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2022年08月11日
全43件 (43件中 1-10件目) 連載小説:茨の家
カテゴリ:連載小説:茨の家
この日の夜、満韓楼を訪れた女性客の大半は、満州鉄道の社員の妻達だった。
「土方様、こんな所で再び会えるなんて嬉しいですわ。」 「薫子様。」 歳三が客達をもてなしていると、そこへかつての自分の縁談相手であった九条薫子がやって来た。 「奥様の事、大変お気の毒でしたわね。」 「お気遣い頂き、ありがとうございます。」 「土方様、ではまた・・」 去り際、薫子はそう言って一枚のメモを歳三に手渡した。 そこには、“明朝10時、哈爾浜駅近くの喫茶店『ミツヤ』でお待ちしております。”とだけ書かれていた。 「あ~、疲れた。」 店を閉めた後、歳三は執務室に入るとそう言って深い溜息を吐いた。 『お疲れ様でした、トシゾウ様。』 『支配人業っていうのは、大変なものなんだな。』 『今夜いらしたお客様は、全て満鉄の方でしたね?』 『あぁ。なぁユニョク、ここはあんまり男の使用人が多くねぇな。』 『えぇ。ここは女所帯ですから、間違いが起きてはいけませんので、料理番をはじめとする妓楼内の使用人達は全て女性で纏められています。』 『女同士だと、色々と積もる話が出来るからな。』 『トシゾウ様、余り無理なさいませんように。』 『あぁ、わかったよ。』 『では、お休みなさいませ。』 『あぁ、お休み。』 ユニョクが執務室から出ると、傍に居た妓生達が、彼の方へと駆け寄って来た。 『ねぇユニョクさん、支配人はもう寝たの?』 『それじゃぁ、あたしが添い寝してあげないと!』 『抜け駆けは駄目よ!』 そう言い合う妓生達の顔は、何処か色めき立っていた。 『お前達、もう休め。』 『はぁい。』 歳三が来てからというものの、妓生達は彼の事を気にしているようだった。 女所帯の中に突然、男―特に美男がやって来たのだから、彼女達の反応は当然のものだとユニョクは思っている。 (何事も、起きなければいいが・・) 翌朝、歳三は薫子との約束の時間までまだ時間があるので、風呂に入る事にした。 脱衣所で夜着を脱いで裸になると、外から妓生達の歓声が聞こえて来た。 『随分と立派だったわねぇ。』 『朝からいいモノを拝ませてもらったわ!』 (ユニョクが言っていた通りだな・・女所帯の中で暮らすってのは、こういうことか・・) 薫子より先に、『ミツヤ』に着いた歳三は、珈琲を飲みながら、そう思うと溜息を吐いた。 「歳三様、お待たせしてしまいましたわね。」 そう言って歳三の前に現れた薫子は、百合の刺繍が施されたチマチョゴリを着ていた。 「薫子さん、その服は・・」 「どんな服なのか、一度着てみましたの。お着物と違って、袖が邪魔にならなくていいですわね。」 「えぇ、そうですね・・」 「歳三様、何故妓楼の支配人に?てっきり家を継がれたものとばかり・・」 「事情がありましてね。薫子様は、何故哈爾浜へ?」 「父の仕事の都合でこちらに参りましたの。」 薫子はそう言うと、歳三の手をそっと握った。 「また、会って頂けるかしら?」 「どうでしょう、今は仕事が忙しいので・・」 「そうですか。」 (何だ、この女?) いくら自分の縁談相手だったとはいえ、急に自分に対して馴れ馴れしい態度を取って来た薫子に、歳三は少し不快感を抱いた。 「では、俺はこれで。」 「えぇ、また。」 店の前で別れた歳三は、そのまま千代乃の元へと向かった。 「まぁ、そんなことが・・」 「まさか、女に覗かれるなんて思いもしなかったよ。女所帯は恐ろしいな。」 「女ばかりですからね。歳三様のような美男は珍しいのでしょう。」 千代乃は歳三の話を聞いた途端、そう言うと笑った。 「お前ぇはこれからどうするんだ?置屋の皆が心配しているぞ?」 「文を先程、置屋の皆さんに送りました。わたくしはもう、日本には戻りません。」 「そうか・・俺も、あそこには戻らねぇ。元からあの家には、居場所などなかったからな。」 「では・・」 「俺の妻になってくれねぇか、千代乃?」 「・・はい。」 そう言った千代乃は、嬉しさの余り涙を流していた。 数日後、千代乃は無事退院し、満韓楼へと戻った。 『女将さん、お帰りなさい!』 『お帰りなさい!今日は女将さんの好物のクッパを作りましたよ!さ、熱いうちに召しあがって下さいな!』 久しぶりの主の帰還を満韓楼の妓生達が盛大に祝っていると、東京では土方家の者達が歳三の文を読んで困惑していた。 「もう日本には戻らないだって!?あの子は一体何を考えているんだい!」 ![]() にほんブログ村
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2020年08月12日 16時47分23秒
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2020年07月27日
カテゴリ:連載小説:茨の家
千代乃は何者かに拉致された後、哈爾浜(ハルビン)へと流れ着き、そこで妓楼の女将をしているという。
(千代乃、やっとお前に会える・・) 歳三はそっと、首に提げているロケットを握り締めた。 それは、千代乃と二人きりで自分の誕生日を祝った夜に、互いの髪を入れて贈り合ったものだった。 『たとえどんなに俺達が離れていても、心は一緒だ。』 『はい。』 千代乃は今も、このロケットを持っているのだろうか。 「哈爾浜、哈爾浜~」 汽車が哈爾浜駅のホームに停まると、乗客は次々と降りてゆき、残ったのは歳三と武乃だけとなった。 「降りないんですか?」 「済まねぇ、今から降りる。」 二人は汽車から降りると、それぞれ目的地へと向かって歩き出した。 「お客さん、哈爾浜は初めてで?」 「あぁ。この町で一番大きな妓楼を知っているか?」 「それなら、“満韓楼”ですよ。あそこは料理もサービスも最高なんですよ。前は朝鮮人の女将がやっていたんですが、今は日本人の女将がやっていますよ。」 気前良くお喋りなタクシー運転手は、そう言うと歳三に満韓楼の地図を渡してくれた。 「あそこだ・・」 タクシーから降りた歳三は、そのまま満韓楼へと向かった。 運転手が描いた地図は、正確だった。 朝鮮風の建物に、立派な“満韓楼”の看板が掲げられていた。 歳三が店の前に行くと、店はまだ準備中のようで、店の前では洋服姿の娘が水撒きをしていた。 「すいません、まだお店は開いていないんです。」 「女将に用があるんだが、女将は居るか?」 「女将さんなら、怪我をして今入院中です。」 「そうですか。わたしは、女将の知り合いです。女将に会いたいのだが・・」 「あ、お待ちください、今女将さんが入院している病院の住所が書かれたメモをお渡し致します。」 娘はそう言うと、慌てて店の中へと引っ込んでいった。 暫く歳三が外で待っていると、先程の娘がメモを持って来た。 「お待たせ致しました、これが、女将さんが入院している病院の住所が書かれているメモです!」 「ありがとう。」 歳三は娘に礼を言うと、千代乃が入院している病院へと向かった。 「すいません、こちらに入院している千代乃さんの面会に来たんですが・・」 「千代乃さんなら、204号室に入院していますよ。」 「ありがとうございます。」 歳三が、千代乃が入院している病室へと向かうと、千代乃は本を読んでいた。 「千代乃・・」 「歳三様・・」 歳三の姿を見た千代乃は、驚きの余り読んでいた本を落としてしまった」。 「どうして、わたしがここに居るとわかったのですか?」 「興信所で、お前の事を調べさせた。どうして入院なんかしているんだ?」 「実は・・」 千代乃が歳三に入院するまでの経緯を話すと、歳三は渋面を浮かべた。 「色々とあったんだな・・」 「えぇ。歳三様、お元気そうで何よりです。」 「いつ退院できるんだ?」 「傷は大した事はないので、あと数日で退院出来ます。」 「そうか。お前が留守にしている間、満韓楼の事は俺に任せておけ。」 「わかりました。」 千代乃と病院で再会を果たした後、歳三は満韓楼に戻り、妓生達を居間に集めた。 『あらぁ、良い男じゃないの。』 『色男ねぇ。』 妓生達がそんな話をしていると、歳三が突然朝鮮語で挨拶を始めた。 『はじめまして、俺は女将の恋人で、女将が留守の間満韓楼の支配人を務める事になった土方歳三だ、よろしくな。』 『えぇ、女将さんの恋人!?』 『嘘でしょう!?』 ファヨンが思わずそう叫ぶと、彼女と目が合った歳三は、彼女にニッコリと微笑んだ。 『トシゾウ様、少しよろしいですか?』 『何だ、今忙しいんだが・・』 『帳簿を確認しながらでもよろしいので、俺の話を聞いて下さい。トシゾウ様、先程のような事は二度となさらないで下さい。ここは女所帯です、変な揉め事を起こしてはなりませんから・・』 『わかった。』 『チヨノ様が入院中の間、わたしが僭越ながらトシゾウ様のお手伝いをさせて頂きます。』 ユニョクはそう言うと、歳三に向かって頭を下げた。 『これからよろしくお願い致します、トシゾウ様。』 『あぁ、よろしくな、ユニョク。』 『はじめに言っておきますが・・余り勝手な事をされては困ります。』 『わかったよ・・』 (何だか、口煩い奴だな・・) (本当にこの男に、チヨノ様の代わりが務まるのだろうか?) 歳三とユニョクの互いの第一印象は、最悪なものとなった。 その日の夜、満韓楼の支配人の顔見たさに、沢山の女性客がやって来た。 『珍しいわね、こんなに女性客が来るなんて・・』 『そうね。』 ![]() にほんブログ村
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2020年07月27日 21時27分52秒
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カテゴリ:連載小説:茨の家
病院の廊下で偶然恋人と再会したファヨンは、彼と共に近くの喫茶店へと向かった。
「コーヒーを二つ。」 「かしこまりました。」 ファヨンはソファの上に腰を下ろすと、漸く恋人―ヨンイルの顔を見た。 「まさか、あんな所で貴方に会えるなんて思いもしませんでした。」 「俺もだよ。どうして病院なんかに居たんだ?」 「わたし、今満韓楼っていう妓楼で働いているの。そこの女将さんが怪我をしてそのお見舞に・・ヨンイル様はどうして病院に?」 「母が、あそこに入院しているんだ。」 「お母様が・・」 恋人の話を聞きながら、ファヨンは彼の母親と初めて会った日の事を思い出した。 ファヨンは母親と共に恋人・ヨンイルの家で使用人として働いていた。 ある日ファヨンは、空腹の余り厨房に置かれてあったクッキーをつまみ食いしてしまった。 その事を知ったヨンイルの母は、幼いファヨンの身体を容赦なく鞭打った。 “この泥棒娘!” ファヨンは、あの時見た彼女の顔が怖くて仕方なかった。 「お母様、何処かお悪いのですか?」」 「あぁ、母は精神を病んでしまったんだ。」 「あの奥様が?」 「母は数年前から、自分だけの世界の住人となってしまったんだ。」 「そうですか・・」 ファヨンはそう言うと、ヨンイルが自分を見つめている事に気づき、頬を赤く染めた。 「ファヨン、結婚は?」 「いいえ・・ヨンイル様は?」 「いいや、まだしていない。出来れば、お前と結婚したいと思っている。」 「ヨンイル様・・」 「昔から、お前だけだ・・結婚したいと思った女は。」 「嬉しい・・」 ヨンファはそう言うと、ヨンイルと手を握り合った。 一方上海では、留こと武乃が厳しい修行を終えて“一本”の日を迎えていた。 「女将さん、支度出来ました!」 「そうかい。」 「女将さん、失礼致します。」 女将の部屋に入って来た武乃は、美しい紋付の留袖に、加賀友禅の帯を締めていた。 「あぁ、わたしが思った通りだ!武乃、そこへお座り。」 「はい。」 そう言って女将の前に座った武乃からは、あの粗末な紺の絣を着た貧しい少女の面影はとうに消えていた。 「青森からあんたがここに来てからもう二年・・あたしはあんたが立派な芸妓になると信じていたよ。」 「ありがとうございます。」 「これからが気の引き締め時だよ。あんたはこのまま終わるような子じゃない。」 「はい・・」 「そこでだ、あんたには哈爾浜(ハルビン)へ行って貰う。そこで置屋を一軒、あんたに任せたいんだよ。」 「わかりました。」 「大丈夫、あんたなら出来る。」 こうして、武乃は哈爾浜へ行く事になった。 「さぁ、気張って行っておいで!」 「はい。」 駅で女将と仲間達に見送られながら哈爾浜行きの列車に飛び乗った武乃は、そこで黒髪紫眼の青年と出会った。 「ここ、いいですか?」 「どうぞ。」 (あんれ、えれぇめんこい男だぁ!) 武乃がそう思いながらその男に見惚れていると、その男―土方歳三は、興信所からの書類に目を通していた。 それは、千代乃の近況が書かれたものだった。 ![]() にほんブログ村
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2020年07月27日 21時26分35秒
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2016年09月08日
カテゴリ:連載小説:茨の家
「女将さん、良かった、気が付いて!」 何者かに銃撃された千代乃が意識を取り戻したのは、事件から数日後のことだった。 「ファヨンさん、一体何があったの?」 「あいつが・・ジョンスが女将さんを逆恨みして、女将さんを殺して、みんなを殺そうとしていたんです。」 「まぁ、そんな事が・・」 満韓楼を襲い、自分を撃った犯人がジョンスだとファヨンから知り、千代乃は驚きのあまり絶句した。 「わたしは撃たれるような事をしたかしら?」 「きっとあいつの逆恨みですよ。ほら、ジニ様の事で色々と揉めていたじゃないですか?」 「でもあれはもう過ぎた事よ。」 「それは女将さんが思っていらっしゃるだけで、向こうはそう思っていないのでは?」 ファヨンの言葉に、千代乃は溜息を吐いた。 自分がジョンスとの間に起きた事を過去のものだと思っているが、ジョンスはそう思っていないのかもしれない。 だから、日に日に自分への憎しみを募らせ、彼は自分を殺そうとしたのだ。 「わたし、今回の事で色々と考えてしまうわ。わたしは彼に恨まれるような事をしてしまったのかしらって。」 「そんなに思い詰めることはないですよ、女将さん。今までジョンスは好き勝手な事をしていたけれど、今回で確実に刑務所に入りますね。あいつの顔をもう見なくて済むと思うと、せいせいします。」 そう言ったファヨンは、千代乃の手をそっと握った。 「女将さん、わたし達は女将さんの秘密を誰かに口外したりはしませんから、安心してください。」 「ファヨンさん、貴方いつからわたしが男だという事に気づいていたの?」 「ジョンスの家の使用人が女将さんのお風呂を覗いていた時からです。その時わたし、偶然女将さんの裸を見てしまったんです。」 「そう。」 「男でありながら今まで女として生きてきたという事は、女将さんは複雑な事情を抱えていらっしゃるのですよね?」 ファヨンの問いに、千代乃は静かに頷いた。 「ファヨンさん、貴方の他にわたしの秘密を知っている人は居るの?」 「ええ。チェヨンやユソンも知っています。後、料理番のミジャも。みんな口が堅いので、安心してください。」 「わかったわ。ファヨンさん、貴方はもう満韓楼に帰りなさい。」 「はい。ではこれで失礼します。」 千代乃の病室から出たファヨンは、廊下で一人の男性と擦れ違った。 その横顔をチラリと見た彼女は、彼と何処かで会ったような気がした。 「すいません。」 「はい、何でしょうか?」 男性がくるりと自分の方へと振り向くと、ファヨンは男性の顔をじっと見つめたまま両手で口を覆った。 「貴方、生きていらっしゃったのですね?」 「ファヨン・・もしかして、あの時のファヨンか?」 男性はファヨンの方へ一歩近づくと、彼女を抱き締めた。 「あの時、お前は死んだものだと思っていたのに・・こうしてお前と会えるなんて、嬉しいよ!」 「わたしもです、ヨンイル様!」 病院の廊下で抱き合っている二人の姿を、通りかかった看護婦が怪訝そうな様子で見つめていた。 「ここだと人目があるから、何処か静かな所で話さないか?」 「ええ、わかりました。」 ユソンとミジャが病院へと千代乃を見舞いに行くと、ファヨンが見知らぬ男と共に病院から出て行く姿を見た。 「あの男、一体誰だろうね?」 「知らないよ、そんな事。ユソン、他人の色恋沙汰に首を突っ込むなんて野暮な事、するんじゃないよ。」 ![]() にほんブログ村
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2016年09月14日 14時41分05秒
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カテゴリ:連載小説:茨の家
ファヨンと共に応接間に入った千代乃は、見知らぬ二人の外国人男性が窮屈そうに床に座っている事に気づいた。
『満韓楼の女将の、千代乃と申します。あなた方は?』 『はじめまして、千代乃さん。わたしはピョートルと申します。こちらはわたしの弟の、イヴァンです。』 金髪碧眼の男性がそう言って千代乃に自己紹介すると、彼の隣に座っていた男性も千代乃に会釈した。 『ピョートルさん、何故こちらにいらしたのですか?』 『実は、旦那様・・つまり貴方の母方の祖父に当たる方が、死ぬ前に一目貴方にお会いしたいとおおせなのです。』 『わたしの、お祖父様ですか?』 今まで実の両親、そしてその親戚の事など知らなかった千代乃は、ピョートルの言葉を聞いて驚いた。 『その様子だと、何もご存知ないようですね?』 『わたしは赤ん坊の頃、養家の前で捨てられていたと、養母から聞きました。ですから・・』 『そうですか。』 ピョートルはそう言うと、一枚のメモを千代乃に手渡した。 『そのメモにわたし達の滞在先であるホテルの住所が書かれています。お時間があれば、是非いらしてください。』 『解りました。本日はお忙しい中、来て頂いて有難うございました。』 玄関までピョートルとイヴァンを送った千代乃が自室に戻ると、丁度ファヨンが昼食を持って来たところだった。 『ファヨンさん、いつも有難う。』 『いいえ。それよりも女将さん、さっきの方達はどなただったのですか?』 『わたしも詳しくは知らないのだけれど・・母方の祖父の使いの方だと言っていたわ。』 千代乃は昼食を一口食べると、そう言ってファヨンの方を見た。 『ファヨンさん、貴方ご自分の両親の事をどれほど知っているの?』 『うちの親の事なら何でも知ってますよ。どうしてそんな事を聞くんですか?』 『わたしは、実の両親の顔を知らないの。赤ん坊の時に捨てられて、養母に育てられたから。だから、あの人達から母方の祖父に会ってくれと言われて、驚いてしまったわ。』 『それは仕方ないですよ、今まで知らなかった母方のお祖父様から突然会いたいなんて言われたら、誰だって驚きますって。』 『そうね・・』 『それじゃぁ女将さん、お昼食べ終わったら呼んでください。』 『えぇ、わかったわ。』 ファヨンが部屋から出て行った後、千代乃はスープを一口飲んだ。 日本に居た頃養母が作ってくれた味噌汁の味を思い出し、千代乃は自然と涙を流していた。 この哈爾浜(ハルビン)に流れ着き、満韓楼の女将となってもうすぐ半年の歳月が経とうとしている。 (おかあさんや置屋のみんなは元気かな?) 昼食を食べ終えた千代乃がそんな事を思いながらファヨンを呼ぼうと自室の襖を開けた時、中庭の方から突然銃声が聞こえた。 『女将さん、あいつが来ました!』 『どうしたの、あいつって誰?』 『女将さん、逃げてください!』 チョンジャがそう叫んだ時、二発目の銃声が中庭に響いた。 千代乃は脇腹に刺すような痛みを感じると、そのまま意識を失った。 ![]() にほんブログ村
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2016年09月14日 14時39分30秒
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2016年08月11日
カテゴリ:連載小説:茨の家
青年―ジュンスはそう執事を怒鳴りつけると、千代乃の方へと向き直った。 『申し訳ないが、お引き取り願えませんか。わたしは、貴方に話す事など何もありません。』 『貴方にはなくとも、わたしにはあります。チョンジャさんの件で・・』 『あの女は告訴する。わたしに暴力を振るったのだから、それ相応の罰は受けて貰う。』 『ジュンス様、話が違います!』 『黙れ!』 自分の父親と同年代の執事に向かって怒鳴るジュンスの姿に、千代乃は彼にこれ以上何を言っても無駄だと思った。 『貴方とこれ以上話をするのは時間の無駄のようですね。では、これで失礼いたします。』 『待て、お前の所の妓生がわたしに迷惑を掛けたんだ、詫びのひとつもないのか?』 千代乃がそう言ってジュンスに頭を下げ、客間から出ようとすると、ソファから立ち上がったジュンスが千代乃の腕を掴んだ。 『お詫び、と申しますと?』 『解らないのか、金だよ、金。あの女に殴られた怪我の治療費と、わたしが受けた精神的苦痛への慰謝料だ。あの女がそれらを払えないのなら、上司であるお前が払うべきだろう。』 『お言葉ですがジュンス様、先にチョンジャさんを殴った貴方が彼女に治療費と慰謝料を支払うべきなのではありませんか?』 『何だと、妓生の癖に両班のわたしに口答えするのか!?』 激昂したジュンスが千代乃の胸倉を掴んだ時、客間の扉が開いた。 『ジュンス、何をしている?』 『ち、父上・・』 グレーの縞模様のスーツを着た紳士が鷹のような鋭い目でジュンスを睨みつけると、彼は慌てて千代乃の胸倉から手を離した。 『旦那様、お帰りなさいませ。』 『貴方が、チヨノさんですね?初めまして、わたしはチョンスと申します。』 『初めまして、チョンス様。満韓楼の千代乃と申します。本日はジュンス様とチョンジャさんの件について話し合いの場を設けようと思ったのですが、ジュンス様はその必要はないとおっしゃったので・・』 『ジュンス、後で話がある。ヨンハ、チヨノさんをわたしの部屋へ案内しろ。』 千代乃の話を聞いたチョンスは息子を睨むと、淡々とした口調で執事にそう言って客間から出て行った。 『父上、お待ちください!』 客間から出て行く父親の後を追おうとしたジュンスだったが、無情にも客間の扉は彼の鼻先で閉ざされた。 『先ほどは倅が貴方に対して無礼な振舞いをしてしまったことを、倅に代わって謝ります。チョンジャさんのご様子は、いかがですか?』 『チョンジャさんとは先ほど会って来ましたが、元気そうです。早く留置場から出たいと言っておりました。』 チョンスの部屋に通され、彼からチョンジャの様子を尋ねられた千代乃がそう答えると、彼は少し唸って何かを考えているかのように目を閉じた。 『今回の件は、完全にこちらに非があります。わたしは、跡継ぎであるジュンスを幼い頃から溺愛し、あいつの我儘を全て受け入れてきました。そのツケが、あいつが成人した今回ってきたのでしょうな。』 チョンスは溜息を吐くと、千代乃の手を握った。 『チヨノさん、どうかチョンジャさんに悪い事をしてしまったとお伝えください。ジュンスはわたしが厳しく躾け直します。』 『チョンス様、お忙しい中わたくしの為に時間を割いてくださって有難うございました。』 洋館から出た千代乃が満韓楼へと戻ると、ファヨンが何処か慌てた様子で千代乃の元へと駆けて来た。 『女将さん、大変です!』 『どうしたの、また何かあったの?』 ![]() にほんブログ村
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2016年09月14日 14時31分51秒
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カテゴリ:連載小説:茨の家
チョンジャはその日、パーティーがあることをすっかり忘れてしまい、急いで身支度を済ませて満韓楼からホテルへと向かおうとした時、道端で偶然別れた男と会ったのだった。
その男は、連れの女と一緒だった。 『チョンジャ、俺にしつこく付き纏うなと言っただろう?』 『あんたみたいな男に付き纏うほど、あたしは暇じゃないんだよ、さっさとあたしの前から消えな!』 チョンジャがそう叫んで男を睨みつけると、彼にしなだれかかっていた女が笑った。 『あんたが言っていた妓生って、この女なの、ジュンス?』 『ああ。諦めの悪い女で、別れる時も別れたくないって言って騒いで揉めたのさ。』 『嘘ばっかり言いやがって!別れるとき散々あたしに泣きついて捨てないでくれって泣き喚いていたのはあんたの方だっただろうが!』 『うるさい!』 最初に殴って来たのは男の方だった。 『何するんだ、この野郎!』 そのまま路上で男と殴り合いの喧嘩になったチョンジャは、駆けつけた警察官によって警察署へと連行されていったのだった。 『まぁ、そんな事があったのね。』 『女将さん、あたしは何も悪くないんです!』 『解ったわ。チョンジャさん、貴方をここからすぐに出してあげますからね。』 千代乃はそう言ってチョンジャの手を握ると、彼女の隣に立っていた警察官の方を見た。 『先に彼女を殴った男は、何と言っているのですか?』 『彼は先に彼女が自分を殴って来たと言っています。』 『彼は今何処に?』 『彼なら、既に署を出て帰宅しました。』 (困った事になったわね・・) 『女将さん?』 『チョンジャさん、貴方と喧嘩した方の名前を教えてくださらない?』 『解りました。何か書くものを用意して貰えませんか?』 チョンジャは警察官に用意して貰ったメモ用紙と万年筆を受け取ると、そこに相手の男の名前と住所を書いて千代乃に渡した。 翌日、千代乃はチョンジャから渡されたメモに記された住所を訪ねると、そこには美しい瀟洒(しょうしゃ)な洋館が建っていた。 『失礼ですが、何か当家にご用でしょうか?』 鉄扉の前で暫く千代乃が右往左往していると、洋館の中から燕尾服姿の執事がやって来た。 『突然伺ってしまって申し訳ありません。わたくし、満韓楼の女将で・・』 『チヨノ様、お待ちしておりました。どうぞ中へ。』 執事に連れられ、千代乃は館の客間へと通された。 暫く千代乃がソファに座りながら待っていると、そこへ先ほどの執事が飲み物を載せた盆を持って客間に入ってきた。 『ジュンス様からお話は伺っております。路上で女性と口論となり、暴力を振るわれたとか・・』 『ええ。ですが警察署で聞いた話によると、先にジュンス様を殴って来たのはうちのチョンジャだと主張していたとか・・』 『チヨノ様、今回の事はジュンス様に責任を取らせますので、どうか他言無用に願います。』 『解りました。』 『有難うございます。』 執事が千代乃に向かって頭を下げていると、客間のドアが乱暴に開かれ、中に背広姿の青年が入って来た。 『ジュンス様、お帰りなさいませ。』 『誰の許しを得て、その女を入れたんだ!』 ![]() にほんブログ村
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2016年09月14日 14時30分51秒
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2016年08月04日
カテゴリ:連載小説:茨の家
満韓楼へと戻った千代乃が自室で読書をしていると、ファヨンがやって来た。 『女将さん、こんな物がチョンジャの部屋から見つかりました。』 そう言ってファヨンが千代乃に見せたものは、千代紙に包まれた阿片の粉末だった。 『一体、どうしてこんな物がチョンジャの部屋に・・』 『最近、チョンジャが誰にも行き先を言わずに夜中へ出掛けていることを知っています。』 『そう・・ファヨンさん、良く知らせてくれたわね。この件は誰にも口外しないで。』 『解りました。』 ファヨンが部屋から去った後、千代乃は彼女から渡された阿片の粉末を見た。 『ユニョク、居る?』 『はい、女将。』 外に控えていたユニョクは、影のようにするりと部屋に入って来た。 『少し調べて欲しい事があるのだけれど、いいかしら?』 『はい。』 『この阿片が何処から流れてきたのかを、調べて欲しいの。』 『解りました。数日留守にする事になるかもしれませんが、構いませんか?』 『構わないわ。』 『女将、そろそろ支度をいたしませんと・・』 『解ったわ。ユニョク、くれぐれも気を付けてね。』 『はい。それでは、行って参ります。』 ユニョクが部屋から出て行った後、千代乃は湯浴みをする為に浴室へと向かった。 浴室から上がって千代乃が髪を乾かしていると、千代乃は外から強い視線を感じた。 脱衣所の窓を開けて外を見たが、そこには誰も居なかった。 (気の所為ね・・) その日の夜、哈爾浜市内のホテルで開かれたパーティーに出席した千代乃は、そこでジニの義母と会った。 『あら、奇遇ね。貴方がこのような場所に居るなんて。』 『まぁ奥様、お久しぶりでございます。』 千代乃が愛想笑いを浮かべながらジニの義母に挨拶をすると、彼女は不快そうに鼻を鳴らして千代乃に背を向けた。 『相変わらず、無愛想な女ね。』 『女将さん、気にする事ないですよ。』 『チョンジャは何処に行ったの?』 会場にチョンジャの姿がない事に気づいた千代乃がそう言うと、妓生達は何処か気まずそうな様子で俯いた。 『何かあったの?』 『実は先ほど、チョンジャが警察に連行されました。何でも、別れた男と口論になって殴り合いの喧嘩をしたみたいで・・』 『そう、彼女は今何処に居るの?』 パーティーが終わり、千代乃はファヨンと共にチョンジャが連行された警察署へと向かった。 『女将さん!』 警官に連れられたチョンジャの顔には、男に殴られた時に出来た青あざが残っていた。 『チョンジャさん、一体何があったの?わたしに解るようにちゃんと説明して頂戴。』 『わたしは何も悪くないんです、それなのにあの男が勝手にわたしを犯罪者扱いして留置場へぶち込んだんです!』 怒りで興奮したチョンジャは、警察署へ連行されるまでの経緯を千代乃に話し始めた。 ![]() にほんブログ村
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2016年09月14日 14時35分11秒
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カテゴリ:連載小説:茨の家
『ウソンさん、こんにちは。』 千代乃がウソンに挨拶すると、彼女は口元を袖口で覆いながら千代乃に手招きした。 『ねぇ、ジニさんが組合長を辞めた事はもうご存知?』 『ええ。』 『今日の会合は、新しい組合長を決める為に開かれるのですって。チヨノさん、貴方が選ばれるといいわね。』 『わたしはまだ哈爾浜に来て日が浅いから、そんな重役が務まるかしら?』 『チヨノさんならきっと出来るわよ!』 ウソンがそう言って千代乃を励ましていると、そこへ何かにつけて千代乃を目の敵にしているビョンレが現れた。 『あらチヨノさん、お久しぶりね。』 『お久しぶりです、ビョンレさん。』 『ウソンさん、会合までまだ時間があるからホテルのティールームでお茶でも飲まないこと?チヨノさんもご一緒にいかが?』 『有難うございます、ビョンレさん。』 ビョンレ達と共にホテルのティールームへと入った千代乃は、そこでジニの義母と友人達が談笑している姿に気づいた。 『チヨノさん、どうかなさったの?』 『いいえ、何でもないわ。』 幸い千代乃にジニの義母は気づいていなかったようで、彼女は友人達と共に賑やかな笑い声を上げながらティールームから出て行った。 『チヨノさん、その簪素敵ね。』 『有難う。この簪、ジニさんから頂いたのよ。何でも、ジニさんのお母様の形見なのですって。』 『ジニさんのお母様って、朝鮮一の妓生と謳われていたお方なのでしょう?それなのに、どうしてあんな死に方をなさったのかしら?』 『あんな死に方?』 『あら、チヨノさんはまだご存知ないのね。ジニさんのお母様は、表向きは病死だって言われているけれど、噂では本妻に苛め抜かれて殺されたそうよ。』 『まあ・・』 ビョンレの口からジニの母親の死に対する衝撃的な事実を知り、千代乃は驚きの余り絶句した。 『わたしの母が、ジニさんのお母様の昔の妓生仲間でね、ジニさんのお母様があの男のお妾さんになった後も仲良くしていたのだけれど、うちに来る時、いつもジニさんのお母様はみすぼらしい格好をしていたわ。あの男の本妻に服も髪飾りも全部取り上げられたみたいでね。食事なんか家畜の餌同然のものを与えられていたそうよ。』 『酷い・・同じ人間なのに、どうしてそんな事を・・』 『チヨノさん、ひとつ教えてあげるわ。この哈爾浜でも、朝鮮でも言えることは、両班以外は人間扱いされないという事よ。わたし達は、あいつらの目から見たら獣同然の存在なんだから。』 会合の帰り、千代乃は満韓楼への帰路に着きながら、何度もビョンレの言葉を思い出していた。 “わたし達は、あいつらの目から見たら獣同然の存在なんだから。” (まだ、この哈爾浜には・・いいえ、この世界には知らない事が沢山ある。わたしは、今まで日本で幸せに暮らしていたんだわ・・) そんな事を思いながら千代乃が道を歩いていると、突然目の前に一台の車が自分に向かって突っ込んで来ようとしていた。 「危ない!」 恐怖で身が竦み、動けなくなった千代乃を一人の男性が助けてくれた。 「助けてくださり、有難うございます。」 「何をしているんだ、貴方は!自殺するつもりなのか!?」 千代乃の命を助けた男性は、そう千代乃を怒鳴りつけると、何処かへと行ってしまった。 ![]() にほんブログ村
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2016年09月14日 14時33分47秒
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2016年07月22日
カテゴリ:連載小説:茨の家
千代乃に拳で顔を殴られたジョンスは派手な悲鳴を上げてのたうち回り、その隙にユソンは他の妓生達が居る部屋へと逃げ込んだ。 『殴ったな、この俺を、下劣な妓生のお前が!』 ジョンスは怒りに滾った目で千代乃を睨みつけ、美しく結い上げていた千代乃の髪を掴んで自分の方へと引き寄せると、両手で千代乃の首を絞め始めた。 『殺してやる、お前なんか殺してやる!』 千代乃は酸素を求めて苦しく喘ぎながら、自分の上に馬乗りになったジョンスの顔を爪で引っ掻いた。 『このアマ、思い知らせてやる!』 千代乃に顔を引っ掻かれて更に激昂したジョンスは、千代乃の首を絞める力を強めた。 その時、風が唸るような音とともに、ジョンスの姿が一瞬にして千代乃の視界から消え去った。 何が起こったのかが解らず、千代乃が起き上がってチマについた砂を払っていると、そこへ一人の長髪の男が現れた。 『大丈夫ですか、チヨノ様。』 『ええ。貴方は、誰?』 『自己紹介が遅れました。わたしは本日から満韓楼の用心棒を務めさせていただきます、ユニョクと申します。』 そう言って千代乃に自己紹介した男・ユニョクは、千代乃の背後で伸びているジョンスを見た。 『この男を如何なさいますか、チヨノ様?』 『そうね・・』 千代乃はユニョクの耳元で、ある事を囁いた。 『さっきは助かったわ、有難う。』 『いいえ。あの男とは、知り合いなのですか?』 『ある意味そうだけれど、余り関わり合いたくない人ね。ねぇユニョクさん、貴方はどうして満韓楼の用心棒になったの?』 『先ほどジニお嬢様から、貴方様宛の手紙を預かって参りました。』 ユニョクはそう言うと、千代乃に一通の手紙を差し出した。 千代乃がその手紙に目を通すと、そこには万が一の時に満韓楼の用心棒として自分の友人であるユニョクを雇ってくれという内容がジニの流麗な字で書かれていた。 『これから宜しくね、ユニョクさん。』 『こちらこそ宜しくお願い致します、チヨノ様。』 『そんなかしこまった言い方はしないで。女将さんと呼んでくださいな。』 『解りました。女将さん、これからわたしは何をすればよろしいでしょうか?』 『そうね。今から買い物に付き合ってくださらないこと?』 『かしこまりました。』 満韓楼を出て市場へと買い物に向かった千代乃とユニョクは、広場に人だかりが出来ている事に気づいた。 ちらりと横目で広場を見ると、そこには全裸で柱に縛り付けられているジョンスの姿があった。 『誰か、助けてくれ~!』 『さてと、行きましょうか。』 午前中に買い物を終えた千代乃とユニョクが満韓楼へと戻ってくると、ユソンが二人の元へと駆け寄って来た。 『女将さん、先程は助けて頂いて有難うございました。』 『貴方、身体の方は大丈夫なの?さっきあの男に酷く殴られていたけれど・・』 『ああ、それならさっき薬湯を飲んだので大丈夫です。それよりも女将さん、会合に行ってください。』 『わたしが留守にしている間、余り無理をしないでね、ユソンさん。』 『はい。』 満韓楼を出た千代乃とユニョクが花柳界組合の会合場所であるホテルへと到着したのは、12時過ぎの事だった。 『あらチヨノさん、こんにちは。』 ホテルのロビーでそう千代乃達に挨拶をしてきたのは、組合員の一人であるウソンだった。 ![]() にほんブログ村
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2016年07月22日 07時06分36秒
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