JEWEL
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連載小説:VALENTI151
連載小説:茨の家43
連載小説:翠の光34
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完結済小説:金魚花火170
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完結済小説:翡翠の君56
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火宵の月 二次創作小説7
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連載小説:茨~Rose~姫87
完結済小説:黒衣の貴婦人103
完結済小説:lunatic tears290
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連載小説:蒼き天使の子守唄63
連載小説:麗しき狼たちの夜221
完結済小説:金の狼 紅の天使91
完結済小説:孤高の皇子と歌姫154
完結済小説:愛の欠片を探して140
完結済小説:最後のひとしずく46
連載小説:蒼の騎士 紫紺の姫君54
完結済小説:金の鐘を鳴らして35
連載小説:紅蓮の涙~鬼姫物語~152
連載小説:狼たちの歌 淡き蝶の夢15
薄桜鬼 腐向け二次創作小説:鬼嫁物語8
薔薇王転生パラレル小説 巡る星の果て20
完結済小説:玻璃(はり)の中で95
完結済小説:宿命の皇子 暁の紋章262
完結済小説:美しい二人~修羅の枷~64
完結済小説:碧き炎(ほむら)を抱いて125
連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ63
完結済小説:蒼―lovers―玉(サファイア)300
完結済小説:白銀之華(しのがねのはな)202
完結済小説:薔薇と十字架~2人の天使~135
完結済小説:儚き世界の調べ~幼狐の末裔~172
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:時の螺旋7
進撃の巨人 腐向け二次創作小説:一輪花70
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:蒼き翼11
薄桜鬼 平安パラレル二次創作小説:鬼の寵妃10
薄桜鬼 花街パラレル 二次創作小説:竜胆と桜10
火宵の月 マフィアパラレル二次創作小説:愛の華1
薄桜鬼 現代パラレル二次創作小説:誠食堂ものがたり8
薄桜鬼 和風ファンタジー二次創作小説:淡雪の如く6
火宵の月腐向け転生パラレル二次創作小説:月と太陽8
火宵の月 人魚パラレル二次創作小説:蒼き血の契り0
黒執事 火宵の月パラレル二次創作小説:愛しの蒼玉1
天上の愛 地上の恋 昼ドラパラレル二次創作小説:秘密10
黒執事 現代転生パラレル二次創作小説:君って・・3
FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars6
PEACEMAKER鐵 二次創作小説:幸せのクローバー9
黒執事 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:碧の花嫁4
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后0
黒執事 フィギュアスケートパラレル二次創作小説:満天5
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士2
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て5
薄桜鬼 現代妖パラレル二次創作小説:幸せを呼ぶクッキー8
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮0
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月10
火宵の月 遊郭転生昼ドラパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら1
FLESH&BLOOD 千と千尋の神隠しパラレル二次創作小説:天津風5
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園0
火宵の月 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥6
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陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている2
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚2
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火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように1
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F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師1
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FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して20
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火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー0
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火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光0
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火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師0
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方0
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「はぁい、どちら様ですやろうか?」 数日後、近藤と歳三は吉田拓人から見せられた年賀状の住所を頼りに、荻野千尋の嫁ぎ先である鹿児島県南九州市にある農家を訪れた。「すいません、こちらに荻野千尋さんという方、おりませんかねぇ?」「ああ、嫁でしたら今息子と買い物に行っちょります。」 玄関先で近藤と歳三に応対した老女は、そう言うと家の奥へと消えていった。「やっぱり、突然来て怪しまれたんだろうか?」「まぁ、そうだろうな・・」そんな会話を二人がしていると、老女が一冊のアルバムを持って玄関先に戻ってきた。「すいませんねぇ、今うちの中が散らかっていて、お客様を中に入れる訳にはいかんのですよ。」「こちらこそ、突然ご連絡もせずに伺ってしまってすいません。それ、アルバムですか?」「ええ。これが、息子の結婚式の時に撮った写真です。」老女はそう言ってアルバムを捲ると、一枚の写真を近藤と歳三に見せた。 そこには白無垢姿で夫の隣で微笑んでいる荻野千尋の姿があった。「わたくし、千尋さんの弟さんの知り合いなのですが、一昨年千尋さんお子さんをお産みになったとか・・」「ああ、雅夫のことですね。あの子を産むとき、千尋は生死の境を彷徨ってねぇ。あたしらは毎日、豊玉姫神社にお参りに行ったもんですよぉ。」老女はエプロンの裾で涙を拭った。「あの子はねぇ、凄く良い子ですよ。普通、農家の仕事なんて若い子は嫌がるもんでしょう?でも千尋は、率先して農作業を手伝うし、組合の集まりにもちゃんと顔を出すしねぇ・・あの子が来て、家の中が明るくなりましたよ。」「そうですか。」もうここに長居する必要はないだろう―そう思った歳三は、老女にアルバムを返すと、近藤とともに野崎家を出た。「荻野千尋は、幸せに暮らしているんだな。」「ああ。」駅へとタクシーで向かいながら、近藤と歳三がそんな話をしていると、向こうから一台のワゴン車がやって来るのが見えた。 その車の中の運転席には若い男が座っており、その隣には荻野千尋が座っていた。彼女は夫と何かを話しているようで、時折夫に笑顔を浮かべていた。その笑顔を見た時、歳三の脳裏に、吉田拓人の言葉が甦った。“姉は漸く過去の苦しみから解放されて、新しい家族と共に幸せな未来に向かって生きているんです。” 実母と祖父母を義理の父親に殺され、実父から性的虐待を受けていた荻野千尋。その壮絶な過去の呪縛や苦しみという鎖から、彼女は漸く解放され、新しい家族に囲まれて毎日笑顔を浮かべながら暮らしている。もう、彼女を追うのはやめよう―歳三がそう思った時、不意に助手席に座っていた千尋が歳三の視線に気づいた。彼女は、歳三に向かって会釈した。「さっきすれ違ったタクシーに乗ってた男、知り合いか?」「ううん・・でも、昔お世話になった人だから・・」「そう。なぁ、今夜は母さん達を連れて何処かで外食でもしようか?」「そうね、たまにはいいわね。」千尋はそう言うと、嬉しそうに笑った。「拓人君、元気でね。」「浅田さん、今まで僕を支援して下さってありがとうございました。アメリカに行って、本格的に法律の勉強をしてきます。」(姉さん、僕達はもう過去の呪縛から解放されたんだ。あの時僕が母さんを殺したことは、もうみんな忘れているよ。だから幸せになってね、姉さん。)(了)にほんブログ村
2014.03.10
コメント(4)
道の駅で昼食を取った近藤と歳三は、温泉街へと向かった。「ああ、美鶴楼が潰れたことなら知っていますよ。あの時はエライ騒ぎだったからねぇ。」芸者の千代松はそう言うと、近藤の猪口に酒を注いだ。「エライ騒ぎって、具体的にどんな騒ぎだったんですか?」「美鶴楼の女将は、密かに株の売買をしていてねぇ・・それで、近々合併して株が上がるっていう企業の株を買って、大損してさぁ。丁度10年前の事だったかねぇ。」「10年前っていやぁ、リーマンブラザーズ・ショックの煽りを受けて次々と会社が潰れた時期ですよね?」「そうそう。恵子さん・・美鶴楼の女将さんが買った株を所有していた会社が倒産したのもその時期でねぇ、恵子さんはその所為で2億もの借金を背負っちまって・・夜逃げ同然にこの町から出て行っちまったよ。」「それで、今も行方知らずな訳ですか・・」「まぁ、そういうこったねぇ。それよりもお客さん、あんた達何処から来たんだい?」「東京からです。ある人を捜していまして。」「ある人って?」「荻野千尋さんです。」「ああ、千尋ちゃんねぇ・・あの子、今は鹿児島の農家に嫁いだとか聞いたけどねぇ・・」「詳しいお話、聞かせてくださいませんか?」 K町から東京に戻った二人は、その足で吉田拓人の元へと向かった。「何でしょう、僕にお聞きしたいことっていうのは?」「拓人さん、あなた本当はお姉さんの消息をご存知なのではないですか?」「何ですか、藪から棒に・・もしかしてあなた方、僕が密かに姉と連絡を取り合っているとでもおっしゃりたいんですか?」拓人はそう言うと、拳でテーブルを殴った。「いえ、あなたを疑っている訳ではありません。一応確認の為にお聞きしているだけです。」「そうですか・・警察は疑うのが仕事ですから、仕方ありませんよね。本当の事を、お話します。」拓人は深呼吸した後、コーヒーを一口飲んだ。「僕は姉が生きていて、鹿児島の農家に嫁いで嫁ぎ先で幸せに暮らしていることも知っています。この7年間、年賀状のやり取りをしてきましたからね。」拓人はそう言ってリュックの中から一枚の年賀状を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。 そこには、赤ん坊を抱いた千尋が笑顔で夫とその家族達に囲まれている写真が載っていた。「これは一昨年、僕の自宅に届いた年賀状です。これで納得してもらえましたか?」「どうして、今まで我々にお姉さんが生きている事を黙っていたのですか?」「この7年間、僕と姉は世間の好奇の目に晒され、苦しい思いをして生きてきました。姉は漸く過去の苦しみから解放されて、新しい家族と共に幸せな未来に向かって生きているんです。どうか、姉の事はもう放っておいてくれませんか?」拓人はそう言って年賀状をリュックの中にしまうと、自分のコーヒー代だけ払って歳三達に背を向け、カフェから出て行った。「なぁトシ、今の話どう思う?」「あいつは嘘を吐いてねぇ。まぁ、俺ぁこの目で荻野千尋が生きているのかどうか確かめるまで、吉田拓人を疑い続けるがな。」歳三は空いている椅子に掛けてあるコートを掴むと、近藤とともにカフェから出た。にほんブログ村
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「地元で獲れたお魚、お野菜いかがですか~!」「K町名物ひし饅頭(まんじゅう)、美味しいですよ~!」 歳三と近藤が荻野千尋の故郷・K町にある道の駅に入ると、店内では名産物を売る売店の売り子たちが元気よく客寄せをしていた。「なぁ、あれうまそうじゃないか?」「おい近藤さん、俺達はここに遊びに来たんじゃねぇんだ。」「でもなぁ・・K町なんて滅多に行ける所じゃないし・・それに、親父たちから土産を頼まれたんだよ。」「ったく、仕方ねぇなぁ・・」歳三はそう言って舌打ちすると、フードコートの前にある土産物店の中へと入った。「いらっしゃいませ~!」「済まねぇが、美鶴楼って遊廓何処にあるのか知らねぇか?」「ああ、あそこなら数年前に潰れましたよ。」「潰れた?結構繁盛していたと、ここに寄る前駅長さんから聞いたが・・」「美鶴楼があった所はねぇ、江戸時代から続く芸者の置屋さんや遊廓さん、料亭が軒を連ねていたんですが、10年前ですかねぇ、なんちゃらショックっていうのが起きて、その影響を受けて美鶴楼は潰れちゃったんですよ。」「へぇ、そうですか・・それじゃぁ、その女将さんが今何処に居るのか、知りませんかねぇ?」「あたしは地元の人間じゃないから、詳しい事はよう知りませんねぇ。」「有難うございました。あ、お話を聞かせて貰った礼としては何ですが、あちらに置いてあるひし饅頭30個入り、おひとつ頂けませんか?」「ありがとうございます、1500円になります。」土産物店を後にした歳三は、近藤が待つフードコートへと向かった。「ほらよ、土産買ってきたぜ。」「荻野千尋の養母が今何処に居るのか、わかったのか?」「土産物店の店員にそれとなく聞いてみたが、美鶴楼は10年前に潰れて、女将が今何処に居るのか知らねぇとさ。」「10年前といやぁ、リーマンブラザーズ・ショックっていうのが起きたなぁ。その影響を受けて、テレビのCMで流れているようなデカイ会社が何軒か潰れたよなぁ。」「ああ。昔は大企業に就職出来れば定年まで安心して勤められるって言われていたが、今はそんな大企業でも倒産の憂き目に遭うのが当たり前だ。大学生が公務員になりたがっている理由、わかるか?」「公務員は安定しているから、リストラに遭う事がないからいいってことだろう?そんなに世の中甘くはないのになぁ・・今時の若い者は失敗を恐れて、安定した職業に就きたがるんだよなぁ。」「まぁ、そんなの今に言えたことじゃねぇよ。近藤さん、昼飯どうする?」「ラーメンは少し飽きて来たから、旅行を兼ねてここに来たんだから、豪勢にステーキでも食うか。」「ステーキねぇ・・」歳三はそう言うと、フードコートの中にあるステーキ屋の看板を見た。「いいんじゃねぇか、たまにはそういうものを食っても。」「そうか、じゃぁ混む前に注文しよう!」近藤と歳三がステーキ屋のレジでそれぞれ料理を注文して席に戻ると、ちょうど観光客を乗せた大型バスが道の駅の駐車場に入ってくるところだった。「結構賑わっているなぁ・・」「ここはグルメスポットとしてネットで取り上げられて有名になった所だからな。まぁ、K町の一番の観光スポットは、温泉街だな。」「あそこは風情があるからなぁ。最近では時代劇のロケが行われたことでも有名になったもんなぁ。」近藤はそう言うと、鞄の中からスナック菓子を取り出した。「あんた、昼飯前に間食するつもりなのか?」「小腹が減って仕方がないんだよ。見逃してくれよ、トシ。」「これは没収だ。」歳三は近藤の手からスナック菓子を奪うと、それを自分の鞄の中にしまった。「そんなぁ~」「ガキみてぇに喚くんじゃねぇ!」近藤に歳三がそう一喝した時、ステーキ屋で渡されたベルが鳴った。にほんブログ村
※画像は写真素材:足成様からお借りしました。「それはどういう意味だい、拓人君?」「言葉通りの意味です。ネット上で噂されているものや、あの週刊誌に書かれていることは全て事実です。」拓人はそう言うと、リュックの中からUSBメモリを取り出した。「これは?」「僕が密かに父と姉の関係を裏付ける証拠として集めたものを、ここに保存しています。」拓人からUSBメモリを受け取った浅田は自分のノートパソコンにそれを挿し込んで中に入っているデーターを見た。 そこには、吉田が千尋を乱暴している動画や写真のファイルがあった。「何てことだ・・」「浅田さん、これを世間に公表してください。お願いします。」「わかった・・」 数日後、浅田は拓人から預かったUSBメモリを持って吉田が滞在しているホテルへと向かった。「あの週刊誌を発行している出版社に訴訟を起こす準備は進んでいるかね?」「いえ・・先生、わたしは今回の依頼を断りに参りました。」「何だと!?」吉田はそう言ってソファから立ち上がると、浅田の胸倉を掴んだ。「浅田君、この前君は確かにわたしの力になってくれると言った筈だろう?なのにその約束を急に反故にするとは、一体どういうつもりだ!?」「一昨日、あなたのご子息・・拓人さんにお会いしました。」浅田は鞄の中からUSBメモリを取り出すと、それを吉田に見せた。「それは?」「あなたが千尋さんと関係しているという証拠の動画や写真のファイルがここに保存されています。数日前、拓人さんから託されました。」「馬鹿な事を!」吉田は怒りで赤く染まった顔で浅田を睨みつけながら、彼からUSBメモリを奪い取ると、それを革靴で踏み潰した。「これで、証拠はなくなったな。」「そのUSBメモリはコピーです。原本は既にしかるべき所に送っております。」「しかるべき所、だと?」「ええ。先生、あなたはもう終わりです。どうかご自分が犯した罪を生きて償ってください。」浅田は呆然と絨毯の上に座り込む吉田に向かって一礼すると、部屋から出て行った。『吉田議員が今朝10時ごろ、殺人教唆と殺人未遂、そして実の娘への性的虐待容疑で逮捕されました!』 近藤と歳三が昼食をいきつけのラーメン店で食べていると、テレビの画面に吉田の顔写真が映った。「天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさずとは、こういうことを言うんだな。」「ああ。お天道様は全てお見通しなのさ。」歳三はそう言うと、どんぶりを両手で持って残りのスープを勢いよく飲み干した。「拓人君、これで良かったのかい?」「ええ。もう僕は、苦しみから解放されました。浅田さん、ありがとうございました。」「これから、どうするつもりだい?」「僕は、弱者を救う為に弁護士になります。それが中学生の時からの夢でした。22歳で弁護士を目指すのは遅いでしょうか?」「そんな事はないよ。弁護士を目指すのには年齢なんて関係ない。わたしでよければ、君の力になるよ。」「ありがとうございます・・」(姉さん、全て終わったよ。姉さんを脅かす悪魔は、もう居なくなったんだ。だから僕の元に帰って来てよ、姉さん・・)にほんブログ村
歳三達が福岡で7年前の事件の真相を追っている頃、東京では吉田に関する醜聞記事が、大手出版社の週刊誌に載った。「何だ、これは!?」「申し訳ありません、先生・・すぐに記事が載っている週刊誌の出版を中止するよう出版社に抗議の電話をしたのですが・・聞き入れて貰えませんでした。」吉田は怒りで震える手でその週刊誌の記事に目を通した。 そこには、吉田がある暴力団と癒着していることや、歌舞伎町に風俗店を経営していること、そして実の娘である千尋に乱暴し、彼女を妊娠させたことなどが書かれてあった。「先生、これからどうなさいますか?」「出版社に訴訟を起こす。記事に書かれていることは全て事実無根の内容だ。」「わかりました・・浅田先生に連絡いたします。」慌てて書斎から出て行く秘書の背中を見送りながら、吉田は週刊誌を乱暴に丸めてゴミ箱に投げ捨てた。「そうですか、わかりました。」吉田の秘書から電話を受けた浅田は、受話器を置くと溜息を吐いた。(まさか、こんな事が起こるなんて・・)以前から、吉田に関する黒い噂が流れているのを、浅田は知っていた。千尋に乱暴し、彼女を妊娠させた吉田のイメージは、聖人君子から、“人間の皮を被った悪魔”というネガティブなイメージへと変わっていった。 ネット上には吉田の黒い噂を興味本位で流すユーザーが跋扈(ばっこ)しており、彼らによって作成されたブログや掲示板は何度削除してもそれらの記事を転載したサイトが現れるので、キリがない。その所為で吉田の家には毎日嫌がらせの電話が掛かり、中傷のビラが自宅周辺に撒かれたりしていた。「先生、お客様です。」「誰だい?」「吉田拓人様とおっしゃる方です。」「そうか、通してくれ。」 数分後、応接室に現れた吉田拓人は、少しやつれているようだった。「拓人君、久しぶりだね。少し痩せたかい?」「ええ。ネットに載った記事の所為で友達がみんな僕の事を避け始めて・・前は友達の家を泊まり歩いていたのに、それも出来なくなってしまって・・」「家には帰らないのかい?」「帰りたくありません。あの人と顔を合わせると、僕あの人に何をするのかわからないので・・」拓人はそう言うと、両手で拳を作った。「ねぇ、もしよければうちに来ないか?」「いいんですか?」「いいに決まっているだろう?」「ありがとうございます、助かります。」 その日の夜、拓人は三週間振りに浅田家でまともな食事にありつけた。「そんなに急いで食べなくても大丈夫だよ。」「はい・・」「ねぇ拓人君、今まで何を食べてきたの?」「お金がある時は、コンビニ弁当やハンバーガーを買って食べていました。でも、お金がなくなると、近所のスーパーの安売り日を狙って、スナック菓子を大量に纏め買いしていました。」「まぁ、可哀想に。」拓人の話を聞いた京子は、ナプキンで涙を拭うと、拓人の御飯茶碗に白米を大量に盛った。「沢山食べなさいね!」「ありがとうございます。」 夕食の後、拓人は浅田の部屋に入った。「わたしに話したい事って何だい、拓人君?」「父と姉の関係について、ネット上で色々と噂をされていますけど・・それは全て、事実だと思います。」にほんブログ村
2014.03.09
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荻野千尋は、帝王切開で4200グラムの男児を出産した。「あの子はかなり危険な状態が続いてねぇ、あの子が赤ん坊に会えたのは、出産してから一週間後だったよ。」「そうですか・・」「これが、千尋の赤ん坊の写真たい。」瑛子はそう言うと、スマートフォンの待ち受け画面を歳三と近藤に見せた。そこには、笑顔で赤ん坊を抱いている千尋の姿が写っていた。「暫くうちが千尋の実の母親に代わって、あの子の産後の手伝いをしとったけど、あの子は産後の肥立ちが悪くてねぇ・・いつも寝込んどったよ。」「大変だったでしょう、赤ん坊の世話は?」「まぁね。赤ん坊はこっちの都合なんか何も考えんと泣くからねぇ。千尋は母乳の出が良かったから、赤ん坊の乳の心配はなかったけど。」瑛子はそう言って溜息を吐くと、スコッチをまた一口飲んだ。「あの頃は幸せやったねぇ。店が休みの日には、千尋と赤ん坊とあたしの三人で、近所の公園にサンドイッチを持って行ってはピクニックしとったねぇ。」「へぇ、そうだったんですか・・」「けど、千尋が産んだ赤ん坊は一歳の誕生日を迎える前に死んでしもうたんよ。」「どうして、赤ん坊は死んだんですか?」「赤ん坊は心臓が悪くてねぇ、医者から一歳の誕生日を迎える事は出来んかもしれんって言われて・・千尋はその事を知って毎日赤ん坊を抱きながら泣いとったねぇ・・」歳三の脳裏に、赤ん坊を抱きながら泣く荻野千尋の姿が浮かんだ。「赤ん坊が死んだ時、千尋さんは・・」「あの子は酷く取り乱していてねぇ・・お葬式のときなんか、赤ん坊が入っとる棺を何度も撫でて、“ああ、こんなに小さいんだぁ”って何度も呟いとったよ。」「必死の思いで産んだのに、我が子に先立たれる事は母親にとって辛いだろうなぁ・・」一児の父親である近藤はそう言うと、グラスの中に入った水を一口飲んだ。「それからよ、あの子がおかしくなったのは。」 瑛子によると、我が子を亡くした千尋は、空のベビーカーを押しながら公園を散歩したり、スーパーに買い物に行ったりしていたという。「あの子は、赤ん坊の死を受け入れられんかったんよ。空のベビーカーを押して、時々中にいる赤ん坊に向かって声掛けとった。」空のベビーカーを押すことに虚しさを感じたのか、やがて千尋はそのベビーカーに赤ん坊の人形を乗せるようになった。「毎日千尋は、人形と外出しとったねぇ。レストランで食事する時も、赤ん坊を子供用の椅子に座らせて・・」それほど、我が子を亡くした千尋のショックは大きかったのだ。「千尋さんが姿を消したのは、いつごろですか?」「そうやねぇ・・赤ん坊が生きていたら二歳の誕生日を迎える頃やろうか。千尋はその日、赤ん坊のプレゼント買いに行って来るって言って部屋を出て行ったきり、そのまま帰って来んかったと。」「わざわざ辛い事を思い出させてしまって、申し訳ありませんでした。」「いいや、かえってあんたらに話をしてスッキリしたよ。今夜はうちの奢りやから、沢山飲みんしゃい。」「すいません、我々は余り酒が強くないので・・」「まぁ、そういうお客さんの為にチューハイ用意しとるから、心配は要りませんよ。」「ありがとうございます。」 『シャンテ』から出た近藤と歳三は、千鳥足でホテルへと向かった。「トシ、お前飲み過ぎじゃないか?」「うるせぇなぁ、俺ぁ酔ってなんかねぇよ。」歳三はそう言って部屋に入るなり、ベッドの上に大の字になって倒れた。にほんブログ村
7年前―2011年元旦、福岡市内あるマンションの一室に宅配業者を装った強盗が中洲の高級クラブ『シャンテ』のママ・前川瑛子宅に押し入り、現金三千万相当の貴金属を奪い、逃走した。この事件で犯人に鉈(なた)で切り付けられた瑛子は両腕に全治三ヶ月の重傷を負った。そして、荻野千尋は・・(荻野千尋は当時臨月だった。もしその時の子が生まれていれば7歳になるか・・) 吉田律子殺害事件の後自宅から失踪した荻野千尋は、福岡・中洲でホステスとして働き、『シャンテ』のママ・瑛子と同居していた。そのママが強盗に襲われた後、千尋は再び姿を消した。臨月の身で、彼女は何処に消えたのだろうか―「トシ、またこの事件の資料を見ているのか?」「ああ。なぁ近藤さん、臨月の妊婦が逃げる場所って、何処だと思う?」「そんな事を突然聞かれてもなぁ・・俺には見当もつかないよ。」「そりゃそうだろう。まぁ7年前の事件に、荻野千尋が関わっていないことは確かだ。俺ぁ、この事件に吉田議員が絡んでいるとにらんでるんだ。」「吉田議員が?」「ああ。あいつは荻野千尋に裏金の五千万を盗まれたっていうのに、警察に届け出なかったし、俺達に荻野千尋の捜索を打ち切ってくれと言った。だが、あいつが金で探偵を雇って荻野千尋を探し出したとしたら・・」「事件の真相を知っている荻野千尋を、吉田議員が人を使って殺すと思っているのか?」「有り得る話じゃねぇか。」「吉田議員には色々と悪い噂があるからなぁ・・暴力団との癒着があるとか・・」「まぁ、それは後で調べる事にして、今は福岡の事件を調べてみようと思ってんだ。」「そうか。」 歳三と近藤は、7年前の事件の真相を調べるため、福岡へと向かった。「あの日の事はよう憶えとるよ。」荻野千尋と同居していた中洲の高級クラブ『シャンテ』のママ、前川瑛子は、そう言うと歳三達を見た。「事件当時、あなたと同居していた荻野千尋さんは臨月を迎えていたんですよね?そんな彼女が、何故突然姿を消したのだと思いますか?」「多分、千尋は昔付き合っていた男が自分の居場所を突き止めたと思うて、逃げ出したんやろうねぇ。」「昔付き合っていた男?」「あの子、男から酷い暴力を受けて東京から逃げて来たんよ。男から逃げてこの店で働きだした後、妊娠に気づいたって言うとったよ。」「そうですか・・」「あぁ、そういやぁ千尋はあたしが強盗に襲われた後、産気づいたんよ。それであたしとあの子は救急車で病院に運ばれたんよ。」「それ、何処の病院ですか?」「福岡中央病院たい。刑事さん、わざわざここに来て7年前の事件のことをうちに聞いたりするのには、何か深いわけがあるとね?」瑛子はそう言うと、吸っていた煙草の吸殻を灰皿に押し付けた。「ええ、まぁ・・」「刑事さん達だけに、7年前の事を話そうかねぇ・・」瑛子はスコッチを一口飲んだ後、歳三と近藤に7年前の事件のことを話した。 宅配業者を装った強盗に鉈で襲われた瑛子を見た千尋は、そのショックの余り産気づいてしまった。「千尋、しっかりせんね!」「痛い、痛い~!」千尋が着ていたワンピースの裾は血で濡れており、彼女は額に脂汗を浮かべながら絨毯の上をのたうちまわっていた。「今救急車呼ぶけんね!」 救急車で瑛子とともに福岡中央病院に搬送された千尋は、すぐさま分娩室に運ばれた。「先生、胎盤剥離を起こしかけています!このままだと母体も胎児も危険です!」にほんブログ村
2018年2月、東京。『沖田総美(さとみ)選手、バンクーバー、ソチに続いて韓国・平昌(ピョンチャン)でも金メダルを獲得しました!』興奮したテレビリポーターの声が、昼時のラーメン店にこだました。「さとみちゃん、凄いなぁ。三大会連続金メダルなんて・・」「近藤さん、喋っている暇があったらラーメン食えよ。麺、のびちまうぜ。」歳三はテレビに釘づけになっている近藤にそう言うと、箸で鶏の唐揚げを摘んでそれを口に放り込んだ。「金メダル、おめでとうございます。」「ありがとうございます。」表彰式の後、記者会見に臨んだ総美は、そう言うと記者達に愛想笑いを浮かべた。「三大会連続の金メダル、獲得された今のご気分はいかがですか?」「そうですね、感無量としか言えません。このオリンピックはわたしにとって最後のオリンピックになるので、有終の美が飾れて本当に嬉しく思います。」「最後のオリンピックとは、どういう意味でしょうか?」「わたしは、今回のオリンピックを期に、現役を引退しようと思っています。」総美の言葉を聞いた記者達が一斉にざわつき始めた。「総美、どうしてあんな事を言ったの!?」「引退する事は、前から決まっていたじゃないの。今更隠す必要なんて何処にあるの?」「せめて世界選手権大会までは引退しないって、ママと約束したでしょう?その約束を破るつもりなの?」「わたしは、もう限界なの。ママ、もうわたしを自由にさせて。」総美はそう言うと、美香を見た。「これからママ、どうすればいいの?」「そんなの、自分で考えてよ。もう良い年をした大人なんだから。」「待ちなさい、総美!」美香の声を背に受けながら、総美はホテルの部屋から出た。 25歳になった総美は、スケートを習い始めてから持病の腰痛に苦しんでいた。バンクーバー、ソチと、世界の大舞台で金メダルを二度も獲得した後、総美は自分の腰痛が酷くなっていることに気づいた。『このままだと、歩行も困難になるかもしれません。覚悟しておいてください。』 病院で医師から告げられた残酷な言葉に、総美は打ちのめされた。今までスケート一筋で生きて来た彼女にとって、リンクの上に立てないというのは、死ねと言われているのと同じことだった。もう終わりにしよう―平昌で金メダルを獲れなかったら、その時はまた何かを考えよう。そう思いながら、総美は現役最後のオリンピックに臨んだ。『サトミ、ここに居たの。』『マリア。』ホテルのラウンジでコーヒーを飲んでいる総美の元に、銅メダルを獲得したロシアのマリア=ペロトワが駆け寄ってきた。『金メダルおめでとう。』『ありがとう。』『あなたが引退するなんて残念だわ。もっとあなたとは良いライバルでいたかったのに。』『わたしもよ、マリア。』マリアと話しながら、総美は千尋の事を想った。(千尋ちゃん、今何処に居るの?) 昼食を終えた歳三は、7年前に福岡市で起きた強盗致傷事件の捜査資料に目を通していた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「いらっしゃいませ~」「すいません、ここに千尋さんっていう子、居ませんか?」「ああ、千尋ちゃんなら先月から産休に入っとるよ。」「産休?」「来年の3月が予定日やから、ママが早めに産休を取らせたんよ。」「そうですか・・」 大晦日、千尋が働いているという中洲のクラブ『シャンテ』へと向かった浅田は、同僚のホステス達から千尋が産休を取っていることを知った。「千尋さん、ママと一緒に住んで居るんですよね?ママが住んでいるマンション、何処にあるのか教えて貰えませんか?」「そこまではちょっと・・ねぇ?」「うちらは余りママの事はよう知りませんから・・」ホステス達は互いに目配せすると、浅田が座っているソファ席から離れた。(収穫なしか・・)浅田は溜息を吐くと、伝票を掴んで『シャンテ』から出た。「お客さん、ちょっと!」 店を出て浅田が暫く中洲の街を歩いていると、彼の背後から派手なドレスを纏ったホステスが彼を追いかけて来た。「何ですか?」「さっき、千尋ちゃんの事聞いとったろ?」「ええ、そうですけれど・・あなたは?」「うちはみちよ。あんたに話したい事があるから、ちょっと来て。」「わかりました・・」 『シャンテ』のホステス・みちるに連れられ、浅田は彼女と共に屋台のラーメン屋に入った。「ここはあんたの奢りでよかね?」「ええ、構いませんが・・みちるさん、わたしに話したい事って何ですか?」「千尋ちゃんねぇ、恋人から暴力を受けて来て東京から逃げてきたんよ。」「恋人?千尋さんに恋人が居たんですか?」「ママから聞いた話やけど、千尋ちゃんの彼氏やった男は酷い酒乱で、千尋ちゃんにいつも暴力を振るっとったらしいよ。」「そうですか・・」「ママは昔、男に騙されたことがあるから、千尋ちゃんに同情したんやろうね。まぁ、一緒に住んどるうちに千尋ちゃんとはまるで実の親子のように仲が良いんよ。」みちるはそう言うと、ラーメンのどんぶりを持ってスープを豪快に飲み干した。「千尋、新年明けましておめでとう。」「明けましておめでとうございます、ママ。」「これ、あんたに。出産費用の足しになるといいけど。」「まぁ、ありがとうございます。」 新年を瑛子の部屋で迎えた千尋は、彼女からお年玉が入ったぽち袋を受け取った。「赤ちゃんの性別、どっちかわかったと?」「男の子ですって。最近胎動が激しくて、困っちゃいます。」千尋はそう言うと、大きく迫り出した下腹を愛おしそうに撫でた。「元気な子が生まれるとよかねぇ~」「ええ、本当に。」瑛子と千尋が赤ん坊の話をしていると、突然エントランスのチャイムが鳴った。「わたしが出ます。」「あんたは座って休みんしゃい。うちが出るけん。」瑛子はそう言うとこたつの中から出て、インターホンのスイッチを入れた。画面には、宅配業者の男が映っていた。『荻野千尋さんに、お歳暮をお届けに上がりました。』「は~い、今待ってくださいねぇ。」瑛子はエントランスのロックを解錠すると、男を部屋の中に入れた。「すいません、お歳暮は・・」「ママ、お客様?」千尋がこたつから立ち上がろうとした時、男が隠し持っていた鉈(なた)を瑛子に向けるのを見た。「千尋、あんたは逃げんしゃい!」「ママ!」 瑛子の血が、リビングの壁に飛び散った。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014.03.08
「君は以前、中洲の『シャンテ』で働いていたそうだね?」「ええ。けど問題ばかり起こして、ママに愛想尽かされて店を首になりましたけど。」奈美はそう言うと、吉田を見た。「うちに聞きたい事って、何ですか?」「そのクラブで働いている千尋って子、知らないかい?」「あぁ、あの子ね・・新入りの癖にママに気に入られて、ママと一緒に住んどるみたいですよ。」「へえ、そうかい。」「吉田様は、千尋とはどういう関係なんですか?」「まぁ、知り合いかな?」吉田はそう言うと、グラスに入っていたスコッチを一気に飲み干した。「ただいま・・」「お帰りなさいませ、旦那様。」「拓人は?」「坊ちゃまでしたら、今日もお友達の家に泊まりに行かれています。」「そうか・・」 帰宅した吉田がリビングに入ると、そこは人の気配がなくガランとしていた。 律子が死んで千尋が失踪した後、拓人はまるで吉田を避けるかのように最近殆ど家に帰って来ない。(わたしは、拓人に嫌われたな・・)吉田が溜息を吐きながらグラスに水を注いでいると、スーツの内ポケットにしまっているスマートフォンが鳴った。「もしもし、わたしだ。」『先生、わたしです、浅田です。今、宜しいですか?』「ああ、いいよ。」『出来れば電話ではなく、直接お会いして話したい事があるのですが・・』 数分後、24時間営業のファストフード店で、吉田は浅田と落ち合った。「わたしに話したい事は何だ?」「先生、こんな事を聞くのは大変心苦しいのですが・・今、先生の妙な噂が流れています。」「妙な噂?」「ええ・・何でも、千尋さんが妊娠している子どもは、吉田先生の子ではないかという噂がありまして・・」「馬鹿らしい、何処に実の娘に手を出す父親が居るというんだ?」吉田はそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。「浅田君、事件のことは聞いているね?」「ええ・・千尋さんが、五千万を先生の家にある金庫から盗んだ事も知っています。」「何処でそれを聞いたんだ?」「拓人君からです。」「拓人は君には何でも話すんだな。わたしと顔を合わせると、すぐに何処かへ行ってしまうのに・・」「反抗期でしょう。思春期にはよくあることです。」「浅田君、千尋は今、博多に居る。」「先生、何故千尋さんの居場所を知っているのですか?」「探偵に千尋の消息を調べさせた。千尋は中洲のクラブ『シャンテ』でホステスとして働いている。」飲み掛けのコーヒーをゴミ箱に捨てた吉田は、ソファ席の上に腰を下ろした。「浅田君、一度『シャンテ』に行って、千尋をうちに連れ戻してくれないか?」「わかりました。ではわたしはこれで失礼致します。」「じゃぁ、宜しく頼むよ。」浅田の肩を叩いた吉田は、そのまま店を出た。「なぁ拓人、家に帰らなくていいの?」「別にいいよ。あの人、俺のことなんか何にも思ってねえし。」「そんなに父親の事嫌いになったの?前は仲良くしていたのにさぁ。」「あの人は、俺に理想の息子像を押し付けていただけだよ。」拓人は友人の栗林にそんな事を言うと、ゲームのコントローラーを握り締めた。にほんブログ村
「何するんですか!?」「せからしか!あんたいつも虫も殺さんような顔をして、あの人を誑かして・・」「奈美先輩、一体何を言って・・」「何処までうちを馬鹿にしたら気が済むとね!?」奈美に胸倉を掴まれ、千尋は床に転倒した。奈美は千尋の上に馬乗りになると、拳で何度も千尋の腹を殴った。「奈美、何しとるとね!?」奈美の様子が何処かおかしいことに気づいた彼女の仲間のホステス達が、慌てて彼女と千尋の間に割って入った。「千尋、大丈夫?」「お腹が・・」「誰か、救急車呼んで!」 千尋は目を閉じると、そのまま意識を失った。「千尋、あたしがわかる?」「ママ・・ここは、何処ですか?」「病院たい。」「お腹の、赤ちゃんは?」「赤ちゃんは無事たい。」病室のベッドの上で目を覚ました千尋は、瑛子から腹の子が無事であることを知り、安堵の溜息を吐いた。「奈美さんは?」「あの子は警察に連れて行かれた。最近様子がおかしいと思うたら・・あの子、彼氏の子どもを流産したみたい。」「え?」「奈美にはこの店に通って来る客といい仲になっとったんよ。けどそん男は妻子持ちで、奈美はそいつに騙されていただけやったと。」「酷いですね、その男・・」「奈美は妊娠したけど、自分ひとりだけで子どもを産んで育てようと決めた矢先に、駅の階段から落ちて流産して・・」「ママ、どうして奈美さんはわたしが妊娠していることを知ったんでしょうか?」「女としての勘が働いたんやろうねぇ。奈美はいつしか、あんたが妊娠している腹の子は、自分の恋人の子やないかって疑うようになったんよ。」「そんな・・」「奈美には店を辞めて貰う事にした。」瑛子はそう言うと、千尋の病室から出て行った。 数日後、瑛子は客のホステス達やボーイ達をフロアに集めた。「奈美は昨夜、店を辞めた。」「ママ、それは本当ですか?」「あの子は前から客とトラブルばかり起こしとった。千尋を殺しかけたから、もうあの子を見逃すことはできん。」「ママ・・」 千尋に暴力を振るい、『シャンテル』を辞めた奈美は博多を去った。上京した彼女は、銀座のクラブ『シャルタン』でホステスとして働き始めた。「奈美ちゃんは、何処の出身なの?」「博多です。そこに居た頃は、中洲の『シャンテ』っていうクラブで働いていました。」「へぇ、『シャンテ』って、中洲でも一、二を争う高級クラブだろう?どうしてそんな良い所辞めてこっちに来たの?」「辞めたんやないですよ、ママから首を切られたとです。」「それは可哀想になぁ・・瑛子ママは、結構厳しい人だと聞いていたけれどねぇ・・」「ママを、ご存知なんですか?」「まぁね。」奈美が『シャンテル』で客に自分の身の上話をしていると、美紀子ママと吉田議員が店に入ってきた。「ママ、あの子は?」「ああ、あの子は一週間前にうちの店に入ってきた、奈美って子です。あの子、ここに来る前は中洲の『シャンテ』で働いていたそうですよ。」「ほう・・」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「変な人って、男ね、女ね?」「男性で、少し痩せて猫背ぎみの人でした。年の頃は30代の前半ぐらいでした。」「向こうの人は、あんたの事を知っとったの?」「さぁ・・でもエレベーターの中で時折わたしの顔をジロジロ見ていたので・・」「あんまり夜遅くに一人で出歩かんようにせんとね。」「はい・・」 瑛子と朝食を食べながら、千尋はエレベーターの中で会った男の言葉を思い出していた。“名乗る者のほどではございません”そう言って男は、自分に微笑むと何処かへ行ってしまった。その笑顔に、千尋は何処か胡散臭さを感じていた。(もし、あの男がわたしのことを調べているのだとしたら・・)「千尋、どうしたと?」「いえ、何でもありません。」 その日の夜、千尋が『シャンテ』に出勤して更衣室に入ると、以前自分に絡んで来た先輩ホステスの奈美が仲間のホステス達と何処か楽しそうな様子で何かを話していた。「千尋ちゃん、こんばんは。」「光子さん、こんばんは。」チーフママの光子に千尋が挨拶すると、千尋は彼女の左手の薬指にダイヤの指輪が嵌められていることに気づいた。「ママ、それ・・」「ああ、これ?この前、うちをご贔屓にしてくださっているお客様がくれたんよ。」「へぇ、そうなんですか。」いつものように千尋が店のボックス席で常連客をもてなしていると、突然グランドピアノが置かれている近くの席でグラスが派手に割れる音が聞こえた。「うちのこと、そげな女と思うとったと?馬鹿にするんやなか!」「奈美、やめんね!」千尋がその席の方を見ると、顔を怒りで赤く染めた奈美が、一人の男性客の胸倉を掴んでいるところだった。「帰って、もう二度とうちにその顔を見せるんやなか!」「言われなくても帰るよ、ご馳走様。」興奮している奈美とは対照的に、彼女に酒を掛けられ胸倉を掴まれた男性客は何処か冷めた様子でテーブルの上に置かれている伝票を手に取ると、そのまま店を後にした。「まぁた奈美ちゃんやったねぇ。」「またって、どういう意味ですか?」「千尋ちゃんは新入りやから奈美のことよく知らんやろうけど、あいつはいつも悪酔いすると客につっかかる癖があると。だから奈美はママやチーママからいつも睨まれとると。」「へぇ、そうなんですか・・」「千尋ちゃん、最近太った?」「いやだぁ、そんな事言わないでくださいよぉ~、気にしているのにぃ。」「千尋ちゃんは、痩せてても太っても元が綺麗やから、気にせんよ。」「まぁ、嬉しい~」 更衣室で千尋が私服に着替えていると、そこへ仲間のホステス達を引き連れた奈美が入ってきた。「あんた、妊娠しとるとね?」「何を言うんですか・・そんな事、奈美先輩に何か関係があるんですか?」「あんた、うちを騙せると思ったとね?あんたの腹の子は、あの人の子やろうが!」奈美はそうヒステリックに千尋に向かって怒鳴ると、彼女の頬を平手で打った。にほんブログ村
「今日はよく雪が降りよるねぇ。」「そうですねぇ、明日は積もるかもしれませんねぇ。」街中にクリスマス・ソングが流れる頃、瑛子は窓の外を眺めながらそう言うと、こたつの中に潜り込んだ。「千尋、あんたこれからどうすると?相手の男とは、まだ連絡がつかんとね?」「ええ・・彼とは、わたしが妊娠する前に別れたんです。」「そうね。何でその男と別れたとね?」「彼、普段わたしには優しかったんです・・でも、お酒を飲むと人が変わったようになって・・」「酒乱やったとね?」千尋は瑛子の問いに無言で頷いた。「お酒を飲むと、わたしを酷い言葉で罵って、暴力を振るうようになって・・わたしは、何とか彼を立ち直らせたかったんですけど・・無理でした。」瑛子に作り話を聞かせながら、千尋は吉田から受けた暴力を思い出しては小刻みに身体を震わせた。「ある日・・わたしがバイトから帰ったら、彼が昼間にお酒を飲んでいて・・わたしが彼から焼酎の瓶を取り上げようとしたら、いきなり彼がわたしに覆い被さってきて・・」「もうよか。そんな酷い男のことはもう忘れんしゃい。」瑛子はそう言うと、千尋を抱き締めた。「うちも昔男に散々貢がされた挙句、襤褸雑巾のように捨てられたと。だから、あんたの気持ちがようわかる。」「ママ・・」「さてと、今夜はとことん飲もう!あぁ、あんたは妊娠中やから、ウーロン茶でよかよ。」「いただきます。」瑛子と千尋が住んでいる部屋を、一人の男が望遠鏡で眺めていた。(動きはないな・・)彼はそっと望遠鏡を下ろすと、通行人を装ってマンションから離れた。「千尋ちゃん、おはよう。」「おはようございます、ママ。ゴミ、捨てて来ますね。」 翌朝、千尋がゴミを捨てにエレベーターに乗ろうとした時、突然一人の男がエレベーターに乗り込んできた。(何なの、この人?)男の服装を見る限り、彼はこのマンションの住民ではなさそうだ。それに、彼は時折自分の顔を見ては挙動不審な動きをしている。なるべく千尋は男と目を合わせないようにしながら、そのままエレベーターから降りた。「すいません。」千尋がゴミを捨てようとした時、エレベーターに乗り込んできた男が突然彼女に話しかけて来た。「何ですか?」「あのう、あなたこのマンションに住んでおられますよねぇ?」「ええ、そうですけど・・あなたは?」「名乗る者のほどではございません。」男はそう言って千尋に頭を下げると、そのまま彼女に背を向けて何処かへと行ってしまった。(変な人・・)「千尋、どうしたと?」「さっき、変な人から声を掛けられました・・」にほんブログ村
2014.03.07
千尋が中洲の高級クラブ『シャンテ』で働き始めてから一ヶ月が過ぎた。「あんた、筋がいいねぇ。前は何をしとったの?」「遊廓で働いていました。」「へぇ、今の時代に遊廓がまだあるとね?」「ええ、わたしの故郷には、江戸時代から続く遊廓や芸者の置屋さんがまだあって・・」「千尋ちゃんの客あしらいが上手いんは、遊郭で鍛えられたからやねぇ。」「まぁ、そういうことになりますね。」千尋がそう言って自分にチップをくれた男性客・上田に愛想笑いを浮かべると、カラオケセットがあるステージへと向かった。「上田さん、何か一緒に歌いましょうよ。」「よかよ~」ステージで千尋と上田が歌っている姿をフロアで見ながら、瑛子は千尋を雇って良かったと思い始めるようになった。「光子、あんたが千尋を雇ったのは正解やったね。あの子、この仕事に向いとる。」「そうですねぇ、ママ。あの子は遊廓育ちやから、自然と客あしらいも身に付けたんでしょう。」「まぁ、あの子がこの店のナンバーワンになる日もそう遠くはなかろうね。」瑛子はそう呟くと、煙草を美味そうに吸った。「あんた、ちょっと来んね。」「何でしょう?」上田を店の前で見送った千尋がフロアに戻ろうとした時、『シャンテル』の先輩ホステス・奈美に彼女は声を掛けられた。「あんた、新入りの癖に生意気やなかとね?常連さんに媚売って、恥ずかしいと思わんとね?」「別にわたしは、上田様に媚など売っていませんよ?」「何ね、先輩に向かってその口の利き方は!?」千尋の言葉にいきり立った奈美は、千尋を殴ろうと腕を振り上げた。「奈美、お客様を見送らんで何しとうとね!?」「すいません~、今行きます~」奈美はそう言って千尋を突き飛ばすと、店の入口へと向かった。「大丈夫やった?」「光子さん、助けてくださってありがとうございます。」「奈美の事は気にせんでよか。あの子最近売りあげが落ちとるから、あんたに嫉妬しとるんよ。」「千尋、あんたもうあがりんしゃい。」「お疲れ様です。」瑛子と光子に向かって頭を下げた千尋は、フロアの奥にある更衣室に入った。私服に着替えた彼女は店を出ると、瑛子が住むマンションへと向かった。マンションのエントランスのオートロックを解除した千尋がマンションの中に入ろうとした時、彼女は誰かの視線を感じた。(気の所為ね・・)「もしもし、吉田先生?あの子、見つけましたよ。」 マンション前にある植え込みの陰に潜んでいた男は、携帯で自分の依頼主と話をしていた。「彼女は中洲にある高級クラブでホステスとして働いています。そのクラブのママと一緒に暮らしています。」『そうか、貴重な情報をどうもありがとう。報酬は後で君の口座に振り込んでおくよ。』「ありがとうございます。ではわたしはこれで。」にほんブログ村
「あんたが、電話を掛けて来た子ね?」「はい・・」 福岡・中洲にある高級クラブ『シャンテ』の面接に来た千尋を、ママの瑛子は何処か胡散臭そうな目で見た。「あんた、幾つね?」「18です・・」「嘘吐きんしゃい。あんたまだ18にもなってなかろうが?」瑛子はそう言うと、咥えていた煙草に火をつけた。ニコチン特有の臭気が店内に充満し、千尋は両手を口元で覆った。「あんた、妊娠しとるとね?」「はい・・」「ここでの仕事は、妊婦には向かんよ。それに、素人が出来る仕事じゃなか。帰りんしゃい。」「お願いです、ここで働かせてください。掃除でも何でもやりますから・・」「しつこか子ねぇ、帰りんしゃい!」自分に取り縋る千尋に苛立った瑛子は、そう叫ぶと彼女を軽く突き飛ばした。「お願いします、ここで働かせてください!」「ママ、どうしたと?」「この子が雇ってくれってしつこいと。」「あんた、名前は?」『シャンテル』のチーフママ・光子がそう言って千尋を見た。「荻野千尋といいます。お願いです、ここで働かせてください、何でもしますから!」「光子、この子まだ18にもなっとらんのよ。それに訳ありみたいやし・・うちは面倒な事に巻きこまれるのはごめんたい!」「ママ、この子を雇ってあげたらどうね?」光子は何度もここで働かせてくれと自分達に懇願している千尋を見て、何だか彼女が可哀想になってきた。「この子の面倒はうちが見るけん、ママ・・」「あんたにそう言われると、うちは何も言えん。」瑛子は鼻を鳴らすと、スツールから降りて自分に土下座している千尋を見た。「今日からうちで働きんしゃい。暫くあんたには裏方の仕事をやって貰う。」「有難うございます!」「光子、後は任せたよ。」「千尋ちゃんっていったね。うちは光子っていうんよ、宜しく。」「宜しくお願いします。」「千尋ちゃん、あんた妊娠しとるとね?」「はい・・光子さん、わたしお金が必要なんです、お腹の子の為にも・・」「うちについてきて。」 『シャンテ』で千尋が働き始めて二週間が経った頃、千尋は瑛子ママに呼ばれて、彼女が住むマンションへと向かった。「あんた、今何処に住んどるとね?」「キャナルシティの隣にある、ホテルです。」「ホテルは高うつくけん、今日からここに住みんしゃい。」「ありがとうございます・・」「礼は要らん。あんた、何か特技はある?」「ピアノと三味線、琴が弾けます・・あと、日舞も・・」「そう。それじゃぁ、今日からフロアに出てみんね?あんたは綺麗やからすぐにパトロンがつくと思うし・・」 その日の夜、千尋は鮮やかなエメラルドグリーンのドレスを纏って『シャンテ』のフロアに出た。「ママ、その子誰ね?」「新人の千尋ちゃんたい。千尋、うちの店のお得意様の上田さんたい、挨拶せんね。」「千尋です、宜しくお願いします。」「可愛いか子やねぇ。千尋ちゃん、幾つね?」「18です。」「初々しいねぇ、肌もこんなにツルツルしとって、羨ましか~」そう言うと男性客は、千尋の胸元に手を入れた。「やだぁ、やめてくださいよ~」「千尋ちゃん、はいチップ。」男性客は千尋に向かって微笑むと、札束が入った封筒をドレスの胸元に挟んだ。「あの子、大人しい顔しとるけど、やる時はやるねぇ。」にほんブログ村
新宿高速バスターミナルから、福岡行きのバスに乗り込んだ千尋は、長旅を終えて西鉄天神バスターミナルでバスを降りた。千尋はボストンバッグを肩に提げながら、天神の街を歩いた。暫く歩いている内に、彼女は疲れを感じ始めていた。何処か休める場所はないかと思いながら街を歩いていると、川の向こうに大型商業施設が見えた。その中にあるファストフード店で二週間振りに食事を取った千尋は、ボストンバッグからスマートフォンを取り出して電源を入れた。メールボックスを見ると、拓人からメールが数通来ていた。“姉さん、何処に居るの?”“お願いだから、早く帰って来て。”“父さんのお金を盗んだのは、姉さんなの?”拓人のメールに全て目を通した千尋は、スマートフォンの電源を切ると、それをボストンバッグにしまってファストフード店を出た。「すいません、今日泊まりたいんですけど・・」「ご予約はしておりますか?」「いいえ・・お金ならあります。」「少々お待ち下さい。」 商業施設に隣接しているホテルにチェックインした千尋は、部屋に入るとボストンバッグの中から着替えの服と下着を取り出した。長い間風呂に入っていない所為か、髪はベタつき、腕や胸を掻くとそこから消しゴムカスのような黒い垢がポロポロと出て来た。 浴室に入った千尋は頭からシャワーの湯を浴びると、凝り固まった全身の筋肉が解れる感覚がして思わず目を閉じた。「拓人、千尋はまだ見つからないのか?」「うん。」 東京の吉田邸では、拓人がダイニングで吉田と朝食を食べながら千尋の身を案じていた。「父さん、姉さんを本当に探さないつもりなの?」「ああ。千尋はもうこの家から出た人間だ。わたし達が捜す必要はないだろう。」「姉さんは父さんの子を妊娠しているんだよ?それなのにどうしてそんなに冷たい事が平気で言えるの?」「拓人、もう千尋の事は忘れなさい。そうしないと、前には進めないぞ?」吉田はそう言って椅子から立ち上がると、拓人の肩を叩いてダイニングから出て行った。(姉さん、何処に居るの?)シャワーを浴びた千尋はドライヤーで髪を乾かした後、ベッドに寝そべりながらテレビをつけた。『今日、衆議院議員の吉田稔麿氏が、東京都内にある児童養護施設を慰問しました。』テレビ画面に、笑顔を浮かべながら児童養護施設の子ども達と語らう吉田の顔を見た千尋は、ベッドサイドに置かれていたリモコンを手に取ると、テレビを消した。自分の心に深い傷を負わせた吉田を、千尋は許せなかった。(絶対に、あの男に復讐してやる・・) 翌朝、近くのコンビニで買った求人誌を部屋で見ていた千尋は、中洲にあるクラブがホステスを募集していることを知り、早速そのクラブに電話を掛けた。「すいません、そちらのクラブで働きたいんですけれど・・」にほんブログ村
「まぁ、刑事さんがこちらに一体何のご用でしょう?」 荻野千尋が失踪前に通っていた音羽にある白鳥女子学園を歳三達が訪ねると、学園長の小林はそう言って応接室のソファに腰を下ろした。「千尋さんがこの学校に在籍していた時、彼女はどんな生徒でしたか?」「そうですねぇ、優秀な子でしたよ。まぁ、余り親しい友達は居ないようでしたけど・・」「彼女はいつもどんな風に過ごしていたんですか?」「いつも教室で本を読んでいましたよ。わたくしよりも、担任の甲斐崎先生からお話をお聞きになったらよろしいかと思いますが・・」小林はそう言うと、千尋の担任だった甲斐崎よし江の住所をメモに書いて歳三に手渡した。「ありがとうございます。」「あなた方に、神のご加護がありますように。」 白鳥女子学園を後にした歳三達は、千尋の担任だった甲斐崎よし江が住むマンションへと向かった。「甲斐崎さんですね?警察ですが・・」『すいません、今は事件について何もお話することはありません。』インターフォン越しに聞こえる甲斐崎の声は、震えていた。「甲斐崎さん、事件はもう解決したのに我々が来ては困る事情でもおありなのですか?」『それは・・』「お願いです、5分だけでもお話を聞かせてください。」『わかりました・・』 数分後、よし江はリビングのソファに座った歳三と勇にコーヒーを出した。「実は、さっき荻野さんから電話があったんです。もし自分の事で警察が来たら、黙っていて欲しいと言われました。」「甲斐崎さん、あなたはご存知なんですね?荻野千尋さんが義理の母親を殺し、吉田家の裏金を奪った事を?」よし江は歳三の言葉に無言で頷いた。「あの子は、まだ見つかっていないんですか?」「ええ。甲斐崎さん、千尋さんが行きそうな場所に心当たりはありませんか?」「いいえ。」「我々としては、早く彼女を見つけてあげたいんです。彼女は、妊娠していますから。」「まぁ・・わたくし、全然気づきませんでした。」よし江が住むマンションから出た歳三は、彼女が住んでいる部屋の窓を見上げた。「トシ、甲斐崎よし江は俺達に嘘を吐いていると思うか?」「彼女は嘘を吐いていない。彼女は俺達と話している間、最後まで俺達の目を見て話していた。」「そうか・・」勇がそう言って親友を見た時、ワイシャツの中で携帯が振動するのを感じた。「もしもし?」『近藤さん、荻野千尋が新宿高速バスターミナルに現れたぜ!』「わかった、今行く。トシ、新宿に向かうぞ!」 新宿高速バスターミナルで福岡行きのバスのチケットを買った千尋は、待合室でミネラルウォーターのペットボトルを買うと、ベンチに座ってそれを一口飲んだ。『福岡行きのお客様、間もなく5番乗り場にバスが参ります。』千尋はペットボトルの蓋を閉めてそれをボストンバッグにしまった後、待合室を出て福岡行きのバスに乗り込んだ。 一方、新宿へと車で向かっている歳三達は途中で渋滞に嵌ってしまい、身動きが取れなくなっていた。「畜生・・このままだとバスが・・」歳三がそう言って舌打ちしながら窓の外を見ると、丁度福岡行きのバスが彼らの前を通り過ぎるところだった。「遅かったか・・」「あと少しだったのに、クソ!」にほんブログ村
2014.03.06
夏の洞爺湖は、観光客で溢れ返っていた。「東京と違って、北海道の夏は快適だなぁ。」「ああ、そうだな。」売店で買ったソフトクリームを舐めながら、歳三は勇とともに千尋を目撃したという旅館『漁火(いさりび)』の従業員・西田清美に会いに行った。「あなたが目撃した人は、この人で間違いないですか?」「はい、間違いありません。」歳三から千尋の写真を見せられた清美は、そう言うと千尋を目撃した日のことを歳三達に話した。「あの日は、丁度花火大会があって、フロントには沢山のお客様がいらっしゃいました。その中で、ボストンバッグを抱えていらしたこのお客様が、フロントにあるあちらのソファに座っていました。」 湖が見えるソファに座っていた千尋は、暫くするとホテルから出て行ったという。「その後、彼女の姿を見ましたか?」「いいえ。ただ、何処か追い詰められたような顔をしておりました。」「そうですか・・お忙しい中、我々に付き合ってくださり有難うございました。」「警察に協力するのは、市民の義務ですから。」その日歳三達は、『漁火』に泊まることになった。「なぁトシ、荻野千尋はここを出て何処に向かったと思う?」「さぁ・・荻野千尋が消えたのは、観光客でごった返す花火大会があった日の夜だ。人混みの中で自分が消えても、誰も怪しまない・・」「どうして彼女は病院から逃げたんだろうな?」「それは今から調べる。それが俺達の仕事だ。」歳三はそう言うと、短くなった煙草の吸殻を灰皿に押し付けた。「土方さん、近藤さん!」「原田、わざわざ呼び出しちまって済まねぇな。」「いや、俺もこれから荻野千尋の捜索を始めようとしていたところだったんだ。」 翌朝、歳三と近藤は原田と『漁火』のロビーで落ち合った。「原田君、今回の事件について君が思った事を我々に聞かせてくれ。」「吉田律子を殺したのは、吉田拓人じゃなくて荻野千尋だと、二人はそうにらんでいるんだな?」「ああ。荻野千尋が病院から失踪したのは、義理の母親を殺したのは自分だと俺達が気づいたからに違いない。」「そうか・・そしたら、もう彼女はこの町には居ないかもしれねぇな。」「だとしたら、一体何処に彼女は消えたんだ?」「彼女は妊娠中だ、そう遠くには行っていないことを願おう。」 歳三達の読みは外れ、北海道を出た千尋は、東京に戻っていた。彼女は自分の全財産が詰まったボストンバッグを肩に提げながら、雑踏の中を歩いていた。疲れを感じた千尋は、バス停のベンチに腰を下ろすと、バッグの中から財布を取り出した。財布には、まだ遠くに行けるまでの交通費がある。そしてボストンバッグの底には、律子の部屋の金庫から盗んだ吉田の裏金が詰まった封筒が入っている。 逃げなくては、もっと遠くに逃げなくては―千尋はゆっくりとベンチから立ち上がると、再び歩き出した。「吉田家の金庫から、五千万の現金が消えていた?それは確かなのか?」「ええ・・ですが吉田議員は、被害届を出していないようです。」「五千万もの大金が消えているのに、それを警察に届け出ないってことは・・何かヤバい金ってことか。」「裏金だな。」歳三はコーヒーを一口飲むと、吉田律子殺害事件の資料に再度目を通した。(やっぱり、この事件には何か裏がある・・)にほんブログ村
「千尋ちゃん・・荻野千尋さんとわたしは、小学校時代の幼馴染で、彼女とは親友でした。」 荻野千尋の親友であり、トップフィギュアスケート選手・沖田総美と赤坂にあるカフェで会った歳三は、総美から千尋の家族―母方の祖父母と実母が義理の父親に殺害された事件を聞いた。「事件は、わたしが東京に引っ越してから起きた事を、最近になって知りました。千尋ちゃんの義理のお父さんはスーパーを千尋ちゃんのお祖父さん達と経営していたけれど、Mモールが開店した所為で経営が大きく傾いて・・借金で首が回らなくて、保険金目当てに無理心中を図ったって、母から聞きました・・」「そうですか、そんな事が・・」「千尋ちゃんは暫く児童養護施設で暮らした後、温泉街にある遊廓の女将さんに引き取られたそうなんです。」「温泉街の遊廓?」「ええ。わたしの故郷には、江戸時代から続く置屋さんや遊廓があるんです。千尋ちゃんは温泉街の中で一番大きな遊廓で、花魁になる為の修行をしていたって、本人から聞きました。」総美はそう言って溜息を吐いた後、コーヒーを一口飲んだ。「沖田さん、あなたは千尋さんが妊娠していたことは知っていましたか?」「いいえ。でも、千尋ちゃんは吉田先生の家で幸せに暮らしていると思っていたから、事件が起きた時はびっくりしました。土方さん、千尋ちゃんはまだ見つからないんですか?」「ええ・・」「千尋ちゃんを必ず見つけてください。わたし、千尋ちゃんの力になりたいんです。」総美は椅子から立ち上がると、そう言って歳三に向かって深々と頭を下げた。「では、わたしはここで失礼します。」「もうすぐ世界選手権大会ですよね?頑張ってください。」「ありがとうございます。」 総美とカフェの前で別れた歳三は、警視庁に戻った。「トシ、誰と会ってたんだ?」「荻野千尋の小学校時代の親友で、フィギュアスケート選手の沖田総美に会ってきた。」「沖田総美って、あのバンクーバーオリンピックで金メダルを獲った、あのさとみちゃんか?」「近藤さん、彼女を知っているのか?」「知っているも何も、彼女は“フィギュア界の妖精”って呼ばれているほどのスター選手なんだぞ!?トシ、サイン貰ってきたんだろうな?」「サインなんて貰ってねぇよ。ただ、荻野千尋に関する話を聞いただけだ。」「俺も呼んでくれればよかったのに。そしたらさとみちゃんとツーショットの写真が撮れたかも・・」「あんた妻子持ちの癖に何言ってんだ。今あんたが言ったこと、つねさんに・・」「やめてくれ、冗談だよ、冗談!」近藤と歳三がそんな話をしていると、近藤のデスクにそなえつけられている電話がけたたましく鳴った。「もしもし、近藤ですが・・」『近藤さん、荻野千尋の目撃情報があった。』「何だって!?原田君、今何処なんだ?」『洞爺湖だよ。』「わかった、今から行く・・」「どうした、近藤さん?」「トシ、さっき原田君から電話があって・・洞爺湖で荻野千尋の目撃情報があったそうなんだ。」「何だって!?」 東京の病院から消えた荻野千尋が、何故洞爺湖に居るのか―その謎を解く為、歳三は近藤とともに北海道へと向かった。にほんブログ村
「でも今回の事件、何だか腑に落ちないんだよなぁ。」「トシ、吉田拓人のことを疑っているのか?」「あいつの事を疑っている訳じゃねぇけど・・やけに冷静すぎねぇか?いくら事故だとはいえ、母親を鋏で刺し殺したら、普通気が動転する筈だぜ?」「まぁ、それもそうだな・・」「それなのに吉田拓人は、俺の取り調べに対して冷静沈着な態度で話していた。俺ぁ、あいつが今回の事件に一枚噛んでいると思うんだよなぁ。」「トシ、それは考え過ぎだろう?」「そうかなぁ・・」親友・近藤勇の言葉を聞きながら、歳三は溜息を吐くと伸びかけた前髪を鬱陶しげに掻きあげた。「今夜はうちに寄っていくんだろう、トシ?」「いや、遠慮しておく。」「そんなに俺に気を遣わなくてもいいだろう。」近藤はそう言うと歳三の肩を叩きながら、大声で笑った。「じゃぁな、トシ。」「ああ、また明日。」 その日の夜、歳三は今回の事件資料に何か不審な点がないのかどうかを確認する為に、田園調布署に泊まることにした。(吉田議員が二階からの叫び声を聞いたのが午後8時過ぎで、律子の遺体を吉田議員が発見したのが午後9時。そして吉田拓人が田園調布署に通報してきたのが、午後9時半頃・・)司法解剖の結果、吉田律子の死亡推定時刻は、午後8時から午後9時の間であることがわかった。(もし、吉田律子を殺害したのが吉田拓人じゃなかったら・・真犯人は・・) 田園調布署から出た歳三は、千尋が入院している病院へと向かった。「土方さん!」歳三が千尋の病室がある産婦人科病棟へと向かうと、拓人が歳三の方へと駆け寄ってきた。「どうした、何かあったのか?」「姉が・・病院から消えました!」「何だって!?」 拓人とともに千尋の病室に入った歳三は、ベッドの上に一枚のメモが置かれていることに気づいた。“わたしを探さないでください 千尋”「千尋さんが何処に行ったのか、心当たりはないのか?」「わかりません・・」 田園調布署は荻野千尋の捜索を行ったが、失踪から数週間が過ぎても荻野千尋は発見されなかった。「そうですか、娘はまだ見つかりませんか・・」「はい。全捜査員が総力を挙げて荻野千尋さんを捜しておりますが・・」「あの子はこの家に居る事が耐えられなかったんでしょう・・もう、娘を探さないでください。」「わかりました。」 吉田律子殺害事件は長男・吉田拓人の正当防衛が認められ、拓人は裁判で無罪判決を受けた。「これで一件落着だな、トシ。」「そうだな・・」行きつけのラーメン屋で昼食を取りながら、歳三はこの事件にはまだ何か裏があると思い始めていた。「味噌ラーメン、お待ち~」「トシ、早く食べないとラーメンがのびるぞ?」「うるせぇ、わかってらぁ。」 翌日、歳三がデスクワークに追われていると、備え付けのコードレスフォンがけたたましく鳴った。「はい、警視庁捜査一課刑事課ですが・・」『土方さんですか?わたし、沖田総美(おきたさとみ)と申します。千尋ちゃんの事で、話したいことがあるんです。』にほんブログ村
「姉さん、聞こえる?」「拓人君・・」千尋が病室のベッドの上で目を覚ますと、そこには自分の手を握っている拓人の姿があった。「あの人は?」「父さんは昨夜、意識を取り戻したよ。」「そう・・」千尋がベッドから起き上がろうとすると、拓人が慌ててそれを止めた。「まだ寝てないと駄目だよ、姉さんは昨夜流産しかけたんだから。」「赤ちゃん、まだ生きているの?」「うん。姉さん、これからどうするの?」「わたし、産みたくない・・あの人の子どもなんて、育てられない!」千尋はそう言うと、両手で顔を覆って激しく嗚咽した。「父さん、今話せる?」「ああ、いいよ。」 集中治療室から一般病棟へと移った吉田は、病室に入ってくる拓人を笑顔で浮かべた。「さっき、姉さんを見舞って来たよ。」「千尋が、どうかしたのか?」「昨夜、流産しかけたんだ。暫く安静する必要があるって・・」「そうか。」吉田はそう言うと、読んでいた文庫本から顔を上げた。「父さん・・姉さんは赤ちゃんを産みたくないって言っていたよ。」「千尋にはわたしの子を産んでもらう。」「父さん、どうして姉さんに執着するの?父さんの所為で母さんは死んで、姉さんは苦しんでいるんだよ!?」「お前にわたしの気持ちなどわからないだろう?わたしにとってあの子は・・千尋は特別な存在なんだ。」「特別な存在?」「わたしはかつて、愛する人と引き裂かれた。その人の娘が、千尋なんだ。」吉田はそう言うと、拓人を見た。「荻野さん、朝食ですよ。」「要らない。」「しっかり体力をつけないと、お腹の赤ちゃんも元気になりませんよ?」「要らないって言っているでしょう、わたしの事は放っておいて!」 歳三が千尋を見舞いに行くと、彼女は看護師に当たり散らしていた。「すいません、警察の者ですが・・」「じゃぁ荻野さん、また来ますね。」看護師は歳三の顔を見て安堵の表情を浮かべた後、そそくさと千尋の病室から出て行った。「何かわたしに用ですか?」「昨夜、あなたの弟さんから詳しい事情を聞きました。」「そんな・・」千尋はそう言うと、歳三を見た。「わたし、この子を産むつもりはありません。早く始末したいんです。」「あなたのお気持ちはわかります。」歳三は壁に置かれている見舞い客用の椅子をベッドの前に置くと、その上に腰を下ろした。「あの人は、逮捕されるんですか?」「それはわかりません。あなたの父親があなたを性的虐待したという物的証拠がなければ、彼を逮捕する事は難しいでしょう。」「物的証拠?」「ええ・・胎児のDNA鑑定をすれば・・」「もうその話はしたくありません、帰ってください!」千尋はヒステリックにそう歳三に叫ぶと、彼に向かって枕を投げつけた。「では、これで失礼します。」 病院を後にした歳三は、疲れた身体を引き摺りながら田園調布署へと戻った。「トシ、お帰り。」「ただいま・・」「どうした、疲れた顔して?」「さっき荻野千尋に会って来たんだが・・まだ話が出来るような精神状態じゃなかったよ。」「まぁ義理とはいえ、母親が目の前で死んで、その上流産しかけたんだから、無理もないだろうな。」にほんブログ村
「ガイシャは?」「二階の奥の寝室です。」警視庁捜査一課の刑事・土方歳三が衆議院議員・吉田稔麿邸へと向かうと、邸の前にはマスコミや野次馬でごった返していた。『母を殺してしまいました、すぐに来て下さい。』最寄りの田園調布署から少年の声で通報があったのは、事件発生直後の午後9時30分頃だった。鑑識が調べている殺人現場となった二階の寝室に歳三が入ると、ベッドの前には一人の女性が仰向けになって倒れていた。「ガイシャの名前は吉田律子、吉田議員の妻です。」歳三は律子に向かって合掌すると、彼女の胸に深々と突き刺さっている鋏を見た。「我々が駆けつけた時に、彼女はもう死んでいました。」「家族は何処に居る?」「吉田議員が階段から転落して、病院に搬送されました。吉田議員の息子と娘は吉田議員が入院している病院に居ます。」「その病院は何処にある?」所轄署から吉田議員が入院している病院の名を聞いた歳三は、病院の住所を手帳にメモすると、吉田邸を出て車でその病院へと向かった。「警察ですが、吉田先生は・・」「吉田先生なら、集中治療室に入っています。」 看護師に案内され、歳三が集中治療室へと向かうと、そこには吉田議員の息子と娘と思しき10代の男女が廊下に立っていた。「君が、通報してきた吉田拓人君?」「はい、そうです・・」「事件のこと、詳しく聞かせて貰えるかな?」「余り人目がつかない所で話したいのですが・・」「わかりました。」 歳三は拓人と千尋とともに集中治療室の前から離れ、人気のないロビーの待合室のソファへと移動した。「母は、姉を殺そうとしていました。それを見た僕は、必死に母を止めようとして、母と揉み合いになって・・」「それで君は誤って彼女の胸を鋏で刺してしまったんだね?」「・・はい。姉と僕は、現場から立ち去ろうとしましたが、父が入ってきて・・父は姉を何処かへ連れて行こうとして・・」拓人は一旦言葉を切ると、唇を小刻みに震わせた。「それで、どうしたの?」「僕は、父を止めようとして階段の前で父と揉み合いになってしまって・・父はバランスを崩して階段から転落してしまったんです。」「そうか・・辛い事を思い出させてしまって、済まないね。」「いえ・・」拓人はそう言うと、隣に座っている千尋の様子がおかしいことに気づいた。「姉さん、どうしたの?」「お腹が・・」千尋は額に脂汗を浮かべながら、下腹を押さえた。内腿から何か粘り気があるものが流れる感覚がして、千尋は意識を失った。「先生、姉は?」「母子ともに一命を取り留めましたが、暫く安静にしておいた方がよいでしょう。」「ありがとうございます、先生・・」 拓人はそう言って病室から出て行く医師に頭を下げた後、彼はベッドで眠っている千尋の寝顔を見た。「君のお姉さんは、妊娠しているの?」「はい。姉からは絶対に誰も言わないようにと口止めをされていたんですが・・刑事さんにだけは、本当の事をお話します。」 千尋の病室から出た拓人は、歳三に千尋が吉田から性的虐待を受けていたことを話した。「それじゃぁ、お姉さんのお腹の子は・・」「父の子です。母は姉が父の子を妊娠していると知って、姉を殺そうとしたんです。」にほんブログ村
吉田とともに向かった大学病院の産婦人科病棟の待合室には、乳幼児を連れた妊産婦とその家族で溢れていた。「荻野さん、荻野千尋さん。」「はい・・」待合室で看護師から名前を呼ばれた千尋は、ソファから立ち上がると診察室に入った。「診察台に横になってください。」「はい・・」千尋はパンティーをピンクの籠に入れ、診察台の上に横になった。「じゃぁ両足を左右にあるクッションの上に載せてください。」両足を開いた状態で千尋が診察台に横たわりながら医師を待っていると、暫くして白衣を纏った女性が診察室に入ってきた。「楽にしてくださいね~」診察はあっという間に終わった。「おめでとうございます、現在7週目に入っていますね。」「先生、それは本当ですか?」「ええ。」 診察室に呼ばれた吉田は、そこで千尋が自分の子を妊娠している事を知った。「流産しやすい時期なので、余り無理をさせないようにしてください。」「先生、わたし一週間後に友達と湘南に行く予定があるんです。海水浴って、できますか?」「12週目以降なら、流産の危険性がないので大丈夫ですが・・今は避けた方がいいかもしれませんね。」「わかりました。」医師から説明を受けた千尋は、吉田とともに診察室を出た後溜息を吐いた。「千尋、僕の子を産んでくれるね?」「先生、奥様にはこの事は・・」「秘密にするに決まっているじゃないか。お前が男の子を産んでくれれば、吉田家も安泰だ。」そう言って千尋に微笑んだ吉田は、まだ膨らんでいない下腹を撫でた。「千尋、わたくしの部屋に来なさい。」「はい、奥様。」 夕食の後、千尋は律子に呼ばれ、彼女の部屋に入った。「あなた、吉田の子を妊娠しているでしょう?」「奥様、そんな事はありません・・」「嘘おっしゃい!あなたが吉田と毎晩セックスをしている事を、このわたくしが知らないとでも思っているの!」「奥様、わたしは・・」「この前言ったわよね、吉田の子を妊娠したらタダじゃおかないって!」律子は鏡台の上に置かれている鋏を掴むと、その刃先を千尋に向けた。「やめてください、奥様・・」「お前なんか、殺してやるぅ~!」律子は金切り声でそう叫ぶと、鋏を振り回しながら千尋に突進してきた。「姉さん、危ない!」千尋の背後で拓人の叫び声が聞こえたかと思うと、千尋は鋏が胸に刺さった律子がゆっくりと絨毯の上に倒れるのを見た。「拓人君・・」「姉さん、僕は姉さんを守りたかったんだ。」拓人はそう言った後、床にへたり込んでいる千尋を助け起こした。「ここから出よう、姉さん。父さんに見つかる前に・・」「どうした、一体何の騒ぎだ?」 千尋と拓人が律子の部屋から出ようとした時、吉田が部屋に入ってきた。「何だ、これは・・お前達が、律子を殺したのか?」「違う、これは事故なんだ・・」「奥様が、わたしを殺そうとして・・拓人君が、わたしを守ろうとして・・」「嘘を吐くな!」吉田はそう叫ぶと、千尋の手を掴んで律子の部屋を出た。「やめて、離して!」「やめろよ、父さん!姉さんを何処に連れて行くつもりなんだ!」「うるさい、お前には関係ない!」階段の前で吉田と拓人が激しく揉み合っている内に、吉田はバランスを崩して階段から真っ逆さまに落ちていった。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014.03.05
「千尋、また遅くまで勉強しているのかい?」「先生・・」夜眠る前に千尋が部屋で勉強をしていると、吉田が部屋に入ってくるなり彼女の乳房を揉んだ。「やめてください!」「最近、乳首が敏感になっていないかい?」「そんなことありません!勉強の邪魔ですから、出て行ってください!」千尋はそう言って椅子から立ち上がると、吉田を部屋から追い出した。「父さん、姉さんに何の用だったの?」「別に。勉強を教えてあげようと思ったのに、追い出されたよ。」吉田は溜息を吐くと、一階へと降りていった。「先生、お久しぶりです。」「浅田君、待たせてしまってすまないね。」リビングに入った吉田は、そう言うと浅田に微笑んだ。「千尋ちゃんが、白鳥女子学園に編入したとききました。」「あの子は学校で仲良しの友達が出来たようだ。毎日学校に行くのが楽しいって言っているよ。」浅田に平気な顔をしてそんな嘘を吐きながら、吉田はそう言うとスコッチを飲んだ。「先生、お身体の具合はどうですか?」「まぁまぁだね。最近忙しいから、食事は殆ど外で済ませているよ。」「余り無理なさらないでくださいね。」「ふふ、わかっているよ。」吉田が浅田とそんな話をしていると、リビングに千尋が入ってきた。「浅田さん、お久しぶりです。」「千尋ちゃん、まだ起きていたの?」「ええ。ちょっと喉が渇いたので、水を飲みに来ました。」「千尋、もう休みなさい。無理は禁物だよ?」「わかりました。」 キッチンで千尋が水を飲んでいると、吉田が彼女の背後に忍び寄り、制服のブラウス越しに彼女の乳房を揉んだ。「いや、やめて!」「余り大きな声を出すな。浅田君に聞こえたら困るだろう?」吉田は千尋が抵抗しないのをいいことに、彼女の乳房を揉みながら自分のものを彼女の腰に押し付けた。「浅田君にはトイレに行くと言ってある。彼に怪しまれる前にわたしをイカせるんだ、いいね?」千尋はのろのろと吉田の前に跪くと、彼のズボンのジッパーを下げ、彼のものを咥えた。「上手くなったね・・」千尋は泣きそうな顔をしながら、必死に吉田のものをしゃぶった。やがて吉田は激しく腰を痙攣させながら絶頂に達した。「済まない、遅くなってしまったね。」「いえ・・先生、少し顔色がよくないようですが・・」「最近風邪気味でね・・」リビングで吉田と浅田が楽しそうに話す声を聞きながら、千尋はキッチンで口を水でゆすぐとリビングから出て行った。「やっと試験、終わったねぇ。」「うん。暫く試験休みで学校が休みになるから、ゆっくりできるね。」 期末試験が終わり、千尋は校門の前で総美とそんな話をしていると、二人の前に吉田が運転するレクサスが停まった。「千尋、乗りなさい。」「総美ちゃん、またね。」総美に手を振った千尋は、吉田の車の助手席に乗った。「何処に行くんですか?」「大学病院の産婦人科に、君を連れて行く。」「奥様に、何か言われたんですか?」「別に。」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「姉さん、今日は学校を休んだ方がいいんじゃないの?何だか辛そうだし・・」「大丈夫、こんなのすぐに治まるから。」千尋はそう言うと、グラスに入った水を一口飲んだ。「どうした?」「父さん、さっき姉さんが・・」「何でもありません、試験前のストレスで少し吐き気がしただけです。」「そうか、余り根詰めないようにしろよ?」「はい・・」吉田が怪訝そうな表情を浮かべながら自分を見ていることに気づいた千尋は、彼に背を向けてダイニングから出て行った。「あなた、お話があります。」「何だ?」「千尋はきっと、あなたの子を妊娠していると思うわ。」「何を根拠に、そんな事を言い出すんだ?」 寝室で身支度を整えていた吉田は、そう言うと自分の背後に立っている律子を睨んだ。「あなた、毎晩あの子にいやらしいことをしてきたじゃないの。避妊せずにあの子とセックスしたら、妊娠するに決まっているでしょう。」「もし千尋がわたしの子を妊娠したとしても、わたしは何も困ることはないよ。」「あなた、いつからこの家で偉くなったの?あなたが今の地位と名誉を手に入れたのは、この家に婿養子として入ったからでしょう?わたくしと結婚したお蔭で、あなたは政治家として・・」「今までお前は、そう言ってわたしのことを心の奥底で蔑(さげす)んできたのだろう?何の取り柄も学歴もない田舎者と・・だが、もうわたしはこの家に婿入りしてきた頃のわたしではない。もうわたしはお前とお前の父親の言いなりにはならないよ。」「わたしと、離婚するというの?」「ああ。悠子と別れた時から、わたしの心は死んでいた。長い不妊治療を経て拓人を授かっても、わたしの心は何も感じなかった。千尋をこの家に引き取った時、死んでいたわたしの心は生き返ったんだ。」吉田はそう言うと、狂気に彩られた目で律子を見た。「あなた・・」「律子、お前はもうこの家には必要ない。」呆然と鏡の前で立ち尽くす律子を寝室に残し、吉田は自宅を後にした。「総美(さとみ)ちゃん、おはよう。」「千尋ちゃん、おはよう。千尋ちゃん、顔色悪いけど、どうしたの?」「昨夜遅くまで勉強してて・・」「一夜漬けは身体に良くないよ?」期末試験初日、教室で千尋が総美とそんな話をしていると、教室に一人の教師が入ってきた。「今日は担任の甲斐崎先生が体調不良の為お休みになりましたので、わたくしが代わりにあなた達の担任を務めます。」「甲斐崎先生、どうしたんだろうね?」「さぁ・・」「皆さん、教科書やノート類は鞄の中にしまってください。携帯やスマートフォンの電源も切ってください。」 一時間目は、数学の試験だった。「どう、手ごたえあった?」「あったわ。総美ちゃんは?」「わたしはあんまり・・数学、苦手だから。」「そう。でもわたし、二時間目の世界史がいやだなぁ。」「大丈夫、何とかなるって。」放課後、この日の試験を無事に終えた千尋が鞄を持って教室から出ようとした時、また彼女は激しい吐き気に襲われ、教室を飛び出して女子トイレに駆け込んだ。 個室に入った千尋は、便器に顔を突っ込んで今朝食べた物をその中に吐いた。ここ最近、彼女は微熱を感じたり、身体がだるくなったり、眠気に襲われることがあった。ストレスで身体がおかしくなっているのではないか―千尋がそんな事を思いながら便器から顔を上げた時、彼女は生理が少し遅れていることに気づいた。(まさか・・)ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「吉田先生、お久しぶりです。」 仕事を終えた吉田は、その足で銀座のクラブ『シャルタン』に行った。彼が店の中に入ると、艶やかな和服姿の美紀子(みきこ)ママが、彼を出迎えた。「聞きましたよ、先生実の娘さんを引き取ったんですってね?どんな子なんです?」「可愛くて賢い子だよ。一度、ママにも会わせてあげたい。」「まぁ、楽しみですわねぇ。先生、今日は何をお飲みになりますか?」「スコッチをくれ。」「わかりました。」クラブの奥にあるVIP席のソファに座りながら、吉田は鞄からスマートフォンを取り出し、ある動画を観た。「何をご覧になっているのですか?」「ママに見せるものではないよ。」吉田はそう言うと、スマートフォンを鞄の中にしまった。「じゃぁママ、また来るね。」「お待ちしております、先生。」吉田を乗せたタクシーは、歌舞伎町へと向かった。「オーナー、お久しぶりです。」「今月の売り上げはどうだ?」「先月より上がっています。」 歌舞伎町の雑居ビルの7階にある風俗店『チェルシー』に入った吉田は、事務室に店長を呼ぶと彼の前に置いてあるパイプ椅子に座った。「そうか・・今月は、良い子が入ってきたから、リピーターの客が増えているんだろうね。」吉田はそう言うと、咥えていた煙草に火をつけた。「枡田(ますだ)君、ひとつわたしの頼みを聞いてくれるかな?」「はい、勿論です。」「この動画を、店のホームページに載せてくれ。」吉田は、『チェルシー』の店長・枡田に千尋がシャワーを浴びている動画を見せた。「可愛い子ですね、誰なんです?」「わたしの、自慢の娘だ。枡田君、店の事は君に任せたよ。」「オーナー、お気を付けて。」「お帰りなさいませ、旦那様。」「千尋は?」「千尋お嬢様なら、お部屋でお勉強をなさっております。」「そうか。」 帰宅した吉田が二階にある千尋の部屋をノックすると、千尋がドアを開けて彼を部屋に招き入れた。「先生、お帰りなさい。」「ただいま。こんな遅い時間まで勉強をしているのかい?」「ええ、期末試験が近いので・・」「そうか。千尋、今日もあの薬は飲んだかい?」「はい、飲みました。」「毎日欠かさず飲むんだよ。あの薬は、お前の身体にいいんだからね。」「わかりました・・」吉田が部屋から出て行った後、千尋は勉強を止めてベッドに横になった。その日の夜も、吉田は彼女に手を出してこなかった。「姉さん、おはよう。」「おはよう、拓人君。」「今日から試験だね。姉さん、昨夜は良く眠れた?」「うん、まぁね・・」 翌朝、ダイニングで千尋が拓人と他愛のない話をしながらコーヒーを飲もうとした時、彼女は突然激しい吐き気に襲われ、咄嗟に両手で口を覆った。「姉さん、どうしたの?」「急に、気持ちが悪くなって・・」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「ママ、夏休みに湘南の別荘に行く話なんだけど・・」「それがどうかしたの?」沖田家のキッチンで、美香が素麺(そうめん)を茹でていると、制服姿の総美(さとみ)がキッチンに入ってきた。「千尋ちゃんと一緒に湘南に行ってもいい?」「総美、あなたまだあの子と付き合っているの?」「ママ、わたしはママから何と言われようが、千尋ちゃんと友達でいることは止めないわ。」「総美、あなた今大事な時期だということを自覚しているの?」美香がそう言って総美を睨むと、総美は美香に背を向けてキッチンから出て行ってしまった。「まったく、困った子ね・・」美香は溜息を吐いた後、茹でた素麺を笊(ざる)に入れた。「ねぇ拓人君、わたしに見て貰いたいものってなに?」「これなんだけど・・」拓人は脇に抱えていたノートパソコンを机の上に置いてそれを起動させると、あるページを千尋に見せた。「なに、これ・・」「さっき調べ物をしようとしてネットを開いたら、こんなサイトを見つけたんだ。」拓人と千尋が見ているページは、全裸の少女や女性達の写真が載ったある風俗店のホームページだった。 従業員紹介のページに、何故か千尋の顔写真と裸の写真が載っていた。「どうして、こんな物が風俗店のホームページに載っているの?」「僕も訳がわからないよ。誰が何の目的で、こんな写真を載せたのか・・」「もしかして、吉田先生がこの写真を載せたんじゃ・・」「それはないと思う。」拓人はそう言うと、ノートパソコンをシャットダウンした。「千尋さん、父さんは千尋さんにあれから何もしてこなかった?」「うん・・今日、夏休みに友達と湘南に行くって話をしたら、行ってもいいって言われたわ。いつも学校の帰りが遅いと大声でわたしに怒鳴るのに・・おかしいと思わない?」「父さんは、感情の起伏が激しいんだ。いったん怒りだしたら暴れて手がつけられない時もあるし、穏やかな時もある。でもね、一番千尋さんに気を付けて欲しいのは、父さんが穏やかな時なんだ。」「それ、一体どういう意味?」「今父さんは千尋さんに手を出して来ないけど、絶対に裏で何かを企んでいる。だからあんまり油断しない方がいいよ?」「わかったわ、拓人君。いつもわたしを心配してくれてありがとう。」「家族なんだから、姉さんを僕が心配するのは当たり前だろう?」拓人はそう言うと、千尋の手をそっと握った。「姉さんに何かあったら、僕が姉さんをあの人から守ってあげるからね。」「拓人君・・」拓人の言葉を聞いた千尋は、嬉しさの余り涙が出そうになった。「拓人、何処なの~!」「母さんが呼んでいるから、もう行くね。」「お休みなさい、拓人君。」「お休み、姉さん。」千尋の部屋から出た拓人は、自分の部屋に戻った。「ねぇ拓人、あの子と何を話していたの?」「別に何も話してないよ。母さん、勉強の邪魔になるから出て行ってよ。」「お夜食、何がいい?」「要らないよ、そんなの。」「わかったわ、何も作らないわよ。昔は母さん、母さんってわたしによく懐いてくれていたのに、全く可愛げのない・・」律子は拓人を睨みつけながらぶつぶつとそう呟いた後、拓人の部屋から出て行った。(どうして父さんは、母さんと離婚しないんだろう?父さんが姉さんに執着している所為で、母さんは毎日おかしくなっているのに・・)ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014.03.04
「千尋ちゃん、おはよう。」「総美(さとみ)ちゃん、おはよう。」7月―千尋がいつものように教室に入ると、総美が笑顔を浮かべながら彼女の元へと駆けて来た。「もうすぐ夏休みだけど、千尋ちゃんは何処行くの?」「まだ決めてない。総美ちゃんは?」「わたし?わたしは、湘南の別荘でママと一緒に過ごすんだ。」「いいなぁ。」「ねぇ千尋ちゃん、一緒に湘南に行かない?」「考えてみるわ。」 二時間目は体育で、水泳の授業だった。「荻野さん、また見学なの?」「はい・・」「体調が悪いのは仕方がないと思うけど、このままだと体育の単位を落とすわよ?」「すいません・・」千尋は体育担当の教師に頭を下げると、職員室から出ていった。「千尋ちゃん、今日も見学なの?」「うん・・」 更衣室でクラスメイト達が水着に着替えている中、千尋は制服を脱いで体操服に着替えた。本当はみんなと泳ぎたいが、服を脱げば吉田が自分につけた痕をみんなに見られてしまう。「体調が悪くて・・ごめんね。」「そう。余り無理しないようにしてね。」「わかった・・」水着に着替えた総美はそう言うと、千尋の肩を叩いて更衣室から出て行った。(総美ちゃんは、昔から変わってないね・・優しくて、強くて・・あたしとは大違い。)「ただいま・・」「お帰り、千尋。もうすぐ期末試験だね。ちゃんと勉強しているかい?」「はい・・」千尋はダイニングで夕食を食べながら、吉田がいつになく上機嫌な様子でワインを飲んでいることに気づいた。「何かあったんですか?」「まぁね。千尋、夏休みは何処に行きたいんだ?」「総美から、湘南の別荘に一緒に行かないかって誘われていて・・行ってもいいですか?」「構わないよ。」千尋の湘南行きに反対するだろうと思っていた吉田だったが、彼はあっさりと千尋が湘南に行く事を許した。「じゃぁ、お休みなさい。」「お休み。」その日の夜、吉田は千尋に手を出してこなかった。(先生、何処かおかしいわ。一体何があったんだろう?) 吉田の態度に不審を抱きながら、千尋が部屋で勉強をしていると、誰かがドアをノックする音が聞こえた。「どなた?」「拓人だよ、開けて。」「わかったわ。」 千尋がドアを開けると、拓人はノートパソコンを脇に抱えながら部屋に入ってきた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
一部性描写が含まれます。苦手な方は閲覧しないでください。 ベッドが激しく軋む感覚がして、千尋がゆっくりと目を開けると、自分の上に覆い被さった吉田が、激しく腰を振っている姿があった。「目が覚めたかい?」「何をなさっているんですか?」「見ればわかるだろう?わたしは今、お前とセックスしているんだよ。」「やめて、抜いてください!」「そうはいかないよ。君の中はとても気持ち良くて、もう出てしまいそうなんだ。」吉田はそう言うと、ますます激しく腰を振った。「もう、出すぞ!」「やめてぇ!」吉田は激しく腰を振った後、千尋の中に自分の欲望を迸らせた。ドロドロとしたものが、自分の子宮の中を満たしていく感覚がして、千尋は堪らず嘔吐した。「吐くほど気持ちが良かったんだね・・」吉田はそう言って笑うと、そっと千尋から離れた。彼女の膣から、収まりきれなかった吉田の体液が溢れ出た。「お前はもうわたしの女だ・・もうわたしに逆らうんじゃない、わかったな?」虚ろな目で天井を見つめる千尋の頬に吉田は軽くキスをすると、彼女の吐瀉物で汚れたシーツをベッドから剥がし、それを両手に抱えながら彼女の部屋から出て行った。 その日から、吉田は毎晩千尋を激しく求めるようになった。(誰か、助けて・・)家の中で、千尋が安らげる場所は何処にもなかった。「千尋、今日からこれを飲みなさい。」ある日の朝、千尋がダイニングでトーストを齧っていると、吉田が千尋の前に紙パックに入ったジュースのようなものを置いた。「これは?」「友人が中国土産にわたしに買って来た漢方薬だ。」「漢方薬?」「それを飲むと、女性ホルモンが活発になるらしい。」千尋がジュースについているストローで紙パックに穴を開けてそれを一口飲むと、口中に鉄錆のような苦味が広がり、彼女は激しく咳き込んだ。「はじめは慣れないと思うが、毎日飲めば慣れてくるさ。」吉田はそう言って満足げな笑みを浮かべながら、ダイニングから出て行った。「千尋さん、大丈夫?」拓人は漢方薬を飲んで咳き込んでいる千尋の背を優しく擦りながら、彼女のグラスに水を注いだ。「ありがとう、拓人君・・」「拓人、そんな子は放っておいて、早く学校に行きなさい!」「何かあったら、メールしてね。」拓人はそう千尋の耳元で囁くと、ダイニングから出て行った。「あなたって子は、母親譲りの淫乱ね!毎晩あの人に抱かれてはよがっているんでしょう?」「奥様、わたしはそんな事一度も・・」「お黙り!」律子はそう叫ぶと、千尋の頬を平手で打った。「お前をこの家に引き取ったのが間違いだったわ、この疫病神!」「奥様・・」「吉田の子を妊娠したら、タダじゃおかないから!」 朝食を食べ終えた千尋は、傷ついた身体を引き摺りながら学校へと向かった。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
一部加虐描写が含まれます、ご注意ください。「どうしたの、拓人君?」「千尋さんに、話したい事があって来たんだ。」拓人はそう言うと、ソファの上に腰を下ろした。「話したい事って、何かしら?」「最近、父さんの様子が変なんだ。」「先生の様子が、変?」千尋の問いに、拓人は静かに頷いた。「この前、僕が夜中にトイレに行こうとした時、浴室で父さんが裸になって何かをしていたんだ。」「中を、覗いたの?」「うん・・」拓人はそう言うと、溜息を吐いた。「先生は、何をしていたの?」「自分のものを扱いていた。千尋さんのパンティーの匂いを嗅いで・・」拓人から衝撃的な言葉を聞いた千尋は、その場で吐きそうになった。「千尋さん、大丈夫?」「大丈夫よ・・」「父さんには気を付けた方がいいよ。あの人は千尋さんの事を“女”として見ているから。」拓人はそう言って千尋の肩を叩くと、部屋から出て行った。 その日の夜、千尋はドアに鍵を掛けてベッドに入った。“父さんには気を付けた方がいいよ。” 拓人の言葉が千尋の頭の中で何度も繰り返され、漸く千尋は吉田が自分を引き取った目的を知った。彼は、自分の愛人として千尋をこの家に引き取ったのだ。だから自分を引き取った日の夜、吉田はあんなおぞましい行為を平気で千尋にしたのだ。(わたしは、これからどうすればいいの?)恵子の元に戻ろうにも、あれほど盛大に送り出された後で戻ってきたら、彼女は何て思うだろうか。“あたしに恥をかかせた恩知らず”と自分を罵倒するだろうか。この家から出て行くにしても、頼れる親戚も、行くあてもない。千尋がシーツに包まりながらそんな事を考えていると、突然廊下でドアを開けようとする騒がしい音が聞こえた。「千尋、ここを開けてくれ。」吉田の声が廊下から聞こえ、千尋はシーツを頭から被って両手で両耳を塞いだ。「開けろ、開けるんだ!」絶対にドアを開けるものかと千尋がそう思っていると、突然ドアの鍵が解除され、吉田が部屋の中に入ってきた。「ひぃっ・・」「ドアに鍵を掛けたって無駄だ。わたしは君の部屋の合鍵を持っているんだからね。」吉田はそう言うと、欲望に滾った金色の目で千尋を見た。「お願いです、やめてください・・」「うるさい!」吉田は平手で千尋の頬を打つと、そのまま彼女の上に馬乗りになり、乱暴に彼女の浴衣を脱がせた。「やめてぇ、離してぇ!」「お前はわたしの言う事を聞けばいいんだ!」激しく自分に抵抗する千尋の顔を、吉田は何度も拳で殴った。何度も拳で殴られた所為で千尋の目の周りや頬には赤黒い痣が出来ていた。意識を失った千尋を見た吉田は、彼女の足を乱暴に開くと、怒張している自分の男根を彼女の中に挿れた。「浅田君に、お前を抱かせるんじゃなかった・・」気絶した千尋にそう優しく語りかけながら、吉田はゆっくりと腰を動かした。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
総美に誘われて千尋はスケート靴を履いて初めてスケートリンクに入ったが、なかなかバーから手を離せずにいた。「怖い・・」「大丈夫、慣れれば怖くないって!」そう言って千尋を励ました総美は、あっという間にスケートリンクの中央部分へと滑って行ってしまった。7歳からスケートを習っているからか、スケート初心者の千尋とは違い、彼女はスケート靴を自分の身体の一部のように扱っている。「千尋ちゃん、早くこっちに来て!」「そんなこと言われても・・」千尋は溜息を吐きながら、恐る恐るバーから両手を離した。バランスを崩して転倒するかと思いきや、バーを掴んでスケートリンクを歩いている時と同じ動きを千尋がすると、彼女は氷の上を難なく歩けるようになった。「ちゃんと滑れたじゃない、千尋ちゃん!」「本当だ・・」「沖田先輩、こんにちは~!」突然千尋と総美の前に、一人の少女が颯爽と滑りながらやって来た。「怜(れい)ちゃん、今日は早いのね。」「大会が近いので、少しでも練習時間を増やしたくて来ちゃいました。沖田先輩、この人は?」ショートカットの少女はそう言うと総美から千尋へと視線を移した。「怜ちゃん、紹介するわね。この子はわたしの小学校時代の親友だった荻野千尋さん。千尋ちゃん、この子はうちのスケート部の一年生部員の吉井怜ちゃん。」「初めまして、吉井です。」「荻野です。」「荻野先輩って、綺麗だって他人から言われたことないですか?」「え、別にそんな事今まで一度も言われたことないけど・・どうしてそんなこと聞くの?」「だって荻野先輩、モデルみたいにスタイルがいいし、顔も小さいし・・幼児体型のあたしから見たら羨ましいなぁって思ったんです!」「へぇ、そうなの・・」「千尋ちゃん、怜ちゃんは少し変わった子だから気にしないで。」「うん・・総美ちゃん、あたしリンクから上がるね。」「わかった。」スケートリンクから出た千尋は、鞄の中で自分のスマートフォンが振動していることに気づき、それを取り出して通話ボタンを押した。「もしもし・・」『千尋、今何処に居るんだ?』「学校のスケートリンクです。」『わかった、今からそこに行くから、待っていろよ。』「わかりました・・」 数分後、スケートリンクに怒りで顔を赤く染めた吉田がやって来た。「先生、心配を掛けてしまってごめんなさい・・」「勝手に何処かへ居なくならないでくれ、千尋。」吉田はそう言うと、今にも泣きそうになっている千尋を優しく抱き締めた。「帰ろう。」「総美ちゃん、またね。」「千尋ちゃん、バイバイ~!」 帰宅した吉田と千尋がダイニングに入ると、そこには律子と拓人の姿があった。「あなた、随分遅いお帰りですこと。その子と何か疚しいことでもしていたのではなくて?」律子はそう言うと、千尋を睨んだ。「馬鹿な事を言うな、律子。千尋がスケート部の見学をしていたから、帰りが遅くなっただけだ。」「そう・・それならいいけど。」家族四人で囲む夕食は、気まずい空気のまま終わった。「千尋さん、ちょっといい?」 夕食の後、千尋が部屋で勉強をしていると、拓人が部屋のドアをノックして中に入ってきた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014.03.03
「荻野さんの席は・・そうね、沖田さんの隣がいいかしら?」小林はそう言うと、窓際の席に座っている総美(さとみ)を見た。「それじゃぁ荻野さん、皆さんと仲良くしてくださいね。」「はい、小林先生・・」 小林が教室から出て行くと、生徒達は千尋が総美の隣に座るのをじっと見ていた。「千尋ちゃん、これから宜しくね。」「宜しく・・」一時間目が終わった後、千尋が自分の席で文庫本を読んでいると、突然教室に数人の少女達が入ってきて千尋の周りを取り囲んだ。「ねぇ、あなたが荻野千尋さん?」少女達の中で一番背が高い少女が千尋の前に現れた。「そうですけど、あなたは?」「わたしは前田理紗子。あなた、吉田先生の隠し子なんですってね?どうしてあなたみたいな方がこの学校に居るのかしら?」「わたしがここで学びたいと父に頼んだからです。前田さんとおっしゃいましたよね?あなたみたいな生徒がどうしてこの学校に居るのでしょう?」「どういう意味よ、それ!?」「教室へ向かう途中、廊下でわたしとすれ違う方はみんな、わたしの顔を見てわたしの噂ばかりしていました。他人の噂話をするほど、この学校の生徒は暇を持てあましていらっしゃるのでしょうか?」「あなた、わたしを馬鹿にしているの!?」千尋の言葉に苛立った理紗子は、そう彼女に怒鳴ると千尋の机を平手で叩いた。「別に馬鹿にはしていません、ただ単に事実を述べたまでです。」「・・行くわよ!」理紗子は取り巻き達を連れて教室から出て行った。「あの子、前田さんを撃退したわね。」「なかなかやるじゃないの。」千尋は周りの視線を気にせずに、読書を再開した。 昼休み、教室ではそれぞれ仲良しの生徒達がグループを作って固まって弁当を広げていたが、千尋は自分の席で一人だけ吉田が作ってくれた弁当を黙々と食べていた。 弁当を食べ終えた千尋は、弁当箱を風呂敷に包んでそれを鞄の中にしまうと、教室から出て屋上へと向かった。昼休みにだけこの学園の屋上は解放されており、そこには何人かの生徒達がそれぞれ好きな事をしていた。千尋は屋上のフェンスの前に体育座りをすると、そのまま目を閉じた。「千尋ちゃん、起きて!」「誰?」誰かに身体を揺さ振られ、千尋が目を開けると、自分の前には総美が立っていた。「早く教室に戻らないと、授業に遅れるよ!」「わかった・・」 千尋が総美とともに教室に戻ると、まだ午後の授業は始まっていなかった。「総美ちゃん、オリンピックで金メダル獲ったんだって?おめでとう。」「ありがとう。千尋ちゃん、わたし千尋ちゃんが吉田先生の隠し子だって知っていても、何も思っていないから。」「そう・・」総美の言葉を聞いた千尋はそう言うと、彼女にそっぽを向いた。「バイバイ、また明日~」「またね~」 放課後、教室で千尋は文庫本を自分の席で読みながら吉田からのメールを待っていた。「千尋ちゃん、まだ帰らないの?」「うん。総美ちゃんは?」「わたしはこれからスケート部の練習があるの。ねぇ千尋ちゃん、スケート部の見学に来ない?」「いいけど・・」 総美とともに教室から出た千尋は、校舎に隣接しているスケートリンク場へと向かった。「千尋ちゃん、一緒に滑ろう?」総美は笑顔を浮かべて千尋にそう言うと、彼女にスケート靴を差し出した。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「千尋、起きなさい。」「うん・・」「早く起きないと、学校に遅刻してしまうよ?」 翌朝、吉田に揺り起こされながら千尋がゆっくりと目を開けると、彼女はいつの間にか自分のベッドの上に寝かされていた。千尋は、昨夜着ていた浴衣と同じものを着ていた。「あの、先生・・」「何をしているんだ、早く制服に着替えなさい。」「わかりました。」吉田が部屋から出て行った後、千尋はベッドから降りてクローゼットの中から有名お嬢様学校の制服を取り出した。「おはようございます、先生。」「おはよう、千尋。その制服、良く似合っているよ。」ダイニングルームに千尋が入ると、彼女の制服姿を見た吉田はそう言うと嬉しそうに笑った。そんな彼の顔を見ながら、千尋は昨夜起きた出来事を思い出していた。「先生、昨夜のことですけれど・・」「早く朝食を食べるといい。編入初日に遅刻なんて恰好悪いだろう?」「はい・・」千尋は朝食を食べながら、自分の隣でコーヒーを飲む吉田の顔を横目でチラリと見た。 昨夜自分の部屋に入ってきた吉田は、まるで飢えた獣のような獰猛な目をしていた。だが今は違う。「どうした、千尋?何かわたしの顔についているか?」「いいえ・・」「学校まで、わたしが送ろう。」「有難う、ございます・・」 朝食を食べた後、千尋は吉田が運転する車で白鳥女子学園へと向かった。「ここが、君が今日から通う学校だ。」「先生、わたしは高校に行かなくてもいいと言ったのに・・」「何を言うんだ、千尋。君は大変優秀な子だ。君には広い世界を知って欲しいとわたしは思っているんだ。」「広い世界、ですか?」「そうだ。君はまだ若い。だから高校に行かないなんて言わないでくれ。」吉田はそう言うと、千尋の手を握った。 数分後、吉田に連れられ、千尋は学園長室に入った。「学園長の小林です。お話は浅田様から伺っております。」「先生、うちの娘の事をどうか宜しくお願い致します。」吉田はそう言って学園長の小林に頭を下げると、学園長室から出て行った。「千尋さん、わたしの事はこれからシスター小林と呼んでくださいね。」「はい・・あの、わたしはこの学校で上手くやっていけるでしょうか?」「うまくやっていけるとは、どういう意味ですか?」「わたしのような者が、貴校のような名門校の生徒になってもいいものでしょうか?」「あなたは大変優秀な子であると、吉田先生から聞いておりますよ。周りがあなたのことを悪く言おうと、あなたの評価を決めるのはあなただけです。」学園長・小林の言葉は、千尋の胸に深く響いた。「ねぇ、あの子じゃない?」「ほら、吉田先生の隠し子・・」「何でこの学校に来たのかしら、学校なんて他にも沢山あるのに。」 千尋が小林とともに学園長室から出て教室へと移動している間、すれ違った生徒達が自分に好奇の視線を送っている事に気づいた千尋は、目立たぬように顔を伏せた。「雑音を気にしてはいけませんよ。ちゃんと前を向いて歩いてごらんなさい。」「わかりました・・」 始業を告げる礼拝堂の鐘が鳴り、千尋が小林とともに教室に入ると、そこには自分を見つめる数十人の生徒達の姿があった。「皆さん、今日からあなた方と共に学ぶことになった、荻野千尋さんです。仲良くしてくださいね。」「荻野千尋です、宜しくお願いします。」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
性的描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。 千尋が寝ていることをいいことに、吉田の行動は更に大胆になってゆく。彼は自分の指を千尋の膣から抜くと、自分が穿いているトランクスを床に脱ぎ捨てた。赤黒く脈打っている吉田の男根を見た千尋は、その大きさに悲鳴を上げそうになった。「千尋、愛しているよ・・」吉田は己の男根を千尋の膣に押し付けると、そのままそれを上下に激しく扱いた。「うぅ・・」やがて吉田はくぐもった呻き声を上げ、数回痙攣した後果てた。彼の男根の先端からは、白濁した液体が迸った。 吉田が自分の部屋から去った後、千尋は自分の全身にかかった彼の体液を洗おうと、一階の浴室へと降りていった。冷たいシャワーを頭から浴びながら、千尋は何故吉田が自分にあんな事をしたのかが全くわからずに困惑していた。(先生は一体何の目的で、わたしをこの家に引き取ったのかしら?)そんな事を思いながら千尋が身体を洗おうとした時、突然浴室のドアが開いて全裸の吉田が入ってきた。「先生・・」「部屋に居ないと思ったら、こんな所に居たのか。」吉田はそう言って千尋に微笑むと、彼女を抱き締めた。「離して下さい・・」「どうして?君もわたしとこうなることを密かに望んでいたんじゃないのかい?」「何をおっしゃっているんですか、先生?」「さっき君は、寝たふりをしながらわたしの行為を見ていたね?」「それは・・」「正直に言いなさい、千尋。」「見ていました。先生、何故あのような事をなさったのですか?」「君を愛しているからに決まっているだろう?」「それは、わたしの事を“娘”として愛しているのですか?それとも、“女”として愛しているのですか?」「愚問だな。」吉田は千尋の言葉を聞いてクスリと笑うと、そう言って彼女の前に突然跪いた。「先生、何を・・」「さっきの続きをしよう。」「やめてください、やめて・・」吉田から逃れようとした千尋だったが、彼は千尋の腰を両手で掴むと彼女の股間に顔を埋めた。「何て良い匂いなんだ・・」吉田の舌が自分の膣を蹂躙(じゅうりん)している間、千尋は彼が満足して浴室から出て行くまで声を出さずに我慢していた。「どうして声を出さずに我慢しているんだい?」「もう、やめてください・・」「少し君を苛め過ぎてしまったね。」吉田はそう言うと、千尋の膣からそっと口を離した。「千尋、今度はわたしのものを慰めてくれ。」吉田は千尋の頭を掴んでそう言うと、無理矢理自分のものを彼女に咥えさせた。突然喉奥まで異物を突っ込まれ、千尋は吐き気を催した。「済まない、千尋。」吉田は千尋の頭を掴んだまま、腰を激しく前後に揺すり始めた。自分の口内で彼のものが容量を増していくのを感じた千尋は、このまま死んでしまうのではないかと思った。「もう、駄目だ・・」吉田はそう言って唸ると、千尋の口から自分のものを抜いた。その先端から迸る白濁色の液体を、千尋は全身に浴びながら気絶した。「ああ、汚れてしまったね・・でも心配要らないよ、わたしが今から君を綺麗にしてあげるから・・」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
千尋が吉田達とともに東京に着いたのは、その日の夕方のことだった。「ここが、わたしの家だ。」「大きいですね・・」「旦那様、お帰りなさいませ。」「お帰りなさいませ。」 玄関ホールに千尋と吉田達が入ると、邸の奥から数人の使用人達がやって来て彼らを出迎えた。「みんな、紹介しよう。この子はわたしの娘の、千尋だ。」「千尋様、お荷物をお預かり致します。」「宜しくお願いします・・」「あなた、お帰りになられたの?」ダイニングルームからヒステリックな女の声が聞こえたかと思うと、そこから派手なドレスを纏った中年の女が吉田達と千尋の前にやって来た。「あなた、その子があの女の娘なの?」女はそう言ってジロリと千尋を睨むと、そのままダイニングへと戻っていった。「あの、わたし余り奥様に歓迎されていないようですね。」「気にしないでくれ。お腹が空いただろう、千尋?向こうで夕飯にしよう。」「はい・・」「先生、わたしはこれで失礼致します。」「浅田君、また会おう。」「千尋ちゃん、またね。」「浅田さん、さようなら。」 吉田とともにダイニングに入った千尋は、先程の女が奥のテーブルに座りワインを飲みながら自分を睨んでいることに気づいた。「千尋はわたしの隣に座りなさい。」「はい・・」「律子、拓人は何処だ?」「あの子なら、塾のお友達の所に行っていますわ。そちらでご夕飯を頂くそうよ。」「そうか・・」暫く三人の間には気まずい空気が流れた。「あなた、千尋さんって言ったかしら?」「はい・・」「わたくしは、あなたがこの家の一員であるということをまだ認めていませんからね。自分の立場というものをこれから弁えて行動して頂戴。」「わかりました、奥様。」「奥様、ご夕飯の準備が整いました。」「そう。わたくしは自分の部屋で食べるから、部屋に運んでおいて頂戴。」「かしこまりました。」律子はワインを飲み終えると、千尋を再度睨みつけてダイニングから出て行った。「千尋、お休み。」「お休みなさい、先生。」夕食の後、ダイニングの前で吉田と別れた千尋は、二階にある自分の部屋に入った。 レースの天蓋がついたお洒落なベッドに横になりながら、千尋はそっと目を閉じた。それから何時間か経った後、誰かが自分の部屋に入ってくる気配がして、千尋は薄眼を開けてドアの方を見た。 すると自分の前には、黒い寝間着姿の吉田が立っていた。(先生、どうして・・)吉田はそっと千尋の股間の方へと手を伸ばしたかと思うと、彼女が着ていた浴衣の裾を顔の上まで捲りあげた。 股間に吉田の荒い呼吸を感じながら、千尋は一体彼が何をするのだろうかと恐怖に震えていた。吉田は千尋のパンティを脱がすと、そのまま彼女の膣に顔を押し付けた。「愛してる、愛してるよ千尋・・」吉田は荒い呼吸を繰り返しながら、指を千尋の膣の中に挿れると、そのまま中を激しく掻き回した。 愛液が千尋の太腿を滴り落ち、シーツに大きな染みを作った。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014.03.02
翌日、吉田議員は金沢市内の病院を退院した。「退院おめでとうございます、先生。」「ありがとう、浅田君。」病院に勤めている医師や看護師から花束を受け取った吉田は、そう言うと浅田に微笑んだ。「千尋、お前も来てくれたのか。」「はい、先生。」「じゃぁ、行こうか。」「はい。」自分に向かって差し出された吉田の手を、千尋はしっかりと握った。「父さん、これから何処に行くの?」「K町だ。わたしが千尋を引き取ると決めた以上、千尋の養母に一言ご挨拶をしないとね。」「そう・・」 三週間振りに美鶴楼を訪れた吉田を見て、恵子は素っ頓狂な叫び声を上げた。「あらぁ先生、お久しぶりでございます!」「久しいね、女将。少し話をしたいことがあるんだが、今いいかな?」「ええ。奥の座敷が空いていますから、どうぞこちらへ。」 数分後、恵子に連れられた千尋達は、奥の座敷に入った。「お話って何ですか、先生?」「女将ももう知っているとは思うが・・千尋はわたしの娘だ。」「ええ、存じておりますとも。それで、先生が千尋を引き取りたいとおっしゃるのなら、あたしは反対しませんよ。」恵子はそう言って座布団の上に座ると、吉田に一枚の書類を見せた。「それは?」「養子離縁届です。今日、役所にこれを出そうと思っています。」「女将、今までお世話になりました。」千尋はそう言った後、恵子に向かって深く頭を垂れた。「幸せにおなり、千尋。」恵子はさっと座布団から立ち上がると、千尋を抱き締めた。「吉田先生の子になるのかい・・何だか寂しいねぇ。」「おばあちゃん、いつまでも元気でね。」千尋が吉田と共に東京へ発つ前日の夜、美鶴楼で千尋の送別会が開かれた。そこには千代松をはじめとする芸者衆や、千尋を贔屓にしてくださっていたお客様などが出席していた。「あんたが居なくなると寂しくなるねぇ。東京でもしっかりとおやりよ。」「わかりました、千代松姐さん。姐さん達もお元気で。」「千尋ちゃん、これやるよ。」千代松はそう言うと、千尋の掌の上に何かを載せた。それは、千代松が大事にしているというダイヤのネックレスだった。「これ、貰ってもいいんですか?」「いいに決まっているじゃないか。女の友情の証だと思って、受け取っておくれよ。」「ありがとうございます、姐さん。」「もし辛いことや苦しいことがあったら、あたしの事を思い出しておくれ。」「はい・・」 翌朝、千尋は恵子とタキに玄関先で見送られながら、自宅マンションの部屋を後にした。吉田が待つ駅前まで千尋はスーツケースをひいて商店街の中を歩いた。日曜の昼間だというのに、商店街には人気がなく、ガランとしていた。17年間も暮らしてきた故郷を離れると思うと、千尋は自然と涙が出て来た。「千尋ちゃん、待った?」「いいえ、今来たところです。」 駅前で浅田と落ち合った千尋は、彼とともに吉田を乗せた車が来るのを待った。 数分後、吉田を乗せた黒いリムジンが二人の前に停まった。「千尋、待たせたね。」リムジンから降りた吉田は、そう言うと千尋に微笑んだ。「それじゃぁ、行こうか?」「はい・・」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「お疲れ様でした~」「お疲れ様です!」 CMの撮影が終了し、総美はスタッフ達に挨拶をするとスタジオから出て行った。「あれ、沖田総美じゃない?」「フィギュアスケートの?どうしてそんな子が此処に居る訳?」「最近テレビによく出てるじゃん。オリンピック効果ってやつ?」「今だけよ、あの子にテレビの仕事が来るのは。」廊下で自分の事を話している某有名アイドルグループの会話を聞きながら、総美は衣装を着たまま控室に戻った。 衣装を脱いで私服に着替えた総美は、ソファに座るとバッグの中からスマートフォンを取り出した。『さとみ、金メダルおめでとう!』『これからもスケート、頑張ってね。』『応援しているからね^0^』メールボックスを開くと、高校の同級生達から励ましと労いのメールが20件もきていた。そのメールに総美が一通ずつ目を通していると、控室のドアを誰かがノックした。「どうぞ。」「失礼します。わたくし、こういう者です。」 控室に入ってきたのは、スーツを着た長身の男性だった。「“週刊名宝”・・吉田先生の隠し子騒動を取材されていた雑誌ですか?」「ええ。吉田先生の隠し子である荻野千尋さんと、沖田選手は小学校時代には仲が良かったと聞いておりますが・・事実なのですか?」「ええ。荻野さんとわたしは、小学校の頃一緒にバレエを習っていました。でもわたしが東京に引っ越してしまって、それ以来彼女とは疎遠になっていますけど。」「そうですか・・ありがとうございました。」『名宝』の記者と名乗るスーツ姿の男は、そう言うと総美に頭を下げた後控室から出て行った。「ママ、遅かったわね。」「トイレが混んでいたのよ。それよりもさっきの方、どなたなの?」「週刊名宝の記者ですって。千尋ちゃんとの関係を聞かれたわ。」「まぁ、あなた何て答えたの!?」「本当の事を答えたわよ。千尋ちゃんとは小学校の頃一緒にバレエを習っていたって。」「そう・・総美、今日のお仕事はもう終わりよ。何処か外で食事をして家に帰りましょう。」「わかったわ、ママ。」 美香と共に六本木ヒルズにあるレストランで総美が食事をしている頃、金沢のホテル内にあるレストランで千尋は初めて吉田議員の長男・拓人と会った。「君が、僕の腹違いの姉さんなの?」「はい、そうです。この度は、わたしの所為で先生や奥様にご迷惑をお掛けしてしまって、申し訳ないと思っています。」「あなたが謝る必要はありません。これは父と母の、夫婦の問題です。千尋さん、ひとつお聞きしたい事があるんですが・・」「何でしょう?」「あなたは、僕達と一緒に暮らしたいですか?」「それは、あなたと奥様次第です。わたしは、今までどおりの生活を送るつもりです。」「そうですか・・」拓人は千尋の言葉を聞いた後、何かを考え込むようにそっと目を閉じた。「僕は、あなたと東京の家で家族として暮らしたいです。母はきっとあなたの事を拒絶すると思いますが・・それでも、僕はあなたを家族の一員として受け入れたいんです。」「そうですか・・」千尋がコーヒーを一口飲もうとした時、二人の前に浅田が現れた。「先生は明日、退院されるそうだ。千尋ちゃん、先生は君を吉田家の娘として引き取りたいとおっしゃっている。」「父がそう言うのなら、わたしは父の意思を尊重し、父に従うまでです。」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「沖田選手、金メダル獲得おめでとうございます。」「ありがとうございます。」「如何ですか、金メダルを持った感想は?」「そうですねぇ、表彰台で金メダルを首から提げた時、余りにも重いので表彰台から落ちそうになりました。」「それは大変でしたね~。」バンクーバーオリンピックで金メダルを獲った沖田総美(さとみ)は、この日朝の情報番組にゲストとして出演していた。「沖田選手は、今一番何がしたいですか?」「そうですねぇ、ゆっくり休みたいです。でも、暫くは無理そうですね。」「本日はお忙しい所を出演してくださって、ありがとうございました。」出演するコーナーが終わってスタジオから出て控室に戻った総美は、溜息を吐いて椅子に座った。「総美、お疲れ様。はいこれ。」「ありがとう、ママ。」美香から缶コーヒーを受け取った総美は、缶のプルタブを開けると、コーヒーを一口飲んだ。「これから忙しくなるけど、余り身体を壊さないようにしてね。」「わかっているわ、ママ。」総美が金メダルを獲ってテレビに引っ張りだこになってから、美香は彼女のマネージャーのような仕事をしていた。「この後はCMの撮影だから、それを飲んだらすぐに移動するわよ。」「わかった。」 美香とともにテレビ局の建物から出た総美は、出入り口付近で待ち伏せしていたファンに取り囲まれた。「総美ちゃん~、こっち向いて!」「サインしてぇ~!」ファン達はスマートフォンや携帯のカメラを総美に向けては黄色い歓声を上げていた。「ねぇママ、パパ達はどうしているの?」「パパは、自分達の事は何も心配要らないから、お仕事頑張れって言っていたわ。」「そう・・」「ねぇ総美、千尋ちゃんのこと聞いた?」「千尋ちゃんのこと?」「あなたはあの時バンクーバーに居たから知らないのよね、吉田先生の隠し子騒動のことを。」「吉田先生って・・確かパパと大学時代の先輩だったっていう人?」「そうよ。その吉田先生、千尋ちゃんのママと昔不倫していたんですって。」「それ、本当なの?」「本当よ。」「そう・・」総美はそう言うと、窓の外の風景を眺めた。「吉田先生は、今何処に?」「金沢のホテルで突然倒れて、金沢市内の病院で入院しているんですって。総美、どうしてそんな事を聞くの?」「別に。」「ねぇ総美、千尋ちゃんとは余り仲良くしないようにしなさいね?あんな家の子と仲良くしているって噂されたら、総美のイメージダウンに繋がっちゃうでしょう?」「ママ、昔は千尋ちゃんの事気に入っていたじゃないの。それなのに、どうして今はそんな事を言うようになったの?」総美がそう言って運転席に座る美香を見ると、彼女は総美と目を合わせないようにしていた。(ママ、一体どうしちゃったの?昔はそんな事を言うような人じゃなかったのに・・)ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「浅田君から、わたしが君の父親であることは聞いたかい?」「はい・・あの、先生と母は昔、どのような関係だったのですか?」「そうだねぇ、話せば長くなるが・・君のお母さんは、わたしの妻とは正反対の性格をしていたよ。優しくて明るくて、気配りが出来た人だった。」吉田はそう言うと、ふっと目を細めながら悠子と過ごした時の事を思い出していた。「母は、わたしに実の父親であるあなたの事を一度も話してはくれませんでした。当然ですよね、母はわたしを産んでからすぐに義理の父親と結婚したんですから・・」千尋はそう言葉を切ると、脳裏にあの事件の光景が甦った。「どうした、千尋?」「いいえ、何でもありません・・」「もしかして、あの事件のことを思い出してしまったのかい?」吉田はそう言うと、そっと千尋の手を握った。「まだ7歳だった君は、浴室で母親と祖父母の遺体を見てしまった・・そして、彼らを殺したのが義理の父親だという残酷な事実を、未だに君は引き摺っているんだ。」「先生、わたし・・」「苦しみを溜めこまずに、わたしに吐き出しなさい。いつでも聞いてあげるから。」「わたし、どうしてあの人があんな事をしたのか、未だにわかりません。事件が起きる前は、わたしたち家族は仲が良かったのに・・それなのに、どうして・・」そう言って激しくしゃくり上げる千尋の背を、吉田は何も言わずに優しく撫でた。「嫌な事は早く忘れてしまいなさい。そうした方が、君の為だ。」背中に吉田の体温を感じ、千尋は堪らず涙を流した。「何ですって、吉田先生が金沢で倒れた?それは本当なの、あなた?」「ああ、何でも吉田先生は狭心症にかかっておられるらしい。」「まぁ・・この前、吉田先生の奥様とゴルフコンペでお会いしたんだけれど、吉田先生、隠し子が居たんですって。」 東京・田園調布の沖田邸のリビングで、夫から吉田が倒れた事を聞いた美香は、そう言うとコーヒーを一口飲んだ。「ああ、最近マスコミが色々と騒いでいるやつか。吉田先生の愛人は、一体何処の誰なんだ?」「あなたも一度は会ったことがあるでしょう?千尋ちゃんママ・・悠子さんよ、吉田先生の愛人は。」「悠子さんが?それじゃぁ、千尋ちゃんは・・」「吉田先生の娘さんってことになるわね。その事を吉田先生の奥様から聞いて、わたし驚いてしまったわ。悠子さん大人しそうで、虫も殺さないような顔をしていたのに、やることはやっていたのね。」美香は吐き捨てるような口調でそう言うと、溜息を吐いた。「まぁ、余りあの人と仲良くしなくてよかったわ。もう死んじゃったけど。」「止さないか、そんな事を言うのは。」「ねぇあなた、これからどうなるのかしら?」「どうなるって・・吉田先生が千尋ちゃんを引き取るかどうかは、吉田先生の問題だろう?僕達が口を挟む問題ではないさ。」「でもまぁ良かったわ、うちの総美(さとみ)と千尋ちゃんが疎遠になって。千尋ちゃんは良い子だったけど、愛人の娘と仲良くしているなんてマスコミに知られたら、総美のイメージダウンに繋がるもの。」「総美のことよりも、貴司のことを考えたらどうなんだ?受験まであと一年だっていうのに、あの子はまだ部屋に引き籠ったままだぞ?」「放っておけばいいのよ。思春期の男の子が考えている事なんかわたしには解らないもの。」美香は飲み掛けのコーヒーをキッチンの排水口に捨てると、洗い終ったカップを流し台に置いてリビングから出て行った。「何処に行くんだ?」「これから総美がテレビの取材を受けることになっているの。バンクーバーオリンピックで金メダルを獲ったから、これから色々と忙しくなるわ。」そう言った美香の声は、弾んでいた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014.03.01
素材提供:RUTA様ライン素材提供:White Board様『僕も今、金沢に居るんだ。済まないが、少し出て来てくれないかな?』「はい、わかりました・・」浅田との通話を終えた千尋は、髪をドライヤーで乾かすと、浴衣を脱いで着物に着替えた。「何処に行くんだい?」「浅田様に会ってくる。彼、金沢に居るみたいなの。」「へぇ、そうかい。気を付けてお行き。」「行って来ます。」 ホテルの部屋を出た千尋は、ホテル内のラウンジで浅田と会った。「お久しぶりです、浅田様。まさか、浅田様が金沢におられるなんて思ってもいませんでした。」「僕も、君が金沢に居るなんて思ってもいなかったよ。」浅田はそう言うと、千尋に微笑んだ。「わたしにお話とは、何でしょう?」「吉田先生が金沢市内の病院に入院していることは知っているね?」「はい、今朝テレビのニュースで知りました。それが、わたしと何の関係があるのですか?」「実は・・このような場所で言うのはどうかと思うが、吉田先生は君の実の父親なんだ。」「え・・」「僕は先生から、その事を知らされてからずっと長い間黙っていた。吉田先生が、君には自分が実の父親であることを告げないで欲しいとおっしゃったから・・」「浅田様、それは確かなのですか?わたしと、吉田先生が実の親子だというのは?」「ああ。君のお母さんは昔、吉田先生とお付き合いをしていた。だがその頃、吉田先生には既に奥様がおられたんだ。」「そうですか・・」浅田から吉田議員が自分の実父であることを知らされ、千尋は気分を落ち着かせる為にコーヒーを一口飲んだ。「千尋ちゃん、吉田先生に一度会って欲しい。」「はい・・」 ホテルを出た千尋は、浅田が運転するレンタカーで吉田議員が入院している病院へと向かった。「吉田先生のご容態は?」「昨夜救急車で病院に運ばれた時は意識がなかったが、今は落ち着いているよ。お医者様によると、先生は狭心症を患っているそうだ。」「そうですか・・」 数分後、浅田と千尋が吉田の病室に向かうと、病室の中には一人の少年の姿があった。「父さん、本当に大丈夫なの?」「ああ・・拓人、心配を掛けてしまって済まなかったね。」「本当に、僕が付き添わなくても大丈夫?」「お前は母さんの傍に居てやりなさい。」「わかった・・」少年―拓人がそう言って吉田に背を向けて病室から出ようとすると、ドアの前に浅田と見知らぬ着物姿の少女が立っていることに気づいた。「浅田さん、その人は?」「拓人君、この人は・・」「来てくれたんだね、浅田君・・それに、千尋も。」ベッドから起き上がった吉田は、そう言うと金色の双眸を千尋と拓人に向けた。「拓人、ご挨拶なさい。浅田君の隣に居るのは、お前の腹違いの姉さんだ。」「先生!」「父さん、一体どういう事?」拓人はそう言うと、千尋と吉田を交互に見た。「拓人君、ちょっと外に出ようか。」「ねぇ父さん、僕にも解るように説明してよ!」「拓人君、行こう。」浅田は強引に拓人を病室の外へと連れ出した。「浅田さん、あの人は誰なんです?」「先生がさっき君に説明しただろう?」「じゃぁ、あの人が・・父さんの隠し子なの?」拓人の問いに、浅田は静かに頷いた。にほんブログ村
「先生、おはようございます。」「おはよう。浅田君、こんな朝早くに金沢まで来て貰って済まないね。」「いえ・・それよりも先生、また『名宝』にこんな記事が載っていました。」浅田から『名宝』を受け取った吉田は、付箋が貼られている記事に目を通した。「酷いな・・」「先生、このままマスコミから逃げ回っていても状況は好転するどころかますます悪化するだけです。一度、記者会見を開いてはいかがですか?」「記者会見か・・いいかもしれないな。浅田君、済まないね。いつも君に迷惑ばかりかけて・・」「いいえ。先生、少しお顔の色が悪いのではありませんか?」「今回の騒動で休む暇がなくてね・・」「余り無理なさらないでください。」「有難う、先にわたしは休ませて貰うよ。」吉田はそう言って眉間を揉むと、そのまま寝室に入って行った。 その日の夜、浅田が仕事をしていると、突然鞄の中にしまっていた携帯がけたたましい音で着信を告げた。「はい、浅田です。」『浅田さん、拓人です。』「拓人君、どうしたのこんな夜中に電話してくるなんて?」『・・母が、自殺未遂したんです。』「それは、本当なのか?」『はい。俺が外出してホテルの部屋から戻ってきたら、寝室には居なくて・・浴室で、母は手首を切っていました。』「奥様は今、どんな状態なんだ?」『今は鎮静剤を打たれて病室のベッドで眠っています。浅田さん、父は今どうしていますか?』「先生なら、先程お休みになられたよ。ねぇ拓人君、一旦僕が東京に戻って奥様に付き添おうか?」『いいえ、僕が母に付き添います。浅田さん、どうか父の事を宜しくお願いします。お休みなさい。』 拓人との通話を終えた浅田は、寝室のドアをノックした。「先生、起きていらっしゃいますか?」中から時折苦しげな呻き声は聞こえるが、返事はなかった。「先生、入りますよ?」嫌な予感がして浅田が寝室のドアを開けて中に入ると、ベッドの上で吉田が胸を押さえて苦しそうに呻いていた。「先生、どうなさったのですか?」「胸が・・苦しい・・」「今、救急車をお呼びします!」額に脂汗をかきながら、吉田は救急車が到着するまで苦しそうに呼吸していた。「こんな時間に救急車なんて・・しかも、結構近くだねぇ。」「そうね・・」 救急車のサイレンの音で目覚めた千尋とタキがホテルの窓から外を見ると、丁度救急車がホテルの正面玄関前に停車するところだった。「このホテルで、誰か倒れた人が居るのかねぇ?」「さぁ・・おばあちゃん、もう遅いから休みましょう。」「そうだね。」救急車で病院に搬送されたのが実の父親とも知らずに、千尋はタキとともに窓から離れてベッドに戻った。 翌朝、千尋が浴室でシャワーを浴びていると、部屋でテレビのニュースを観ていたタキが突然素っ頓狂な悲鳴を上げた。「どうしたの、おばあちゃん?」「昨夜、このホテルから救急車で病院に運ばれた人が、今テレビに映っているよ!」タキが興奮した様子でそう言ってテレビの画面を指すと、そこには泉ホテルのパーティーで会った吉田議員の顔写真が映っていた。『昨日未明、金沢市内のホテルに滞在していた吉田稔麿議員が心肺停止状態で金沢市内の病院に搬送されました。』(吉田先生が、どうして金沢に?)千尋が呆然とテレビの前に立っていると、ベッドの傍に置いてあった携帯が鳴った。「もしもし?」『千尋ちゃん、今何処に居るの?』「金沢、ですけど・・」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014.02.28
「母さん、これからどうするつもりなの?」「どうするって?」「父さんと、離婚するつもりなの?」「離婚するに決まっているじゃないの!あんたの父さんはね、わたしを裏切って水商売の女とまだ付き合っていたのよ!」「母さん・・」「拓人、わたし達が離婚したら、どっちについていくのか考えなさい。」律子はそう言って飲み掛けのコーヒーをテーブルに置くと、寝室に入った。 拓人は溜息を吐きながら、母がテーブルの上に散らかしたゴミをまとめてゴミ箱に捨てた。「母さん、俺出掛けてくるからね。」寝室に居る母に向かって拓人はそう声を掛けた後、彼は鞄を持って部屋から出た。「千尋、あんた暫く店を休んでおくれ。この騒ぎじゃぁ、仕事になりゃしないからさ。」「わかりました、女将さん・・」 吉田議員のスキャンダルが発覚し、彼の娘である千尋もマスコミに毎日追われるようになった。「あんたは母さんと一緒に、金沢に行ってね。」恵子はそう言うと、千尋に滞在先のホテルの住所が書いてあるメモを手渡した。「では、行って参ります。」「気を付けてね。」玄関先で恵子に見送られ、タキと千尋は金沢へと向かった。「K町から外に出るなんて、何年ぶりだろうねぇ。」特急列車の窓から見える景色を眺めながら、タキはそう言って溜息を吐いた。「おばあちゃんは、何処か旅行に出かけたことがあるの?」「芸者時代に一度、あたしを贔屓にしてくださっているお客様と京都に三泊四日の旅行に行ったのさ。丁度桜の季節でねぇ、清水寺の桜が綺麗だったよ。」「いいなぁ、わたしも京都に行ってみたいなぁ。」「浅田様に連れて行って貰えばいいじゃないか。」「おばあちゃん・・」「あんたはまだ気づいていないだろうけどねぇ、浅田様はあんたに惚れているよ。」 金沢に着いた二人は、タクシーで滞在先のホテルへと向かった。「まだ寒いね・・」「さっきタクシーでラジオの天気予報を聞いたんだけどね、明日雪が降るそうだよ。」「3月なのに、雪?」「まぁ、この地方じゃ珍しくないねぇ。」ホテルのロビーで千尋がタキと天気の話をしていると、急に彼女は視線を感じて周囲を見渡した。「どうしたんだい、千尋ちゃん?」「さっき、誰かに見られていたような気がして・・」「気の所為じゃないかい?」「そうだね・・」 ホテルの部屋にタキとともに入った千尋は、窓の外から金沢の町並みを眺めながら溜息を吐いた。「おばあちゃん、これからどうなるんだろう、わたし達・・」「あんまり嫌な事ばかり考えるんじゃないよ。一度そんな事を考えると、気が滅入っちまうだろう?折角金沢に来たんだから、観光でもしようじゃないか!」「そうね。」 千尋とタキが金沢観光を楽しんでいる頃、美鶴楼の前には今日もマスコミが押し寄せていた。「千尋さんは今日出勤されているんですか!?」「うるさいねぇ、あの子は休みだってさっきから何度も言っているだろう!」恵子はそうマスコミに怒鳴ると、彼らの頭上に塩を撒いた。「ったく、あの女将は気が強いから参っちまう。」「その上口が堅いときた。これじゃぁ荻野千尋の消息を掴むのは難しそうだな。」「記者さん達、千尋姐さんの事を聞きたいのでありんすか?」「ああ、そうだけど・・君は?」「わっちはここの留袖新造の、千嘉でありんす。千尋姐さんとは小学校時代の幼馴染でありんす。」千嘉はそう言うと、記者達に愛想笑いを浮かべた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
『次期総理候補・吉田稔麿議員に隠し子疑惑!?聖人君子に隠された素顔』 特集記事の見出しを見た吉田は、一瞬目を疑った。一体何処から千尋の事が漏れたのか―彼がそんな事を思いながらその記事に目を通していた時、書斎に律子が入ってきた。「あなた、この週刊誌に書かれていることは本当なの!?」「律子、わたしは・・」「今までわたしの事を騙していたのね!まだあの女と続いていたんでしょう?」律子はそう吉田に怒鳴ると、彼の頬を平手で打った。「もう今度ばかりは許さないわ、離婚よ!」「落ち着いてくれ、律子。これには深い事情が・・」吉田は律子を落ち着かせようとしたが、彼女は吉田の手を乱暴に振り払うと書斎から出て行った。「旦那様・・」「車を玄関にまわしてくれ。」「かしこまりました。」 数分後、吉田を乗せた車が自宅から出ようとすると、自宅前を取り囲んでいたマスコミの取材陣が一斉に車を取り囲んだ。「吉田先生、隠し子報道は事実なのですか?」「お相手の女性とはまだ関係が続いているのでしょうか?」「先生、何かコメントを一言お願いいたします!」マスコミにもみくちゃにされながら、吉田は何とか議員会館に到着した。 一方、登校した拓人が教室に入ると、クラスメイト達の視線がやけに冷たく感じた。(何だ?)「拓人、おはよう。」「おはよう。」「なぁ、ちょっと来いよ。」「何だよ?」「いいから。」 親友・遠藤優(えんどうすぐる)に教室から連れ出された後、拓人は彼から『名宝』を手渡され、父に隠し子が居る事を初めて知った。「これ・・」「拓人、今日はもう家に帰った方がいい。」「わかった・・」 学校から帰った拓人が自転車を漕ぎながら自宅へと向かっていると、突然彼の前に一台のバンが停まった。「拓人君、お父さんの事どう思う?」「公立の高校に編入するって本当?」突然マスコミに取り囲まれ、拓人は暫くショックで動けなかった。その時、マスコミの取材陣の中に、一台の車がクラクションを鳴らしながら突っ込んできた。「浅田さん・・」「拓人君、乗って!」自転車から降りた拓人は、浅田が運転する車の助手席に乗った。「大変だったね。」「僕には、何が何だかわかりません・・」「実は昨日、吉田先生と会ったんだ。」「父と、会って何を話したんですか?」「それは、言えないんだ・・済まない。」「浅田さん、父には本当に隠し子が居るんですか!?」「それは、お父さんに君が直接聞けばいい。」「わかりました・・」拓人はそう言うと、溜息を吐いて俯いた。 マスコミの取材から逃れるため、律子と拓人は暫く自宅を離れてホテルで暮らすことになった。「どうしてわたしがこんな目に遭わないといけないの!?何もかも、あの人の所為だわ!」父に隠し子が居る事を知り怒り狂った律子は、完全に理性を失っていた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014.02.27
「あの、浅田さん・・」「なんでしょう?」「浅田さんは、今お付き合いしておられる方はいらっしゃらないのですか?」美咲からそんな質問をぶつけられた時、浅田の脳裏に千尋の笑顔が一瞬浮かんだ。「恋人は居ませんが、密かに想いを寄せている方は居ます。」「まぁ、そうなんですか・・」美咲は少し落胆したような表情を浮かべながら浅田を見た。「浅田君、美咲を余りいじめないでやってくれないか?」「専務、わたしは・・」「柿沼さん、男と女の仲というものは、周りが変なお節介を焼かなくても、おのずと好きな者同士が惹かれあうものです。そうだろう、浅田君?」「先生のおっしゃる通りです・・」「柿沼さん、折角美人の姪っ子さんがわざわざ会社にいらしてくださったんですから、後は美咲さんと楽しい時間を過ごしてください。わたしは浅田君に用がありますから、彼を暫くお借りしますよ。」吉田は柿沼の返事を待たずにそう言うと、浅田の手を掴んでそのまま専務室から出て行った。「先生、助かりました。」「なに、礼なんて要らないよ。しかし君の母上や柿沼さんのように、結婚の意思がない君に相手を紹介しては結婚させようとするお節介な人達には困ったものだね。」「はぁ・・」「まぁ君の結婚問題は隅に置いておいて、何処か静かな所で君と話したいんだが、いいかな?」「ええ、構いません。僕も、先生にお話したい事があります。」 数分後、吉田に連れられて浅田は、オフィス街から少し離れた所にある、こぢんまりとしたカフェに入った。「先生、お話というのは何ですか?」「単刀直入に言おう、君は千尋を抱いたのか?」「・・はい。」「そうか。ちゃんと避妊はしたんだろうね?」「はい、先生から渡されたコンドームを使いました。先生、僕としては千尋ちゃんの突き出しを何としても止めさせたかったのですが、無駄足に終わりました。申し訳ありません。」「一度決まった事を無しにするなんて、そんな横暴な事が通用するような世界じゃないことくらい、わたしにはわかっていたよ。」吉田はそう言って店員にコーヒーを注文した後、グラスの水を一口飲んだ。「先生、これからどうなさるのですか?千尋ちゃんが先生の娘だとわかった以上、マスコミが騒ぎだすのは時間の問題ですよ。」「わかっているよ、そんな事は。実は、千尋の事をわたしは妻にも息子にも話していないんだ。息子は今通っている私立の中高一貫校を退学して、公立の高校に編入しようとしているんだ。」「そうですか・・奥様は、どうされておられますか?」「家内はカンカンだよ。」「息子さんの問題が落ち着くまで、千尋ちゃんの事はお二人に伏せておくと?」「まぁ、そういうことになるね。わたしは、千尋さえよければ、彼女を今すぐにでも我が家に引き取りたいと思っているんだ。」「そうですか・・僕は、部外者なので何も言えません。」「君だけだよ、わたしの話を黙って聞いてくれる人は。」吉田はそう言うと、浅田に微笑んだ。 この時の二人の会話を、密かに週刊誌『名宝』の記者が聞いていた。「先生、大変です!」「どうした?何をそんなに慌てているんだ?」「今朝、事務所にこんな物が届けられて・・先生、この記事に書かれてあることは事実なのですか!?」 吉田の自宅にやって来た彼の秘書・鈴木はそう言うと、発売されたばかりの『名宝』の特集記事を彼に見せた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「ねぇ光則、あなた結婚する気はない?」「ないよ。母さん、どうして急にそんな事を聞くんだい?」「どうしてって・・あなたも良い年なんだから、そろそろ身を固めた方がいいんじゃないの?」「何、これ?」「いいから、見てごらんなさい。」浅田が母・京子から渡された釣書を開くと、そこには振袖姿の女性が笑顔で写っていた。「この人は?」「わたしの、中学時代の同級生の娘さん。彼女、中学校の先生をしているんですって。とても気立てが良い方よ。一度、会ってみたら?」「母さん・・」「いい加減にせんか、京子。朝っぱらからそんな話をせんでもいいだろうが。」「あなた、孫の顔を見たくないんですか?光則の同級生達は結婚して子どもが居るっていうのに、この子は結婚どころか彼女一人作らないんだから、母親であるわたしがこの子の相手を見つけないと・・」「母さん、お願いだから僕に見合いを勧めるのは止めてくれ。母さんが躍起になればなるほど、僕は却って結婚する気をなくすよ。」「光則、相手の方と一度会うだけでいいから・・」「もう行くよ。」「待って、光則~!」光則はダイニングを出て玄関で靴を履き替えると、母親の鼻先で玄関のドアを閉めた。(結婚、ねぇ・・)「部長、おはようございます。」「おはよう。」光則が出勤して自分のデスクに座ると、同僚の女子社員が彼の前にコーヒーを置いた。「浅田さん、専務がお呼びです。」「わかった、専務にすぐ行くと伝えてくれ。」 数分後、浅田は専務室のドアをノックした。「入りたまえ。」「失礼致します。」 彼が専務室に入ると、来客用のソファには吉田議員が座っていた。「吉田先生、何故こちらに?」「吉田君と僕とは、ゴルフ仲間でね。今度一緒にK町でゴルフコンペを開かないかっていう話をしていたところだったんだよ。」「そうですか・・」「さてと、君をここに呼び出したのには、君に一度会わせたい人が居るからなんだ。」「わたしに、会わせたい人、ですか?」「ああ。美咲君、入って来てくれ。」「失礼致します。」 専務室のドアが開き、一人の女性が浅田と吉田の前に現れた。「紹介するよ、わたしの姪の佐伯美咲君。」「初めまして、佐伯美咲です。」「浅田光則です。専務、わたしに会わせたい人というのは、美咲さんですか?」「ああ・・美咲がねぇ、一度君と会って話がしたいというものだから、適当に用事を作って君をここへ呼び出したんだ。」「そうですか・・」「柿沼さんも隅には置けませんな、浅田君と姪っ子さんの愛のキューピット役を務めるとは。」吉田はそう言うと、大きな声で笑った。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「千尋ちゃん、こんにちは。」「千代松姐さん、こんにちは。」「聞いたよ、あんたこの前、突き出ししたんだってね?」「ええ・・」「どうだった?」「少し怖かったです・・けれど、浅田様は最後まで優しくしてくださいました。」「そうかい・・それは良かった。」 三味線の稽古の帰りに寄った駅前にあるとんかつ屋で千代松と偶然再会した千尋は、彼女と他愛のない話をしながら、あの日の夜の事を思い出していた。『優しくするから・・』その言葉通り、浅田は千尋をまるで壊れ物のように優しく抱いてくれた。今まで一度も自分で触ったことがない所を浅田の舌が愛撫する間、千尋は声を抑えて快感に身体を震わせていた。すると、浅田がそっと自分の秘所から顔を離し、怪訝そうな顔で千尋を見た。『どうしたの、気持ち良くない?』彼の問いに千尋が首を横に振ると、彼はふっと千尋に微笑んで、愛撫を再開した。「どうしたんだい、千尋ちゃん?ボーっとして何を考えていたんだい?」「いいえ、何でもありません・・」「その様子だと、浅田様に大事にされて貰ったみたいだね?」「ええ・・」「あたしは浅田様とも長い付き合いがあるけれど、あの方みたいな良い男はなかなか居ないよ。浅田様を大事にしておやり。」「わかりました・・」「さてと、今日のお昼はあたしの奢りだから、何でも好きな物を頼んでもいいよ。」千代松はそう言って千尋に微笑むと、メニュー表を開いた。「あの、姐さんにひとつ聞きたい事があるんですけど・・」「何だい?」「男の人って・・浮気をするものなのでしょうか?」「そりゃぁ、男なんて必ず浮気をする生き物だよ。それにロマンチストで、女に対して幻想を抱いているね。」「幻想?」「ほら、よく自分が好きなアイドルはトイレなんか行かないって思い込んでいる男が居るじゃないか?それと同じで、自分が恋焦がれている女はトイレにも行かないし、おならもしないって馬鹿な事を思い込んでいる男が多いってことさ。」「良く解りません、わたしには・・」「まぁ、そういう奴に限って器が小さいのが多いね。それに、そういう奴は自分が浮気すると相手の女に謝るどころか、開き直っちまう。」「最低・・」「あたしの知り合いで、そういう男に引っ掛かって子どもを中絶した友達が居たねぇ。そいつは女癖が悪い上に、パチンコや競馬で借金をつくった挙句、その友達を風俗で働かせていたっていうんだから・・反吐が出るよ。」「そのお友達は、どうなったんですか?」「さぁねぇ・・もう10年位前に会ったきりだったからねぇ。今その子が何処で何をしているのかはわからないねぇ。」千代松はそう言葉を切ると、千尋を見た。「千尋ちゃん、浅田様とあんたが会えたことは、神様があんた達二人を巡り会わせてくださったんだろうねぇ。きっとあんた達は、前世で引き裂かれた恋人同士なのかもしれないねぇ。」「もう、姐さんったら、冗談は止してくださいよ。」千尋が千代松の言葉を聞いて頬を赤く染めながら、彼女の肩を叩いた時、二人の前にこの店で一番美味しいと噂されているロースかつ定食が運ばれてきた。「おしゃべりはこれ位にして、食べようかね。」「いただきます。」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「父さん、居るの?」「ああ。」「入ってもいい?」「どうぞ。」吉田がそう言って長男・拓人(たくと)を書斎に招き入れると、彼は吉田の前に一枚の書類を置いた。「拓人、これは何だ?」「父さんにはまだ話してなかったよね・・僕、公立の高校に編入したいんだ。」「どうして公立に行きたいんだ?今の学校でも、勉強は出来るだろう?」「父さんなら、そう言うと思っていたよ。」拓人は吉田の言葉を聞くと、深い溜息を吐きながら彼を見た。「僕、もうあの学校には通いたくないんだ。」「誰かに苛められているのか?だとしたら、教育委員会に抗議して・・」「そんなんじゃないよ。」「じゃぁ、どうして・・」「僕は、今まで父さんの期待に応えるために精一杯やってきた。でも、もう父さんの期待に応えるために自分を犠牲にしたくないんだ・・」吉田の顔が険しく歪むのを見た拓人は、彼から一歩あとずさった。「そうか・・お前は遅くに出来た子だから、父さんや母さんはいつもお前に完璧を求め過ぎていたかもしれないな・・」吉田はそう言うと、長くて辛い不妊治療の末に授かった我が子の顔を見た。「お前が公立の学校に通いたいのなら、そうしなさい。母さんには父さんが上手く言っておくから、心配するな。」「父さん、ありがとう。」拓人は何処か戸惑ったような表情を浮かべながら吉田を見ると、書類を机の上に置いたまま書斎を出た。(今日の父さん、何だか変だな・・) 二階にある自分の部屋へと戻りながら、拓人は最近父親の様子がおかしいことに気づき始めていた。「どうした、拓人?身体の調子でも悪いのか?」「ううん・・」「受験まであと一年しかないんだから、しっかり食べないと駄目よ。」「わかった・・」 親子三人で食卓を囲むことなんて今まで一度もなかった。やはり何かがおかしい―そう思った拓人は、自分が抱いている疑問を直接父親にぶつけることにした。「父さん、最近何かあったの?」「何かって?」「だって最近父さん、帰りが早いし・・書斎に籠って色々と考え事をしているし・・」「色々あってな。それよりも拓人、あの書類はいつまで出せばいいんだ?」「明後日までに署名と捺印してくれれば、僕が学校まで持って行くよ。」「拓ちゃん、パパと何の話をしているの?」吉田と拓人の会話を聞いた律子は、フォークとナイフをそれぞれ皿の両端に置いた。「拓人、ママにもあの話をしてあげなさい。」「母さん、僕今の学校を辞めて、公立の高校に編入する事にした。」「まぁ、何ですって!?あなた、本気なの!?」「本気も何も、もう僕は決めたんだ。」「あなた、今の学校に入る為に必死に勉強していたじゃないの!パパの母校に入って毎日が充実しているって言ったのは、全部嘘だったの!?」「もう、限界なんだ。ママの“理想の息子”を演じるのは。」拓人の言葉を聞いた律子は絶句し、そのまま椅子から立ち上がると拓人に背を向けてダイニングから出て行ってしまった。「ママ・・」「暫くママを放っておきなさい、拓人。」「はい・・」吉田は、自分で人生を切り開こうとしている息子を前に、千尋の事を話す勇気がなかった。(まだ律子や拓人にあの子の事を話すのはまだ早い・・拓人の問題が片付いてからにしよう。)ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014.02.26
書斎のドアを乱暴に閉めて自分の元から去っていった律子の背を見送りながら、吉田は溜息を吐いた。大物政治家である律子の父親・菱田章介に勧められ、彼女と結婚した吉田だったが、ブランド好きでお嬢様育ちで苦労知らずの律子と、幼い頃両親を亡くし、苦労を重ねて来た吉田とは、価値観の違いからか新婚早々上手くいかなくなった。“子どもが出来れば夫婦仲も上手くなるだろう”という章介の言葉を信じた吉田だったが、律子と結婚して2年経っても子宝には恵まれなかった。その事を不審に思った章介から不妊検査を受けるようにと言われ、吉田と律子は東京都内にある病院で不妊検査を受けた。 その結果、吉田が男性不妊症―無精子症であることがわかった。『稔麿君、これから君はどうするのかね?』『どうするとは・・どういう意味でしょうか、お義父さん?』『君に子種がないことを知りながら、これ以上律子との結婚生活を継続させる訳にはいかないな。済まないが、この家から出て行ってくれないか?』『お義父さん、僕は律子と別れたくありません!』『そうか・・』章介から離婚を切り出された時、吉田は律子と別れたくない、彼女を大事にすると彼に誓った。 その後、吉田と律子の離婚話はなくなったが、夫婦間に出来た溝はますます深まっていった。吉田が赤坂の馴染みのクラブで働いているホステス・悠子と知り合い、彼女と深い仲になったのは、律子が趣味で始めた社交ダンス教室の講師と親しくなってからだった。 北陸地方の小さな温泉街でスーパーを経営している両親に毎月仕送りをしながら、大学に行く金を貯めていると吉田に話す悠子の横顔は、今まで彼が付き合った星の数ほどの女のそれよりも、美しかった。『吉田先生は、ご結婚されていらっしゃるんですか?』『ああ。けど、うちには子どもが居ないんだ。だから、二人とも自由気ままに生きているのさ。』『まぁ、そうなんですか。あたしは両親に沢山愛情を注がれて育ったから、いつかきっとお父さんみたいな優しい人と結婚して、温かい家庭を作るのが夢なんです。平凡な夢だと思われるかもしれませんけど・・』『いいじゃないか。僕がもう少し早く君と会っていたら、君の平凡な夢を叶えてあげられたかもしれないね。』『先生・・』自分を見つめる悠子の熱を帯びた瞳に魅せられた吉田は、彼女に恋心を抱いた。それは、悠子も同じだった。 吉田は悠子の為にアパートの部屋を借り、毎週末彼女の部屋に来ては彼女の手料理を食べ、彼女と他愛のない会話をしながら夜を明かした。『先生、お話って何ですか?』『悠子、君にしか頼めないことがあるんだ・・聞いてくれるかい?』『何でしょう?』『僕の、子どもを産んでくれないか?』吉田の言葉を聞いた悠子は、暫く黙っていたが、俯いていた顔を上げると、吉田にこう答えた。『・・はい。』その夜、悠子と吉田は結ばれた。 幸せな時間は、長くは続かなかった。律子が吉田の浮気調査を探偵に依頼し、彼が悠子を都内にあるアパートに囲っていることを知ったのだった。『あなた、相手の女と別れて頂戴!さもないと、今回の事お父様に言うわよ!』浮気が律子に露見し、吉田は彼女に平謝りするしかなかった。『済まない、もう君とは会えない。』『わかりました・・』悠子に別れを告げた日の朝、彼女は何処か寂しそうな表情を浮かべて吉田を見た。 それから二週間経ったある日のこと、吉田が彼女の部屋を訪れると、彼女は既に部屋を引き払い、実家に帰ってしまっていた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
「わたしが何故、千尋さんの突き出しを突然止めて欲しいと言いだしたのには、吉田議員がわたしにそう指示したからです。」「吉田先生が、どうしてうちのやり方に口を出すんだい?」恵子はそう言うと、浅田を睨んだ。「吉田議員は、千尋さんの実の父親だということが、最近わかりました。」「まぁ・・」「浅田様、それは本当ですか?」「ええ。実は吉田議員は、密かに千尋さんの身辺調査を興信所で依頼していました。その身辺調査書で、吉田議員は千尋さんが自分の娘であると知ったのです。」「それで?吉田先生は娘を遊女にしたくないから、突き出しを止めろと言って来た訳ですね?」「はい・・」「浅田さん、あなたが突然千尋の突き出しを止めろと言われても、はいそうですかってこっちがすんなりと受け入れる訳がないでしょう?千尋の突き出しは止めませんよ。」「わかりました・・」 二週間後、千尋の突き出しは予定通りに行われた。 白無垢を纏った彼女の花魁道中見たさに、温泉街の旅館やホテルに泊まっている観光客たちがスマートフォンや携帯電話片手に美鶴楼の前に並んでいた。 温泉街を練り歩いた後、千尋は両脇に禿(かむろ)を従わせながら美鶴楼の中へと入った。「千尋さん、とても綺麗だよ・・」「ありがとうございます、浅田様。」美鶴楼の中でも最上級の部屋、鶴の間に入った千尋は、浅田に微笑みながら彼の猪口に酒を注いだ。「酒はこれくらいにして、部屋に行こうか?」「はい・・」千尋は浅田に手をひかれながら、真新しい寝具が揃っている寝室へと向かった。「緊張しているかい?」「はい・・」「優しくするから・・」浅田はそう言うと、千尋の首筋を軽く吸いあげた。 全てが終わった後、千尋は暫し放心して褥の中にその身を横たえていた。「君に無理をさせてしまったね、すまない。」「謝らなくてもいいです・・浅田様に抱かれて頂いて、わっちは幸せでありんした。」「そうか・・千尋ちゃん、暫く横になって休んでいなさい。わたしは外で煙草を吸いに行って来るから。」「はい・・」『千尋は、今どうしている?』「部屋で寝ています。吉田先生、これからどうなさるおつもりですか?」『それは、どういう意味だね?』「もうわたしは、千尋ちゃんに吉田先生が父親であることを告げてしまいました。ここから先はわたしが出る幕ではありませんから・・」『そうか・・済まないね浅田君、君にこんな辛い事をさせてしまって・・』「いいえ。では、もう部屋に戻ります。」『また連絡するよ。』吉田議員と通話を終えた浅田は、携帯を閉じてそれをスーツの内ポケットに入れた。部屋に戻り、褥の中で安らかな寝息を立てている千尋の寝顔を眺めながら、浅田はそっと彼女の髪を優しく梳いた。「あなた、ここにいらしたのね。」「律子、何の用だ?」「何の用って・・あなた、今日はわたくし達の結婚記念日だってことを、お忘れになってしまったの?」「すまない、うっかりしていたよ。」「もういいわ!あなたって方は、いつもそうなのね!」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014.02.25
「浅田様、大丈夫でありんすか?」「ああ。」隣の座敷で騒いでいた客は、浅田によって中庭に投げ飛ばされた後、警察に連行された。「さっき隣の座敷で給仕をしていた仲居から聞いたんだが、あの男は会社を解雇された挙句、女房にも逃げられて自棄酒(やけざけ)を呷っていたみたいだ。」「それで、あんな騒ぎに?」「酒を飲んでいる内に、廊下越しに聞こえる他の客達の笑い声が自分を馬鹿にしているように聞こえたんだとさ。全く、困ったもんだよ。」浅田はそう言って溜息を吐くと、猪口に注がれた酒を飲んだ。「さてと、隣の座敷の騒ぎが落ち着いたところで、君の突き出しの日について話をしようと思ったんだが・・」「浅田様なら、わっちは安心して身を委ねられます。」「その話なんだが・・なかったことにして貰えないだろうか?」「は?」千尋は、浅田の言葉に一瞬耳を疑った。「それは、どういう意味でありんすか?」「言葉通りの意味だ。遊女になるのを、辞めて欲しいんだ。」そう言って自分を見つめる浅田の眼差しは、真剣そのものだった。「浅田様、今まで進めてきたわっちの突き出しを中止するなぞ・・女将さん達が許すと思いますか?」「それは、わたしが何とかする・・」千尋の突き出しにかかる莫大な費用は、姉女郎である朝霧や養母の恵子が捻出し、美鶴楼に贔屓にして貰っている置屋や商店への挨拶回りにもとうに済ませていた。 全ての準備が整い、突き出しの日まで時間がないというのに、何故浅田は急に突き出しを取り止めにすると言いだしたのだろうか。「浅田様、訳を聞かせてください。突き出しを突然止めるなど浅田様が言いだすのには、ちゃんとした訳がおありだからでしょう?」「済まないが、今は言えないんだ・・」「そんな・・」千尋はそう言うと、自分から顔を背ける浅田を座敷に残してその場から去った。「千尋、どうした?」「澪姐さん・・」「浅田様と何かあったのかえ?」「浅田様が、さっき・・」千尋は澪に、浅田が突然自分の突き出しを辞めて欲しいと言った事を話した。「まぁ、それは本当かえ!?」「はい・・訳を話してくれとわっちが尋ねても、その訳を話してくださらないのです。」「すぐに女将さんにわっちが話してくるよ。」澪はそう言うなり、千尋の手を引っ張って恵子の部屋へと向かった。「何だってぇ、浅田様がお前の突き出しを辞めて欲しいって言ったのかい!?」「はい・・」「浅田様は何処だい?」「“鷺(さぎ)の間”にいらっしゃいます。」「千尋、案内しておくれ。」 数分後、恵子は浅田と鷺の間で向かい合うような形で座っていた。「浅田様、もう千尋が突き出しすることは決まっているんですよ。もう贔屓になさっている方々への挨拶回りは済んでいますし、突き出しに掛かる費用もあたしらが全額負担しているんです。それを急に止めるなんて言われちゃぁ、うちが破産しますよ。」恵子はそう言うと、煙管に溜まっていた灰を火鉢の中に捨てた。「女将さんのお怒りはごもっともです。ですがこちらには事情がありまして・・」「だから、その事情ってやつを話してくださらないと、うちらも納得できないんです。」「わかりました・・」 浅田はそう言うと、俯いていた顔をゆっくりと上げた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村