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JEWEL

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完結済小説:玻璃(はり)の中で

Sep 3, 2013
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「お恥ずかしい話ですが、わたしは株取引で大損をして、借金を作ってしまいましてね・・返済の為に、学院の金を横領するしかなかった。それを嘉久さんに知られて、悪事を手に染めなければなりませんでした。」

淡々と事件の真相を自分に語る伊勢崎の目は、何処か狂気じみていた。

「理事長には、わたしの父がまだ存命だった頃から良くしていただきました。わたしは、理事長を裏切ることが心苦しかった・・けれども、嘉久さんはわたしを解放しなかった・・だからわたしは、彼に罪を擦(なす)り付けようとしたのです。」
「そんな・・伊勢崎さん、あなたは根っからの悪人ではないでしょう?それなのにどうして・・」
「理事長・・いいえ土方さん、これだけは覚えておいてください。人は必ず、過ちを犯してしまうことがあります。」
伊勢崎はそう言うと、ポケットの中から小さな壜を取り出した。
「もうわたしは、生きる資格はありません。」
「伊勢崎さん!」
歳三が彼を止めようとした時、不意に廃工場の扉が開き、数人の警官達が中に入って来て伊勢崎を取り押さえた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。それよりも、伊勢崎さんは?」
「彼は無事です。」
菊恵と嘉久の愛人・真菜を殺害した犯人・伊勢崎は、犯行を認めた。
「わたしは愚かでした。これからは、罪を償って生きていきます。」
伊勢崎は取調室でそう言った後、激しく嗚咽した。
事件が無事解決してから数ヶ月が経ち、歳三は正式に慈愛学院理事長に就任することとなった。
「おめでとうございます、トシゾウ様。」
「ありがとう、フィリップ。でも、親父がもう少し長生きしてくれればよかったのにな・・」
理事長室の椅子に座りながら、歳三はそう言って伊勢崎が逮捕されてから一週間後に息を引き取った正嗣の写真を見た。
「旦那様もきっと、天国であなた様を応援していらっしゃいます。これからは、わたくしが支えますので、ご心配なく。」
「わかったよ。学校運営は素人だけど、俺は一人じゃねぇ。」
歳三はそう言うと、母親の形見である懐中時計を取り出した。
「それは・・」
「これに見覚えがあるのか?」
「ええ。これはウジェニー様が、旦那様に贈られたものです。別れの際に、ウジェニー様は愛用していらしたロケットを旦那様に、旦那様は懐中時計を渡されて再会する日を誓い合ったのです。」
「そうか・・親父の棺に置かれてあったロケットは、お袋のものだったのか・・」
「不思議なものですね、人の縁というものは。トシゾウ様、無駄話をする時間はありませんよ。」
「わかってるよ、そんなこたぁ。今日中にこの書類を片付けなきゃなんねぇんだろ?」
歳三はそう言って溜息を吐くと、机の上に山積みになっている手づかずの書類を見た。
「理事長になったからといって安心していたら大間違いですよ。やることはこれから沢山あるのですから、休む暇はありません!さぁ、仕事なさってください!」
「わかったよ・・」
そう言って歳三は書類の山から一冊のバインダーを取り出したが、中々フィリップが部屋から出て行こうとしないことに気づいた。
「なぁ、いつまでここに居るんだよ?ちゃんと仕事はやるよ。」
「いいえ、あなた様は少し怠け癖がおありですから、書類を全部片付けるまでわたくしが見張ります。」
「おいおい、そんなに俺は信用できねぇのかよ?」
「ええ。」
「何だよ、勘弁してくれよ・・」
「口を動かさないで、手を動かしてくださいませ!」

まるで新学期前日に夏休みの宿題を溜めこみ、親の監視下でそれをこなす子どものように、歳三は溜息を吐きながら仕事に取りかかった。

「モタモタしてはなりませんよ、歳三様!」
「わかったって!」

―完―

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Last updated  May 20, 2015 01:36:33 PM
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「貴様、これは一体どういう事だ!?」
「どうもこうも、俺が祖母さんの跡を継ぐと言ったんだが?」
「認めないぞ、妾の子のお前が、本妻の僕を差し置いて理事長になるなど・・」
「親の金を湯水のように使うお坊ちゃんに、言われたかぁねぇな。」
歳三がそう言って匡を見ると、彼は顔を真っ赤にして俯いた。
「それでは皆さん、これから宜しくお願い致しますね。」
歳三が理事達に向かってそう挨拶し、彼らに一礼すると、彼らは席から立ち上がり盛大な拍手を歳三に送った。
「そうか、お前が跡を継ぐのか・・これで、安心して逝けるな・・」
「馬鹿言うんじゃねぇよ、親父。まだこれからだろう?」
「ああ、そうだな・・」
「トシゾウ様、会合のお時間がございます。」
「わかった。じゃぁ親父、また来るな。」
「ああ・・」
歳三が正嗣の病室から出て行くと、フィリップが病室の中へと入って来た。
「旦那様、学院の事は心配なさらないでください。トシゾウ様に・・」
「ああ、わかっているよ。あいつならば学院をよりよいものにしてくれるだろう。それよりも、母上を殺した犯人はまだ捕まらないのか?」
「ええ。わたくしは、誰が大奥様を殺したのかがわかっているのですが・・」
「そうか・・誰なのか、わたしに教えてくれないか?このままでは、死ぬにも死にきれん。」
「では、お耳をお貸しくださいませ。」

フィリップは菊恵を殺した犯人の名を、正嗣の耳元で囁いた。

「事務長、理事長就任おめでとうございます。」
「ありがとうございます、伊勢崎さん。これからも、わたしのことを助けて下さいね。」
「ええ。」

そう言って伊勢崎は歳三に笑みを浮かべたが、目は全く笑っていなかった。

「では、わたしはこれで。」
「理事長、お気を付けて!」
会合場所である居酒屋の前で伊勢崎達と別れた歳三は、その足で深江邸へと向かった。
慈愛学院で働き始めた歳三は、毎日自転車で通い慣れている道を徒歩で歩きながら物思いに耽っていた。
それが、相手に隙を作ってしまったのかもしれない。
気がつくと、歳三は数人の男達に取り囲まれていた。
「何だ、てめぇらは?」
「お前か、理事長の隠し子っていうのは?」
「誰に頼まれた?」
「それは今から死ぬ奴には言えねぇなぁ!」
男の一人がそう言って下卑た笑みを浮かべると、歳三の後頭部を金属バッドで殴った。
気絶した彼を、男達はバンの後部座席へと押し込み、素早くその場から去っていった。
「う・・」
「お目覚めですか、理事長?」
後頭部に鈍痛を感じながら、歳三が目を開けると、そこは人気のない廃工場の中だった。
「伊勢崎さん、あんたなんで・・」
「何故わたしがここに居るのかって?あなたが理事長と、あのろくでなしの長男の愛人を殺した犯人だという遺書を残して自殺する為の手助けに来たのですよ。」
「何を言ってんだ、あんた?もしかして、あんたが祖母さんを殺したのか?」

歳三の言葉を聞いた伊勢崎は、突然狂ったような声で笑った。

「ええ、わたしが殺したのですよ、理事長を。」
「どうしてだ?」
「彼女は、わたしが嘉久さんと学院の金を横領したことに気づいたのです。その口封じの為に、わたしは彼女を殺しました。」

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Last updated  May 20, 2015 01:36:14 PM
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菊恵の葬儀を終えた後、歳三は恵から預かった離婚届を携え、嘉久の身柄が拘束されている警察署へと向かった。

「何だ、これは?」
「見ての通りだよ。もう義姉さんはお前に愛想を尽かしたんだとさ。子どものこともあるし、殺人犯の息子なんざ世間様に顔向けできねぇだろ?」
「俺は真菜を殺していない!」
「ふん、どうせ邪魔になって殺したんだろうが?義姉さんから聞いたけど、あんたあの女の部屋の合鍵持ってんだってな?それなのに何で事件当日に限ってそれを使わなかったんだ?」
「それは、失くしたからだ!」
「へぇ・・」
「良い気味だと思っているんだろう?言っておくが、俺はお前の事を決して認めないからな!」
「ああそうかい、それじゃぁな。」
歳三はこれ以上嘉久と同じ空気を吸いたくなくて、さっさと面会室から出て行った。
「歳三、こんな事になるなんて未だに信じられん・・」
「親父、余り気に病むなよ。身体に障るぜ?」
「ああ、わかっている・・だがな、匡には学院の運営は任せられん。」
「どういう意味だ、そりゃぁ?あいつは女を囲っていねぇし・・」
「あいつは、賭博に目がないのだ。わたしが甘やかしすぎた所為で、学生の頃から競馬場やカジノに入り浸っては、莫大な借金をわたしに肩代わりしてくれてと泣きついて来たのは一度や二度ではない。わたしは、息子達の育て方を間違えてしまったんだろうか・・」
「親父・・」
「もっと早くに、お前を認知していれば・・静江と別れて、お前達親子を深江の家に入れてやればよかった・・そうすれば、こんな事にはならなかったものを・・」

正嗣はそう言って息を吸おうとした時、彼は激しく咳き込んだ。

「親父、どうしたんだ!?」
「何でもない・・」
「そんなこたぁねぇだろう!」
苦しそうに咳き込む正嗣を見た歳三は、咄嗟にナースコールを押した。
『どうされました?』
「親父が突然苦しそうに咳き込んで・・」
『今そちらへ向かいます。』
数分後、酸素マスクをつけた正嗣は、少し落ち着いた様子で眠り始めた。
「父の容態は、悪いのでしょうか?」
「ええ、余り芳しくありませんね。末期癌なので、投薬の副作用もありますが、やはり精神的ストレスが一番応えているのでしょう。」
看護師からそう言われた歳三は、帰宅した後フィリップにある提案をした。
「学院を、あなた様がお継ぎになられると?」
「ああ。あいつらは頼りにならねぇ。もう俺が親父の跡を継ぐしかねぇだろう?」
「そうですね。」
菊恵の四十九日の法要が終わった後、歳三は学院の理事達を集めた。
「何ですか事務長、お話とは?」
「突然ですが皆さん、わたしは祖母の跡を継ぎ、この学院の理事長に就任しようと思っております。」
歳三がそう言いながら理事達を見つめると、彼らは一斉にざわつき始めた。
「本気なのですか?」
「そのようなこと、独断で決めていいものなのでしょうか!?」
「大体、前理事長様は事務長のお考えに賛成しておられるのですか!?」
「皆さん、落ち着いて下さい。父からはわたしがこの学院を継ぐことを賛成してくださいました。ですから・・」
「そんな話、聞いていないぞ!」

会議室のドアが勢いよく開いたかと思うと、憤怒の形相を浮かべた匡が壇上に居る歳三の方へと向かってきた。

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Last updated  May 20, 2015 01:34:58 PM
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「だから、俺が真菜の部屋に行った時、彼女はもう死んでいたんだ!」
「そうですか?確かあなた、被害者を愛人として囲っていらっしゃいましたね?慈愛学院事務長という立場を利用して、学院の金を横領して、随分と彼女に貢いでいたそうじゃないですか?」
「そ、それは・・」

真菜の遺体を発見した嘉久は、そのまま容疑者として警察署で取り調べを受けることとなった。

「もう調べはついているんですよ、嘉久さん?それにあなた、奥さんに暴力を振るっていましたよね?」
「それとこれとは別だろう!?夫婦の問題に、あんた達が口を挟むのは・・」
「今じゃぁ昔は夫婦間で済んだ話も、犯罪として取り扱われているんですよ。真菜さんの件も、奥さんの事も、じっくりとお話をお聞かせ願いませんかねぇ?」
刑事はそう言って身を乗り出すと、じろりと嘉久を見た。
『あの人が、警察に逮捕されたというのは、本当なのですか?』
「ええ。義姉さん、しっかりと気を持って下さい。」
『あなたに言われなくとも、そうしております。それよりも歳三さん、明日離婚届をそちらに郵送するので、受け取ってくださる?』
「わかりました。」
『聡には、父親は仕事の都合で海外に行ったと言います。』
嘉久の逮捕を受けて、恵は離婚の意志を固めたようだ。
「義姉さん、お休みなさい。」
『歳三さんも、お休みなさい。』
恵との通話を終え、歳三はベッドに寝転がった。
その時、誰かが寝室のドアをノックした。
「トシゾウ様、わたくしです。」
「フィリップか、入れ。」
「失礼致します。」
フィリップは部屋に入ってくるなり、溜息を吐いた後近くにあった椅子に腰を下ろした。
「どうした?」
「大奥様のご葬儀の事で、マサシ様が色々とごねていらっしゃるようです。」
「ああ、俺を親族席に座らせねぇとか何とか・・」
「それもあるのですが、今後学院を誰が運営するのかということで旦那様と相談したようで・・旦那様は、学院の運営をトシゾウ様にお任せしたいと申しておられるのです。ですが、マサシ様は自分が学院を運営すべきだと反対されて・・」
「ふぅん、そうか。」
「まるで他人事のような事をおっしゃいますね。トシゾウ様、ヨシヒサ様が大変な時に・・」
「あいつのことなんざ知ったこっちゃねぇ。」
「ヨシヒサ様の愛人が、今朝自宅マンションで他殺体となって発見されました。警察は、ヨシヒサ様が彼女を殺害したのではないのかとにらんでいるのです。その上、ヨシヒサ様が学院の金を横領したこともバレました。」
「そりゃぁ、大変だなぁ。まぁ俺には関係のねぇこった。そういやぁ、さっき義姉さんから電話があってな、明日離婚届を郵送するってさ。」
「メグミ様は、漸く離婚の意志を固められたそうですね。」
「ああ。たとえやっていないとしても、夫が殺人犯じゃぁ、子どもの未来を思えばさっさと縁を切りたいのは当然だろうさ。それよりもフィリップ、明日の葬儀の事だが・・」
「もう式場の手配は済ませました。葬儀社の方に全てお任せしておりますので、ご心配なく。」
「わかった・・」

菊恵が殺害されてから数日後、彼女の告別式が深江家の菩提寺で行われた。

「理事長先生が殺されるだなんて・・」
「誰に殺されたのかしら?」
「嘉久さんに決まっているじゃないの。あの人、金遣いが荒くて、いつも理事長先生とその事で言い争っていたからねぇ・・」

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Last updated  May 20, 2015 01:34:46 PM
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「お祖母様、起きておられますか?」

歳三がそう言って部屋のドアを再度ノックしたが、中から返事がなかった。

「開けますよ?」
歳三はドアノブに手を掛け、部屋の中へと入ると、ベッドの傍で菊恵が倒れていた。
「お祖母様?」
菊恵は床にうつぶせに倒れたまま、動こうとはしなかった。
「どうなさったのですか、トシゾウ様?」
「お祖母様が・・救急車を呼べ!」
「わかりました!」
数分後、深江邸には救急車ではなくパトカーが数台到着した。
菊恵の部屋の前には立ち入り禁止のテープが張られ、その中では鑑識職員達が被害者と犯人の指紋や足跡、遺留品などを採取していた。
「フィリップ、一体どうしたんだ?」
「大奥様は、トシゾウ様と恵様が通話されている間に何者かに殺害されたようです。」
「あいつは?」
「ヨシヒサ様は、まだお戻りになられておりません。それよりもトシゾウ様、警察の方が事情をお聞きしたいと仰せです。」
「わかった・・」

眠い目を擦りながら、歳三は刑事達が居るダイニングへと入った。

「あなたはこの家で暮らし始めてまだ数週間しか経っていないそうですね?」
「はい。あの、祖母は何故殺されたのでしょうか?」
「それはまだ捜査中なので、お話することはできません。それよりも日が胃社が殺害された時、何か不審な人物を見かけたり、物音を聞いたりはしませんでしたか?」
「いいえ。」
菊恵が自宅の寝室で何者かに殺害されたというニュースは、瞬く間に全国へと広がった。
慈愛学院の前では、マスコミが殺到し、歳三が車で出勤するとマスコミの取材陣が彼の前に押し寄せて来た。
「お祖母様を殺した犯人に心当たりがありますか!?」
「今のお気持ちをおきかせください!」
「この事件について、どう思われますか!?」
歳三はマスコミにもみくちゃにされながらも、事務室へと入った。
「事務長、理事長が昨夜殺されたようですね?」
「ええ。」
「犯人、捕まるといいですね。」
伊勢崎はそれだけ言うと、いつものように算盤を弾き始めた。
『ねぇ、本当にお店の開店資金出してくれるの?』
「出すって言っているだろう。お前は何も心配しなくていい。」
『そう・・今何処なの?』
「お前のマンションの近くだよ。」
『コーヒー淹れて待ってるね・・何よあんた、何処から入ってきたの!』
「おい、真菜?どうした?」
嘉久は真菜が誰かに突き飛ばされて悲鳴を上げたのを聞き、慌てて彼女が住むマンションへと向かった。
「真菜、おい真菜!」
嘉久は狂ったように真菜のドアを叩いたが、中から返事はなかった。
「管理人さん、お願いします。」
「はい、わかりました。」
このままだと埒が明かないので、嘉久は管理人を呼び真菜の部屋の鍵を開けて貰った。
「真菜、入るぞ?」
嘉久が真菜の部屋に入ると、リビングの床に真菜が大の字になって倒れていた。
「救急車呼んでください!」
「は、はい・・」
「真菜、しっかりしろ!」

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Last updated  May 20, 2015 01:34:32 PM
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「教師、俺がですか?」
「ええ。あなただったら、大丈夫だと思いますよ。」
「何をおっしゃいます、お祖母様。事務長の仕事だけでも忙しくて覚える事が多いのに、教師だなんて・・俺に向いているかどうか・・」
「やってみなければわからないでしょう?まぁ、取り敢えず教員採用試験を受けてみたらどうかしら?」

そう言った菊恵は、完全に乗り気だった。

「キクエ様が、そのような事をおっしゃったのですか?」
「ああ。一体何考えていやがんだ、あのばあさん。」
帰宅し、自分の寝室で寛ぎながら、歳三はそう言って溜息を吐いた。
「なぁフィリップ、俺は教師に向いていると思うか?」
「さぁ・・トシゾウ様は、お子様が好きですか?」
「あんまり。ガキはうるさいから、苦手なんだよ。」
「そうですか。お子様好きでないと教師の仕事は務まりませんからね。乗り気ではないのなら、キクエ様にお断りしてみては。」
「そうだな。」
歳三はそう言うと、目を閉じた。
「歳三さん、お話って何かしら?」
「お祖母様、この前のお話ですが、お断りしようと思っております。」
「まぁ、あなたがそう思うのならば仕方がないわねぇ。無理強いしてしまったようで、悪い事をしてしまったわ。」
「いえ・・」
「嘉久はまた何処かへ行ったようね。フィリップ、朝食を運んで来て頂戴。」
「わかりました。」

フィリップが歳三と菊恵の朝食を持って行った時、ダイニングに何やら慌てた様子で嘉久が入って来た。

「母さん、恵が何処にも居ないんだ!」
「まぁ、何ですって!?」
「聡も居ないし、あいつの荷物もない!」
「きっとあんたに愛想尽かして逃げたんだろうさ。」
「貴様は黙ってろ!」
「ふん、義姉さんを塵芥のように扱ってたくせに、居なくなったら慌てんのかよ?滑稽なこったなぁ。」
「嘉久、恵さんが行くような所に心当たりはあるの?」
「さぁ・・」
「恵さんがこの家を出て行ってしまったのは悲しいけれど、あなたがそこまで恵さんを追い詰めてしまったんですよ、嘉久。反省なさい。」
「クソッ!」

嘉久は腹立ち紛れにドアを蹴り、ダイニングから出て行った。

「お母さん、何処行くの?」
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家よ。」
「お父さんは?」
「お父さんはお仕事で忙しいから、お母さんと二人で行きましょうね。」

東京駅の新幹線乗り場で恵はそう言って聡の手を握りながら、新幹線へと乗り込んだ。
その夜、歳三の携帯に恵からの着信があった。
「義姉さん、今何処ですか?」
『実家です。お祖母様にはご心配おかけしてしまって済まなかったとお伝えください。』
「わかりました。」
『わたくしはもうあの人と暮らせません。』

歳三は恵と会話した後、菊恵の部屋のドアをノックした。

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Last updated  May 20, 2015 01:34:21 PM
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「歳三さん、ちょっといいかしら?」
「はい・・」

理事長室から出て来た菊恵は、少し険しい顔をしながら帰り支度をしている歳三を呼び止めた。

「あのね、今度から保護者の方々のお電話は、全て理事長室に繋いで頂戴。」
「わかりました。」
「それよりも、今朝キッチンで騒ぎがあったんですって?」
「ええ。またあいつが義姉さんを殴っていました。」
「あの子には困ったものだわ。恵さんには早く聡君を連れて実家へ帰るよう行って居るのだけれど、あの子は頑として首を縦に振らないのよ。」
「義姉さんはどうして、実家に戻らないんでしょうか?」
「女の意地というものがあるのでしょう、あの様子だと嘉久が浮気していることにも気づいているようだし。それよりも歳三さん、今夜お時間ある?」
「ええ。何かあるのですか?」
「実はね、今夜保護者の方と会合があるのよ。あなたはまだこの学院に入って日が浅いでしょうから、あなたの事を知らない方も居るかもしれないわ。」
「是非、出席させていただきます。」
「そう。じゃぁわたくしは先に車に乗っていますから、支度を済ませたらすぐに駐車場の方にいらっしゃいね。」
「わかりました。では失礼致します。」
事務室に戻った歳三は帰り支度を済ませると、伊勢崎達に挨拶をして駐車場へと向かった。
「お祖母様、お待たせして申し訳ありません。」
「いえ、いいのよ。あなた、中華は嫌いではないかしら?」
「ええ。食べ物で好き嫌いはありません。」
「そう、良かったわ。」

運転手に菊恵は車を出すように命じると、運転手は横浜方面へと車を走らせた。

「理事長先生、いらしてくださってありがとうございます!」
「皆さん、御機嫌よう。紹介するわね、こちらがわたくしの孫で、事務長の歳三さんよ。」
中華街の中にある高級中華料理店で、菊恵はそう言って保護者達に歳三を紹介した。
「初めまして、土方歳三です。まだ右も左もわからぬ若輩者ですが、皆様どうぞご指導のほど宜しくお願い致します。」
「そんなに緊張しないでください、土方さん。それにしてもお若いんですね、おいくつですか?」
「今年で32となります。」
「ご結婚のご予定は?土方さんは素敵なお方だから、引く手あまたでしょう?」
「お恥ずかしながら、結婚の予定以前に、恋人がおりませんから・・」
「あらぁ勿体ない。何だったらわたしの友人、紹介しましょうか?」
保護者達―とりわけ若い母親達は、そう口々に言いながら歳三に群がった。
「皆さん、もうそろそろ中学受験の季節ね。希望校に合格したからといって、気を緩めてはいけませんよ。」
「はい、理事長先生。」
「さてと、堅いお話は後にして、今は楽しくお料理とお酒を頂きましょう。」

菊恵の言葉を聞いた店員は、さっと彼女達のテーブルに料理と酒を運んできた。

「理事長先生、ご馳走様でした。」
「またご馳走になりますね!」
「さようなら~」

店の前で保護者達と別れた歳三は、彼女達のパワーに終始圧倒されっぱなしだった。

「何だか、賑やかな方たちでしたね・・」
「あの方達だけ特別に賑やかな方なのですよ。歳三さん、あなた教師になってみる気はない?」

菊恵はそう言うと、真顔で歳三を見た。

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Last updated  May 20, 2015 01:34:08 PM
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「弁当をつくっていないだと、ふざけるな!俺を飢え死にさせる気か!?」
「申し訳ございません・・すぐに作りますから。」
「全く、お前みたいな愚図は何も出来ないんだからな!」

歳三が嘉久の怒鳴り声が聞こえたキッチンへと向かうと、そこには彼に殴られた恵が黙々と彼の弁当を作っていた。

「おい、何があったんだ?」
「貴様には関係ない。この女が朝から俺を不機嫌にさせた、それだけのことだ。」
「弁当くらい自分で作りゃぁいいだろう?」
「そんな事、男の俺が出来るものか!家の事は全て女がやるべきだ!」
「お前馬鹿じゃねぇの?どうせ義姉さんが弁当作ったところで、不味いだの何だのケチつけるんだろうが!」
「何を・・」
嘉久が怒りで拳を固めながら歳三の方へとやって来ると、慌てて恵が二人の間に割って入った。
「歳三さん、わたくしが悪いんです!だから・・」
「義姉さん・・」
「あなた、もうすぐお弁当が出来ますから・・」
「要らん、貴様の所為で遅刻したくないからな!」
嘉久はそう言って歳三を睨み付けると、キッチンから出て行った。
「義姉さん、一体何があったんですか?」
「大したことじゃないわ、歳三さん。わたくしがあの人のお弁当を作り忘れただけよ。」
「それだけで暴力を振るうなんて、とんでもねぇ野郎だ。」
「あの人に殴られるのは、もう慣れてますから・・歳三さん、心配してくださってありがとう。」

そう言うと、恵は歳三に微笑んだ。

(義姉さんは何であんな奴から殴られて我慢できるんだ?暴力癖がある男なんざ、死んでも直らねぇぞ・・)

「どうしました事務長、何処か浮かない顔ですね?」
「いえ・・ちょっと家で騒ぎがありまして。」
昼休み、恵が作った弁当を食べていた歳三が今朝の光景を思い出して溜息を吐いていると、若い事務員・吉田が声を掛けて来た。
「そういえば、理事長先生の息子さん、最近こちらに来ませんね。何かあったんですか?」
「さぁ、知りません。わたしは兄とは親しくないので・・」
「え~、同じ家に住んでいるのに?」
詮索好きな吉田は、そう言って身を乗り出して歳三を見た。
「吉田、今日提出する書類はもう出来あがったのか?」
「いえ、まだです・・」
「他人の私生活を詮索している暇があるなら、仕事をしろ!」
「すいませぇん・・」
吉田は少しバツの悪そうな顔をすると、パソコンのモニターの方へと向き直った。
「伊勢崎さん、助かりました。」
「いいえ、わたしは当然のことをしたまでです。最近の若い者は、仕事にやる気がないのが多いですね。」
「そうですか?わたしもまだ若者なのですが・・」
「ああ、そうでしたね。」
昼食を食べ終えた歳三が弁当箱を鞄にしまい、仕事に取りかかっていると、突然電話が鳴った。
「もしもし、慈愛学院事務室でございます。」
『あのう、あなたは・・』
「事務長の土方と申しますが、どちら様でしょうか?」
『石口と申します。初等部四年一組の、石口純也の母です。』
「石口様、今日はどのようなご用件で・・」
『学費の事で、理事長先生とお話したいことがありまして・・理事長はそちらにおられますか?』

歳三はすぐさま、その電話を理事長室へと繋いだ。

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Last updated  May 20, 2015 01:33:53 PM
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「その顔、どうされたんですか?」
「ちょっとぶつけてしまって・・」
そう言って恵は歳三に誤魔化したが、どう見ても“うっかりぶつけてしまった”ような痣ではなかった。
「もしかして、あいつにやられたんですか?」
「いいえ、違います!」
「義姉さん、俺は誰にも言いませんから、正直に話してください!」
「歳三さん、わたしの事は放っておいてください!」
恵は急に居たたまれなくなり、キッチンから出て行った。
「待ってください、義姉さん!」
慌てて嫂の後を追おうとした歳三だったが、菊恵がそれを止めた。
「おやめなさい、歳三さん。」
「お祖母様、義姉さんはあいつに暴力を振るわれているんですよ!放っておくつもりですか!?」
「わたくしの部屋に来なさい。」
有無を言わせぬ口調で菊恵はそう言うと、歳三を自分の部屋へと連れて行った。
「嘉久が恵さんに暴力を振るっていることは、前から知っておりましたよ。」
「では、何故止めないのですか?」
「あの子・・嘉久は、父親から暴力を振るわれていたのですよ。」
「それは、確かなのですか?」
「ええ。あの子・・正嗣は年齢の所為か今は丸くなっていますけどね、昔はカッとなって、子ども達や静江さんに手を出していましたよ。特に嘉久は長男だから、厳しく躾けなければと正嗣は思ったのでしょうね。些細な事でも嘉久を怒鳴りつけ、殴っていましたよ。」
「じゃぁあいつが義姉さんに暴力を振るっているのは、親父の影響だということですか?」
「ええ。歳三さん、わたくしはこの問題を黙認するつもりはありませんよ。たとえ夫婦間で起きた事でも、嘉久が恵さんに暴力を振るっていることは許せないわ。一度、当事者同士で話し合いの席を設けようと思っています。」
「それは得策とは言えませんね。義姉さんは、あいつを恐れています。」
歳三は、怯えた恵の顔を思い出した。
彼女は自分達に何かを隠している。
その“何か”が、歳三にはわからなかった。
「お祖母様、少しお耳に入れたい事があります。」
「何かしら?」
「今日、事務の伊勢崎さんと一緒に飲んだのですが・・彼から、嘉久さんが学校の金を横領していると聞きました。さらにその金で愛人に貢いでいるとか。」
「まぁ・・わたくしの目を盗んで、嘉久はそんな事を!」
菊恵はそう言って怒りで身を震わせた。
「あいつが横領しているという決定的な証拠を掴むまで、暫くこの件は俺に任せていただけませんか?」
「好きになさい。歳三さん、やはりあなたが来てくれて本当に良かったわ。」
菊恵はそっと歳三の手を握ると、彼に微笑んだ。
「ではお休みなさい、お祖母様。」
「ええ。」
歳三が菊恵の部屋から出て行くと、廊下に一人の少年の姿があることに彼は気づいた。
「ねぇ、トイレ一緒について来て欲しいの。」
「それ位、一人で行け。俺は眠いんだ。」
歳三はそう言って少年を冷たく突き放したが、彼は突然大声で泣き出した。
「おい、うるせぇぞ!」
「まぁ聡、どうしたの?」
「義姉さん、これは・・」
「歳三さん、わたくし達の事は放っておいてくださいな!」
我が子を抱き寄せた恵はそう言ってキッと歳三を睨み付けると、寝室のドアを彼の鼻先でピシャリと閉めた。
彼女に完全に嫌われてしまったな―歳三はそう思いながら溜息を吐き、自分の部屋へと戻った。

翌朝、彼は恵の悲鳴と嘉久の怒声を聞いて目を覚ました。

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Last updated  May 20, 2015 01:33:40 PM
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歳三が伊勢崎と飲んでいる頃、嘉久は愛人・真菜の職場である銀座のクラブ「ジュエル」で真菜達数人のホステスを侍らせてシャンパンを飲んでいた。

「ねぇよっちゃん、本当に大丈夫なの?」
「何がだ?」
「何がって・・よっちゃんが学校のお金を横領していること、まだ理事長には知られていないんでしょう?」
「そんな事を、大きな声で話すな!」
嘉久はそう突然大声で叫ぶと、テーブルを拳で叩いた。
グラスやシャンパンのボトルが大きな音を立てて落ち、ホステス達は悲鳴を上げてテーブルから逃げていった。
「落ち着いてよ、よっちゃん。あたしが悪かったわ。」
「なぁ真菜、お前がこの前開きたいって言っていた店の開店資金、俺が出してやってもいいぞ。」
「ホント?」
「ああ。あの婆さんはどうせもう長くはない。少しくらい金をちょろまかしたって気づきやしないさ。」
「悪い人ね、あんたって。」
「それはお互い様だろう?」
嘉久はそう言うと、真菜を抱き締めた。
「お母さん、まだお父さん帰ってこないの?」
「ええ。お父様はお仕事が忙しいからね。もう寝なさい。」
「わかったぁ・・」
夜の11時を回っているというのに、父親の帰りを待っている長男・聡にそう言った恵は、彼がまた女の所に行っているのだろうと勘で解った。
「ただいま。」
「あらお帰りなさい、あなた。今夜も女の所にお泊りになられるのかと思いましたわ。」
「聡は?」
「あの子はもう寝ましたわ。それよりもあなた、聡の転校についてですけれど・・」
「その話は後でいいだろう。俺は疲れているんだ。」
「また逃げるんですか、あなた?面倒な事は全てわたくしに押し付けて、女と遊べるだなんていいご身分だこと!」
「お前に何がわかる!」
嘉久はそう叫ぶと、恵の頬を平手で打った。
恵は短い悲鳴を上げ、ダイニングテーブルに倒れ込んだ。
「誰のお蔭でお前が生きていけると思っているんだ!お前のような穀潰しは、家の事だけをやっていればいいんだ!いちいち俺に口答えするな!」
嘉久はそう吐き捨てるように恵に言うと、ダイニングから出て行った。
「恵さん、大丈夫?」
「大丈夫です、お祖母様。お騒がせしてしまって、申し訳ございません。」
騒ぎを聞きつけた寝間着姿の菊恵は、そう言って自分に詫びる恵を抱き締めた。
「謝るのはわたくしの方だわ。あんな乱暴な子に嘉久を育ててしまったのはわたくしです。」
「お祖母様、顔を冷やして参ります。」

キッチンへと向かった恵は、氷嚢(ひょうのう)を頬に当てながら溜息を吐いた。

長袖のカーディガンを捲りあげ、露出した彼女の腕には嘉久に殴られたような青痣がいくつも残っていた。
嘉久が恵に暴力を振るうようになったのは、彼女と結婚してすぐのことだった。
料理の味付けや掃除の仕方など、些細な事が原因で、嘉久は突然激昂し恵に暴力を振るった。
それは聡が生まれてからも変わらなかった。
いつまでこの生き地獄が続くのだろう―そう思いながら氷嚢を頬に当てていた恵は、いつの間にか自分が泣いていることに気づいた。

「義姉さん、どうしたんです?」
「歳三さん・・」

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Last updated  May 20, 2015 01:33:27 PM
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