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May 22, 2022
全63件 (63件中 1-10件目) 連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ
カテゴリ:連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ
「アレクサンドラ、さっきから会場に居るご婦人方がお前の事を見ているぞ?」 「まぁ、どうしてかしら?」 「お前が美しいからに決まっているだろう。さぁ、踊ろうか。」 「ええ。」 ルドルフの手を取り、アレクサンドラが彼と共にワルツを踊り始めると、周囲の客達は閑談を止め、彼らの方を見た。 ―アレクサンドラ皇女様は、相変わらずお美しいわね。 ―とても三児の母とは思えないわ。 ―彼女の美の秘訣は何なのかしら? 華やかなドレスと宝石で着飾った女性客達は、そんな事を囁き合いながら笑っていた。 その時、ロイヤルブルーのドレスを着た長身の美女が、黒い燕尾服を着た黒髪の青年と共に大広間に現れた。 「ふふ、みんな僕の事を見ているよ。」 「兄者、本当にいいのか?このようなパーティーに出て・・」 「今僕は女の格好をしているんだよ。周囲の人間は僕が、『あの悪魔の子』だとは気づきもしないし、知らないだろうよ。」 「兄者・・」 兄の口から出た棘のある言葉に、レオンハルトの眉間に皺が寄った。 「そんな顔をしたら、色男が台無しだよ。」 「兄者・・」 「今夜は誰も僕達の邪魔をする者はいない。今夜はパーティーを楽しもう。」 「ああ。」 レオンハルトはエドアールの手を握り、パーティーの主催者であるルドルフ皇太子とアレクサンドラ皇女の元へと向かった。 「皇太子様、アレクサンドラ皇女様、本日はパーティーにお招きいただき有難うございます。わたくしはエトワール、こちらは弟のレオンです。」 「初めまして、アレクサンドラと申します。お美しいドレスですわね、どちらでご購入されたのですか?」 「ミラノで生地を取り寄せて、自分で縫いました。昔から裁縫が得意なので。」 「まぁ、素敵ですわね。エトワールさん、宜しかったらあちらでお話し致しません事?」 「ええ、喜んで。」 和気藹々とした様子でエドアールがアレクサンドラと共に会場の隅の方へと歩いていくのを見て、レオンハルトはルドルフの方を見た。 「どうやら、姉は皇女様と良いお友達になれそうです。」 「そうですね。それよりも、貴方とお姉さんは双子なのですか?」 「ええ。わたしと姉は二卵性双生児です。ここだけの話ですが、姉は、皇女様と同じ身体なのです。」 レオンハルトの言葉を聞いたルドルフの眉が、微かに動いたことをレオンハルトは見逃さなかった。 「そうですか・・お姉さんの事は・・」 「両親は姉の身体の事を知っています。しかし、親族にはそれを隠しております。我が家は、伝統ある名家なので・・」 ルドルフは、レオンハルトが何を言おうとしているのかがわかった。 閉鎖的で保守的な貴族階級の中で、彼の姉が両性具有である事が知られたらとんでもない醜聞になる。 「皇太子様、皇女様の秘密は公表されているのですか?」 「はい。いずれ隠しても、いつかは露見してしまうものです。マスコミに下手に騒がれるよりも、堂々とアレクサンドラの身体について公表した方がいいと、彼女と相談した上で決めました。」 「そうですか。皇太子様は、皇女様にとって一番の理解者なのですね。」 「アレクサンドラはわたしにとってかけがえのない娘です。貴方にとって、お姉さんはかけがえのない存在である事と同じように。」 レオンハルトとルドルフは、暫く互いの顔を見つめ合った。 「わたしはこれで失礼いたします。客に挨拶をしなければならないので。」 「わかりました。」 ルドルフに背を向けたレオンハルトは、姉の姿を探した。 「アレクサンドラ様、とても三人のお子様がいらっしゃるとは思えない程お綺麗ですわね。一体どんなことをなさっておられるの?」 「特別な事は何もしていないわ。ただ、間食をしないでヨガを毎日しているだけよ。それにしてもエトワールさん、あなたご結婚はされているの?」 「いいえ。今は恋愛などしたくないのです。親や親戚達からはそろそろ結婚しろと色々うるさく言われますけれど、自分の好きな事をとことんしたいのです。」 「まぁ、それはわたしも同じだわ。何だかわたくし達、仲良くなれそうね。」 「ええ、本当に。」 アレクサンドラとエドアールが他愛のない話をしながら談笑していると、そこへ華やかなドレスを纏った数人の女性達がやって来た。 「アレクサンドラ様、お久しぶりでございます。本日はパーティーにお招きいただき有難うございます。」 「こちらこそ、わざわざお忙しい中来ていただいて有難う。でも、わたくし貴方に招待状を送ったかしら?」 アレクサンドラがそう言って笑顔を浮かべながら自分に話しかけて来た女性を見ると、彼女は笑顔をひきつらせながらそのまま友人達と何処かへ行ってしまった。 「追いかけなくてもよろしいのですか?」 「ええ。あの人達の事は、良く知っているから。ねぇエトワールさん、少しバルコニーの方へ行って涼まない事?」 「そうですね、皇女様。」 アレクサンドラとエドアールがバルコニーへ行って涼んでいると、そこへ何処か慌てた様子の女官が彼女達の元へと駆け寄って来た。 「アレクサンドラ様、大変です!」 「どうしたの、そんなに慌てて?何かあったの?」 「皇帝陛下が、お倒れになりました!至急ウィーンへお戻りください!」 「わかったわ。エトワールさん、申し訳ないけれどこれで失礼するわ。」 女官と共に大広間を後にしたアレクサンドラの背中を見送りながら、エドアールは少し温くなったシャンパンを一気に飲み干した。 「兄者、こんな所にいたのか、探したぞ!」 「あぁ、ごめん、ごめん。もう帰ろうか、レオンハルト。」 「何かあったのか、兄者?」 「どうやら皇帝陛下がお倒れになられたようだ。折角旅行に来たというのに、ウィーンへ戻るしかないね。」 「ああ、そうだな。それよりも兄者、アレクサンドラ皇女様と何を話していたのだ?」 「それは秘密。」 ![]() にほんブログ村
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August 23, 2016 04:48:13 PM
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August 7, 2016
カテゴリ:連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ
「どうしてこんな広い駅舎の中をウロウロしているの?もしかして、迷子にでもなったの?」 「ええ。天使様はどうしてここにいらっしゃるの?」 「旅に出ることになってね。ああそうだ、君にあげたいものがあるんだ。」 エドアールはそう言ってガブリエルに微笑むと、ポケットの中からカメオのネックレスを取り出した。 「これを、君にあげる。」 「いいの、こんなに素敵な物を頂いても!」 「いいに決まっているじゃないか。君と僕がこうして出会えたのも、何かの縁なんだから。」 エドアールがガブリエルの頭を撫でていると、自分の名を呼ぶ弟の声が遠くから聞こえた。 「じゃぁ、また会おうね。」 「ガブリエル様、どちらにおられますか~!」 「ガブリエル様~!」 背後から女官達の慌てふためく声が聞こえ、ガブリエルが彼女達の方へと駆け寄っていくのを見たエドアールは、静かにその場から去っていった。 「兄者、探したぞ。一体何処に行っていたのだ?」 「ごめん、ごめん。さぁ、行こうか。」 渋面を浮かべる弟に向かって微笑んだエドアールは、彼と共にプラハ行の特急列車へと乗り込んだ。 「何処に行っていたんだよ、姉上!心配したんだからな!」 「ごめんなさいクリス。さっきそこで天使様にお会いしたものだから・・」 「また“天使様”か。いい加減にしろよ。そんなの、居る訳ないだろう?」 姉の言葉を聞いたクリスティーナはそう言って溜息を吐くと、彼女の手を握った。 「みんなの所に戻ろう。」 「ええ、解ったわ。」 ガブリエルが女官達の元へと戻ると、彼女達は安堵の表情を浮かべた。 「ガブリエル様、勝手に何処かへお行きにならないでくださいませ。」 「みんな、ごめんなさい。」 王宮へと戻ったガブリエルとクリスティーナは、それぞれ自分の部屋で夕食の時間になるまで好きな事をして過ごした。 「ねぇクリス、今夜は一緒に寝てもいい?」 「いいよ。」 その日の夜、ガブリエルはクリスティーナと同じベッドで寝た。 「ねぇ、昼間言っていた“天使様”って、どんな顔をしていたのさ?」 「ブロンドの髪が綺麗で、わたしと同じ色の瞳をしていたの。とても優しそうな人だったわ。」 ガブリエルはそう言うと、首から提げていたカメオのネックレスを取り出してクリスティーナに見せた。 「それは?」 「天使様から頂いたの。」 「へぇ、綺麗だな。それに高価そうだし、そんな物を貰っても大丈夫なのか?」 「大丈夫よ、天使様がわたしにあげるとくださった物だもの!」 「そう。もうそろそろ寝た方がいいぜ、姉上。こんな時間まで俺達が起きているのを知ったら、世話係の女官から色々と小言を言われるからな。」 「そうね、お休み。」 プラハ城で皇太子主催の舞踏会が行われ、その舞踏会には各国の貴族や王族達が出席していた。 彼らの注目を集めたのは、三児の母となっても美しいスタイルを維持しているアレクサンドラ皇女の姿だった。 「ガブリエルとティナはもう寝たのかしら?」 「二人なら大丈夫だ。アレクサンドラ、わたし達はパーティーを楽しもう。」 「ええ・・」 ![]() にほんブログ村
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August 20, 2016 10:09:13 AM
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カテゴリ:連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ
第二部 『可愛げのない子だこと。』 『いくら顔がよくて学が出来てもあれじゃぁねぇ・・どうして旦那様はあんな子を・・』 『悪魔の子を溺愛なさるなんて、旦那様は正気の沙汰じゃないわ。』 また、幼い頃の夢を見た。 忌まわしい身体を持って生まれた所為で、大人達から誹謗中傷されていた頃の夢を。 「・・兄者?」 ゆっくりとエドアールが目を開けると、そこには自分と同じ深紅の瞳で心配そうに見つめている最愛の弟の姿があった。 「酷く魘(うな)されていたが、大丈夫なのか?」 「大丈夫だよ。子供の頃の夢を見ていたんだ。」 「そうか・・」 エドアールの言葉を聞いたレオンハルトは、眉間に皺を寄せた。 「そんな顔をしないで。たかが夢ごときに怒らないで。」 エドアールはそう言うと、そっと弟の頬を優しく撫でた。 「兄者を傷つけるものは、たとえ夢であっても許さん。」 「ふふ、お前は過保護過ぎるね。僕ばかり構っていると、奥さんに捨てられてしまうよ?」 エドアールがそっとレオンハルトの股間へと手を伸ばすと、そこは再び熱を持ち始めていた。 「お前は元気だね。」 「あ、兄者・・」 「大丈夫、僕に任せて。」 エドアールはレオンハルトの唇を塞ぐと、彼と共に再びシーツの海の中へと潜った。 「アレクサンドラ様、起きていらっしゃいますか?」 「ええ、起きているわよ。何かあったの?」 「皇帝陛下がお呼びです。」 「解ったわ。」 軽く身支度を済ませたアレクサンドラが皇帝の私室へと向かうと、そこにはルドルフの姿と部屋の主であるフランツの姿があった。 「陛下、お呼びでしょうか?」 「アレクサンドラ、これは何だと思う?」 フランツはそう言うと、一枚の紙をアレクサンドラとルドルフに見せた。 その紙は、DNA鑑定書だった。 「これは何でしょうか?」 「とぼけても無駄だ。この紙はクリスティーナとガブリエル、そしてユリウスのDNA鑑定書だ。」 俯いていた顔を上げ、アレクサンドラがフランツの握っているDNA鑑定書を見ると、そこには衝撃の真実が記されていた。 “親子である確率は、99.999%” 「お前達は、ずっとわたしを騙してきたのか?」 「父上、それは・・」 「お前がアレクサンドラを捜す理由が今まで解らなかったし、お前達が男女の関係となっていることも今まで知らなかった。だがそれを知ってしまった以上、お前達には何らかの処分を下すしかない。」 「陛下、わたくし達は罰せられて当然の事をしました。ですが子供達は・・ガブリエルとクリスティーナとユリウスにだけはどうか処罰を与えないでくださいませ!」 アレクサンドラがそう懇願して祖父を見ると、彼は低く唸った後、こう言った。 「考えておこう。ルドルフ、お前はこれからどうするつもりだ?」 「いつか子供達には真実を私の口から伝えるつもりです。その日まで父上、この事は決して口外なさらないでください。」 「いいだろう。二人とももう下がれ。」 「失礼します。」 ルドルフとアレクサンドラが皇帝の部屋から出て行くと、ルドルフはアレクサンドラの手を握った。 「アレクサンドラ、子供達の事は心配しなくていい。」 「ですがお父様、お祖父様は・・」 「父上は冷酷な方ではない。さぁアレクサンドラ、もう休め。」 「お休みなさいませ、お父様。」 「お休み。」 翌朝、ルドルフとアレクサンドラは公務の為プラハへと向かう事になった。 「じゃぁ二人とも、行ってくるわね。」 「行ってらっしゃい、お母様。」 「母上、お気をつけて。」 アレクサンドラは駅まで見送りに来たガブリエルとクリスティーナと抱擁を交わした後、ルドルフと共に専用列車へと乗り込んだ。 二人が乗った列車がカーブを曲がって駅舎から見えなくなるまで、ガブリエルとクリスティーナは彼らに手を振った。 「さぁお二人とも、王宮に戻りますよ。」 「わかった。」 女官達に連れられてクリスティーナが駅舎から出ようとした時、隣に居た筈のガブリエルの姿がないことに彼女は気づいた。 「クリスティーナ様、どちらへ?」 「姉上を捜してくる!」 クリスティーナは女官の手を振り払うと、雑踏の中へと走り出した。 一方、ガブリエルはクリスティーナ達と逸れ、広い駅舎内で迷子になっていた。 (みんな、何処に行っちゃったのかしら?) ガブリエルがそんな事を思いながら駅舎の出口を探していると、ガブリエルは一人の青年とぶつかった。 「ごめんなさい・・」 「怪我はないかい、お嬢さん?」 そう言ってガブリエルに微笑んで手を差し伸べたのは、エドアールだった。 「天使様・・」 ![]() にほんブログ村
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August 21, 2016 09:31:30 PM
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June 4, 2016
カテゴリ:連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ
「兄者、これからどうするんだ?」 「シャワーを浴びて来るよ。」 「そうじゃない、今後の事について聞いているんだ!」 「それは後で考えるよ。」 青年はそう言うと自分を険しい目で見つめている弟に微笑むと、部屋から出て行った。 「貴方、こちらにいらしていたのね。」 青年と入れ違いに、一人の女が仏頂面を浮かべながら部屋に入って来た。 「こんな夜中に何の用だ?」 「あら、妻であるわたくしが貴方に会いに来るのにわざわざ理由をつけなければいけないのかしら?」 女―青年の弟であるレオンハルトの妻・シュティファニーはそう言うと夫を睨んだ。 「今日、お義父様に子供はまだかと催促されてしまったわ。」 妻が不機嫌な理由はそれだったのかと、レオンハルトはそう思いながら彼女に背を向け、窓の外を見た。 「子供は天の授かりものだ、催促して出来るようなものではないだろう?」 「わたくしもそうお義父様に言いましたわ。お義父様は結局、子供が出来ない事をわたくしの所為にしたいのよ。貴方、もしかしてここに女を連れ込んでいるのではなくて?」 「馬鹿な事を言うな。兄者が来ているだけだ。」 「またお兄様がいらっしゃっているのね。本当に貴方達は仲がよろしいのね。」 夫の口から“兄”という単語が出た時、シュティファニーの眉間に皺が寄った。 「兎に角、子供の事は真剣に考えてくださいな。わたくしに落ち度がなくても、結局お義父様達に責められるのはわたくしなのですから。」 シュティファニーはそう言い捨てると、そのまま居間から出て行った。 「誰か来ていたのかい?」 居間のドアが開き、素肌にガウンを纏ったレオンハルトの兄・エドアールが入って来た。 「シュティファニーだ。どうやら、子供の事で父達に色々と嫌味を言われたらしい。」 「そう。ねぇレオンハルト、僕の事が心配で堪らないのは解るけれど、少しは自分の奥さんの事を構ってあげないと駄目だよ?」 エドアールはレオンハルトの隣に腰を下ろすと、そう言って彼を見た。 その時、ガウンの合わせ目からエドアールの豊満な乳房が見え、レオンハルトは慌ててそこから目を逸らすと、エドアールはクスクス笑いながら弟にしなだれかかった。 「今更恥ずかしがることではないだろう?」 「だが・・」 「お前が僕の家に来た目的は、一つしかない。そうだろう、レオンハルト?」 エドアールは血を分けた弟の前でガウンの腰紐を外し、美しい裸身を晒した。 「あ、兄者・・」 「身体は正直だね、レオン。」 深紅の瞳で弟を見つめたエドアールは、彼の主張し始めた股間をそっとズボンの上から触ると、レオンハルトは堪らず兄をソファの上に押し倒した。 「ふふ、慌てん坊だね。夜はまだ長いよ。」 「兄者・・」 「この事は、お前の奥さんには秘密だよ?」 エドアールは人差し指を唇の前に翳すと、弟の愛撫に身を委ねた。 生まれた時から、エドアールは両性具有の身として生を享(う)けた。 名家の御曹司として生まれた彼は、己の身体の忌まわしい秘密を抱えながら、「男」として25年間生きて来た。 しかし、双子の弟・レオンハルトにその秘密が露見したのは、15歳の時だった。 英国の名門寄宿学校へ進学し、寮で同室となったレオンハルトにエドアールは入浴中の裸を見られてしまったのだった。 その時から、二人は一線を越え、その関係はレオンハルトがシュティファニーという妻を迎えた今になっても続いている。 幼少期のトラウマの所為で、男から身体を触られることに激しい嫌悪感を抱くエドアールだったが、血を分けた弟と手を握ったり、キスをしたりといった行為は平気だったし、セックスも苦痛ではなかった。 「ねぇ、もし僕が妊娠したらどうする?」 「その時は、俺が兄者を守る。」 「そう・・」 情事後の気怠い空気の中、全裸になったエドアールは、弟の言葉を聞いて笑顔を浮かべ、彼の裸の胸にしなだれかかった。 「ねぇ、あの子は無事解放されたかな?」 「あの子とは誰だ、兄者?」 「僕と同じ身体を持ったアレクサンドラ皇女から生まれたお姫様さ。名前は忘れてしまったけれど、また会えるといいな。」 「俺も一度会いたいものだな、そのお姫様とやらに。」 暖炉の前で兄弟が再び睦み合っている頃、無事王宮へ戻ったガブリエルは、眠る前に寝室でアレクサンドラから絵本を読み聞かせて貰っていた。 「貴方が無事に帰って来てくれて良かったわ。怪我がなくて良かった。」 「お母様、わたしね、天使様を見たのよ。」 「天使様?」 「うん。わたしと同じ紅い瞳をした綺麗な顔をした天使様だったよ。いつかまた会えるといいなぁ。」 「そうね。きっと会えるわよ。さぁ、今夜はもう疲れたでしょう、お休みなさい。」 「お休みなさい、お母様。」 ガブリエルは寝室でゆっくりと目を閉じると、自分と同じ瞳をした天使と遊ぶ夢を見た。 (天使様と、また会えるかなぁ?) ―第一部・完― ![]() にほんブログ村
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June 12, 2016 05:06:41 PM
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カテゴリ:連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ
隣室でセルビア語の怒鳴り声が聞こえ、ガブリエルは恐怖で身を竦ませた。
王宮から一人の女官に外へと連れ出され、薬品が染み込んだハンカチを押し当てられて気絶した後、ガブリエルは目が覚めるとウィーンの貧民街にあるボロアパートの一室に監禁されていた。 “監禁”といってもガブリエルを拉致した犯人グループはガブリエルの手足を拘束したり、目隠しをしたりしなかったし、ガブリエルにトイレへ行く許可をやり、食事を与えたりするなど、ガブリエルを丁重に扱っていた。 隣室で彼らが何を言い争っているのかは解らないが、ガブリエルは早く誰かがここから連れ出してくれればいいのにと思いながらゆっくりと目を閉じて眠った。 『あら、眠っているよ。可愛い寝顔だねぇ。』 ガブリエルの部屋のドアが開き、ガブリエルを誘拐した女官・クレアがそう言ってベッドで横になって眠っているガブリエルのブロンドの髪を優しく梳いた。 『クレア、宮廷からの連絡はまだか?』 『焦ることはないさ。すぐに向こうは5万ユーロを用意してくれるだろうよ。いくら怜悧狡猾な皇太子様だって、自分の息子の命は惜しいだろうからね。』 『何を馬鹿な事を言っている、クレア。こいつの父親は不明の筈だろう?』 『それは表向きの事で、あたし達は皇太子様とアレクサンドラ様が実の親子でありながら男女の関係になっていること位知っているのさ。』 『お前、まさかそのことを公にする気で、この餓鬼を攫ってきたっていうのか?』 『ああ。まぁ、あたし達も大人しく宮廷が動くのを待つとしようか。』 クレアはそう言って共犯者に向かって笑みを浮かべた。 「ルドルフ様、5万ユーロの用意が出来ました。」 「そうか。」 ルドルフが執務室で犯人からの連絡を待っていると、机の上に置いていたスマートフォンが着信を告げた。 『5万ユーロは用意できたか?』 「ああ。次は何をすればいい?」 『その5万ユーロを持ってプラーターに来い。』 数分後、ルドルフは5万ユーロを入れたアタッシュケースを抱えてプラーターへと向かった。 昼間は観光客や家族連れで賑わうプラーターは、深夜になると不気味な程静まり返っていた。 「すぐに来たね。もう来ないのかと思ったよ。」 霧の中から、ガブリエルの首筋にナイフを突きつけながら誘拐犯の女官が現れた。 「お父様!」 「大きな声を出すんじゃないよ!」 「ごめんなさい・・」 ガブリエルは真紅の瞳に涙を溜めながら俯いた。 「ガブリエルには手を出すな、ここに金が入っている。金はお前達の好きにするといい。」 ルドルフはそう言うと金が入ったアタッシュケースを女官の方に蹴ると、彼女は満足そうな笑みを浮かべながらそれを拾い、ガブリエルの背中を押した。 「さようなら、可愛いお姫様。」 「また会える?」 「会えないよ。さぁ、あたしの気が変わらない内にお父様の元へお行き。」 「さようなら。」 ガブリエルはクレアに別れを告げ、彼女に背を向けルドルフの元へと駆けていった。 「お父様!」 「ガブリエル、無事で良かった。さぁ、おうちへ帰ろう。」 「はい。」 ルドルフとガブリエルがプラーターを後にするのを見たクレアは、大金が入ったアタッシュケースを提げ、霧に包まれたウィーンの街を歩いていた。 あと少しで自宅アパートの部屋に辿り着こうとした時、彼女の前に一人の青年が現れた。 「金は?」 「こちらに。」 「そう、有難う。」 クレアに微笑んだ青年は、そう言って彼女に近づき、躊躇いなく隠し持っていた短剣で彼女の頸動脈を切り裂いた。 「・・・様、何故?」 「お前はもう用済みだからだよ。そんな事も解らないなんて、最期まで馬鹿な女だ。」 形の良い、桜色の唇から紡ぎ出される言葉は毒と棘を含んでいた。 血溜まりの中で息絶えるクレアの姿を冷たく見下ろした青年は、アタッシュケースを掴んで霧の中へと消えていった。 「兄者、何処へ行かれていたのだ、心配したのだぞ?」 「ああ、ごめん、ごめん。ちょっと用事を済ませてきたのさ。」 「そうか・・兄者、怪我をしたのか!?コートに血がついているぞ!」 「大丈夫、これは返り血さ。」 青年はいつも自分の身を案じる過保護な弟に向かって屈託のない笑みを浮かべた。 「あ~あ、これじゃぁもう着られないね。」 「俺が外へ捨てて来る。」 「有難う。」 ![]() にほんブログ村
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June 4, 2016 10:31:57 PM
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May 28, 2016
カテゴリ:連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ
突然隣の隣室から聞こえた怒鳴り声に、ガブリエルは恐怖で顔を引き攣らせた。 「大丈夫よガブリエル、隣の人が喧嘩をしているだけよ。」 アレクサンドラはそう言って今にも泣きだしそうになっているガブリエルの手を握った。 「食事の最中に喧嘩とは、隣は一体何をしているんだ?」 「さぁ・・」 アレクサンドラとルドルフがそんな話をしていると、隣の個室から誰かが出て来る気配がした。 「クリスティーナ、更衣室で何か嫌な事でもあったの?」 「まぁね。俺が着替えようとしたら、新体操クラブの奴らが来て男子更衣室はあっちだってからかわれただけさ。まぁ、こっそりとからかってきた奴の髪にガムをくっつけてやったけど。」 「言わせたい奴には言わせておけばいい。お前はお前らしくあればいいんだ、ティナ。」 「有難う、お祖父様。」 「おいおいティナ、わたしはまだお爺さんと呼べる年じゃないぞ?」 「じゃぁ、何とお呼びすればいいですか?」 「名前で呼んでくれ。“皇太子様”と今更他人行儀な呼び方はして欲しくないし、そっちの方が気楽でいい。」 「じゃぁ、ルドルフ様とこれからお呼びしますね。」 クリスティーナがそう言ってルドルフに笑顔を向けた時、給仕がデザートを運んできた。 「こんなに沢山食べたのは久しぶり。」 「そうだな。アレクサンドラ、少し飲み過ぎたんじゃないか?」 「あら、そうかしら?」 レストランから出たルドルフは、アレクサンドラが覚束ない足取りで店から出て行こうとしていることに気づき、彼女を必死に抱き留めた。 「すいません。お父様、子供達は?」 「レナードが見てくれている。あいつは昔と少しも変わっていない。」 「お父様は、レナードさんとどのように知り合われたのですか?」 「子供の頃、母上に連れられてバイエルンに行って、湖で遊んでいたわたしは水中で足が攣って溺れてしまった。女官や侍従達が慌てふためく中で、真っ先に湖に飛び込んでわたしを救ってくれたのがレナードだった。」 「まぁ、まるで映画のような出逢いですわね。」 「そうだな。それから色々とあって、レナードとはあることが原因で袂を分かつことになってしまった。」 「あること?」 「些細な事で、わたしがレナードを誤解してしまった。後日わたしは自分が間違っていたことに気づいて、彼に謝罪しようとしたが・・その時既に彼はウィーンを発ってしまっていた。」 「まぁ・・それから、レナードさんとは音信不通のままだったのですか?」 「ああ。その出来事の後、わたしは結婚の準備に追われていたから、彼を捜そうにも時間がなかった。いや、わたしは敢えて彼と距離を置く為に、彼を捜そうとしなかったのかもしれない。」 「お父様・・」 「済まない、こんな話をしてしまって。さぁ、家に帰ろう。」 「はい。」 アレクサンドラとルドルフがレナード達の待つ車へと向かおうとした時、突然カメラの眩いフラッシュが二人を襲った。 「さっきのは一体何だったのでしょう?」 「さぁ・・」 アレクサンドラはそう言って首を傾げると、そのままルドルフと共に車に乗り込んだ。 「お帰りなさいませ、皇太子様。皇帝陛下がお呼びです。」 「わかった。レナード、済まないが子供達を部屋へ連れて行ってくれないか?」 「かしこまりました、ルドルフ様。」 車から降りたレナードがガブリエルとクリスティーナを連れて廊下を歩いていると、一人の女官が彼らの元へ駆け寄って来た。 「レナード様、大変です!」 「何かあったのですか?」 「実は先ほど、爆破予告の電話が王宮に掛かって来たのです。」 「それは、皇帝陛下もご存知なのですか?」 「はい。レナード様、ガブリエル様達を連れて王宮から避難してください!」 女官に誘導されながら、レナード達は再び王宮の外へと出た。 だが、自分達の他に王宮内に居る人間達が外から出て来る気配がない。 「あの、本当に爆破予告の電話があったのですか?」 不審に思ったレナードが自分達を誘導した女官にそう話しかけると、彼女は突然ガブリエルの腕を掴んで自分の方へとガブリエルを引き寄せた。 「ガブリエル様に何をする!」 「おっと、動くんじゃないよ。少しでも動いたら、この子が死ぬよ。」 そう言った女官の手には、ナイフが握られていた。 「お前は一体何者だ!?」 「皇太子様に伝えな。可愛い我が子を死なせたくなかったら、5万ユーロ用意しろと。」 女官はガブリエルの首筋にナイフを突き立て、そのまま闇の中へと消えていった。 「レナード、ティナ、無事か!?」 「ルドルフ様、女官がガブリエル様を攫いました!ガブリエル様を死なせたくなったら、5万ユーロを用意しろと・・一体、どういう事なのですか?」 レナードがそう言ってルドルフの方を見ると、彼は険しい表情を浮かべていた。 「さっき父上から部屋へ呼ばれて、この王宮内に反政府勢力のスパイが潜んでいるという報告を受けた。胸騒ぎがしてお前達を探していたら、侍従からそのスパイにお前達が外へと連れ出されていたと聞いてやって来たが、遅かったか。」 「ルドルフ様、ガブリエル様を救う為に5万ユーロを用意いたしましょう。」 「解った。レナード、お前は警察に通報してくれ。」 「レナード、姉様は助かる?」 「ご安心ください、クリスティーナ様。ガブリエル様はわたしとルドルフ様が必ず救出致します。」 ガブリエルが誘拐されてから数分後、警察が王宮へとやって来た。 「先ほど犯人から電話がありました。犯人の居場所が特定されましたので、今から向かいます。」 「わたしも一緒に行こう。」 (ガブリエル、どうか無事でいてくれ!) ![]() にほんブログ村
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May 29, 2016 03:27:00 PM
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May 27, 2016
カテゴリ:連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ
週が明け、クリスティーナのフェンシングの試合を観戦する為、ルドルフはアレクサンドラ達とレナードを連れて試合会場である市民体育館へと車で向かっていた。
「お父様、本当にご自分で運転してもよろしいのですか?最近物騒ですし、運転手の方を雇った方がよいのでは?」 「そっちの方が危険だろう。最近は使用人に紛れ込む暗殺者も居るらしいからな。紹介状を持っている者でも、素性が判らない相手は宮廷には入れない方がいい。」 「そうですわね。それにしても、この渋滞を抜けるまでティナの試合が始まる時間まで間に合うかしら?」 「大丈夫だろう。サミットが来週開催されるから、交通規制が敷かれて渋滞しているんだろう。」 ルドルフはそう言って前方を眺めていると、突然一人の警察官が運転席側の窓を叩いて来た。 「何か?」 「申し訳ありませんが、免許証を拝見しても宜しいでしょうか?」 「解った。」 ルドルフは警察官に素直に従うと、彼に免許証を見せた。 「有難うございました。お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした。」 「仕事、頑張ってくれ。」 自分に向かって敬礼する警察官に笑顔を浮かべたルドルフは、渋滞を抜けた後体育館まで車を走らせた。 試合会場にある体育館には、聖マリアアカデミーの生徒達やフェンシングクラブの保護者でひしめき合っており、ルドルフ達が体育館に入って来ると、ルドルフの姿を見た母親達が一斉に黄色い悲鳴を上げた。 「お父様は相変わらず国民の人気者ですわね。」 「それは褒め言葉として受け取っておこう。混まない内に二階席へ行くぞ。」 「はい。」 アレクサンドラがユリウスを抱いて二階席へと向かおうとした時、彼女は段差に躓(つまず)いて転倒しそうになった。 「大丈夫ですか、アレクサンドラ様?」 「大丈夫よ、有難うレナード。」 「ユリウス様はわたしが抱きましょう。」 アレクサンドラからユリウスを受け取ったレナードが彼女と共にルドルフ達が待つ二階席へと向かうと、ルドルフは見知らぬ黒髪の女性と何処か親しい様子で話をしていた。 「皇太子様、こちらの方は?」 「あら、貴方は確かレナード様ではなくて?」 レナードの姿に気づいた黒髪の女性はそう言うと、好奇心と野心に満ちた瞳を彼に向けた。 「マリー、どうして貴方がここに居るの?」 背後に立っていたアレクサンドラが柳眉をつり上げてかつての親友の名を呼ぶと、彼女は口端を歪めて笑った。 「わたしは娘の試合を観に来たのよ、貴方と同じでね。ほら、貴方の娘の対戦相手が、わたしの娘よ。」 黒髪の女性―アレクサンドラの元親友・マリー=ヴェッツェラは、そう言うと持っていた扇子でクリスティーナと対戦しようとしている少女を指した。 その少女は母親と瓜二つの顔をしていて、何処か生意気そうだった。 「貴方の娘さんって、貴方にちっとも似ていないわね?」 「あら、クリスティーナはわたしの母に似たのよ。美人のDNAを受け継いでいるの。貴方の娘さんは、顔も性格も貴方にそっくりなのでしょうね。」 アレクサンドラはクリスティーナの容姿をマリーに貶(けな)されると、すかさず彼女に嫌味を言った。 マリーとアレクサンドラが無言で睨み合っていると、試合が始まった。 「ティナ、頑張れ~!」 「ティナ、負けるな!」 ルドルフとガブリエルの声援を受け、クリスティーナは試合で見事優勝した。 「ティナ、優勝おめでとう。」 「有難う、お祖父様。」 「素晴らしい試合だったわよ、ティナ。」 「有難う、お母様。」 家族から祝福されているクリスティーナとは対照的に、マリーの娘・レオナはマリーに怒鳴られて俯いていた。 「あなたって子は、どうして本番に弱いのかしら!」 「ごめんなさい、お母様・・」 「あらマリー、もう帰ってしまうの?これからわたし達食事に行くのだけれど、貴方達もご一緒にいかが?」 「いいえ、結構よ。急用を思い出したの。行くわよ、レオナ!」 マリーはそう言うとレオナの手を引っ張り、体育館から出て行った。 「あの子ったら昔から変わっていないわね。さぁティナ、早く着替えて食事に行きましょう。」 「はい、お母様。」 クリスティーナが着替えの為に女子更衣室に入ると、そこには新体操クラブに所属する三人の少女達がレオタードに着替えて出て行こうとしている所だった。 「男子の更衣室はあっちよ。」 少女達の一人がそう言ってクリスティーナを見ると、他の二人が彼女の言葉を聞いて笑った。 クリスティーナは彼女達を無視して、自分のロッカーを開けて私服に着替えて更衣室を出るとき、擦れ違いざまに自分をからかってきた少女の髪にガムをつけた。 「遅かったわね、どうしたの?」 「ううん、別に。」 「さぁ、道が混まない内にレストランへ行こう。」 「はい、お祖父様。」 ルドルフ達が昼食の為に入ったレストランの個室で前菜を食べていると、突然隣の個室の方から男の野太い怒鳴り声が聞こえた。 「こんな時期にお前は一体何を考えているんだ!」 ![]() にほんブログ村
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May 27, 2016 09:55:57 PM
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May 24, 2016
カテゴリ:連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ
レナードがガブリエルの部屋からスイス宮へと向かう途中、アレクサンドラの部屋の前に人だかりが出来ている事に気づいた。 「アレクサンドラ様のお部屋の鍵が誰かに壊されていたのですって・・」 「まぁ、物騒ね。犯人は一体誰なのかしら?」 「まさかこの宮殿内に居るのではなくて?」 女官達の噂話を聞きながら、レナードはそのままスイス宮へと向かった。 「ルドルフ様、今宜しいでしょうか?」 「ああ、入れ。」 「失礼いたします。」 レナードがルドルフの執務室に入ると、彼は執務机の前に座って書類の決裁をしていた。 「お話したいこととは、何でしょうか?」 「単刀直入に言う。レナード、お前はガブリエル達の父親が誰なのか、薄々と気づいているんじゃないか?」 「何をおっしゃっているのですか?」 「とぼけても無駄だ、レナード。アレクサンドラの部屋の鍵を壊し、新入しようとしたのはお前だろう?」 そう言って自分を見つめるルドルフの瞳が怒りに滾っている事に、レナードは気づいた。 「いいえ、わたしではありません。アレクサンドラ様の部屋の事は、先程知りました。」 「そうか。」 ルドルフはゆっくりと椅子から立ち上がると、レナードの前に立った。 「お前を疑ってしまって済まなかった。」 「いいえ、わたしは気にしていません。それよりもルドルフ様、用件をお話しし下さい。」 「実は、今朝こんな物がわたし宛に届いた。」 ルドルフは執務机の隅に置いてあった封筒をレナードに手渡した。 封筒には差出人の名前と住所が記されていなかった。 「中身は確認したのですか?」 「ああ。メモリーカードが一枚入っていた。」 ルドルフはメモリーカードを執務机に置かれていたノートパソコンに挿し込むと、画面に複数枚の写真が表示された。 その写真には、ユリウスに授乳しているアレクサンドラの姿や、ルドルフとアレクサンドラが仲良くベッドで寝ている姿などが写っていた。 「一体誰がこのような物をルドルフ様に送りつけたのですか?」 「今は判らないが、郵便局の消印を見ると中央郵便局から送られて来た事が判った。このメモリーカードの件といい、アレクサンドラの部屋の鍵の件といい、薄気味悪い事ばかりが続く。」 「ルドルフ様やアレクサンドラ様の事を憎んでいる相手が、嫌がらせをしたのでしょうか?」 「わたしならともかく、アレクサンドラを憎んでいる相手など見当がつかない。あいつは女官達の人気者で、ちょっとした旅行や外出の際には彼女達に土産物の菓子を自ら配っていたし、女官達もあいつの事を慕っていた。」 「そうですか。わたしはまだこちらに来て日が浅いので、アレクサンドラ様付の女官達がどのような者達なのかは全く解りません。ですが女同士の付き合いというものは、些細な事が原因でトラブルが起こり易いものです。アレクサンドラ様が気づいていなくても、彼女から馬鹿にされたと感じた者が居るのではないでしょうか?」 「お前の言う事も一理あるな。その点も含めて調べてみよう。」 ルドルフはそう言うとノートパソコンからメモリーカードを抜き取り、それを鍵付きの引き出しの中にしまった。 「レナード、お前にこの事を話しておいて良かった。今回の事は、犯人が判るまで誰にも口外しないでくれ。」 「解りました。」 レナードがそう言ってルドルフを見ると、彼は溜息を吐いて椅子に座った。 「最初の話に戻ろう。お前は、ガブリエル達の父親が誰なのかを知っているのだろう?」 「いいえ、誰なのかは全く存じ上げません。」 「そうか。ここだけの話だが、あの子達の父親は、このわたしだ。」 ルドルフから衝撃的な告白をされ、レナードは驚きのあまり絶句した。 「では、ルドルフ様はアレクサンドラ様と男女の関係にあると・・」 「ああ。この事はわたしとアレクサンドラの母親、そして亡くなった母上しか知らない。だから、わたしにあのメモリーカードを送り付けて来た犯人が、何故ガブリエル達の出生の秘密を知ったのかが解らないんだ。」 「誰かが、ルドルフ様を陥れる為に仕組んだ陰謀なのかもしれません。」 「だとすれば、犯人を絞っていけば誰なのかが判るな。レナード、仕事の引き継ぎで忙しい時にわざわざ来てくれて済まなかった。」 「わたしの方こそ、ご多忙なルドルフ様がわたしの為にお時間を取ってくださって感謝しております。早く犯人が判るといいですね。」 「お前とは久しぶりに食事をしながらゆっくりと話をしたいな。今度の水曜日に、家族でティナのフェンシングの試合を観に行くことになっているんだ、お前も一緒に行かないか?」 「喜んでご一緒させて頂きます。」 レナードがルドルフの部屋から出ると、誰かの視線を感じて彼は背後を振り向いたが、そこには誰も居なかった。 (気のせいかな・・) レナードがそう思いながら廊下を歩いていると、向こうからアレクサンドラの長女であるクリスティーナ皇女が歩いてくるのが見えたので、レナードは廊下の隅に寄って皇女に会釈した。 「クリスティーナ様、こんにちは。」 「レナード、姉がいつも世話になっている。挨拶が遅れて済まない。」 五歳とは思えぬほどに礼儀正しい口調で話す皇女の姿に驚いたレナードは思わず彼女の顔を見つめてしまった。 「どうした、わたしの顔に何かついているのか?」 「いいえ。クリスティーナ様のお姿を拝見していると、昔のルドルフ様のお姿と似ていらっしゃるなと思いまして・・」 「そうか。確かレナードは、皇太子様の幼馴染だったな。その話を今度聞かせて貰えないか?」 「解りました。ではわたしはこれで失礼致します。」 幼いながらも威厳がある皇女の背中が見えなくなるまで、レナードは彼女に向かって頭を下げた。 ![]() にほんブログ村
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May 25, 2016 12:18:53 PM
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カテゴリ:連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ
「ガブリエル、こんな所に居たのか。」
「お父様!」 レナードとガブリエルの背後から、丁度公務を終えたルドルフが王宮庭園へとやって来た。 「ルドルフ様、こんにちは。」 「お前達、こんな所で何をしている?今は勉強の時間じゃないのか?」 「勉強ならさっき終わらせたわ。息抜きにレナードが散歩に連れて来てくれたのよ。」 「そうか。ガブリエル、勉強は頑張っているか?」 「はい、お父様。」 「そうか、偉いな。」 ルドルフはそう言ってガブリエルの頭を優しく撫でた。 「レナード、後で話したいことがある。」 「解りました。」 「じゃぁガブリエル、また後で会おう。」 「はい、お父様。」 王宮庭園から去っていくルドルフに元気よく手を振るガブリエルの姿を見たレナードは、先程のガブリエルの言葉を思い出していた。 “レナードが良く知っている方よ。” (まさか、ガブリエル様の父親は・・) 「レナード、どうしたの?」 「いいえ、何でもありません。さあガブリエル様、そろそろお部屋に戻りましょう。」 「うん!」 レナードと共にガブリエルが自室に戻ると、テーブルの上にはおやつのクッキーが置かれていた。 「レナード、わたし手を洗ってくるから先に食べてもいいわよ。」 「わたしも手を洗いましょう。」 ガブリエルと共に浴室に入ったレナードは、ガブリエルが手を洗っている隙にブラシについていたガブリエルの髪を一本抜き取った。 「このクッキー、美味しいでしょう?このクッキー、お母様がわたしの為に焼いてくださっているのよ!」 「そうなのですか?ガブリエル様は優しいお母様をお持ちで羨ましいですね。」 「そうかしら?最近お母様、ユリウスに構ってばっかりでわたしの事を愛してくださらないみたいなの。」 「そんな事はありませんよ。ユリウス様はまだ手がかかるお年頃なので、アレクサンドラ様はユリウス様のお世話をしながらも、ガブリエル様の事をいつも想っていらっしゃいますよ。」 「本当?」 「ええ、本当ですよ。」 「あら二人とも、何を話しているの?」 レナードとガブリエルがクッキーを仲良く頬張りながらそんな話をしていると、そこへユリウスを抱いたガブリエルが部屋に入って来た。 「お母様、クッキーを焼いてくださって有難う。」 「貴方の喜ぶ顔が何度でも見られるのなら、毎日焼くわ。今日は、貴方が大好きなチョコレートチップスクッキーにしてみたの。ガブリエル、クッキーを食べた後はちゃんと歯を磨きなさいね。」 「はい、お母様!」 ガブリエルは元気よく椅子から降りて、歯を磨く為に浴室に入っていった。 「レナード、あの子の様子はどう?何か我儘を言って貴方を困らせたりはしていない?」 「いいえ。勉強や宿題はちゃんとしていますし、ピアノのレッスンもちゃんと受けています。」 「そう。貴方が来る前は、何人もの家庭教師達があの子に匙(さじ)を投げて次々と辞めていったの。丁度その頃は、わたしがユリウスを妊娠中で入退院を繰り返していたから、精神的に不安定な状態が続いていたのよ。」 「ガブリエル様はアレクサンドラ様の事を心から愛していらっしゃいます。どうかその事を忘れないでください。」 「解ったわ。」 アレクサンドラはそう言うと、レナードに微笑んだ。 「お母様、さっき王宮庭園でお父様と会ったわ。」 「もうガブリエル、その呼び方は止めなさいと言ったでしょう?」 「でも、お父様はお父様だもの!」 そう屈託なく言ったガブリエルの姿に、アレクサンドラは内心溜息を吐いた。 この部屋にはレナードと自分しかいないからいいものの、近くで噂好きの女官達が盗み聞きしているかもしれない。 「レナード、ごめんなさいね。この子ったら、皇太子様の事をお父様と呼ぶ癖が直らないのよ。」 「いいえ、最近ではお互いファーストネームで呼び合ったりするお爺ちゃんや孫もいらっしゃるようですし、皇太子様はガブリエル様から見ればお祖父様というよりはお父様とお呼びになった方が相応しいかと。」 「ふふ、それもそうね。皇太子様はまだ三十代ですもの、お祖父様とガブリエルから呼ばれたくないわよね。」 レナードの言葉にアレクサンドラは一瞬ヒヤリとしたが、慌てて彼にそう言うと笑顔を浮かべた。 その時、眠っていたユリウスがもぞもぞと動き出したかと思うと、彼は癇癪を起こして激しく泣き始めた。 「まぁユリウス、一体どうしたの?」 「ユリウスはきっと、トイレに行きたいのではなくて、お母様?」 「じゃぁガブリエル、またお昼に会いましょうね。」 泣きじゃくるユリウスのおむつを替える為、アレクサンドラがガブリエルの部屋から出て来ると、廊下には一人の女官が控えていた。 「どちらへ行かれるのですか、アレクサンドラ様?」 「ユリウスのおむつを替えに部屋へ行くの。何故そんな事をいちいち聞くの?」 「申し訳ございません。」 その女官はアレクサンドラに頭を下げると、慌てて何処かへと行ってしまった。 (変な人ね・・余り関わらないようにしよう。) アレクサンドラはユリウスを抱きながらドアの鍵穴に鍵を挿し込んで部屋の中に入ろうとした時、誰かがドアの鍵穴を壊した跡を見つけた。 ![]() にほんブログ村
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May 24, 2016 10:24:02 PM
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May 18, 2016
カテゴリ:連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ
「ルドルフ様・・」 「こんなめでたい席で辛気臭い話は止そう。それよりもお前、ガブリエルに相当気に入られたようだな?」 「ええ。」 レナードはそう言うと、ガブリエルの隣に立っている軍服姿の少女を見た。 「あの方はどなたです?」 「ああ、あれはわたしの孫娘の、クリスティーナだ。」 「まぁ、姫君様でいらしたのですか。髪を短くしていらっしゃるので、てっきり男の子かと思いました。」 「周囲は、あの子の事を男の子とよく間違えるが、本人はその事を余り気にしていない。それに、ガブリエルの事を姉だと思っている。」 「そうですか。今は男女の境目がなくなりつつありますから、性別で外見を決めつける事はもう古い考えなのかもしれません。」 「そうだな。新しい時代が来たような気がする。」 ルドルフがそう言ってレナードと笑い合っていると、そこへヴァレリーがやって来た。 「まぁレナード、お久しぶりね。貴方がマイヤー司祭様の後任に?」 「ええ。これから宜しくお願いします、ヴァレリー様。」 「こちらこそ。貴方と毎日会えるなんて、嬉しいわ。」 ヴァレリーがそう言ってレナードに微笑むと、クリスティーナとガブリエルが彼らの元へとやって来た。 「ねぇレナード、わたしと一緒に遊びましょう!」 「お姉ちゃん、レナード様は長旅で疲れていらっしゃるんだ。遊ぶのは明日にしようよ。」 「嫌よ、今遊ぶの!」 ガブリエルはそう言うと、唇を激しく震わせた。 それを見たルドルフはガブリエルが癇癪(かんしゃく)を起こしそうだと解り、すかさずガブリエルの手を握ってガブリエルを優しく宥(なだ)めた。 「ガブリエル、もう今夜は遅いのだから、遊ぶのは明日にしよう。」 「嫌、今遊ぶの!」 「ガブリエル、駄目でしょう、そんな大声で騒いだりしたら!」 ユリウスの授乳を終え、大広間に戻ったアレクサンドラは、そう言うとガブリエルを睨んだ。 「さぁ早くベッドに入りなさい!」 「嫌、嫌~!」 「もう、聞き分けが悪い子ね!」 アレクサンドラはガブリエルの手を引っ張り、大広間から連れ出そうとすると、ガブリエルは激しく癇癪を起こし、大理石の床に座り込んだまま動かなくなった。 「早くしなさい、そんな事をしても駄目よ!」 「アレクサンドラ様、ここはわたしにお任せください。」 レナードはそう言うと、ガブリエルの前に屈み込んだ。 「ガブリエル様、今日は貴方様のお誕生日パーティーでしょう?パーティーの主役がそんな顔をされてはいけませんよ?」 「だって、お母様が意地悪を言うから・・」 「お母様は決してガブリエル様に意地悪をおっしゃっておりませんよ。ガブリエル様を心配為さっておられるから、つい厳しく叱ってしまうのです。」 「そうなの?」 「ええ、そうですよ。ですからガブリエル様、今夜はお部屋でゆっくりとお休みくださいませ。」 「解ったわ。」 ガブリエルはそう言って泣き止むと、レナードの手を繋いで立ち上がった。 「レナード、わたしのお部屋に行きましょう。」 「はい、ガブリエル様。」 ガブリエルは寝室のベッドで、レナードに絵本を読み聞かせて貰いながら眠った。 ガブリエルがベッドで寝息を立てていることを確認したレナードは、そっとガブリエルの寝室から出て行き、翌朝のミサの準備をする為に、自室へと戻った。 翌朝、レナードが小鳥の囀(さえず)りを聞きながらベッドから起き上がり、身支度をしていると、ドアから控えめなノックの音が聞こえた。 「レナード様、アレクサンドラ皇女様がお呼びです。」 「解りました、すぐに参ります。」 レナードは自室から出て、アレクサンドラの部屋へと向かった。 「昨夜はガブリエルが貴方を困らせてしまって御免なさいね。」 「いいえ。アレクサンドラ様、朝食の席にご招待頂き有難うございます。」 「この店のサンドイッチは絶品よ。貴方と一緒に食べたくて朝食に誘ったの。さぁ、頂きましょう。」 「はい。」 「貴方は、お父様とは古いお知り合いだそうね?」 「皇太子様とは、幼少の頃から交流があります。それが何か?」 「いいえ、ただ聞いてみただけ。それよりも、ガブリエルはよく貴方に懐いているようだから、貴方にガブリエルの養育係を頼みたいの。」 「それで、わたしを朝食にご招待したのですね。」 「引き受けてくださらない?わたし一人だと、あの子の面倒を見るのは大変なの。いつも些細な事で癇癪を起こすし、困らせるような事ばかりするのよ。わたしの言う事を聞かないのに、お父様やヴァレリー様の言う事はちゃんと聞くから、何だかあの子が憎らしく思えて仕方がないの。」 アレクサンドラの愚痴をレナードは静かに聴いた。 「アレクサンドラ様、暫くガブリエル様と距離を置かれた方がよいのかもしれませんね。」 「では、あの子の養育係を引き受けてくださるの?」 「はい。それがアレクサンドラ様とガブリエル様の為になるのならば、快く引き受けましょう。」 「有難う。仕事が忙しいのに、無理を言って済まないわね。」 「いいえ、お気になさらず。」 レナードはそう言うと、アレクサンドラの手を握った。 その日から、レナードはマイヤー司祭から仕事の引き継ぎをしながら、ガブリエルの養育係を務めることになった。 子沢山の家庭に育ち、よく下の兄妹達の面倒を見ていたレナードにとって、子供の相手をするのは苦痛ではなかったし、レナードはガブリエルの事が好きだったし、ガブリエルの方もレナードが気に入っていた。 「ねぇ、レナードは結婚しないの?」 「はい。ガブリエル様は、将来どのような方と結婚したいですか?」 「お父様のような素敵な方と結婚したいわ。」 「お父様のような方、ですか?それは一体どなたの事でしょうか?」 「レナードが良く知っている方よ。」 ![]() にほんブログ村
最終更新日
May 18, 2016 03:39:59 PM
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