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JEWEL

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薄桜鬼 朝ドラ風パラレル二次創作小説:桜流し(完)

Jan 14, 2021
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画像はコチラからお借りしました。

「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。

季節は巡り、春。

土方家では、毎年恒例の桜の宴が行われていた。
千鶴は、華やかな振袖姿の令嬢達を横目で見ながら、黙々と仕事をこなしていた。
「琴さん、あの子が・・」
「そうよ、あの子が妾の子よ。」
琴はそう言うと、千鶴を突き飛ばした。
「邪魔よ!」
「すいません・・」
「ねぇ琴さん、やり過ぎじゃなくて」
「これ位しないと、この子がこの家でどんな立場なのかわからないじゃない。」
「おい、またお前ぇか!?」
「歳兄ちゃん、早くこの子を追い出してよ。そうしないと・・」
「妹にはちょっかいを出すなと言った筈だ!」
「どうしてその子ばかり!」
琴はそう叫ぶと、その場から立ち去った。
「千鶴、ちょっと来い。」
「でも・・」
「歳三、その子を何処へ連れて行く気だ?」
 自室へと千鶴を連れて行こうとする歳三の前に、彼の父・隼人が現れた。
「父さん、こいつにも華やかな振袖を着せてやってくれ!こんなの、可哀想だ!」
「ならん!いいか歳三、たとえ血が繋がった兄妹だとしても、世の理というものを・・」
「こいつがこんな目に遭っているのは、あんたの下半身がだらしねぇからだろうが!」
「口を慎め!」
「あんた、この子を許してやっておくれ!」
歳三の頬を殴り、更に杖で彼を打擲しようとする隼人を、恵津子は必死に止めた。
「この子はまだ子供だ、あたしがきちんと言い聞かせておくから、どうか撲たないでやって頂戴!」
「母さん・・」
「まったく、女中の癖に歳三に取り入るなんて恐ろしい子だね!さっさと仕事に戻りな!」
泣きそうになりながら千鶴が勝手場に入ると、女中頭の浜が溜息を吐きながら彼女の方へとやって来た。
「災難だったねぇ。奥様は、歳三様の事となると気が狂いそうになる位、お怒りになられるからねぇ。まぁ、初恋の男の種を貰って出来た大切な子だから、仕方ないのかもしれないけれど。」
「え?」
「おやあんた、知らないのかい?旦那様と歳三様は、親子だけど血が繋がっていないんだよ。」
「それは、本当なのですか?」
「あぁ。歳三様もご存知の事さ。でも、希望なんて持っちゃいけないよ。歳三様には、琴様という許婚が居るんだからね。」
「はい・・」
この家に置いてくれている事だけでも有難いというのに、高望みなどしてはいけない。
 それなのにー
「千鶴、俺と結婚してくれねぇか?」
「それは、出来ません・・わたしは・・」
「俺は、お前ぇ以外の女とは結婚したくねぇ!」
「やめて、離して下さい!」
歳三は千鶴を掻き抱くと、そのまま荒々しく彼女の口腔内を激しく貪った。
「あぁん、いやぁ・・」
「何が嫌なんだ?」
「お願い、もぅ、あぁ!」
歳三の愛撫によって、千鶴は膣から潮を吹きながら海老反りになって達した。
「もう、挿入るぞ。」
「歳三・・」
「済まねぇ、初めてなのに優しくしてやらねぇかもしれねぇ・・」
歳三はそう言うと、千鶴の膣内に己の陰茎を埋めた。
膣襞が瞬時にそれを包み込み、締め付けた。
「奥まで・・あぁ!」
乞われるがままに歳三が千鶴を奥まで穿つと、己の先端が彼女の子宮口に触れた。
「歳三さん、愛しています!」
「俺もだ!」
千鶴が己の胸に顔を埋めているのを見た歳三は、そっと彼女の髪を優しく梳いた。
「歳三さん・・」
「済まねぇな、優しくしてやれなかった・・」
「いいんです。」
「千鶴、絶対にお前ぇを幸せにする・・」
「はい・・」
甘い夢―分不相応な夢を見てしまったのだ。
 その夢と、自分にかけられた魔法が解けるとは知らずに。
千鶴は、琴と歳三の晴れ姿を見る事なく、土方家から去った。
「歳三様・・」
階段から実母を突き落とした後、歳三は我に返って背後を振り向くと、そこには蒼褪めた顔をした執事・山崎烝の姿があった。
「ここは、わたくしにお任せ下さい。」
「山崎・・」
「誰か、来てくれ!奥様が階段から足を踏み外してしまった!」
「きゃぁぁ~!」
「奥様!」
恵津子は首の骨が折れて即死だった。
彼女の死によって、琴と歳三の結婚話は流れた。
「済まねぇな、山崎。」
「いいえ。」
「歳三様、旦那様がお呼びです。」
「わかった。」
歳三が父の書斎に入ると、彼は険しい表情を浮かべながら窓の外を見ていた。
「父さん、呼んだか?」
「歳三、急な話なんだが・・小樽へ行ってくれないか?」
「あぁ。うちが所有している炭鉱の経営者を変える事にしたんだ。お前もそろそろ、わたしの仕事を覚えておいた方がいい。」
「わかりました。」
「・・今まで、済まなかった・・全て、わたしの所為だ・・」
「あんたには感謝しているよ・・あんたが居なきゃ、俺は千鶴と会えなかったんだからな。」
扉が閉まった後、隼人の嗚咽が聞えて来た。
一方、小樽で千鶴はこの世に新しい命を産み出そうとしていた。
「産まれたよ、元気な女の子だ!」
「どうして、俺に子供の事を黙っていたんだ?」
「貴方に、ご迷惑をおかけしたくなかったんです。それに、わたしは母のような生き方はしたくなかった・・あなたのお妾さんとして、惨めで哀れな生き方はしたくなかった。」
「千鶴、俺は・・」
「わたしは、妾の子だと罵られ石を投げられ、美しく着飾る事も出来なかった!そんな思いを娘には・・千歳にはさせたくないんです!だから、もうわたし達の事は放っておいで下さい!」
「まだ話は終わってねぇ!」
「もう、あなたとは終わったんです!だからあなたは内地で待っているご家族の元へと戻って下さい!」
血を吐き出すかのような口調で千鶴は歳三にそう言うと、乱暴に椅子から立ち上がりカフェから出て行った。
「今はそっとしておいてあげておくれ。」
「女将さん・・」
「あんたと千鶴ちゃんとの間に何があったのかは知らないけれど、あの子は今まで苦労してきたんだよぉ。慣れない土地で頼れる人が居ない中での育児がどんなに大変か、華族様のあんたにはわからないだろうね。」
信はそう言うと、歳三を睨んだ。
「これを食べたら店じまいするから、出て行っておくれ。」
「わかりました・・」
歳三は、目の前に置かれている皿から、クッキーを一枚、手を取ってそれをほおばった。
「これは・・」
「あぁ、そのクッキーはうちの名物でね、千鶴ちゃんにしか作れないんだよ。」
『坊ちゃま、これを・・』
『このクッキー、お前が作ったのか?』
『はい・・お嬢様達から作り方を教わりました。お口に合うといいのですが・・』
ある日、そう言ってはみかみながら千鶴が歳三に手渡したのは、市松模様のクッキーと、ショートブレッドクッキーだった。
「美味い・・」
二人の関係が大きく変わっても、クッキーの味はあの日初めて食べたときの味と全く変わらなかった。
(・・俺は結局、あの人と同じじゃねぇか。下半身にだらしなくて、惚れた女一人守れねぇ情けねぇ奴・・)
カフェから出てホテルへと戻った歳三は、そんな事を思いながら一人部屋で自棄酒を呷った。
翌朝、二日酔いに苦しみながらベッドの中で寝返りを打っていると、フロントから電話がかかって来た。
「貴様が、恵津子の子か・・成程、良い面構えをしているな。」
そう言って歳三がホテルのティールームで対峙している男こそ、芹沢鴨-歳三の実父だった。
「今更俺に何の用だ?」
「お前に、縁談を持って来た。」
「俺は誰とも結婚するつもりはねぇ。」
「勘違いするな。俺がこうして貴様に会いに来たのは、貴様に利用価値があるからだ。」

そう言って芹沢は、悪鬼の如く笑った。

「これからは、俺の駒として優秀に働いて貰うぞ・・歳三。」

慣れない土地での育児は、千鶴にとって苦労の連続だった。
だが、あのまま土方家に居て一生日陰の身として生きながら、千歳が自分のように、“妾の子”として石を投げられ、罵られ、美しく着飾る事も許されない日々を過ごすよりも、見知らぬ土地で娘を美しく着飾らせ、やりたい事をやらせる方がいい。
刺繍をしながら、千鶴はベッドに眠っている千歳の寝顔を見つめた。
この子をお腹に宿している時、小さな命を殺すこと事など出来なかった。
土方家を出て、千鶴は多恵の実家がある会津へと向かったが、そこには良い働き口はなく、船で北海道と名を変えた蝦夷地へと向かった。
「女中の仕事ねぇ・・前のお屋敷からの紹介状がないと、駄目だね。」
「そうですか・・」
「あ、この近くの紡績工場で女工を募集しているよ。月給が良いし、出産費用も頑張れば貯める事が出来るさ。」
「はい・・」
こうして、千鶴は紡績工場で女工として働く事となった。
女工としての仕事は楽ではなかったが、あの職業案内所の女の言葉通り、腹の子の為の金は貯まった。
「千鶴ちゃん、これ。」
「この方は・・」
「今や飛ぶ鳥を落とす勢いの、芹沢鴨男爵様だよ。今度小樽に百貨店を開くんだってさ。」
「百貨店、ですか?」
百貨店なら、信子や周のお供で何度か行った事があった。
美しく煌びやかな世界―自分には一生無縁の世界。
「こんな所に百貨店なんて、流行るものかね?」
「まぁ、休みが合ったら一度は行ってみようよ、みんなで!」
「いいわねぇ。」
千鶴は、大きなお腹を抱えながら懸命に働いた。
 彼女が千歳を産んだのは、北海道に遅い春が来た、5月11日の事だった。
「可愛い子だね。あたしゃ何人か赤ん坊を取り上げた事があるけれど、こんなに綺麗な子は初めて見たよ。切れ長の美しい瞳・・将来はきっと、美人になる事は間違いないね。」
「そうですか・・」
よく、“男児は母親に、女児は父親に似れば幸せになる”と言われているが、千歳は歳三に良く似ていた。
容姿も、性格も、本当に自分が産んだのかと疑ってしまう程、千歳は歳三に似ていた。
だから、彼の事を忘れられずに、千鶴は辛い思いを抱えながら生きてきた。
勤め先の工場が不況のあおりを受けて潰れたのは、千歳が五歳の時だった。
行く当てもなく千鶴が途方に暮れていると、一人の女性から声を掛けられた。
「もし良かったら、うちで働いてみないかい?」
「え?」
声を掛けて来たのは、カフェ・六花の店主・信だった。
カフェ・六花は、芹沢男爵が経営している百貨店の近くにあった。
「あの、わたしは・・」
「丁度人手が足りなくてねぇ。」
「わたし、今まで食堂で働いた事がなくて・・それでもいいですか?」
「いいさ、あたしだって、カフェを昨日から始めたばかりなんだよ。初心者同士、仲良く頑張っていこうじゃないか!」
「これから、宜しくお願いします!」
「こちらこそ。」
カフェ・六花で千鶴が働き始めてから数年。
彼女が作るクッキーは、カフェの人気商品となった。
「ねぇ千鶴ちゃん、この前カフェに来たお客さん、あんたのクッキーを食べて泣いていたよ。」
「歳三さんが?」
「あぁ。あんたとその人との間に何があったのかは知らないけれど、ちゃんと話し合った方がいいんじゃないのかい?」
「いいえ、あの人とはもう終わったんです。」
「千歳ちゃんの父親は、あの人なんだね?」
「はい。」
「ねぇ千鶴ちゃん、あんたが訳有りだって事は薄々気づいていたよ。あたしも小樽に来て人並みの幸せを掴むまで色々とあったからね。」
「信さん・・」
「そいうや、昔の西洋の寓話にこんなのがあってね。大聖堂の近くに住んでいる娘と、貴族の青年が恋仲になった。それを知った青年の父親が二人を別れさせた。けれど二人は、どんなに離れていても惹かれ合ってしまう。」
「そのお話の意味は?」
「“運命には何人にも逆らえない”という事さ。もし、あの人があんたの運命の人だというのなら、その運命に従って幸せにおなり。」
「わたし、わたしは・・」
「千鶴。」
「歳三さん、どうして?」
「一晩あれから考えたんだ、お前とこれからどうするべきなのかを・・俺は、お前を諦められねぇ!」
歳三はそう叫ぶと、千鶴を抱き締めた。
「母様、その人、だぁれ?」
「千歳、この人はね・・あなたの、お父様よ・」
「え・・」
千歳の、切れ長の瞳が大きく開かれた。
「千鶴、俺と一緒になってくれ・・」
「はい・・」
「本当に、あなたがわたしの父様なの?」
「あぁ、そうだ。今までずっと、迎えに来れなくて済まなかったな。」
歳三はそう言うと、自分と瓜二つの顔をした娘を抱き締めた。
「これから、ずっと一緒に暮らそうな。」
「うん!」

1927年12月25日、千鶴と歳三は小樽市内にあるカトリック教会で結婚式を挙げ、正式に夫婦となった。

「これからは一生俺の傍に居ろ。離さねぇから覚悟しておけ。」
「はい・・」
歳三は千鶴を抱きながら、実父と話した日の事を思い出していた。
「結婚したい女が居る、だと?」
「あぁ。俺はそいつに骨の髄まで惚れている。だから・・」
「やはり、お前は俺の子だ。惚れた女を最後まで愛し抜く。お前の母親とは結ばれなかったが、片時も彼女の事を忘れた事はない。」
「芹沢さん・・」
「貴様と会うのはこれで最後だ。お前にはお前の生き方がある。父親として餞別の言葉をくれてやろう。惚れた女は最後まで守り抜くのだな。」
「あぁ、わかっているさ・・父さん。」
「柄にもない事を言うな。」
そう言って歳三に背を向けて去っていった芹沢の目には、光るものがあった。
千歳は突然死んだと思っていた父親が突然現れてはじめは戸惑っていたが、次第に打ち解けていった。
「やっぱり、あの子はあなたに似ていますね。」
「そうか?芯が強いところは、お前に似ていると思うんだが・・」
「ふふ、そうでしょうか?」
「なぁ千鶴、こいつはどっち似ると思う?」
「さぁ・・」
千鶴はそう言うと、少し膨らんだ下腹を擦った。
彼女は、二人目の子をその身に宿していた。
「早く会いてぇな。」
「わたしもです・・」
千鶴が元気な男児を出産したのは、歳三と結婚して半年後の事だった。
「これからよろしくね、誠。」
四人は小樽で二年間暮らした後、東京へと戻った。
「まさか、こんなにも早くこの家に戻る日が来るなんて思いもしませんでした。」
「千鶴、俺はお前の妻だ。」
「はい・・」
千鶴が歳三と共に土方伯爵邸の中へと入ると、玄関ホールには、山崎をはじめとする使用人達が新しい土方伯爵家の女主人をうやうやしく出迎えた。
「お帰りなさいませ・・千鶴様・・」
「ただいま、山崎さん。」
こうして、千鶴は歳三の妻として、土方伯爵家の一員となった。
「父様、ヴァイオリンの先生に今日も褒められたよ!」
「良かったな。」
「やっぱり千歳は、あなたに似ていますね。」
「あぁ、そうだな。誠は?」
「お部屋で寝ていますよ。起こして来ましょうか?」
「いや、いい。」
この時、何故息子を起こしに行かなかったのかと、千鶴は激しく後悔する事になる。
「坊ちゃま、起きて下さい。」
「ん・・」
「これから、わたしと一緒に出かけましょう。」
「どこへ?」
「どこへでもです・・秘密の旅ですよ。」
「お父様達には、話さないと・・」
「いいえ、すぐに出発致しませんと・・」

誠を起こして彼に服を着せた女中―歳三の元許婚・琴は、そのまま彼を土方伯爵家から攫って姿を消した。

(あなた達を、幸せになんかさせて堪るものですか!)

まさか、こんなに上手くいくとは思わなかった。
琴はそう思いながら、誠と共に実家へと身を寄せていた。
「琴、その子は・・」
「お母様、わたし達が居ることを絶対に話さないで。」
「えぇ・・」
「この子は、わたしが産んだ子にして。」
「そんな、無理よ。」
「無理だから、やらないっていうの?無理でもやるのよ、いいわね!?」
「でも・・」
「あんた達が株に手を出した所為で、わたしの人生は滅茶苦茶になったのよ!その代償として、わたしはあの女からこの子を、幸せを奪うのは当然でしょう!」
「琴・・」
「いずれ歳兄ちゃんが、ここに来るわ。」
「じゃぁ・・」
「さっき言った事は撤回するわ。わたしは暫く、ここを離れるわ。」
「これから、何処へ行くの?」
「北海道よ。」
「そんな遠くへ・・」
「この子をどこかへやるつもり。だから・・」
琴が両親とそんな話をしていると、外から激しい衝撃音と、悲鳴が聞こえた。
「子供が車に撥ねられたぞ!」
「何て事・・」
「琴、あなた・・」
「大丈夫、上手くやるわ。」
車に撥ねられ意識不明となった誠は、目覚めた時、全てを忘れていた。
愛する両親と、賢くて優しい姉の事も、彼らが自分を探している事も、全て忘れてしまった。
「あなたは、だぁれ?」
「わたしは、琴。あなたのお父様とお母様に頼まれたのよ。」
「え?」
「落ち着いて聞いて頂戴、お父様とお母様は、事故で亡くなられたのよ。お母様の親戚が北海道に居るから、一緒に行きましょうね・・」
「うん・・」
葵の口車に乗せられ、誠は彼女と共に北の大地へと向かった。
「まぁ、ようこそ。」
「誠、今日からここが、あなたのお家よ。」
「え?」
「これからは、ここであなたは暮らすのよ。」
「嫌だ、僕を捨てないで・・お母さん!」
「汚い手でわたしに触らないで!」
涙と鼻水で顔を汚しながら、誠はそう琴に泣いて縋った。
だが、彼女は冷たく彼を拒絶した。
「さようなら、何処の誰だかわからない、お坊ちゃん。」
誠の目の前で、希望へと繋ぐ扉が閉ざされた。
「これでいい・・あの子は永遠に、家族の元へは帰れない!」
琴がそう叫んだ時、一台の車が猛スピードで彼女の方へと突っ込んで来た。
悲鳴を上げながら、彼女は宙を舞って地面に叩きつけられた。
(まだ・・まだなのに・・)
口から血泡を吐きながら、彼女は息絶えた。
「さっさと起きな!」
耳元で鍋底を叩く音で起こされ、誠は他の孤児達と共にベッドから出た。
「さっさと並びな!」
 変な臭いがするスープと、カビが半分生えたパン―それが、彼らの食事だった。
孤児院には、誠の他に数十人の少年少女達が居た。
孤児達は毎日朝六時から夜十時まで近所の工場、農場や炭鉱でこき使われていた。
風呂は月一回入れる位が良い方で、皆全身ダニやシラミにまみれ、いつも腹を空かせていた。
「おいら、一度だけでもいいから、お腹一杯ご馳走を食べてみたいや。」
「大助・・」
「誠の父ちゃんと母ちゃんは、何処にいるんだ?」
「二人共、死んじゃったんだ・・だから、二度と会えないんだ・・」
誠はそう言うと、涙を流した。
一方、誠の本当の両親である千鶴と歳三は、血眼になって彼の事を探していた。
「もう、駄目なのかもしれない・・」
「諦めるな、まだ・・」
「そんな事を言っても・・」
千歳は、両親が口論する声を聞きながら、二人に読んで貰おうと思っていた本を抱えながら自室へと戻っていった。
愛する弟が聞えてから、両親の顔から笑顔が消え、その代わりに二人の間で喧嘩が増えていった。
「わたしが悪いんです、わたしが・・」
「そんな事は誰も言っていないだろう!」
幼子を部屋に一人きりにさせたと、千鶴は己を責めていた。
「あなたは、わたしが居なくなってしまえばいいと思っているんですよね?」
「おい・・」
「全てわたしが悪いんです、わたしが・・」
「しっかりしろ!」
誠の事で、千鶴は精神的に追い詰められ、正気を手放してしまった。
「嫌よお母様、行かないで!」
「大丈夫よ、きっと帰って来ますからね・・お父様の言う事をちゃんと聞くのですよ。」
「お母様~!」
千鶴は軽井沢にある精神療養所に入る事となった。
「どうして、お父様はお母様をあんな風になるまで追い詰めたの!?」
「千歳、それは・・」
「誠も、お父様も、みんな大嫌い!」
千歳は自分を抱き締めようとした歳三の手を冷たく払い除けた。
「そうか、勝手にしろ!」

家族の絆というものは、鋼のように強固なものだと思っていた。
だがそれは、一瞬で脆くも崩れ去っていった。

三年後―1932年5月11日。

この日は、千歳の十三歳の誕生日だった。
毎年―千歳が土方家で暮らすようになってから歳三と千鶴は自分の誕生日を祝ってくれた。
だが、今年はそれがなかった。
「お嬢様・・」
「もう、下がって。」
「しかし・・」
「あの人は仕事で忙しいんでしょう。」
千歳は、そう言うとダイニングから出て行った。
「お待ち下さい!」
自室に入った彼女は、千鶴から誕生日プレゼントが入った箱がベッドの上に置かれていることに気づいた。
“お誕生日おめでとう、千歳。あなたももう十三歳、大人の女性の仲間入りね。今年もあなたのお誕生日を祝えなくてごめんなさい。例えあなたと一緒に暮らせなくても、あなたとずっと繋がっているわ。”

(お母様・・)

自分が前から欲しがっていた本―千鶴からプレゼントされた本を、千歳は包装紙ごと抱き締めた。
母に、会いたい。
会って、抱き締めて欲しい。

「お嬢様、旦那様がお帰りになられました。」
「もうわたしは部屋で休んでいると言って頂戴。」
「わかりました・・」
「そうか。」
「旦那様、もっとお嬢様を気にかけては・・」
「使用人の癖に、俺に指図するのか?」
「申し訳ございません・・」
「わかればいい。」
主の書斎を辞した山崎は、溜息を吐いた。
「旦那様は、変わられてしまった。」
「誠様が消えてしまってからというものの、土方家からは笑顔が消えちまったよ。」
「あの誠様を奪った琴って女中、歳三様の許婚だったらしいじゃないか?」
「家業が恐慌の煽りを受けて倒産して、うちへ働きに来たんだって。」
「あの女、一体どこに・・」
「さぁね。実家にでも居るんじゃないのかい?」
「その実家は、何処だ?」
「だ、旦那様・・」
「琴の実家は・・」
琴の実家は、房総半島の集落の中にあった。
「わたし達、必死に止めたんです!それなのに・・」
「お許しください、娘の罪はわたし達が償います!」
「琴は何処に居る?」
「あの子は、死にました・・北海道で、車に撥ねられて・・」
「そんな・・いつですか?」
「三年前です・・」

(クソ、もっと早く動いていたら!)

誠を探す唯一の手掛かりという名の灯火が、歳三の前で虚しく消えていった。

「千歳、何の本を読んでいるんだい?」
「お祖父様。」
 千歳が自室で読書をしていると、そこへ隼人がやって来た。
「“クリスマス・キャロル”よ。」
「ディケンズか。千歳は今までどんな本を読んできたんだい?」
「ちょっと待って下さる?」
千歳はそう言うと、隼人に自分の読書ノートを見せた。
「ほぉ、色々な本を読んでいるんだね?」
「えぇ。本当は、もっと難しい本を読みたいんだけれど、全部あの人の本棚にあるから読めないの。」
「お父様にお願いしてごらん?」
「無理よ、あの人はわたしの事を嫌っているもの。」
「そんな事はないさ。」
「嘘よ。だってあの人は、誠の事しか考えていないもの。」
「それは違うよ。お父様は素直じゃないんだ、君と同じようにね。」
「わたしと、同じ?」
「あぁ。」
その日の夜、歳三は隼人に呼ばれて彼の部屋へと向かった。
「何だ親父、俺は忙しい・・」
「歳三、そこへ座りなさい。」
「俺は疲れて・・」
「いいから、座りなさい!」
歳三は溜息を吐くと、隼人の前に座った。
「お前は、千歳の事をどう思っているんだ?」
「大切に思っているよ。」
「嘘を吐くな。あの子の誕生日をすっぽかした事を、わたしが知らないとでも思っているのか?」
「俺は・・」
「・・お前は昔から、他人に素直になれず、妙に意地を張る所がある。千歳も、お前に似て頑固な所がある。」
「親父・・」
「娘を愛してやれ、歳三。お前は、誠の事ばかり気に懸けてばかりで、あの子の事を蔑ろにしていないか?」
「俺はただ、千鶴に元に戻って欲しいだけで・・」
「自分勝手な欲望を、愛する家族に押し付けるな!」
隼人は、言い訳ばかり並べ立てている歳三をそう叱責した。
「お前が今やっているのは、己のエゴを家族に押し付けているだけだ。」
「じゃぁ、どうしろって言うんだよ!千鶴はあんな風になっちまって・・俺ぁもう、気が狂いそうなんだよ!」
「やっと、本音を話してくれたな・・」
隼人は、自分の胸に顔を埋めて泣く歳三の頭をそう言って優しく撫でた。
翌朝、千歳は久しぶりに歳三と共に朝食を食べた。
「お父様、今度『資本論』を貸して下さらない事?」
「わかった。」
「今日はヴァイオリンの先生の所に行くから、帰りが遅くなるわ。」
「気をつけて行けよ。」
歳三との関係は少しぎこちないものの、お互いに少しずつ歩み寄れるようになった。
「お父様、これ・・」
「ありがとう。」
「お母様のレシピノートを見ながら作ったの。」
「美味しい・・」
「良かった。」
「千歳、千鶴はどうだ?」
「少し落ち着いていらっしゃるって、先生がおっしゃっていたわ。」
千歳は週に一回、千鶴を訪ねに軽井沢へ行っていた。
「今度、二人で会いに行こう。」
「えぇ!」
父娘二人でそんな会話をしていると、山崎が慌てた様子でダイニング・ルームへと入って来た。
「旦那様、軽井沢から連絡が・・」
「何だと!?」
それは、千鶴の持病の喘息が悪化したというものだった。
「千鶴、しっかりしろ!」
「お母様!」
二人の呼び掛けで、千鶴は死の淵から甦った。
「奥様は、このまま退院させた方がよろしいかと。状態が安定していますし、空気の良い所で転地療養した方が、奥様にとって一番の薬かと。」
「そうですか・・」
主治医からそんな説明を受け、歳三は溜息を吐いた。
「あなた・・」
「千鶴、大丈夫か?」
「えぇ。心配かけて、ごめんなさい。」
「何を言っていやがる。」
「わたし、漸く三人で暮らせるんですね・・」
「千鶴・・」
歳三はそっと、少し痩せてしまった妻の手を握った。
「本日のレッスンはここまで。」
「ありがとうございました。」
「千歳さん、女学校を卒業したらどうなさるおつもりで?」
「音楽学校を受験するつもりです。」
「あなた程の腕前なら、大丈夫でしょう。しかし、世界情勢が何やらきな臭くなってきましたから、留学は難しいでしょうね。」
「そうですか・・」
「お母様は、息災でいらっしゃいますか?」
「はい。実は、満州へ引っ越すことになりました。」
「ほぉ、それは遠い所へ・・」
「音楽学校は、世界中何処でもありますわ。」
「では君へのはなむけに、ひとつ占って差し上げましょう。」
「まぁ、ありがとうございます。」
千歳の音楽教師・山南敬助はそう言うと、タロットカードを取り出した。
「先生、どうですか?」
「あなた方が探している方は、きっと見つかりますよ。」
「本当ですか?」
「えぇ。長く暗いトンネルの中を歩く事になりますが、希望の光は常にあります。」

その時、山南の言葉の意味が千歳にはわからなかった。


1937年満州。

土方家は哈爾浜中心部に自宅を構え、悠々自適な生活を送っていた。

「あなた、お茶が入りましたよ。」
「ありがとう。」
「お父様、お母様、ただ今帰りました。」
「お帰りなさい。」

十八歳の千歳は、哈爾浜市内の音楽学校に通っていた。

「もうすぐ七夕ですね。」
「あぁ。」
「短冊に、お父様は何と書くの?」
「内緒だ。」
「狡い~、教えてよ!」
「こら、余りひっつくな。」
「もう、二人共・・」

こんなに穏やかな日々が、ずっと送れると歳三達は信じていた。
しかし―

7月7日、日中戦争勃発。

「これからどうなってしまうのかしら?」
「大丈夫よ、きっとすぐに終わるわ。」
「そうね・・」
すぐに終わると思っていた戦争が長引くとは、まだ誰も思っていなかった。
「そうか・・そんなに戦況は悪化しているのか。」
「はい。我が社は軍の特需工場を担っていますが、いつ敵の標的となるのか・・」
「山崎、もう仕事に戻っていい。」
「わかりました。」
帰宅後、歳三が妻と娘三人が夕食を囲んでいると、突然玄関の戸が何者かに激しく叩かれた。
「誰だ、こんな時間に?」
「土方歳三殿ですか?」
「あぁ、そうだが・・あんた達は?」
「これを。」
「おめでとうございます!」
玄関先に現れた男達が歳三に渡したもの―それは召集令状―俗に言う“赤紙”だった。
「そんな、嘘でしょう・・」
「お母様・・」
「千歳、俺が留守の間、千鶴を頼むぞ。」
「はい、お父様・・」
「大丈夫だ、きっと生きて帰って来るから。」
「えぇ、待っています・・」
歳三が出征する日は、雲ひとつない快晴だった。
『露営の歌』を歌い、日の丸の旗を元気良く振りながら、千鶴達は歳三を駅まで見送った。
「それでは、土方歳三君の健闘と武運を祈って、万歳~!」
「万歳、万歳~!」
千歳は、それまでじっと俯いていた母が、汽車が蒸気を噴き出し、そろそろ出発するという時に、周りの人達を押しのけ、父の足元に縋りついてこう叫んだ。
「死なないで下さい!何があっても生きて帰ってきて下さい!」
「貴様、この非国民が!」

憲兵に突き飛ばされ、眉間から血を流している妻の姿を車窓越しに見た父は、泣いていた。

憲兵に突き飛ばされ、眉間から血を流している千鶴の姿を見た瞬間、歳三は今まで堪えていた涙を流した。

「千鶴、千鶴~!」

今すぐに駆け寄って彼女を抱き締めてやりたい―だがそれが出来ぬ己の身に、歳三は情けなさと惨めさで、暫く声を押し殺して泣いていた。
「これから戦うってのに、女々しい奴だねぇ。」
「ったく、辛気臭いねぇ。」
歳三が泣き腫らした目を擦りながら客車の扉を開けると、兵士達がそんな事を言って冷ややかな視線を彼に送った。
「こちら、どうぞ。」
「済まねぇな。」
歳三が空いている座席に腰を下ろすと、隣に座っていた男は読んでいた洋書の本を閉じた。
少し癖のある栗色の髪に、若緑色の瞳をしたその男は、大鳥圭介と歳三に名乗った。
「さっき憲兵に突き飛ばされていたのは、君の奥さんかい?」
「あぁ。」
「誰でも、愛する人を死なせたくないのは当然さ。」
「あんた、そんな事を言うと、非国民扱いされるぞ?」
「言いたい事を言って何が悪い?」
「・・どうやらあんたとは、気が合いそうだな。」
「これから、よろしく頼むよ。」
「あぁ・・」
大鳥と歳三は、同じ部隊になった。
大鳥は、歳三と同じ妻子持ちで、北海道の小樽で医者をしていたという。
「小樽か・・昔、住んでいたんだ。」
「へぇ、そうなのかい?じゃぁ、百貨店の近くにあったカフェの事は知っているかい?」
「“六花”だろ?嫁が昔、そこで働いていたんだ。」
「そうか。そう言えば、小樽で百貨店を経営している芹沢鴨って人が、左腕に火傷痕がある孤児を引き取ったそうだよ。」
「何だと!?」
「もしかして土方君、芹沢さんを知っているの?」
「あぁ、古い知り合いだ。」
“左腕に火傷痕がある孤児”―まさか、そんな筈はない。
歳三の脳裏に、まだ幸せだった頃の記憶が甦った。
あれは、千歳が千鶴にクッキー作りを教わっていた時だった。
「お父様、助けて!」
血相を変えながらそう言って自分を厨房へと連れていった娘は、自分の不注意で弟が熱い生地を左腕にかぶって火傷してしまったとしゃくり上げながら、歳三に話した。
「ごめんなさい、お父様・・」
「大丈夫だ、誠は強い子だ・・」
(もしかしたら、その子は・・)
「土方君?」
「・・大鳥さん、その話詳しく聞かせてくれねぇか?」
(違うのかもしれない・・でも、望みがあるのなら、それに賭けてみたい。)
「あんた達、また仕事をサボったね!」
「違います、朝から熱があって・・」
「黙りな!」
誠は、朝から熱を出していて、その所為で力が入らなかった。
「あんたって子は、役立たずだね!」
鞭で打たれながら、誠は泣くまいと唇を噛み締めた。
「あんたは飯抜きだ、いいね!」
「ごめんなさい・・」
「わかればいいんだよ!」
その日、彼は近くの農場にある厩舎の中で眠った。
孤児院にはベッドもシーツもあったが、それらは全てダニの巣だった。
それに、院長のいびきや歯ぎしりで眠れなくなるよりも、馬糞に塗れながらも熟睡できた方がマシだった。
「おや、あんた孤児院に居ないと思ったら、ここに居たのかい。」
頭上から声がして誠が藁の中から顔を出すと、そこには、“カフェ・六花”の女将が立っていた。
「ほら、お食べ。どうせあの強欲婆から飯抜きにされたんだろう?」
「頂きます!」
女将から貰ったのは、市松模様のクッキーだった。
それを頬張るといつも、優しい“誰か”の顔が浮かんでは消えていった。
「それ、どうしたんだい?」
「昔からあるんです。」
誠の左腕には、酷いケロイド―火傷痕がある。
それがいつ、どこでも出来たものなのかは、わからない。
だが、時折夢に出てくる“あの人達”と関係があるものなのかもしれない。
「ねぇ、このクッキー、女将さんが作ったの?」
「あぁ、そうさ。でもね、昔はあたしの店で働いていた子から作り方を教わったのさ。」
「へぇ・・」
「そういやぁ、あんたとその子は良く似ているよ。目元なんか、そっくりだ。」
「どんな人だったの?」
「今度、写真を持ってくるよ。」
「わかった。」

もしかしたら、女将さんが話していた“その子”が、僕のお母さんなのかもしれない―誠は、そう思うようになった。
ある日、誠は全身に疥癬(ヒゼンダニを媒介にして起こる皮膚病)が出来て、生死の境を彷徨っていた。
「こいつを外へ捨てて来な!」
「はい・・」
氷点下の外へと放り出され、誠が苦しそうに喘いでいると、彼の前に一台の車が停まった。
「坊主、生きたいか?ならば、俺の手を取れ。」
誠は、震える手で、しっかりと芹沢の手を握った。
「坊主、名は?」
「誠・・誠です。」
「そうか、では今日からお前は俺の息子だ。」

これが、祖父と孫の邂逅だった。

「お母様?」
千歳が隣に寝ている筈の千鶴が居ない事に気づき、慌てて彼女の姿を探していると、中庭の方から彼女の歌声が聴こえて来た。
「お母様・・」
千鶴は、中庭に植えられている桜の木の周りをグルグル回っていた。
「どうしたのよっ、しっかりして頂戴よっ!」
「歳三さぁん、どこにいるの、歳三さぁん!」
「奥様、どうなさったのです!?」
「山崎さん、お母様の様子がおかしいの!」
「どこにいるの、歳三さ~ん!」
歳三の出征により、安定していた千鶴の精神状態は再び悪化した。
「こればかりは、特効薬がありませんからねぇ。」
「そうですか・・」
千歳は、虚ろな瞳で桜の木を眺めながら縁側で童謡を歌っている母の姿を見て、ある決意を固めた。
「歳三さぁん、どこ~!」
「千鶴。」
努めて父の声に近くなるよう、千歳は低い声で母に呼び掛けた。
「こんな所に居たら風邪ひいちまうだろうが。」
「わかりました、歳三さん。」
この日から、千歳は父が帰って来るまで、彼の“振り”をする事にした。
(お父様、お願い・・早く帰って来て・・)
「どうしたんですか、歳三さん?早く中へ入りましょう?」
「あぁ・・」

その“生活”は、七年間歳三が帰って来るまで続いた。

1944年3月、インパール。

戦争は終結するどころか、徐々に戦況が悪化してゆく一方だった。
そんな中、歳三達の舞台はビルマ戦線・インパールへと進軍していた。
「前線は絶望的な状況だそうだ・・」
「食糧も物資も不足しているといるってのに、“前進せよ”って、どういうつもりなんだ、上層部は!?」
「しっ、声が大きいよ。」
「そうは言ってもなぁ・・」
「何だか気が滅入るから、君アレ持ってきているんだから弾いてよ・・瓢箪型糸擦機(ひょうたんがたいとこすりき=ヴァイオリン)!」
「情緒がねぇ呼び方だな・・」
「本当だね、あ~可笑しい!」
それは、嵐の前の静けさだった。
やがて歳三達へ、前線への出撃命令が出た。
「クソッ、雨の所為で何も見えやしねぇ!」
「土方君、危ない!」
大鳥の声が聞こえて歳三が彼の方を振向こうとすると、突然右半身に激痛が走った。
「衛生兵、衛生兵~!」
“歳三さ~ん!”
薄れゆく意識の中で、歳三は千鶴の声を聞いたような気がした。
(俺は、まだ死にたくねぇ!)
“インパール作戦”で、参加した日本兵はほぼ死亡し、歳三達の部隊は、歳三と大鳥以外、全員死亡という暗澹たる結果となった。
戦闘で、歳三は右腕を失い、戦線離脱した。

哈爾浜駅で自分と再会した妻は、大声で泣き叫びながら抱きついて来た。

「お父様、お茶が入りました。」
「あぁ・・」
歳三は右腕を失ったが、それ以外は何処も異常なしと医師から言われた。
しかし―
「うわぁぁっ!」
「歳三さん、しっかりして下さい!」
「千鶴・・千鶴なんだな?」
「えぇ、そうですよ。」
「済まねぇ、俺は・・」
「大丈夫、大丈夫ですから・・」
彼は夜中に魘され、千鶴はその都度彼を落ち着かせていた。
歳三は働こうとしたが、腕一本ない男を雇ってくれる所など、何処もなかった。
「ざまぁねぇな・・」
「歳三さん・・」
「俺ぁ、もう・・」
「大丈夫、大丈夫ですから。」
やがて歳三は、時折夜中に何処かへ行くようになった。
「ねぇお母様、お父様は?」
「あの人なら、お部屋に居るわ。」
「そう・・」
千歳が父の部屋に行くと、彼は寝息を立てて眠っていた。
少し痩せた父の頬をそっと撫でた千歳は、父の首筋に痣を見つけた。
それは、まるで人の指の形のような―
「う・・」
「お父様・・」
「母様には・・千鶴には言うなよ。」
「えぇ、わかったわ。」
歳三は軽く咳払いした後、夜に色街で働いている事を千歳に話した。
「じゃぁ、その痣は・・」
「ロシア人にやられた。あいつら、酒に入ると好き放題にやりやがる。」
「大丈夫なの?」
「あぁ。」
「そう・・」
「敵に尻尾を振るのは俺の性には合わねぇが、生きていくには仕方ねぇ。」
「気を付けてね、父様。」
「あぁ。」
「色街の仕事って、もしかして・・」
「それ以上は言うな。」
「わかったわ。」
数日後、千鶴は父の事が気になって彼の職場である酒場へと向かった。
そこには、酒と男、女の匂いに満ちていた。
父は女のように化粧をして、薄い生地のドレスを着て、大男にしなだれかかりながらロシア語で何かを男と話していた。
『あらあんたも、ここで働きたいのかい?』
『あの、ここは・・』
『二階で客を取るのさ。ロシア人がうちの客の大半を占めるけどね。』
『そう、ですか・・』
帰宅した千歳は、酷い頭痛に襲われ、一晩中眠れなかった。
「千歳、酷い顔をしているわね?」
「えぇ。ちょっと眠れなくて・・」

1945年3月9日未明。

土方隼人は、赤坂にある本邸を陸軍の宿舎として接収され、浅草の別邸へと移り住んでいた。
空襲が激しくなって来たので、長野へ疎開してはという周囲の忠告に耳を傾けず、隼人は東京に留まり、息子家族の帰りを待っていた。
「旦那様、旦那様!」
「何だ、どうしたこんな夜中に?」
「早く、早く防空壕へ避難して下さい!」
その日、米軍が焼夷弾による東京下町一帯を爆撃、3月10日までに一晩で約十万人もの死者を出した。
類を見ないこの無差別爆撃は「東京大空襲」と呼ばれた。
「川の方へ逃げましょう!」
「わかっている!」
隼人達は炎の海の中、隅田川にかかる言問橋へと向かったが、そこは避難してきた人々でごった返していた。
そんな彼らの頭上から容赦なく焼夷弾が降り注ぎ、橋の上は瞬く間に火炎地獄と化した。
堪らず川の中へと飛び込んだ人々にも、容赦なく火の粉は降り注いだ。
一夜明け、言問橋周辺には黒焦げの死体が転がっていた。
辛くも軽井沢にある土方家の別荘番を任されていた相馬は、変わり果てた隼人の姿を欄干付近で発見した。

「旦那様~!」

日本本土が次々と焦土と化す中、北海道にも炎の悪魔が忍び寄ろうとしていた。

「父さん、話とは何ですか?」

「誠、良く聞け・・日本は、敗ける。」
「ありえない、そんなの!日本は・・」
「内地は焦土と化している。東京を一晩でそうさせた焼夷弾を、敵は持っている。」
「それは・・」
「時代に流されるな、誠。」
「父さん・・」
「いつかこの国を・・焦土と化したこの国を、お前達が不死鳥のように蘇らせるのだ。絶望に塗れた灰の中にも、希望は埋まっている。」
「父さん?」
「これをお前に。」
芹沢は、誠に一枚の写真を手渡した。
「これは?」
「この写真に写っているのは、お前の本当の家族だ。」
「どういう事?」
「お前の本当の名は、土方誠・・俺の、孫だ。」
「じゃぁ、それを知っていて、あなたは・・」
「俺は・・」
芹沢が口を開き次の言葉を継ごうとした時、空襲警報が小樽の街に響いた。
「話は後だ!」

誠が芹沢と共に全財産が入ったリュックを背負って自宅から出ると、上空から轟音と共に米軍の爆撃機が現れた。

1945年6月23日、沖縄。

「鉄の暴風」と呼ばれた米軍の艦砲射撃と、米軍の上陸による地上戦により、ひめゆり学徒隊や鉄血勤皇隊などに所属していた少年少女達が次々と命を落としていった。
また、ガマ(洞窟)に逃げ込んだ住民達は、米軍の度重なる投降命令に耳を貸さず、集団自決という悲劇が起きた。
そのガマの中には、歳三の幼馴染で親友でもある近藤勇の姿があった。
「みんな、米軍に嬲り殺される前に潔く死のう!」
「待ってくれ、俺が様子を見に行って来る!だから5分だけ・・5分だけ待ってくれ!」
「いや、3分しか待てん!」
「わかった、3分だな!」
勇がガマから出て米軍に英語で、今住民達に投降するよう説得したが、まだ時間がかかりそうだからもう暫くの間待って欲しいと話した。
『見ろ、洞窟の中が燃えているぞ!』
『あいつら、正気じゃない!』
勇は、呆然とした様子で紅蓮の炎に包まれているガマを見つめた。
この日、夥しい数の犠牲者を出した沖縄戦は終結した。
勇は辛うじて生き残った住民達と共に、米軍の収容所へと入れられた。
「これから、どうなるんだ?」
「大丈夫だ、生きていれば何とかなる・・」

(そうだろ、トシ?)

1945年8月6日、広島。

歳三の次姉・周は、結婚し夫の故郷である広島に住んでいた。
この日も、いつもと変わらぬ暑い夏の日だった。
午前8時15分に、広島上空に原子爆弾が炸裂し、熱線と放射能によって約九万から十六万六千人もの死者を出し、街を焦土と化すまでは。
周は、爆心地であった広島産業奨励館(原爆ドーム)の近くに住んでいた。
彼女の身体は、その骨すら残せずに溶けて消えていなくなってしまった。

1945年8月14日、歳三達を含む日本人避難民達約二千人は、哈爾浜を出て、一路朝鮮・釜山へと向かっていた。
その日の四日前、爆撃を受けた興安在住の日本人約千数百人と、哈爾浜在住の歳三達日本人約二千人、あわせて約三千数百人が集結し、行動隊が組織された。
午前11時40分、歳三達は行動隊と共に葛根廟付近を歩いていると、戦車十四両とトラック二十台に搭乗した兵士達の姿を発見した。

「友軍?それとも・・」
「違う。今すぐ引き返すぞ!」
「どうして?」
「あいつらが乗っている戦車の上に掲げられた旗を見ろ!」

千歳が望遠鏡で戦車の上に掲げられているソ連国旗を確めた直後、前方から機関銃の砲声と、戦車が人を轢き殺す音が聞こえた。

「いいか、決して立ち止まるんじゃないぞ!」
「敵に見つかる前に逃げろ!」
歳三達は只管後ろを振り返らずに来た道を戻った。
「父様、これからどうするの!?」
「それは安全な場所に避難した後で考えろ!」
「はい!」
背後からは人々の悲鳴や怒号、戦車が人を轢き殺す音が聞えて来たが、歳三達は一度も振り返らなかった。
『おい、止まれ!』
ロシア語でそう背後から怒鳴られても、歳三達は止まろうとしなかった。
だが―
『止まらないと撃つぞ!』
「父様・・」
「大丈夫だ、大丈夫だから。」
「歳三さん・・」
「千鶴、大丈夫だ。」
こうして歳三達は命は取られなかったものの、シベリアでの長く苦しい抑留生活を強いられた。
武装解除し降伏した兵士や、歳三達日本人避難民達は、永久凍土(ツンドラ)の上に建てられたラーゲリ(強制収容所)へと移送された。
そこでの生活は、まさしく生き地獄そのものだった。
氷点下四十度の極寒の中、男達は鉄道敷設作業や炭鉱などでの重労働を課せられ、彼らは病と栄養失調で次々と命を落としていった。
歳三は左腕一本で石炭を掘ったり、重い丸太を運んだりしていたが、やがて無理が祟ってしまい、床に臥せてしまった。
「父様、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。」
千歳が分厚いコートの下に母が持たせてくれた僅かな食糧を隠し持って父の元へと向かうと、彼は収容所内の医務室にある清潔なベッドの上に寝かせられていた。
「千鶴は、どうしている?」
「母様とわたしは大丈夫よ。皆さんと、毎日ミシンで兵隊さん達の服を作っているわ。」
「そうか。千鶴には、俺は大丈夫だから安心しろと伝えてくれ。」
「わかったわ。」
千歳は医務室から出た時、廊下であるソ連兵と擦れ違った。
(この人、何処かで見たような・・)
千歳がそのまま通り過ぎようとした時、不意に彼女はそのソ連兵に腕を掴まれた。
『お前、あの時の娘だな?』
そう言って口元に下卑た笑みを浮かべる男は、あの時酒場で見かけた男と同一人物だと気づいた千歳は、乱暴に男の腕を振り払うと、その場から逃げ出した。
『さっき、お前の娘に会ったぞ。』
『娘には手を出すな。』
『あぁ、わかっているさ。』
男はそう言うと、ベッドに寝ている歳三の上に覆い被さった。
それから暫くして、収容所内である噂が流れた。
それは、“ソ連兵が最近、黒髪の男娼に入れあげている”というものだった。
「ねぇ千歳、その男娼ってもしかして・・」
「父様じゃないわ。だから安心して、お母様。」
「そうようね・・そうに決まっているわよね。」
そう言った母は安堵の笑みを浮かべていたが、その笑みは少し引き攣っていた。
「千鶴、居るか?」
「歳三さん、どうなさったのですか、ここに来られるなんてお珍しいですね。」
「ちょっと、お前ぇらにこれを渡したくてな。」
 歳三がそう言って分厚いコートにしたから取り出したのは、食糧が入った袋だった。
「どうしたの、これ?」
「少し、分けて貰った。」
「歳三さん、お話があります。」
「何だ?」
「この食糧、何処で手に入れたんですか?」
「だからこれは・・」
「もしかして、あの噂は・・」
「千鶴、それは・・」
「どうして、どうして!」
千鶴はそう言って泣き叫ぶと、平手で夫の胸を叩いた。
「わたしは、あなたが生きてくれれば何も要りません!それなのに、どうして女郎の真似事なんか・・」
「お前達を守る為に決まっているだろうが!誰が好きこのんであんな野郎共の前にてめぇの尻を突き出せるもんか!」
「歳三さん・・」
「俺の事は何も心配するな。」
「でも・・」
「大丈夫だ・・大丈夫だから・・」
歳三達が舞鶴行きの帰還船に乗って漸く帰国出来たのは、1947(昭和22)年―終戦から二年経った頃だった。
東京にあった土方伯爵邸と別宅は焼け、軽井沢の別荘は無事だったので、歳三達はそこで暮らす事になった。
 だが、歳三は仕事を探したものの、彼が腕一本であることを知った雇用主達は皆一様に渋面を浮かべた。
「ご覧の通り、東京も大阪も、全て焼け野原になっちまって、仕事といえば鉄屑拾いだけだね。」
「働けるんなら、どんな仕事でもやります!」
「そうかい。キツイ仕事だが、そこまで言うんなら、雇ってやってもいい。」
「ありがとうございます!」
しかし、鉄屑拾いの仕事は楽ではない上に、それまで伯爵家の子息として暮らしていた歳三にとって、慣れないものだった。
「何モタモタしてんだい、さっさと手を動かせ!」
「全く、とんだ木偶の坊を親方は雇ったもんだよ!」
鉄屑拾いの仕事は、主に十代の少年少女達で構成されており、彼らの多くは家族を空襲で失った戦災孤児だった。
「・・ただいま。」
「父様、お帰りなさい。お風呂、沸かしておきましたよ。」
「ありがとう・・」
父の全身からは、ゴミと灰の臭いがした。
「父様、わたし働こうと思うの。」
「どうした、急に。」
「いつまでも、こんな生活をしていたら飢え死にしてしまうと思って・・」
「おい、お前まさか、パンパンでも・・」
「違うわ。大鳥さんとこの前、闇市でお会いしたのよ。」
「大鳥さんに?」
「えぇ。ビルマで父様と別れた後、大鳥さんは博多でお医者様をなさって、横須賀で米軍の仕事をされているのですって。」
「へぇ・・それで?」
「大鳥さんに、父様の腕の事と、家の事情をお話したら、“もし君さえ良ければ、米軍将校の家で家政婦として働いてみないか”っておっしゃって・・」
「駄目だ。」
「どうして、報酬は父様の仕事より・・」
「鉄屑拾いだって誇りはある、馬鹿にするな!」
歳三はそう叫ぶと、食堂から出て行った。
「父様・・」
「わたしが行くから、あなたはそのまま食事を続けなさい。」
「でも・・」
「いいから。」
千鶴は食堂を出て、歳三の書斎へと向かった。
「歳三さん?」
「クソ!」
「入りますよ。」
千鶴はノックの後、夫の書斎に入った。
彼は、愛用していたヴァイオリンが弾けずに泣いていた。
「俺は・・何で・・」
「歳三さん・・」
「死なせてくれよ、俺はもう、てめぇの手で始末がつけられねぇ。」
「馬鹿な事、言わないでください!」
歳三は千鶴に頬を張られた。
「あなたは、このまま生き恥を晒すよりも、名誉ある死を選ぶなんて・・何の為に、生きてあの地獄から帰ったのです!?」
「済まなかった、千鶴・・済まなかった!」
「大丈夫です、大丈夫ですから・・」
千鶴は子供のように泣きじゃくる夫の頭を優しく何度も撫でた。
「父様・・」
「家政婦の仕事は許す。だが、仕事は完璧にやれ。決して中途半端に放り出すんじゃねぇぞ。」
「わかったわ!」
こうして、千歳は米軍将校・ウィリアムズの家で家政婦として働く事になった。
『はじめまして、土方千歳と申します。』
『あなたが、新しい家政婦ね?ちゃんと給料分の仕事はして頂戴ね?』
『・・わかりました。』
『本当に、わかっているのかしら?』
将校夫人のキャサリンは、そう言うとアイスブルーの瞳で冷やかに千歳をまるで品定めするかのように見つめた。
『まずは、その汚らしい服を脱いで。着替えはあるんでしょう?』
『いいえ、ありません。』
『何ですって、一枚もないの?』
『えぇ。家も服も家族も、全て空襲で燃えました。父は右腕を失くして、鉄屑拾いで生計を立てています。』
『あなたはわたし達が憎いの?』
『えぇ、とても。あなた達は日本を焼け野原にした。でも、あなた達を恨み言を言っても、死んだ人達は帰って来ない。だから今は、懸命に生きるだけです。』
『あなた、気に入ったわ。明日は早く来なさい。あなたの為にドレスを仕立ててあげる。』
『ありがとうございます。』
千歳が軽井沢の自宅に帰ると、玄関先には見慣れない革靴が置かれていた。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
「父様は?」
「書斎で、お客様とお話ししているわ。」
「お客様?」
「えぇ。」
「大鳥先生かしら?」
「いいえ、アメリカのお医者様よ。」
「え?」
『前のように元通りになる訳にはいきませんが、義腕をつければヴァイオリンを弾けるようになりますよ。』
『そうですか・・』
『戦争は、アメリカと日本、そして世界に大きな影を落としました。それでも、わたし達は前に進むしかないのです。』
『俺も、そう思います・・』
『では、わたしはこれで。』
パーキンズ医師は、そう言って歳三に微笑んだ。
『そういえば、あなたの娘さんはヴァイオリンをなさっておられるとか・・』
『えぇ、それが何か?』
『実は、クリスマスに我が家でちょっとしたパーティーを開く予定なんです。よろしかったら、どうぞいらして下さい。』
『わかりました。』
明朝、千歳は朝食を食べた後、そのままウィリアムズ将校宅へと向かった。
『おはようございます、奥様。』
『あら、早かったのね。』
キャサリンはそう言って千鶴を出迎えると、彼女を自室へと連れて行った。
『あなたの為に作ったのよ。』
「素敵・・」
トルソーに掛けられていたのは、桜を思わせるかのような、美しい薄紅色のドレスだった。
『これを、わたくしが本当に着てもいいのですか?』
『いいに決まっているでしょう。』
『ありがとう、ございます・・』
『これから、仲良くなりましょうね。』
キャサリンは、そう言うと千歳の手を優しく握った。
歳三達が新たな歩みを進めている中、誠も東京で只管前を見つめて生きていた。
「ラーメン一丁!」
「はいよ!」
誠は、闇市でラーメンの屋台を開いていた。
「ただいま、父さん。」
仕事を終えた誠は、粗末な小屋に一人で住んでいた。
誠は、帰宅すると仏壇の前に座り、半年前に病死した祖父・芹沢鴨の遺影に向かって手を合わせた。
芹沢は、あの日誠と命からがら小樽から逃げ出し、日本各地を放浪した後、東京へと流れ着いた。
「お前の実家は、空襲で焼けてしまった。ここへ来れば、お前の両親の手掛かりが何か掴めるのではないかと思ったのだが・・甘かった。」
「父さん、大丈夫だよ。生きていれば、必ず会えるよ。」
「そうだな・・」
放浪生活と、休み無しで連日働いた所為か、芹沢は床に臥せるようになった。
「急性骨髄性白血病です。」
「そんな・・父は治るんですか?」
「いいえ。長くても半年持つかどうか・・」
「そうか。」
余命を宣告された芹沢は、何処か安らかな顔をしていた。
「俺には、もう思い残す事は何もない。誠、生きろ。」
「はい、父さん・・」
誠は、芹沢の最期を一人で看取った。
芹沢は、誠の手を握り、微笑んだ後安らかに逝った。
「父さん、必ず見つけるよ、僕の本当の家族を・・」
懸命に生きる誠に、運命の女神が微笑んだのは、クリスマスの訪れを告げる、師走の雪の日の事だった。
「ラーメン、お願いできるかな?」
「はい、ただいま!」
誠がいつものようにラーメンが作っていると、そこへ一人の男がやって来た。
闇市にはそぐわない、上等なコートにスーツ姿のその男は、癖のある栗色の髪をして、若緑色の瞳をしていた。
「君は・・」
「あの、僕の顔に何かついていますか?」
「いいや、ただ僕が知っている人に似ているなと思ってね。」
そう言った男は、じっと誠の顔と、店の奥に飾られている写真を見た。
「それは?」
「僕の本当の家族です。」
「そうか・・少し、見せて貰ってもいいかな?」
「はい、構いませんよ。」
誠がそう言って写真立てを男に手渡すと、彼は写真を見て激しく咳込んだ。
「土方君・・」
「あの、あなたは僕の実父を知っているのですか?」
「知っているも何も、君の父さんはずっと君の事を探しているよ!」
「え・・」
「君、名前は!?僕は、大鳥圭介。」
「誠です・・芹沢誠。」
「あぁ、やっぱり!」
男―大鳥圭介はそう叫ぶと、誠に抱きついた。
「君を、本当の家族に会わせてあげるよ!」
「本当ですか!?」

クリスマス。

その日は、朝から雪が降っていた。

「寒いわね。」
「えぇ、本当に。」
「おはよう、二人共。」
「おはようございます、歳三さん。」
「おはようございます、父様。」
「千歳、そろそろ行こうか?」
「はい。」
この日の為に誂えたスーツとドレスを着た歳三達はパーキンズ医師宅で開かれているクリスマスパーティーへと向かった。
『ようこそいらして下さいました、土方さん。』
『先生、今夜はお招き頂きありがとうございます。精一杯、頑張らせて頂きます。』
『そんなに固くならないで、楽にしていて下さい。』
パーキンズ医師が去った後、彼らの前に大鳥圭介がやって来た。
「土方君、久しぶりだね!」
「大鳥さん、あんたも来ていたのか?」
「あぁ。そうだ、君達に紹介したい人が居るんだ。」
「俺に紹介したい人?」
「あぁ。誠君、入っておいで!」
「え、今何て?」
「父さん、母さん・・」
歳三達は、今自分の目の前に現れた青年―誠の姿を見て絶句した。
失踪当時、二歳の愛らしかった誠は、凛々しい雰囲気を纏っていた。
「誠、本当に誠なの!?」
「そうだよ、母さん。」
「あぁ、やっと・・やっとあなたに会えた!」
千鶴はそう叫ぶと、誠を―十八年間探し続けてきた我が子を、しっかりと抱き締めた。
「これで、四人一緒に暮らせるわね・・」
「はい、父さん、母さん、姉さん・・」
 再会を喜び合う四人の姿を、大鳥は嬉しそうな顔で見ていた。
クリスマスの再会からしてほどなくして、歳三は労咳(肺結核)に罹った。
「父様・・」
「歳三さん、この病は長い時間をかけてしっかりと付き合っていかないといけないそうです・・だから、二人で付き合っていきましょう。」
「わかった・・」
歳三の病状は、一進一退していた。
「先生、主人はあとどの位生きられるのですか?」
「そうですね・・恐らく、来年の春頃までには・・桜の季節までには・・」
「そうですか・・」
「お母様、父様はもう・・」
「えぇ。」
「そんな、漸く四人で幸せに暮らし始めたばかりなのに、どうして・・」
「大丈夫よ、きっと大丈夫。」
千歳は、婚約者の和夫に、祝言を早めてくれるようお願いした。
「父と母に、早くわたしの花嫁姿を見せて安心させてあげたいの。」
「わかった。僕は君のお義父さんを、本当の父親だと思っている。だから、お義父さんに僕達の幸せな姿を見せてあげよう。」
「ありがとう、和夫さん。ありがとう。」
満開の桜の木の下で、白無垢姿の千歳は和夫と祝言を挙げた。
「綺麗ですね。」
「あぁ・・」
娘の幸せを見届けた後、歳三は喀血した。
「何か、最後に食べたい物はありますか?」
「お前が作った、クッキーが食べたい。」
千鶴は歳三の為に、久しぶりにクッキーを焼いた。
「うまい・・」
クッキーを一口食べてそう言った後、口元に笑みを浮かべたまま逝った。
歳三の死から半年後、千鶴も彼と同じ病に罹った。
「母さんが居ない!」
「母様、母様!」
千鶴は、歳三と最後に花見に行った桜の木に凭れた姿で、まるで眠っているかのような安らかな顔をして逝った。
「お休みなさい、母様・・」
ふわりと揺れる桜の花弁が、千鶴の黒髪を飾った。
空に浮かぶ優しい春の月の光が、白無垢姿の千鶴と、黒紋付の羽織姿の歳三を照らした。

やがて二人の姿は、光に包まれて消えていった。

(完)


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Last updated  Mar 10, 2021 10:16:40 PM
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「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。


あの人はまるで、桜のような人だった。

気高くて美しくて、優しい人。

“千鶴”

そう、名前を呼んでくれるだけでも嬉しかった。

だから、こんな想いを抱いていてはいけないと。

あの人―兄の幸せを邪魔してはいけないと、自分に言い聞かせてその気持ちに蓋をした。

笑顔であの人を、送り出す為に。

「さようなら、兄さん・・いいえ、歳三さん・・」

今日、兄は結婚する。
私以外の人と―


その日は、朝から忙しかった。
長年独身を貫いてきた土方伯爵家の嫡子・歳三が、華燭の典を挙げるのだ。
その準備で、土方家の使用人たちは忙殺されていた。
「ふぅ~、疲れたぁ。」
「皆さん、お疲れ様です、お茶をどうぞ。」
そう言いながら、使用人部屋に入って来たのは歳三の異母妹・千鶴だった。
「千鶴ちゃん、済まないねぇ。」
「いいえ。」
「ねぇ、お兄さんのお嫁さん、どんな方なのか、興味はないのかい?」
「私は、興味ありませんから・・」
「そ、そう・・」
「済まないね、あんたの気持ちも知らずに・・」
「いいえ、私は大丈夫ですから・・」
そう言って笑いながらも、千鶴は心の中では、泣き喚いていた。
―どうして、私ではないの?
「千鶴様、ここにいらしたのですか。」
「山崎さん・・」
「奥様がお呼びです。」
「わかりました・・」
千鶴が重い足取りで歳三の母・恵津子の部屋へと行くと、彼女は千鶴を睨みつけながら、執務机から立ち上がった。
 「はい、これ。」
そう言って恵津子が千鶴に渡したのは、大金が入った封筒だった。
「このような物、頂けません。」
「これは手切れ金だよ、もうあんたをここに置いておく理由がないからね。」
「そんな・・」
「ふん、何だいその目は?妾の子であるあんたを引き取って、ここまで育ててやったっていうのに、恩を仇で返すような真似をして。まぁ、あの子の結婚が決まった事だから、全て水に流そうかね。」
恵津子は一旦言葉を切ると、吸っていた煙草の煙を千鶴に吹きかけた。
その臭いを嗅いだ千鶴は、慌てて口元をハンカチで押さえて吐き気を堪えた。
「さっさとこの家から出ておゆき。」
「でも・・」
「歳三が急に女遊びを止めた理由が、まさかあんただったなんてね。二代に渡ってこの家の妾になりたくなけりゃぁ、腹の子と一緒に消えちまいな!」
「長い間、お世話になりました。」
こうして千鶴は約八年間世話になった土方家を後にした。
「千鶴、千鶴は何処だ!?」
「あの子には暇を出したよ。あの子の事はもう忘れておしまい。」
「母さん、あいつの腹には・・」
「花婿がそんな顔をするんじゃないよ。まぁ所詮、泥棒猫の子は泥棒猫だったって事だね。」

歳三は激情の余り、階段から恵津子を突き落とした。

「妾の子だ!」
「妾の子、帰れ~!」
「帰れ帰れ~!」

普通に道を歩いているだけで、雪村千鶴は近所の子供達から石を投げられた。
千鶴が妾の子なのは、紛れもない事実だ。
室蘭の遊女だった母は、炭鉱王としてその名を馳せている土方隼人伯爵に落籍され、千鶴を産んだのだった。
千鶴の母は、旧幕臣の娘で、会津戦争の折娘子隊として中野竹子と共に薙刀を振るい新政府軍と戦ったが、会津降伏後家族と共に斗南へと移住し、家族が流行病でなくなった後、天涯孤独となり幕西遊郭にある“つるや”へと売られたのだった。
遊女―最高位でお職と呼ばれ、客を選べる花魁と呼ばれた者ならば店は大切に扱っていたが、それ以外の女郎の扱いは家畜以下のものだった。
病に罹っても医者に診せて貰えず、「鳥屋」と呼ばれる物置同然の離れに入れられ、ただ苦しみながら死んでゆき、充分な弔いもされずに無縁寺の井戸へと投げ込まれる―それが女郎の哀れな生涯だった。
千鶴の母・多恵は、土方伯爵に落籍され彼の妾となったものの、暮らしは楽ではなく、瘡毒(梅毒)を抱えた身で男に混じって綱を引く、“ヨイトマケ”として働き、千鶴を育ててくれた。
だが、周囲の目は雪村母子に対して厳しかった。
「またあんたかい!?」
「穀潰しはさっさと辞めちまえ!」
「妾なんだから、さっさと旦那の元へ行っちまいな!」
「すいません、すいません・・」
多恵は毎日同僚達から罵倒されながら、歯を食い縛って働いていた。
 「妾の子~!」
「汚い子~!」
千鶴は成績が良かったが、学校では妾の事ことあるごとに言われ、石を投げられ、陰口を叩かれた。
その日も、千鶴は学校で石を投げられ、泣きながら家まで走って帰ろうとしていた。
その時、千鶴は初めて母が働いている姿を見た。
姐さん被りをして同僚達から罵倒されても、母は働いていた。
千鶴は黙って学校へと戻っていった。
そんな母は、千鶴が八歳の時に死んだ。
彼女は、母の葬儀の後土方家に引き取られた。
そこで、初めて千鶴は実父とその家族と会った。
「あんたがねぇ・・惨めで貧乏臭い顔をしているね。」
「あの・・」
「勘違いするんじゃないよ、お前は妾の子なんだから、使用人として置いてやるよ。」
「わかりました・・お願い致します。」

俯いていた千鶴が顔を上げると、そこには紫水晶の瞳をした少年―歳三と目が合った。
それが、二人の出会いだった。

土方家に女中として引き取られた千鶴は、その日から休み無く働かされた。
多恵と二人暮らして、家事全般を彼女から教えられていたので、千鶴はそれらをする事が苦ではなかった。
土方家には、歳三の他に周と信子という二人の姉が居て、何かと二人は幼い千鶴のことを気にかけてくれた。
だが、恵津子の親族達は事あるごとに千鶴を厄介者扱いした。
「貧乏臭い子ねぇ。」
「何だって隼人さんは、あんな子を引き取ったのだか・・」
「ねぇ恵津子さん、あの子の学校はどうする気なの?」
「女郎の子に学なんて不要だよ。あいつはただ黙って、奥で茶を淹れていればいいのさ。」
粗末な綿の薄い着物姿の千鶴は、泣かないように唇を噛み締めながら庭を掃いていた。
その時、彼女の前に一人の少女が現れた。
彼女は、レースがふんだんに使われたドレスを着ていた。
「あなたが、妾の子?」
「琴、そいつに構うんじゃねぇ。」
「歳兄ちゃん!」
少女はそう叫ぶと、千鶴を突き飛ばして歳三に抱きついた。
「う・・」
着物が泥だらけになり、千鶴はそれまで堪えていた涙が一気に溢れた。
「うるさい子ね。着物を汚されたくらい、何よ。」
「琴、お前ぇはもう帰れ。」
「何よ、あの子を庇うの?」
「お前ぇとは、もう会わねぇ。」
「ひどい!」
毛皮のケープの裾を翻しながら、少女は土方家から去っていった。
「坊ちゃま、どうぞお構いなく・・」
「怪我はねぇか?」
「はい。もう、仕事に戻りませんと・・」
「歳三、ヴァイオリンの先生が来たよ~!」
「後で、俺の部屋に。」
「は、はい・・」
「あらら、酷い顔をしているねぇ。さっさと着替えて来な。汚い格好で家の中をうろつくんじゃないよ!」
「はい・・」
替えの着物が無い事を知っている癖に、恵津子はそう言うとさっさと勝手場から出て行った。
千鶴は仕方無く風呂敷の中から寝間着を取り出し、それに着替えた。
「あぁ寒い、今日は冷えそうね。」
「本当に。ねぇあの子、あんな薄着で大丈夫なの?」
雪が東京の街を白く染めようとしている頃、千鶴は寒さに震えながらお使いに出ていた。
「遅い!」
「すいません・・」
「遅れた罰として、飯は抜きだよ!」
「はい・・」
かじかんだ手を擦りながら、千鶴は物置小屋へと向かった。
 ここが、今の千鶴の住まいだった。
隙間風が吹いていて快適とはいえないが、何かと自分を虐める女中達と同じ空気を吸いたくなかった。
「歳三、まだ起きていたのかい?」
「あぁ。」
「来年、受験だものねぇ。あんたの部屋、暖めておいてやったからね。」
「別にそんな事しなくても・・」
「あんたは昔から、この季節になると扁桃腺が弱くなるからね。ゆっくり休むんだよ。」
「母さん、あの子は?」
「あの子は、外だよ。女郎の子の癖に、女中達と雑魚寝したくないんだと。」
「じゃぁ俺の部屋に・・」
「おやめ、歳三、乞食に一度情けをかけたら、つけ上がるだけだ。野良犬に餌をやるのと同じさね。」
「でも、あいつは俺の妹だ!」
「華族の子であるお前と、乞食のあの子とは住む世界が違うんだよ。」
恵津子はそういうと、居間から出て行った。
歳三は外の様子が気になり、カンテラを持って物置小屋へと向かった。
「坊ちゃま・・」
「お前ぇ、こんな所に居たら死んぢまうぞ!」
「いいんです、このまま死んでも・・生きていたって、何もいい事なんてないもの・・」
「馬鹿野郎!」
「坊ちゃま、おろして下さい!」
「駄目だ!」
歳三は千鶴を抱き上げて自室へと戻った。
「母さんには黙っておくから、お前はここで休め。」
「でも・・」
「あの人がどう思おうと、お前ぇは俺の妹だ、それを忘れるな。」
「坊ちゃま・・」
「さ、寝るぞ。」
母を亡くして以来、千鶴はずっと一人きりで寂しく眠っていた。
だが、今は違う。
兄の優しい温もりに包まれながら、千鶴は眠った。
「千鶴ちゃん、はいこれ。」
「あの、これは・・」
「昨日、周と昔着ていた物をほどいてあなた用に仕立て直しておいたの。寝間着よりマシでしょう。」
「でも・・」
「遠慮しないで。」
「そうよ、乞食は乞食らしくありがてぇと言って両手を擦り合わせながら受け取りなさいよ。」
「琴さん、失礼でしょう!」
「あら、どうして?この子、女郎で乞食の子でしょう?」
「言葉に気をつけなさい!千鶴ちゃん、一緒にクッキーを食べましょう。」
「嫌よ、こんな子と同じ空気を吸うなんて!」
「あら偶然ね、わたしも同じ気持ちなの。わかったら、さっさとお帰りなさい。」
信子はそう言うと、琴の鼻先でドアを閉めた。
「さぁ、どうぞ。焼き立てよ。」
「頂きます。」
「おいし~い!」
「そう、良かった。久しぶりに作るから、味を忘れてしまったわ。」
「ねぇ母様、このクッキー、何処で作り方を教えて貰ったの?」
「母様は昔、大きなお屋敷に勤めていてね、そこのお嬢様達からこのクッキーの作り方を教えて頂いたのよ。」
「へぇ~、そうなんだぁ!」

土方家から出て、この小樽で暮らし始めて、もうすぐ八年目になろうとしている。
あの時、自分のお腹に宿っていた娘・千歳は、父親と瓜二つの顔をしていた。

「ねぇ母様、どうしてわたしには父様は居ないの?」
「急に、どうしてそんな事を聞くの?」
「だって、時々母様が、わたしの顔を見て悲しそうな顔をするから・・」
「父様は、あなたが生まれる前に亡くなったの。」

じっと父親譲りの、切れ長の紫の瞳で見つめて来る娘は、八歳―自分が母を亡くした時と同じ歳になろうとしていた。

「おや千鶴さん、まだいたのかい?」
「はい。でも娘にこれを食べさせてから帰りますから。」
「いいんだよぉ、今日は雪が酷いから、ゆっくりしていっておくれ。」

そう言った千鶴の雇い主で、カフェ・六花の店主・信は彼女に温かいコーヒーを勧めた。

「信さん、今度炭鉱の経営者が変わるんですって?」
「そうみたいだよ。まぁ、前の経営者がとんでもない奴だったから、いい人だと良いんだけど。」

信の夫は、炭鉱で働いていた。

「母様、ここで宿題やってもいい?」
「いいわよ。」
「千歳ちゃんは賢い子だねぇ。全く、うちの子に千歳ちゃんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいねぇ。」
「ちとせ、ヴァイオリン来週から習うんだ!」
「へぇ、そうかい。千鶴ちゃんも、これからいろいろと大変だね。」
「いいえ・・娘には、やりたい事は何でもやらせてあげたいんです・・わたしには、出来なかった事を。」

翌朝、千鶴は千歳を学校へと送っていった。

「一人でも行けるのに。」
「道が凍っているんだから、気をつけないと。」
「本当だ、水溜まりが凍っている!」
「こら、そんな事したら・・」
 千歳が小気味良い音を立てて凍った水溜まりを割りながら歩いていると、泥が跳ねて近くを歩いていた男の高級なスラックスにかかってしまった。
「もう、言わんこっちゃない!」
「ごめんなさい・・」
「うちの子が、すいません。」
「いや、こんなに凍っている水溜まりがあったら、誰だって踏みたくなるよな。」

(この声、まさか・・)

千鶴が俯いていた顔を上げると、そこには二度と会わないと誓った、あの人が立っていた。

「千鶴・・」
「歳三さん・・」

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