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2022年08月11日
全154件 (154件中 1-10件目) 完結済小説:孤高の皇子と歌姫
カテゴリ:完結済小説:孤高の皇子と歌姫
![]() ―ユリウス・・ 遠くから、自分を呼ぶ声がした。 ユリウスが目を開けると、そこにはホーフブルク宮の色とりどりの美しい薔薇の中に、彼は居た。 (ここは・・) 「ユリウス。」 「ルドルフ様、あなたは死んだ筈では?」 彼は魔に染められた自分に銀の剣で胸を貫かれ、死んだのではなかったのか。 「ああ、確かにわたしはあそこで死んだ。」 「それでは、ここは・・」 ユリウスの言葉に、ルドルフは静かに頷いた。 「あの後・・あの少女はどうしたんですか?」 「シシィ=ローゼンフェルトの魂はガブリエルに委ねられた。彼女が操っていたあの蛇神は捕まえられなかったが。」 ルドルフはそう言うと一歩ユリウスに近づき、そっと彼を抱き締めた。 「ユリウス、お前には無理ばかりさせた。あの時、お前を無理に蘇生させたりしなければ、こんな結末を迎えることはなかったのに・・」 「ご自分を余りお責めにならないでください、ルドルフ様。わたしはあなた様のお傍に居られて幸せでした。」 ユリウスはそう言ってルドルフに微笑むと、彼は涙を流した。 「行こうか、みんなが待ってる。」 「はい・・」 2人は庭園を後にした。 「・・ここか。」 松本神父が炎上した廃病院へと向かうと、そこにはヴァチカンの特殊部隊が来ていた。 「ルドルフ皇太子は、天使によって銀の剣に貫かれ、死亡した。」 「そうか。」 「2人の遺体は未だに発見されていない。あれだけの炎だ、炭化されて消えたのだろう。」 松本神父は、ルドルフ皇太子を自分で仕留める機会を永遠に失い、唇を噛み締めた。 「そうか、シシィ=ローゼンフェルトの遺体が火災の起きた廃病院から発見されたか・・」 一方東京の警察庁公安部神秘課では、上島直輝が廃病院での報告を受けて溜息を吐いた。 (これで、事件は終了か。長かったな・・) 「先輩、お昼行きます?」 「ああ。」 事件についてまだもやもやとしたものを感じながら、直輝は姫沢と共にオフィスから出て行った。 「あれ、この店潰れちゃったんですね。」 「そうみたいだな。」 渋谷の裏路地にあるカフェのシャッターの前には、「都合により閉店させていただきます」という店主からの張り紙が貼ってあった。 「他の所に行こうか。」 「ええ。近くに新しくオープンしたサンドイッチハウスがあるんですよ。」 姫沢と直輝がカフェに背を向けて歩き始めた時、裏路地から一匹の黒猫が現れて2人の背中をじっと見ていた。 ホーフブルク宮にある薔薇園では、今年も色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。 その中で最も美しいのは、自然界に存在しないという蒼い薔薇だった。 その蒼い薔薇の花壇で、1人の少年が黒猫と遊んでいた。 「まぁルドルフ様、こちらにいらしたんですか?」 「ちぇ、見つかっちゃった。」 少年はブロンドの巻き毛を揺らしながら、そう言って蒼い薔薇の花壇を後にした。 「ユリウス、まだ先生は来てないよな?」 「ええ。急ぎましょう。」 2人の少年達は手を繋ぎながら、宮殿へと急いだ。 ―完― photo by Abundant Shine ![]() にほんブログ村
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2012年04月09日 08時37分15秒
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カテゴリ:完結済小説:孤高の皇子と歌姫
「どうした、ユリウス?」
「急に胸が苦しくなって・・」 ユリウスはそう言うと、荒い呼吸を繰り返して床に蹲った。 「ルドルフ様、先に行ってください・・」 「何を言っている!早くここから出ないと・・」 ルドルフがユリウスを立たせようとした時、彼の瞳が翠ではなく紫に染まっていることに気づいた。 「ユリウス?」 「お願いします・・早くわたしを置いて逃げて!」 ユリウスはそう叫ぶと、ルドルフから離れた。 「おい、ユリウス!」 ルドルフはユリウスの方へと駆け寄ろうとしたが、突然天井が崩落してしまい、ルドルフが瓦礫をどけようとしている内にユリウスは廊下の奥へと消えていった。 (一体ユリウスに何が・・) ルドルフが廃病院を出た途端、上空から眩しい光が照らされ、上空に旋回していたヘリが着陸し、中から武装した男達が出てきた。 「お前ら、一体何者だ!」 ルドルフが男達を睨み付けると、プラチナブロンドの髪をなびかせた大天使・ガブリエルが彼の前に現れた。 「君が、わたしの天使を魔の色に染めた。」 ガブリエルは憎しみに満ちた視線をルドルフに送ると、腰に帯びていたサーベルを抜き、その刃をルドルフの首筋にあてた。 「どういうことだ?」 「ユリウスは君の所為で魔物に・・人の生き血を啜る化け物となってしまったんだ!君が、ユリウスの手を早く手放さないから!」 「わたしの所為で、ユリウスが?」 「そうだ、ユリウスは本来ならあの時、わたしの元に来る筈だったのに、それを君が邪魔をした!」 ルドルフの脳裡に、遥か遠い昔の出来事が浮かんだ。 “力”が暴走し、自分に襲われそうになったユリウスは短剣で自害した。 そこで彼の人間としての命は終わる筈だった。 だがルドルフが魔女・ハンナに唆されて無理矢理彼を蘇生してしまった。 その所為で彼はルドルフと同じ吸血鬼として生きることになった。 「どうすれば、ユリウスを救えるんだ?」 「方法は唯一つ、君がユリウスに殺されることだ。もはや彼は、誰にも止められない。」 ガブリエルがそう言った時、廃病院の内部で突如爆発が起きた。 「ユリウス!」 廃病院の中へと戻ったルドルフは、必死にユリウスの姿を探した。 瓦礫を掻き分け、奥へと進むと、そこにユリウスの姿を見つけた。 「ユリウス!」 「ルドルフ様・・まだお逃げにならなかったんですね・・」 ユリウスはそう言うと、ルドルフに微笑んだ。 「お前を置いていけるわけがないだろう。」 「そうですか・・」 視線の端に何かが光ったかと思うと、銀の刃がルドルフの胸を貫いた。 「ユリウス?」 「申し訳ございません、ルドルフ様。わたしはここで、あなたと共に死にます。」 そう言ったユリウスの翠の双眸には、涙が溢れていた。 「そうか・・それが、お前の望みなのか?」 ルドルフの問いに、ユリウスは静かに頷いた。 一方、あの手術室にはシシィ=ローゼンフェルトの姿があった。 「愚かな人間達・・全て焼き尽くしてしまいましょう。」 シシィはそう呟くと、呪を唱えて騰蛇を呼びだした。 手術室は黒い炎に瞬時に包まれた。 「あら、こんなところに鼠が紛れこんでいるわ。」 ユリウスが振り向くと、そこにはルチアーナ号で見た少女が立っていた。 「あなた、死んだ筈では?」 「ええ、死にましたわ。でも、生まれ変わりましたの。」 シシィはそう言うと、にぃっと口端を上げて笑った。 「あなた達には、ここで死んでいただきます。」 彼女は炎の雨をユリウスに向かって降らせた。 ユリウスは、意識が朦朧としているルドルフの身体を抱き締めながら、静かに目を閉じた。 ![]() にほんブログ村
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2012年03月21日 18時04分58秒
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カテゴリ:完結済小説:孤高の皇子と歌姫
「こっちよ。」
ルドルフが亮子とともに廃病院の奥へと進んでゆくと、呻き声が徐々に近づいて来た。 「ユリウスは何処に居る?」 「それは見れば解るわ。」 亮子はヒールの音を鳴らしながら、手術室のドアを開けた。 そこには手術台に1人の男が横たわっており、彼は全身に電極のようなものを繋げられ、その刺激によって絶えず痙攣していた。 「あれは何だ?」 「ああ、あれはドクターの実験よ。でもあいつ、もうくたばったみたい。」 亮子がそう言って男の方へと近寄ると、彼はじろりと亮子を睨んだ。 「あんたの奥さんと子供は、向こうで処置を受けているわ。」 「妻に・・手を出すな!」 「あんたも身勝手な男よねぇ。奥さんにあたしとの不倫のことでこってりと絞られたっていうのに、あたしがすぐに甘い声を出すとほいほいとここに来て。こんな目に遭うのは自業自得なのよ。」 亮子はそう言うと、手術台の横にあるスイッチを右へ捻った。 男は激しく痙攣して息絶えた。 「ユリウスの所へ案内しろ。」 「わかったわよ。」 亮子は面倒くさそうに髪を弄りながら手術室から出て行った。 彼女が次に向かったのは、手術室から少し離れた病室だった。 ドアの近くまで来ると、女性と子どもが泣き叫ぶ声が聞こえた。 ルドルフがスライドドアを少し開けて中の様子を見ると、手術室に居た男と同じように、彼らも同じ拷問をされていた。 「さっさと行くわよ。」 彼らを救おうとしていたルドルフが病室の中へと入ろうとした時、亮子が彼の腕に爪を立てて彼を自分の方へと引き寄せた。 「あんたは恋人を救いにここに来たんでしょう?早くしないとあんたの恋人は死ぬわよ。」 亮子に腕を引っ張られ、ルドルフは“ドクター”が待つ部屋へと入った。 「ドクター、連れて来ましたよ。」 「ほう。ご苦労さま、君の役目はこれで終わりです。」 「ドクター、何言って・・」 亮子がそう言って白衣の男を見た時、彼女の額に何かが突き刺さり、彼女はあおむけに倒れた。 「君みたいなおしゃべりな女、わたしは大嫌いなんだよ。君は口が軽いだろうから、またブログにでもこの事を書くだろうからねぇ。」 白衣の男は拳銃を下ろすと、ルドルフを見た。 「君が、闇の皇子だね?」 「貴様、何者だ!」 「初めまして、わたしはドクター。君の恋人は今、特別な手術を受けようとしているところなんだ。」 「特別な手術だと?」 ルドルフが白衣の男を睨みつけていると、彼の背後にあるドアの向こうからユリウスの叫び声が聞こえた。 「ユリウス!」 「おっと、邪魔をしてもらっては困るよ。生きたまま心臓を取り出そうとしているのに。」 白衣の男がドアを開けようとするルドルフを制した。 「ユリウスに何をするつもりだ!?」 「彼の心臓をある心臓病患者に移植する。彼はこの国を支えるお方だ。君の恋人の心臓は他の誰のものよりも強靭で衰えることがない。」 「ふざけるな!」 ルドルフは男を突き飛ばし、ドアを開けて部屋の中に入ると、ユリウスの心臓を今まさに医師達が取り出そうとしていた。 「ユリウスに手を出すな!」 ルドルフは怒りの唸り声を上げ、サーベルで医師達を薙ぎ払った。 「ルドルフ様・・」 「ユリウス、早くここから脱出するぞ!」 ルドルフは手術台に縛りつけられたユリウスの拘束具をサーベルで器用に外し、手術室から出て行った。 あと少しで出口というところで、ユリウスが急に胸を押さえて蹲った。 ![]() にほんブログ村
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2012年03月21日 18時03分44秒
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2012年03月17日
カテゴリ:完結済小説:孤高の皇子と歌姫
「今日はどうしてこちらに?」
「ちょっと相談があって・・」 貴島亮子は、そう言ってソファに座った。 彼女の相談内容は、自分に対する変な噂が広まって就職活動が上手くいかないことだった。 「変な噂というのは?」 「わたし、前の職場で上司と不倫してたんです。それをブログに書いていただけだったのに、周りからは変な目で見られるし、白い目で見られて・・」 亮子はコーヒーを飲みながら、そうユリウスに愚痴をこぼして溜息を吐いた。 「相談は、それだけですか?」 「ええ。でも、どうしてこんな目にわたしだけが遭わないといけないんですか?誘ってきたのは向こうのほうなのに。」 ユリウスは亮子の様子が何処かおかしいことに気づいた。 (何だろう・・) 「ねぇ、あなたなら解るでしょう?あなただって清純そうな顔をして、男を騙してきたんだもの。」 「何を・・言っているんですか?」 「あたし、知ってるのよ。あんたが何人か男を破滅させていることを。」 亮子の目が、キラリと怪しい光を煌めかせた。 (しまっ・・) 彼女の腕を振りほどこうとしたが、亮子はユリウスの腕に爪を立てた。 「ねぇ、あんたはあたしの事を汚い女だと思ってるの?」 彼女の長い髪が、ゆらりと怪しく蠢くと同時に、部屋が重い空気に包まれた。 「あんただって同じ位汚い癖に、あたしを非難する資格が何処にあるっていうの?」 「離してください!」 「あんた、男に身体売ってたんでしょう?」 亮子が自分の衝撃的な過去を知っている事に、ユリウスは思わず目を丸くした。 (どうして彼女が・・わたしの過去を・・) 「どうして、あなたがそんな事を・・」 「あの人に教えて貰ったわ。あんたの過去を全てね。」 亮子と向かい合っていると、激しい眩暈が襲ってきた。 一体彼女から発せられる邪悪な気はなんなのだろうか。 その正体が掴めぬまま、ユリウスは気を失った。 「ユリウス、帰ったぞ。」 仕事が終わり、疲れた身体を引き摺りながらルドルフがマンションの部屋に入ると、そこにユリウスの姿は何処にもなかった。 「ユリウス・・?」 寝室で寝ているのだろうかとルドルフは寝室に向かったが、そこにもユリウスは居なかった。 彼は嫌な予感がして、ユリウスの携帯に掛けたが、繋がらなかった。 (ユリウス、一体何処に・・) ルドルフが突然失踪したユリウスの身を案じながらソファに座っていると、ユリウスからの着信が入って来た。 「もしもし、ユリウスか?今何処に・・」 『あんたがルドルフ皇太子ね?あんたの恋人、あたし達が預かってるわ。』 「貴様、何者だ?」 『恋人を助けたいんなら、あたし達の要求を呑むことね。今夜9時に、第七埠頭で待ってるわ。』 「おい、待て・・」 電話を掛けてきた女の正体を知る為に、ルドルフは約束の時間に第七埠頭へと向かった。 「あら、丁度来たのね。」 「お前、何者だ?」 「あんたの恋人は別の場所で預かってるわ。」 女とともに黒いバンに乗ると、それは港から離れて何処かへと向かっていた。 「ここよ。」 バンから降りると、そこには数年前に閉鎖された廃病院があった。 「ここに、ユリウスが居るのか?」 「ええ。」 ルドルフが女とともに廃病院へと入ると、奥の方からくぐもった呻き声が聞こえた。 (ここは・・一体・・) ![]() にほんブログ村
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2012年03月21日 18時03分06秒
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カテゴリ:完結済小説:孤高の皇子と歌姫
「皆さん、並んでください~!」
ユリウスとルドルフが被災者たちにカレーを振る舞っていると、数人の男達が彼らの方へとやって来た。 「兄ちゃん達、ここで何してんだ?」 「炊き出しですが、それが何か?」 ユリウスの言葉に、男達のリーダー格と思しき男が彼の前に立ちはだかった。 「誰の許可を取ってこんなことしてんだ?」 「ちゃんと市からの許可も取っておりますが、何か問題でも?」 ユリウスと男達が睨み合っていると、ルドルフが戻ってきた。 「どうした、ユリウス?」 「ルドルフ様、この人達が急に絡んで来て・・」 ルドルフがじろりと男達を睨むと、彼らは怯む様子もなく睨み返してきた。 「こんな時に金儲けするなんて、商魂たくましいったらありゃしねぇな。」 「お言葉ですが、炊き出しは無料でしております。何なら、市の職員の方に確認いたしましょうか?」 「行くぞ!」 男達は毅然としたルドルフの態度が気に食わなかったようで、炊き出し場から出て行った。 「変な輩が居た者だ。ユリウス、あんなの気にするな。」 「はい・・」 謎の男達に絡まれてから数日後、ルドルフとユリウスは炊き出しを終えて被災地を後にした。 「これから炊き出しは定期的に行った方が良いかな?」 「そうすると店の赤字が増えてしまいます。今でさえ繁盛しているものの、店の家賃や食材代で厳しいんですから。」 「そうか。」 ルドルフが運転する白いバンがマンションの駐車場に入ってきた頃、あのマンションの廊下を徘徊していた数人の女性達が何処からともなく現れ、バンを取り囲んだ。 「開けてください、お願いします!」 「開けてください!」 ユリウスは掌でバンの窓や車体を激しく叩く女性達の恐ろしい形相に恐怖で顔を引き攣らせたが、ルドルフが彼を落ち着かせるように彼の手を握った。 「ユリウス、わたしがついている。」 「ルドルフ様・・」 暫くすると、女性達がバンから遠ざかる気配がした。 「あの女性達は一体何者なんでしょうね?」 「さぁな。」 エレベーターから降り、部屋の前へと2人が向かうと、そこには祭壇のようなものが設けられていた。 すぐさまルドルフは警察を呼び、バンを取り囲んだ女性達の特徴を警官に話した。 「そうですか。では何かありましたらこちらからご連絡いたしますので。」 「宜しくお願い致します。」 女性達の異常過ぎる行動に、ユリウスはその夜恐怖で一睡も出来なかった。 「ユリウス、今日は店を休んだらどうだ?余り顔色が良くないようだし・・」 「解りました。」 「じゃぁ行ってくる。」 ルドルフはこの部屋にユリウスを1人残しても大丈夫なのかと思ったが、仕事に行くことにした。 ユリウスはベッドの中で丸まりながら、溜息を吐いた。 あの女達は今日も来るのだろうか。 一人で居るのが心細くなってきてしまった。 コーヒーでも淹れようかと寝室から出たユリウスがキッチンでお湯を沸かしていると、突然チャイムの音が鳴った。 (誰だろう?) まさかあの女達かと思いながらも、ユリウスはゆっくりとインターホンの画面を覗きこんだ。 そこには、常連客の一人、貴島亮子が立っていた。 『あの・・すいません・・今、宜しいですか?』 「何でしょうか?」 こんな時間帯に、彼女は一体何の用なのだろう―ユリウスは大して警戒せずにドアを開け、彼女を部屋へと招き入れてしまった。 ![]() にほんブログ村
2012年03月16日
カテゴリ:完結済小説:孤高の皇子と歌姫
どうしてここに奈緒子が居るのか―直輝がそう思いながら苦虫を噛み潰したかのような顔をしていると、彼の隣に立っている恵子が奈緒子と直輝を交互に見た。
「直輝さん、あれがあなたの実母の・・」 「ええ、わたしを捨てた母です。お義母さん、あの人に構わず行きましょう。」 恵子の手をそっと引いた直輝だったが、彼女はその場から動こうとはしなかった。 「直輝さん、あの人の事はわたくしに任せなさい。」 「ですが・・」 「いいから、見ておきなさい。」 恵子はそう言うと、つかつかと奈緒子の方へと歩いていった。 「あなた、確か直輝さんのお母様でしたわね?」 「ええ、そうですけれど、お宅は?」 「初めまして、直輝さんの継母の、恵子と申します。ここでは何ですから、わたくしと二人きりで話しません事?」 「いいけれど・・」 突然の直輝の継母の登場に戸惑いを隠しきれずに奈緒子が直輝の姿を探したが、彼は何処にも居なかった。 「あなたのご要望は既に主人から聞いております。息子さんが移植の必要がある病気をお患いになっているんだとか・・」 恵子に連れられたのは、ホテルの近くにあるコーヒーショップだった。 「そうよ、わたしは直ちゃんに、ドナー検査をして貰うよう頼みに来たのに、あの子ったら冷たくて・・」 「わたくしは今の主人とは、直輝さんが9歳の時に再婚致しましたの。主人は寡黙な人で、あなたと離婚した経緯は詳しく話してはくれませんでしたけれど、直輝さんが実の母親に疎ましがられて捨てられた噂は耳にしておりましたわ。」 「そんな・・あたしは・・」 「いいこと、奈緒子さん。」 恵子の声のトーンが急に低くなり、奈緒子はビクリと恐怖に身を震わせた。 「あなたは確かに直輝さんをお腹を痛めてお産みになったでしょう。けど我が子を平然と捨てた事は事実ですのよ。その事に、直輝さんは未だに傷ついていることがおわかりになりませんの?」 「そんな・・だってあの子は・・」 「あの子が人間ではないことは、わたくしも知っております。ですがわたくしは直輝さんの事を実の息子のように愛情を注ぎ、育てて参りましたの。あなたはご自分と血が繋がった息子さんの方が大事なようね。」 「あんた、一体何が言いたいの?あたしにお説教しにここに連れてきたわけ?」 「いいえ、これを渡しに参りましたの。」 恵子はさっとバッグの中から一枚の小切手を取り出すと、奈緒子の前に置いた。 「これは手切れ金です。あなたのご家族が一生遊んで暮らせるほどの額がここに書いてありますわ。もうあなたと直輝さんとはとうに親子の縁が切れております。これ以上見苦しい真似はおよしなさい。」 「何よあんた、偉そうに・・」 「これ以上直輝さんに一歩でも近づいてごらんなさい。その時は法的処置を取らせていただきますからね。」 恵子はそう言うと、怒りで震える奈緒子を残してコーヒーショップを後にした。 「お義母様、お帰りなさい。」 「直輝さん、あの人の事は心配要らないわ。」 「申し訳ありません、お義母様にご迷惑をおかけしてしまって・・」 「何を言うの、わたくしはあなたの母親ですよ。子どもの為の苦労なら、いくらでもするわ。」 恵子はそう言って直輝に微笑んだ。 実の母親に捨てられ、深い絶望を抱いていた時に、父は恵子と再婚した。 『あなたが直輝さん?初めまして、わたくしは恵子。』 初めて顔を合わせた時、直輝はこの人は信用できると直感でわかった。 血の繋がりはないが、恵子とは本当の親子のようになっていった。 「あの人はご自分の家庭だけが良ければそれでいいと思っているようね。」 「あの人の話はもうやめましょう。」 「そうね。」 これで奈緒子が自分の事を諦めてくれればいいのだが―直輝はそう思いながらベッドに入った。 一方、ルドルフとユリウスは被災地で炊き出しをしていた。 「ルドルフ様、まだご飯は大丈夫ですね。」 「そうか。」 2人は店を暫く閉じ、東北の被災地に赴いて無償で被災者たちにカレーやビーフシチューを振る舞っていた。 ![]() にほんブログ村
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2012年03月21日 18時01分15秒
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カテゴリ:完結済小説:孤高の皇子と歌姫
「先輩、ただいま戻りました。」
「お帰り、姫沢。色々と大変だったろう。」 直輝がそう言って相棒に声を掛けると、彼は直輝に土産物が入った紙袋を手渡した。 「これ、ご迷惑を掛けたお詫びに。」 「別に要らないのに。」 「自分の都合で休んだんですし、これ位しないと。」 姫沢がそう言うと、課長が彼らの所にやって来た。 「姫沢君、ありがとう。早速みんなで食べようじゃないか。」 「皆さんに召し上がっていただきたくて買ってきたんです。」 直輝達が姫沢からの土産の饅頭を頬張っていると、内通電話が掛かった。 「わたしが出る。」 直輝はそう言って受話器を取ると、受付の戸惑った声が聞こえた。 『上島さんにお会いしたいという方がお見えになってますけれど・・』 「どんな方ですか?」 『50代位の女性です。上島さんのお母様だとおっしゃって・・』 「追いかえしてください。部外者は一切入れないようにしてください。」 (またあの女か・・) 自分を捨てた事を忘れ、ソウルで馴れ馴れしく話しかけてきた奈緒子の憎たらしい顔が浮かび、直輝はその顔を即座に消し去り、報告書を書き始めた。 一方受付で追い返された奈緒子は、その足で息子が入院している病院へと向かった。 「母さん、久しぶり。」 「幸太郎、ごめんねぇ。お店が忙しくてなかなかお見舞いに行けなくて。」 奈緒子はそう言って再婚した夫との間に出来た長男・幸太郎に精一杯の笑顔を浮かべた。 「絶対にあんたのドナー見つけるから、それまで一緒に頑張ろうね!」 「母さん、無理して笑わなくてもいいよ。僕の所為で父さんと母さんが言い争っているのも知ってるし、お姉ちゃんが苛々してるのも知ってる。僕ばかり構わないで、少しはお姉ちゃんの事も気に掛けてあげて。」 「幸太郎・・」 直輝と前夫・直人を捨て、和幸と再婚して彼とともに店を切り盛りしながら2人の子を育てた奈緒子にとって、最愛の息子・幸太郎が病で苦しんでいる姿を見るのは何よりも辛かった。 身勝手だとわかってはいるが、息子の命を助ける為なら、恥を晒してでも捨てた息子に頭を下げるつもりだった。 そんな奈緒子の想いが、家庭に悪影響を与えていることに彼女はまだ気づかなかった。 日曜日、直輝は恵子が持って来た縁談を断ったのだが、“顔を見るだけでいいから”と、半ば強引に高級ホテルのフレンチレストランに連れて行かれた。 「お父様ったら、こんな日に仕事ですって。一体何を考えているのかしら?」 「ちゃんと事前にお父さんの都合を聞いてからじゃないと。」 「そんな事は解っているけどねぇ・・あ、お見えになったわ。」 直輝が顔を上げると、そこには振袖姿の女性が両親とともに椅子に腰を下ろしているところだった。 「初めまして、山田清美です。」 「初めまして、上島直輝の母でございます。山田さんお仕事は何を?」 「インテリアデザイナーをしております。」 「まぁ、素敵なお仕事ねぇ。直輝は公務員をしておりますの。わたくしが言うのもなんですけれど大変有能で、昇進も間違いなしですから・・」 「お母さん。」 直輝が恵子にそっと肘で突いたが、彼女は気にせずに話を続けた。 「山田さんはご結婚なさったらお仕事はおやめになるつもりですの?」 「いいえ。結婚・出産しても仕事は続けるつもりです。女性だけ家庭と仕事を両立できないのは、不公平だと思いませんか?」 「ま、まぁ・・はっきりと自分の意見をおっしゃる方なのねぇ。」 口先では清美の事を褒めてはいるが、恵子は不機嫌そうな表情を浮かべて彼女を見た。 「直輝さん、あのお嬢さん、あなたに相応しくないわ。」 「わたしではなく、お母さんに相応しくないのでしょう。」 見合いを終えてホテルから出ようとした直輝の背後に、神経を逆なでする声が聞こえた。 「直ちゃん!」 恵子と直輝が同時に振り向くと、そこには奈緒子が立っていた。 ![]() にほんブログ村
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2012年03月21日 18時00分11秒
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カテゴリ:完結済小説:孤高の皇子と歌姫
愛媛から戻ってきた直輝を待っていたのは、義母・恵子からの縁談だった。
「どう、直輝さん?お相手の方はとてもいいお嬢さんで、お医者様なのよ。」 「お義母さん、わたしは暫く結婚はしないと言ったつもりですが?」 「何を言っているの、あなたもう28でしょう?早く身を固めて、わたくし達に孫の顔を見せて頂戴。ねぇ、あなた?」 恵子は一方的に直輝にそう言うと、彼の父・直人に同意を求めた。 「最近は結婚しない男女が多い。わたし達の時代は適齢期の男女が結婚するのは当たり前だったが、今ではそんなものは過去のものに過ぎん。直輝の自由にしてやってもいいんじゃないか?」 「まぁあなたまで・・とにかく直輝さん、今度の日曜は必ず空けること、いいわね!」 恵子は憤然とした様子で椅子から立ち上がり、ダイニングから出て行った。 「恵子にはわたしから言っておくから、お前は仕事に励め。」 「ありがとうございます、お父さん。」 直人は直輝の母親が彼を捨てた事も、その理由も知っていたから、直輝が結婚を躊躇している事も解っていた。 幼い頃母親に捨てられ、人間ではないというだけで周囲から迫害されてきた彼にとって、自らの忌まわしい血を次世代に引き継ぎたくないという思いは充分に理解できた。 再婚した今の妻・恵子は、単に直輝が結婚せずに独身を貫いているのは我が儘だと思っている。 (直輝に深い心の傷を負わせてしまったのは、わたしと奈緒子だ。) 20年前、奈緒子は自分と直輝の前から黙って姿を消した。 『お父さん、僕お母さんに捨てられたの?』 ある日突然奈緒子が姿を消し、まだ幼かった直輝はそう言って自分に泣きついた。 (そうじゃない。お母さんは・・) 息子を慰めようとする言葉を頭で何度も思い浮かべた筈なのに、いざ息子と向き合って口を開こうとすると何も出てこなかった。 その所為で、息子は母親に捨てられたと思い込み、実母を恨んでいる。 その実母・奈緒子から電話があったのは、直輝が愛媛へ出張中の時だった。 『あなた、久しぶりね。』 20年振りに聞いた奈緒子の声は、あの頃と同じように若々しいままだった。 「20年も連絡を寄越さないでどういうつもりだ?一体何処で何をしていた?」 『そんなに怒らないでよ。ねぇあなた、少し助けて頂戴よ。電話じゃ話せないから、少し会えない?』 息子を捨てておいて前夫に会いたいなとどいう厚かましい事を言ってくる奈緒子に直人は憎しみが湧いたが、会うだけでもいいだろうと思い、奈緒子と会うことにした。 「あなた、助けて欲しいの。直輝に、検査をして貰えるよう説得して頂戴。」 駅前の喫茶店で会うなり、奈緒子はそう言って直人に頭を下げてきた。 「検査だと?どういう検査だ?」 「実は・・あたしは再婚して娘と息子が一人ずつ居るんだけれど、息子が今病気なのよ。助かるには骨髄移植しかないのよ。」 「それで?直輝でなくとも、娘さんや君が検査をすればいいことじゃないか?」 「娘はまだ10代だし、あたしは腎臓に持病を持っていて、検査は出来ないの。このままだと息子が死んじゃう、お願いだから直輝を説得してよ。」 「この事、直輝は知っているのか?」 「ええ、ソウルで偶然会って話を持ち出そうとしたけれど、顔を見るのも嫌だと言って拒絶されたわ。」 「当たり前だろう。捨てた癖に今更困った時には図々しく助けてくれと頼みに来るなんて・・」 直人は嫌悪の表情を浮かばせながら、奈緒子を見た。 もうこの女と同じ空気を一秒たりとも吸いたくない。 「ねぇあなた、お願い・・」 「もうこれ以上、わたしと直輝の前に近づくな。」 帰宅した直人は、20年振りに再会した奈緒子の身勝手さに腹が立っていた。 それと同時に、彼女を絶対直輝に会わせてはいけないと思った。 「あなた、どうなさったの?」 「何でもないよ。」 「そう・・」 恵子は最近夫の様子が変だと少し感じ始めていた。 ![]() にほんブログ村
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2012年03月21日 17時59分48秒
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2012年03月15日
カテゴリ:完結済小説:孤高の皇子と歌姫
「あんたは向こう行ってなさい!」
女性が少女の尻を叩くと、彼女は舌打ちして部屋から出て行った。 「すいません、あの子最近機嫌が悪くて・・千尋ちゃんの事で色々と言われたみたいで・・」 「いいえ、お構いなく。あれが、千尋さんの荷物ですか?」 「はい。」 直輝は大きめのボストンバッグのファスナーを開けて中を見ると、そこにはアルバムが入っていた。 ページを捲ると、どれも家族と映った写真ばかりだった。 「あの子、家族と離れて福島からここに世話になってたんです。学校ではからかわれて、家ではあの子に色々と嫌味を言われて、辛かっただろうに・・」 女性はそう言って涙ぐむと、エプロンで涙を拭い、部屋から出て行った。 (考えてもいなかった、騰蛇が被災地以外の場所に潜んでいることに。神崎千尋のように、福島から避難してきた子ども達や、避難所で暮らしている子ども達は、常にストレスを抱えている筈だ。) 被災地では大人達でもストレスを抱えて先の見えない生活を送っているし、子ども達もその影響を受けているだろう。 死亡した千尋のように、放射能による偏見から学校でいじめられ、親戚では疎ましがられ、家族とは離ればなれの生活を送り、どんなに心細かったことだろうか。 ボストンバッグには、千尋の携帯があった。 着信履歴を見ると、毎週日曜に父親からの着信が残っていた。 (お父さんからの電話が、何よりの励みになっていたんだな・・) その娘が炎に焼かれて死んだことを知った父親の悲痛な顔が容易に想像できる。 「もう、済みましたか?」 「ええ。千尋さんの荷物は、どうなさるおつもりで?」 「福島の両親に返すつもりです。ここに置いとくのもなんだし、両親に渡した方が良いですから。」 「そうですか。ではわたしが、彼女の荷物を福島の両親に渡しに行きます。」 「ありがとうございます。これ、連絡先です。」 女性はそう言うと、直輝に千尋の両親の連絡先が書いてあるメモを渡してくれた。 親戚宅を後にし、松山市内のホテルへと戻った直輝は、溜息を吐いてベッドに大の字になって横たわった。 シャワーでも浴びようかと思ってベッドから起き上がった時、携帯が鳴った。 「もしもし?」 『先輩、姫沢です。仙台の実家が少し落ち着いたので、先輩に連絡を入れました。』 「そうか。じゃぁ東京にはいつ?」 『来週あたりです。先輩は今何処に?』 「愛媛だ。また騰蛇絡みの事件が起きた。加害者は福島から避難してきた少女・神崎千尋。彼女は福島から愛媛にある親戚宅に身を寄せていたが、学校ではいじめられ、親戚宅では従姉に疎ましがられていた。彼女の荷物を預かったから、福島の両親に出来るだけ早く渡そうと思っているんだが・・」 『震災から1ヶ月が過ぎたといっても、被災地ではまだ混乱が続いてますし、道路や交通機関の復旧もままならない状況です。それに、原発付近では住民ですら立ち入りが制限されているんですよ。』 「そうか・・被災地が落ち着き次第、こちらで千尋さんの荷物を預かっておくしかないな。」 『先輩、迷惑掛けてすいませんでした。』 「気にするな。仙台のご両親に宜しくと伝えておいてくれ。じゃぁな。」 姫沢との通話を終え、直輝は浴室へと向かった。 シャワーを浴びようと蛇口を捻ると、何故か水が少し熱かった。 (気の所為か?) 構わずにシャワーを浴びていると、熱湯が浴室の床を弾いた。 「まさか・・騰蛇か!?」 “ふふ、漸く気づいたか。” 何処からか、低い男の声がした。 「愛媛の事件はお前の仕業か?」 “あれはあの少女が、あの子の心が招いたことだ。いずれ、そなたの心も闇に支配されることとなろう。” 笑い声とともに、男の声が急に消えていった。 ![]() にほんブログ村
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2012年03月21日 17時59分10秒
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カテゴリ:完結済小説:孤高の皇子と歌姫
「父ちゃん、何も心配すっこたねぇから。叔母さん達にはよくしてもらってっから。父ちゃん、余り無理しちゃ駄目だよ。」
週に一度、少女は福島に居る家族に電話を掛ける。 その時はこの地で滅多に話さない方言を話し、家族を想う。 「ん、じゃぁね。」 少女が携帯を閉じると、部屋の襖が開いて従姉が入って来た。 「電話?」 「うん。」 「ねぇあんた、いつまでここに居るの?早く出て行ってくれないと、部屋が狭くて仕方がないんだけど。」 突然やって来た厄介者を迷惑そうな顔をしながら、従姉はそう言い放つと少女を睨みつけた。 「そんな事言われても・・」 「こっちだって、ボランティアであんたをここに居させてる訳じゃないんだからね。ここで世話になる以上、家の仕事はやって貰うわよ。」 「はい・・」 学校では仲間外れにされ、親戚の家では年上の従姉に邪険にされる。 家族と離れただけでも苦しいのに、自分だけ邪険にされるという深い疎外感を味わい、少女はぐっと泣くのを堪えて唇を噛み締めた。 (我慢しないと・・) そんなある日、彼女がいつものように放課後図書室に入ると、定期テスト前なのか、数人の生徒達がテーブルに座って勉強していた。 「あんたまだ福島に戻ってなかったの~?」 「ああ、福島に戻っても家が流されてないもんねぇ、可哀想~?」 目敏く少女の姿を見つけた同級生達が彼女の前に立ちふさがり、心ない言葉を彼女に容赦なく投げつける。 (あんたらに何がわかるっていうの。好きで家が流されたんじゃないのに!) 「うるさい・・あんたらに何がわかんのよ!」 少女がそう叫んだ瞬間、彼女の中で燻っていた怒りの炎が爆発した。 「愛媛の中学校で、爆発があったらしい。」 朝刊を読んでいた課長がそう言って直輝を手招きした。 「もしかして、騰蛇が?」 「死亡したのはテスト勉強をしていた数人の女子中学生。現場は図書室で、炎の勢いが激しくて、消防隊も手の施しようがなかったようだ。」 「愛媛に行ってきます。」 「すまないな、まだ本調子じゃないというのに・・」 「いえ、いいんです。騰蛇の暴走を、わたしが止めないと。」 退院してから数日も経たぬ内に、直輝は愛媛へと向かった。 空港から片道4時間半かけて、現場の中学校へと彼が到着すると、そこはマスコミが殺到していた。 「校長、何かひとことお願い致します!」 「死亡した少女がいじめを受けていたのは事実でしょうか?」 「校長!」 詰め寄るマスコミから逃げるようにして、胡麻塩頭の男性が車を発進させて学校から離れていった。 「課長、現場にはマスコミが殺到しています。これから死亡した少女の親戚宅へと向かいます。」 『解った、そうしてくれ。』 学校から離れ、直輝が死亡した少女・神崎千尋の親戚宅へと向かうと、そこにもマスコミが殺到しており、玄関は堅く閉ざされていた。 「あの、ご親戚の方でしょうか?」 「いいえ、違います。」 直輝はそう言って玄関のチャイムを鳴らすと、玄関から女性が出てきた。 「何でしょうか?」 「わたくし、こういう者です。」 直輝が警察手帳を見せると、女性は溜息を吐いて彼を中に招き入れた。 「千尋さんの部屋は?」 「廊下の突き当たりです。」 「ありがとうございました。」 直輝が千尋の部屋に入ると、そこには携帯を片手に1人の少女がジュースを飲んでいた。 「あんた、誰?」 「警察の方だよ。千尋の事を調べに来たんだってさ。」 女性がそう言うと、少女は鼻を鳴らして直輝を見た。 「あいつ、何かやったの?」 ![]() にほんブログ村
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2012年03月21日 17時50分02秒
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