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JEWEL

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完結済小説:最後のひとしずく

2013年06月08日
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(良い天気やなぁ・・)

佐々木敏明の自殺がマスコミによって大きく取り上げられたその日の朝、陽千代は京都市内にある霊園へと向かっていた。

今まで両親の墓参りをしておらず、彼らの命を奪った犯人が自殺し、無事事件が解決したのを区切りに、陽千代は彼らが眠る墓へと初めて訪れたのだった。

「お父さん、お母さん、今まで来んと堪忍え。」

墓の前で手を合わせ、両親に向かって線香を上げた陽千代は、そう言って彼らに語りかけた。

「うちのことは何も心配せんでええよ。うちはもう、一人やないから。」

墓参りを終えた陽千代が坂を下っていると、入口の方から坂を上がって来る一人の青年の姿を見た。
何処か見覚えがあるような気がしたのだが、何故か思い出せない。
陽千代はそっと青年に会釈すると、彼も会釈を返してくれた。
二人が擦れ違おうとした時、青年が突然陽千代の手を掴んで自分の方へと引き寄せた。
「やっと見つけた・・」
耳元で陽千代にそう囁いた青年は、口端を上げた。
「あなたは・・」
「思い出してくれた?」
青年―佐々木孝輔は、そう言うと陽千代を睨んだ。
「どうして、うちが此処に居ると・・」
「君なら、此処に来ると思っていたんだ。」

孝輔は陽千代の腹に深々とナイフを突き刺した。

「君の所為で、僕達一家は滅茶苦茶だ。父と弟が自殺したのは、全部君と君の両親の所為だ!」
「そんなん、逆恨みもええところどす・・うちは何も・・」
「してないって言えるの?人の人生を滅茶苦茶にしておいて、良く言うよね!」
孝輔は憎しみに歪んだ顔で、陽千代を睨みつけた。
「おい、そこで何してるんや!」
管理人と思しき初老の男性が二人の元へと駆け寄ってきた。
孝輔は舌打ちすると、陽千代の腹からナイフを引き抜いた。
「あんた、しっかりせぇ!」
管理人に身体を揺さ振られながら、陽千代は薄れゆく意識の中、自分に向かって微笑む亡き両親の姿を見た。

(お父さん、お母さん・・)

もう自分の苦しみも、悲しみも終わった。
あとはもう、彼らの元へと旅立つだけだ―

陽千代がそっと目を開くと、そこには晴れ渡り澄み切った冬の空が広がっていた。

「お前の所為だ、お前が悪いんだ~!」

誰かが怒鳴る声を聞きながら、陽千代は再び目を閉じた。

数ヶ月後、孝輔は精神病院の閉鎖病棟の中で、ブツブツと独りごとを言っていた。

「あいつが悪いんだ・・全て、あいつの所為だ・・」

孝輔は苛立つ気持ちを抑える為に、強く爪を噛んだ。


END

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最終更新日  2013年06月08日 21時32分58秒
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「一体何を・・言っているんだ?」
「とぼけるのもいい加減にしてくれよ、父さん!あんたの所為で会社を解雇されて、弟は自殺した!あんたが15年前に馬鹿な真似をしたから!」
「馬鹿な真似だと!?ああしなければ、弟はあの時死んでいた筈なんだぞ!」
「あんたが人を殺した金で自分の命が助かった事を知って、絶望したんだよ!」
孝輔はそう言うと、弟の遺書をガラス越しに敏明の前に突き付けた。
そこには、他人の命を奪った金で今まで生きながらえていることを知った時、もう生きていく気力がなくなったと書かれていた。
「お前達の為、お前達の為ってあんたは言うけど、僕達は一度もあんたに感謝したことはない。寧ろ、憎んでいたよ。」
「孝輔・・」
「いつも仕事で家を留守にして、母さんや僕達がどんなに寂しかったか・・その上、外に女まで作って好き勝手し放題していたあんたのことを、母さんは死ぬまで見捨てなかった。本当は別れたかったんだろうよ!」
「そんな、そんな筈はない・・」
「母さんが死んだ日の朝、こんなものを見つけたよ。」
孝輔はそう言うと、ショルダーバッグから母の日記帳を取り出した。
「ここには、あんたに愛されなかった母さんの悔しさや怒りが綴られていたよ!結局あんたは、自分だけが可愛いだけの“裸の王様”だったんだ!」
「孝輔・・」
「もうあんたとは縁を切る。殺人犯の息子としてこれから世間から後ろ指さされて一生を送るなんて御免だ!」

孝輔は言いたい事を言うと、面会室から出て行った。

(わたしは・・間違っていたのか?)

独房に戻った敏明は、今まで自分が築き上げて来た人生が全て偽物であったことに漸く気づき、深い絶望に沈んだ。
今までがむしゃらに、会社を大きくすることだけを思って働いてきた。
その結果、家庭を全く顧みなかったが、妻は自分のことをわかってくれていると思い込んでいた。
だがそれは、自分の独り善がりの考えでしかなかったのだ。

周囲から賞賛され、華やかな表舞台に立っていた自分は、その裏で大勢の人間から憎まれていた。

今まで、自分はそれに気づかなかったのだ。

(わたしは、何て愚かだったのだ・・)

15年前、息子の命を救う為だけに他人の命を奪った。

だがその息子は自ら命を絶った。
そしてもう一人の息子からは絶縁を言い渡され、自分にはもう家族も何もかもなくなった。
このまま、暗く湿った独房で残りの人生を送るのか―
そんな屈辱を味わうのは、我慢できなかった。

翌朝、独房を巡回中の看守が、敏明が中でぐったりとした様子である事に気づいて独房に入ると、既に彼は息絶えていた。

ドアノブには、細くねじったトレーナーの袖が結ばれていた。

『今朝9時ごろ、SASAKIグループ元代表取締役、佐々木敏明氏が独房で自殺しているのを巡回中の看守が発見しました。佐々木氏は、15年前の殺人事件と、今月13日に殺害された警察官の事件に関与している疑いがあり・・』

父が独房内で自殺したというニュースを孝輔が知ったのは、朝食を取りに行った牛丼屋でのことだった。
唯一の肉親が死んだというのに、孝輔の心には何の感情も湧いてこなかった。
寧ろ、彼が死んでくれてよかったと思った。

(あの人が死んでも、苦しみは終わらない・・)

牛丼を食べ終えた孝輔は、レジで会計を済ませると、ある場所へと向かった。

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最終更新日  2013年06月08日 21時30分52秒
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私物が入った段ボール箱を抱えながら、孝輔は行くあてもなく街を彷徨(さまよ)った。

これから何処に行けばいいのだろう。
家は完全にマスコミに包囲されているし、親族もアテにならない。
先の事を考えるよりも、今は入院している弟・陽斗(ひろと)がどうしているのか気になった孝輔は、彼が入院している病院へと向かった。
タクシーに揺られて数十分後、孝輔が病院へと向かうと、駐車場辺りに野次馬が出来ていることに気づいた彼は、嫌な予感がしてタクシーから降りた。
「どうしたんですか?」
「さっきね、屋上から入院している患者さんが自殺したんだってさ。何でも、この病院から追い出されるとかなんとか・・」
「すいません、通してください。」
嫌な予感が当たっていませんように―そう思いながら、孝輔は野次馬を押し退けながら前へと進んだ。
だが、そこにはアスファルトの地面に叩きつけられ、絶命している弟の姿があった。

「陽斗・・」

自分だけならまだしも、弟が自ら命を絶つ理由が何処にあるのか。
父親が犯した罪の所為で、息子である自分達が社会的に制裁され、抹殺されなければならないのか。
そんな事があってはならない、それなのに―
「しっかりしろ、陽斗!」
孝輔は陽斗が死んでいるとわかっていながら、彼の遺体に取り縋り、必死に彼に声を掛け続けた。
「どうして、こんなことに!お願いだ、目を開けてくれ!お願いだから!」

誰かが病院スタッフを呼んだらしく、医師と看護師が陽斗の遺体から孝輔を引きはがした。

「離せ、離せよ~!」

一方、警察の取り調べ室では、敏明は完全黙秘を貫いていた。

「黙っていないでハッキリ言ったらどうだ?」
「・・わたしは何もしていない、これは陰謀だ!」
「ふざけるな、あんたが殺人を犯したという証拠はちゃんと残っているんだぞ!いつまでとぼけるつもりだ!」
「一体誰だ、わたしを殺人犯に仕立て上げたのは!?そいつを今すぐここに連れて来い、八つ裂きにしてやる!」
「いい加減にしろ!」
苛々がピークに達した刑事は、そう言うと敏明の頬を平手で殴った。
「わたしにこんな事をしてタダで済むと思っているのか!?」
「黙れ!」
その時、取調室のドアが開いて、一人の刑事が敏明の取り調べをしている刑事の耳に何かを囁いた。
「どうした、何かあったのか?」
「よぉく聞け。さっき病院で、入院していたお前の息子が死んだ。何でも病院側から退去を迫られて、自殺したそうだ。」
「陽斗が、自殺だと・・そんな事はない!わたしの息子が、そんな下らない理由で自殺なんかする筈がない!」
「下らない理由?元はといえばあんたの身勝手さ故にお前の息子達は今生き地獄を味わっているんだ、それを少しは自覚したらどうだ!?」
「そんな・・陽斗が・・」

他人の命に手をかけてまで、その命を敏明が救った陽斗は、父を責めずに自ら命を絶った。

数日後、孝輔が陽斗の遺書を携(たずさ)え敏明の面会に来た。

「元気だったか、孝輔?」
「よくもそんな事が平気で言えるね?こっちはあんたの所為で大変だっていうのに。」

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最終更新日  2013年06月08日 13時36分51秒
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政財界の大物・佐々木敏明が殺人容疑で逮捕されてから、瞬く間に彼の家族構成や自宅の住所などがインターネット上の巨大掲示板に書き込まれ、彼の家族は“正義の英雄”気どりのネットユーザー達によって、個人情報を暴露され、その上マスコミによる過熱報道によって次第に精神的に追い詰められていった。

(一体どうして、こんなことになったんだ?)

孝輔はオフィスで父に対して悪辣に満ちた記事を掲載している週刊誌を読みながら、父が何故殺人という凶行に走ってしまったのかわからなかった。

「佐々木さん、4番に課長からお電話です。」
「わかりました。」
内線の4番を孝輔がプッシュし、受話器を耳に当てると、課長の冷淡な声が孝輔の耳を刺した。
『すまないけど、今日限りで会社を辞めて貰えないかな?』
「どうしてですか?」
『さっき、上層部向けにファックスが送られてきてね。殺人者の身内をいつまでも会社に置いておけば、莫大な損害を及ぼすかもしれないからと、そこには書かれてあった。』

殺人者の身内―その言葉を聞いた孝輔は、怒りで血が沸騰するのを感じた。

「待って下さい、僕は何の関係もないじゃないですか!それなのにどうして・・」
『とにかく、人事部長と話し合って君を本日付で解雇する事にしたから。退職金はないから、そのつもりで。』
「もしもし、課長!?」
孝輔は上司に抗議しようと椅子から立ち上がって周囲を見渡したが、彼の姿は何処にもなかった。
「まさか、殺人犯の息子と働いていたなんてねぇ・・」
「これからどうするのかしら?」
「さぁ・・課長のやり方も酷いと思うけど・・犯罪者が身内に居ると、会社のイメージがねぇ・・」
私物を段ボール箱に詰めている孝輔を見ながら、近くに居た社員達がひそひそとそんな囁きを交わしていた。

彼女達は、興味本位で噂話に興じているのだろう。

よくニュースで極悪非道な犯罪者の親族が地域から迫害を受けて引っ越しせざるおえなくなったという事を良く聞いていたが、まさかそれが自分の身に起こる事だなんて、思いもしなかった。

「皆さん、短い間でしたがお世話になりました。」
孝輔はそう言って同僚達に向かって深々と頭を下げたが、誰一人として彼を見る者はいなかった。
「佐々木さん。」
孝輔がエレベーターに乗り込んだ時、一人の社員が彼に声を掛けて来た。
確か、吉光(よしみつ)という名だったか。
「これから大変ですね。頑張ってくださいね。」
「あ、ありがとう・・」
励ましの言葉だと受け止めた孝輔は、そう言って彼女に微笑むと、彼女は不快そうに鼻を鳴らして彼に冷たく言い放った。
「まぁ、あなたを雇ってくれる会社なんて、何処にもありませんけどねぇ。だって犯罪者が身内に居て、それが同僚だなんて、想像しただけで吐き気がするもん。」

頭から氷水を浴びせられたかのように、孝輔は全身が急激に冷えてゆく気がした。

「言いたいことはそれだけです。再就職頑張ってくださ~い!」

吉光は右手でピースを作ると、孝輔に背を向けて去っていった。

(どうして僕が・・こんな目に遭うんだ!)

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最終更新日  2013年06月08日 13時34分01秒
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2013年06月07日

USBメモリを内田の上司がノートパソコンに挿すと、ある動画が再生された。

それは、二人の男が向かい合って椅子に座り、トレンチコートを着た男がスーツ姿の男にインタビューをしているものだった。

『あんたが、松本さんたちを殺したんやな?』
『ああそうだ、これで満足したか?』
スーツ姿の男はテーブルに置いてあったグラスにピッチャーから水を注いだ一瞬だけ顔が見えた。
「これは・・確か佐々木敏明社長じゃないですか?SASAKIグループ代表取締役の。」
「ああ・・」
内田達は食い入るように動画を観た。
『あいつは・・松本は、わたしを破滅させようとしていた!わたしの息子を殺そうとしていたんだ!』
『せやからと言うて、殺したらあきまへんわ。』
『こんなのを撮ってどうするつもりだ?まさか、ネットに公開するつもりじゃないだろうな?』
『さぁ、わかりまへんなぁ。パソコンには余り詳しくないさかい。』
『貴様ぁ、何処までわたしを愚弄する気だ!』
スーツ姿の男―もとい、SASAKIグループ代表取締役・佐々木敏明はおもむろに椅子から立ち上がると、トレンチコートの男を殴った。
『わたしを殺したところで、あんたが捕まらへんという保障は何処にもないで、諦めろ!』
『黙れ!』
激昂した佐々木氏は、男に苛烈な暴行を加えた。
『お前なんかに破滅させられて堪るものか!』
佐々木氏はそう男に怒鳴ると、部屋のドアを蹴破って出て行った。
動画はまだ続いており、佐々木氏に変わって入って来た若い男が、床に蹲って動かないトレンチコートの男に暴行を加えた。
『連れて行け。』
『は、はい・・』
数人の男達がトレンチコートの男の遺体を部屋から引き摺りだすところで、動画は終わっていた。
「どうします、これを報道局に回しますか?」
「ああ。だが、先ずは局長に相談しよう。念のために、バックアップを取っておけ。」
「わかりました。」
内田はそう言ってノートパソコンからUSBメモリを抜くと、上司が武者震いしているのが見えた。
数日後、内田達は東光テレビ局長・旭一郎に動画を見せた。
「これはれっきとした犯罪の証拠だ。黙って見逃す訳にはいかない。」
「ええ。早速報道局に持って行きます。」
「そうしてくれ。」

『番組の途中ですが、緊急ニュースです。15年前に京都で起きた資産家夫妻強盗殺人事件について、SASAKIグループ代表取締役の佐々木敏明氏が先程警察に身柄を拘束されました。佐々木氏の車のトランクから、13日未明に山科で殺害された京都府警左京警察署所属の田辺亮輔警部補の血痕が発見され、佐々木氏は田辺氏の殺害にも関与している疑いがあり・・』

京都では、陽千代が菊江とともに彼女の部屋で佐々木氏が逮捕されたというニュースを聞いていた。

「これで、おっちゃんは浮かばれるわ。」
「そうやな。お天道さまは、何でもお見通しやさかい。」

菊江はそう呟くと、美味そうに茶を啜った。

「こんなものは出鱈目だ、わたしは何もしていない!」

警察に身柄を拘束された敏明は、15年前の事件の証拠と、田辺殺害の証拠を眼前に突き付けられても、声高に己の無実を主張した。

「これは冤罪だ、わたしを誰かが陥れようとしているに違いない!」

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最終更新日  2013年06月07日 21時59分59秒
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番組の取材最終日を控えた前夜、陽千代は内田に話があるといって、彼を祇園の寿司屋に呼び出した。

「お話というのは、何でしょうか?」
「実は、うちにはある秘密があるんどす。」
陽千代はそう言うと、USBメモリを内田に渡した。
「うちは今まで、性別を偽ってきました。それは、ある目的の為どす。」
「目的、とは?」
「15年前の今日、うちの両親は何者かに殺されました。家の金庫から六千万の現金が消えて、強盗殺人事件として扱われたんどすけど、未だ犯人は捕まっておりまへん。うちは美作のおかあさんに引き取られて、今まで祇園町に生きる芸妓として生きてきました。それは、犯人を探す為どした。」
「そうでしたか・・」
「そのUSBメモリに、事件の真相と、誰がうちの両親を殺したのか全て書かれています。どうか、これを世間に公表してください。」
「僕一人では決められませんが・・」
「そうどすか。内田はんの立場もわかりますさかい、無理強いはしまへん。」
「今日は秘密を明かしてくださって、ありがとうございます。」
「いいえ。ここの寿司屋は鮪(まぐろ)が美味しいんどす。」
「そうですか。では、おひとつ頂きます。」
「どうぞ。大将、鮪の中トロお願いします。」
「へい、わかりました。」

翌朝、陽千代が身支度を済ませて一階に降りると、内田が菊江と何やら話をしていた。

「そうどすか、陽千代がそないなことを・・」
「ええ、僕としては放送したいのは山々なんですが、これは僕一人だけが決断することではありませんので、少しお時間を頂けないでしょうか?」
「へぇ、わかりました。」
「では、最後の取材に入らせて貰います。最終日となる今日は、芸妓としての心意気を陽千代さんに語って貰うシーンを撮る予定です。陽千代さんは、もう起きていらっしゃいますか?」
「へぇ、うちならもう起きてますえ。」
内田が菊江の部屋から出て来るのを見計らって、陽千代は彼に声を掛けた。
「例の件については、後日連絡いたします。最終日となりますが、宜しくお願い致します。」
「こちらこそ、宜しゅうお頼申します。」
最終日の取材は滞りなく終わり、内田達スタッフはその日の内に東京に戻ることとなった。
「また、東京にお呼びする事になります。その日まで、お元気で。」
「へぇ、内田はんこそ、お元気で。」

京都駅で、陽千代は新幹線のデッキに立つ内田を見送った。

“まもなくのぞみ、東京行きが発車致します。危険ですので、内側の白線までお下がりください。”

新幹線の扉が閉まり、内田の姿が見えなくなるまで、陽千代は彼に手を振った。

東京に戻った内田は、早速テレビ局に向かい、上司にUSBメモリを見せた。

「これは?」
「祇園の陽千代さんから預かって来ました。15年前、京都で起きた資産家夫妻殺人事件の真相がここに入っています。」
内田がそう言って上司に切り出すと、彼は低い声で唸った後、内田にこう言った。
「わかった。すぐに中身を確認しよう。」
「ありがとうございます。」

上司はすぐさま、ノートパソコンにUSBメモリを挿し、その中身を確かめた。
そこには、信じられないものが入っていた。

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最終更新日  2013年06月07日 21時57分41秒
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番組の撮影は、東京から戻ってすぐ行われた。

「何や、カメラがあると緊張してしまうわぁ。」
「おかあさんまで、そないな事言うて・・いつもと同じようにしてください。」
「せやけどなぁ・・」
菊江はそう言うと、照れ臭そうな顔を支度部屋から出て行った。
「いつもお化粧はご自分でなさるんですか?」
「へぇ。モデルさんや女優さんは、メイクさんにして貰いますやろ?せやけど、うちらは自分で化粧して慣れるしかないんどす。」
「髪は、鬘を使うんですよね?」
「へぇ。鬘やと、いろんな髪型に出来るからどす。地毛で髪を結うんは舞妓の時だけどす。」
陽千代は取材を受けながらも、いつもと変わらずにお座敷に出た。
「陽千代はん、人気者どすなぁ。」
「いいえ、そないなことあらしまへん。」
カメラの前でも、陽千代は客に対していつものように愛想よく接した。
「今日はほんまに、お疲れさんどした。」
「いいえ、こちらこそ取材を引き受けてくださってありがとうございました。また明日も、宜しくお願い致します。」
「へぇ。ほな、うちはこれで。」
「では、失礼致します。」
スタッフ達と巽橋の前で別れると、陽千代は一人で置屋へと戻っていった。
その途中、一台の黒塗りのハイヤーが、陽千代の進路を塞ぐかのように急停止した。
「危ないどすやろ!」
「エライすいまへんなぁ、祇園の陽千代はんどすか?」
「へぇ、そうどすけど。どちらはんどすか?」
「わたしはこういう者どす。」
ハイヤーの中から一人の男性が出て来て、陽千代に名刺を差し出した。
そこには“衆議院議員 山永輝義 第一秘書 西山義範(にしやまよしのり)”と印刷されていた。
「山永先生の秘書の方どしたか・・何のご用どすか?」
「先生が陽千代はんに話がしたい言うて、車の中で待っております。来てくれはりませんか?」
「申し訳ありまへんけど、お断り致します。先生にはまた日を改めて伺いますとお伝えください。」
そう言って陽千代が山永代議士の秘書・西山に頭を下げて彼の脇を通り過ぎると、西山が陽千代の腕を掴んだ。
「すいまへんけど、すぐ来てくれないとうちの立場もあるんで・・」
西山はスタンガンを陽千代の前でチラつかせながら、無理矢理ハイヤーに乗せた。
「うちの秘書が手荒な真似をしてすまなかったね。」
「山永先生、これは一体どういうことどす?」
「実はね、ある人から頼まれて、ここに来たんだ。」
「うちにテレビの取材を受けんよう、佐々木社長から頼まれはったんどすか?」
「まぁ、そうだけど・・」
「すいまへんけど、うちは真実を明らかにしようと思ってます。たとえ山永先生や佐々木社長が止めはっても、無駄どす。」

陽千代はそう言って山永を睨み付けると、リムジンから降りた。

「さすが、祇園一と謳われた芸妓だけありますわ、山永先生を前にして、根性据わってはる。」
「陽千代さんの説得に失敗したことは、佐々木君に報告しないとね。まぁ、奴がどうなろうが、こっちには知ったこっちゃないがね。」
「同じ大学の後輩に対して、冷た過ぎるんと違います?」
「今まであいつには甘い汁を充分吸わせてやったんだ。わたしはもうここで手を引くことにするよ。」
「そら良い決断を下しましたな、先生。犯罪者と手を組んだりしたら後々厄介な事になりますさかいな。」
「まぁ、あいつはどのみち終わるだろうよ。」

山永は口端を上げて笑うと、運転手に車を出すよう命じた。

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最終更新日  2013年06月07日 14時37分19秒
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「年末年始の忙しくなる時に、取材を引き受けてくださってありがとうございます。」

東京駅から降りて、陽千代はテレビ局で番組のプロデューサー・内田と打ち合わせをしていた。

「いいえ、京都の為になるんやったら、お安いご用どす。」
「そうですか。では早速で申し訳ないのですが、今夜パーティーがホテル・アカシアであるのですが、出席して頂きませんか?」
「わかりました。パーティーに出るんもうちらの仕事ですさかい。」
陽千代がそう言って内田に微笑むと、彼は安堵の溜息を吐いた。
「いやぁ、急に番組のメインキャスターの方が、急用が出来たと言ってパーティーの出席をキャンセルしてきたんで・・」
「そないな事があったんどすか。」
「申し訳ないです、番組の打ち合わせの為に来て頂いたのに、まるでホステスのような仕事をさせてしまうことになるだなんて・・」
「そんなに謝らんといてください。パーティーは何時からどすか?」
「打ち合わせが終わるのが6時なので、終わった後にすぐ局を出たら8時のパーティーに間に合います。」
「そうどすか。ほな、打ち合わせをはよ進めまひょ。」
内田との打ち合わせを済ませた陽千代は、彼と共にテレビ局を出て、パーティー会場であるホテル・アカシアへと向かった。
「あなたが、祇園町の陽千代さんですか?初めまして、番組のディレクターを務めます、石川と申します。」
「どうも、陽千代どす。宜しゅうお頼申します。」
「一緒に京都の良い所を盛り上げていきましょう。」
「へぇ。」
石川と固く握手を交わした陽千代の姿を、敏明の第一秘書・明田が見ていた。
「何、陽千代がテレビ局のディレクターとプロデューサーと一緒に来ている?」
「はい。どうされますか、社長?」
「どうするもなにも、彼らは正式な招待を受けたゲストだ。無下にする訳にはいかんよ。」

この場で陽千代と再び会う事になろうとは、何という運命の悪戯だろうかと思ったが、敏明は気を取り直して陽千代の元へと挨拶に向かった。

「佐々木社長、どうも御無沙汰しております。」
「陽千代さん、またあなたと会えるとは思わなかったよ。どうしてここに?」
「今度、東光テレビのドキュメンタリー番組で取材を受けることになったんどす。」
「そうか、頑張ってくれよ。」
「おおきに。ほな、また後で。」
陽千代はそう言って去り際に、敏明の手に小さく折り畳んだメモをさりげなく握らせた。
「社長、どうされたんですか?」
「いや、何でもない・・」
メモには、“うちはもう、全てを知ってます。パーティーが終わった後、27階のバーでお待ちしております。”と書かれていた。
「わたしも、参りましょうか?」
「いや、いい。これはわたしと陽千代・・いや、松本陽太郎と二人だけで決着をつけることだ。お前達は手を出さないでいい。」
「わかりました・・それでは、失礼致します。」

(来たければ来るがいい、わたしは何も恐れはせん。)

パーティーは夜10時に終わり、陽千代に指定されたバーへと敏明が向かうと、奥のカウンター席に陽千代は座って彼を待っていた。

「来てくれはると思いました。」
「このメモは、一体どういうつもりで書いたんだね?」
「15年前の事件の真相を、うちはもう知ってしまったんどす。」
「それで?世間にでも公表するつもりなのか?」
「うちはそのつもりで、番組の取材をお受けしたんどす。もうあなたに逃げ場はありまへん。」

陽千代は勝ち誇った笑みを敏明に浮かべると、バーから出て行った。

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最終更新日  2013年06月07日 14時35分04秒
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2013年06月06日

当時、敏明は父親の代から引き継いだ会社を大きくしようと観光や建設業などに手を伸ばしたが、業績は伸びるどころか悪化の一途を辿っていった。
その上、敏明は幼い次男の陽斗に重度の心臓病がわかり、彼を助ける為には海外で移植手術を受けなければならないという衝撃的な事実を医師から宣告された。
その費用は六千万もするといい、当然のことながらそんな大金を敏明が用意できる筈がなかった。

そこで敏明は恥を忍んで、松本家に金を借りに行ったのだった。

だが―

「六千万なんて大金、あんたに貸せる訳ないやろ!?」

敏明の頼みを、松本はにべもなく断った。

「お願いだ、返すから・・」
「あんたに返すあてが何処にあるんや?会社が倒産しかけてるのに、六千万全額返せるなんて信じられるか!」
息子の移植費用に必要なのだとどんなに敏明が松本に訴えても、彼は頑なに金を貸すことを拒んだ。
その時、松本の一人息子・陽太郎がやって来た。
陽斗と少ししか年が違わない彼のあどけない笑みを見て、敏明は松本に土下座した。
「あなたにもお子さんが居るんでしょう?そしたらわたしの気持ちが解る筈だ!」
「あんたに今六千万貸したかて、返ってくる保障がないやろ!さぁ、はよ去(い)んどくれやす!」

玄関先から追い出された敏明は、松本に対して激しい殺意を抱いた。

(もう・・殺すしかない!)

辺りが暗くなったのを見計らって、敏明は松本家の勝手口から中へと侵入し、すぐさま金庫が置いてある夫婦の寝室へと向かった。
寝ているだろうと思っていた松本夫妻は、まだ起きていた。
「お、お前は・・」
「あんた、警察に通報するわ!」
松本の妻が電話へと手を伸ばそうとした時、敏明は彼女の胸に深々とナイフを突き刺していた。
「ひぃぃ、人殺し!」
「お前が、お前が悪いんだ!」
敏明は、憎しみに籠った目で松本を睨み付けると、彼に馬乗りとなって何度もナイフでその胸を突き刺した。
完全に二人が息絶えたのを確認した敏明は、金庫の中から六千万の現金が入った封筒を上着の内ポケットにねじ込むと、そのまま寝室から出て行こうとした。
だが、その姿を松本の一人息子・陽太郎に見られてしまった。
奪った六千万で陽斗の命は助かり、会社も倒産の危機を免れた。
だが15年間、敏明は松本夫妻の命を奪ってしまったという罪悪感に囚われていた。
しかし自分が犯した罪を世間に公表すれば、二人の息子達の輝かしい未来が永遠に閉ざされてしまう。
このまま無事に逃げおおせる為には、陽太郎―もとい陽千代には消えて貰うしかなかった。

田辺の時と、同じように。

(わたしは何も悪くない、悪いのは、金を貸さなかった松本の方だ!)

「社長、もうすぐ品川に着きます。」
「そうか。」

いつしか外の風景は雄大な富士山から、高層ビル群へと変化していた。

「今夜のパーティーが楽しみですね。」
「ああ。」

このまま、警察に捕まる訳にはいかない―そう思いながら、敏明は新幹線から品川駅のホームへと降り立った。

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最終更新日  2013年06月06日 21時19分50秒
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「待ちなはれ!」

陽千代が男を漸く捕まえたのは、グリーン車前のデッキだった。
彼はハンドバッグの口を開け、乱暴に中を探っていた。

「おい、あれを何処へやった!?」
「ああ、あれやったらうちは持ってまへんえ。」
「何だと?」
「あんな犯罪の証拠となるもんは、もう警察に届けました。」
陽千代の言葉を聞いた男は悔しそうに歯噛みすると、陽千代にハンドバッグを突き返してグリーン車の中へと入っていった。
(何やあの人、何処かで見た事あるなぁ・・佐々木はんの秘書の、明田はんやないの。)
何故明田が自分からメモリースティックを奪おうとしたのか、陽千代は訳が判らなかった。
「陽千代から例のものは奪ったか?」
「それが・・もう警察に届けたと言うんです!」
「遅かったか!」
佐々木敏明はそう言うと、舌打ちした。
田辺刑事に15年前の事件の事について聞かれたのは、三週間前のことだった。
「これ、あんたでっしゃろ?」
突然自宅にやって来た田辺刑事は、そう言って敏明に一枚の写真を見せた。
それは、銀座の高級クラブで被害者と敏明と一緒に映っていたものだった。
「何や、殺されはった松本はんとは面識がない言うてはりましたのに、この写真ではなんや、親密にしてはるそうやないですか?」
「それは・・」
「松本はんの家から消えた六千万の行方、あんたならわかってはるんやないんどすか?」
「一体何のつもりでそんな事をわたしに言うんだ?」
「どうしてって・・あんたならその行方を知ってはるでしょう?息子の移植費用に充てはったんやから。」
「いい加減なことを言うな!」
怒りの余り、敏明は机の上に置いてあったコーヒーカップを壁に投げつけた。
家政婦が壁に砕け散ったコーヒーカップの破片を避けながら悲鳴を上げて居間から出て行った。
「図星どしたな。松本さんをどうして殺しはったんどすか?」
「あいつが悪いんだ、なかなか金を貸してくれないから!」
「うちも孫がおりますさかい、あんたの気持ちはようわかります。けど、息子の移植費用欲しさに松本さん夫婦を殺すのはやり過ぎと違いますか?」
「あぁするしか、他に方法がなかったんだ!」
「へぇ、そうどすか。それは自白やと受け取ってええんどすな?」
そう言った田辺刑事は、スーツの胸ポケットからICレコーダーを取り出した。
「今のは全部録音させて貰いました。ほな、失礼します。」
「待て、それをどうするつもりだ!」
「うちの職業、忘れて貰っては困りますわ。」
自分に向けてニヤリと笑った田辺刑事の顔が、敏明には狡猾なヒヒのように見えた。
あのICレコーダーは、田辺を殺した時にはなかった。
もしあれが発見されたら、自分が今まで築き上げて来た地位や名誉が一瞬の内に消えてしまう。
田辺刑事が万が一の事を考えて、レコーダーの録音データをコピーして何処かに保存しているとしたら、あのメモリーチップしかない。

(何としてでも、あれを明るみにしてはならない・・)

「社長、わたし達にお任せ下さい。」
「いいか、しくじるなよ?絶対にだ!」

怒りに震えた顔で、敏明は窓の外に映る富士山を眺めた。

15年前の事件の日が、脳裏に鮮やかに甦ってきた。

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最終更新日  2013年06月06日 21時17分09秒
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