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JEWEL

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薄桜鬼 フィギュアスケートパラレル二次創作小説:銀盤で紡ぐ愛(完)

Jan 11, 2021
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薄桜鬼の二次小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。


「うるせぇ、俺に触るな!」
「いいじゃん。」
「嫌だ、離せ!」
「おいテメェら、そんな所で何してる?」
歳三が男達と揉み合っていると、そこへ赤髪の男がやって来た。
「警察呼んだぜ。」
「チェッ、行こうぜ!」
男達はそう言うと、そのまま雑踏の名亜へと消えた。
「あんた、大丈夫か?」
赤髪の男―原田左之助は路上に蹲っている歳三に声を掛けた時、彼はまるで雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
「土方さん・・もしかして、土方さんなのか?」
「左之、お前左之か?」
歳三はそう言うと、かつての仲間の顔を見た。
「まさか、土方さんとこんな所で会うとはな。」
原田に連れられ、歳三は彼が経営するスナックのボックス席で怪我の手当てを受けていた。
「なぁ、左目、どうしたんだ?」
「ちょっとな・・」
「フィギュアスケート選手にとって足は命なんだから、大切にしろよ。」
「左之、俺を抱いてくれねぇか?」
「土方さん・・」
「俺ぁもう生きていたくねぇ。また、大切な人を守れなかった・・」
「わかった。」
原田は、歳三を一度だけ抱いた。
「じゃぁな。」
「あぁ。」

2014年、ソチ五輪。

千鶴は、平助達と共に男子フィギュアスケート決勝戦の試合を観戦していた。
今までテレビ画面越しにしか観ていなかったスケートリンク―しかも四年に一度の大会を間近で観て、彼女は完全に興奮していた。

「いよいよ、“王子様”が出るぜ、千鶴。」
「うん、そうだね!」

(もうすぐ“王子様”に会えるんだ!)

千鶴が“王子様”の登場を今か今かと待っていると、その“王子様”こと歳三は小型音楽プレイヤーで音楽を聴いていた。
勇と良く聴いた、思い出の曲だ。

「土方、行くぞ。」
「あぁ。」

千鶴は、スケートリンクに現れた歳三の雰囲気が以前と違っているのを感じた。

(何だろう?)

やがて、彼はハリウッド映画の主題歌と共に静かに舞い始めた。
彼が観客席に向かって手を伸ばすと、千鶴ははじめて、彼が泣いている事に気づいた。

土方歳三は、ソチ五輪で金メダルを獲り、有終の美を飾った。

「全く駄目ね!」
「すいません・・」
「謝る時間があったら、はじめから振り付けをやり直しなさいよ!」

6歳でフィギュアスケートを初めて、7年もの歳月が過ぎた。
ジュニアからシニアへと上がった彼女は、大会で中々好成績を残せず、スランプに陥っていた。
成長期特有の、情緒不安定な精神状態に加え、コーチの石田英子による厳しい指導に千鶴の心は折れかけていた。
「あら、まだ居たの?」
千鶴が溜息を吐きながら更衣室のドアを開けると、神崎真子がそう言って彼女を見た。
「全く、あんたいつまでここに居るつもりなの?さっさと辞めたら?」
真子はスランプ中の千鶴とは対照的に、シニアに上がってから好成績を伸ばしていた。
「はぁ・・」
誰も居ない更衣室の中で、千鶴は溜息を吐いた。
大好きだったフィギュアスケートが、だんだん嫌いになっていく。
(こんなのじゃ、“王子様”の隣に立てない・・)
「千鶴ちゃん、大丈夫?」
「はい・・」
「あの人は、千鶴ちゃんの良さを全くわかっていないわね。」
缶コーヒーを千鶴に手渡しながら、彼女の振付師である山岡璃子はそう言って溜息を吐いた。
「千鶴ちゃん、フィギュア辞めたら駄目よ?」
「はい・・」
―何があってもてめぇの信念だけは曲げねぇ。
「千鶴ちゃん?」
「すいません、ボーっとしちゃって・・」
「気を付けて帰ってね。」
「はい・・」
溜息を吐きながら千鶴が家路を急いでいると、いつも立ち寄る書店の店頭に並んでいた週刊誌の見出し記事を見て驚いた。

“土方歳三選手、電撃婚約!相手はスケ連幹部の令嬢か!?”
(そんな・・)
「ねぇトシ、このドレスはどう?」
「いいんじゃねぇか。」
「何よ、全然見てくれないじゃない!本当にわたしを愛しているの!?」
「そんなもの、ねぇよ。互いの利害が一致したから結婚するだけだ。」
「酷い!」

目の前で泣き喚く女を、歳三は何処か冷めた目で見つめていた。

―歳三さん。

朧気に聞こえて来る、あの優しい声の持ち主と歳三が出会うまで、あと少し。

「また同じところ、間違えているわね!」
「すいません・・」
「もういい、やる気がないなら帰れ!」
その日、千鶴は初めてスケートリンクで泣いた。
「大丈夫?」
「はい・・」
「あの人、言いすぎよね。」
「少し、休んできます・・」
千鶴はそう言うと、スケートリンクから出てトイレへと向かった。
個室に入って鍵を掛けた後、彼女は今まで堪えていた涙を一気に流した。
(スケートは絶対に辞めたくない・・でも、スケートの事が嫌いになっていく・・怖い!)
そんな不安を抱えながら千鶴が暫く個室に籠もっていると、入口の方からヒールの音が聞こえた。
「トシ、もうあたしはスケートリンクに着いたわ。ねぇ、こんな寒い所、もう入たくないんだけど。」
『だったら帰れば良い。』
「何よ、ひどい!」
ヒステリックにそう叫ぶと、歳三の婚約者・中山琴はスマートフォンをショルダーバッグの中にしまうと、女子トイレから出た。
(何だったんだろ、あの人?)
「ただいま戻りました。」
「お帰りなさい、千鶴ちゃん。」
「何だか先輩達、ウキウキしているみたいですけれど、何かあるんですか?」
「あぁ・・今日は、特別ゲストが来る事になっているのよ。」
「特別ゲストですか?」
「そう、そろそろ来る頃・・」
璃子がそう言った時、スケートリンクに女子選手達の黄色い悲鳴が響いた。
「トシよ!」
「嘘、どうして彼がこんな所に!?」
「写真よりも実物の方が素敵だわ!」
黄色い悲鳴と共にスマホのシャッター音の先に、“王子様”は居た。
艶やかな黒髪と雪のように白い肌、そして切れ長の紫の瞳。
あの時―テレビ画面越しに見つめていた“王子様”は、一瞬自分を見つめていたような、気がした。
「どうしたの、千鶴ちゃん?」
「いいえ、何でもありません。」
「そう・・じゃぁ、練習再開しましょうか?」
「はい。」
音楽と共に、千鶴は静かに氷上で舞い始めた。
何故か今回は、一度もミスをしなかった。
「あら土方さん、ようこそいらっしゃいました!この子がうちのクラブの期待の星、神崎真子ちゃんです!」
「はじめまして、神崎真子です!」

(何て素敵な人、王子様みたい!)

歳三はその日、都内某所にあるスケートリンクへと来ていた。
勇の死後、歳三は彼と出会い、愛を育んだ銀盤から遠ざかっていったが、漸く銀盤の上で滑りたいという気になってきたのだった。
「トシ~!」
「こっち向いて~!」
元世界王者が突然都内といえども郊外に位置するスケートリンクに現れたので、そこでリンクメイトと雑談したり、スマホを弄っていたりしていた女子選手達は目敏く歳三に気づくなり黄色い悲鳴を上げた。
こんな反応は、銀盤に上がった頃からよくある事なので、歳三は慣れていた。
「あら土方さん、ようこそいらっしゃいました!」
やがて歳三の前に、厚化粧の女と、何処か生意気そうな顔をした少女が現れた。
「この子がうちのクラブの期待の星、神崎真子ちゃんです!」
「はじめまして、神崎真子です!」
二人共、甲高くて耳障りな声でうるさい。
 何とか自分に気に入られようと二人は懸命にアピールしているが、歳三にとって彼女達の声は騒音以外の何物でもない。
いい加減彼女達の話にうんざりしていた歳三は、気を散らす為にスケートリンクの方を見ると、そこでは一人の少女が静かに舞っていた。

―歳三さん

まただ。

最近、時折脳裏にこだまする声。

「土方さん、どうしました?」
「あの子は?」
「あぁ、あの子は雪村千鶴といって、真子ちゃんと同じリンクメイトです。あんまり成績が良くなくてね・・」
「へぇ・・」
歳三が石田英子の話に適当に相槌を打っていると、その少女は華麗に3回転トゥーループを決めた。
その無駄のない、美しい動きを見た瞬間、歳三は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

―歳三さん、やっと会えた・・

この子だ。

この子が、俺を呼んでいたのだ。

(この人、どうしてあいつばかり見ているの?あんな・・あんな、恋する乙女のような顔をして・・)

「土方さん、あの・・」
「石田さん、俺があの子のコーチをやるから、あの子のコーチを降りてくれねぇか?」
「え?」
「今のあんたには、あの子はふさわしくない。」

そう言った歳三の紫の瞳には、力強い光が宿っていた。

「あの、今何と・・」
「聞えなかったのか?じゃぁ、もう一度言ってやる。あんたは今から雪村千鶴のコーチを降りて、コーチを俺に譲れって言ってるんだ。」
「は!?」
漸く本性を現した英子を前に、歳三は内心ほくそ笑んだ。
「あんた、こいつばかり構って、あの子の指導を放棄しているみてぇじゃねぇか?」
「そんな・・酷いじゃないですか!」
「あの子は、指導しても意味がないって・・・」
「俺は今まで、競技者生活の中で色々なコーチを見て来たが、誰もが選手の事を第一に考えている奴ばっかりだった。あんたとは大違いだった。」
「先生・・」
「わたしは、あの子を世界の頂点に立たせてあげたいと思っていますよ!でも・・」
「“指導しても意味がない”と?」
「う・・」
「俺はここに来るまで、あんたとあの子の関係について調べたぜ。あんた、パワハラ紛い・・いやパワハラ指導してたんだろう?」
「そ、それは・・」
「良い事教えてやろうか?いつも毒親は、“子供のため”という大義名分を振りかざして、子供を束縛する。“自分は感謝されて当然”と思ってる。だがな、子供は毒親に感謝するどころか、恨む。そして、捨てられる―あんたも同じだ。」
「なっ、な・・」
酸欠状態の金魚のようになっている英子に背を向け、歳三は千鶴の元へと向かった。
「え、何で・・」
「お前ぇが、雪村千鶴か?」
「はい、そうですが・・」
「俺は今日からお前ぇのコーチになった、土方歳三だ。」
「よろしくお願いします。」
「はじめから言っておくが、俺ぁ一切の妥協はしねぇ。これから、てめぇの弱点を徹底的に強みへと変えてやる。」
「はい!」
「良い返事だ。それじゃぁこれからジャンプの練習を見てやるから、まずは跳んでみろ。」
「はい・・」
千鶴は歳三から言われたとおりに、3回転トゥーループを跳んでみた。
しかし―
「踏み込みが甘い!」
「え・・」
「着氷の時、少し躊躇っているだろう?いいか、失敗を恐れるんじゃねぇ。」
「はい!」
(何なの‥あの子、わたしが指導した時と違って、いきいきしているじゃない!)
「英子先生・・」
「真子ちゃん、あんな子に、絶対に負けちゃ駄目よ、いいわね!」
「はい!」

(プリンセスになるのはこのわたし・・あの子を絶対にプリンセスになんかさせないわ!)

「今日の練習はここまで!」
「ありがとうございました!」
千鶴はそう言って歳三に向かって頭を下げると、スケートリンクを後にした。
「ねぇ、あんたがあの人に頼んでコーチを変えさせたの?」
「わたしは何も知らないわ。」
「そう。わたし、あんたの事は絶対に認めないし、あんたに負けるつもりないから。」
真子はそう千鶴に宣戦布告すると、更衣室から出て行った。
「何あれ、カンジ悪い!」
「気にしない方がいいわよ。」
「うん・・」
「ねぇ、これからみんなでカラオケ行かない?千鶴ちゃんは?」
「ごめん・・バイトなの。」
「そう、また今度ね。」
「うん・・」
千鶴は、自分のフィギュアスケートにかかる費用を賄う為、飲食店とドーナツ店でアルバイトをしていた。
フィギュアスケートは、最も金がかかる習い事だ。
ジュニアからシニアに上がれば、当然のようにその費用も高額になる。
サラリーマン家庭の雪村家が、その費用を捻出する為にどんなに苦労しているのか、千鶴は知っていた。
高校は、スポーツ推薦できる所を選んだし、その学費は両親が払ってくれているが、せめて大学進学の為の費用は自分で稼ぎたかった。
いつものように千鶴がドーナツ店で働いていると、そこへ歳三がやって来た。
「土方さん・・」
「コーヒーとチーズケーキひとつ。店内で。」
「かしこまりました・・」
高級店が似合いそうな、全身オーダーメイドスーツ姿の歳三が、どうして自分のバイト先であるチェーンのドーナツ店に来たのだろう?
「おい、バイト上がるのはいつだ?」
「あと10分で上がります。」
「わかった。」
10分後、千鶴がタイムカードを押してドーナツ店の裏口から外に出ると、そこにはフェンスに少し凭れかかるようにして立ち、煙草を吸っている歳三の姿があった。
「すいません、お待たせしました。」
「いや、別に待ってねぇ。お前ぇ、帰りはどうやって家まで・・」
「いつも歩いて帰っています。」
「ここは住宅街の中にあるし、夕方から人気が少ないし、街灯もねぇ。お前ぇ、バイト終わるの何時だ?」
「いつも夜の7時半ですけど・・」
「じゃぁ、バイト終わったら俺に毎日連絡しろ。家まで送ってやる。」
「そんな、悪いです・・」
「勘違いするな、俺はお前ぇの事が心配だからだ―“生徒”としてな。」
「わかりました。」

何故か、千鶴の胸は少し痛んだ。

「今日はここまで!」
「ありがとうございました。」
いつものように千鶴が練習を終えて帰ろうとした時、歳三に呼び留められた。
「ちょっと時間あるか?」
「はい・・」
スケートリンクから少し離れたファミリーレストランで、歳三は千鶴にランチを奢った。
「すいません・・」
「謝るな。俺も丁度腹が減っていた所だ。遠慮せずに好きな物頼め。」
「はい・・」
千鶴は迷った後、ミートソースパスタを注文した。
歳三は、鯖の塩焼き定食を注文した。
「意外です、土方さんって、ステーキとかいつも召し上がられているものとばかり・・」
「俺ぁ、脂っこい洋食より、さっぱりした和食の方が好きだ。国際大会の時は、わざわざ自分で日本食レストランを探したさ。」
「そうだったんですか・・」
「あぁ。まぁ、海外の日本食なんて、食えたもんじゃなかったが・・現地料理よりはマシだったな。」
沢庵を美味そうに頬張りながら、歳三は一口茶を飲んだ。
「今日は、お前とこれを観に行こうと思ってな。」
歳三はそう言うと、千鶴の前にミュージカルのチケットを渡した。
それは、今話題沸騰中の人気劇団のもので、入手困難となっているものだった。
「嫌だったら、別にいいが・・」
「これ、ずっと観たかったんです!」
「そうか。」
 歳三はそう言うと、千鶴に柔らかな笑みを浮かべた。
「え~、ミュージカル?」
「うん、土方先生と。」
「へぇ、凄いじゃない。土方さんと、楽しんでいきなさいね。」
「うん。」
ミュージカル公演当日、千鶴は歳三と劇場前で待ち合わせていた。
「すいません、お待たせしてしまいましたか?」
「・・いや、今来た所だ。そのワンピース、良く似合っているぞ。」
「ありがとうございます・・」
「行こうか。」
「はい。」
歳三が千鶴を案内したのは、劇場内で最も舞台が見える、ロイヤル・ボックスだった。
「うわぁ・・」
「ここなら、誰にも気にせずに楽しめるだろう?」
「はい・・」
「そろそろ開演するぞ。」
開演ブザーが鳴り、静かに舞台の幕が上がった。
「トシ、どうして・・」
「どうしたんだ、琴?」
「いいえ、何でもないわ、お父様。」

(どうしてわたしに嘘を吐いてまでその子と居るのよ!?)

“ねぇトシ、今夜一緒にミュージカルなんてどう?”
“悪いが、どうしても外せない用事があるんだ。”

そう言って自分の誘いは断った癖に、何故彼はあんな小便臭い小娘と一緒にミュージカルを観て、自分の前では決して見せない穏やかな表情を浮かべていた。

「トシ!」
「琴、お前・・」
「この子誰よ!?」
「千鶴、済まねぇが、先に帰ってくれねぇか?」
「はい・・今日は、ありがとうございました。」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
琴はそう叫んで千鶴の腕をつかんだが、たやすく彼女の手は歳三によって振り払われてしまった。
「行け。」
「はい・・」
「トシ、あたしはあなたの婚約者なのよ!それなのに何であんな貧乏人と・・」
「黙れ。」
「何よ、貧乏人は本当の事でしょう!?」
「うるせぇ、お前とはもう終わりだ!」
「どういう事!?」
「お前ぇとはもう、別れる。」
「何よ、そんなの、嫌~!」

琴と口論した数日後、歳三は彼女との婚約を解消した旨をマスコミに発表した。

「嘘よ、こんなの!」
「お嬢様・・」
「うるさい、あっちへ行って!」
「全く、彼は一体何を考えているのかしら?これだから商人は・・」
「牧子、あいつの事を放っておけ。」
「あなた・・」
「お前達が騒ぐ必要はない。わたしが手を打つ。」
そう言った琴の父・中山正道は、そう言って眼下の煌めく銀河を見つめた。
「おはよう、千鶴ちゃん。」
「おはようございます、沖田先輩。」
「聞いたよ、コーチあの厚化粧ババアからあの人にコーチ変わったんだって?」
「はい。」
「土方さんは厳しいけれど、一切暴力は振るわないから安心して。」
「沖田先輩、土方さんの事ご存知なんですか?」
「知っているも何も、土方さんとは子供の頃からの知り合いだよ。ほら、うちの学校の近くに試衛館っていう道場があるでしょう?そこに僕、小学生の頃から剣道習いに行っているからね。あ、平助とはじめ君もそう。」
「へぇ、そうなんですか、知りませんでした。」
「そういえば、近藤さんの月命日、もうすぐだね。」
 そう言って沖田総司は、スマホの画面を千鶴に見せた。
そこには、笑顔を浮かべている歳三と勇の姿があった。
「この人が、土方さんの・・」
「近藤さんは、“あの日”津波に呑まれて死んじゃったんだ。」
「そんな・・」
「土方さんは、その時左目を怪我したんだ。今はその時の傷跡はほとんど目立たなくなってわからないけど。」
「もうすぐか・・」

クリスマスが過ぎ、もうすぐ正月を迎えようという頃、歳三はふとカレンダーの日付を見て溜息を吐いた。
毎月11日になると、否応がなしに歳三は勇の命を奪ったあの震災と、“誰か”の毎日を思い出してしまう。
歳三は、鏡の前に立つと、すっかり短くなってしまった己の髪を指先で軽く梳いた。
勇が生きていた頃、歳三の長い髪を梳いたり、結ったり、纏めたりしてくれたりしたのは彼だった。
彼が死に、歳三は長い髪を櫛も通さずそのまま伸ばしていたら、いつの間にかその髪の長さは膝裏まで届くようになった。
ソチ五輪の前に、歳三は膝裏までの長さがあった髪を、背中の辺りの長さまで切った。
フリー・プログラムには、衣装と同じ紫の髪紐で髪を飾った。
「いいのか?こんなに綺麗な髪を切るとは、勿体ない事を・・」
「俺の髪が、誰かの為になるのなら、いいさ。」
選手を引退した後、歳三は長い髪を寄付した。
長年ロングヘア―だったから、うなじの重みが急になくなり、やけに冬の寒さが身に沁みるようになって最初は戸惑っていたが、次第に慣れて来た。
現役時代に使っていた髪紐や髪留め、髪飾りなどは、全てチャリティー・オークションへ出品し、今自分の手元に残っているのはあの紫の簪と、紅い櫛だけだ。

(なぁ勝っちゃん、俺は生きていていいのか?)

「え、わたしが、お箏を?」
「そうよ。今度の新年会で、弾いて頂戴。」
「でも・・」

箏を習っているといっても、フィギュアスケートを本格的に習い始めてから、暫く触っていない。

「それじゃぁ、よろしくね。」

石田英子は元教え子に一方的にそう言うと、そのまま神崎真子と仲良く連れ立ってスケートリンクを後にした。

「どうしよう・・」
「おい千鶴、またあの婆から何か言われたのか?」
「はい、それが・・」
千鶴が、歳三に新年会の事を歳三に話すと、彼は低く唸った後、こう言った。
「新年会、俺も一緒に出てやろうか?」
「え、いいんですか?」
「いいに決まっているだろ。それに、教え子が困っている時に助けるのがコーチの役目だからな。」
「そうですよね・・」
「そんな顔するな。」
「土方さん、邦楽は何をやっていらっしゃるんですか?」
「そうだな、横笛と三味線、箏くらいかな。」
「凄いですね!」
「まぁ、最近忙しくて練習していないが・・二人で頑張ろう!」
「はい!」
こうして、新年会に向けて千鶴と歳三の特訓が始まった。
長い間、箏に触れていなかった二人は、その勘を取り戻すのには暫く時間がかかった。
「余り無理をしない方がいい。」
「はい・・」
「それにしてもあの婆、いつもお前にあんな態度を取っているのか?」
「はい。ジュニア時代はいつもわたしに優しくしてくれたんですけれど、シニアに上がって成績が悪くなってからは、わたしへの態度がガラリと変わって・・」
「最悪だな。俺のコーチは、俺がスランプの時には、“暫く滑る事をやめろ”と言っていたな。」
「それは、“逃げ”にはなりませんか?」
「ならねぇよ。てめぇが信じた道の途中で迷ったら、別の道を探せばいい。」
「土方さん・・」
説得力のある歳三の言葉に、千鶴は胸を打たれた。
「さて、練習するか。」
「はい!」

そして、年が明け新年会の日が来た。

「ねぇ先生、本当に大丈夫なんですかぁ?」
「まぁ、見ていなさいって。」

新年会のパーティー会場で、英子はそう言って真子とほくそ笑んだ。
彼女達は、パーティーで千鶴に恥を掻かせてやろうと企んでいた。

「あら、トシだわ!」
「スーツ姿も素敵だけれど、羽織袴姿も素敵だわ・・」
「隣の子も綺麗ねぇ。」


歳三と千鶴が金屏風の前に現れると、周囲の客達は二人に視線を注いだ。
千鶴は、この日の為に歳三に誂えて貰った薄紅色の地に桜と御所車柄の振袖姿だった。
やがて、千鶴と歳三による箏の合奏が始まった。
二人の演奏は、完璧だった。

「行くわよ!」
「先生?」
「もう、台無しよ!」
「待ってください、先生!」

千鶴に恥を掻かせるつもりが、その企みが台無しとなってしまったので、英子は怒りで顔を真っ赤に染めながらパーティー会場を後にした。
だがその途中で彼女は慣れない草履で走っていたので段差に躓いてしまい、彼女は頭からケーキに突っ込み、顔面がクリームまみれになってしまった。

「嫌ぁ~!」
「先生~!」

恥辱に塗れながら会場から立ち去る英子の背中を、歳三は胸がすくような思いで見送った。


総司は、“あの日”歳三が勇の実家である気仙沼へ行き、そこで被災し目の前で恋人を失った事、その日から生ける屍と化した事などを包み隠さず千鶴に話した。

「そんな・・」
「ソチの時、土方さんの精神はギリギリの状態で、目を離したら自殺しそうになっていたんだよ。」
今まで千鶴は、歳三の事を“完璧で美しい王子様”と思っていた―いや、そう“思い込んで”いた。
「今の土方さんが居るのは、君のお蔭だよ、千鶴ちゃん。」
「わたしのお蔭、ですか?」
「うん。この動画、憶えている?」
総司がそう言って千鶴に見せたのは、あのソチ五輪での歳三の完コピ動画だった。
それは、仲間内で撮った、何の変哲もないものだったが、動画サイトに上げられ、それが10万回も再生される事態となってしまったのだった。
「この動画、土方さんが観たんだよね。ソチの後のバンケットで。」
バンケットとは、試合後に選手達が親睦を深めるパーティーの事である。
そこには各国の選手達が、シャンパンやカナッペを片手に談笑し、歳三は千鶴のあの動画をロシアの選手から見せられたのだった。
その時、歳三は今まで封じて来た笑顔を浮かべたのだった。
「知らなかった、そんな・・」
「土方さんは、自分の事を全く話さないからね。あ、ここでの話は土方さんには内緒だからね?」
「わかりました。」
校門の前で総司と別れた千鶴は、久しぶりにある場所へと向かった。
そこは、日本舞踊の教室だった。
フィギュアスケートを習い始めた頃、感性を磨く為、クラシックバレエと筝曲教室と並行してこの教室に通い始めたのである。
「まぁ千鶴ちゃん、お久しぶり。」
「大変ご無沙汰しております、お師匠様。」
「千鶴ちゃん、あんたの活躍はよう聞いておりますえ。これからもお気張りやす。」
「はい。」
「さ、立ち話はさっさと済ませて、お稽古しまひょ。」
師匠の三味線の伴奏に合わせて千鶴が踊っていると、そこへ歳三が入って来た。
彼はいつものスーツ姿ではなく、濃藍色の着流しに、角帯姿だった。
「土方はん、こんにちは。」
「土方さん、どうして。。」
「奇遇だな、お前ぇとこんな所で会うなんて。」
歳三はそう言うと、花が綻ぶかのような笑みを千鶴は浮かべた。
「へぇ、お前も同じ教室に通っていたなんてな。」
「土方さんも、あの教室に通っていらっしゃるんですか?」
「あぁ、ガキの頃からな。姉貴の花嫁修業に付き合わされたって感じかな。」
「そうなんですか。」
「もうこんな時間だ。昼飯奢るぜ。」
「すいません、いつも奢って貰ってばかりで・・」
「いいん。お前ぇとは色々と話したい事があるしな。」
「話したい事、ですか?」
歳三がランチに千鶴を連れて行った場所は、天丼が美味しいと評判の定食屋だった。
「お待たせしました、当店のおすすめ天丼です。」
「ありがとうございます。」
千鶴はそう言った後、胸の前で両手を合わせ、“頂きます”と呟いた。
 その様子を見た歳三は、彼女に好感を抱いた。
「何だか、信じられません。わたしが、こうして土方さんと一緒にご飯を頂いているなんて。」
「お前ぇ、俺にずっとあこがれていたんだろ?」
「知っていたのですか?」
「あぁ。お前ぇとは、一度だけ会った事があるだろう?ほら、仙台のアイスショーで・・」
「あ・・」
「あれから、ずっとお前の事を気に懸けていた。」
「え・・」
「千鶴、俺はずっと・・」
「トシ、随分とこの子と仲良さそうね?わたしを虚仮にしてくれた癖に、こんな・・」
琴はそう言って歳三と千鶴を睨みつけた後、千鶴の顔を爪で引っ掻いた。
「やめろ、こいつには手を出すな!」
「許さない、必ずあんたを潰してやるから~!」
「大丈夫ですか?」
「誰か、警察呼んで!」
千鶴は店員に介抱され、店の奥で怪我の手当てを受けた。
「離しなさいよ、わたしが誰だかわかっているつもりなの!?」
店員から通報を受けた警察官達に取り押さえられても、琴は暴れていた。
「見ていなさい、あんた達を必ず不幸にしてやるから!」
嵐が過ぎ去り、千鶴は恐怖の余り歳三の腕の中で泣き叫んだ。
「大丈夫だ・・」

―お前ぇの涙を拭うのが、俺の仕事だ。

そっと優しく彼から手の甲で己の涙を拭われた時、千鶴の脳裏に何処か懐かしい声が響いた。

―俺の魂は、ずっとお前のものだ。

「千鶴?」
「すいません、もう大丈夫です。」
「そうか。」

琴は正道が何とか警察の上層部と掛け合って即日釈放された。

彼女は、神崎真子を喫茶店へと呼び出した。

「お話とは、何でしょうか?」
「あなたに、頼みたい事があるのよ。」
「頼みたい事?」
「えぇ。」

琴は、真子にある事を囁いた。

「ジャンプ、着氷が綺麗になって来ているわね、千鶴ちゃん。」
「はい、先生。」
「やっぱり、土方さんのお蔭かしらね?」
「そうですね・・」
そう言った千鶴の頬は、赤く染まっていた。
(土方さんに千鶴ちゃんのコーチを頼んで良かったわ。)
山岡璃子は、コーヒーを飲みながら、千鶴の横顔を見つめた。
「ねぇ千鶴ちゃん、土方さんの事はどう思っているの?」
「土方さんは、わたしにとって“憧れの王子様”でした。土方さんに会いたくて、土方さんに近づきたくて、フィギュアスケートを始めたんです。」
「まぁ、そうなの。」
「最近、土方さんとは何か不思議なご縁で繋がっているんじゃないかと最近思うようになりました。」
「不思議なご縁?」
「えぇ。上手く言えませんが、土方さんとは、前世からのご縁があるような気がしてならいんです。」
「前世からの縁、ねぇ・・」
「はい。実は最近、不思議な夢を見るんです。」
「不思議な夢?」
「夢の中では、わつぃが土方さんと同じ顔をした男の人と、その人との間に生まれた赤ちゃんをあやしているんです。でも、男の人が、突然わたし達の前から消えて・・」
それは、夢にしては余りにも実感みがあるというか、まるでその中に居るかのような内容だった。
目の前で消えてしまった、土方に似た男性を見送った千鶴が泣いていると、風に乗って彼の声が聞こえて来た。

―俺の魂は、ずっとお前のものだ。

そこで、夢は終わったのだった。

「土方さんが、もしかしたら千鶴ちゃんの運命の人なのかもしれないわね。」
「運命の人、ですか?」
「えぇ。」
「そういえば、土方さんは今日何処へ?」
「実は・・」

璃子は、歳三が中山正道に呼び出された事を千鶴に話した。
中山正道といえば、あの定食屋で自分の顔を引っ掻いて来た女の父親と、同じ苗字だった。
(確かあの人、スケート連盟の幹部だったよね?)
「先生、スケ連の幹部の方が土方さんに何の用なんでしょうか?」
「さぁね。」

(何だか、嫌な予感がする・・)

「土方君、世界選手権大会が近くて忙しいのに、わざわざ呼び出してしまってすまないね。」
「いえ・・」
「わたしはまわりくどい事が嫌いでね。今日君を呼び出したのは、娘の事だ。」
「申し訳ありませんが、わたしはお嬢さんとよりを戻す気はありません。」
「・・そう言うだろうと思った。」
中山正道は、そう言うと冷えた茶を飲んだ。
「娘は、君から一方的に婚約破棄されて、君に精神的苦痛を受けたと主張している。こちらとしては、大事な一人娘を傷つけられたんだから、黙っていられない。」
「法的手段に出る、という事ですか?それならば、こちらも黙っていませんよ。」
歳三はそう言うと、鞄の中から一枚の書類を取り出した。
それは、千鶴が琴から暴行を受けた際に医師から書いて貰った診断書だった。
「あなたの娘さんについて色々と飛び交っている黒い噂について、今警察が捜査しています。あぁ、あなたの“ご友人”に連絡しても無駄ですよ。」
「何だと!?」
「俺は、あなたみたいな卑劣漢が一番嫌いでね。もし今後、俺や教え子に危害を加えようとしたら、こちらも黙っておりませんから、そのつもりで。」
顔を赤くしたり青くしたりしている正道を満足そうな表情を浮かべて歳三は眺めた後、レストランの個室から出た。
「土方、奇遇だな。まさか貴様とこのような場所で会えるとは。」
「風間千景・・」
背後から声を掛けられ、歳三が振り向くと、そこにはかつて銀盤でしのぎを削り合っていたライバルの姿があった。
「チカゲ、こちらの方は?」
千景の隣に座っていた少女が、翠の瞳で歳三を見た。
「ナターリア、こいつが俺のライバルの、土方歳三だ。」
「ナターリア=アバ―エヴァです。」
ナターリア=アバ―エヴァ、女子フィギュアで数々の大会で表彰台の中央を独占している世界女王で奇しくも千鶴と同い年だ。
「貴様、あの雪村千鶴という娘のコーチとなったそうだな?」
「あぁ、それがどうした?」
「貴様との勝負、まだ決着がついておらん。そこでだ、貴様の教え子とナターリア、どちらが世界女王の何冠するに相応しいか、勝負しようではないか。」
「望むところだ。」
千景と歳三との間に、見えない火花が散った。
世界選手権大会が刻一刻と近づく中、歳三は実家の姉・信子から呼び出された。

「どうした姉貴、急に呼び出して何の用だ?」
「トシ、あんた教え子と付き合っているって本当なの?」
「突然、何言っていやがるんだ、姉貴?一体・・」
「一度、その子に会わせなさい!」
「落ち着けよ、姉貴!」
「大切な弟が付き合っている相手をこの目で確かめないと気が済まないわ!」

信子はそう叫ぶと、歳三のスマートフォンを彼から奪った。

「ありがとうございました。」

その日、千鶴はいつものようにドーナツ店でアルバイトをしていた。
休憩時間に彼女が更衣室のロッカーの中にしまっていたスマートフォンに、歳三から10件もの着信がある事に気づいた。
(土方さんから?)
千鶴が首を捻りながらスマートフォンの画面を見ていると、それはけたたましく着信を告げた。
(また、土方さんから?どうしたんだろう。)
「はい、もしもし・・」
『千鶴、何度も済まねぇな。姉貴がお前ぇに会わせろってしつこくてな・・』
「え、お姉さんが?」
『あぁ、悪いが、バイトが終わったら俺と姉貴に会ってくれねぇか?』
「わかりました。」
 バイトが終わった後、千鶴はすぐに店の前で歳三の迎えを待った。
「千鶴、待たせたな。」
「土方さん・・」
「詳しい事は車の中で説明するから、乗れ。」
「はい。」
歳三は車の中で、自分達の関係がSNS上で噂になっている事、そしてそれを目にした信子が歳三に噂の真偽を確めようとしている事を、千鶴に話した。
「姉貴は筋が通った人だから、話せばちゃんとわかってくれるさ。」
「はい・・」
「大丈夫さ、取って食いはしないさ。」
実家へと向かう車の中で、歳三はそう言った後、緊張している千鶴の手を握った。
「トシ、その子なのね?」
「はじめまして、雪村千鶴と申します。」
「ごめんなさいね、急に呼び出してしまって。土方信子です。」
お互いに自己紹介を終えた後、二人は土方家のダイニング・ルームにで信子とお茶をする事になった。
「ありがとうございます、頂きます。」
「礼儀正しい方ね。あなた、気に入ったわ。」
「姉貴?」
「トシ、あんたもうこの子とは寝たの?」
姉の生々しく直截的な質問を聞いた歳三は、思わず飲んでいた茶を噴き出してしまった。
「馬鹿野郎、俺と千鶴はまだそんな関係じゃねぇよ!」
「あら、そうだったの。じゃぁ、これからそういう関係になるのね?」
「姉貴~!」
信子とのお茶会は終始和やかな雰囲気のまま終わった。
「トシ、あの子だったらあんたを任せられるわね。」
「もう、やめてくれよ・・」
「やっと、心から笑えるようになったわね、あんた。」

信子はそう言って笑った。

2016年3月。

アメリカ・ボストンで世界フィギュアスケート選手権大会が華々しく開幕した。
アメリカ、ロシア、韓国など、世界各国の強豪選手達の中で、千鶴と神崎真子は女子シングル予選でそれぞれ好成績を残した。
「千鶴、この調子で決勝まで頑張れ!」
「はい!」
土方・千鶴チームと、英子・真子チームのどちらかが世界女王の座に就くのかを、全世界のマスコミが注目していた。
『ハイ、あなたがチヅルね?わたしはナターリア、ナターシャって呼んで!』
『はじめまして。』
世界女王で、“ロシアの皇女”と称されるナターリア=アバ―エヴァは、金褐色の髪と美しい翠の瞳を持った少女だった。
一見冷たそうな印象を彼女に抱いていた千鶴だったが、気さくなナターリアの人柄に好感を抱いた千鶴は、たちまち彼女と打ち解けた。
『お互いにベストを尽くしましょう!』
『はい!』
千鶴とナターリアが互いの健闘を祈っていた頃、歳三は大会の駐車場で千景と会っていた。
「こんな所に俺を呼び出して、何のつもりだ?」
「あの二人・・神崎真子と中山琴には気をつけろ。」
「琴とはもう縁が切れた筈・・」
「女の恨みは恐ろしいものだ。お前を憎んでいる女と、お前の教え子を敵対視している女は、密かに結託していたようだ。」
千景はそう言うと、歳三に琴と真子が密会している写真を見せた。
「もうすぐ、お前の教え子の出番だな?」
「あぁ、そうだが・・」
「あいつのスケート靴のブレード(刃)の部分に何か細工されていないか、よく見るのだな。」
「おい、何言って・・」
「また会おう。」
千景はそう言うと、駐車場を後にした。
(何だってんだ、あいつは?)
歳三が首を捻りながら千鶴の元へと向かうと、彼女は緊張を和らげる為にヨガをしていた。
「千鶴、大丈夫か?」
「はい。」
「お前ぇはプレッシャーに弱いから、ひとつだけ言っておく。心が乱れそうになったら、てめぇの心を信じろ。」
「はい!」

神崎真子、ナターリア=アバ―エヴァは決勝のフリー・プログラムで、共に好成績を残した。
そして遂に、最終滑走である千鶴の番がやって来た。

(大丈夫、いつも通りにしていればいい!)

「さぁ、いよいよ女子フリー結晶、最終滑走は雪村千鶴選手です。」
「雪村選手といえば、シニアに上がった時にスランプになりましたが、昨年8月に土方コーチとタッグを組んでからめきめきと頭角を現すようになりましたね。」
「そうですね。元世界王者である土方コーチの指導と手厚いサポートによって、今まで眠っていた雪村選手の才能が開花されたようですね。」
「どんな舞をわたし達に見せてくれるのでしょうか、楽しみですね!」
「千鶴、頑張れ!」
「はい!」
英語のコールが聞こえ、千鶴は颯爽とリンクの中央に躍り出た。
音楽が流れ、千鶴は静かに舞い始めた。
「トリプルアクセル、セカンドトゥーループ、序盤のジャンプは着氷も見事ですね。」
「前半の演技、ジャンプ、ステップ共に完璧でしたね。さぁ、これからが勝負の後半!まずはトリプルトゥーループ、トリプルサルコウのコンビネーションジャンプです・・全て成功しました!」
「片手を上げながらの着氷ですので、得点は高くなりそうですね。」
「あとは、女子選手史上初の4回転アクセル、成功なるか!?」

(大丈夫、大丈夫よ・・)

千鶴は呼吸を整えた後、加速した。

跳んだ瞬間、彼女は全ての音が消えてしまったかのような感覚に襲われた
着氷した後、客達の歓声が会場を包み込んだ。

「4回転アクセル、成功!ジャンプを全て成功しました!」
「後はシークエンスステップ、会場から手拍子が鳴り響いています。」

演技を終えた千鶴は、満面の笑みを浮かべながら歳三が待つリンクサイドへと向かった。

「土方さん!」
「千鶴、最高だったぞ!」
「わたし・・やりました!」
「お前なら、出来ると思っていたぜ!」

歳三はそう叫ぶと、千鶴と抱き合った。
この大会で、千鶴は初めて首位に立った。

「千鶴ちゃん、おめでとう!」
「ありがとうございます、璃子先生!」

表彰台の中央に立つ千鶴の姿を、琴と神崎真子は観客席で恨めしそうな表情を浮かべながら見ていた。

「あの・・本当にやるんですか?」
「やるに決まっているじゃない!」
「でも・・」
「何よ、今更怖気づいたの?じゃぁ、わたし一人でやるわ!」

(必ず、あの二人を不幸にしてやる!)

「千鶴、優勝おめでとう。」
「ありがとうございます、土方さん。」

大会の後、千鶴は歳三と共にボストン市内を一望できるレストランで夕食を取っていた。

「お前ぇと会って、もう半年を過ぎたか・・あっという間の半年間だったな。」
「はい。もし土方さんと出会っていなかったら、今のわたしは居なかったと思います。」

千鶴はそう言うと、恥ずかしそうに目を伏せた。
歳三はそんな千鶴の姿に、“誰か”の姿を重ねていた。

「土方さん?」
「いや・・ちょっとワインを飲み過ぎたか・・」

(今のは、一体何だったんだ?)

食事を終えた後、二人はチャールズ川沿いにある遊歩道を歩いた。
春先のボストンの風は、まだ冷たい。
まるで、かの地のような―

「土方さん、どうかなさったんですか?」
「少し、考え事をしていたんだ・・」
「なぁ千鶴、お前は“運命の相手”ってやつを信じるか?」
「“運命の相手”ですか?」
「・・最近、お前に似た女と一緒に笑い合ったり、こうして並んで歩いたりしている夢を見たんだ。」
「わたしも、同じ夢を見るんです。」
「そうか・・」

 二人は、暫く黙って歩いた。

「土方さん、わたし・・」
「俺は、お前に惚れている。」

歳三からそう告白され、千鶴は嬉しさの余り涙を流した。

「どうした?」
「いえ、嬉しいんです・・今まで憧れの人で、遠くから見つめる事しか出来なかった土方さんと、対等な存在に・・隣に立てる存在になれた事が嬉しくて・・」
「千鶴・・」
「土方さん・・」

それ以上、二人の間に言葉は要らなかった。
ホテルに戻った歳三は、そっと千鶴をベッドの上に横たえた。

「本当に、いいのか?」
「はい・・土方さんなら・・」

歳三はそっと、千鶴の唇を塞いだ。

「愛しています、歳三さん・・」
「・・やっと、俺の事を名前で呼んでくれたな、千鶴。」

歳三はそう言うと、千鶴に優しく微笑んだ。

「ん・・」

朝日に照らされ、歳三がゆっくりと目を覚ますと、隣には生まれたままの千鶴の姿があった。
歳三はそっと、彼女の艶やかな黒髪を指先で梳いた。
こうして、彼女と共寝したのはいつだったろうか。
まだ、かの地で夫婦になって間もない頃の事だったと、歳三は記憶している。
新選組や、侍といったものが新選組からなくなり、元新選組副長という肩書きと身分の所為で、彼と千鶴は人里離れたアイヌの集落に近い村で、穏やかに暮らしていた。
『歳三さん、おはようございます。』
ある日の朝、そう言って自分に挨拶した妻の、所々破れて繕い直している古着を見て、歳三は胸が痛んだ。
京では隊の風紀が乱れるという理由で男装を強要し、いつか京で美しい着物を仕立ててやりたいという望みすら、戦の所為で未だにかなえられずじまいだった。
『千鶴、ちょっと買い物に付き合ってくれねぇか?』
『買い物、ですか?』
『あぁ。』
そう言って歳三が千鶴を連れて行ったのは、函館の中で一番大きな呉服屋「富士屋」だった。
『土方様、ようこそお越し下さいました。奥へどうぞ。』
『千鶴、お前も来い。』
『はい。』
歳三に促され千鶴が奥の部屋へと入ると、そこには色とりどりの美しい反物や帯、着物などが広げられていた。
『さぁ、好きな物を選べ。』
『こんな高価な物、頂けません。』
『わかってねぇなぁ、惚れた女にはいつも美しく着飾って欲しいもんなんだよ。』
『わかりました・・』
千鶴との、穏やかで幸せな生活は、長く続かなかった。
だが、千鶴は自分を見送った後、女手一つで自分との間に生まれた息子を立派に育て上げてくれた。

―いつか、また会える事があるのなら、今夜は幸せにしてやりてぇ。

この世から消える時、歳三はそう願った。

そして、その思いは天に通じ、再び魂の半身と巡り会った。

(これから、必ずお前ぇを幸せにしてやるからな。)

「歳三さん・・」
「まだ寝てろ。」
「はい・・」

大会を終えた歳三と千鶴は、ボストンから足を延ばしてNYへと向かった。

「わたしを連れて行きたいところって、何処ですか?」
「もうすぐ着くさ。」

歳三がそう言いながら千鶴と共に向かったのは、ティファニーのNY本店だった。
ショーウィンドウには、美しく煌びやかなダイヤモンドの指輪が飾られていた。

『何か、お探しですか?』
『エメラルドのペアリングを頼みたいんだが・・』
『まぁ、土方様ですね。奥のVIPルームへどうぞ。』

歳三の顔を見た店員は、そう言うと二人をVIPルームへと案内した。

『これは土方様、ようこそお越しくださいました。本日はご注文の品をお受け取りに?』
『あぁ。』
『どうぞ。』

支配人と思しき男は、恭しい仕草で歳三に空色の箱を差し出した。

「あの、これは?」
「開けてみろ。」
「はい・・」

千鶴が恐る恐る箱の蓋を開けると、そこには美しいエメラルドのペアリングが入っていた。

「これは・・」
「俺達の婚約指輪だ。」
「歳三さん・・」
「“今度”こそ、お前ぇを必ず幸せにする。だから、俺の妻となってくれねぇか?」
「はい・・」

こうして、二人は再び結ばれた。

「何ですって、それは本当なの!?」
「はい。お嬢様、どちらへ?」
「暫く戻らないと、お父様に伝えて。」

琴はそう言うと、愛車に乗り込んだ。

(許さない、絶対に!)

愛車を走らせていた琴は、二人が婚約パーティーを行っているホテルへと向かった。

「おめでとう、千鶴。」
「ありがとう、お母さん。」
「土方さん、どうか娘をよろしくお願いしますね。」
「はい、わかりました。」
「トシ・・」
「お前、何でここに?」
「あなた達の婚約を祝いに来たのよ。」

琴はそう言うと、アネモネの花束を手渡した。

「ねぇトシ、アネモネの花言葉を知っている?」
「お前・・」
「“見捨てられた恋”よ。」

琴はそう歳三の耳元で囁くと、隠し持っていたナイフで歳三の腹を刺した。
会場に居た客達が、一斉に悲鳴を上げた。

「あんた達を、幸せになんかさせて堪るものですか!」
「土方さ~ん!」

まるで気が狂ったかのように天を仰ぎ見ながら笑っている琴の姿を見た歳三は、意識を失った。

“トシ、起きてくれ。”

闇の中から、亡き恋人の声が聞こえて来た。

「勝っちゃん、あんた・・」

歳三が勇の元へと向かおうとすると、誰かが自分の足元にしがみついていた。

「駄目。」

振り向くとそこには、自分と瓜二つの顔をした少女が立っていた。

“トシ、もう帰ってくれ。”

「勝っちゃん・・」

“お前には、待っている人が居る。”

勇がそう言った瞬間、歳三は急に光に包まれた。

「勝っちゃん・・」

―歳三さ~ん!

遠くから、千鶴の声が聞こえて来た。
歳三はゆっくりと、光の扉を開けた。

「土方さん・・」
「千鶴、心配させちまって済まねぇな。」
「良かった、戻って来てくれて・・」

千鶴はそう言うと、涙を流した。

「あの、土方さん。」
「何だ?」
「あなたに、お伝えしたい事があるんです。」
「伝えたい事?」
「はい・・」

千鶴が発した言葉を聞いた歳三は、菫色の瞳を大きく見開いた。

2018年3月、韓国・平昌。

この地で開催された冬季五輪の女子フィギュアは、ロシアのナターリア=アバ―エヴァの優勝と引退で幕を閉じた。

『これからわたしは、普通の女性として生きます。』

彼女の電撃引退と結婚のニュースは、ネット上をざわつかせた。
そしてこの日、特別ゲストとして歳三と千鶴がこの地に招待された。
会場の歓声に包まれながら、二人は銀盤で“ロクサーヌのタンゴ”を披露した。

「パパ~!」

二人が演技を終えてリンクサイドへと向かうと、観客席の方から二人の一人娘・千歳が駆けて来た。

「千歳、走っちゃ駄目だって、何度も言っているでしょう?」
「ごめんなさい。パパ達にこのお花を渡したくて。」

千歳は、そう言うと歳三に白薔薇の花束を手渡した。

「その花束、何処で?」
「わたし達が選んだんです。」
「そうか。ありがとうな・・」

あの婚約パーティーで起きた事件の後、千鶴は妊娠・出産を経て個人競技から夫の歳三とペアを組み、アイスダンスへと転向した。
二歳の反抗期真っ最中の娘の育児に歳三と奮闘しながらも、千鶴は充実した毎日を送っていた。

「お嬢様・・」
「ねぇ、トシは?彼はいつ来るの?」
「もう、こちらにはいらっしゃいません、お嬢様。」
「嘘よ、そんなの!」

琴は激昂してそう叫ぶと、窓の鉄格子を叩いた。

「トシに会わせてよ~!」
「お嬢様・・」

琴の乳母・江は涙を流しながら、かつての主が収容されている精神病院を後にした。
あの事件の後、琴は殺人未遂で逮捕されたが、統合失調症を発症し、彼女は正気を手放して妄想の世界の住人となってしまった。
神崎真子と石田英子は、千鶴への数々の嫌がらせや妨害行為が明らかになり、二人共スケート連盟から除籍処分を受け、銀盤から永久追放された。

天網恢恢疎にして漏らさずとは、よく言ったものである。

(終)

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Last updated  Mar 19, 2021 10:40:42 PM
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薄桜鬼の二次小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。

災害描写が一部含まれます、苦手な方はご注意ください。


あの日、“彼”を見たその瞬間から、雪村千鶴の人生は大きく変わり出した。

家電量販店のテレビ売り場に映し出されていたのは、銀盤の上を優雅に舞う、“王子様”の姿だった。
黒地に銀糸の刺繍を施し、その上にアメジストを鏤めた衣装を纏った“彼”がジャンプを決める度に、観客席から黄色い歓声が上がった。
男子選手にしては珍しい、艶やかな黒髪をポニーテールにした“彼”の名は、土方歳三。
欧州中心であるフィギュアスケート界に彗星の如く現れ、数々の好成績を叩き出した、伝説の世界王者である。
「千鶴、もう行くよ~」
「お母さん、わたしもあの人みたいになりたい!」
「なぁに千鶴、フィギュアスケート習いたいの?」
「うん、わたしあの人のお嫁さんになりたい!」
「そう。」
こうして、当時6歳だった千鶴は、フィギュアスケートを習う事になった。
「千鶴ちゃ~ん、ゆっくり、ゆっくりよ。怖くないからね。」
初めて氷上の上に立った時、千鶴はバーの掃除ばかりしていたが、一月もすると表情で美しく滑れるようになった。
「千鶴ちゃんは筋が良いわね。」
「ありがとうございます!」
「この調子で頑張ってね。」
いつものように千鶴がスケートリンクでの練習を終えて母の車で帰宅していると、突然強い衝撃が彼女を襲った。
「お母さん・・」
「大丈夫よ、千鶴、大丈夫だからね・・」
その事故は、飲酒運転をしていたトラック運転手が起こした悲惨なものだった。
四台の車は信号待ちの最中に次々とトラックに衝突され、千鶴達母子が乗っていた車は辛くも業火から逃れたが、その炎に巻き込まれた四組の家族が命を落とした。
その中に、千鶴の幼馴染である藤堂平助の両親も含まれていた。
「平助君、良かったらうちに来ないか?」
「はい・・」
突然両親を亡くし途方に暮れていた平助を雪村家は温かく迎え入れた。
同い年の千鶴と平助はすぐに打ち解け、彼女と共にゲームをしたり、遊んだりした。
「なぁ千鶴、将来の夢とかあるのか?」
「うん、わたし、王子様のお嫁さんになるの!」
「王子様のお嫁さん?」
「わたし、あの人に会って、あの人のお嫁さんになるの!」
「そうか、頑張れよ!」
そんな話を学校の帰り道で千鶴が平助と話していると、一台のリムジンが二人の脇を猛スピードですり抜けていった。
「大丈夫か、千鶴!?」
「うん・・」
「気をつけて歩きなさいよね、この貧乏人が!」
そうリムジンの窓から居丈高な口調で叫んだのは、千鶴のリンクメイトである神崎真子だった。
「何だあれ、カンジ悪ぃ!」
「平助君、行こう。」

そう言った千鶴がランドセルの肩紐を持つ手は、震えていた。

「土方歳三選手、今大会で遂に世界選手権大会4連覇を達成致しました!」
「オリンピックでは、メダル候補と期待されていますが、その事について・・」

銀盤から降りた瞬間、歳三はたちまち周囲の雑音に取り囲まれた。
花束を抱え、暫く無言で歩いていたが、余りにも雑音がしつこくまとわりつくので、彼はリンクの出口で急に立ち止まると、満面の笑みを浮かべながらこう言った。

「大変有意義な試合でした。マスコミが邪魔でしたけど。」

唖然とする報道陣に背を向けた歳三は、そのままホテルへ向かう選手専用のリムジンバスへと乗り込んだ。

「相変わらず強気だな、土方歳三。」
「またてめぇか。悪いが俺は疲れているんだ、放っておいてくれ。」
「そうやって強気でいられるのは今の内だ。俺が必ず、貴様を玉座から引き摺り下ろしてやる!」
「やれるもんなら、やってみやがれ。」
歳三と風間千景が睨み合っていると、そこへ二人のコーチである天霧と芹沢が彼らの間に割って入った。
「風間、その辺にしておきなさい。」
「全く、お前のその血の気の多さは誰に似たのやら・・」
「・・興が削がれた、行くぞ。」
「あ~、疲れた。」
ホテルの部屋に入るなり、歳三はそう言って結っていた髪を解いてベッドに横になった。
その時、携帯がバッグの中でぶるぶると震えた。

(誰だ、こんな時間に?)

歳三がバッグの中から携帯を取り出し、サブディスプレイに表示された名前を見た瞬間、彼の紫の瞳が輝いた。

「勝っちゃん、どうしたんだ?」
『トシ、優勝おめでとう。』
「ありがとう。」
『試合、観に行けなくて済まなかったな。』
「馬鹿野郎、そんなに気を遣わなくてもいいんだ。あんたの声が聞けるだけで、それでいいんだ。」
『今年のクリスマスは、一緒に過ごせそうか?』
『あぁ、何とかする。じゃぁな、お休み。』
『あぁ、お休み。』

恋人から電話が終わった後、歳三は携帯を握り締めながら寝た。

「勝っちゃん!」
「お帰り、トシ。」
「ただいま。」

空港の到着ロビーで、歳三は勇と人目も憚らず抱き合った。

「メリークリスマス、トシ。」
「Cheers、勝っちゃん。」

2009年12月24日、歳三と勇は都内某所にある高級ホテル内のレストランでクリスマス=イヴを祝った。
歳三はいつもポニーテールにしている黒髪を下ろし、クリスチャン・ディオールの真紅のドレスに、その華奢でありながらしなやかな肉体を包み込み、美しい足は同系色のピンヒールに包まれていた。
「なんだか、こんな高い店で食べるなんて緊張するな・・」
「これから一流になる男が何言ってんだよ。」
歳三はそう言いながらも、慣れた手つきで鴨のコンフィをステーキとナイフで一口大に切り分けていた。
「そういえばトシ、オリンピック出場決まったんだってな、おめでとう。」
「ありがとう。ま、俺位の実力ならこんなの当然だ。」
「そ、そうか・・」
「なぁ勝っちゃん、さっきから浮かねぇ顔してどうしたんだ?」
「あぁ・・実は、この前ある企業からスポンサー契約を打ち切られたんだ。」
勇はアイスホッケーでプロ選手として活躍しているが、中々いい成績が出せず、悩んでいた。
「そんな事で悩んでんのかよ、あんた?見る目がねぇスポンサーの事なんかさっさと忘れちまえよ。」
「そうだな・・」
二人がデザートを味わっていると、突然カメラのフラッシュが二人を襲った。
「土方選手ですよね?サイン、頂けません?」
「支配人、俺達が居る個室には誰も近づけさせるなと言っておいた筈だが?」
「も、申し訳ございません!お食事代はこちらが負担致しますので・・」
「当然だろ。ったく、マナーの悪い客の所為で、折角のイヴが台無しだぜ。」
歳三は不快そうに鼻を鳴らした後、レストランから出て行った。
その時、彼は一人の少女とぶつかった。
「きゃぁっ!」
「大丈夫か?」
「は、はい・・」
そう言って彼女は、琥珀色の瞳で歳三を見つめた。
「怪我はねぇようだな。気をつけて歩けよ。」
「は、はい・・」
「トシ、エレベーターが来たぞ!」
「わかった、今行く!」
歳三は少女に背を向け、勇が居るエレベーターホールの方へと向かった。
「千鶴、こんな所に居たのかよ、探したんだぜ!」
「ごめん、平助君。」
「おばさん心配してたから、さっさと行こうぜ!俺もう腹ペコだよ~」
「わかった。」

(あの赤いドレスの女の人、綺麗な人だったな・・)

2010年1月、バンクーバー五輪代表選手団の記者会見と壮行会が都内某所にある高級ホテルの宴会場で行われた。

「それでは、質疑応答の時間となりましたので、お一人様一問ずつご質問をお願い致します。」
「土方選手、オリンピックへの意気込みについてお聞きしたいのですが・・」
「特に何もありません。」
「土方選手、今後の抱負について・・」
「別に。」
「メダル候補と期待されていますが、その事について・・」
「メダル?そんなの、金以外欲しくありません。俺、勝つ事しか考えていないので、そこのところ夜露死苦お願いします。」

この歳三の発言は、ネット上で物議を醸した。

“強気過ぎる”
“つーか、性格悪過ぎ”
“王者は孤独なんだから、これ位強気でないと勝てないよな。”

この『夜露死苦会見』から一月後、バンクーバー五輪男子フィギュアスケート決勝で、歳三は見事表彰台の中央に立ち、金メダルを首から提げて誇らしげに笑った。

「トシ、金メダルおめでとう。」
「ありがとう、勝っちゃん。」
「なぁトシ、今度仙台でアイスショーをやるんだろ?」
「あぁ。」
「もしトシが良ければ、うちの家族に会ってくれないか?」
「勝っちゃんの頼みだったら、断れねぇな。」
「えっ、わたしがアイスショーに!?」
「そうよ。と言っても、フラワーガールとしてだけどね。アイスショーは仙台でやるんだけれど、人手が足りなくて、うちのスケート教室から是非、って運営側からお声がかかってね。千鶴ちゃん、土方選手のファンなんでしょう?もしかしたら、土方選手に会えるかもしれないわよ!」
「本当ですか!?」
フラワーガールとは、フィギュアスケートで選手が演技後にスケートリンクへと投げ込まれた花束やプレゼントなどを回収したり、リンク上のゴミを回収したりする少年少女達の事である。
選ばれる条件としては、身長140センチ前後で、ブロック大会などで好成績を残した者という、まさに“特別に選ばれた者”しかなれない。
千鶴はその条件に当てはまったので、リンクメイトである神崎真子と共にフラワーガールに選ばれた。

(もしかして、憧れの王子様に会えるかもしれない!)

千鶴はそんな事を思いながら、期待に胸を弾ませ家族と共に仙台へと向かった。
そして、彼女は、“王子様”に―今までテレビ画面越しでしか会えなかった“彼”に、初めて直接会えた。

「今日は、よろしく頼む。」

たった一言、その言葉を掛けられただけで、千鶴はまるで魔法をかけられたかのように、不安が消えた。

2010年8月。

盆休みを利用して、歳三は勇と共に彼の親族が住む宮城・気仙沼へと旅行に来ていた。
「あらぁ、良く来たねぇ。」
「婆ちゃん、久しぶり!」
「あらぁ、そのめんこい子は勝太の嫁さんかい?綺麗な人だねぇ。」
「初めまして、土方歳三と申します。勝太さんと真剣にお付き合いさせて頂いております。」
「あらぁ、そうなの。こんなめんこい子が嫁に来てくれるんなら、勝太さんの両親も安心だねぇ。」
「安心、か・・そうだなぁ。」
「さ、あんたの為にご馳走用意したんだよ。上がっていって。」
「お邪魔致します。」
歳三がそう言いながら勇の祖母・えい子の家に入ると、居間は懐かしい畳の匂いがした。
「みんなは?」
「もうすぐ、帰って来る。そういや、今日は花火大会だねぇ。歳三さん、ちょっとこっちへ来てくれないかい?」
「は、はい・・」
歳三がえい子と共に奥の和室に入ると、そこには美しい藤色の浴衣と白い小花模様の帯が衣紋掛けに掛けられていた。
「この浴衣は・・」
「あの子の、死んだ母親のものだよ。あなたに似合うと思ってねぇ。」
「そうですか・・」
「あなたは色が白いから似合うと思ってねぇ。」
えい子に浴衣を着付けて貰いながら、歳三は“昔”の事を思い出していた。

―こりゃなんだ?妾にも贈るのか?
―いや、これはお前に贈ろうと思って誂えたんだ。
―そ、そうか・・
―お前の瞳の色に合わせてみたんだが、気に入らなかったか?やっぱり、店に戻して・・
―別に着ねぇとか言ってねぇだろ!
「トシ、もう準備できたか?」
「あぁ。」
その日の夜、美しく浴衣で着飾った歳三の姿を見て勇は絶句した。
「どうしたんだ、勝っちゃん?」
「いや・・とても似合っているなって・・」
「変だぜ、勝っちゃん。」
歳三はそう言うと、クスクスと笑った。
「トシ、この簪、お前に似合うと思って・・」
「ありがとう。」
「俺が挿してやろう。」

勇は歳三の黒髪を紅い櫛で梳いた後で、そっと彼と同じ瞳の色の簪を挿した。

「出来たぞ。」
「ありがとう。」

空に、大輪の華が咲いた。

「綺麗だな・・」
「あぁ、そうだな。」
勇はそう言うと、そっと歳三の手を握った。
「どうしたんだ?今日の勝っちゃん、何だか変だぜ?」
「なぁトシ、男同士だからこんな事を言うのも何だと思うが、いつか俺がお前と肩を並べられるようになったら、俺と結婚してくれないか?」
「勝っちゃん・・」
「俺は、お前を絶対に悲しませたりしない。だから・・」
「狡い人だな、あんた。そんな事言われて、俺が断る訳ねぇだろう?」
「トシ・・」
「俺には、あんたしか要らねぇ。」
「その言葉が、聞きたかった。」
重なり合う二人の姿が、花火の光で仄かに照らされた。
この時、歳三は勇との愛が、二人で共に過ごす生活や時間が、ずっと続くと思っていた。
それ程までに、幸せだった。

「トシ、来年も再来年も・・10年後もここでまた、花火を見よう。」
「あぁ・・約束だ。」
「愛しているよ、トシ。」
「俺もだ、勝っちゃん。」
「こうしていると、“昔”を思い出すな。あの頃も、みんなで花見をしていたな。いつかまた、みんなに会って花見をしたいな。」
「生きてさえいりゃ、必ず何処かで会えるさ。」
「あぁ、そうだな・・」

2011年3月11日、午後2時46分。

その日歳三は、気仙沼で開かれるアイスショーに出演する為、芹沢達と共に気仙沼入りをしていた。

「トシ、忙しいのにわざわざ呼び出して済まないな。」
「いいんだよ、朝から根詰めて、頭がおかしくなり始めたから、こうしてあんたと出歩くのも良い気分転換に・・」
歳三がそう言って勇の方を向いた時、地面が波打つかのような激しい揺れが、気仙沼の街を襲った。
「トシ、大丈夫か?」
「あぁ・・一体、何が起きて・・」
「俺は、婆ちゃんの様子を見て来る。トシは先にホテルへ戻っていてくれ。」
「でも・・」
「大丈夫だ、すぐに戻って来る。」

勇からそう言われ、一旦ホテルへと戻った歳三だったが、彼が心配で居ても立っても居られず、ホテルを出てえい子の家へと向かった。

(確か、この角を曲がって左に・・)

えい子の家は、地震の衝撃で家全体が潰れていた。

「勝っちゃん、何処だ?」
「トシ・・」

勇は、瓦礫の下敷きになっていた。

「勝っちゃん、待ってろ!今助けてやるから!」
歳三はそう叫ぶと、近くに転がっていた角材で勇を圧し潰している瓦礫を退かそうとしたが、それはビクともしなかった。
「何で、何で動かねぇんだよ!」
「トシ、もういい。お前だけでも逃げてくれ。」
「何言ってんだよ!」
「俺は瓦礫に足を潰されている。高台まで避難出来るかどうか・・」
「その時は、俺があんたを背負ってやる!だから諦めるな!」
「トシ、ごめんな・・昔、お前に辛い想いばかりさせて、済まなかったな・・今度こそ、お前を幸せにしてやりたかったのに・・」
「勝っちゃん・・」
「こんな所に居たのか、土方。」
歳三が振り向くと、そこには中々ホテルに戻って来ない事に心配してここまで来た風間千景の姿があった。
「良かった、風間、早く勝っちゃんを・・」
「無駄だ。直に津波が来る。その前にこの男を救出するのは不可能だ。」
「そんな・・」
「トシ、彼の言う通りだ。俺はもう・・」
「嫌だ、こんな所であんたを死なせたくねぇ!そんな事したら、また“あの時”と同じじゃねぇか!」
―トシ、もう楽にさせてくれ。
「嫌だ、そんなの・・俺は、見捨てきゃいけねぇもんを見捨てて、てめぇだけ生き残るなんて、そんなの・・」
「トシ、良い子だから・・」
勇は少し困ったような、それでいて嬉しそうな顔をした後、辛うじて瓦礫の隙間から利き手を伸ばし、歳三の髪を優しく梳いた。
「狡いよ、あんた・・」
「大丈夫だ、俺は大丈夫だから。」
「でも・・」
「お前は生きてくれ・・俺の分まで。生きて、俺が見られなかった世界を生きてくれ・・」
勇はそう言うと、優しく微笑んだ。
 その時、空気を切り裂くかのような、サイレンと轟音が響いた。
「行くぞ・・」
「嫌だ、勝っちゃん、嫌だ!」
「愛しているよ、トシ・・また会おう。」
歳三は頑なに、勇の手を離そうとしなかった。
「津波来るぞ、高台まで逃げろ!」
「堤防さ越えたぞ!早う逃げろ!」
「何をしている、死にたいのか、貴様!?」
「勝っちゃんが居ない世界なんて、生きてたって仕方ねぇ・・」
「危ねぇ!」
歳三が勇の手を掴んで必死に彼を瓦礫の下から引き摺り出そうとした時、何かが彼に向かって飛んで来た。
「トシ!」
勇は歳三の身体を突き飛ばした。
歳三が最期に見た勇の顔は、微笑んでいた。
そこで、歳三の意識は闇に包まれた。
「おい、しっかりしろ!」

左目から血を流している歳三を抱きかかえ、千景は高台のホテルまで避難した。

同じ頃、東京では千鶴達も学校で被災した。

その日は、“六年生を送る会”が開かれていて、彼らは学校に居た。

「みんな、無事!?」
「はい、先生!」

奇跡的に、千鶴達の家族と家は無事だった。

「一体何が起きているの、お母さん!?」
「それは、わたしにもわからないわ・・そうだわ、テレビをつければ何か情報が・・」

 しかし、停電で全ての家電製品が使えなくなり、電気が復旧するまで千鶴達は不便な生活を強いられた。

(いつまで、こんな生活が続くのかな?)


先行きが見えない不安を抱えながら、千鶴は自分の身体の一部となっているスケート靴を抱き締めた。
確か、“王子様”は気仙沼でアイスショーに出演すると、友達から聞いた。
チケットは倍率が高くて取れなかったけれど、仕方ないよね。
 来年のアイスショーは、絶対にチケット取らなきゃ―そう思いながら千鶴が漸く普及した水道の蛇口を捻って皿を洗おうとした時、衝撃的なニュースがテレビから流れて来た。

“男子フィギュアスケーターの土方歳三選手が、気仙沼で被災している事が今月18日、病院関係者の取材で明らかになりました。容態は不明との事です。”

「手術は無事、成功しました。」
「そうか。あいつの左目は、治るのだな?」
「視力の方は、全く問題ありません。しかし、彼の左目が見えなくなったのは、心因性のものかと・・」
「心因性、だと?」
「はい。恐らく、彼が負傷した際に、何らかの精神的なショックを受けたのではないかと。」
「あいつは、気仙沼で恋人を亡くした。」
「そうですか・・」
歳三の主治医である山南敬助は、そう言って溜息を吐いた。
「心のケアには時間がかかります。今は、そっとしておきましょう。」
「あぁ。」
「先生、大変です!土方さんが病室から居なくなりました!」
「何だと!?」
 病室から抜け出した歳三は、春先のまだ肌寒い季節に、薄い寝間着一枚の姿で夜の街を彷徨っていた。
「勝っちゃん、何処にいるんだぁ?待ってろよ、今助けてやるからなぁ・・」
そう呟きながら裸足で歩く歳三の異様な姿に、周りに居た通行人たちは彼を避けるようにして歩いていた。
暫くすると、向こうから柄の悪い数人の男達が歩いて来て、その内の一人が歳三にぶつかった。

「お姉さん、俺らと遊ばない?」

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Last updated  Jan 11, 2021 09:40:07 PM
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