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JEWEL

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完結済小説:蒼―lovers―玉(サファイア)

Jan 29, 2016
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1912年6月。

横浜市内の教会で、菊とアレクシスは両家の家族に見守られながら、結婚式を挙げた。

彼女は、母が遺してくれた純白のウェディングドレスを纏い、アレクシスと腕を組みながら真紅の絨毯の上を歩いた。

「菊さん、結婚おめでとう。末永くお幸せにね。」
「有難う、梨沙子さん。」

親友である梨沙子から祝福の言葉を受けた菊は、彼女にブーケを手渡した。

「今度は貴方が幸せになる番よ。」
「菊さん、有難う。」

結婚式を挙げた菊とアレクシスは、船上で披露宴を行った。

楽団がワルツを奏でると、花嫁の菊とその父親であるルドルフが最初にダンスを踊った。

『そのドレスは、タマキが・・』
『お母様は、素敵な贈り物を遺してくださったの。お父様、わたくしアレクシス様と幸せになるわ。』
『お前達なら、きっと幸せになれるさ。』
ルドルフはそう言うと、水平線の彼方を眺めた。
かつて海を渡り、環とこの異国の土を踏んだ記憶が、不意にルドルフの脳裏に甦った。
『お父様、どうなさったの?』
『いや・・昔、お母様と共に海を渡った時の事を思い出してね。あれから、随分と長い時が過ぎてしまった・・』
『もう、そんな事をおっしゃらないで。もう終わった事ではないの。』
『あぁ、そうだな。過去よりも、未来の事に目を向けなくてはいけないな。』

アレクシスと結婚した菊は、暫く横浜の実家で過ごした後、ウィーンへと戻った。

「お姉様、また会える?」
「ええ。お母様、お父様と弟の事を宜しくお願いします。」
「解っているわ。菊さん、体調を崩さないように為さいね。」
「はい、解りました。」
「キク、これをお前に。」
横浜港で娘夫婦を見送りに来たルドルフは、菊に環の形見である琥珀のブローチネックレスを渡した。
「身体に気をつけるんだぞ。」
「ええ、お父様もお身体をご自愛為さってね。」

菊は船が出航し、港から離れるまで、両親と弟に向かって手を振った。
それが、父と娘が最後に日本で過ごした日になった。

1916年11月22日。

ルドルフの父であるオーストリア=ハンガリー二重帝国皇帝・フランツ=カール=ヨーゼフ一世は、第一次世界大戦の最中、病に倒れ86歳で没した。
その翌日、ルドルフも肺炎に罹り、二番目の妻・瑠美子と長男・誠、そして娘夫婦に見守られながら、58年の生涯を終えた。

ルドルフの遺体は生前の遺言に従って火葬され、その遺灰を持って菊とアレクシスは亡き母の故郷である会津若松・猪苗代湖へと向かった。

「この素晴らしい景色を、お父様はお母様と一緒にご覧になったのね。」
「ああ。」

ルドルフの遺灰を菊とアレクシスが湖に撒くと、天から射した光の中で、環とルドルフが仲良く手を取り合って天へと向かってゆく姿を、二人は見た。

(お父様、どうかお母様と天国で幸せになってください・・)

-完-

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Last updated  Jan 7, 2018 10:14:05 PM
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アレクシスと菊が、両親の待つ居間に入ると、ソファに座っていたルドルフと瑠美子が二人の姿を見て立ち上がった。

『お父様、お母様、わたくしの婚約者の、アレクシス様よ。』
『初めまして、アレクシス=ミューラーと申します。』
『ルドルフ=フランツと申します。君の事は娘からの手紙で色々と知っているよ。長旅で疲れただろうから、話をする前にまず食事でもしないか?』
『はい、喜んで頂きます。』
ダイニングルームへと移動したルドルフ達は、楽しく昼食の時間を過ごした。
『結婚式は、いつ挙げるつもりなの?』
『6月を予定しております。結婚式を挙げてから、僕たちはウィーンに戻ることになりますが、宜しいでしょうか?』
『ああ、構わないさ。キク、お前には心配を掛けてしまって済まなかったな。』
『いいえ。お父様、お身体の具合はどうなの?』
『もう大丈夫だ。余り根詰めると身体が壊れる。』
ルドルフはそう言うと、菊のグラスにワインを注いだ。
『勉強は捗っているか?』
『ええ。お父様、ウィーンではお母様はちょっとした有名人だって知って、わたくし驚いてしまったわ。』
『それは誰から聞いたんだ?』
『アレクシス様からです。』
『わたしの父は、貴方の奥様のファンだったのです。まさか、キクさんのお母様だったなんて、驚きです。』
『わたしもだ。これからお互い、仲良く出来そうだな。』
『ええ。』

結婚式までの間、ルドルフとアレクシスはいつの間にか意気投合し、遠乗りに出掛けたり狩猟へ行ったりして親交を深めた。

「菊さんがウィーンへ留学してから、ルドルフさんはいつも貴方の事ばかり心配していたのよ。まぁ、可愛い一人娘を海外へやるということは、男親にとっては不安になるのも仕方がない事でしょうね。」
「お義母様、誠は元気にしているの?」
「ええ。あの子はもう少ししたら学校から帰って来るわ。」
瑠美子がそう言って菊の部屋で彼女と共に彼女の荷物を解いていると、一階から賑やかな足音が聞こえた。
「お母様、ただいま!」
「お帰りなさい、誠。この人が誰だかわかる?」
「菊お姉様でしょう!初めまして、誠です。」
居間に入って来た誠は、そう言って菊に笑顔を浮かべると彼女に抱きついた。
「誠君ね、こちらこそ初めまして。」
「誠、わたしはお姉様と大事な話があるから、お部屋に行っていなさい。」
「はい、解りましたお母様。」
誠は菊と瑠美子に一礼すると、ランドセルを背負ったまま居間から出て行った。
「大切な話って何かしら、お義母様?」
「貴方を連れて行きたいところがあるの、わたくしについていらっしゃい。」
瑠美子に連れられた場所は、かつて母が経営していた洋装店だった。
「お義母様、どうしてこんな所にわたくしを連れて来たの?」
「貴方に、結婚祝いのプレゼントがあるのよ。」
「プレゼント?」
瑠美子は奥の裁断室から、美しい刺繍を施され、レースと真珠を縫い付けられた純白のウェディングドレスを持って来た。
「まぁ、素敵なウェディングドレス。」
「このドレスは、貴方の亡くなられたお母様・・環さんが、生前最後の仕事として縫った物なのよ。」
「亡くなられたお母様が、このドレスを?」

瑠美子の言葉を聞いた菊の脳裏に、環と生前交わした約束の事を思い出した。

“貴方が結婚するときは、貴方のウェディングドレスを縫ってあげるわね。”

環はその約束を無事に果たし、菊に最高の贈り物を遺してくれたのだ。

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Last updated  Jan 29, 2016 08:20:20 AM
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Jan 28, 2016

『キクさん、来てくださったのですね。』
『アレクシス様・・』
菊が握り締めている手紙と指輪の存在に気づいたアレクシスは、彼女を抱き締めた。
『キクさん、姉からわたしの母について色々と話を聞いたでしょう?』
『はい。アレクシス様、貴方がわたしに嘘を吐いた事を知った時、わたしは貴方に対する怒りよりも驚きました。そして、貴方がお母様に嘘を吐かざるおえなくなったことに理解しました。』
『理解?』
『ええ。人には誰にも言えない秘密を抱えている。わたしだって、貴方に言えない秘密を抱えているんです。』
『そうですか・・』
アレクシスはそう言うと、溜息を吐いた後天を仰いだ。
『貴方にその手紙を出したのは、一種の賭けでした。』
『賭け、ですか?』
菊の言葉に、アレクシスは静かに頷いた。
『わたしが嘘を吐いて、貴方が失望してしまうのか、そうではないかを、賭けていました。最低ですよね、そんな事を考えてしまうなんて・・』
『いいえ。』
菊はそう言うと、アレクシスに抱きついた。
『キクさん?』
『わたしは、貴方の事を好きです。』
突然、菊から告白され、アレクシスは驚愕の表情を浮かべた。
『申し訳ありません、いきなり抱きついたりして・・』
頬を羞恥で赤く染めた菊がそう言って慌ててアレクシスから離れると、彼は菊の手を握った。
『いいえ。キクさん、わたしの妻となってください。』
『はい、喜んで。』

菊は、アレクシスに嵌めて貰ったエメラルドの指輪を嬉しそうに何度も見つめた。

『その指輪、誰から?』
『アレクシス様からよ。昨夜、彼からプロポーズされたの。』
『まぁ、それは本当なの?』
『ええ。今日、彼の家族と会うことになっているの。緊張してしまうわ。』
『大丈夫よ、きっとうまくいくわ。』
アレクシスからプロポーズされた翌日、菊は彼と共に彼の家族と会った。
『貴方が、アレクシスの婚約者だね?』
『初めまして、キク=ハセガワと申します。お目に掛かれて光栄です、伯爵。』
『そんな堅苦しい呼び方は止してくれ。これから君はわたしの義理の娘となるのだから。』
ミューラー伯爵は、そう言うと菊に微笑んだ。
『これから息子の事を宜しく頼む。』
『解りました、お義父様。こちらこそ宜しくお願いいたします。』

アレクシスの家族と会った後、菊は日本の両親宛てにアレクシスと結婚することになったという内容の手紙を書いた。
すると数日後、すぐさま婚約者を連れて日本に帰国するようにとの内容の手紙が届いた。
『アレクシス様、お忙しいのに突然呼び出してしまって申し訳ありません。』
『いいえ。それよりもキクさん、お話とは何ですか?』
シュテファン寺院の近くにあるカフェにアレクシスを呼び出した菊は、両親の手紙を彼に見せた。
『アレクシス様、わたしと一緒に日本へ行ってくださいませんか?』
『貴方の為なら、地の果てまで行きましょう。』

1912年2月、菊は婚約者・アレクシスと共に、5年ぶりに祖国の土を踏んだ。

『君のご両親の話は何度も聞いたけれど、実際に会うとなると何だか緊張してしまうな。』
『大丈夫よ、さぁ行きましょう。』

菊がアレクシスと腕を組みながら自宅の玄関ホールに入ると、静が笑顔を浮かべながら二人を出迎えた。

「ただいま、静さん。お父様達は?」
「旦那様と奥様なら、居間でお待ちしておりますよ。」

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Last updated  Jan 28, 2016 02:22:23 PM
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『さっきはどうしてあんなに急いで何処に向かおうとしていたのですか?』
『郵便局へ手紙を出しに・・横浜の義母から、父が過労で倒れたという手紙が届きまして、すぐに戻るという返事を書いて、その手紙を郵便局に出すつもりでした。』
『お父様の事が心配で堪らないのは解りますが、急いで貴方が事故にでも遭ったという事を知ったら、貴方のご両親は心配なさるはずです。』
『助けてくださって有難うございます、アレクシス様。』
『いえ、わたしは当然の事をしたまでです。郵便局までお送りいたしましょう。』
アレクシスはそう言うと、菊を郵便局まで送った。
『では、わたしはこれで失礼いたします。』
『さようなら、アレクシス様。』
日本宛ての手紙を送った菊が郵便局から出ようとした時、長身の女性が自分の方へとやって来るのが見えた。
『貴方が、キクさん?』
『はい、そうですが・・貴方は?』
『初めまして。わたしはアレクシスの姉の、リザーと申します。ここで立ち話も何ですから、何処かでお話しませんか?』
『はい、解りました。』

郵便局から出た菊は、アレクシスの姉・リザーと共に近くのカフェへと入った。

『弟から、貴方のお話は聞いておりますわ。何でも貴方のお父様は、横浜で貿易商をなさっておられるとか?』
『ええ。』
『アレクシスは、自分の母親の事をどう貴方に話されたのですか?』
『噂では母親はインドの王女だと言われているけれど、本当はロマ出身で、アレクシス様を出産されて亡くなったという話を聞きました。』
『そうですか。あの子の母親の事は、我が家の禁句となっておりますから、あの子もそのような作り話を貴方に為さったのですね。』
『それは一体、どういう意味ですか?』
『あの子の母親は、あの子を産んですぐに精神を病んでしまって、今は精神病院に居るの。』
『精神病院に?』
リザーは溜息を吐き、コーヒーを一口飲んだ後、菊を見た。
『あの子の母親は、産後鬱になってしまったようなの。それをあの子とわたしが知ったのは、つい最近の事よ。』
『そんな大事な話を、何故わたしに為さるのです?』
『弟が人生の伴侶と決めた女性に、真実を告げることは姉であるわたしの務めだと思ったからよ。』
リザーは磨き上げられた美しいアメジストのような瞳で菊を見た。
『アレクシス様のお母様は、どちらに入院されていらっしゃるのですか?』
『申し訳ないけれど、それはわたしも知らないの。わたしはこれで失礼するわ。』
リザーは颯爽と椅子から立ち上がり、伝票を掴むとカフェから出て行った。
その日の夜、菊の元に一通の手紙が届いた。
『差出人の名前がないわね。一体誰からかしら?』
『さぁ・・開けて御覧なさいよ。』

マリアにそう促され、菊が手紙を開けてみると、中にはエメラルドの指輪が入っていた。

“この手紙を持って、学生会館へ来て欲しい ―A―”

一行だけの短い手紙―それだけで、菊は誰が手紙の差出人なのか解った。

『マリア、少し出掛けて来るわ。』
『こんな時間に何処へ行くのよ?』
『すぐに帰るから、心配しないで。』

菊が手紙と指輪を掴んで部屋から出ると、学生会館へと向かった。

そこには、誰も居なかった。

(来るのが遅かったかしら・・)

菊がそう思って寮の部屋へと戻ろうとした時、彼女は誰かに肩を叩かれた。

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Last updated  Jan 28, 2016 02:21:11 PM
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Jan 27, 2016

パーティーの後、アレクシスが菊を連れて来たのは、オペラ座の近くにあるカフェだった。

『パーティーは好きですが、騒がしくて貴方とゆっくり話が出来ないので、このカフェに貴方をお連れしました。』
『そうでしたの。わたくしの為に気を遣ってくださって有難うございます。』
菊はそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。
『貴方のお話を聞いたのですから、今度はわたくしの両親の話をしますわね。』
『キクさん、貴方のご両親はどのような方なのですか?』
『わたしの母は日本人で、母は行方不明になった伯父を探すために渡欧しました。色々と大変な目に遭って、その時母を助けてくれたのが父だったのです。』
『もしや、貴方のお母様はあの“東洋の舞姫”と呼ばれた方ではありませんでしたか?』
『ええ、そうですわ。母をご存知でいらっしゃるの?』
『貴方のお母様は、ウィーンやプラハ、ブタペストでは有名ですよ。前の皇太子殿下も、貴方のお母様の事を大層気に入られていたという話を父から聞いたことがあります。』
『わたくし、余り母がウィーンに住んでいた頃の話を聞きませんでしたの。いつか聞こうと思った時には、もうすでに母は病で没した後でした。』
菊はそう言うと、急に環の事が恋しくなって涙を流した。
『申し訳ありません、わたくし・・』
『誰にだって、泣きたい時はあります。わたしも、母を想って泣く時があります。』
アレクシスは菊にハンカチを手渡した後、少し冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
『そろそろ寮に戻らないと、みんなが心配しますね。』
『えぇ、そうですね。』
菊とアレクシスが学生寮に戻ると、学生会館の方からパーティーの騒がしい音楽がまだ聞こえて来た。
『どうやら、パーティーは夜通し続きそうですね。』
『ええ。わたくし、夜更かしするのが嫌いなので寮の部屋で休みますわ。貴方は?』
『わたしも同感です。部屋まで送りましょう。』
『まぁ、有難うございます。』

菊はアレクシスに女子寮まで送って貰う途中、彼と互いの家族の事や趣味の事などを話した。

『送ってくださって有難うございました、アレクシス様。』
『いいえ。キクさん、貴方と楽しい時間を過ごせて良かったです。良い夢を。』
アレクシスはそう言った後、菊の額に唇を落とした。
翌朝、菊が眠い目を擦りながら寮の食堂に入ると、数人の女子学生達が彼女の元に駆け寄って来た。
『貴方、昨夜王子様と一夜を過ごしたんですってね?』
『抜け駆けなんて、ずるいわ!』
『王子様と一体何を話したの、わたし達に教えなさいよ!』
彼女達からそう詰め寄られた菊は、溜息を吐いた後こう彼女達に言い放った。
『確かにわたしは昨夜アレクシス様と楽しい時間を過ごしたけれど、貴方達が思っているような疚(やま)しいものではないわ。それに、わたしとアレクシス様が何を話したのかを、貴方達に話す義務でもあって?』
菊の言葉を聞いた彼女達は、そのまま黙り込んでしまった。
『キク、あんな人達は放っておきなさいよ。』
『ええ、解っているわ。』
『貴方に今朝、手紙が届いていたわよ。』
『有難う。』
マリアから手紙を受け取った菊は、朝食を取った後寮の部屋でそれを読んだ。
手紙は横浜の義母からで、そこにはルドルフが過労で倒れてしまったことが書かれていた。
手紙を読んだ菊は、すぐさま義母宛ての手紙を書き、それを出す為に郵便局へと向かった。
その途中で、彼女は一台の馬車と危うく衝突しそうになった。
『危ない!』
馬の嘶きと通行人達の悲鳴が聞こえる中、アレクシスの澄んだ声が菊の耳元で響いたかと思うと、次の瞬間彼の逞しい両腕に彼女は抱かれていた。
『お怪我はありませんか?』
『はい、大丈夫です。』

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Last updated  Jan 27, 2016 07:51:19 AM
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学生会館で開かれているパーティーには、音楽院の学生達やその友人達が集まり、賑わっていた。

『かなり賑わっているわね。』
『そりゃぁそうよ、こんな所でないと日頃溜まっていたストレスを発散できないでしょう。』
そう言ったマリアは、長いブロンドの髪を結い上げている菊の方を見て溜息を吐いた。
『どうしたの、溜息なんて吐いて?』
『貴方って、本当に綺麗だなって思ってね。同じ白人でも、どうしてあたしはこんなに太っているのかしら?』
マリアは赤いドレスの上から腹の贅肉を少し摘まんで再び溜息を吐いた。
『あら、マリアだって可愛いじゃない。もっと自分に自信を持ちなさいよ。』
『それ、嫌味にしか聞こえないわ。そのネックレス、素敵ね?』
『あぁ、これ?これは亡くなったお母様の形見なの。』
菊がそう言って首に提げているアメジストのネックレスを指先で触れた時、突然周囲がざわめきだした。
『何かあったのかしら?』
『今夜の主役、王子様の登場よ!』
菊とマリアが入り口の方を見ると、艶やかな黒髪を靡かせながら、濃紺のスーツを着た長身の青年が友人達を連れて入ってくるところだった。
『あれが、ミューラー伯爵の息子さん?』
『そうよ。彼はここではちょっとした有名人なのよ。彼の事を知らないのは貴方だけよ。』
『肌が褐色だけれど、彼は何処の出身なのかしら?』
『父親の伯爵は生粋のハンガリー人だけれど、母親の方はジャイプル藩王国の王女だそうよ。』
『そうなの。』

マリアと菊がそんな話をしていると、“王子様”ことアレクシスと菊は一瞬目が合った。
アレクシスの瞳は、磨き上げられたエメラルドのような美しい翠だった。

『どうした、アレクシス?』
『いや・・あちらの麗しいお嬢さんたちが、僕の事を噂していたので、少し気になってしまったんだよ。』
そう言ったアレクシスは菊の前に立つと、優雅に彼女に右手を差し出した。
『わたしと踊ってくださいませんか?』
『わたくし、知らない方と踊るつもりはありませんわ。』
『これは失敬。わたしはアレクシス=ミューラーです。』
『わたくしはキク=ハセガワですわ。』
菊はアレクシスに微笑んだ後、彼の右手を取って踊りの輪へと加わった。
『随分とダンスがお上手でいらっしゃるのですね?』
『子供の頃に、両親からダンスを習っていましたの。両親は昔、ウィーンに暮らしていましたから。』
『そうなのですか。わたしの両親の事を、お友達から色々と聞いていたでしょう?』
『えぇ、まぁ・・』
『ここだけの話ですが、わたしの母はインドの王女ではなく、ハンガリーのロマなのです。ブタペストの街角で歌っていた母を見初め、父が親族の反対を押し切って結婚したのです。』
『まぁ、ロマンティックなお話ですわね。』
『物語の世界だと身分違いの恋をした男女はハッピーエンドを迎えますが、現実はそんなにうまくはいきませんでした。わたしの母は、わたしを産んで直ぐに亡くなりました。』
『御免なさい、辛いことを聞いてしまって・・』
『いいえ、いいんです。母は命と引き換えに、わたしを産んでくれた。母が居たから、こうしてわたしは貴方と出逢えたのです。』

アレクシスはそう言うと、菊に微笑んだ。

二人のワルツが終わると、招待客達は温かい拍手を彼らに送った。

『パーティーが終わったら、二人で何処かに出掛けませんか?』
『ええ、喜んで。』

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Last updated  Jan 27, 2016 07:49:21 AM
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Jan 26, 2016

1904年8月21日、ルドルフの誕生パーティーが横浜市内の自宅で開かれた。

「お父様、お誕生日おめでとう。」
「有難う、キク。このケーキ、お前が作ったのかい?」
「そうよ。お母様のお料理本を見ながら作ったのよ。このチョコレートの飾りは、お義母様と二人で作ったの。」
ダイニングテーブルの中央に置かれているケーキを眺めながら、ルドルフが菊とそんな話をしていると、そこへ瑠美子が現れた。
「貴方、お誕生日おめでとうございます。」
「有難う、ルミコ。」
「ねぇ貴方、このケーキ、菊さんが作ったんですのよ。」
「さっきキクから聞いたよ。今日のパーティーの飾りつけは、君がしてくれたのかい?」
「いいえお父様、わたしがお義母様と二人で飾りつけをしたのよ。ねぇお父様、少し目を閉じていてくださらない?」
「解ったよ。」
ルドルフがそう言って目を閉じると、手首に冷たい感触がしたことに気づいた。
「もう開けてもいいわよ、お父様。」
ルドルフが目を開けると、自分の左手にペリドットのブレスレットがつけられている事に気づいた。
「これは?」
「わたしがお義母様と一緒に選んだ物なの。気に入ったかしら?」
「ああ、とても気に入ったよ。有難う、キク。」
「お父様が喜んでくださって良かったわ。」
仲睦まじい様子のルドルフと菊の姿を瑠美子が少し離れた所で見ていると、静が彼女の肩を叩いた。
「どうしたの、静さん?」
「あの方が、奥様にお会いしたいと・・」
「そう。」
瑠美子は厨房から塩が入った壜を掴み、玄関ホールへと向かうと、そこには憤怒の表情を浮かべたあの時の女性が立っていた。
「貴方の所為で、うちは滅茶苦茶よ!」
「それは賭博に手を出した貴方のご主人の自業自得じゃない。よくも菊を吉原に売ろうとしたわね!」
瑠美子は女性を睨みつけると、壜の中に入っていた塩を彼女の頭に振りかけた。
「貴方を夫のパーティーに招待した覚えはないわ。さっさとお帰りなさい!」
女性は悔しそうに唇を噛んだ後、そのまま玄関ホールから外へと出て行った。
「お義母様、あの人から何もされなかった?」
「大丈夫よ、菊さん。パーティーに戻りましょう、お父様がわたし達の事を待っているわ。」
「ええ。」

ルドルフの誕生パーティーから二ヶ月後、菊は瑠美子とルドルフに見送られながら、横浜港から船に乗り、ウィーンへと旅立っていった。

「これから寂しくなりますわね、貴方。」
「そうでもないさ。」

ルドルフはそう言うと、まだ目立たない瑠美子の下腹をそっと撫でた。

ウィーンに留学してから半年後、菊は義理の弟の誕生を父の手紙で知った。

『キク、どうしたの?何だか嬉しそうね?』
『そうかしら?』
『それよりも貴方、今度の公演で主役を務めるんですって?まだこの学院に入学して間もないのに、凄いわね。』
『そんな事ないわよ。ねぇ、今夜のパーティーに、あのミューラー伯爵の息子が来るって、本当なの?』
『本当よ。貴方もいらっしゃいよ。』

その日の夜、菊はウィーン音楽院の同級生で学生寮のルームメイトであるマリアと、学生会館で開催されるパーティーに出席した。

そこで彼女は、運命の人と出逢った。


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Last updated  Jan 26, 2016 02:41:45 PM
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菊が同級生と喧嘩した後、彼女に対する嫌がらせや陰口といったものはなくなった。

「只今戻りました。」
「お帰りなさい、菊さん。今静さんと二人でケーキを作ったのよ。」
「頂くわ、お義母様。」
菊はソファに鞄を置くと、瑠美子と共に厨房へと入った。
厨房に入ると、焼き立てのケーキのいい匂いがした。
「お義母様、何か手伝う事はありませんか?」
「まぁ、学校から帰って来て疲れているのに、手伝わせてしまって済まないわね。」
「いいえ。美味しそうなケーキですね。」
「ベリータルトよ。貴方のお母様の書斎に置いてあったお料理の本を見て作ったの。」
「コーヒー、淹れますね。」
菊がマグカップに淹れ立てのコーヒーを淹れると、瑠美子は何かを考えているような顔をしていた。
「お義母様、どうかなさったの?」
「いいえ、何でもないわ。さぁ、コーヒーが冷めないうちにいただきましょう。」
「ええ。」
菊と瑠美子が居間でコーヒーを飲みながらベリータルトに舌鼓を打っていると、玄関の方から物音がした。
「何かしら?」
「わたくしが見て参ります、奥様。」
静がそう言って居間から出て行った直後、玄関ホールから彼女の悲鳴が聞こえた。
「静さん、何があったの?」
「お前が、長谷川の娘か?」
玄関ホールに菊が駆けつけると、そこには垢に塗れた絣(かすり)を着た男が立っていた。
「貴方はどなたです?」
「俺は女衒(ぜげん)から頼まれて、あんたを吉原に連れて行くようにと言われてね。さあ、俺と一緒に来るんだ。」
「嫌よ、離して!汚い手でわたしに触らないで!」
男と菊が激しく揉み合っていると、突然男が両手を頭で抱えて苦しみだした。
「菊さん、大丈夫?怪我はない?」
「お義母様!」
菊は男から自分を救ってくれた瑠美子に抱きついた。
「静さん、早く警察を呼んで頂戴!」
「かしこまりました!」
数分後、男は通報を受けた警察官によって逮捕された。
「ルミコ、キク、無事か!?」
「お父様、お義母様がわたしの事を助けてくださったのよ。」
「そうか。」
「貴方、菊さんを襲った男は、誰かに頼まれて菊さんを吉原に連れて行こうとしたのですって。」
「誰が菊を吉原へ売ろうとしているんだ?」
「さぁ、解らないわ。」

謎の男が長谷川家に乱入し、菊を拉致しようとして失敗した事件から数日が経った。

「奥様、警察の方がお見えになっております。」
「通して頂戴。」

居間に入った大宮刑事は、ソファに座ると一枚の書類を瑠美子と菊の前に置いた。

「それは何ですの、刑事さん?」
「これは、ある女性が書いた借用書です。ここには、借金の担保として貴方のお嬢さんを吉原に売ると書かれてあります。」
「少し見せてくださいな。」
「解りました。」
瑠美子は借用書を手に取り、そこにサインをしたのは自分に金の無心に来た女性だと気づき、怒りに震えた。
「どうかなさいましたか?」
「この借用書にサインした女性は、わたしの親族にあたる女性ですわ。」


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Last updated  Jan 26, 2016 02:40:33 PM
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Jan 25, 2016
「さっきわたしと会っていた人は、わたしの遠縁の親族なの。あの人のご主人は大層賭博が好きで、借金で首が回らないのよ。」
「まぁ、そんな方がどうしてお義母様にお会いになられたのですか?」
「わたしが金持ちの旦那を見つけて羨ましい反面妬ましいから、お金の無心に来たのでしょう。ああいう連中に一度金を渡したら、金蔓の人間に死ぬまで付き纏うのよ。」
瑠美子は吐き捨てるような口調でそう言うと、女が触れたティーカップをハンカチ越しに触れ、それを厨房へと持って行った。
「この世の中には、善人ばかりじゃないわ。表面上いい人の振りをして貴方に近づく人も居るかもしれないわ、用心なさい。」
「解ったわ、お義母様。」
女学校へと戻った菊が教室に入ると、既に午後の授業は始まっていた。
「申し訳ありません、家に忘れ物を取りに行って、遅くなりました。」
「早く席にお着き為さい、長谷川さん。」
「はい・・」
放課後、菊が帰り支度をしていると、彼女は誰かに肩を叩かれた。
「貴方、少し調子に乗っていない?」
「あら、どうしてそう思うのかしら?」
「貴方、校長先生から推薦を受けてこの女学校に入学して、先週の音楽発表会を観に来ていた方から留学を推薦されたから、いい気になっているのではなくて?」
「それは貴方の捻くれた考えからくるものではなくて?」
菊はそう言うと、いつも自分に絡んでくる女学生を見た。
「何ですって!」
「あら、図星だったようね。」
菊は椅子から立ち上がると、鞄を持ってそのまま教室から出て行こうとした。
「貴方、不倫の末に生まれた子なんですって?そんな汚らわしい方と一緒に机を並べていると思うと、ゾッとするわ。」

菊は彼女の言葉を聞いた途端、怒りで視界が赤く染まった。

「この度は、本当に申し訳ありませんでした。」
「全く、お宅は一体どういう教育を為さっておられるのですか!嫁入り前の娘の顔に傷をつけるなんて・・」
学校から連絡を受け、瑠美子とルドルフが駆けつけると、そこには顔に包帯を巻いた菊の同級生と、怒りの感情を二人にぶつける彼女の母親の姿があった。
「一体、何があったのですか?」
「貴方のお嬢さんが、うちの娘に暴力を振るったのですよ!」
「お言葉ですが、菊は理由もなく人に暴力を振るうような子ではありません。何か理由があったのではないですか?例えば、お宅のお嬢さんが娘に何か言ったとか・・」
「馬鹿な事を言わないでください!義理の娘を庇いたい気持ちは解りますけれどね、娘は被害者なのですよ!」

母親の言葉に、ルドルフは少し苛立ちを覚えた。

その時、菊が職員室から出て来た。

「とにかく、慰謝料と治療費はきっちりと請求しますからね!」

母親は菊を睨みつけ、娘の肩を抱いてルドルフ達の前から立ち去ろうとした。
立ち去り際、彼女はボソリとこう呟いた。

「親が道徳的じゃないから、娘があんな乱暴な子に育つのだわ。」
「それでは貴方は、他人を平気で傷つけるような娘さんを育てているのですか?」

ルドルフは堪らず母親の肩を掴んで無理矢理彼女に自分の方を振り向かせると、そんな言葉を彼女に投げつけた。

「自分の子供だけが可愛いと思うのは、親にありがちなものです。ですが、喧嘩の原因を作ったのは貴方の娘さんの無神経で残酷な言葉だということを、どうか憶えていてください。」

ルドルフはそう言って母親から離れると、瑠美子と菊を連れて学校から出た。

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Last updated  Jan 25, 2016 01:28:46 PM
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1904年6月、ルドルフと瑠美子は横浜市内の教会で結婚式を挙げた。

「結婚おめでとう、お父様。」
「有難う、キク。」
「菊さん、これからも宜しくね。」
「はい、お義母様。」

瑠美子が新しい家族の一員となり、菊は以前よりも彼女と仲良くなった。

「ねぇお義母様、ひとつ聞いてもいいかしら?」
「なぁに?」
「お義母様はどうして、お父様と結婚為さろうと思ったの?」
「特に大きな理由はないわ。わたしが貴方のお父様と結婚したいと思ったのは、この人となら一緒に歩んでゆけると思ったからよ。」
「いつかわたしも、その人に会えるかしら?」
「ええ、きっと会えるわよ。」
瑠美子はそう言うと、菊に微笑んだ。
「ねぇ、もうすぐお父様の誕生日だけれど、パーティーを開こうと思っているの。」
「それはいい考えね。菊さんは、ルドルフさんにプレゼントを贈る物は、考えているの?」
「まだ考えていないわ。それよりもお義母様、お義母様は何処の出身なの?」
「貴方の亡くなられたお母様と同じ、会津よ。貴方のお母様の家と、わたしの家は親戚同士なのよ。」
「知らなかったわ。ねぇお義母様、わたし一度もお母様から会津の話を聞いていなかったの。お母様は、小さい時に故郷を失ったと話されていたから・・」
「それは無理もないわね。戊辰の戦は、貴方のお母様にとっても、わたしにとっても思い出したくないものだから。」
瑠美子はそう言って寂しげに笑った。
「御免なさい、嫌な話をしてしまったわね。」
「いいえ、いいのよ。それよりも菊さん、ウィーンに留学するのは秋なのね。」
「ええ。色々と忙しくなるわ。留学するまで、わたしに家事を教えてね、お義母様。」
「勿論よ。」
菊はウィーンへ留学するまでに、瑠美子から家事を教わった。

「今日の夕食は美味しいね。」
「そう?わたしが作ったのよ、お父様。瑠美子さんから、お料理を教わったの。」
「菊さんは呑み込みが早くて、料理や裁縫の腕がめきめきと上達しているのですよ。」
「それはお義母様の教え方が上手いからです。」
「ねぇお父様、ウィーンへ留学したら、毎日手紙を出すわね。」
「ああ、楽しみにしているよ。」

翌日、菊が忘れ物を取りに帰宅すると、居間の方から人の話し声がした。

「貴方は一体何を考えているの?異人と結婚するなんて・・」
「わたし個人の事を、貴方にあれこれ指図されたくないわ。わたしに対して文句を言いに来たのなら、今すぐお帰り下さい。」
菊が階段を上がる前、ちらりと居間の中の様子を窺うと、ソファには瑠美子と一人の女性が向かい合わせに座っていた。
「まぁ、裕福そうな旦那さんを見つけて良かったわね。」
「またお金の無心?また貴方のご主人が賭博で負けでもしたのかしら?」
そう女性に言い放った瑠美子の口調は、冷たく刺々しいものだった。
菊が暫く手摺の隙間から居間の様子を窺っていると、ドアが大きな音を立てて開き、中から女性が飛び出してきた。
菊は慌てて二階の部屋へと駆け上がって中に入った。
下から誰かが言い争うような声が暫くした後、今度は玄関ホールのドアが大きな音を立てて閉まった。
「菊さん、こんな時間にお帰りになるなんて、どうなさったの?」
「ちょっと、忘れ物を取りに・・」
「居間でのわたし達の話を、聞いていたのでしょう?」
「御免なさい、お義母様、わたし・・」
「謝らなくてもいいのよ。」

瑠美子はそう言って菊に微笑むと、彼女の肩を優しく叩いた。

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Last updated  Jan 25, 2016 01:27:43 PM
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