいんだが・・」「僕達も、北原さんの無事を祈っています。それよりも河内さん、今回の事件で、何か真相を掴んでいるんですか?だとしたら、その情報を僕達にも教えてくれないですか?」「済まないが、それは駄目だ。」「どうしてですか?」「西山、止めろ。まだ河内さんは本調子じゃないんだ。」「でも・・」「河内さん、今日のところはこれで失礼します。お身体、お大事になさってください。」田淵はそう言って西山の腹を肘で突くと、河内の病室から出て行った。「先輩、どうして止めたんですか?河内さんなら・・」「西山、お前が一刻も早く事件を解決したい気持ちはわからなくはないが、河内さんの気持ちを少しでも考えてみろ。北原が居なくなって一番辛い思いをしているのは、誰だと思う?」「そ、それは・・」「わかっているなら、もうあんな事はするなよ。」「わかりました。それより、今夜先輩の部屋に行ってもいいですか?」「ああ・・ただ、厄介な同居人が居るから、それは気にするなよ。」「厄介な同居人?誰ですかそれ?」「行けばわかる。」「田淵さん、待っちょったぜよ~!丁度カレーっちゅうもんが出来たところじゃぁ~!」「龍馬さん、いつもかいがいしく食事を作ってくれるのはありがたいんですがね、近所にお裾分けをするのは止めて貰えませんか?」 田淵が西山を連れて帰宅すると、割烹着姿の龍馬が両手に大きなカレー鍋を持って彼らを笑顔で出迎えてくれた。「この人が、先輩の同居人ですか?」「わけあって、俺がこいつを引き取ることになった。龍馬さん、こいつは俺の後輩の、西山だ。」「初めまして・・」「兄ちゃん、いつもこいつが世話になっとるのう!ちょっと待っちょれ、今用意するき!」「何だか・・賑やかな人ですね。」「まぁな。」龍馬は冷蔵庫から冷えたビールを取り出しながら、二人の前に置いた。「龍馬さん、いつから田淵さんと暮らしているんですか?」「一ヶ月前からぜよ!路頭を迷うてたところを田淵さんが拾うてくれたがじゃ!」「へぇ、そうなんですか。」「西山、食が進んどらんぜよ!どんどん食べるがじゃ!」龍馬は有無を言わさず、西山の皿にカレーを追加した。「あ、ありがとうございます・・」ハイテンションな龍馬に少しひきながらも、西山は田淵と彼と三人で食卓を囲んだ。「先輩、あの人と居て疲れないんですか?」「最初は戸惑ったが、もう慣れたさ。それよりもあいつはもう寝たし、お前がここに来たのは、事件について話がしたいと思ったからだよな?」「・・鋭いですね、先輩。」 西山はそう言うと、姿勢を正して田淵を見た。「実は、この事件の犯人、もう判っているんです。」「何だと!?」にほんブログ村
2013.08.01
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「今まで、家の中であたしだけが仲間外れにされていると思い込んでいたんです。お父さん達がお姉ちゃんばかりを可愛がるのは、血の繋がりがあるから・・」「何を言う。血の繋がりがなくても、子を愛さねえ親なんて居ねぇ。にしは幸せ者だ。」「覚馬さん、ご兄弟は?」「年の離れた妹と、弟が居る。妹は八重っつって、お前ぇと同じ年くらいだ。」「どんな人なんですか?」「女子の癖に鉄砲習いたがって、女が口出しちゃならねぇことを口出しして父上にいつも叱られてる。だけんじょ、八重は一本筋が通った女子だ。嫁の貰い手がねぇのがな・・」「格好いい妹さんなんですね。」「まぁな。俺にとっちゃ自慢の妹だ。」暫く美砂は、覚馬から彼の妹・八重の話を聞いた。「もうそろそろ戻ります。叔母さんがまたあたし達に隠れて母さんを苛めてないか監視しないと。」「いい年した大人が、そんなことするわけねぇ。」「それは偏見ですよ、覚馬さん。最近大人同士でも、陰湿ないじめをする人が多いんですよ?しかも、下らない理由で。」「下らない理由?」覚馬がそう言って美砂を見ると、彼女は溜息を吐いた後次の言葉を継いだ。「うちの母さんは、息子が産めない事で死んだお祖母ちゃんや叔母さんに苛められていました。そんなお祖母ちゃんだって、娘を三人しか産んでいないのに。その事が原因でお祖母ちゃんも死んだお姑さんから散々いびられたことを忘れたのかしら?」「もう済んだ事だ。」「でも・・」「今日はお前ぇの婆様をあの世に送り出す日だ。余り恨み事ばっかり言うと、祟ってくんぞ?」「そうですね。覚馬さん、この前は酷い事言ってごめんなさい。お姉ちゃんの事、宜しくお願いしますね。」美砂はそう言うと、覚馬に頭を下げて和室から出て行った。「あの人と、何話してたの?」「何も。昌男さんには関係のない話よ。」外で煙草を吸っていた昌男は、上機嫌な様子でキッチンへと戻る美砂を見かけ、そう彼女に話しかけると、そんな返事が彼女から返ってきた。「なぁ美砂ちゃん、もうあの人と詩織ちゃんのことを認めてるのか?」「認めるも何も、わたしはお姉ちゃんの幸せを願っているわ。だから昌男さん、あなたがお姉ちゃんを諦めれば、上手くいくのよ。」「そんなことはしない。」「強情な人よね、昌男さんって。そういう所、昔からあたし嫌いだったわ。」美砂は昌男を見てそう言うと、彼に背を向けてキッチンへと戻っていった。「・・何だよ、僕の気も知らないで。」昌男は吸い終った煙草の吸殻を地面へと放り投げると、それを革靴の踵で潰した。 父方の祖母が亡くなってから時間があっというまに過ぎてゆき、四十九日の法要を終えた後、久志は美砂を自分の部屋へと呼んだ。「話って何、お父さん?」「美砂、お前の実の両親が、お前に会いたがっているんだ。」「どういうこと?」「実はな・・」 久志は、香織の話をそのまま美砂に伝えると、彼女は怒りで顔を歪めた。「わたしを捨てておいて、息子を助けたい為だけにわたしに会いたいって?身勝手過ぎるじゃないの!」「一度だけ、会ってみろ。」「嫌よ、さっきの話を聞いただけでも気分が悪くなったっていうのに!」「美砂・・」「わたしには、お父さん達とお姉ちゃんが居ればいいの!」にほんブログ村
「あたし、出るね。」「頼むわ、美砂ちゃん。あたし達は今手が離せないから。」 キッチンから出た美砂は、制服の上にエプロンを掛けた姿のまま玄関で来客に応対した。「いらっしゃいませ。」「あの、こちらは宮島さんのお宅ですよね?」「はい、そうですけれど・・うちに何かご用でしょうか?」「お父様は、御在宅でしょうか?」「はい。今呼んで参ります。」突然宮島家にやって来た喪服姿の女性に、美砂は怪訝そうな目で彼女を見ながらも、父が居る仏間へと向かった。「お父さんにお客さんよ。」「どんな人だ?」「女の人。年は40代の半ばあたりの人。」「そうか。」「じゃぁあたしはキッチンに戻ってるね。」 暫くすると、謎の女性と父が仏間へと入って行くのを美砂は見た。一体彼女は、父に何の用があるのだろうか―美砂がそう思いながら仏間の前へと行こうとした時、キッチンから悦子の怒声が響いた。「美砂ちゃん、早く戻って来て!」「はぁ~い。」「すいません、こんな所でしかゆっくりと話せないものですから・・」「構いません。こちらこそ、急に押しかけて来てしまって・・」女性はそう言うと、詩織の父・久志に頭を下げた。彼女は宇津木香織といって、美砂が捨てられていた乳児院・愛育院の元職員だった。「今日は、どのようなご用件でうちにいらしたんですか?」「実は、美砂ちゃんの実のご両親のことでお話しがございまして、失礼を承知でそちらに連絡もせずに伺いました。」香織はそう言うと、鞄の中から書類が入った封筒を取り出し、それを久志に手渡した。「そこに、美砂さんの実のご両親のお名前とご住所が記載されています。」「何故、今頃になって美砂の実の親が、あなたに連絡を?」「実は・・美砂さんのご両親には、男のお子さんがいらして、美砂さんにとっては実のお兄様にあたる方が不治の病に罹られているのです。」「不治の病、といいますと?」「再生不良性貧血です。治療法は・・」「骨髄移植ですよね?確か、親・兄弟間で白血球の型が一致する確率が高いとか。」「宮島さん、一度美砂さんの実のご両親に会っていただけないでしょうか?」「今すぐにお返事は出せません。せめて、母の四十九日の法要が終わるまで、待っていただけないでしょうか?」「わかりました・・先方には、そう伝えておきます。」香織は少し落胆したような表情を浮かべると、久志に一礼して仏間から出て行った。「お父さん、あの人は?」「美砂、後で話がある。」「わかった・・」いつになく真剣な表情を浮かべている久志の顔を怪訝そうに見ながら、美砂は詩織の様子が気になって和室へと向かった。「お姉ちゃん、入るよ?」「美砂か、入れ。」和室の襖を開き、美砂が中へと入ると、覚馬が詩織の頭上を団扇で扇いでいるところだった。「エアコン、入れればいいのに。」「冷たい風はかえって身体に毒になる。」「山本さん、あたしの事お姉ちゃんから聞いたんでしょ?あたしが貰い子だってこと。」「ああ、聞いてる。」覚馬はそう言うと、何かを言いたそうな顔をしている美砂を見た。にほんブログ村
「詩織ちゃん、どうしたの?」「ううん、何でもない・・」詩織は怪訝そうな目で自分を見る昌男にそう言うと、覚馬が居る和室へと戻った。「なじょした?」「少し吐き気がして・・」「余り無理するな。」「ごめんなさい・・」「母上様を呼んでくるから、少し待ってろ。」覚馬はそう言って和室から出て行った。「詩織ちゃん、本当に大丈夫?」覚馬と入れ違いに、昌男が和室に入って来た。「さっき少し吐き気がして・・多分夏バテだと思う。」「そう・・それよりも詩織ちゃん、あの人と本当に結婚するつもりでいるの?」「どうして、そんなこと聞くの?」「まだ、詩織ちゃんの事を諦めていないから。」「昌男さん、わたしは・・」「わかってるよ。詩織ちゃんが、あの人しか見ていないってことくらい。でも、僕はあの人を詩織ちゃんに渡したくない。」昌男はそう言うと、詩織の手を握った。「あの人のことは諦めて、僕と付き合って。」「そんな事、出来ない。わたしには覚馬さんしかいないの。」「待ってるから。」詩織はそっと昌男の手を離すと、彼にそっぽを向いた。「お願い、一人にして。」「わかった・・」昌男は少し落胆したような表情を浮かべると、和室から出て行った。「詩織、無理しないで休みなさい。後はあたしがやるから。」「ごめんなさい、お母さん。お母さんだって無理してるのに・・」 数分後、茂子が布団を敷き、その上に横になった詩織がそう言って母に詫びると、彼女は首を横に振った。「いいのよ。あたしはここで最後の嫁としての務めを果たすつもりでいるんだから。」「お母さん・・」茂子は詩織に微笑むと、和室から出て行った。「昌男さん。」「美砂ちゃんか。随分会わない内に大きくなったね。」「それ、さっき叔母さんにも言われた。お姉ちゃんなら、奥の和室で休んでるわよ。覚馬さんも居るわ。」「そうか・・」昌男は覚馬の名を聞いた途端、悔しそうに歯噛みした。「昌男さん、まだお姉ちゃんの事諦めてないの?」「諦めてないよ。だって詩織ちゃんとは、結婚する約束をしていたんだから。」「でもその約束って、一方的に叔母さんがお母さん達に取りつけただけのものじゃないの?大体、お父さんの実家は普通のサラリーマン家庭なのに、跡取りなんて必要ないじゃん。」「そ、それはそうだけど・・」「昌男さん、覚馬さんとお姉ちゃんのこと、邪魔しないでよね?邪魔したら、あたしが承知しないから。」ニコニコと笑いながら美砂はそう言うと、昌男の肩を叩いて茂子が居るキッチンへと向かった。「ねぇ美砂ちゃん、昌男知らない?」「さぁ。外で煙草でも吸ってるんじゃないの?お母さん、手伝おうか?」「悪いわね。じゃぁそっちお願いね。」「わかった。」美砂が包丁で野菜を切っていると、玄関のチャイムがけたたましく鳴った。にほんブログ村
「母さん、この人は?」 仏間に入った青年は、そう言うと覚馬をじっと見た。「昌男さん、こちらは山本覚馬さんと言って、お姉ちゃんとは結婚を前提にお付き合いされている方よ。」「結婚・・詩織ちゃん・・」青年―昌男は美砂の言葉を受け、驚きで大きく目を見開いた。「詩織ちゃん、どうして昌男を裏切るようなことを平気で出来るの!?この子は、詩織ちゃんが結婚して名古屋に来るの、楽しみにしていたんだから!」「叔母さん、わたしは昌男さんと結婚するなんて一言も言ってません、勘違いしないでください。」詩織がそう言って悦子を睨み付けると、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。「あなた、山本さんとおっしゃったわよね?詩織ちゃんとは、何処でお知り合いになられたの?お仕事は何を・・」「やめてくれよ、母さん。みっともない。」「昌男、あなたこんな何処の馬の骨とも知らない男に詩織ちゃんを奪われて悔しくないの!?」「悔しいけど、俺は詩織ちゃんのことを従妹としてしか見てないよ!勝手に母さんが・・」「もういいわ、みんなしてわたしを悪者にしたいのね!」悦子は仏間の襖を乱暴に閉めて出て行ってしまった。「すいません、みっともないところをお見せしてしまって・・」「いや・・俺の方こそ、邪魔してすまねぇ。詩織、俺は外の風に当たってくる。」「覚馬さん、わたしも行きます。」「駄目だ。お前はここに居ろ。」覚馬はそう言って立ち上がろうとする詩織を制すと、仏間から出て行った。「待って下さい!」背後から声がして覚馬が聞こえると、昌男が息を切らしながら覚馬を追い掛けて来た。「山本さん、詩織ちゃんとは一体どういう関係なんですか?」「どういう関係も何も・・詩織は、いずれ俺の嫁となる女だ。」「覚馬さん、ご家族は?」「会津には両親と妹、弟が居る。それに、妻と娘も居る。」「じゃぁ詩織ちゃんと結婚するとあなたは言っているけれど、会津に残したあなたの奥さんはどうするんですか?離婚するんですか?」「うらには詩織とのことをちゃんと説明して離縁しようと思っている。にしが心配することでは・・」「僕には関係ないとでも?山本さん、さっき言ったこと、あれは嘘です。僕は詩織ちゃんのことがずっと好きでした。子どもの頃からずっとね。結婚するなら彼女以外の人とは考えられない位に!でもその詩織ちゃんをあなたみたいな妻子持ちに奪われるなんて、我慢ならない!」昌男はそう言って怒りで顔を赤くすると、覚馬を睨んだ。「僕はこの結婚を絶対に認めない!」「にしが俺達の仲を認めなくても、俺は詩織を嫁にする。それを邪魔するようなら容赦なく叩っ斬る!」 昌男と覚馬の間で、静かに恋の火花が散った。「ごめんなさい覚馬さん、ついて来て貰って・・」「いいんだ。母上様はどうしておられる?」「今は奥の部屋で休んでいます。叔母さん達に散々こき使われて、休む暇がなかったから・・それよりも覚馬さん、昌男さんとさっき一体何を話していたんですか?」「それはにしには関係のねぇことだ。」「そうですか。それじゃぁ、お茶淹れて来ますね。」 キッチンで詩織が茶を淹れようとした時、茶葉の匂いが鼻先を掠め、彼女は突然激しい吐き気に襲われた。にほんブログ村
2013.07.31