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JEWEL

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完結済小説:金襴の蝶

2014年08月08日
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「お前は、實小路さんから何もされなかったか?」
「ええ。實小路さんは、交通事故で死んだ娘さんの代わりを僕に演じて欲しかっただけだったようです。それに、僕は真紀と間違えられて拉致されました。」
「そうか・・」
「土方先生、一ヶ月もみんなに迷惑を掛けてしまってごめんなさい。」
「いいんだ、お前が無事に帰って来たんだから、お前は何も気にするな。」
歳三が運転する車で一か月ぶりに帰宅した千尋がリビングに入ると、育子が涙を流しながら彼を抱き締めた。
「千尋、無事でよかったわ!」
「母さん、ただいま。」
「疲れたでしょう?お風呂沸いたから入りなさい。」
「わかった。」
自宅の湯船に入りながら、千尋はゆっくりと目を閉じて溜息を吐いた。
「土方先生、千尋が真紀君と間違われて拉致されたって、本当ですか?」
「ええ。誘拐犯は、真紀君を拉致してオリンピック出場を断念させようとしたみたいです。」
「犯人に心当たりはあるんですか?」
「ええ。俺にパーティーの招待状を送って来た實小路光忠です。實小路家と宮下家は敵同士ですから、真紀君を拉致して宮下家を困らせようと實小路は企んでいたのかもしれませんね。」
「そうね。」
「じゃぁ俺はこれで失礼します。」
「土方先生、お気をつけて。」
荻野家を出た歳三が実家に帰宅すると、渋面を浮かべた歳信がソファに座って酒を飲んでいた。
「只今帰りました。」
「歳三、實小路さんから先ほど苦情の電話があったぞ。」
「苦情の電話・・ですか?」
「ああ。お前が實小路さんの娘を拉致したとな。」
「俺は拉致などしていません。それに、千尋を誘拐したのは實小路が・・」
「黙れ。歳三、先方は娘を返さないつもりなら法的手段に訴えると言ってきた。
裁判沙汰にでもなったら、土方家の名誉に傷がつく。」
「俺にどうしろと言うのですか?」
「娘さんを實小路さんに返せ。」
「それは出来ません。」
「お前はわたしの言うことを聞かんな。あの時と同じだ。」
歳信はそう言って歳三を睨むと、ソファから立ち上がってリビングから出て行った。
「また父さんと喧嘩したの、トシ?」
「喧嘩じゃねぇ。姉さん、實小路家から苦情の電話がうちに来たって本当か?」
「ええ。ねぇトシ、今回起きたこと、ちゃんとあたしに解るように説明して頂戴。」
「わかった・・」
歳三はそう言って溜息を吐くと、スコッチを一口飲んで姉に今回千尋が巻き込まれた誘拐事件のことを話した。
「そう。千尋君は真紀君と間違われて拉致された挙句、實小路さんに監禁されていたなんて、大変な目に遭ったのね。それなのにどうして、實小路さんはあんたに千尋君を自分の元に返せなんて言ったのかしら?」
「さぁな・・姉貴、この話はあの人にちゃんと伝えておいてくれ。」
「わかった。ねぇトシ、あんた父さんといい加減仲直りしたら?」
「あの人と一生分かり合えることなんざ、出来ねぇよ。あの人と俺は違う人間だ。そんなこと、姉貴だって解っているだろう?」
「そうだけど・・」
「お休み。」

リビングを出て自分の部屋に入った歳三は、そのままベッドに横になった。

“いい加減、父さんと仲直りしたら?”

(ガキみてぇに、簡単に仲直りなんざできるかよ・・)

歳三は目を閉じて、歳信と口論した日の夜の事を思い出していた。

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最終更新日  2014年08月08日 21時34分19秒
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歳三は会場を見渡しながら、ここだけが時間が明治時代から止まっているような感覚に陥った。

「おや、土方さん。来てくださったのですね。」
「ああ、實小路さん、本日はお招きいただいて有難うございます。」
「いいえ。それよりもあなたの会社は年々急成長しておりますな。」
實小路光忠はそう言いながら、歳三を見た。
「わたしは会社の経営に携わっていないので、詳しいことはわかりません。」
「確か、土方さんは学校の先生をなさっておられるとか。」
「ええ。父から教師になることを反対していましたが、父の反対を押し切って教師になってから、実家とは絶縁しております。」
「そうですか。色々と大変だったのですね。」
「それに、妻との離婚で色々と実家で揉めましたし・・」
「土方さんは良い男ですから、必ず運命の人にまた出会えますよ。」
光忠はそう言って歳三に微笑むと、他の招待客のところへ向かった。

(つまらねぇから、もう出ようかな・・)

歳三がそんなことを思いながらシャンパンを飲んでいると、会場に一人の少女が入ってきた。
彼女は瑠璃色の美しいドレスを纏い、首には美しい真珠のネックレスをつけていた。
その少女は、千尋に瓜二つの顔をしていた。
「漸く来たんだね。やっぱり、そのドレスが一番似合っているよ、千尋。」
「實小路さん、その子は?」
「この子はわたしの娘で、千尋というのですよ。千尋、土方さんにご挨拶なさい。」
「初めまして。」
千尋はそう言って歳三に挨拶すると、彼の手に何かを握らせた。
「この子は身体が弱くてね、今まで伊勢にあるわたしの別荘で療養していたのですよ。」
「そうですか。千尋、他のお客様にご挨拶を。」
「はい、お父様。」
光忠と千尋が会場の隅に行ったのを確認した歳三は、彼から渡されたメモを開いた。

“夜8時半に、ホテルの屋上で待っています 千尋”

パーティーが終わったのは、夜の8時過ぎだった。

「千尋、わたしは千草と少し出かけて来るから、部屋で大人しくしているんだよ。」
「わかりました、お父様。」
光忠と千草が部屋から出て行くのを確認した千尋は、バッグの中からスマートフォンを取り出し、歳三にメールを打った。
『今すぐ屋上に行きます。』
千尋はドレスから普段着に着替えた後、そのまま部屋から出てエレベーターで屋上へと向かった。
同じ頃、歳三はホテルの屋上で千尋が来るのを待っていた。
「土方先生!」
「千尋、無事だったのか!」
千尋は息を切らしながら、歳三の胸に飛び込んだ。
「僕、實小路さんの別荘に今まで監禁されて・・一ヶ月の間、スマートフォンを取り上げられて、連絡が出来なくて・・」
「お前が無事でよかった。家まで送る。」
「はい・・」
「千尋・・わたしから逃げたのか・・」

部屋に千尋の姿がないことに気づいた光忠は、そう言うと手に持っていたキャンディーを握り潰した。

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最終更新日  2014年08月08日 16時58分58秒
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2014年08月07日

「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「何だい?」
「さっき、千草さんは僕の事を、“お嬢様”と呼びましたが・・」
「わたしと居る間、君にはわたしの娘として振舞って貰おう。」
「そんな・・」
「大人しくしていれば、君をご両親のもとに帰してあげるよ。」
光忠はそう言うと、千尋に微笑んだ。
「旦那様、失礼いたします。」
「おう、やっと来たか。」
夕食の後、千尋は浴室で湯船に浸かりながらこれから自分がどうなってしまうのかが不安で堪らなかった。
「千尋お嬢様、失礼いたします。」
「千草さん、實小路さんには娘さんがいらっしゃったんですか?」
「ええ・・ですがお嬢様は、3年前に交通事故でお亡くなりになりました。お嬢様が生きていらっしゃれば、千尋様と同じ年でした。」
「そうですか・・」
「千尋様、わたし達はあなたに危害を加える気はありません。事故でお亡くなりになったお嬢様の代わりに、旦那様の心を慰めて欲しいのです。」
「そうすれば、僕を家に・・両親のもとに帰していただけるんですね?」
「はい。」
「わかりました。」
「これから、宜しくお願いいたします、千尋お嬢様。」
「こちらこそ宜しくお願いします、千草さん。」

千尋が何者かに拉致されてから一ヶ月が経った。

「土方先生・・」
「お母さん、警察の方から連絡は?」
「いいえ。ごめんなさいね土方先生には迷惑をおかけしてばかりで・・」
「謝らないでください。」
荻野家を訪ねた歳三は、そう言うとソファに座っている育子の手を握った。
「千尋は必ず見つかりますよ。きっと、俺達の前に帰ってきます。」
「そうね・・」
帰宅した歳三が実家のリビングに入ると、そこには仕事人間で滅多に家には帰って来ない父・歳信が不機嫌そうな表情を浮かべながらソファに座っていた。
「父さん、帰っていたんですか。珍しいですね、あなたがこんなところに居るなんて。」
「自分の家に居ちゃ悪いか?」
「いいえ。」
「歳三、さっきお前宛にこんなものが届いた。」
「はぁ・・」

歳信から實小路家の蜜蝋が捺された招待状を受け取った歳三は、ペーパーナイフでその封を切った。

『土方歳三様、今宵8時に横浜グランドホテルにて舞踏会を開催いたしますので、是非ご出席お願いいたします。』

「實小路家といえば、戦後の華族制度廃止の憂き目に遭った旧華族の資産家でしたね。そんな方が、俺に何の用でしょう?」
「それはわたしにもわからん。まぁ、舞踏会にはわたしの名代として出席してくれ。」
「わかりました。」

その日の夜、歳三は横浜グランドホテルで開かれている實小路家の舞踏会に出席した。

舞踏会場になっている宴会場の扉を開くと、そこには鹿鳴館時代のドレスと燕尾服を着た男女がワルツを踊っていた。

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最終更新日  2014年08月07日 21時53分35秒
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「どうぞお嬢様、こちらです。」

燕尾服姿の青年―千草に案内され、千尋はダイニングルームに入った。

「千草、晩餐の準備を。」
「かしこまりました、旦那様。」
千草はそう言って小太りの男に頭を下げると、ダイニングルームから出て行った。
「あなた、誰なのですか?それに、ここは何処なのですか?」
「お前は、いきなりここに連れてこられてきて混乱しているだろうね。」
男は千尋に優しく微笑むと、椅子から立ち上がって彼の手を握った。
「ここは伊勢にあるわたしの別荘で、わたしは實小路光忠(さねこうじみつただ)だ。」
「實小路って、あの實小路グループの創業者一族の・・」
「話が早くて助かるよ。」
男―實小路光忠は、そう言うと自分の席に戻った。
「君の事を千草に少し調べて貰ったよ。君の双子のお兄さんは、宮下財閥の御曹司なんだってね?」
「ええ。それが、どうかしたんですか?」
「うちと宮下家は、長い間いがみ合ってきた敵同士でね。人を雇って、君のお兄さんをここまで拉致するよう命じたのはわたしだ。」
「どうして、そんなことを?」
「君のお兄さんを拉致して、オリンピック出場を諦めさせようと企んでいた。しかしわたしが雇った連中は、間違って君のお兄さんではなく君を拉致してしまった。」
光忠は、そう言うと千尋を見た。
「君たちが双子の兄弟であったことを、すっかり忘れてしまったよ。まぁ、弟の君でもわたし達の役に立てるのなら、わたしの望みが叶うまでここに居て貰うよ。」

千尋に向けた光忠の笑顔は穏やかなものだったが、その瞳の奥には冷たい光が宿っていた。


一方、東京の荻野家のリビングには、数人の刑事とともに歳三達が千尋を拉致した犯人からの電話を待っていた。

「犯人から電話は?」
「ありません。」
「一体犯人がどんな目的で千尋さんを拉致したのかはわかりませんが、犯人たちが乗っていた車のナンバーを照合したら、犯人たちの身元が判りました。」
「犯人たちには会えますか?」
「それは出来ません。今署で彼らを取り調べている最中ですので。」
「そうですか。」
育子は刑事の言葉に落胆すると、茶を淹れにキッチンへと向かった。
「お母さん、俺も手伝います。」
「ありがとう、土方先生。」
「今は千尋が無事に帰ってくることだけを考えましょう。」
「ええ。」
「お茶は俺が運びます。」
「わかりました。」
歳三が育子から紅茶が入った盆を受け取りリビングに入ろうとすると、扉越しに刑事達が何かを話していた。
「先ほど連絡が入ったのですが、どうやら犯人たちは千尋君ではなく、彼の双子の兄の、宮下真紀を拉致するよう命じられたそうです。」
「そうか・・それで、犯人たちに宮下真紀の拉致を命じた人物はわかったのか?」
「それは、まだ調査中です。」
「警察の威信にかけて、何としてでも千尋君をご両親のもとに帰すぞ、いいな!」
「はい!」

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最終更新日  2014年08月07日 15時38分20秒
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2014年08月06日

歳三がリビングでテレビを観ながらこたつの前に座っていると、こたつの上に置いていたスマートフォンが振動した。

「もしもし、土方ですが・・」
『土方先生?わたくし、千尋の母の、育子と申します。あの、うちの子がそちらに来ていませんでしたか?』
「いいえ。どうされたんですか?」
『実は・・千尋が塾から帰って来ていないんです。心配して塾に連絡したら、事務員さんがあの子は20分前に塾から出て行ったって・・』
「そうですか。警察には連絡しましたか?」
『はい。』
「お母さん、俺も千尋君を探します。」
歳三はテレビを消すと、部屋着の上にダウンジャケットを羽織ってそのまま部屋から出て行った。
千尋が誰かにさらわれたのかもしれない―そんなことを思いながら、歳三は車のエンジンをかけ、荻野家へと向かった。
「なぁ、こんなことして俺達捕まったらどうするんだ?」
「そんなこと、今は考えている暇はねぇ。この餓鬼を雇い主の別荘まで送り届けたら、俺達の仕事は終わりだ。」
車を運転していた男は、そう言うと後部座席に居る仲間の男達を睨んだ。
彼らは互いに面識がなく、インターネットの闇サイトで知り合った。
『高報酬のアルバイトがある』という広告に惹かれた彼らは、互いの本名も知らずに、塾帰りの千尋を拉致し、車で伊勢志摩へと向かっていた。
「なぁ、こいつ大丈夫か?さっきから静かなんだが・・」
「クロロホルムを嗅がせたから、暫く寝ているさ。それにしても、夜中に伊勢志摩まで休憩なしのドライブはきついな・・」
運転席の男は、そう言うと欠伸をしながら眠い目を擦った。
「お母さん、千尋から連絡は?」
「ないわ。一体あの子、何処に行ってしまったのかしら?」
荻野家のリビングで、育子はテレビの前で右往左往しながら千尋から連絡が来るのを待っていた。
「このことは、ご主人には・・」
「言ったわ。でもあの人、今仕事で名古屋に出張中なのよ。わたし、千尋の身に何かあったら生きていけないわ。」
「落ち着いてください、お母さん。千尋は必ず無事に帰ってきますよ。」
「そうね・・」

歳三が育子を励ましていると、玄関のチャイムが鳴った。

『警察の者ですが・・』

遠くで波音が聞こえ、窓の隙間から潮風が入ってきた。

「う・・」

千尋は低く呻いた後目を開けると、自分が見知らぬ部屋のベッドに寝かされていることに気づいた。
(ここは、何処だろう?)
レース付の天蓋に覆われたベッドの周りには、沢山の縫いぐるみが置いてあった。
ベッドから起き上がろうとした千尋は、自分が女物のドレスを着ていることに気づいた。
「やっとお目覚めになられましたか。」
涼やかな声が頭上から響き、千尋が俯いていた顔を上げると、ドアの近くには漆黒の燕尾服を着た長身の青年が立っていた。
「あなたは誰?」
「お嬢様、ダイニングルームで旦那様がお待ちですよ。」
「え・・」
状況が把握できないまま、千尋は青年とともに部屋を出た。
「ここは何処なのですか?」
「ここは、お嬢様と旦那様の家ですよ。」
「あなたは誰?」
「この屋敷の執事を務めております、千草(ちぐさ)と申します。」

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最終更新日  2014年08月06日 20時28分58秒
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「じゃぁな千尋、また明日!」
「平助、バイバイ。」

放課後、校門の前で平助と別れた千尋は、その足で歳三が住むマンションへと向かった。

「土方先生、今お忙しいのに連絡もせずに伺ってしまってすいません。」
「別に構わねぇよ。学校ではどうだった?」
「マスコミが校門の前に張り付いていました。暫く自宅で謹慎されると聞いたんですけれど、これからどうなさるつもりなのですか?」
「ここを引き払って、実家に帰ろうと思っているんだ。」
「そうですか。学校の方はどうなさるんですか?」
「辞めるつもりはねぇよ。それよりも千尋、お前の方は大丈夫か?」
「ええ。美砂ちゃんは?」
「美砂は実家の姉貴に預けている。千尋、塾まで時間があるんなら、引っ越しの準備、手伝ってくれねぇか?」
「わかりました。」
千尋は歳三とともに引っ越しの準備に取り掛かった。
「荷物、少ないんですね?」
「まぁな。琴子の荷物はあいつの両親が引き取っていったし、美砂の物は姉貴が実家まで取りに来たから、段ボール箱に詰めるのは俺の私物だけだ。」
「そうですか。あれ、これは?」
テレビの横に置いてある本棚の中からアルバムを一冊抜き出した千尋は、その中に入れてある写真を見た。
その写真には、7歳くらいの振り袖姿の少女が映っていた。
「この子、誰なんですか?」
「こいつは・・俺だ。」
「え?」
「今は何ともないが、ガキの頃俺は身体が弱くてな。家にいるよりも病院に居る時間の方が長かったんだ。俺の身体を心配した親戚がインキチ霊能者に俺を霊視させたとき、そいつは俺に狐の霊が憑いているから、成人するまで女の恰好をさせろと親戚に抜かして、俺は中学に入るまで女装を強いられたんだ。」
「それは、災難でしたね。」
「ああ。今となっては笑い話だが、当時の俺にとっては大問題だった。」
「可愛らしいじゃないですか、この時の土方先生。」
「お前ぇにそんなことを言われたかねぇよ。」
歳三はそう言うと、千尋の手から写真を取り上げた。
引っ越しの準備は、数分で終わった。
「それじゃあ、僕はこれで失礼いたします。」
「引っ越しが終わったら、メールする。」
「わかりました、さようなら。」
千尋がマンションから出ると、彼の前に一人の男が駆け寄って来た。
「ねえ君、さっきあのマンションから出て来たでしょう?」
「あなた、誰ですか?」
千尋がそう言って男を睨むと、彼は馴れ馴れしく千尋の肩に手を置いた。
「君、確か荻野千尋君っていったよね?土方歳三先生とは、どういう関係なのかなぁ?」
「それ以上僕につきまとうと、警察呼びますよ!」
「綺麗な顔をして、怖いねぇ~」
男はそっと千尋の肩から手を放すと、そのまま彼に背を向けて何処かへと立ち去ってしまった。
「こんばんは。」
「荻野君、今すぐお家に帰りなさい。」
「何かあったんですか?」
千尋が進学塾の受付でそう言って事務員に尋ねると、彼女は数分前、この塾を爆破するという爆破予告メールが届いたことを千尋に教えた。
「たぶんメールを送って来たのは愉快犯の仕業だろうけれど、塾長はあなた達の身の安全を確保するために、今日の授業を中止することに決めたのよ。」
「わかりました。」

数分後、進学塾から出た千尋が自宅に向かっていると、一台の黒いバンが彼の前に急停車すると、車の後部ドアが開いて、あっという間に千尋は車の中に引きずり込まれた。

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最終更新日  2014年08月06日 17時03分10秒
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2014年08月01日

「土方先生、一体どういうことなんですか?」
「俺が琴子に離婚を切り出したのは、あいつが実家から帰って来てからすぐのことだ。もうあいつと暮らすのが限界だったんだ。」
「でも、奥さんは土方先生と離婚したくなかった・・だから、美砂ちゃんを人質に取って、先生の帰りを待っていたんですね。」
「ああ。俺の家庭の問題なのに、お前を巻き込んでしまってすまない。」
「謝らないでください、土方先生。美砂ちゃんを病院に連れて行ってよかったです。あと少し遅ければ死ぬところでした。」
「そんなに、美砂の状態は酷いのか?」
「ええ。お医者様によると、極度の栄養失調で、食事も満足に与えられていないと・・」
「俺の所為だ。俺がもっと早く琴子と別れていれば、こんなことには・・」
歳三がそう言って唇を噛み締めると、そこへ美砂を保護した警官とマンションの管理人がやって来た。
「じゃぁ、僕はこれで失礼します。」
千尋はそう言って歳三に向かって頭を下げると、そのまま病院を後にした。
翌朝、千尋がリビングで朝食のトーストを齧っていると、テレビのニュースで琴子が児童虐待の容疑で逮捕されたことを知った。
『警察の調べによりますと、琴子容疑者は娘の美砂ちゃんに母乳を与えず、奥の部屋に閉じ込めていたと・・』
「この人、土方先生の奥さんでしょう?我が子に対して何でこんなひどいことをするのかしら?」
育子はそう言うと、リモコンでテレビのスイッチを切った。
「母さん、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
自転車で千尋が学校に向かうと、校門の前に大勢の報道陣が誰かを待っていた。
「ねぇ、あなたここの学校の生徒さん?」
記者の一人が千尋の姿に気付き、彼にマイクを向けた。
千尋が記者を無視して学校の中に入ると、警備員がすかさず校門を閉めた。
「千尋、さっきマスコミに取り囲まれていただろう?大丈夫だったか?」
「うん。平助は?」
「俺はちょっと早い時間に登校したからマスコミに絡まれずに済んだけど、土方先生の奥さんが起こした事件の所為で、職員室の電話が鳴りやまなくて仕事にならないって、先生たちがぼやいていたよ。」
「そう・・」
朝のHRの時間になり、教室に入ってきたのは新任の男性教師だった。
「土方先生は、どうしたんですか?」
「土方先生は暫くの間、自宅で謹慎することになりました。」
「事件の所為ですか?」
「それは生徒集会でお話します。なおこの時間は自習としますから、時間内に課題のプリントを解いておくように。」
男性教師は課題のプリントを生徒達に配ると、そそくさと教室から出て行った。
「土方先生が自宅謹慎って、どういうことだよ?」
「だってさぁ、奥さんがあんな事件起こしておいて、平気で学校に顔を出せるわけがないじゃん?」
「それもそうだけどさぁ・・子供は助かったんだし、土方先生は何も悪くないじゃん。」

千尋達は、課題のプリントをこなしながら歳三の身を案じた。

一方歳三は、自宅マンションの部屋で散らかったリビングの片づけをしていた。

ごみ袋を両手に抱えながら、歳三がエレベーターに乗り込むと、丁度同じ階の住人と乗り合わせた。

「おはようございます。」
「おはようございます。」

その住人は歳三の挨拶に対して普通に返してくれたが、彼と目を合わさなかった。
歳三がごみを捨てている間、エントランスの近くで立ち話をしている数人の主婦たちがちらちらと歳三に向かって時折嫌な視線を投げかけていた。

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最終更新日  2014年08月01日 14時52分26秒
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「母さん、ちょっと出かけて来るね。」
「何処に行くの?」
「すぐに帰ってくるから!」
琴子から電話を受けた千尋は、再びリュックを背負って自転車に跨ると、自宅を出て歳三が住むマンションへと向かった。
千尋がマンションの駐輪場に自転車を停めると、マンションのエントランスの前に立ち、歳三たちが住む部屋番号を押してロックを解除した。
「随分早かったわね。」
「あの、土方先生はどちらに?」
「主人なら奥で休んでいるわ。早く上がって頂戴。」
「はい・・」
琴子に部屋に招き入れられた千尋は、リビングが足の踏み場がないほど散らかっていることに気づいた。
「奥さん、本当に先生は奥の部屋でお休みになっておられるのですか?」
「そんなの、嘘に決まっているじゃないの。」
琴子はそう言うと、千尋を睨みつけた。
「あの電話ですが、あれは一体どういう意味ですか?」
「あんたの所為で、主人はここから出て行ったわ。お前とはもうやっていけないって、美砂の親権は俺がもつって言って・・」
「今、先生は何処に居られるのですか?」
「あんた、主人が何処に居るのか知っているんでしょう?」
「そんなこと、知りません・・」
「嘘つかないで!」
琴子は血走った目で再度千尋を睨むと、キッチンから包丁をとるとその切っ先を千尋に向けた。
「奥さん・・」
「あの人の居場所を教えなさいよ!」
琴子がそう叫んだ時、奥の部屋で赤ん坊の泣き声が聞こえた。
「美砂ちゃん、泣いていますよ?」
「うるさい、そんなことあんたに言われなくてもわかってる!」
琴子は包丁をキッチンの流しに置くと、美砂が寝ている部屋に入った。
彼女が部屋の襖を開けると、排泄物と吐瀉物が混ざり合ったような凄まじい悪臭がリビングに漂ってきた。
千尋が美砂の部屋に入ると、布団の上に寝かされている美砂のおむつは、排泄物でパンパンに膨らみ、彼女が着ている寝間着は垢で汚れていた。
「酷い、どうしてこんなことを・・」
「あたしにだってあたしの人生があるの!この子になんて構っていられないわよ!」
「あなたは、美砂ちゃんの母親でしょう?どうしてこんなひどいことができるんです?」
「うるさい、あんたに何がわかるのよ!」
琴子がそう言って千尋に向かって拳を振り上げようとしたとき、玄関のドアを誰かが叩く音がした。
「土方さん、いらっしゃるの?」
「助けてください、子供が死にそうなんです!」
マンションの管理人が部屋に入ると、奥の部屋には育児放棄され、排泄物と吐瀉物に塗れた美砂の姿と、ヒステリックに泣きわめく琴子の姿があった。
「あなたは、どなたなの?」
「土方さんの教え子です。美砂ちゃんを早く病院に連れて行ってあげてください。」
「わかったわ。」

夜明け前、歳三は警察から美砂が入院したという連絡を受け、彼女が入院している病院へと向かった。

「土方先生・・」
「千尋、お前どうしてここに居るんだ?」
「奥さんに、マンションの部屋まで呼び出されたんです。そしたら、美砂ちゃんが奥の部屋で・・」
「琴子に呼び出された?」
「ええ。奥さんは、僕の所為で自分の家庭が滅茶苦茶になったって、僕を責めて・・」

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最終更新日  2014年08月01日 14時12分36秒
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2014年07月30日
「おい、ちょっといいか?」

塾の帰りに千尋が駅前のコンビニで雑誌を立ち読みしていると、そこへあの男がやって来て千尋に話しかけてきた。

「あなた、義母さんの別れた旦那さんなんですってね?」
「俺の正体を知っているのなら、話が早いな。」
男はそう言うと、千尋の手を掴んでコンビニから出て行った。
「僕を何処に連れて行くつもりですか?」
「つけばわかるよ。」
男が千尋を連れてきたのは、ショッピングモールのフードコートだった。
閉店時間が近いので、客は千尋達のほかには誰も居なかった。
「僕にお話ししたいこととは、何ですか?」
「俺と育子がどうして別れたのか、お前は知っているのか?」
「ええ。子供が出来なかったから、別れたって聞きました。」
「あいつと俺がまだ夫婦だった頃、結婚してなかなか子供が出来なくてな、お袋があいつの身体に何か欠陥があるんじゃないのかって、一度産婦人科で不妊検査を夫婦で受けてみたんだ。そしたら、身体に欠陥があるのはあいつではなく、俺の方だった。」
男の話を千尋は黙って聞きながら、彼の顔を見た。
「男性不妊症って知っているか?」
「いいえ。」
「簡単に言うと、俺は子種がないんだと。」
「無精子症というものですか?」
「ああ。検査の結果はちゃんと俺がお袋に話した。そしたらお袋はそんなものは嘘に違いない、あの女がわたしを陥れようとしているだけだって言って・・何が何でもお袋は、子供が出来ない責任を育子に押し付けようとしていたんだ。」
「それで、あなたはどうされたんですか?」
「育子は俺に愛想をつかして別れた。風の噂であいつが再婚したって聞いて、あいつに会おうとしたんだ。そしたら、坊主があいつの養子だってことを偶然知ったんだ。」
「あなた、お名前は?」
「五十嵐だ。」
「五十嵐さん、義母にとってあなたは既に過去の存在です。今更あなたが義母に会っても、義母は歓迎するどころか、あなたと結婚していた頃の苦い記憶を思い出して不快になるだけです。お願いですから、二度と僕たちの前に現れないでください。」
千尋の言葉を聞いた男―五十嵐は、溜息を吐いた後千尋を見た。
「そうだよな。あいつにとって俺との結婚生活は悪夢そのものだったわけだ。今更あいつに会っても、仕方がねぇよな。」
五十嵐はさっと椅子から立ち上がると、ポケットから財布を取り出し、千尋の前に一万円札を置いた。
「これで何か美味い物でも食え。」
「困ります、そんなことをされても・・」
「じゃぁな、坊主。」
五十嵐はそう言って千尋に背を向けると、フードコートから去っていった。
「ただいま。」
「遅かったわね、ちーちゃん。ご飯は?」
「外で食べてきた。」
「そう。お風呂沸かしたから、入りなさいね。」
「わかった。」
湯船に浸かりながら、千尋はフードコートで会った時、五十嵐が何処か寂しそうな顔をしていたことを思い出した。
「ちーちゃん、土方先生から電話よ。」
「土方先生から?」
「ええ。何でもあなたと話したいことがあるって・・」
育子から電話の子機を受け取った千尋は、歳三が黙っていることに気づいた。
「土方先生、千尋です。話したいことって何ですか?」
『あんたの所為で、あたしの家庭は滅茶苦茶よ!』
通話口越しに聞こえてきたのは歳三の声ではなく、ヒステリックな琴子の声だった。
「土方先生は一緒に居られるのでしょうか?」
『そんなこと、あんたには関係ないでしょう!今すぐうちに来て!』

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最終更新日  2014年07月30日 10時08分47秒
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2014年07月29日

「千尋ちゃん、どうかしたの?」
「さっき、門の外から僕の事を見ていた男が・・」
「そう。」
希はそう言うと、突然千尋の手を掴んで中庭から外へと出て行った。
「ちょっと、そこのあなた!」
希に呼び止められ、千尋を見つめていた男はゆっくりと彼女の方に振り向いた。
男の右の頬には、傷があった。
「あなた、千尋ちゃんにつきまとっているんですってね?」
「お前には関係ねぇだろう、引っ込んでいろよ。」
「そうはいかないわ。」
希はそう言って男を睨むと、男は一瞬怯んだ後、舌打ちしてそのまま何処かへ行ってしまった。
「希さん、有難うございました。」
「千尋ちゃん、これから困ったことがあったらわたしに何でも言って。これ、わたしのスマホの番号とメールアドレスね。」
千尋と希が近藤家の中庭に戻ると、勇と談笑していた歳三が二人の元へ駆け寄って来た。
「二人とも、何処に行っていたんだ?」
「千尋ちゃんにつきまとうストーカーに、ガツンとわたしが言ってやったのよ。」
「希、本当にお前は全く変わってねぇな、そういうところ。」
歳三はそう言うと、溜息を吐いた。
「ねぇトシ兄、まだあの人とは続いているの?」
「ああ。琴子は今実家に帰っている。美砂は今日、実家に預けてきた。」
「そう。あの人とは結婚式の時に会ったけれど、何だかつんけんしていて嫌だなぁって思ったのよね。トシ兄はどうしてあんな人を選んじゃったんだろうって、思ったわ。」
「希も近藤さんも、琴子に対して厳しいな。」
「だって、あの人たちわたしや勇兄がトシ兄と話している時、不機嫌そうな顔をしてわたし達の方を睨んでいたんだもの。妙に嫉妬深いっていうか、自己中心的っていうか・・実家では、お姫様みたいに向こうのご両親から可愛がられてきたんでしょうね、きっと。」
「まあな。」
「いくらトシ兄が家事や育児を手伝ってくれるからって、こんなに家を空けるなんておかしいと思わない?熱が出ている子供を放ったらかしにして、同窓会に出席するなんて、普通母親がすることじゃないと思うわ。」
「まぁ、あの子は母親の自覚を持たないまま子供を産んだんだから、仕方がないんじゃないのかねぇ。」
いつの間にか歳三と希の近くに来ていた近藤の養母は、そう言うと二人にアイスクリームのカップを手渡した。
「トシ、琴子がこのまま実家から帰って来ないのなら、あの子とどうするのかを考えな。」
「それは、琴子と別れることを考えろってことか?」
「察しがいいね。あたしゃぁあんたら夫婦の事に口を挟むつもりはないがね、希がいう事には一理あると思うね。」
バーベーキューパーティーが終わり、近藤家を後にした歳三は、千尋を自宅で車まで送った。
「土方先生、今日は誘ってくださって有難うございました。」
「ああ。千尋、家の前だからって油断するんじゃねぇぞ。」
「わかりました。それじゃぁ、おやすみなさい。」
歳三の車から降りた千尋が家の中に入ると、リビングの方から養父母が話す声がした。
「まだあの男はお前のことを諦めていないのか?」
「ええ。わたしにとってはもう縁が切れた人だっていうのに、いつわたしがここに住んでいることを知ったのかしら?」
「警察に相談した方がいいんじゃないのか?殺人事件が起きたら遅いんだぞ!」
「わかっているわよ、そんなこと!」

扉越しに二人が口論している声を聞いた千尋は、そのまま階段を上がって自分の部屋に入った。

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最終更新日  2014年07月29日 20時38分09秒
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