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JEWEL

全8件 (8件中 1-8件目)

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火宵の月 幕末パラレル 二次小説:「想いを繋ぐ紅玉」

2019年10月26日
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「火宵の月」「薄桜鬼」の二次創作小説です。

作者様・出版者様とは関係ありません。

静馬と共に怪我人の手当ての為に診療所へと戻った有匡がそこで見たものは、阿鼻叫喚の地獄絵図さながらの光景だった。
火事で焼け出された者の中には、全身が酷く焼け爛れた者や、既に息をしていない者が居た。

「有匡殿、遺体を運び出すのを手伝って頂けませぬか?」
「はい・・」

診療所の医師・瑞庵(ずいあん)と彼の弟子と共に、有匡は被災者達の遺体を美祢の遺体が安置されている奥の部屋へと運んだ。
遺体は時間の経過とともに増えてゆき、軽い火傷を負った怪我人達の手当てを有匡達が漸く終えた頃には、日が暮れ始めていた。

「瑞庵様、差し支えなければ、今回の火事について、詳しく教えて頂けないでしょうか?」
「火事の原因は、何者かによる付け火らしい。美祢様達はたまたま火事の現場である集会所で開かれた会合にご出席されており、そこで火事に巻き込まれてしまったようだ。」
「そうなのですか・・それよりも瑞庵様、わたしの母の事はご存知ですか?」
「其方の母上様の事なら存じ上げておる。スウリヤ様は、かつてこの診療所の手伝いをしていたことがあったからな。そういえば、いつも彼女は使用人や家族に行き先を告げずに何処かへ出掛けていたようだが・・その事について妙な噂があった。」
「妙な噂、ですか?」
「このような事を有匡殿にお伝えするのは大変心苦しい事なのですが、スウリヤ様が度々外出されていたのは男と密会していたからではないかという噂が昔、この近辺に広まりましてな・・スウリヤ様が失踪されたのは、噂が収まりつつあった頃でした。」

瑞庵から聞いた話に衝撃を受けつつも、有匡は母が失踪した原因は悪意ある噂の所為ではないとわかっていた。
母と懇意にしていた恵心尼の話から推理すると、自分の父親に殺されそうになった母は、夫と子の身の安全を案じ、自ら姿を消したのではないかと、有匡はそう思い始めていた。

「お帰りなさいませ、有匡様。旦那様がお部屋でお待ちになられております。」
「わかった、すぐに行こう。」
帰宅した有匡がすぐに有仁の部屋へと向かうと、中から父と誰かが口論している声が聞こえて来た。
「わたしは有匡を京へやるつもりはない。それだけは覚えておかれよ!」
「本日のところは、これで失礼いたします。」

有匡と入れ違いに、土御門家の使者らしき男が有仁の部屋から出て行った。

「父上、また土御門家の者がわたしに上洛せよとの催促をしていたのですか?」
「ああ。その上向こうは、お前に妻女を宛がうと言ってきたのだ。」

そう言って自分の方を向いた父の眉間には深い皺が寄っていた。

「向こうが何故わたしを上洛させようとしているのかがわかりません。とうに我が家と土御門家との縁が切れた筈だというのに・・」
「噂によると、向こうの家には三人の息子が居たが、揃いも揃って馬鹿ばかりだという。家名を笠に着て狼藉を働き、町民達の間では悪評が絶えないとな・・そんな馬鹿息子達の代わりにお前を後継者として差し出せと、暗に向こうは言って来ているのだろうよ。親族同士であったとしても、向こうの家の問題と我が家の問題とは別だ。向こうの家が滅びようが滅びまいがこちらには一切関係のない事だ。」
「その通りです、父上。そもそもあちらの家の当主が病で臥せっている事実が確かではないのですから、わたしが上洛する必要はないでしょう。」

数日後、再び土御門家の使者が有仁と有匡の前に現れた。

「先程京から文が届き、当主様が身罷られたとの事でございます。急ですが、有匡様に葬儀に参列してくださればと・・」
「当主様が身罷られたというのは、確かなのか?」
「はい。」

土御門家の当主が亡くなり、有匡は有仁の名代として当主の葬儀に参列する為、急遽上洛する事となった。
それは土御門家が彼らに仕組んだ巧妙な罠だという事に、この時まだ有仁と有匡は知る由もなかった。

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最終更新日  2019年10月26日 00時30分06秒
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「火宵の月」「薄桜鬼」の二次創作小説です。

作者様・出版者様とは関係ありません。



火月と有匡が高原家へと戻ると、家の中は何やら騒々しかった。

「有匡殿、丁度良い所へお戻りになられました!」
二人の姿を見た女中のていが、そう言って彼らの方へと駆け寄って来た。
「てい、何かあったのですか?」
「お嬢様、先程近くで火事が起き、大勢の怪我人が出たそうで・・その中に、美祢お嬢様が・・」
「姉様が?それは本当なの?」
「ええ、ですが・・」

ていは期待に満ちた目で自分を見つめる火月から目を逸らして俯いてしまった。

「美祢殿に何かあったのだな?」
「はい、有匡様。どうやら美祢お嬢様は火事が起きた所で炎に捲かれてしまわれたようでして・・」
隣に立っている火月が息を呑んだ。
「お姉様は無事なのですか?」
「それはまだわかっておりません。」
「てい、わたくしを診療所に連れて行きなさい!」
「火月お嬢様を診療所へお連れするなと、旦那様と若様が・・」
「何故です?わたくしはこの目で姉様の無事を確かめたいのです!」
「火月、落ち着け。てい殿、わたし達を診療所へと案内してくれるか?」
「は、はい・・」

ていと共に怪我人が運ばれた診療所へと二人が向かうと、その中には火傷を負った怪我人達が戸板の上で呻いていた。

「火月、来たのか。」
「兄上、姉様はどちらに?」
「美祢は奥の部屋にいる。だがお前は会わない方がいい。」
「何故です、姉様は無事なのでしょう?」

妹の問いに、静馬は首を横に振った。

「美祢は、火事が起きた時、妊婦を助けようとして炎に捲かれた。火消しが来た時、あいつはもう息絶えていたそうだ。」
「そんな・・」
「遺体の状態は惨いものでな、それが美祢だとわかったのは、この簪があいつの足元に転がっていたからだ。」
静馬はそう言うと、懐紙に包まれた簪を見せた。
それは火月が美祢の誕生祝いに贈った物だったが、美しかった銀細工の簪は、炭化して黒くなってしまっていた。
「兄上、姉様に会わせてください。」
「・・わかった。」

美祢は―美祢の遺体は、診療所の奥の部屋に安置されていた。

その姿は生前の美しいものとは違い、黒く炭化していた。
火月は姉の遺体を見ると顔を両手で覆って嗚咽した。

「てい、火月を家へ連れて帰ってくれ。」
「わかりました。さぁ、お嬢様・・」

ていが火月を連れて奥の部屋から出て行った後、有匡は美祢の遺体の前で合掌し、彼女の冥福を祈った。

部屋から出ようとした時、何かが美祢の足元で光ったような気がした。

有匡が美祢の足元を見ると、そこには真珠の鎖で作られたロザリオが転がっていた。

持ち主と共に炎に捲かれたそれは、鎖の部分は黒く炭化していたが、銀色の十字架の部分は無傷だった。
仏教徒である筈の美祢が、何故ロザリオを持っていたのか―そんな疑問を抱いた有匡は、彼女が自分の母と同じキリシタンだったのではないかという事に気づいた。

美祢の死と、母の失踪には何か関係があるのだろうか。

「有匡殿?」
「静馬殿、わたしに何か手伝えることはありますか?」
「怪我人の手当てをして頂けると助かります。聖心寺の方達が手伝いに来てくださっているのですが、人手が足りないもので・・」

もやもやとした思いを断ち切るかのように、有匡は持っていた襷を素早く掛けると、静馬と共に怪我人の手当てへと向かった。

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最終更新日  2019年10月26日 00時00分18秒
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2019年10月19日



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「火宵の月」「薄桜鬼」の二次創作小説です。

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「母上の父上が、母上を殺そうとした?」
「ええ。正確に言えば、スウリヤ様の義理の父上様、つまり彼女の舅がスウリヤ様の殺害を企て、それに気づいた有仁様がスウリヤ様を逃がしたのです。」
「何故、祖父が母上を殺そうとしたのですか?」
「それは・・」
「庵主様、失礼いたします。」

恵心尼が次の言葉を継ごうとした時、襖の向こうから声が聞こえた。

「何かあったのですか?」
「先程こちらの近くで火事が起き、怪我人が大勢出たとのことです。」
「わかりました、直ぐに支度して診療所の方へ参ります。有匡殿、申し訳ありませんが、スウリヤ様のお話はまた今度いたしましょう。」
「わかりました。ではわたしはこれで失礼いたします。」

有匡が聖心寺を後にしようとした時、正門の所で彼は一人の娘とぶつかった。

「申し訳ない、お怪我はありませんか?」
「はい・・」

そう言って俯いた顔を上げた娘の瞳は、透き通った湖面を思わせるかのような蒼い瞳をしていた。

「では、わたくしはこれで。」

娘は有匡に向かって一礼すると、聖心寺の中へと入っていった。

「有匡様、お嬢様なら若様と一緒に寺子屋へ行かれましたよ。」
「わかった。」
高原家へと戻った有匡がそこから火月と静馬が居る寺子屋へと向かっている最中、彼は背後から強烈な視線を感じて振り向いたが、そこには誰も居なかった。

(気のせいか。)

有匡が再び歩き出した後、彼が視線を感じた茂みの中から、聖心寺の正門で彼と会った娘が現れ、遠ざかる有匡の背中を彼女はじっと見つめていた。

「有匡様、どうして僕がここに居る事がわかったのですか?」
「久殿からお前と静馬殿がここに居ると聞いた。火月、わたしに何か手伝えることはあるか?」
「寺子屋の時間は終わってしまったので、後片付けを手伝って頂けませんか?」
「わかった。」
「有匡様、先程あの方と何のお話をされたのですか?」
有匡と黙々と寺子屋の片づけをしている時、火月は思い切ってそう有匡に尋ねた。
「わたしの母の事を、恵心尼様は話してくださったが、その途中で急用が出来て、最後まで話を聞くことは出来なかった。」
「そうですか・・立ち入った事を聞いてしまって、申し訳ありませんでした。」
「謝るな。わたしも最近、母の事が気になって仕方がないのだ。何故母がわたし達の前から姿を消したのか、今何処に居るのか・・母と親しかった恵心尼様なら何かご存知ではないのかと思っているのだが、彼女にも秘密はあるらしい。」
「秘密、ですか?」
「人は誰しも秘密を抱えて生きているものだ。」
「先生にも、秘密があるのですか?」
「ある、と言ったらお前はどうする?」
「そ、それは・・」
火月がそう言って俯くと、有匡は軽く笑って彼女の額を小突いた。
「冗談だ。さてと、日が落ちる前に帰るぞ。」
「はい・・」
有匡と火月が連れ立って寺子屋から出て歩いていくと、何処からか鈴の様な音が聞こえてくることに有匡は気付き、足を止めた。
「有匡様、どうかなさったのですか?」
「何でもない。行こうか。」
「は、はい・・」

火月は有匡と共に再び歩き出したが、時折鳴る鈴の音が恐ろしくなり、実家に着くまで彼女は有匡にしがみついたまま離れようとしなかった。

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最終更新日  2019年10月24日 20時46分30秒
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火月の姉・美祢が突然姿を消してから五日が経った。

使用人総出で彼女を捜していた高原家だったが、未だに彼女の消息はつかめていなかった。
「姉様は一体何処へ消えてしまったのでしょう?」
そう言った火月は、不安そうに顔を曇らせた。
「余り心配するな、火月。美祢殿は必ず元気な姿でお前達の元へ戻ってくる。」
「有匡様、僕不安で堪らないんです。もし姉様に何かあったらと思うと・・」
火月は涙を流しながら、有匡に抱きついた。
「大丈夫だ、火月。わたしがついている。」
有匡はそう言って火月の髪を優しく撫でた。
「有匡殿、貴殿に客人が来ておりますよ。」
「客人?」
有匡が火月から離れ、静馬の方を見ると、彼の隣には一人の尼僧が立っていた。
「初めまして、貴方様は土御門有匡様でございますね?」
「はい、そうですが・・貴殿は?」
「お初にお目にかかります、わたくしは恵心尼(けいしんに)と申します。有匡様に折り入ってお話ししたいことがございまして、こうして高原家に伺いました。」
「わたしに、話しですか?」
「はい。貴方様の母上様の事で。」
恵心尼は、美しい翡翠の様な瞳で有匡を見つめた。
「有匡様、こちらの方は?」
「火月、わたしは少しこの方と話をしてくる。」
有匡は恵心尼と共に高原家から出た。
「あの方、綺麗な方でしたね。」
「火月、まさか恵心尼様に妬いているのか?」
「兄上、僕を揶揄わないでくださいませ!」
火月は兄の言葉を聞くと、子供の様に頬を膨らませた。
「そんなに怒るな。恵心尼様は身寄りのない子供達を自分が庵主(あんしゅ)を務めている尼寺で引き取ってお育てになられているし、貧しくて医者にかかれない村人達に対して無料の診療所も開いておられる方だ。有仁殿と親しいから、有匡殿と積もる話でもしたいのだろう。」
「積もる話、ですか?」
「ああ。お前に話すのはまだ早すぎると思うが、有匡殿の母君様の事を、お前も知っておろう?」
「ええ、少しは・・噂では、有匡様達をお捨てになられた母君様は、男と出奔なされたとか・・」
「それはただの噂で、真実ではない。火月、有匡様がこちらに戻られるまで、わたしを手伝ってくれまいか?」
「寺子屋の手伝いならば、喜んで致しましょう。」
火月が静馬と共に寺子屋へと向かった頃、有匡は、恵心尼が庵主を務めている“聖心寺”の本堂で彼女と向かい合って座っていた。
「母上の事でお話があるとか・・」
「はい。貴方様の母上様・・スウリヤ様がキリシタンであるという事はご存知ですか?」
「父から聞いております。」
「実はわたくしも、キリシタンなのです。」
恵心尼はそう言うと、首から提げているロザリオを有匡に見せた。
「ここは表向き尼寺となっておりますが、実はわたくしやスウリヤ様の様な隠れキリシタンが暮らす寺なのです。有匡様、貴方様は母上様の事を誤解しておられませぬか?」
「誤解、ですか?」
幼い頃から、母の失踪について使用人達や町人達が口さがない噂を流している事は知っていたし、その噂を聞いて母が自分達を捨てたのだと有匡はいつしか思い込んでしまった。
「スウリヤ様が貴方様や妹君様を置いて姿を消されたのは、命を狙われていたからです。」
「母が命を狙われていた?」
「ええ。スウリヤ様のお命を狙っていた方は、スウリヤ様のお父上なのです。」

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最終更新日  2019年10月24日 20時47分02秒
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2019年10月12日



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有匡が父と共に自室に入ると、下座には土御門家の使者が二人座っていた。

「夜分遅くに訪ねて来てしまい、申し訳ございませぬ。」
「このような時間帯に我が家を訪ねてくるとは、それほどに火急の用なのだろうな?」
有匡がそう言って使者の一人を睨みつけると、彼は蛇に睨まれた蛙のようにひぃっと情けない声を出した後俯いた。
「お館様がお倒れになられまして、お館様はどうしても有匡様にお会いしたいと仰せになられております。」
「それはまことか?」
「わたくしどもがこの場で嘘など申し上げて、何の得がありましょうか?」
「それもそうだな。貴殿らの望みはわたしに上洛して欲しい事だろう?残念だが、わたしは貴殿らの望みを叶えることは出来ぬ。」
「そこを何とかお願い致します!」
「父上、いかがいたしましょうか?」
有匡がそう言って有仁の方を見ると、彼は溜息を吐いた後、こう言った。
「兄上の容態がどのようなものなのかはわからないが、兄上が有匡を人質に取ろうとは考えておるまい。一度顔を見せるだけでもした方がよいな。」
「父上・・」
「かたじけない。それではわたくしどもはこれで失礼いたします。」
本家の使者達が帰った後、有仁は渡したい物があると有匡を自室へと呼んだ。
「わたしに渡したい物とは何ですか、父上?」
「これだ。」
有仁は紫の袱紗に包まれた十字を象った美しい首飾りを有匡に見せた。
「これは?」
「スウリヤがわたしに託したロザリオだ。」
「このロザリオが母上の物であるならば、何故父上がお持ちなのですか?」
「スウリヤは隠れキリシタンだった。お前と艶夜を置いて彼女がわたし達の前から姿を消したのは、あいつがキリシタンである事を周囲に露見する前にわたし達に迷惑を掛けまいと思ったのだろう。」
有匡は父の言葉が信じられなかった。
「母上のロザリオをわたしに渡して、どうせよと言うのですか?」
「京でスウリヤに会ったら、このロザリオを彼女に渡して欲しい。」
「わかりました。父上、上洛するまでに火月と祝言を挙げたいと思うのですが・・」
「構わぬが、祝言を挙げる前に火月と良く話し合うのだぞ。」
翌日、有匡は高原家を訪れ、火月と祝言を挙げることを先方に告げた。
「それはめでたい事だ。早速日取りを決めよう。」
「これで漸く有匡様と火月様が夫婦となられるのですね。これから家族が増えるのかと思うと、何だか嬉しく思います。」
火月の母・喜代はそう言うと、隣に座っている夫に微笑んだ。
「ああ、そうだな。」
祝言を挙げるのは数日後と決まった。
「何だか今から楽しみだわ。有匡様と夫婦に早くなりたいわ!」
「お嬢様、余り興奮なさってはいけませんよ。」
「ねぇ久、わたしは有匡様にとって良い妻になれるかしら?」
「それはお嬢様の御心次第でございますよ。」
「そうね。」
妹と彼女の乳母がそんな話をしていると、美祢が蒼褪めた顔で彼女達の前に現れた。
「姉上、どうかされたのですか?」
「いいえ、何でもありません。それよりも火月、有匡様と祝言を挙げることになったのですね、おめでとう。」
「有難うございます、姉上。」
「有匡様と幸せになるのですよ。」

そう言って自分に微笑んだ姉の様子が少しおかしい事に火月は気付いたが、何も言わなかった。

有匡と火月が祝言を挙げた日の夜、美祢が突然家族の前から姿を消した。

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最終更新日  2019年10月19日 10時47分43秒
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「先ほど、兄上から文が届いた。」
「叔父上から?」
京に住む父の兄にあたる叔父と、父・有仁(ありひと)が犬猿の仲である事を有匡は知っていた。
なので、有匡は父から叔父から文が届いた事を知り、嫌な予感がした。
そしてそれは、見事に的中した。
「その文には、急遽お前に上洛して欲しいと書かれてあった。」
「叔父上がわたしに何の用でしょうか?」
「さぁな。家督をお前に継がせたいのだろうよ。兄上の息子達は揃いも揃って出来が悪いと聞いているからな。」
有仁は溜息を吐きながらも、自分の甥にあたる従兄弟たちの事を酷評することは忘れなかった。
「わたしはあの家など継ぎたくありませんし、京へなど行きたくありません。もし叔父上の元へ行けば、二度と江戸には帰って来られぬような気がするのです。」
「策士として名高い兄上の事だ、お前を人質にしてわたしと引き離す算段をしているのかもしれん。」
「わたしから叔父上に上洛はせぬという旨の文を送ります。」
「そうしてくれると助かる。それよりも有匡、最近火月殿とは会っているのか?」
「ええ。火月との時間を作ろうとはしているのですが、最近仕事が忙しくてなかなか会えずにいます。」
「火月殿を大切にしてやれ、有匡。祝言はいつ挙げるつもりだ?」
「年明けまでには挙げるつもりでおります。」
「そうか。火月殿は幼い頃からお前を想っていたから、年明けまでとは言わず、すぐにでも祝言を挙げてやれ。」
「父上、戯言が過ぎます。」
「済まない、お前と話しているとつい昔の事を思い出してしまってな。」
そう言った有仁の目は、何処か遠くを―過ぎ去った日々の事を思い出しているかのようだった。
「母上の事を思い出していたのですか、父上?」
「ああ。」
有匡と艶夜の母、スウリヤと有仁は、周囲の反対を押し切って結婚したが、艶夜が三つになった頃、彼女は突然有匡達の前から消えてしまい、今は生きているのか死んでいるのかさえもわからない。
「スウリヤがお前達を捨てたのは、わたしが至らない所為だとずっと思っていたのだが・・何か彼女にも事情があったのだろう。」
「母上の話はもう止しましょう、父上。もう過ぎた事です。」
「そうだな。だがスウリヤの事を忘れようとしても忘れられんのだ。私の所為でスウリヤは私達の元から去っていってしまった。有匡、火月殿を大事にしろ。私のようにならぬように。」
「父上・・」
苦渋に満ちた表情を浮かべながらそう言った父の手を、有匡はそっと握った。
数日後、有匡の元に叔父からの文が再び届いた。
「何だと、スウリヤが京に居る?」
「はい。真偽は確かではありませんが、叔父が母とよく似た女を見たと。父上、これは父上を謀る為の罠かもしれません。」
「そうだな。」
その日の夜、有匡が自室で読書をしていると、廊下から慌ただしい足音が聞こえた。
「どうした、何かあったのか?」
「有匡様、先程京から使いが来て、有匡様にお会いしたいと申しております。」
「このような時間に訪ねて来るとは非常識な輩だ、追い返せ。」
「ですが、有匡様・・」
「何だ、まだ何かあるというのか?」
「その使いによれば、叔父上様がお倒れになられたと・・」
「それはまことか?」
女中に有匡は使いを部屋へと通すように言うと、父の部屋へと向かった。
「父上、有匡です。起きておられますか?」
「どうした?」
「先ほど京から使いが来て、その者によれば叔父上がお倒れになられたと・・」
「その者は何処に居る?」
「わたしの部屋に通すよう女中に命じました。」
「そうか、わたしも会おう。」

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最終更新日  2019年10月19日 10時48分30秒
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その“悪い噂”というのは、主に火月の長兄・静馬の事だった。

何でも彼は最近吉原へ通い詰めては一人の遊女に入れあげているという。
侍が女遊びに興じるなど、取るに足らないと有匡は思っていたのだが、静馬はその遊女を身請けするつもりでいるという。
「いくら旗本の倅だって言ってもさ、吉原の花魁を一人身請けするのに幾ら金が掛かると思ってんだろうね?花魁は仕事だからあいつに愛想よくしてるっていうのに、それが解らないなんてあいつは初心すぎるね。」
艶夜はそう言って茶を啜りながら溜息を吐いた。
有匡は静馬と何度か会ったことがあったが、礼儀正しく謹厳実直な青年だった。
そして、余りにも世間を知らな過ぎた。
道場と私塾と自宅を往復する日々を送り、吉原で初めて恋を知った静馬は、遊女の戯言に惑わされてしまったのだろう。
「その点遊び慣れている有匡は良いよね、花魁の戯言なんか鼻で笑って本気にしないから。」
「人を遊び人のように言わないでくれないか?」
有匡が心外だと言うように妹を睨みつけると、彼女はクスリと笑った。
「もし静馬が本気で遊女を身請けするつもりだったら、あんたと火月の縁談が白紙に戻るかもしれないね。身分違いの結婚なんて、お上が許す筈ないし・・」
「わたしが一度、静馬殿を説得してみよう。」
茶店の前で艶夜と別れた後、有匡はその足で高原家へと向かった。
「有匡様、お珍しい事、貴方様がこちらにいらっしゃるなんて。」
自分の姿を見て弾んだ声を上げ、潤んだ瞳で自分を見つめる火月の姉・美祢(みね)に、有匡は静馬の居場所を尋ねた。
「美祢殿、静馬殿はどちらにおられる?」
「申し訳ありませんが、兄が今何処に居るのかわたくしにはわかりません。」
「そうですか。」
「有匡様、暫くお待ち下さいませ。」
美祢はそう言って屋敷の奥へと消え、暫くして有匡が居る門へと戻って来た。
「兄の部屋で数日前、このような文を見つけました。」
「かたじけない、拝見いたします。」
美祢から文を受け取った有匡は、その内容を見て愕然とした。
文には、遊女と駆け落ちし、家を捨てる事、そして家族へ迷惑を掛けてしまう旨が書かれていた。
「まさか、兄がそんな・・」
「美祢殿、静馬殿が早まった行動を取る前に彼を見つけなければなりません。」
「父上を呼んで参ります!」
慌てた様子で姉が屋敷の奥へと再び消えるのを見た火月は、兄の身に何か良くない事が起こったのだと勘で解った。
「有匡様、兄上がどうかされたのですか?」
「火月、事が済むまでここで待っていてくれぬか。」
「はい・・」
その後、有匡は高原家の使用人達と共に静馬の捜索をし、彼が吉原で件の遊女と会っている事を知り、遊女が居る廓へと向かった。
「静馬殿、はやまってはなりません。」
「有匡殿、わたし達の事を止めないでください。わたしは・・」
「貴方は初めての恋にのぼせ上がっているだけだ、落ち着かれよ。」
有匡の説得により、静馬は遊女と駆け落ちすることを諦めた。
「わたしは愚かでした・・遊女の戯言に舞い上がってしまって・・」
「誰にでも過ちはあります。重要なのは、過ちを繰り返さぬことです。」
「有匡殿、あの時貴殿がわたしを止めてくれなかったら取り返しのつかぬ事をしていたかもしれません。」
静馬はそう言うと項垂れた。
「有匡殿、どうか妹の事を宜しくお願い致します。」
「家へ戻りましょう、静馬殿。そしてもう二度と吉原へ足を踏み入れてはいけません。」

吉原から高原家へと戻った静馬を、美祢と火月は安堵の表情を浮かべ、涙を流しながら迎えた。

「父上、只今戻りました。」
「有匡、話がある。わたしの部屋へ来い。」

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1863年春、江戸。

酷暑が続く中、土御門有匡は今日も奉行所での仕事を終えると、昼飯を食べに行きつけの蕎麦屋(そばや)へと向かった。

「いらっしゃいまし。」
「いつものを頼む。」
「はいよ。」
蕎麦を待っている間、店の隅にある席で稽古帰りと思しき数人の町娘達がチラチラと自分の方を見ながら何やらヒソヒソと話をしている事に気づいた。
「ねぇ、あの人格好いいねぇ。まるで役者絵から抜け出て来たようなお人じゃないの。」
「止しなよ、あの人お武家様よ。あたしらとは身分が違うんだから。」
「あたしの許婚もあんないい男だったらねぇ。」
彼女達は賑やかな笑い声を上げながら取り留めのないお喋りをした後、蕎麦の代金を払って店から騒がしく喋りながら出て行った。
「お待たせしました。」
彼女達が出て行った後、店員の娘が有匡の前に出来立ての蕎麦を置いた。
「かたじけない。」
有匡が蕎麦を啜っていると、店に一人の女性客が入って来た。
その女性客を、有匡は知っていた。
「まぁ有匡様、ご無沙汰しております。」
そう言って有匡に向かって会釈をしたのは、高原家の女中であり、有匡の許婚である火月(かげつ)の乳母である久だった。
「久殿、このような場所で会えるとは奇遇ですな。何処かへお出かけになられていたのですか?」
「はい・・お嬢様が芝居見物をしたいとおっしゃったので、お供をしておりました。」
「そうですか。」
有匡と久がそんな話をしていた時、慌ただしい足音と共に、火月が店に入って来た。
「有匡様、お会いしとうございました!」
火月はそう言って有匡の顔を見るなり彼に抱きついた。
「お嬢様、お行儀が悪いですよ。」
久は慌てて火月を有匡から引き剥がすと、彼女に向かって小言を言った。
「ごめんなさい、有匡様と久しぶりにお会いするので何だか嬉しくて、つい抱きついてしまいました。」
「良い。それよりも火月、芝居見物に行ったそうだが、贔屓(ひいき)の役者は見つかったのか?」
「いいえ。僕は昔からずっと、有匡様しか見ていませんから。」
「・・そうか、それは良かった。」
有匡は火月の言葉を聞くとそう言って彼女に微笑んだ。
「それではわたくし達はこれで。お嬢様、行きますよ!」
「有匡様、これで失礼いたします。」
「ああ、気を付けて帰れよ。」
店から去っていく火月の背中を優しく見つめた後、有匡は残りの蕎麦を平らげた。
「またのお越しを。」
蕎麦屋から出た有匡は、誰かが自分の後を尾けて来ている事に気づいた。
「何者だ?こそこそ後を尾けて来たりするような真似をせず、正々堂々と私の前に姿を現したらどうだ?」
「チェッ、バレたか。」
有匡の背後の草叢(くさむら)が動いたかと思うと、彼の前に一人の娘が現れた。
「艶夜(つや)、また何かわたしに用か?」
「その名で呼ばないでくれる、有匡。ねぇ、あの娘と本当に夫婦になるつもりなの?」
娘―有匡の妹・艶夜は、そう言うと彼を見た。
「ああ。それがお前と何か関係があるのか?」
「まぁね。あの娘の家の事なんだけど、最近悪い噂が広まっているんだって。」
「悪い噂だと?その話、詳しく聞かせて貰おうか?」

有匡は柳眉を吊り上げ、妹を見た。

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最終更新日  2019年10月19日 10時49分00秒
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