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JEWEL

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連載小説:蒼の騎士 紫紺の姫君

2016年04月18日
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「アンダルス様、漸くお目覚めになられたのですね。」
「ミランダさん・・俺、どうして?」
「森の中にある洞窟で、あなたが倒れているのを見つけたのよ。腰の怪我はどう?」
「少し痛むけど、大丈夫です。」
アンダルスがそう言ってミランダを見ると、彼女は安堵の表情を浮かべて彼の部屋から出て行った。
「どう、あの子の様子は?」
「腰に少し痛みが残っていると言っていましたが、あの様子だと大丈夫そうですわ。」
「そう、よかった。ねぇミランダ、例の噂の事で、何か聞いていない?」
「いいえ。ですが、その噂を流した者が誰なのかをアンダルス様が社交界デビューなさる前に突き止めなければなりませんわね。」
「そうね。」
ビュリュリー伯爵夫人とミランダがそんな話をしていると、二人の元へ女中がやって来た。
「奥様、お客様がいらっしゃっています。」
「わたくしにお客様ですって、どなたかしら?」
「ガブリエル=ローゼンフェルト様とおっしゃる方です。アンダルス様のお見舞いに来たと・・」
「客間にお通しして頂戴。」
「はい、かしこまりました。」
女中は二人に背を向け、玄関ホールで待っているガブリエルの元へと戻った。
「奥様がお会いになられるそうです。客間へご案内いたします。」
「解った。」
ガブリエルが女中と共に客間へと向かう途中、彼は中庭でアンダルスの父・ユーリスが一人の女性と話している姿を見た。
その女性に、ガブリエルは何処か見覚えがあった。

(あの女、何処かで会ったような・・)

「どうぞ、こちらです。」

我に返ったガブリエルが女中と共に客間に入る前、ユーリスが件の女性と抱き合っていた。

「暫くこちらでお待ちくださいませ。何かお飲み物はいかがですか?」
「コーヒーを頼む。」
「かしこまりました。」
女中はそう言ってガブリエルに向かって頭を下げると、客間から出た。
数分後、ビュリュリー伯爵夫人が客間に入って来た。
「ガブリエルさん、わざわざアンダルスのお見舞いに来てくださって有難う。あの子は今、自分の部屋で休んでいるの。」
「そうですか。では、これを彼に渡してください。彼の怪我が早く治る事を祈っています。」
ガブリエルはビュリュリー伯爵夫人に、アンダルスが気に入っているチョコレート専門店の紙袋を手渡した。
「まぁ、有難う。必ずアンダルスに渡しますわ。ねぇガブリエルさん、ひとつお願いしたいことがあるのだけれど・・」
「何でしょうか、奥様?」
「アンダルスの出生について、最近おかしな噂が広まっている事をご存知?」
「ええ、存じておりますよ。根も葉もない悪意ある噂をばら撒く人間は、厄介なものですね。その噂とは、どのようなものなのですか?」
「何でも、アンダルスは呪われた一族の末裔だとか。アンダルスの耳に入る前に、その噂を流した者が誰なのかを突き止めてくださらないこと?」
「奥様の頼みならば、快く引き受けましょう。この事は、アンダルスには・・」
「あの子には話さないで。ガブリエル、わたしはアンダルスを何としてでも守りたいの。あの子は、わたしの大事な宝だもの。」
「それは、わたしも同じです、奥様。」

ガブリエルはそう言うと、ビュリュリー伯爵夫人の手を握った。

「では、これで失礼いたします。」
「わざわざ来てくださって有難う。」

玄関ホールでビュリュリー伯爵夫人に見送られたガブリエルが伯爵邸を後にしようとした時、彼は突然背後から誰かに腕を掴まれた。

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最終更新日  2016年04月19日 16時07分29秒
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2016年04月17日
アンダルスは自分を喰らおうとしている豹を睨みつけながら、唯一の武器となる木の枝を握り締めた。

(こんな所で、死んで堪るか!)

アンダルスが豹の眉間を木の枝で打つと、豹は情けない声で鳴いてそのまま草叢の中へと消えていった。
命の危機から脱したものの、落馬した際に強く腰を打ってしまった所為で、アンダルスは起き上がることもままならなかった。
ドレスが泥で汚れるのも構わず、アンダルスは雨宿りが出来る洞窟を見つけ、そこまで這って行った。

(ふぅ、これで何とか雨が凌げたぜ。後は、助けが来るのを待つだけだな。)

泥で汚れたドレスを脱ぎ、下着姿となったアンダルスがハンカチで濡れた髪や肌を拭いていると、遥か遠くから角笛の音が聞こえた。

(何だ?)

徐々に角笛の音が近づいて来くる事に気づいたアンダルスが、洞窟の入り口から顔を覗かせて外の様子を見ると、森の中を鮮やかな刺繍を施した民族衣装を纏った集団が歩いてくるのが見えた。
彼らはそれぞれリュートやヴァイオリンを携え、森を進みながらそれらを奏で、その音色にあわせて舞い踊っていた。
そんな彼らの姿を見たアンダルスは、踊り子時代の事を思い出して、彼らの仲間に加わりたいと思うようになった。
だが、今自分は下着姿で、腰に怪我をしていて満足に踊れない。
アンダルスが彼らの仲間に加わるのを諦めて助けを待っていると、いつの間にか彼らは森を抜け、霧の中へと消えていった。

「アンダルス様、どちらにおられますか~!」
「アンダルス様~!」

赤々と燃える松明が見え、アンダルスは突然睡魔に襲われ、洞窟の中で眠ってしまった。

「アンダルス様はまだ見つからないのか!?」
「はい、手分けして探しましたが、何処にも見当たりません。」
「もっと良く探しなさい!」

ミランダはそう言って使用人を怒鳴りつけると、森の奥へと進んだ。

男性用の乗馬服を着ていて良かった―彼女がそんな事を思いながらアンダルスを探していると、遠くにある洞窟の中で、何かが光ったような気がした。
気の所為かと思ったミランダだったが、また洞窟の中で何かが光った。
ミランダが洞窟の前に立ち、奥を松明で照らすと、そこには下着姿で眠っているアンダルスが居た。
彼の首に提げているネックレスが、松明の光を受けてキラキラと輝いていた。

「アンダルス様を見つけたわ。」

ミランダがアンダルスを抱きながら使用人達の前に現れると、彼らは安堵の表情を浮かべた。

「雨が酷くなる前に、お屋敷に戻りましょう。」
「はい!」

ミランダが愛馬に跨り、森を後にしようとした時、森の奥から角笛の音が聞こえたような気がした。

「ミランダ様?」
「いいえ、何でもないわ、行きましょう。」

(きっと空耳ね。)

ミランダ達が森から去った後、茂みの中から鮮やかな刺繍を施した民族衣装を纏った青年が現れた。


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最終更新日  2016年04月19日 16時08分06秒
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2015年03月28日
翌朝、夢の中に居たアンダルスはビュリュリー家の執事に叩き起こされた。

「アンダルス様、早く起きてくださいませ。」
「今、何時?」
「午前5時でございます。」
「まだ寝かせてよ・・」
「いいえ、いけません。もうアンダルス様の先生がお見えになっておりますので、身支度を済ませてから先生にご挨拶をしなくてはなりませんよ。」
「わかったよ・・」

数分後、アンダルスは欠伸を噛み殺しながら、客間へと入った。

そこには、長い髪を団子にした濃紺のワンピースを着た女が、ソファに座りながら眼鏡越しにアンダルスを睨んでいた。

「ミランダ先生、お待たせいたしました。こちらが、アンダルス様でございます。」
「初めまして、今日からわたくしがあなたの家庭教師となるミランダです、以後お見知りおきを。」
「初めまして、アンダルスです。」
「さてと、お互い挨拶を済ませたところですし、さっそくダンスのレッスンを始めると致しましょうか。」
「え、今から?」
「あなたを貴族の令嬢として相応しい立ち居振る舞いを身に着ける為には、時間など関係ございません!」
ミランダに睨まれ、アンダルスは有無を言わさずそのままダンスのレッスンへと移った。
「あなた、何処でワルツのステップを覚えたのです?」
「独学です。」

アンダルスのレッスンを見ていたミランダは、彼が優雅にワルツのステップを踏んでいることに驚きを隠せなかった。

「独学で覚えたにしては、素晴らしい出来だわ。」
「今まで踊りをお客様の前で披露しながら旅をしてきたので、踊りは僕の身体の一部になっています。」
「そう。さてと、ダンスのレッスンはこれまでにして、休憩にしましょう。」
ダイニングルームで朝食を取りながら、ミランダはアンダルスの首に提げているネックレスに気づいた。
「そのネックレス、素敵ね。」
「このネックレスは、お師匠様の形見なんです。」
「そう。さてと、朝食が済んだ後は、ヴァイオリンと刺繍の授業ですよ。」
「はい、先生。」
その日からアンダルスは、ミランダから淑女となる為の教育を受けた。
「どう、アンダルスの淑女教育の成果は?」
「アンダルス様は呑み込みが早く、馬術や弓術、剣術の面に於いては日に日に上達しております。あの様子ならば宮廷に上がれるのも早いかと思われます。」
「そう。でも最近、宮廷で妙な噂があるから、あの子を宮廷に上げるのは暫く様子を見てからにしようと思っているの。」
「噂、でございますか?」
「ええ・・」
ビュリュリー伯爵夫人は、ミランダの耳元で何かを囁いた。
「それは、厄介な事ですわね。アンダルス様はどちらに?」
「あの子なら、遠乗りに行ったわ。」
「何だか、嫌な予感がいたしますわ、奥様。」
先ほどまで晴れていた空が急に曇って来たかと思うと、大粒の雨が遠乗り中のアンダルスを襲った。
「クソ、ついてねぇなぁ・・」
アンダルスは舌打ちすると、雨が凌げる場所を探し始めた。
その時、空から雷鳴が轟き、茂みの中に隠れていた豹がアンダルスの前に姿を現した。
その姿を見た馬は嘶くと、アンダルスを振り落して何処かへ行ってしまった。

「痛ってぇ・・」

落馬する際腰を打ってしまったアンダルスは痛みに顔を顰めながら、自分を今にも食おうとする豹と対峙した。
彼は近くに転がっていた太い木の枝を掴み、鋭い牙を剥き出しにして自分に唸っている豹を睨みつけた。

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最終更新日  2015年05月23日 13時26分04秒
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2015年03月14日
エルムントの葬儀に参列した後、アンダルスは夕食の席でビュリュリー伯爵家の者達と初めて会った。

「アンダルス、皆様にご挨拶なさい。」
「初めまして、アンダルスです。今日からビュリュリー伯爵家で暮らすことになりました、どうか宜しくお願いいたします。」
アンダルスがそう言って親族達に挨拶をすると、テーブルの隅に座っていた1人の少女が彼を見た。
「あなた、今まで旅芸人をしていたのでしょう? そんな子が、伯爵家での生活に慣れるのかしら?」
「おやめなさい、レベッカ。」
ビュリュリー伯爵夫人はそう言うと、姪っ子であるレベッカを睨んだ。
「アンダルスはあなたにとっては義理の従兄にあたるのですよ。失礼のないようになさい。」
「冗談ではありませんわ、伯母様。こんな粗野な方と血が繋がっているなんて、考えるだけでも恐ろしいですわ。」
「俺もあんたみたいな高慢な女と血の繋がりがあると思うだけで、吐き気がするね!」
アンダルスはそう言うと、レベッカを睨みつけた。
「まぁ、誰に向かって口を利いているの?」
「はぁ、そっちが先に喧嘩を売って来たんだろうが? 俺はその喧嘩を買っただけのことだ。何か文句でもあるのなら、ここで言ってみろよ!」
「おやめなさい、2人とも! 食事の席で喧嘩をするなど、貴族にはあるまじき行為ですよ!」

睨み合う2人をそう厳しく窘(たしな)めたのは、遅れてダイニングルームに入って来た老婦人だった。

「あなたが、アンダルスね?」
「婆さん、あんた誰?」
「わたくしはモーティリア。あなたにとっては義理の祖母にあたります。これからあなたはこのビュリュリー伯爵家の一員として相応しい人間になれるよう、明日から家庭教師の下で素晴らしい教育を受けることになります。まずは、その粗野で乱暴な言葉遣いを改めなさい。」
「わかったよ・・」
「“わかりました”と仰(おっしゃ)い!」
「わ、わかりました・・」
「宜しい。」
ビュリュリー伯爵家の女主人・モーティリアに叱られているアンダルスを見てほくそ笑んでいたレベッカは、彼女の厳しい視線が自分に向けられていることに気づいていなかった。
「レベッカ、あなたはアンダルスの育ちを悪く言う前に、言葉をよく選びなさい!」
「申し訳ございません、お祖母様・・」
「謝るのはわたくしではなく、アンダルスに謝りなさい。あなたは彼の事を侮辱したのですからね。」
祖母の言葉を聞いたレベッカは一瞬ムッとした表情を浮かべたが、渋々と彼女はアンダルスを侮辱したことを謝罪した。
「話は済んだことですし、食事にいたしましょう。」
「はい、お母様。」
夕食の間、アンダルスは黙々とステーキを一口大に切っては口に運ぶ作業を繰り返していた。
「アンダルス、あなたは今まで旅芸人として国中を巡っていたそうね?」
「はい。僕はお師匠様と歌や踊りをお客様の前で披露しながら、お金を稼いでいました。」
「そう。あなたのお師匠様は、数日前に亡くなられたエルムント様ね?」
「はい。お師匠様は僕にとって、実の父親のような存在でした。」
アンダルスの話を、モーティリアは笑顔で聞いていた。
「アンダルス、今日は疲れたでしょう?」
「次から次へと色々な事があって、疲れました。おやすみなさい、伯母様。」
「お休みなさい、良い夢を。」

自分の寝室となった美しい部屋を眺めながら、アンダルスはベッドに入って静かに目を閉じた。

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最終更新日  2015年05月23日 13時26分34秒
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国民的吟遊詩人・エルムントの突然の死は、王国中に衝撃をもたらした。

彼の葬儀を盛大に執り行おうという民衆の意見をルチアは受け入れ、エルムントの葬儀が行われることとなった教会の中には人が入りきれぬほど、参列客が殺到していた。

「お師匠様・・」

白い棺に納められ、色とりどりの薔薇に飾られたエルムントの亡骸は、まるで眠っているように見えた。
誰かが揺り起こしたら、すぐに目を開けてくれるような。
喪服に身を包んだアンダルスは、エルムントの冷たくなった頬をそっと撫でた。
彼の脳裏には、彼が自分に向ける眩しい笑顔だけが浮かんでいた。
「アンダルス。」
背後から声がして振り向くと、そこにはルチアとレオンが立っていた。
二人とも、喪服を着ている。
「アンダルス、エルムントのことはお悔やみを言うわ。本当に・・」
「ルチア様にそうおっしゃっていただけただけでも、ありがたいです。それに、こんなに盛大な葬儀までしていただいて・・感謝しても足りません。」
真紅の瞳を潤ませながら、アンダルスはそう言ってルチア達を見た。
「ありがとうございます、来ていただいて。」
その後、エルムントの葬儀は滞りなく執り行われ、彼は墓地へと埋葬された。
「アンダルス、あなたに渡したいものがあるの。」
ルチアはそう言うと、アンダルスにある物を渡した。
「それは・・」
ルチアがアンダルスに差し出したのは、エルムントが生前、大事に身につけていたネックレスだ。
「エルムントにとって、あなたはわが子同然だったわ。あなたには、このネックレスを持つ資格があるわ。」
「ありがとうございます。」
ルチアからネックレスを受け取ったアンダルスは、それを首に提げた。
エルムントの肉体が滅びても、魂はまだ自分に寄り添っているような気がした。
「お師匠様、聞こえてますか?」
静かになった墓地で、アンダルスはエルムントの墓前に腰を下ろした。
「今まで、俺のことを育ててくださってありがとうございました。二度と会えなくなるのは寂しいけれど・・悲しんでばかりじゃいられませんよね?」
アンダルスがそう言ってネックレスを握り締めると、一陣の風が吹いた。
それはまるで、エルムントが天国から“頑張れ”と言ってくれているように。
「頑張りますから、俺・・師匠の分まで、生きていきますから。」
エルムントの魂に守られているのを感じながら、アンダルスは墓地から立ち去った。
「エルムントが亡くなったの・・」
「はい、奥様。急なことでした。それよりも、今後アンダルス様はこちらに引き取るのですか?」
「ええ。ユーリスとあの子の間にある溝が少しだけ埋まってくれればいいけれど、一緒に暮らしてみないとわからないわね・・」
「そうですね、奥様。」
自分がエルムントを殺害した犯人であることを主に悟られないよう、ダリヤは飄々とした口調でそう言うと紅茶を飲んだ。
エルムントの葬儀から数日後、アンダルスは正式にビュリュリー伯爵家の一員となった。
「アンダルス、エルムント様のことは残念だったね。」
ユーリスがそう言ってアンダルスの肩に触れようとすると、彼は静かにそれを拒んだ。
「少し部屋で休みます、疲れているので。」
「わかった・・」
アンダルスはユーリスに背を向け、自分の部屋へと向かった。
「以前とは余り変わりませんね。」
ダリヤはそう言ってユーリスに近づいてきた。
「ええ。やっぱりわたしは、あの子にとっては受け入れ難い存在なのでしょうね。」
「まだ混乱しているのでしょう。時間が解決してくれますよ。」
「そうであればいいのですがねぇ・・」

最愛の人・エルムントを亡くし、実父・ユーリスの元で暮らすこととなったアンダルスだったが、何故かユーリスが父親だと受け入れるのが嫌だった。

“あなたが、お父様に歩み寄る努力をすれば、本当の父子になれますよ。”

「俺にはできませんよ、お師匠様。」

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最終更新日  2015年03月26日 21時53分47秒
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「ダリヤ、居るの?」

ルチアがアンダルスとともにダリヤの部屋を訪れ、ドアをノックした。
だが中から返事はなかった。

「ダリヤ?」
ルチアがドアノブを回して部屋に入った途端、噎(む)せ返るような血の臭いがルチアの鼻を刺激した。
恐る恐るルチアが部屋の奥まで進んでいくと、ベッドの近くにはエルムントが倒れていた。
「お師匠様!」
血の気の無い顔をしたエルムントの姿を見たアンダルスは、彼に抱きついた。
「一体何があったんです?」
「アンダルス・・」
エルムントは低く呻いた後、ゆっくりとエメラルドグリーンの瞳を開いてアンダルスとルチアを見た。
「どうして・・どうしてこんなことに?」
アンダルスは涙で顔を濡らしながら、己の手についているエルムントの血を見て愕然とした。

彼は腹部を無残にも、鋭利な刃物で切り裂かれていた。

誰が彼にこんな惨い事をしたのか、アンダルスは想像がついた。
「あいつが・・やったんですね?」
「彼を許してやりなさい・・彼にも事情があるのだから。」
「そんな・・」
ダリヤに傷つけられ、瀕死の状態でいてもなお、エルムントはアンダルスにそう優しく諭した。
「いつかこんな日が来るのではないかと、思っていましたよ。それが、早すぎただけで・・」
「嫌だ、俺を置いて逝かないでください!」
自分の身体に取り縋り、泣きじゃくる弟子の髪を、エルムントはそっと撫でた。
「わたしは勘違いしていたようですね・・あなたはもう、自立したと思っていたのに・・まだ甘えん坊だったんですね・・」
「師匠が居なくなったら、俺はどうすれば・・」
「大丈夫、あなたはわたしなしでも生きられます。あなたはもう、ちゃんと自分の考えを持っている。アンダルス、お父様のことですが・・」
「あいつなんて、父親じゃない!勝手にわが子を捨てた奴なんか・・」
「アンダルス、聞きなさい!」
ユーリスを拒絶するアンダルスに、エルムントは鋭い声で彼を制した。
「彼はあなたを好きで捨てたんじゃない。ずっとあなたの事を探していたんですよ。死んだと知らされたときも、あなたが生きていると信じてあなたを探し回ったんです。あなたとはまだ本当の父子として分かり合えるのには時間がかかるでしょう・・あなたは、お父様に歩み寄る努力をすれば、本当の父子となりますよ。」
そう言ったエルムントの顔から徐々に血の色が消えてゆき、アンダルスの手を握る力が弱々しくなっていく。
「俺にとって、お師匠様が父さんでした!血は繋がっていないけれど、俺にとっては・・」
「わかっています・・わたしも、あなたの事を実の子だと思って愛していましたよ。」
エルムントはそっとアンダルスの頬を空いた手で撫で、彼の顔を見ようとしたが、目の前に深い霧がかかっているようで彼が今どんな表情を浮かべているのか見えない。
「ルチア様・・」
おそらくアンダルスの背後に立っているであろう王女の名を呼ぶと、彼女が自分の前に腰を下ろした気配がした。
「アンダルスのことを・・宜しくお願いします。」
「わかっているわ、エルムント。」
「あなた様には感謝しております、ルチア様。無名同然のわたしたちを拾ってくださったことを・・」
「あなたがこの世から居なくなったら、世界は終わりだわ。」
ルチアの声が涙声になっているのを、エルムントは静かに聴いていた。

もう、死期が近い.

「アンダルス、強く生きて・・わたしの分まで・・」
「嫌だ、死なないでください!」
「あなたと会えて・・幸せでした。」
エルムントはそう言うと、ゆっくりと瞳を閉じた。
それと同時に、ルチアとアンダルスの手を握っていた彼の両手が、力なく床に落ちた。
「お師匠様・・?」
アンダルスは一体何が起こったのか解らず、エルムントの手を握り締めた。
だが、それは再び力なく床に落ちた。
「嫌だ・・目を開けてください!」
エルムントの身体を激しく揺さ振ったアンダルスは、もう二度と彼が目覚めないことを知っていた。
だが、諦めたくはなかった。
「ルチア様、死んでなんかいないですよね?まだ、温かいんだもの・・」
「そうよね・・嘘に決まっているわ・・」
エルムントの死を目の当たりにしたルチアは、そう言ってアンダルスを慰めたが、彼が死んでいることは明らかだった。
「起きてください、お師匠様。お師匠様がいない世界で、俺はどうやって生きればいいんです?」
アンダルスはそう言うと、エルムントの身体に覆い被さって泣いた。
それはまさに、慟哭といってもよいほどの、激しい魂の叫びだった。
「ルチア様、その血は・・」
「エルムントが、死んだわ。」
エルムントの返り血でドレスを汚したルチアが放った言葉を聞いたレオンは、絶句した。
「彼は今何処に・・」
「アンダルスと一緒よ。暫く彼をそっとしておいてあげましょう。」
「着替えの用意をしてまいります。」
エルムントの訃報を聞いても表情を変えずに、レオンはそう言ってルチアの部屋から辞した。
(エルムント殿・・)
レオンの脳裏に、エメラルドグリーンの瞳を輝かせ、桜色の唇から美しい詩を紡ぎ出すエルムントの姿が浮かんだ。
彼は稀代の吟遊詩人でもあり、この国の宝であった。
その死の知らせを受けて、レオンは立っていられないというのに、それを目の当たりにしたアンダルスとルチアはきっと激しく動揺しているに違いない。

(エルムント殿・・安らかにお眠りください・・)

エルムントの冥福を祈る以外、レオンは出来ることがなかった。

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最終更新日  2015年03月26日 21時51分35秒
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数日後、父方の叔母であるビュリュリー伯爵夫人の計らいにより、アンダルスと彼の実父・ユーリスは夕食を共に取ることになった。

「何から話したらいいんだろうか・・」
「叔母から聞きましたが、母はあなたと身分違いの恋に落ち俺を産んだと。その経緯を教えてくださいませんか?」
「ああ、構わないさ。少し気分が悪くなると思うが・・」
ユーリスはシャルロッテとの出会いから、彼女と駆け落ちするまでの経緯をアンダルスに話した。
「彼女とは本気だった。それは間違いじゃない。」
「そうでしょうね。遊びだったら俺は生まれなかった。母があなたを愛していたから、本気だったから彼女は俺を産んだ。そのことについて、あなたには感謝しています。けれど、あなたには父親とは思っておりません。」
「そうか・・」
ユーリスはそっとアンダルスの手を握ろうとしたが、彼はそれをさせなかった。
「これで、失礼致します。」
アンダルスはさっと椅子から立ち上がると、ダイニングから出て行った。
ビュリュリー伯爵邸から出たアンダルスは、その足でガブリエルが居る兵舎へと向った。
だが、そこには彼は居なかった。
「あの、すいません・・」
「アンダルス様、ガブリエル様でしたらご実家にいらっしゃられますよ。」
「彼が実家に?」
顔見知りの兵士からガブリエルが実家に居ると聞いたアンダルスは、彼の実家へと向おうとした。
「こんな時間に何処へ行くつもりだい?」
馬に鞍をつけていると、闇の中からシルバーブロンドを靡かせた司祭がアンダルスの前に現れた。
「あんたには関係ないだろう?」
「おおありさ。わたしはビュリュリー伯爵家に仕えているからね。」
ダリヤはそう言うと、エメラルドグリーンの双眸でアンダルスを見た。
「ビュリュリー伯爵家に仕えているって、どういうこと?」
「そんな事をいちいち君に教えてあげないよ。それよりも今は、ガブリエルの実家には行かない方がいいよ。」
「ご忠告どうも。」
アンダルスはダリヤの忠告を無視してガブリエルの実家へと向かった。
「全く、愚かなガキだ・・」
ダリヤは溜息を吐くと、ある場所へと向かった。
「ダリヤ、待ちくたびれたぞ。」
「お久しぶりです、旦那様。」
顎鬚(あごひげ)を撫でながら、男はダリヤに向かって好色な視線を送った。
「間諜の仕事はどうだ?」
「うまくいっておりますよ。長年生死不明とされていたシャルロッテ様の遺児を発見いたしましたし・・」
「そうか・・確か名前は、アンダルスといったな?宮廷お抱えの舞姫が由緒正しき高貴なるビュリュリー伯爵家の人間だとは、事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。」
「ええ、本当に。」
ダリヤはそう言うと、エメラルドグリーンの瞳を輝かせた。
数日後、ダリヤはエルムントを自室に呼び出した。
「なんでしょう、お話とは?」
「あなたはアンダルスがビュリュリー伯爵家の人間であることはとうにご存知ですよね?その事について、あなたに話があるのです。」
「話とは、一体・・」
「つまり、こういうことですよ。」
ダリヤが口端をゆがめて笑ったかと思うと、隠し持っていた短剣をエルムントの腹部に突き立てた。
「な・・ぜ・・」
「あなたが居ては邪魔なのですよ、エルムント殿。あなたが居る以上、アンダルス様に里心がついてしまう。厄介な問題がさらにややこしくなるのは御免被りたいですからねぇ。」
飄々とした口調でそう話しながら、ダリヤはそのまま短剣の刃でエルムントの腹部を深く抉った。
「エルムント、何処に行ったのかしら?アンダルス、あなた知らない?」
「いいえ。」
「そうだ、ダリヤにクッキーを味見させると約束したのよ。一緒に彼の部屋へ行きましょう。」
「そうですね。」

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最終更新日  2015年03月26日 21時40分53秒
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「アンダルス、会いたかった・・」

突然部屋に入ってきた男はそう言うなり、アンダルスに抱きついた。

「まさかお前が生きていたとはね。あの時、死んだのかと思っ・・」
「俺に気安く触んな!」
アンダルスは自分の髪を撫でようとする男の手を邪険に振り払った。
「今まで俺を散々放っておいて、今更父親面すんな!俺が今まで・・どんな思いで生きてきたか、知らないくせに!」
アンダルスの脳裏に、“忌み子”と蔑まれ、村人達に罵られた過去が甦ってきた。

両親の顔も知らぬ、金髪紅眼の呪い子。

神父も、村人達も、果ては孤児院の院長までもがアンダルスを厄介者扱いした。
アンダルスは村から逃げ出し、路上で芸を売りながら飲まず食わずの生活を送った。
犯罪組織に捕らわれて奴隷にされそうになった自分を救ってくれたのは、エルムントだ。
自分を弟子とし、絶え間ない愛情を注いでくれたのも彼だ。
決してこの男ではない。
「あなたがどなたかは存じ上げませんが、少しアンダルスに時間をくださいませんか?たった今この子は真実を知ったばかりで、動揺しているのです。」
「構わないわ。今日はもうお帰りなさい。」
ビュリュリー伯爵夫人はそう言うと、アンダルスの頬をそっと撫でた。
「あなたにとっては残酷な事実よね。今すぐにとは言わないわ、ゆっくり考えてどうしたいかわたくしにおっしゃい。」
「はい、奥様。失礼いたします。」
アンダルスはエルムントとともに、部屋から出て行った。
「アンダルス・・」
「お師匠様は、ずっと俺を置いてくださいますよね?」
ビュリュリー伯爵邸から出て街を歩いていたアンダルスは、そう言ってエルムントを見た。
彼は苦悶の表情を浮かべていた。
わが子のように愛情を注いでいた弟子が、貴族の子どもであるという事実を知った今、彼はアンダルスをどうしようか迷っているのだ。

自分の手元に置くべきか、伯爵家に引き渡すのか。

その選択を、彼は今迫られているのだ。
「お師匠様・・」
「・・わたしは一度も結婚せず、家族も居ません。ですが、お前を実の子同様に愛情を注いできたつもりです。お前は、わたしの事をもしも・・」
「俺は、お師匠様のことを家族だと・・実の父だと思って今までお師匠様と旅をしてきました!それは宮廷お抱えとなった今でも変わりません!だからどうか・・俺を伯爵家に引き渡すなんて言わないで!」
アンダルスの言葉を聞いたエルムントのエメラルドグリーンの瞳が、大きく揺らいだように見えた。
「アンダルス・・」
ほっそりとしたエルムントの手が、自分の腰に回るのを感じたアンダルスは、堪え切れずに彼の胸に顔を埋めて泣き出した。
「あなたと会えて、嬉しかった・・いつか別れなければならないと、袂を分かつ時が来ることを覚悟していたのに・・それが、こんなにも早くなるだなんて・・あなたを、手放したくないのに・・」
自分の髪が湿った感触がして、エルムントも泣いていることにアンダルスは気づいた。
「あの子は、俺のことを嫌っていたな・・」
「当たり前でしょう?あの子はあなたを拒絶するほど辛い思いをしてきたのよ。父子としての対面は果たせたけど、これで終わりだとは思わないで。」
一方ビュリュリー伯爵邸では、夫人とアンダルスの父親・ユーリスが今後の事―アンダルスのことについて話をしていた。
「お産の時に、シャルロッテとともに死んだと、あなたから聞きましたが、あれは嘘だったんですね?」
「ええ。醜聞を嫌う義父が、家の者に命じてあの子を地方の村へと捨てるように命じたのよ。その者に一生遊べる金と引き換えにアンダルスについて決して口外しないという条件でね。」

伯爵夫人はそう言うと、閉じていた扇子を再び開いた。

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最終更新日  2015年03月26日 21時39分12秒
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2015年03月07日


「ガ、ガブリエル様・・」
「知らぬとは言わせないぞ。あの女はわたしの妻が自害するまで、精神的に追い詰めた張本人だ!」

ガブリエルの漆黒の瞳が、怒りで一瞬滾った。

彼の妻は、ガブリエルの家と釣り合いの取れる貴族の令嬢だった。

金髪紅眼の、笑顔が可愛い妻だったが、彼女の鷹揚さが婚家では仇となってしまった。

ガブリエルの母・エウリケは、自分が推す貴族の令嬢と結婚せず、薄気味悪い目をした女を息子が嫁に貰ったことに腹を立て、ガブリエルが軍務で忙しい時を見計らって妻に陰湿な嫌がらせをした。
世間知らずで鷹揚な性格であった彼の妻は、姑の仕打ちに次第に心を病むようになり、ある日ついに彼女は自室で首を吊って自殺した。

その妻の遺体を、遠征から帰還したばかりのガブリエルが発見したのであった。

妻の死、そしてそれを招いた母親の、妻に対する仕打ちを知ったガブリエルは結婚など二度としないことを決めた。
エウリケとは絶縁はしないものの、家庭内では妻の死以降一切口を利いていなかった。

「わたしは結婚などしない。再婚でもすれば、またわたしの妻があの魔女に取って喰われてしまうからな。」
「ガブリエル様・・奥様をもうお許しになってはいかがでしょう?」
「いや、許さない。あの女が死ぬまではな。」

老執事と息子との遣り取りを廊下で聞いていたエウリケは、息子に見限られたことを始めて知り、呆然と廊下に立ち尽くしていた。

一方、師匠エルムントとともに、アンダルスはビュリュリー伯爵家を再び訪れていた。

「アンダルス、また来てくださってありがとう。」
「またお招きいただいてありがとうございます、奥様。こちらは僕のお師匠様の、エルムントです。」
エルムントはアンダルスに紹介され、伯爵夫人に向かって宮廷式の礼をした。
赤銅色の彼の髪が、ふわりと風に靡いた。
「あなたが宮廷の方々を虜にさせているという、吟遊詩人さんね?」
「初めまして、奥様。わたしの弟子がお世話になっております。」
「お世話になっているのはこちらの方よ。さぁ、あちらに掛けてくださいな。今日あなた方をお呼びしたのは、話したいことがあるからです。」
伯爵夫人は笑みを崩さずに、2人とともに温室へと入った。
「こちらなら、誰にも聞かれる事はないわ。」
そう言って2人に振り向いた彼女の顔からは、笑みが消えていた。
「奥様、お話とはなんでしょうか?」
「アンダルス、あなた、両親は居ないと言ったわよね? それは本当なのね?」
「は、はい・・」
アンダルスの答えに、伯爵夫人は溜息を吐いた。
「良くお聞きなさい、アンダルス。あなたのお母様は、このビュリュリー家の令嬢だった方なのです。」
「え・・」
突然告げられた真実に、アンダルスはただただ呆然とするしかなかった。
「わたくしの義妹・・つまりあなたのお母様は、身分違いの恋をしてこの家を勘当された後あなたを産んだの。つまりあなたは、このビュリュリー伯爵家の人間ということなのよ。」
「では奥様は、僕の義理の伯母様なのですか?」
「そうね。」
アンダルスはちらりと隣に立っているエルムントを見ると、彼は少し蒼褪めていた。
「奥様、何故僕の母はこの家から勘当されてしまったのですか? 僕の父親は一体誰なのですか?」
「あなたの父親は、あなたが生まれる前に、行方不明となりました。彼は音楽の才能に長けていて、音楽家としての将来を振って、あなたのお母様と駆け落ちしましたが、列車事故に遭って以来、行方が知れません。」
「そうですか・・」
自分が貴族の子息であるという衝撃の真実を知り、アンダルスは呆然としていた。
「カモミールティーをお飲みなさい。少しは気分が落ち着くでしょう。」
「は、はい・・」
テーブルの上に置かれたハーブティーを口にしようとアンダルスはティーカップを持ったが、手が震えてなかなか飲む事が出来なかった。
「奥様、お客様が・・」
「後になさい。」
「ですが・・」
「お久しぶりです、奥様。」

温室の扉が突然勢いよく開かれ、プラチナブロンドの髪を靡かせた長身の男が入って来た。

「あなた・・死んだ筈では・・」

伯爵夫人は、男を見るなり驚愕の表情で彼を見つめた。
彼の正体は、先ほど彼女がアンダルスに話した、彼の行方不明の父親だった。

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最終更新日  2015年03月26日 21時37分27秒
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「こんな最果ての地にも、美しい花があるとはね。」

ルチアが自慢の庭園に未来の夫であるアレクサンドリアを連れて行くと、彼の口から出た感想は素っ気ないものだった。
敵国である皇子・アレクサンドリアと、その妹姫・マリアがこの宮殿に滞在してから既に1週間が過ぎていたが、その間ルチアとアレクサンドリアの距離は縮まるどころか、深い溝が生じ始めていた。
才能あるものなら身分を問わず宮廷に召し上げ、出自や家柄に拘らない自由主義のルチアと、皇族であることに誇りを持ち、それに鼻をかけ、貴族や聖職者といった特権階級としか付合わない権力至上主義、保守主義のアレクサンドリアとは全く価値観が合わず、周囲は、“いくら政略結婚といえど、互いが不幸になるのではないか”と囁かれる程、2人の関係は悪化の一途をたどっていった。

(わたくし、この方が嫌いだわ・・)

やけに自信家で、ナルシストで、何かと言えば己の出自を鼻に掛ける婚約者を、ルチアは心底嫌っていた。

「アレク様、今週末狐狩りがありますの。ご一緒にいかがかしら?」
「狐狩りですか・・生憎わたしはその日は予定がありますので。」
「あら、そうでしたの。残念でしたわね。」
ルチアはそう言ったっきり、それから一言もアレクサンドリアと会話を交わさないまま、庭園で別れた。
「ルチア様、アレクサンドリア様とはいかがでしたか?」
「別に。彼とは余り話すことはないわ。それに、あの人嫌い。」
ルチアは紫紺の瞳に憂いを帯びながら、レオンを見た。
「そうですか・・狩りにはお誘いしたのですか?」
「したけれど、その日は予定が入っているんですって。恐らくどこぞの歌劇場の歌姫としけこむおつもりなのでしょうね。」
辛辣な口調でルチアはそう蓮っ葉な事を言いながら、鬱陶しそうに前髪を掻きあげた。
「ルチア様、今回の縁談には乗り気ではないのですね?」
「勿論よ。まぁ、あの人の妹とは気が合うけれど。」
ルチアがこれ以上アレクサンドリアの事を話したくないような顔をした時、ドレスの裾を摘んでアレクサンドリアの妹・マリアがルチア達の元へと駆け寄ってきた。
「ルチア様、こちらにいらしてたのですね!」
「まぁ、マリア様。ご紹介いたしますわ、こちらはわたくしの騎士のレオナルド、レオンですわ。」
「初めまして、レオナルドと申します。」
レオンがそう言ってマリアに頭を下げると、マリアは嬉しそうに笑った。
「ルチア様、今週末の狩り、ご一緒しても宜しいかしら?」
「ええ、喜んで。レオンも参加するわよね?」
「はい。」
アレクサンドリアとは対照的に、ルチアはマリアと始終笑顔で雑談していた。
マリアはルチアと共通の趣味を持っており、ルチアを姉のように慕っているので、ルチアの方も実の妹のように彼女を可愛がっていた。
(アレクサンドリア様とルチア様は、相容れないかもしれない・・)
ルチアとアレクサンドリアに明るい未来が訪れないことに、レオンは薄々と感じていた。
一方、王宮から離れた高級レストランの一室で、ガブリエルは嫌々ながらも縁談相手と見合いをしていた。
相手はヒルデ=シュタイハットといい、ダークブロンドの髪にモスグリーンの瞳をした美しい令嬢だったが、一言話してガブリエルは彼女が傲慢な性格であることが解った。
「ガブリエル様、今週末ルチア様が狐狩りを催されるそうですわ。もしよければ、ご一緒に・・」
「申し訳ございませんが、先約がありますので。では失礼。」
デザートを待たぬ内にガブリエルはそう言って椅子を引いて立ち上がると、憮然とした表情を浮かべているヒルデを残してレストランから出た。
「ガブリエル、先方から苦情が来ましたよ。あなた、ヒルデさんのお誘いをお断りしたんですって?」
「ええ。わたしは彼女に一目合った時から彼女の事が嫌いになりました。今後一切縁談をわたしに持ち込むのはおやめ下さい、母上。」
玄関ホールで呆然と立ち尽くす母親を残し、ガブリエルは自室へと向かうと愛用のソファに寝そべって溜息を吐いた。
「若様、また奥様がご縁談を?」
幼少のころから自分に仕えている老執事が部屋に入って来てそう尋ねると、ガブリエルは前髪を鬱陶しそうに掻きあげた。
「ああ。全く、腹が立つ。」
「奥様はこのまま若様が家督を継がぬのだろうかと、ご心配されておいでです。」
「ハッ、良く言う! ローゼンフェルトの血を絶やさぬ為の、言い訳に過ぎん! あの女の所為で、どれほど妻が苦しんだか・・お前も知らぬ訳がないだろう?」

ガブリエルに鋭い言葉を投げつけられた老執事は、顔を岩石のように強張らせた。

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最終更新日  2015年03月26日 21時35分48秒
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