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60代、主婦の生き方

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2018年09月20日
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09月20日(木)18時07分

終日晴れの 気持ち良い1日だった。

ほんのわずかだが、友人との交流タイムが持て 嬉しい。


16日は 母の友人で親戚づきあいに近い関係の方のお招きで、延び延びになっていた母の米寿を 祝う。

母がステーキが好きなことをよく知る方なので、ランチ会場は ステーキがメインの店。

2年ほど前か、ボリュームあるステーキをペロリと平らげた母とは 別人のように 今回は食欲が減退。

おしゃべりしながら ゆっくり のんびり 少しずつ 肉を口に運ぶ。

その表情は 満足感にあふれていた。


その後も、別の店で ソフトクリームまでの予定でいたが、母の友人に急用ができたため この方と別れ、わたしとふたりで いただく。

まだ、エネルギーが持ちそうと見て、気になっていた ヘアーカットに付き添う。

母にしては、よくがんばれた1日だった.


19日は 脳外科の定期受診。

母は 老人ホームから 車で送ってもらう。

わたしは 出勤前の夫に最寄駅まで送ってもらい、JR・バスを乗り継ぎ 病院へ。

ひとあし先に、母とわたしの受付を済ませ 母を待つ。

比較的順調に受診、薬をもらい タクシーで 母のお気に入りの和風ファミレスに行った。

今回はソフトクリームと 冷たいうどん。

お腹いっぱいになり 3丁ほどの道のりを 休み休み 歩行車を操りながらゆっくり歩き、居室に戻った。

ここでエネルギー切れ、その後 5時間ほど爆睡したそう。

わたしは 部屋の中の確認(調弦ほか)をして 辞す。


両日とも わたしの疲労は激しかったが、母の満足の表情と 感謝の言葉かけに 元気をもらう。


”出かけたい・外を自分の足で歩きたい” この母の意欲を 大切にしてゆこう。






最終更新日  2018年09月20日 18時40分48秒
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2018年09月15日
カテゴリ:健康
09月15日(土)11時12分 晴れ

今まで 庭のミニトマトを火を通し酢漬け・リンゴをジュースとジャムに・パプリカを早めに収穫して 味噌とはちみつで保存食に などなど、食材を無駄にしない調理をした。


昨日は 1週間遅れで 2回目の貯血。

震災の朝、翌日の日帰り入院での貯血予定を 翌週に外来でと、病院からの連絡を受けた。

携帯電話がつながったことで連絡が取れ、係りの方もわたしも ほっとする

遠方ということもあり、昨日の診察日に合わせていただく 配慮を 得た。

昨日 看護師さんとの短い会話の中に いろいろなことが わかる。


”日本人って 素晴らしい。信号がなくても譲り合いながら 出勤できました。”(担当の看護師さん)

同僚は 電動シャッターが開かずに 徒歩で出勤(看護師さん)・・・・手動でも開くはずだが?(夫)

病室に多少 被害が出たが、病院自体の 可動は、大丈夫だったらしい。

余震が怖いから手術をとりやめた患者さんも いたそう。

1回貯血を完了しているわたしは、貯血を無駄にしないため 予定通りの手術日程の優先順位が高いのではとも。

いびきを懸念し、個室を予定していたわたしは、希望に添えない可能性が高いそう。

あれやこれやの質問に答えて頂けた。


貯血が終わるのを待っていてくれた夫と 駐車場に止めてある車の中で昼食を摂り、予約の診察時間に備える。

40分ほど遅れた担当医師は
「すみません。地震の影響で 大学病院の患者さんが長引いて」

「手術を予約していたおかげで がんばれました。しゃがんだり、立ち上がりが困難になってきていますが、もうすぐ改善できるはずということで がまんができます」

「来春に 大きな目標があるそうなので、早く 改善しましょう。任せてください」

また4月の個展を目指そうとしていることを 把握してくださり、ありがたい。


正直なところ この4月の個展以降、アクセサリー関連はほとんど手付かず、集中できずにいる。

あせりと 手術後の改善での希望が 入り混じる日々。

髪を振り乱し 昼食時間もとりにくい看護師さんや、駆け込んできた医師の方々、ほかの病院スタッフにも 感謝しながら夫の車で 夕方帰宅した。






最終更新日  2018年09月15日 11時54分25秒
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2018年09月14日
カテゴリ:雑記
09月14日(金)06時23分 くもり

朝刊を広げ まだまだ震災被害が残る現状を 目にする。

北海道のみならず 別の災害の地も、なのも わかっているはず。

知らずに心的ストレスから 逃れたい自分に 気付く。

昨日の雑感は 頼る夫がいる・出かけなくてよい主婦・幼子や高齢者や病人のお世話をしなくてもよい身・足の不具合もなんとかだませるレベル・・・・・しあわせな 環境だ。


経営に頭を抱える方・仕事に出るための交通環境の懸念・備蓄なしで 商品を探し回らなければならない・頼る人なし・面倒を見なくてはならない家族がいる・・・・・・多くの困難を抱えている方が いらっしゃる。

やはり 電気が最重要か?

考えながら 書きあげてみると 見過ごしがちになるものが多いことが 見えてくる。


節電促しの 広報無線を聞く。

テレビ画面で 節電喚起を見かける。

わたしにできることは 節電のこころがけ、肝に銘じよう。






最終更新日  2018年09月14日 06時54分02秒
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2018年09月13日
カテゴリ:雑記
09月13日(木)020時04分

終日 晴れ、6日早朝の地震のかげも 薄れた感。

コンビニはまだ 品薄。


大きな厚手ビニル袋・ゴミ袋・懐中電灯(母に)・ラップ・トイレットペーパー・ペットボトルの水など、わが家には 多すぎる感があり 減らしつつあったものを求め、ホームセンターに行く。

レジで前に並ぶ人は 単3乾電池10本入りを 10個買い求めていた。


離れた家族持ちの子は 緊急トイレ・カセットコンロ・電池式携帯電話充電器の用意ありとのこと。

今回は問題なく過ごせた我が家に 安堵してくれたが、燃料・保温のための毛布・窓の目張り用品の備蓄も促された。


いつ どこで 起きてもおかしくない 災害。

わたしの実感は 電気より水の大切さ。

病院・施設・マンション・オール電化など 絶対に電気が必要なところは別として、一軒家で 必要品の備蓄と水があれば 数日は大丈夫。

子らが小さいころに味わった たびたびの停電や断水と復旧後の赤水。

幸い 短期間であり、夫の実家に車で走り 入浴や洗濯をさせてもらった記憶が 蘇る。


ブラックアウトによる 信号遮断・物流の滞り・・・・

当初 1週間は停電か?の予想。

結局 わが家は43時間の停電だったが、1週間を そして いずれあるかもしれない断水・ガス遮断も視野に入れた。

本当に1週間 この状態が続いたら お手上げなはず。

同世代の友人たちが 自分たちは大丈夫でも 親の援助で、マンションの高層階に 水や食料を運んだ辛さを 電話で聴く。


今回の災害が教訓となり 電気に頼る生活・電力供給事情の 見直しとなるが、備蓄と日ごろの心がけで かなり不安が和らぐはず。

ただ、冬の災害は 全く別、このたびの季節のブラックアウトは 幸運としか いいようがない。


災害に見舞われて、”生きなくては” それにはどうすべき? 頭をフル回転させる自分に ”生”へのこだわりの強さを 感じる。

災害で 亡くなられたり 絶望の淵にある方々のためにも、生きていることを無駄にしてはいけないと おもう。






最終更新日  2018年09月13日 21時15分31秒
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2018年09月12日
カテゴリ:雑記
09月12日(水)02時18分

震災前日の5日は 強風で、日中に 用足しに出ようと 何度かドアを開けたが、自転車で転倒しそうなくらいの様子で あきらめた。

農家のハウスが飛び、被害が出たことも 話題に上らないうちに 6日明け方の地震となる。


停電が長引きそう・水とガスが使えなくなるかも。

そんな状況で、必要なところへの連絡・水の確保・冷蔵や冷凍食品の処理ほかで、頭を使う。


食品の確保は十分だったが、食器洗いが問題になるかもしれないと思い、食器にラップをかぶせ 使用後はラップを廃棄。

箸は 日ごろため込んだ 割り箸を使う。


物の散乱や家具が倒れる危険性のある余震に 気を向ける。

災害の中でも非常に恵まれた部類に入る我が家でさえ、夫婦ともども 1日が終わると どっと疲れが出る。

「もう来ないさ」「いやいや まだわからないわ」   日記代わりの家計簿の行動欄に 空白が目立つ。


7日目となり、冷静さを少し取戻し、いますべきことに 目を向ける。

友人との会話から、冬場は買い物が困難になることも多いので 冷凍食品を買い置きするが、腐りやすい夏場は 停電を頭に入れ、最小限の品ぞろえとしていることを 聴く。

わたしも 懸念していたが、詰め込みすぎた。

大いに反省して、常温で食べられるものに重きを置き 生鮮食品の流通が復活しても、多く買い過ぎないことを考える。


散乱した陶器・ガラス食器を片づける際に 手近に小さな箒とちりとり・使い捨てビニル手袋・ゴミ袋・雑巾・ウェットティッシュがあり、とても 役立った。

これらを より使いやすくまとめて 置こう。


先ほど、画鋲・クリップ・安全ピンなどを整理していたら、小さな丸いすべりどめが多数 出てきた。

早速、箪笥の上の電話機ほかに 貼り付ける。


食器類は 既に、処分したり置き場所を変えて 安全に気を配った。

もう一度検討して、さらに安全確保のため、シート状の滑り止めなどで 落下防止。

まだ 実行していないが、食器棚にガラス飛散防止シートを貼るつもり。


トイレには先ほどまで ポリバケツに水を張っていたが、2リットルペットボトルに詰め替え とりあえず3本置く。

2階のトイレも 空きペットボトルが出次第 備えておこう。


停電でアイロンが使えず、今まで以上にノーアイロン・速乾の衣類に代えてゆくことも こころがける。


寝室に行くときは フル充電した携帯電話・ヘッドランプも持参しよう。

千円札の常備も 忘れず心がけよう。


母との毎日の電話のやりとりで
「あなたもわたしもいまできることは、人に迷惑をかけない行動をこころがけることと、会う人々に 笑顔をとどけること」を 母に伝える。

母の荷物発送を引き受けた郵便局員さん・近所の店の店員さん・行き交う友人や知人・電話の向うの人にも 笑顔で元気よく挨拶や話をしている。

「元気?よかった」「たいへんね。もうひとふんばり。余震が来ないことを 祈ろうね」・・・・

みんなが前を向くことが できますように。






最終更新日  2018年09月12日 03時38分55秒
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2018年09月11日
カテゴリ:雑記
09月11日(火)08時09分 晴れ

米国同時多発テロから 17年。

幼馴染み ふたりのお誕生日。

今朝は 無事にお誕生日を迎えられた ふたりにお祝いメールをし、おしゃべりチャンスが来ることを願った。


<ありがたいこと>
猛暑・極寒の時期でなく、過ごしやすい季節に被災している。

母・わたしたち夫婦の内科的健康状態が よい。

住まいの環境(老人ホーム・一軒家)で、ブラックアウトになりながら 断水を免れる。

災害に対する知識・備蓄が ある程度あった。

メールが使え、すぐに家族に連絡がとれ、親戚や友人からの問いにも応えられる。

車を使え、車で 携帯充電が可能・町の様子も 知ることができた(情報がとれない不安から逃れる)。

しゃがむことが辛いながら、手術前の股関節で 支障なく家事ができた。

東北震災を味わった関東の家族・親戚・友人が 心配を寄せ、なにもできないとわかっていても「なにか力になれる ことは?なんでも言って」

その中で ”義援金かわりよ”のたよりと 千円札に崩した お見舞いが届く。被害は少ないから大丈夫と 伝えてあったが、経験上 現金 それも千円札がいざというときに役立つことを知っている友人からだった。


<反省点>
地震が来たときは危ないと認識しながら、背の高い夫が とりやすいようにと グラス類を食器棚最上段に入れてあった。陶器類は かけらが大きく拾いやすいが、ガラスは粉々。最終的に 充電式掃除機で ほぼ完全に撤去できたが。

食器が 多すぎる。これも 十二分に認識。割れた食器以外も 割れたと思って かなり処分。リサイクルショップと100円ショップで、木製品や割れない食器を購入。こだわりの食器は下方・引出しに 収納し直し。

夏場の冷凍食品詰め込みは危険と認識していたのに 多めであり、あわてる。

テレビ・ネットが使えず、時間があるのに ほかのことに気が向かない。かなり 依存症気味だったか。


<気付き>
信号がない・ガソリンがない・・・・停電から発生した 物流の滞り。無駄に思えても ある程度の備蓄の必要性を 再認識。

ATMが使えない・・・・我が家は母の経済管理のこともあり、千円札の常備他と多少の現金を手元に持つが、非常時は現金決済のみを目にし、困った人も多いのではと思った。

飲料水がない・・・・これも 常温保存の飲料の備蓄・庭のミニトマトなど、命をつなぐために必要なものが わが家にはあった。空ペットボトルも 水備蓄に役立つ。

不便を強いられている方々へは 必要品の送付などは しばらくの間、かなわない。

一人暮らしで心配する家族はなく「避難所へ行くことはいや。なにかあったら この家で死ぬの」の母の友人は、住み替えも 福祉のお世話も拒むので、なすすべがない。

恵まれた環境で 1日だけの停電で済み 3度の食事の心配がなかった母は、ガソリン給油待ちの行列・窓から見える位置の飲食店が なかなか開店しない様子・テレビで市内の惨状を見ても、ひとごとに思うらしく、遊びに出かけたがり 思いとどまらせるのに 苦労した。

高齢者が 過去の体験から心の準備ができていたかとおもいきや、すっかり忘れ去り おろおろするだけになってしまった方々が多いことも 知る。

ラジオから流れる情報の数字とは違う現実が多いことも 認識しておかなくてはならない。


家具倒壊の危惧・明かりの確保・食品や飲料の備蓄・避難所行きを促されたときに、従うこころと必要品の準備は 大丈夫か?

喉元過ぎれば 忘れてしまうだろうが、忘れてはいけないと 自分に言い聞かせ続けなくては。






最終更新日  2018年09月11日 09時45分26秒
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カテゴリ:雑記
09月11日(火)06時13分 晴れ

吹雪で前が見えなくなる ホワイトアウト。

これは 雪と縁が切れない当地では 珍しいことではない。


大規模停電によるブラックアウトには びっくりした。

北海道中が 停電になるなんて。

信号がなくなったとき、電気が来ない重大さを知った。


充電式掃除機・ラジオは 充電できる環境で威力を発揮。

いざというときは 電池式がものをいう。

ラジオもライトもだ。

今回は 昭和56年の水害を経験したわたしたち夫婦の 知識が 生きる。

夫のアウトドア好きゆえの知識と備えも 功を奏す。


温水便座に座って ボタンを押す・オーブントースターにパンを入れる・洗面所でスイッチを押す・・・・・電気が来てないことを忘れて ついしてしまった行動。

電気に頼ることを極力避けようとしてきたはず。

炊飯は炊飯器ではなく鍋で は通常どおり・いざとなったら外で七輪で煮炊き・手回しで通電するクルンパ(ポータブルストーブ)あり・・・・・・

もしか・・・・は、来てしまった。


幼子・動きにくい高齢者や病人と同居してないゆえの こころのゆとりを持ちながらも、まず 自分の身の回りのことで精いっぱいという現状も 知る。

昨日になり、生鮮食品の棚がカラのコンビニで会った 近所の人との安否確認・地域の友人たちとメールや 直に会話する場面がきた。

地震発生から 数字上では5日目。

オール電化住宅の問題点・太陽光パネルの不安(地震のみならず 強い台風も)・マンションの断水・・・・

昨日 地震お見舞いと近況を知らせてくれた友人のハガキで、元の実家近くのマンションの高層階での生活の惨状を知る。

”容器がなく 給水所に行けない・山の湧水でしのぐが お腹は壊さなかった”70代中盤と初盤の ご夫婦ふたり住まいだが、トイレほかも 不自由さを察することができる。

メールを嫌う方ゆえ 通信不能の日々のとき、お互いの安否を知らせる手段はなかった。


ブラックアウトからは解放されたものの 断水・避難所生活を余儀なくされている方々の お疲れや不安に 寄り添うこともできない。

電気に頼る生活の見直しの反省と、今後の生き方を 考え直さなければならない場面に直面している。






最終更新日  2018年09月11日 06時34分30秒
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2018年09月10日
カテゴリ:雑記
09月10日(月)05時37分

以前から懸念されていた 長引く停電に関して、マンションでの断水のたいへんさを 友人たちとのメール交換で 実感。

暑さが気にならなくなった北海道でさえたいへんなのに、台風の影響における関西地方での停電は いかほどかと おもう。


9月6日早朝の地震の5時間ほど前、我が家は 一瞬だったが 台風の影響による停電発生。

夫は不在で、すぐ 呼び戻す電話を入れた。

真っ暗闇から ほどなく電気回復で、懐中電灯・ろうそくの準備をする。


この停電は、かつても多く経験している わが家周辺だけのものだったらしい。

いつもどおりの明るい我が家に 帰ってきた夫は さして心配もせず。


隣家の火災とほぼ同じ時間帯の 大きな揺れ。

いつもと違う揺れに パニック気味で、「テレビだ!」夫と寝室から階下へ降りたものの 停電で なにもかも作動せず。

幸い 枕元に懐中電灯があり、携帯電話の明かり・日ごろ用意してある夫の灯光器(棒状)も助けとなって、台所付近の壊れた食器類の素早い撤去ができた。

2時間ほどで 外の光が期待できる時間帯であり、落ち着いて考え 関係先にメール送信もする。


充電式ラジオ・電池式携帯ラジオを 出し、最初は 充電式、乾電池確保後は 携帯ラジオと地域の防災無線を食卓テーブルに置き、通電までの2日弱 情報を取った。

ニュース速報で知った 九州や関東地区の友人・親戚からのメール問い合わせにも応えられる。

通常出勤した夫から、コンビニ・スーパー・ガソリンスタンド情報も入った。

営業できない・営業しても店の前での販売・長蛇の列・乾電池や懐中電灯の不足・弁当やパンはなし・・・・東北の震災を東京で経験した息子たちが こちらに来て「コンビニに ものがある」と大感激していた様子が 思い浮かぶ。


わが家は 食品と水分の備蓄・ラジオ・懐中電灯・LEDのランタン・ガスボンベ使用のコンロあり。

停電の長期化に備え 乾電池だけが 心細い状態。

長蛇の列は選ばず 街の電気屋さんの割高の電池を確保。

ガソリンは前日に入れてあり、不安なし。

震度の大きいところの被害におさまらず、北海道中が いつ回復するかわからない停電の恐怖と闘っていることを ラジオの情報から 感じとった。


わが家は停電に伴う断水を ひとまず逃れたが、いつ水が止まるかも知れないことは 覚悟しなくてはいけない。

風呂に水をはり ありったけの空ペットボトル・水筒・やかん・鍋ほかに 水を入れた。

ガスがあるうちにと、お湯を沸かし 魔法瓶へ。

洗濯ものも手でして だら干し。


次は冷蔵庫の中のものの心配。

半・全解凍してして困るものは?調理の優先順位を考える。

アイスを食べきり、冷凍コロッケはホイルにくるみ ガスレンジで食べられる状態に。

肉類は そぼろ・ほかの食材と合わせて煮物に など、いつもより濃い味付けで保存に耐えられるようにと調理。

近所の友人からも 調理した惣菜を手伝ってくれとの連絡が入り、取りにうかがう。

結果的には43時間ほどの停電・水とガスは影響なしという恵まれた中で 冷蔵・冷凍庫の中の食材はほとんど 無駄にすることがなかった。


停電・断水が同時に起こると、給水所頼みとなる。

どれほど多くの方々が 辛いおもいをしているのかと考えると 胸が痛む。

震源地付近の重大な災害被害や前日までの暴風被害・亡くなられた方・昼夜を問わず走り回る関係者の方々。

どうしてあげることもできない。

昨晩も 強めの余震を感じ、今後も 読めない。

これ以上 被害が広がらないことを 祈ろう。






最終更新日  2018年09月10日 11時35分26秒
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2018年09月09日
カテゴリ:雑記
09月09日(日)06時04分 晴れ

09月06日 03時08分 厚真を中心とした M7の地震が発生。

わが家も 大きな揺れを 感じ、食器棚から食器が滑り落ち 粉々になる。


スリッパを履き、夫が灯光器で照らしてくれる中、ビニル手袋を重ねて履き かけらを拾う。

ぬれ雑巾で 慎重に床をぬぐい、さらに ウエットティッシュで 光る微細なかけらを逃さぬように ふき取った。

暗がりが故に、ほぼ完ぺきに ガラスや陶器破片を 取り除き、台所と居間の通路を確保。


その後、4時24分に母にメールを入れ、こちらの状況と、母の安否確認。

離れた家族にも メールで状況報告。


心配した 母の絵画は びくともせず、朝に向かってなので停電も 気にしない様子で 安心する。

後に知ったが、6日いっぱいは 母のところも停電・断水はなし・3食 居室に届く。

7日は 8時半 施設内通電で 通常に戻るが、6日のデイサービスなし・7日の歯科衛生士 来ず、マッサージと掃除・洗濯は通常どおり。


こちらは、電力復旧が7日22時ころ。

ネット環境・固定電話復活が さきほど5時ころか。


目の前の地域が通電しても なかなか 通電しない状況に不安を覚えたが、結果は2日弱の停電・ガスと水は大丈夫という 幸せな状況で いまに至る。

とりあえず、大きな余震が来ないことに期待を寄せ、高いところの陳列物などの見直し・壊れやすいものの撤去ほかに 目を配る。






最終更新日  2018年09月09日 09時08分23秒
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2018年09月04日
カテゴリ:交流タイム
09月04日(火)05時52分 くもり

昨日は 平成30年(昭和93年)9月3日。

とあるホテルの2階の広間で行われた 昭和初期の札幌の映画館をスケッチで振り返る(スライドと当時のエピソードの紹介)・NHKラジオ テレビ番組「今週の明星」に関連した歌を歌う 会に母を連れて 参加。

母にとって 懐かしい映画館事情と 歌謡曲や映画主題歌の数々を見て・聴いて、会場の昭和ひとけた世代85名(9卓)の参加者とともに 堪能。

2回めの脳出血以来、歌を歌えなくなった母は 声にならない声で 正面のスクリーンに映し出された カラオケ画面の歌詞を 追う。

映画館に関するエピソードも どれもよく知るものだったらしい。


わたしは 映画館については ほとんど 知らず。

歌は リンゴの唄・青い山脈・川の流れのように のみ、大きな声で みんなと 歌う。

ほかの歌は、聞いたことがあるものが多数だったが、歌えるほどでは なかった。


テーブルでご一緒した方々と 少しだけ会話しながら、クッキーとコーヒー付きの2時間を 母娘で 楽しむ。


昨日の会では ゲスト出演で映画主題歌を歌った 知り合いの82歳や 杖をついた87歳の方など、素晴らしい歌声のご披露もあり、会場が わく。

コンサート終了後にタクシーに乗る人は わたしたち母娘以外に ほとんど見かけず。

外側だけみると とてもお元気な 高齢者の方々ばかり。

母の歩行車・杖をついた方が数名か?


当初、「あなたは お若いから 興味ないでしょう」主催者で知り合いの方から見せていただいた チラシ。

「これは ぜったい母が喜ぶ企画です。ちょうどデイサービスがないので、ぜひ 連れてゆきたいです」こんなやりとりが あった。

いま、母から
「おはようございます。今日もよい日です。昨日はありがとうございました。本当に嬉しかったです。ぜひあのようなコンサートまたしてほしいですね」 メールが入った。


プログラムを読み返し タイトルの下に”平成30年(昭和93年)9月3日(月)”と書いてあることに 気付く。

『平成』最後、 昭和に換算すると93 父が生きていれば93歳(父の誕生日は9月26日だが)の 記念すべき『9月3日」だったのか。

父のことは別としても、主催者のこだわりを 感じた。

ご案内をいただいた方には、母をこのうえなく喜ばせて頂き 深く感謝する。






最終更新日  2018年09月04日 08時04分45秒
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