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JEWEL

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完結済小説:暁の鳳凰

2014年03月10日
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「はぁい、どちら様ですやろうか?」

数日後、近藤と歳三は吉田拓人から見せられた年賀状の住所を頼りに、荻野千尋の嫁ぎ先である鹿児島県南九州市にある農家を訪れた。

「すいません、こちらに荻野千尋さんという方、おりませんかねぇ?」
「ああ、嫁でしたら今息子と買い物に行っちょります。」
玄関先で近藤と歳三に応対した老女は、そう言うと家の奥へと消えていった。
「やっぱり、突然来て怪しまれたんだろうか?」
「まぁ、そうだろうな・・」
そんな会話を二人がしていると、老女が一冊のアルバムを持って玄関先に戻ってきた。
「すいませんねぇ、今うちの中が散らかっていて、お客様を中に入れる訳にはいかんのですよ。」
「こちらこそ、突然ご連絡もせずに伺ってしまってすいません。それ、アルバムですか?」
「ええ。これが、息子の結婚式の時に撮った写真です。」
老女はそう言ってアルバムを捲ると、一枚の写真を近藤と歳三に見せた。
そこには白無垢姿で夫の隣で微笑んでいる荻野千尋の姿があった。
「わたくし、千尋さんの弟さんの知り合いなのですが、一昨年千尋さんお子さんをお産みになったとか・・」
「ああ、雅夫のことですね。あの子を産むとき、千尋は生死の境を彷徨ってねぇ。あたしらは毎日、豊玉姫神社にお参りに行ったもんですよぉ。」
老女はエプロンの裾で涙を拭った。
「あの子はねぇ、凄く良い子ですよ。普通、農家の仕事なんて若い子は嫌がるもんでしょう?でも千尋は、率先して農作業を手伝うし、組合の集まりにもちゃんと顔を出すしねぇ・・あの子が来て、家の中が明るくなりましたよ。」
「そうですか。」

もうここに長居する必要はないだろう―そう思った歳三は、老女にアルバムを返すと、近藤とともに野崎家を出た。

「荻野千尋は、幸せに暮らしているんだな。」
「ああ。」

駅へとタクシーで向かいながら、近藤と歳三がそんな話をしていると、向こうから一台のワゴン車がやって来るのが見えた。

その車の中の運転席には若い男が座っており、その隣には荻野千尋が座っていた。
彼女は夫と何かを話しているようで、時折夫に笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見た時、歳三の脳裏に、吉田拓人の言葉が甦った。

“姉は漸く過去の苦しみから解放されて、新しい家族と共に幸せな未来に向かって生きているんです。”

実母と祖父母を義理の父親に殺され、実父から性的虐待を受けていた荻野千尋。
その壮絶な過去の呪縛や苦しみという鎖から、彼女は漸く解放され、新しい家族に囲まれて毎日笑顔を浮かべながら暮らしている。
もう、彼女を追うのはやめよう―歳三がそう思った時、不意に助手席に座っていた千尋が歳三の視線に気づいた。

彼女は、歳三に向かって会釈した。

「さっきすれ違ったタクシーに乗ってた男、知り合いか?」
「ううん・・でも、昔お世話になった人だから・・」
「そう。なぁ、今夜は母さん達を連れて何処かで外食でもしようか?」
「そうね、たまにはいいわね。」

千尋はそう言うと、嬉しそうに笑った。

「拓人君、元気でね。」
「浅田さん、今まで僕を支援して下さってありがとうございました。アメリカに行って、本格的に法律の勉強をしてきます。」

(姉さん、僕達はもう過去の呪縛から解放されたんだ。あの時僕が母さんを殺したことは、もうみんな忘れているよ。だから幸せになってね、姉さん。)

(了)


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最終更新日  2016年01月02日 17時37分29秒
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道の駅で昼食を取った近藤と歳三は、温泉街へと向かった。

「ああ、美鶴楼が潰れたことなら知っていますよ。あの時はエライ騒ぎだったからねぇ。」
芸者の千代松はそう言うと、近藤の猪口に酒を注いだ。
「エライ騒ぎって、具体的にどんな騒ぎだったんですか?」
「美鶴楼の女将は、密かに株の売買をしていてねぇ・・それで、近々合併して株が上がるっていう企業の株を買って、大損してさぁ。丁度10年前の事だったかねぇ。」
「10年前っていやぁ、リーマンブラザーズ・ショックの煽りを受けて次々と会社が潰れた時期ですよね?」
「そうそう。恵子さん・・美鶴楼の女将さんが買った株を所有していた会社が倒産したのもその時期でねぇ、恵子さんはその所為で2億もの借金を背負っちまって・・夜逃げ同然にこの町から出て行っちまったよ。」
「それで、今も行方知らずな訳ですか・・」
「まぁ、そういうこったねぇ。それよりもお客さん、あんた達何処から来たんだい?」
「東京からです。ある人を捜していまして。」
「ある人って?」
「荻野千尋さんです。」
「ああ、千尋ちゃんねぇ・・あの子、今は鹿児島の農家に嫁いだとか聞いたけどねぇ・・」
「詳しいお話、聞かせてくださいませんか?」

K町から東京に戻った二人は、その足で吉田拓人の元へと向かった。

「何でしょう、僕にお聞きしたいことっていうのは?」
「拓人さん、あなた本当はお姉さんの消息をご存知なのではないですか?」
「何ですか、藪から棒に・・もしかしてあなた方、僕が密かに姉と連絡を取り合っているとでもおっしゃりたいんですか?」
拓人はそう言うと、拳でテーブルを殴った。
「いえ、あなたを疑っている訳ではありません。一応確認の為にお聞きしているだけです。」
「そうですか・・警察は疑うのが仕事ですから、仕方ありませんよね。本当の事を、お話します。」
拓人は深呼吸した後、コーヒーを一口飲んだ。
「僕は姉が生きていて、鹿児島の農家に嫁いで嫁ぎ先で幸せに暮らしていることも知っています。この7年間、年賀状のやり取りをしてきましたからね。」
拓人はそう言ってリュックの中から一枚の年賀状を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
そこには、赤ん坊を抱いた千尋が笑顔で夫とその家族達に囲まれている写真が載っていた。
「これは一昨年、僕の自宅に届いた年賀状です。これで納得してもらえましたか?」
「どうして、今まで我々にお姉さんが生きている事を黙っていたのですか?」
「この7年間、僕と姉は世間の好奇の目に晒され、苦しい思いをして生きてきました。姉は漸く過去の苦しみから解放されて、新しい家族と共に幸せな未来に向かって生きているんです。どうか、姉の事はもう放っておいてくれませんか?」

拓人はそう言って年賀状をリュックの中にしまうと、自分のコーヒー代だけ払って歳三達に背を向け、カフェから出て行った。

「なぁトシ、今の話どう思う?」
「あいつは嘘を吐いてねぇ。まぁ、俺ぁこの目で荻野千尋が生きているのかどうか確かめるまで、吉田拓人を疑い続けるがな。」

歳三は空いている椅子に掛けてあるコートを掴むと、近藤とともにカフェから出た。


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最終更新日  2016年01月02日 17時38分04秒
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「地元で獲れたお魚、お野菜いかがですか~!」
「K町名物ひし饅頭(まんじゅう)、美味しいですよ~!」

歳三と近藤が荻野千尋の故郷・K町にある道の駅に入ると、店内では名産物を売る売店の売り子たちが元気よく客寄せをしていた。

「なぁ、あれうまそうじゃないか?」
「おい近藤さん、俺達はここに遊びに来たんじゃねぇんだ。」
「でもなぁ・・K町なんて滅多に行ける所じゃないし・・それに、親父たちから土産を頼まれたんだよ。」
「ったく、仕方ねぇなぁ・・」

歳三はそう言って舌打ちすると、フードコートの前にある土産物店の中へと入った。

「いらっしゃいませ~!」
「済まねぇが、美鶴楼って遊廓何処にあるのか知らねぇか?」
「ああ、あそこなら数年前に潰れましたよ。」
「潰れた?結構繁盛していたと、ここに寄る前駅長さんから聞いたが・・」
「美鶴楼があった所はねぇ、江戸時代から続く芸者の置屋さんや遊廓さん、料亭が軒を連ねていたんですが、10年前ですかねぇ、なんちゃらショックっていうのが起きて、その影響を受けて美鶴楼は潰れちゃったんですよ。」
「へぇ、そうですか・・それじゃぁ、その女将さんが今何処に居るのか、知りませんかねぇ?」
「あたしは地元の人間じゃないから、詳しい事はよう知りませんねぇ。」
「有難うございました。あ、お話を聞かせて貰った礼としては何ですが、あちらに置いてあるひし饅頭30個入り、おひとつ頂けませんか?」
「ありがとうございます、1500円になります。」
土産物店を後にした歳三は、近藤が待つフードコートへと向かった。
「ほらよ、土産買ってきたぜ。」
「荻野千尋の養母が今何処に居るのか、わかったのか?」
「土産物店の店員にそれとなく聞いてみたが、美鶴楼は10年前に潰れて、女将が今何処に居るのか知らねぇとさ。」
「10年前といやぁ、リーマンブラザーズ・ショックっていうのが起きたなぁ。その影響を受けて、テレビのCMで流れているようなデカイ会社が何軒か潰れたよなぁ。」
「ああ。昔は大企業に就職出来れば定年まで安心して勤められるって言われていたが、今はそんな大企業でも倒産の憂き目に遭うのが当たり前だ。大学生が公務員になりたがっている理由、わかるか?」
「公務員は安定しているから、リストラに遭う事がないからいいってことだろう?そんなに世の中甘くはないのになぁ・・今時の若い者は失敗を恐れて、安定した職業に就きたがるんだよなぁ。」
「まぁ、そんなの今に言えたことじゃねぇよ。近藤さん、昼飯どうする?」
「ラーメンは少し飽きて来たから、旅行を兼ねてここに来たんだから、豪勢にステーキでも食うか。」
「ステーキねぇ・・」
歳三はそう言うと、フードコートの中にあるステーキ屋の看板を見た。
「いいんじゃねぇか、たまにはそういうものを食っても。」
「そうか、じゃぁ混む前に注文しよう!」
近藤と歳三がステーキ屋のレジでそれぞれ料理を注文して席に戻ると、ちょうど観光客を乗せた大型バスが道の駅の駐車場に入ってくるところだった。
「結構賑わっているなぁ・・」
「ここはグルメスポットとしてネットで取り上げられて有名になった所だからな。まぁ、K町の一番の観光スポットは、温泉街だな。」
「あそこは風情があるからなぁ。最近では時代劇のロケが行われたことでも有名になったもんなぁ。」
近藤はそう言うと、鞄の中からスナック菓子を取り出した。
「あんた、昼飯前に間食するつもりなのか?」
「小腹が減って仕方がないんだよ。見逃してくれよ、トシ。」
「これは没収だ。」
歳三は近藤の手からスナック菓子を奪うと、それを自分の鞄の中にしまった。
「そんなぁ~」
「ガキみてぇに喚くんじゃねぇ!」

近藤に歳三がそう一喝した時、ステーキ屋で渡されたベルが鳴った。


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最終更新日  2016年01月02日 17時38分40秒
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usb
※画像は写真素材:足成様からお借りしました。


「それはどういう意味だい、拓人君?」
「言葉通りの意味です。ネット上で噂されているものや、あの週刊誌に書かれていることは全て事実です。」
拓人はそう言うと、リュックの中からUSBメモリを取り出した。
「これは?」
「僕が密かに父と姉の関係を裏付ける証拠として集めたものを、ここに保存しています。」
拓人からUSBメモリを受け取った浅田は自分のノートパソコンにそれを挿し込んで中に入っているデーターを見た。
そこには、吉田が千尋を乱暴している動画や写真のファイルがあった。
「何てことだ・・」
「浅田さん、これを世間に公表してください。お願いします。」
「わかった・・」

数日後、浅田は拓人から預かったUSBメモリを持って吉田が滞在しているホテルへと向かった。

「あの週刊誌を発行している出版社に訴訟を起こす準備は進んでいるかね?」
「いえ・・先生、わたしは今回の依頼を断りに参りました。」
「何だと!?」
吉田はそう言ってソファから立ち上がると、浅田の胸倉を掴んだ。
「浅田君、この前君は確かにわたしの力になってくれると言った筈だろう?なのにその約束を急に反故にするとは、一体どういうつもりだ!?」
「一昨日、あなたのご子息・・拓人さんにお会いしました。」
浅田は鞄の中からUSBメモリを取り出すと、それを吉田に見せた。
「それは?」
「あなたが千尋さんと関係しているという証拠の動画や写真のファイルがここに保存されています。数日前、拓人さんから託されました。」
「馬鹿な事を!」
吉田は怒りで赤く染まった顔で浅田を睨みつけながら、彼からUSBメモリを奪い取ると、それを革靴で踏み潰した。
「これで、証拠はなくなったな。」
「そのUSBメモリはコピーです。原本は既にしかるべき所に送っております。」
「しかるべき所、だと?」
「ええ。先生、あなたはもう終わりです。どうかご自分が犯した罪を生きて償ってください。」
浅田は呆然と絨毯の上に座り込む吉田に向かって一礼すると、部屋から出て行った。
『吉田議員が今朝10時ごろ、殺人教唆と殺人未遂、そして実の娘への性的虐待容疑で逮捕されました!』
近藤と歳三が昼食をいきつけのラーメン店で食べていると、テレビの画面に吉田の顔写真が映った。
「天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさずとは、こういうことを言うんだな。」
「ああ。お天道様は全てお見通しなのさ。」
歳三はそう言うと、どんぶりを両手で持って残りのスープを勢いよく飲み干した。
「拓人君、これで良かったのかい?」
「ええ。もう僕は、苦しみから解放されました。浅田さん、ありがとうございました。」
「これから、どうするつもりだい?」
「僕は、弱者を救う為に弁護士になります。それが中学生の時からの夢でした。22歳で弁護士を目指すのは遅いでしょうか?」
「そんな事はないよ。弁護士を目指すのには年齢なんて関係ない。わたしでよければ、君の力になるよ。」
「ありがとうございます・・」

(姉さん、全て終わったよ。姉さんを脅かす悪魔は、もう居なくなったんだ。だから僕の元に帰って来てよ、姉さん・・)


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最終更新日  2016年01月02日 18時16分35秒
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2014年03月09日
歳三達が福岡で7年前の事件の真相を追っている頃、東京では吉田に関する醜聞記事が、大手出版社の週刊誌に載った。

「何だ、これは!?」
「申し訳ありません、先生・・すぐに記事が載っている週刊誌の出版を中止するよう出版社に抗議の電話をしたのですが・・聞き入れて貰えませんでした。」
吉田は怒りで震える手でその週刊誌の記事に目を通した。
そこには、吉田がある暴力団と癒着していることや、歌舞伎町に風俗店を経営していること、そして実の娘である千尋に乱暴し、彼女を妊娠させたことなどが書かれてあった。
「先生、これからどうなさいますか?」
「出版社に訴訟を起こす。記事に書かれていることは全て事実無根の内容だ。」
「わかりました・・浅田先生に連絡いたします。」
慌てて書斎から出て行く秘書の背中を見送りながら、吉田は週刊誌を乱暴に丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
「そうですか、わかりました。」

吉田の秘書から電話を受けた浅田は、受話器を置くと溜息を吐いた。

(まさか、こんな事が起こるなんて・・)

以前から、吉田に関する黒い噂が流れているのを、浅田は知っていた。
千尋に乱暴し、彼女を妊娠させた吉田のイメージは、聖人君子から、“人間の皮を被った悪魔”というネガティブなイメージへと変わっていった。
ネット上には吉田の黒い噂を興味本位で流すユーザーが跋扈(ばっこ)しており、彼らによって作成されたブログや掲示板は何度削除してもそれらの記事を転載したサイトが現れるので、キリがない。
その所為で吉田の家には毎日嫌がらせの電話が掛かり、中傷のビラが自宅周辺に撒かれたりしていた。

「先生、お客様です。」
「誰だい?」
「吉田拓人様とおっしゃる方です。」
「そうか、通してくれ。」
数分後、応接室に現れた吉田拓人は、少しやつれているようだった。
「拓人君、久しぶりだね。少し痩せたかい?」
「ええ。ネットに載った記事の所為で友達がみんな僕の事を避け始めて・・前は友達の家を泊まり歩いていたのに、それも出来なくなってしまって・・」
「家には帰らないのかい?」
「帰りたくありません。あの人と顔を合わせると、僕あの人に何をするのかわからないので・・」
拓人はそう言うと、両手で拳を作った。
「ねぇ、もしよければうちに来ないか?」
「いいんですか?」
「いいに決まっているだろう?」
「ありがとうございます、助かります。」
その日の夜、拓人は三週間振りに浅田家でまともな食事にありつけた。
「そんなに急いで食べなくても大丈夫だよ。」
「はい・・」
「ねぇ拓人君、今まで何を食べてきたの?」
「お金がある時は、コンビニ弁当やハンバーガーを買って食べていました。でも、お金がなくなると、近所のスーパーの安売り日を狙って、スナック菓子を大量に纏め買いしていました。」
「まぁ、可哀想に。」
拓人の話を聞いた京子は、ナプキンで涙を拭うと、拓人の御飯茶碗に白米を大量に盛った。
「沢山食べなさいね!」
「ありがとうございます。」
夕食の後、拓人は浅田の部屋に入った。
「わたしに話したい事って何だい、拓人君?」
「父と姉の関係について、ネット上で色々と噂をされていますけど・・それは全て、事実だと思います。」


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最終更新日  2016年01月02日 18時20分02秒
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荻野千尋は、帝王切開で4200グラムの男児を出産した。

「あの子はかなり危険な状態が続いてねぇ、あの子が赤ん坊に会えたのは、出産してから一週間後だったよ。」
「そうですか・・」
「これが、千尋の赤ん坊の写真たい。」
瑛子はそう言うと、スマートフォンの待ち受け画面を歳三と近藤に見せた。
そこには、笑顔で赤ん坊を抱いている千尋の姿が写っていた。
「暫くうちが千尋の実の母親に代わって、あの子の産後の手伝いをしとったけど、あの子は産後の肥立ちが悪くてねぇ・・いつも寝込んどったよ。」
「大変だったでしょう、赤ん坊の世話は?」
「まぁね。赤ん坊はこっちの都合なんか何も考えんと泣くからねぇ。千尋は母乳の出が良かったから、赤ん坊の乳の心配はなかったけど。」
瑛子はそう言って溜息を吐くと、スコッチをまた一口飲んだ。
「あの頃は幸せやったねぇ。店が休みの日には、千尋と赤ん坊とあたしの三人で、近所の公園にサンドイッチを持って行ってはピクニックしとったねぇ。」
「へぇ、そうだったんですか・・」
「けど、千尋が産んだ赤ん坊は一歳の誕生日を迎える前に死んでしもうたんよ。」
「どうして、赤ん坊は死んだんですか?」
「赤ん坊は心臓が悪くてねぇ、医者から一歳の誕生日を迎える事は出来んかもしれんって言われて・・千尋はその事を知って毎日赤ん坊を抱きながら泣いとったねぇ・・」
歳三の脳裏に、赤ん坊を抱きながら泣く荻野千尋の姿が浮かんだ。
「赤ん坊が死んだ時、千尋さんは・・」
「あの子は酷く取り乱していてねぇ・・お葬式のときなんか、赤ん坊が入っとる棺を何度も撫でて、“ああ、こんなに小さいんだぁ”って何度も呟いとったよ。」
「必死の思いで産んだのに、我が子に先立たれる事は母親にとって辛いだろうなぁ・・」

一児の父親である近藤はそう言うと、グラスの中に入った水を一口飲んだ。

「それからよ、あの子がおかしくなったのは。」

瑛子によると、我が子を亡くした千尋は、空のベビーカーを押しながら公園を散歩したり、スーパーに買い物に行ったりしていたという。
「あの子は、赤ん坊の死を受け入れられんかったんよ。空のベビーカーを押して、時々中にいる赤ん坊に向かって声掛けとった。」
空のベビーカーを押すことに虚しさを感じたのか、やがて千尋はそのベビーカーに赤ん坊の人形を乗せるようになった。
「毎日千尋は、人形と外出しとったねぇ。レストランで食事する時も、赤ん坊を子供用の椅子に座らせて・・」

それほど、我が子を亡くした千尋のショックは大きかったのだ。

「千尋さんが姿を消したのは、いつごろですか?」
「そうやねぇ・・赤ん坊が生きていたら二歳の誕生日を迎える頃やろうか。千尋はその日、赤ん坊のプレゼント買いに行って来るって言って部屋を出て行ったきり、そのまま帰って来んかったと。」
「わざわざ辛い事を思い出させてしまって、申し訳ありませんでした。」
「いいや、かえってあんたらに話をしてスッキリしたよ。今夜はうちの奢りやから、沢山飲みんしゃい。」
「すいません、我々は余り酒が強くないので・・」
「まぁ、そういうお客さんの為にチューハイ用意しとるから、心配は要りませんよ。」
「ありがとうございます。」

『シャンテ』から出た近藤と歳三は、千鳥足でホテルへと向かった。

「トシ、お前飲み過ぎじゃないか?」
「うるせぇなぁ、俺ぁ酔ってなんかねぇよ。」

歳三はそう言って部屋に入るなり、ベッドの上に大の字になって倒れた。


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最終更新日  2016年01月02日 18時21分49秒
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7年前―2011年元旦、福岡市内あるマンションの一室に宅配業者を装った強盗が中洲の高級クラブ『シャンテ』のママ・前川瑛子宅に押し入り、現金三千万相当の貴金属を奪い、逃走した。
この事件で犯人に鉈(なた)で切り付けられた瑛子は両腕に全治三ヶ月の重傷を負った。
そして、荻野千尋は・・

(荻野千尋は当時臨月だった。もしその時の子が生まれていれば7歳になるか・・)

吉田律子殺害事件の後自宅から失踪した荻野千尋は、福岡・中洲でホステスとして働き、『シャンテ』のママ・瑛子と同居していた。
そのママが強盗に襲われた後、千尋は再び姿を消した。
臨月の身で、彼女は何処に消えたのだろうか―

「トシ、またこの事件の資料を見ているのか?」
「ああ。なぁ近藤さん、臨月の妊婦が逃げる場所って、何処だと思う?」
「そんな事を突然聞かれてもなぁ・・俺には見当もつかないよ。」
「そりゃそうだろう。まぁ7年前の事件に、荻野千尋が関わっていないことは確かだ。俺ぁ、この事件に吉田議員が絡んでいるとにらんでるんだ。」
「吉田議員が?」
「ああ。あいつは荻野千尋に裏金の五千万を盗まれたっていうのに、警察に届け出なかったし、俺達に荻野千尋の捜索を打ち切ってくれと言った。だが、あいつが金で探偵を雇って荻野千尋を探し出したとしたら・・」
「事件の真相を知っている荻野千尋を、吉田議員が人を使って殺すと思っているのか?」
「有り得る話じゃねぇか。」
「吉田議員には色々と悪い噂があるからなぁ・・暴力団との癒着があるとか・・」
「まぁ、それは後で調べる事にして、今は福岡の事件を調べてみようと思ってんだ。」
「そうか。」

歳三と近藤は、7年前の事件の真相を調べるため、福岡へと向かった。

「あの日の事はよう憶えとるよ。」
荻野千尋と同居していた中洲の高級クラブ『シャンテ』のママ、前川瑛子は、そう言うと歳三達を見た。
「事件当時、あなたと同居していた荻野千尋さんは臨月を迎えていたんですよね?そんな彼女が、何故突然姿を消したのだと思いますか?」
「多分、千尋は昔付き合っていた男が自分の居場所を突き止めたと思うて、逃げ出したんやろうねぇ。」
「昔付き合っていた男?」
「あの子、男から酷い暴力を受けて東京から逃げて来たんよ。男から逃げてこの店で働きだした後、妊娠に気づいたって言うとったよ。」
「そうですか・・」
「あぁ、そういやぁ千尋はあたしが強盗に襲われた後、産気づいたんよ。それであたしとあの子は救急車で病院に運ばれたんよ。」
「それ、何処の病院ですか?」
「福岡中央病院たい。刑事さん、わざわざここに来て7年前の事件のことをうちに聞いたりするのには、何か深いわけがあるとね?」
瑛子はそう言うと、吸っていた煙草の吸殻を灰皿に押し付けた。
「ええ、まぁ・・」
「刑事さん達だけに、7年前の事を話そうかねぇ・・」
瑛子はスコッチを一口飲んだ後、歳三と近藤に7年前の事件のことを話した。
宅配業者を装った強盗に鉈で襲われた瑛子を見た千尋は、そのショックの余り産気づいてしまった。
「千尋、しっかりせんね!」
「痛い、痛い~!」
千尋が着ていたワンピースの裾は血で濡れており、彼女は額に脂汗を浮かべながら絨毯の上をのたうちまわっていた。
「今救急車呼ぶけんね!」
救急車で瑛子とともに福岡中央病院に搬送された千尋は、すぐさま分娩室に運ばれた。
「先生、胎盤剥離を起こしかけています!このままだと母体も胎児も危険です!」


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最終更新日  2016年01月02日 18時22分38秒
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2018年2月、東京。

『沖田総美(さとみ)選手、バンクーバー、ソチに続いて韓国・平昌(ピョンチャン)でも金メダルを獲得しました!』

興奮したテレビリポーターの声が、昼時のラーメン店にこだました。

「さとみちゃん、凄いなぁ。三大会連続金メダルなんて・・」
「近藤さん、喋っている暇があったらラーメン食えよ。麺、のびちまうぜ。」
歳三はテレビに釘づけになっている近藤にそう言うと、箸で鶏の唐揚げを摘んでそれを口に放り込んだ。
「金メダル、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
表彰式の後、記者会見に臨んだ総美は、そう言うと記者達に愛想笑いを浮かべた。
「三大会連続の金メダル、獲得された今のご気分はいかがですか?」
「そうですね、感無量としか言えません。このオリンピックはわたしにとって最後のオリンピックになるので、有終の美が飾れて本当に嬉しく思います。」
「最後のオリンピックとは、どういう意味でしょうか?」
「わたしは、今回のオリンピックを期に、現役を引退しようと思っています。」
総美の言葉を聞いた記者達が一斉にざわつき始めた。
「総美、どうしてあんな事を言ったの!?」
「引退する事は、前から決まっていたじゃないの。今更隠す必要なんて何処にあるの?」
「せめて世界選手権大会までは引退しないって、ママと約束したでしょう?その約束を破るつもりなの?」
「わたしは、もう限界なの。ママ、もうわたしを自由にさせて。」
総美はそう言うと、美香を見た。
「これからママ、どうすればいいの?」
「そんなの、自分で考えてよ。もう良い年をした大人なんだから。」

「待ちなさい、総美!」

美香の声を背に受けながら、総美はホテルの部屋から出た。

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25歳になった総美は、スケートを習い始めてから持病の腰痛に苦しんでいた。
バンクーバー、ソチと、世界の大舞台で金メダルを二度も獲得した後、総美は自分の腰痛が酷くなっていることに気づいた。
『このままだと、歩行も困難になるかもしれません。覚悟しておいてください。』
病院で医師から告げられた残酷な言葉に、総美は打ちのめされた。
今までスケート一筋で生きて来た彼女にとって、リンクの上に立てないというのは、死ねと言われているのと同じことだった。
もう終わりにしよう―平昌で金メダルを獲れなかったら、その時はまた何かを考えよう。
そう思いながら、総美は現役最後のオリンピックに臨んだ。
『サトミ、ここに居たの。』
『マリア。』
ホテルのラウンジでコーヒーを飲んでいる総美の元に、銅メダルを獲得したロシアのマリア=ペロトワが駆け寄ってきた。
『金メダルおめでとう。』
『ありがとう。』
『あなたが引退するなんて残念だわ。もっとあなたとは良いライバルでいたかったのに。』
『わたしもよ、マリア。』

マリアと話しながら、総美は千尋の事を想った。

(千尋ちゃん、今何処に居るの?)

昼食を終えた歳三は、7年前に福岡市で起きた強盗致傷事件の捜査資料に目を通していた。

ライン素材提供:White Board様


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最終更新日  2019年10月19日 13時15分04秒
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2014年03月08日
「いらっしゃいませ~」
「すいません、ここに千尋さんっていう子、居ませんか?」
「ああ、千尋ちゃんなら先月から産休に入っとるよ。」
「産休?」
「来年の3月が予定日やから、ママが早めに産休を取らせたんよ。」
「そうですか・・」
大晦日、千尋が働いているという中洲のクラブ『シャンテ』へと向かった浅田は、同僚のホステス達から千尋が産休を取っていることを知った。
「千尋さん、ママと一緒に住んで居るんですよね?ママが住んでいるマンション、何処にあるのか教えて貰えませんか?」
「そこまではちょっと・・ねぇ?」
「うちらは余りママの事はよう知りませんから・・」
ホステス達は互いに目配せすると、浅田が座っているソファ席から離れた。

(収穫なしか・・)

浅田は溜息を吐くと、伝票を掴んで『シャンテ』から出た。

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「お客さん、ちょっと!」

店を出て浅田が暫く中洲の街を歩いていると、彼の背後から派手なドレスを纏ったホステスが彼を追いかけて来た。

「何ですか?」
「さっき、千尋ちゃんの事聞いとったろ?」
「ええ、そうですけれど・・あなたは?」
「うちはみちよ。あんたに話したい事があるから、ちょっと来て。」
「わかりました・・」
『シャンテ』のホステス・みちるに連れられ、浅田は彼女と共に屋台のラーメン屋に入った。
「ここはあんたの奢りでよかね?」
「ええ、構いませんが・・みちるさん、わたしに話したい事って何ですか?」
「千尋ちゃんねぇ、恋人から暴力を受けて来て東京から逃げてきたんよ。」
「恋人?千尋さんに恋人が居たんですか?」
「ママから聞いた話やけど、千尋ちゃんの彼氏やった男は酷い酒乱で、千尋ちゃんにいつも暴力を振るっとったらしいよ。」
「そうですか・・」
「ママは昔、男に騙されたことがあるから、千尋ちゃんに同情したんやろうね。まぁ、一緒に住んどるうちに千尋ちゃんとはまるで実の親子のように仲が良いんよ。」
みちるはそう言うと、ラーメンのどんぶりを持ってスープを豪快に飲み干した。
「千尋、新年明けましておめでとう。」
「明けましておめでとうございます、ママ。」
「これ、あんたに。出産費用の足しになるといいけど。」
「まぁ、ありがとうございます。」
新年を瑛子の部屋で迎えた千尋は、彼女からお年玉が入ったぽち袋を受け取った。
「赤ちゃんの性別、どっちかわかったと?」
「男の子ですって。最近胎動が激しくて、困っちゃいます。」
千尋はそう言うと、大きく迫り出した下腹を愛おしそうに撫でた。
「元気な子が生まれるとよかねぇ~」
「ええ、本当に。」
瑛子と千尋が赤ん坊の話をしていると、突然エントランスのチャイムが鳴った。
「わたしが出ます。」
「あんたは座って休みんしゃい。うちが出るけん。」
瑛子はそう言うとこたつの中から出て、インターホンのスイッチを入れた。
画面には、宅配業者の男が映っていた。
『荻野千尋さんに、お歳暮をお届けに上がりました。』
「は~い、今待ってくださいねぇ。」
瑛子はエントランスのロックを解錠すると、男を部屋の中に入れた。
「すいません、お歳暮は・・」
「ママ、お客様?」
千尋がこたつから立ち上がろうとした時、男が隠し持っていた鉈(なた)を瑛子に向けるのを見た。
「千尋、あんたは逃げんしゃい!」
「ママ!」

瑛子の血が、リビングの壁に飛び散った。

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最終更新日  2019年10月19日 13時14分35秒
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「君は以前、中洲の『シャンテ』で働いていたそうだね?」
「ええ。けど問題ばかり起こして、ママに愛想尽かされて店を首になりましたけど。」
奈美はそう言うと、吉田を見た。
「うちに聞きたい事って、何ですか?」
「そのクラブで働いている千尋って子、知らないかい?」
「あぁ、あの子ね・・新入りの癖にママに気に入られて、ママと一緒に住んどるみたいですよ。」
「へえ、そうかい。」
「吉田様は、千尋とはどういう関係なんですか?」
「まぁ、知り合いかな?」
吉田はそう言うと、グラスに入っていたスコッチを一気に飲み干した。
「ただいま・・」
「お帰りなさいませ、旦那様。」
「拓人は?」
「坊ちゃまでしたら、今日もお友達の家に泊まりに行かれています。」
「そうか・・」
帰宅した吉田がリビングに入ると、そこは人の気配がなくガランとしていた。
律子が死んで千尋が失踪した後、拓人はまるで吉田を避けるかのように最近殆ど家に帰って来ない。

(わたしは、拓人に嫌われたな・・)

吉田が溜息を吐きながらグラスに水を注いでいると、スーツの内ポケットにしまっているスマートフォンが鳴った。

「もしもし、わたしだ。」
『先生、わたしです、浅田です。今、宜しいですか?』
「ああ、いいよ。」
『出来れば電話ではなく、直接お会いして話したい事があるのですが・・』

数分後、24時間営業のファストフード店で、吉田は浅田と落ち合った。

「わたしに話したい事は何だ?」
「先生、こんな事を聞くのは大変心苦しいのですが・・今、先生の妙な噂が流れています。」
「妙な噂?」
「ええ・・何でも、千尋さんが妊娠している子どもは、吉田先生の子ではないかという噂がありまして・・」
「馬鹿らしい、何処に実の娘に手を出す父親が居るというんだ?」
吉田はそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。
「浅田君、事件のことは聞いているね?」
「ええ・・千尋さんが、五千万を先生の家にある金庫から盗んだ事も知っています。」
「何処でそれを聞いたんだ?」
「拓人君からです。」
「拓人は君には何でも話すんだな。わたしと顔を合わせると、すぐに何処かへ行ってしまうのに・・」
「反抗期でしょう。思春期にはよくあることです。」
「浅田君、千尋は今、博多に居る。」
「先生、何故千尋さんの居場所を知っているのですか?」
「探偵に千尋の消息を調べさせた。千尋は中洲のクラブ『シャンテ』でホステスとして働いている。」
飲み掛けのコーヒーをゴミ箱に捨てた吉田は、ソファ席の上に腰を下ろした。
「浅田君、一度『シャンテ』に行って、千尋をうちに連れ戻してくれないか?」
「わかりました。ではわたしはこれで失礼致します。」
「じゃぁ、宜しく頼むよ。」
浅田の肩を叩いた吉田は、そのまま店を出た。
「なぁ拓人、家に帰らなくていいの?」
「別にいいよ。あの人、俺のことなんか何にも思ってねえし。」
「そんなに父親の事嫌いになったの?前は仲良くしていたのにさぁ。」
「あの人は、俺に理想の息子像を押し付けていただけだよ。」

拓人は友人の栗林にそんな事を言うと、ゲームのコントローラーを握り締めた。


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最終更新日  2016年01月11日 14時38分48秒
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