今野華都子先生の「ハッピー洗顔教室」
2015年9月11日金曜日
銀座並木通りの『梅の花』で今野華都子先生と秘書の〇〇さんに会ってきました。本会の「報徳記を読む第3集」(非売本)に先生の仙台講演録を収録するためです。
今野先生と懇談していたら、話の流れで先生が岐阜でパーソナリティをしているラジオ番組の出演を依頼され、先生のオフィスに移動し、収録しました。収録前に「簡単な経歴を話してください」「報徳とは何ですか」など、簡単に対談の流れを説明され、本番で質問されました。報徳は何かについては、富田高慶が『報徳論』序文で整理した至誠・勤労・分度・推譲の四原理で説明しました。至誠(真心)をもって一生懸命働き(勤労)、生活に限度を設け出費を抑える(分度)ならば余剰が生ずる。その余剰を推譲する。推譲には自譲(たとえば自分の老後のため貯蓄したり、子や孫のため教育資金に支出する)と他譲(社会や後世のために推し譲る)がある。
他譲することは一見その人にとっては損をするように見える。そのために報徳を学ぶ必要があると『タライの譬え』で説明し、継続して実行することについて、『おわんの譬え』で説明しました。
今野先生から『報徳を生活にどのように活用していますか』と問われました。放送では私たちの会が本を刊行して全国の図書館に寄贈していることや、12月19日(土)に袋井市浅羽北公民館で報徳を近代産業に適用して成功させた鈴木藤三郎について講演するなどの活動をしていることを話しました。『報徳記』を読む会を始めて五年たちました。皆さんは報徳をどのように生活に活用していますか」と聞いた。〇〇がユニセフ募金を月々行っていることを挙げた。推譲のうち「他譲」が報徳を学んで実行できるようになってきたといえる。〇〇が「勤労に関する考え方が変わりました。七十まで働きたいと思います」と答える。「森信三先生は、分度と推譲が報徳の特徴といわれますが、勤労に対する報徳の考え方は日本近代資本主義が成立する上で大きな役割を果たしたように思われます。鈴木藤三郎の考えを引きついた荏原製作所の畠山一清氏は藤三郎の言葉を伝えています。『社会は年とともに発展、向上していかなければならない。そのため、我々は後世に蓄積を残さなければならない。我々が生活していくためには、みずから大変な消費をする。その消費を償って、なおかつプラスのものを、後世に残さなければならない。だから朝から晩まで働かなければならない』
「今野先生、二宮尊徳は4つの道というものを説いています。
天地の道、親子の道、夫婦の道、農業の道、この4つの道は互いに助け合う道で、すべてこの道にそうならば間違うことはないと。二宮尊徳の報徳訓には、
天地の道、親子の道、農業の道について触れていますが、夫婦の道については触れていません。最近思うのですが、この夫婦の道は親子の縦の道に対して横の道として大切ではないかと思うようになりました。私たちは幼い頃、両親のいさかいを見てそれが一つのトラウマになって、自分たちの結婚でも同じような争いや失敗をしているケースが多いのではないか。許すという言葉には『ゆるむ』という意味が入っています。許すとは実は相手を許すというより、自分のうちなる許せないというこわばりを解くもののように思われます。自らの深層心理をコントロールするには、意識の高い人に親近するほかに、自らコントロールする方法として呼吸法(瞑想や座禅も姿勢や印と一体となっ呼吸をコントロールすることによって心を制御するものです)や言葉によるやり方があります。五日市剛先生の『魔法の言葉』も言葉による自分の深層心理のコントロールにほかならないように思います。ですから、自分たちや父母の『夫婦愛が成就しました』と『疑いもなく不安もなく言い切る』とそうなる。そうした夫婦愛の完成が必要かもしれません。」
以前、東京青山の東京ウィメンズプラザで今野先生の講演会があり、参加したときに講演の始まりに
少し運動しましょうと 今野先生が呼吸法を紹介された。
その呼吸法は独特の印で手は組まない。
親指と人差し指を曲げてCのようにして、中指から小指までは真直ぐに保つ。
2015年9月11日金曜日午後1時半、銀座並木通りの「梅の花」で今野先生と秘書の方と三人でお話した。
その際に 「先生が青山で紹介された呼吸法のこの手の形は何か名前があるのでしょうか?」
「ありません」というお答えであった。
「以前、〇〇の日航ホテルで〇〇と一緒にお食事した際に、
先生は手をみせてくださいと私と〇〇の手をみられて
私の手には ありませんね 〇〇の手には できかけていますね ということを言われました。」
秘書の方に「ありませんねといわれると悔しいでしょう」というと苦笑しながらうなずかれた。
「そこでどういう手の形をすれば、手首から中指への手相ができるのか研究したのですが、
この手の形をすると、ほらできるのです。
それ以来、電車で座る時も寝るときもこの手の形をとるようにしていたら、ほらその線が出てきました。
どうもこの線は体のエネルギーの流れをよくすることをあらわすように思われます。
人間の体という小宇宙と天地という大宇宙が循環し交流する、そんな働きをなしているようです」
すると今野先生は最近こんな線ができたのですよ、とすべすべしてふくよかな御手の線を見せてくださった。
フーム、この線は意識して手の形をととのえることではできない。おそらくは意識のレベルが高まる時、内側から現れるものであろうかなどと思った。
2011.5.7
今野先生は、ハワイからシカゴに移動されて洗心洗顔教室や講演等精力的にこなされている。
「ホノルルから8時間でシカゴ空港に着きました。気温は5℃寒いぐらいです。
早朝5時着にもかかわらず、シカゴ盛和塾のMさんSさんが出迎えて下さいました。
ピンクのバラの花束とウエルカムボードを持って待っていてくださり感激しました。
2年前の講演会から明日の開講式まで大変な道のりだったと思います。・・・
本当に嬉しいです。」
2011.5.5
今野先生がハワイに行かれている。ハワイ盛和塾出席のためであるが、
ホノルルのkzooラジオ局で 平山とも子 さんパーソナリティの番組に出演して、
6/4ハワイ洗顔洗顔塾のお知らせをされたところ、番組終了後からすぐ申し込みがリンリンあったという。
昨年はロサンゼルス・ニューヨークなど講演され、南アメリカ大陸にも行かれたが、
その活動が全世界規模になってこられた。
五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」も韓国語バージョンが完成したという。
3.11は、潮目の変わり目でもあって、日本から世界への発信力が強くなりつつあるのかもしれない。
<今野先生のブログから引用>
義援金1億5千万円
2011-05-05
ハワイ盛和塾で世話人会で経営者悩みの質問にお答えしながら
東日本大震の現地からの報告と災復興お話しをさせていただきました。
ハワイからは義援金が1億5千万円集まったそうです。ある食品会社の社長は自分の会社でも義援金を募集したがかつてない大金だったそうです。
ハワイのこの地もかつて津波の大きな被害を体験していることと、
ハワイに移住した日本人、子孫である日系人の皆様が尊敬される生き方をしハワイに貢献されていることがひとつの要因でもあります。
感謝。
2011,4,29 今野先生のブログに マキア のことが出ている。
「今日は千代田区神田神保町の 集英社アネックスビル1階 J1スタジオでマキア8月の撮影です。
カメラマンは大崎聡さん2年振りの再会、美容ジャーナリストの高橋美智子さん読者モデルの明日香ちゃんとスタジオスタッフで撮影開始です。
以前美容特集で私の話を聞いて表面だけじゃないキレイに気持ちが動いたそうです。
2年ぶりの大崎さんはスリランカでアーユルヴェーダをやっている方ににご縁があり何回もスリランカに行っているうちに価値観が少しずつ変わってきたそうです。
そしたら3月10日に帰国しこの震災。自分が表現したい視点で対象物をとらえる写真を写したいと言っていました。
子供の何気ない日常を切り取った写真を見せてくれました。
写真に人柄が出ます。
マキア8月号洗顔特集は嬉しい人との再会の場でもありました。
いい仕事をしている人は顔に出ている。」
マキア8月号洗顔特集、チェックチェック
2011.3.13 サロン・オアシスのメール通信に今野先生からのメッセージが載っている。
「今野先生からのメッセージをお伝えいたします。
*******
この度の地震により被災された皆様方に心よりお見舞い申し上げます。
ご心配おかけしております。
地震で、停電断水で連絡がつかなかった弊社職員も無事が確認できました。
他事ながらご安心下さいませ。
これから更に
日本人の生き方が試されています。
助けあい
自然と調和する生き方を模索して行きましょうね。
お祈り下さいまして、ありがとうございました。
感謝
一年の終わりの月にこうしてお会いでき、素敵なお話を聴けて幸せであった。感謝。
●今野先生のニューヨーク講演が盛況のうちに終わったとブログに出ていた。
「私はいまシカゴで真夜中の1:00です。
シカゴ商工会議所の講演会と、「シカゴ洗顔洗心塾」が終了し、明日はロサンゼルスです。」ともある。
ニューヨーク講演の模様については、次のように記されていた方がいた。
世界一のエステシャンでもあり、タラサ志摩スパ&リゾートの取締役社長でもあられる今野華都子さんの講演会が盛和塾主催でニューヨークで開かれたのです。
(略)
今回は「経営を語る」というテーマで、今野さんがどうやって45歳でエステシャンになり、その後エステのお店を経営し、今ではタラサ志摩ホテルの社長を務めるまでに到ったのか、また人はどうやって育てるのか?をご自分の経験談をふんだんに折り込みながら約3時間、1回の休憩も挟まずにお話しして頂けました。
一語一句すべての言葉を細胞に刻みこむ思いで聴かせて頂きました。
すべてにおいて、心がけていらっしゃることは
「心が騒がぬこと」とおっしゃられていました。
そして常に「良心で判断すること」
「あたりまえのことをあたりまえにすること」これが今野さんの生きるうえでの理念なのだと思います。
1つ1つの言葉に「愛」があり、「強さ」があり、「優しさ」があり、
3時間!感動の嵐でした
(略)
やはり立派な経営者は考え方、思い方、全てにおいて違うのですね
また夢が叶ったことに感謝。
そしてこうして生きていられることに感謝。
家族に感謝。
みなさんに感謝。
地球に感謝。
あぁ、すべてに感謝。
今野さんのお話しを聴くと感謝の気持ちが湧き水のように溢れてきます!
あぁ感謝
素直に受け取り、素直に感動し、素直に感謝することの素晴らしさ
☆今野先生への 自分の母、義父母の3人を介護し、子育てをしている女性からの次の感謝のメール には 感動させられる。
お礼がいいたくてメールしてしまいました・・・・・・・・・・・・
以前、義父が夜中、「背中が痒いから掻いて」と電話してくると話した時、
今野先生が「まぁ可愛い」と言われました。
わたしは、義父のわがままと思ってたのに、
今野先生は可愛いと思いはるんや~っと驚き、
その日から、義父の注文を可愛いと受け取るようにしてみました。
一昨日も、背中を掻いてたら、「わたしの父が生きてたら、してあげたかったな。
いま、義父にさせてもらえるのありがたいな」って涙がいっぱいでてきました。
夜、洗顔してたら、
「あ~自分のわがままを気づかせてくださるために、義父はその姿をみせ、
わたしから、愛をひきだすために、
義父、義母、実母の介護をさせていただいているんだ」と、お詫びとありがたい気持ちで涙がとまりませんでした。
その日も夜中3時におもらししたと電話がありました。
以前は義務感でかけつけてましたが、
ありがたい気持ちでかけつけ、
綺麗にしていると、
義父がいままで一度も言ったことのない、
「ありがとう」という言葉が口からでてきました。
主人も義母も信じられないと喜んでいます。
わたしは昨日から、
世界中にむかってさけびたいくらいの幸せの中にいます。
そこへ導いてくださった今野先生のあの一言。
わたしはなんとお礼を言っていいかわかりません。
本当に本当にありがとうございます・・・・・
介護はみかえりを期待しない奉仕をさせてもらえるすごい機会で、
じつは、愛と感謝というみかえりをすごくいただいています。
本当に幸せな私です。
ありがとうございます・・・・・・・・・・・・・・・・・・返信無用ですm(__)m
レタスクラブ・ムックから今野先生の「顔つまみマッサージ」が出版された。
今野先生は45歳のときにエステの世界(全く経験のなかったまつ毛パーマの店を仙台駅前にたちあげたことから全てが始まった)に飛び込み、わずか5年足らずでフェイシャル部門で日本最優秀グランプリを受賞し、2004年12月、世界110カ国の代表が集まったパリのエステの世界大会で最優秀グランプリを受賞された。
今回のムック本には、今野先生が世界大会で最優秀グランプリをとられた技法が惜しみなく紹介されている。
2004年、フランスの企業が主催フェイシャルの世界大会で、私は最優秀グランプリを受賞しました。
右はそのときにパンスモンマッサージを施した、ある60歳女性の施術前・施術後の写真です。
強い乾燥肌でお肌にまったくハリがなく、口の周りには無数のシワがあり、口角が下がって口がヘの字になっていました。しかしマッサージを続けるうちにお肌に潤いが戻り、口角も上がって口もとの小ジワが消えました。
健康的でふっくらとしたお肌に生まれ変わり、審査員から高い評価をいただきました。(今野先生)同9ページ
2004年、フランスの企業が主催したフェイシャルの世界コンテストで、私(今野華都子さん)は最優勝グランプリを受賞しました。
グランプリを受賞したときに施術した女性は60歳。強い乾燥肌でお肌にハリがなく、口の周りには無数の小ジワができていましたが、マッサージ後は、みるみる肌にハリと潤いが戻り、口元にあった無数の小ジワも消え、審査委員から高い評価をいただきました。
女性ならばだれもが、きれいになりたいと思っているはずです。そこでエステティックサロンに通えない方にも手軽に行え、結果が出るセルフ・マッサージを考案しました。
それが、この本でご紹介する今野華都子(こんのかつこ)式「パンスモン・マッサージ」です。パンスモン・マッサージとは、お肌を一定方向からつまんだり、はなしたりして、お肌の働きを活性化する美容術です。
このマッサージは、肌のハリやツヤのもとであるコラーゲンの生成を高め、血液とリンパの流れを促して、たるみやシワ、くすみの改善に、きわめて高い効果を発揮します。また、赤ら顔や顔の左右のアンバランス、乾燥肌、ニキビなど、みなさんがあきらめかけている悩みも、ご自身の手で改善に導くことができます。・・・
マッサージを続けていくと、お肌に潤いや弾力が生まれ、お顔が小さくなっていくのがはっきり実感できるようになります。
(略)
2008年8月末にパンスモン・マッサージ教室を受講した。
実感したのは、本や写真だけではこの指つまみの技法は習得しがたいということであった。
その強さぐあい(1.2ミリという皮膚の薄さを意識した実に微弱なものであった)速さ、タッチは、見せてもらい、やってもらい、やらせてもらってはじめて実感できるものであった。
「パンスモンというのはフランス語でつまむという意味です。
これが私がフランスで世界一になった技です。
このDVDには、パンスモンの技法がこれでもかというくらいつめこんであります。
こんな場合はどうするんですかという疑問に答えられるようにしてあります。」
具体の実習に入って驚くのは、小さくやさしくつまむということである。
洗顔教室の洗う強さ、早さ、タッチそして泡の状態と同じで絵や写真・文章を読んだだけでは習得できない。
直接今野先生のやり方を見て、触ってもらう必要があるということを実感する。
「私は洗顔教室や講演会で一年中日本を飛び回っています。移動の時間が私がパンスモン・マッサージをする時間にあてているんですが、タラソに帰ったらスタッフが『先生ずいぶん小顔になりましたねえ』と驚いておりました。」
そしてその先生の言葉どおりみんなまず顔の左半分をパンスモン・マッサージして、終わった後、前の人を立たせて向き合わせるとみんなから驚きの声があがった。
右側に比べて明らかに頬の位置が上がり、たるみがなくなって小顔になっているのだ。
しかも、前に立った全員がそうなっているのだ。
「週一回くらいでいいのです。やりすぎないようまた強くつまみすぎないように気をつけてください。」
「これを見せつけられると、やらないわけにいかないわね。」
と隣の女性が小さな声で決意を自分に言い聞かせるように言っていた。
サンマーク社の新著の案内では、今回の本についてこう紹介されている。
「 ただ顔を洗うという
シンプルな習慣がもたらす奇跡
話題のエステティシャン、初の著書!
内容
欧州の企業が主催するエステティシャンコンテストでみごとグランプリに輝いた経歴をもち、また国内でも実力派のリゾートホテルとして名高い「タラサ志摩ホテル&リゾート」の社長としても注目の女性、今野華都子さん初の著書です。
今野さんがエステティシャンとなったのは45歳のときと遅めのスタートですが、エステサロンを経営しながら取り組んだ人材教育は、口コミで全国に広がっていきました。
また2007年4月からは、まったく経験のないホテル業のトップに就任し、経営不振だったホテルの再建に着手。
「仕事とは、生きるとは」を従業員一人ひとりと向き合うことで、スタッフに仕事への情熱がよみがえり、ホテルが生き返りました。
社長業の傍らライフワークとして全国で洗顔教室を開催。
10年間でおよそ5万人に洗顔の大切さを伝え、その洗顔法はエステティシャンのあいだでも評判となっています。
本書は、そんな今野華都子さんの活動の集大成的な1冊。洗顔方法はもちろんのこと、人としての「心」のあり方や磨き方にもふれています。
「毎日のよい習慣は、やがてその人の心の品格、ひいては魂の品格まで高めてくれると私は信じています」―今野華都子
本の中の挿絵もとても素敵だ。
水をテーマにした写真もとても上品で見ているだけで心がやすらぐようだ。
この本を編集し、装丁した人たちの心が伝わってくる。
この本を作るにあたって、担当の編集者が今野先生との打ち合わせのためにご自宅を訪問したときの驚きがこのように描かれている。
今野先生と初めてゆっくり話をしたのは、ご自宅に招いていただいたときでした。
必要最低限な生活用品しか置かれていないシンプルな部屋。
テーブルに座って向き合いながら、1つひとつ体験談を聞かせていただきました。
とくに毎晩、寝る前に顔を洗うときの話が印象的でした。
「その日にあった、良いことも良くなかったことも、すべてに感謝をしながら顔を洗います。そして、まっさらな自分に戻った気持ちで眠りにつきます。翌朝、新しい自分になって、目覚めに感謝をしながら1日を迎えるのです」。
今野先生がどのような洗顔法を行っているのか、詳細は本書にゆだねますが、洗顔も心磨きも、あたり前のこととして実践している先生の「大切なもの」を1冊にまとめました。
きっと、あなたが心の奥深くで求めている「何か」に出会えると思います。
☆今野華都子さんの講演会が2008年5月9日の18:30から大井町駅近くの品川区総合区民会館きゅうりあん小ホールであった。「顔を洗うこと 心を洗うこと」の発行記念も兼ねている。
友人と聞きに行った。
ただただ、もう今野先生の話に圧倒されてしまった。
「運命を変える言葉」に、「いくつになっても人間は変われる」という話が載っている。50歳になった男性社員の話である。
彼は27歳から45歳までの17年間ヨーロッパに住んでいましてね。
外国籍を手にしてシェフのトップとしての地位を確立していたのです。
でも日本の友達からいろいろな日本の話を聞くうちに、何か感じることがあったのでしょう。
1998年に帰国したんです。
その後、その友達と一緒に仙台で自然食品の店を経営して、私のサロンにもよく出入りしていたのですが、男二人分の給料って大変ですからね。結局2年半で店を閉じてしまったんです。で、どうするかを考えた時、頭に浮かんだのが私のサロンだったそうです。
つまり、「お野菜やお米を届けると、廊下まで笑い声が聞こえてくる。お客様からありがとうと言われる商売って、なんて素敵なのだろう。自分もこういう仕事を始めたい」と思ったらしいのです。
そこで彼はドイツに行ってフットマッサージの技術を身につけてきました。ところが日本に帰って立ち上げたマッサージの店も3年でつぶし、外国で前受けした年金も全部使いはたしてしまうんですね。
ちょうどエステサロンの前の事務所が空いていたので、私は「うちに来たら」と誘いました。エステのお客様が帰りにそこでフットマッサージができたらと思って、社員として雇ったんですね。ところが彼は<彼のために>助手として雇ったサロンのスタッフと喧嘩して辞めさせてしまうなど、なかなか組織に馴染めずに、そのうちに売上げもどんどん減ってきました。
何かアドバイスしようものなら、必ず「いや!俺だってこうですよ」という否定形の答えが返ってきました。
「あのね、人と話する時は、『ああ、そうですか』と相手を受け入れて、それから自分の意見を述べなさい。・・・」
彼にはそのように何度も言い聞かせました。
・・・
私は2年半の間、「こういう日本の優しい言葉、相手を思いやる言葉を使おうよ」と言い続けてきたんですが、・・・なかなか変わる様子もなくて「もう駄目なのかな」と半ば締めていました。・・・
(ある時彼が料理の店をやりたいというので「辞めていいから、自分の力でやりなさい」と今野さんは言う。)
初めて私は「辞めなさい」と言ったんです。この言葉は彼にとってとてもショックだった様子です。
その時に初めて「私は何であなたを雇ったと思いますか?」と聞いてみました。
・・・
「あなたは外国での人間関係がいやになり、日本に憧れて帰ってきたんでしょう。・・・この8年間いろんなことがあったね。こんなはずじゃなかったと思ったでしょう。あなたはもう50歳を過ぎている。何か一所懸命にやろうとしても、いいところせいぜいあと10年よ。あと10年一生懸命働いて、日本人でよかった、日本っていい国だな、日本に帰ってきてよかったなと思って人生を終ってほしかったの。だからそう思える場所を提供してあげたかったの。それが日本人として私があなたにできることかなって思ったのよ」
彼はしばらく黙ってうつむいた後、涙を浮かべて「どうもすみませんでした」と言いました。そして次の日、従業員一人ひとりに頭を下げながら「いままで済まなかった。もう一回一緒にやらさせてください」と挨拶したんです。
それからとても不思議なことが起きました・彼のフットマッサージの店が、その次の日からお客様が入るようになったんです。・・・
彼が変わったことできっと何かが変わり、それでお客様を呼び込んだのだろうと思います。
講演会の最後の質問の時間に一人の男性が質問した。
「私は今50歳なので、『運命を変える言葉』に出てくる50歳の人のことがとても気になるのですが、
あの男の人はその後どうなったでしょうか?」
今野さんは満面の笑みを浮かべて
「よくぞ聞いてくれました。」
「彼は今では独立してフットケアの店を立ち上げてとても繁昌しています。
仙台に帰ると『今野さんには足を向けて眠れない』と言って足を向けて寝ています。」
これは本当にすごいことだ。二宮尊徳先生も「私の心願は人の心を開発することである」と多くの人を感化したのであるが、川崎屋孫右衛門や剣持広吉のように尊徳先生のもとを離れたり、なくなったりした後、元の木阿弥状態になった人が多い。
その意味で今野さんの感化力というのは、あるいは二宮尊徳以上かもしれぬ。
それはそうしたみんなが「今野さんならどうするだろう」といつも腹の底において行動するようになるからである。
今野さんは太陽みたいな大きな発光源である。この発光源の偉大さは、「一隅を照らす」発光源を新たに作り出して、それがさらに周りを光らせていることにほかならない。
☆大阪日日新聞の2008年4月23日(水)に今野華都子先生の講演会の記事が載っている。
「日本エスティック協会主催の2008年度第2回講習会が21日、淀川区西中町6丁目のチサンホテル新大阪で開かれ、カリスマエステティシャンと評判を呼び、ホテル経営者として活躍する今野華都子(54)=三重県志摩市、タラソ志摩スパ&リゾート社長=が講演。
「自分が好きなことを、やり抜くことが天職につながる」と強調した。
今野さんは酪農家の一主婦だった45歳の時、「長男と長女の学費を稼がなければ」の一念で、仙台市の6畳一間の古いマンションの一室を借りて開業した。
「仕事を始める際、自由に使えるお金は18万円。使える広告費はなく資格もなし。まつ毛パーマの施術を仕事と決め、自らチラシを作って路上で配りました。200人に声を掛けて、やっと最初のお客さんに出会えました」と振り返る。
今野さんは「どうしたらお客さんに喜んでもらえるか」と、専門書や通信教育などを頼りに勉強。
「何で?の疑問を一つ一つ取り除いていくことで、自然と結果が出せた」という。
2004年には、インターナショナルコンテスト(フェイシャル部門)で最優秀グランプリ(世界一)を獲得。
経営者としても手腕を発揮し、
「人を愛し、育てるのが私の使命」と奔走。
「日々、目の前のことをきちんと丁寧にこなしていくことがすべての基本」と締めくくった。」
☆今野華都子先生のハッピー洗顔教室に参加した。
そのごく一部を紹介しよう。
今野先生は、講演の最初に「ハイと返事をしましょう」と返事することの大切さを教えられた。
「人は大人になると子どもの時の基本的なルールを忘れがちです。人をいじめない、嘘をつかない、そういう基本的なルールを教わりませんでしたか?」
そしてまた洗顔教室を開く理由も教えられた。
「顔は365日洗うのに、顔の洗い方を親から教えて貰ったことがありますか?学校で教えてもらいましたか?子どもに洗顔の方法を教えていますか?」
皆かぶりを振る。本当だ、顔の洗い方なんて見ようみまねでしてきたことで親に教えてもらったことなんてない。
「なぜキレイになりたいのだと思う?昨日の自分よりキレイになりたいのではありませんか?自信を持って向かって生きていきたい。私の人生はよかった。命をいただいてよかった。そう思って命の終りを迎えることができる。命輝いてみえるようにではありませんか」
「私は12回大きな病気をしました。43歳の時、劇症肝炎でした。この病気になると必ず死ぬといわれるような病気です。35歳までは、人は生き方が大事だ、顔だの外見は重要ではないと思っていました。小さい頃から病気ばかりで、早く世の中に出て生まれてきてよかったと思えるよう自分を育てたい、自分を使ってあげたい、早く中を育てないといけないと思ってきました。腎臓を患うと顔の色が悪くなり、顔がきたなくなります。外には関心ないと思ってきたのに、『このシミ消えないかしら』と思う自分がいました。こんな自分ではいけない、キレイに自分で向かおうと思うようになりました。27歳の時、農家に嫁いで子育てをし、45歳の時、子どもが大学と高校生に一度に上がる、お金がない、子どものを進学させたいと働くことにしました。長年家にいて何にも特別にできない。
6年後、エステを始めて4年後、世界一になりました。エステは通信教育を受けて学んだのです。
特別な事はできないと言いますが、皆さんは縄文人から見たら宇宙人ですよ。できません!私ができることはみんなできるのです。難しい!そんなことでもやれる人がいる。皆さんも最初会社で仕事をした時、誰も経験したことのない毎日だったではありませんか。
キレイになってからどう歩ませていくか。
『すごく嬉しいです。超ラッキーです』と言えるか。
自分がどう思っているか、肯定的に受け取るか。
「はい、分かりました」と言えるか、難しいと思うか。
38億年前に生命が生まれました。私たちの持っている遺伝子は勝ち続けている最強のDNAなのです。スイッチを入れればすべて叶う、無限の可能性を持っている存在なのです。自分のものの考え方次第です。できないと思っている人はできない。嬉しい、素敵です、私は恵まれている、愛されてこの世にいる。プロジェクトXという番組がありましたね。あそこに出てくる人は決してあきらめない。いつもどうしたらいいだろうとやり遂げたい気持ちがある。何かしらきっかけが起こる。たった一人でもそれをやれるという静かな信念が鍵を開く。」
「私のエステの店にAさんとBさんがいて、私が同じように施術してもキレイになる人とならない人がいる。Aさんはとても仕事ができるキャリア・ウーマンです。
よく見ることが大切です。目の前のことを丁寧にすることが大切です。Aさんに洗顔をしてもらうと私が見ているから、いつもより丁寧にやったんでしょうが、ちゃちゃしかもゴシゴシ洗顔する、これが原因だと思いました。
意識しないと顔の真ん中は洗えない。これが普通の洗い方だと思っている。全ての原因は自分を作っている。
3ヶ月で骨まで入れ替わります。」
「私は2日で5時間ほどしか眠りませんが大丈夫です。
本当に自分に足りないものは子供が食べながら寝るように体は食よりも眠りを求めます。眠れないというのは我儘です。死にそうになるまで起きていればよい。人はヤワにできていません。」
「自分を生かす人を生かす、幸せにしてあげるのは自分、自分をそういう方向に向ける。」
洗顔教室は30名が限度である。
「なぜ30名に限定しているのでしょうか。それは洗顔のタッチは直接触ってあげなければ分からないからです。」
今野先生は一人ひとり目の前に座らせて、手を顔にみたてて泡を手につけてゆっくりと泡で手を回しながら撫でられた。
一人ひとりにその人にあった言葉をかけられる、その言葉が心に響き渡って涙を流す人もいる。
今でもわたくしにかけられた言葉は公案のように私の胸に響いている。
☆「致知」9月号に五日市剛さんと今野華都子さんの対談が載っている。
「技術は愛情です」今野華都子さんの言葉である。
五日市剛さんとの対談集「運命を変える言葉」13ページにも出てくる。
今野さんは1998年に始めて美容の仕事につかれ、その6年後の2004年の第1回LPGインターナショナルコンテスト(フェイシャル部門)で日本最優秀賞となった。
それは世界大会で日本代表になるということであり、その3ヵ月後フランスで行われた世界110か国中で第1位の最優秀グランプリを受賞された稀有の方である。
最初はまつ毛パーマを仙台駅近くのマンションの一室で一人で始められた。
したがってエステということでは、実に5年足らずで世界一になられたのである。
五日市 短期間に世界一になられた秘密をぜひお聞きしたいですね。
今野 タイトルをいただいた時に同じようなことを皆さんから聞かれました。
その時に私は「ベースの部分はどんな仕事でも一緒でしょうけれども、技術は愛情です」とお答えそたんです。
五日市 技術は愛情ですか。
今野 皆さんは、「この人にはこういう技術が効く」とか「このパックはこうやる」という具体的なノウハウを期待していたらしいのですね。
だから「技術は愛情です」と答えた時はすごく分りにくかったようでした。
もちろん、シミ、シワなどお客様によっていろいろな悩みがあると思いますが、私はまずその人たちの話をよく聞くようにしています。
そうすると「このシミが気になっていたけれども、別の部分に原因があって、それをよくしないとシミは取れない」と分かってきます。
ですから、その人の話を十分に聞いて、繊細な気持ちでしっかり肌を見て、総合的によくしてあげることが大事なんです。
人の肌質は100人いたら100人違います。
その人にあった施術をするには、化粧品一つにしてもその肌にあうものを注意深く選択しなくてはいけないんですね。
五日市 なるほど。
ということは、ポイントは、お客様への細やかな心遣い。
お話をしっかり丁寧に聞いて、注意深く肌を見る繊細な気持ちにある、ということですね。
それが世界一につながった。
今野 はい。
これは私にとってはごく普通のことで、エステの技術とは相手を思う心が形になったものだと思っています。
ですから優勝の秘密と言われても、エステのマッサージの回数とか、どういう特別な化粧品を使ったか、ということではないのです。」
☆今年の1月初め、東京で「運命を変える言葉」出版記念講演会があり、今野さんが講演された。
そのとき、私がどういう施術で世界大会で優勝したかお見せしましょうと
何枚ものスライドを見せられた。
顔のひどいシミとかソバカスが数回の施術後きれいになくなっている。
「本当はもっとキレイになっているのですけど、きれいに後が残っていないと分らないのでその一つ手前のものをお見せしています。
エステをやっている方ならこれがどれほどすごいことかお分かりになると思います。」
とのことであった。
技術は愛情である、農業も愛情である、職業すべてが愛情によって自分も人も活かすものとなる。
わたしたちの人生そのものが愛情によってほんとうに活き活きと光り輝くのであろう。
☆「運命を変える言葉」から
今野 こういうことがありました。
以前のサロンが手狭になって、3年間、新しい場所に引越すことにしたのですが、
そこの家賃が7倍だったのです。売り上げは7倍にはなりません。
経営的に大変な危機でした。
私の友人から
あなたは今、大殺界のまっただなかだから絶対にやめなさい。
さらに天中殺だよ。
さらに北が悪いと言われているのにそこ真北なんですね。
さらに6月が悪いと言われているのに6月なんですよ。
7つ悪いと言われたんです。
絶対悪いと言われたんです。」
五日市 で、どうされたのですか?
今野 それを聞いて私は『これはぜったいやらなきゃ』と思いました。
なぜなら人生は楽しくなきゃいけないですよね。
でもそれは決して楽をすることではない。
小指でちょちょいとできることをやっても楽しくないんですよね。
どうせやるなら困難を乗り越えてこそ、本当の楽しみが得られるとそう考えたわけです。
五日市 それはすごい発想ですね。
確かに苦難を乗り越えた後の達成感は幸せそのものですね。
今野 そこで私は従業員を集めました。
そして『7つ悪いと言われているんだけど移ります、
しかも6月6日に移ります』と話をしました。
『今からやろうとしていることは、大嵐が来ている中、船を出すようなものです。
今までは私が働けば船は動いてきました。
でも大嵐の中では、今までしてきたように
○○ちゃん、大丈夫?
○○ちゃん、具合悪いの?
と気を使っている時間はないですよ。
それどころか大嵐で振り落とされないようにつかまっていなさい。
それから 帆を揚げなさい! と私が言ったら
帆を揚げるくらいの気力がなかったら付いてきちゃいけないよ。
だからその覚悟がない人はここで船を降りなさい。
みんなが私についてくることが幸せなことだとは思っておりません。
たまたま私はこれまでご縁があってあなたがたとここまで一緒に来ました。
でもこれからは覚悟がいります。
だから私と一緒に自分の人生を構築したいとする人、これが腹におさまっている人、これしか付いてきちゃいけません。』とそういうことを話しました。
そして
『ここで降りる人を卑怯者だとは思わないですよ。
人それぞれの人生があっていいんです。
だから自分がまだそれまでの覚悟ができていないと思ったらここで船を降りなさい。
そして私がこの嵐を切り抜けて穏やかな航海になって、また乗りたかったら拾ってあげます。
だからその覚悟がある人だけ私についていらっしゃい。
私は私のこれからの人生をあなたたちを育てることにかけます。
それが私の人生の目標です。』とも言いました。
そしたら従業員の人たちは黙っていたんですね。
覚悟を決めるとはどういうことかということをその時話しました。
そして結局全員が付いてきました。
五日市 いや、すごい話ですね。
今野 一緒に行こうという皆の気持ちが固まっていなければ、行く意味がない と思いました。
先に立つ者は言葉も大事ですが、発する者のイコール生きざまだと思うんです。
五日市 人の生きざまは、行動でしか伝わらない。
今野 大事なのは、言葉と常日頃の実践です。
その価値観を共有するスタッフがいて、その中で自分を生かすステージが会社なのだと私は思います。
☆「自分が得たものは誰かに返さないといけない」と。
今野さんは子どものころ、祖父や父からとっても可愛がってもらった。
でも、今はもう祖父も父も亡くなっていて
「誰かに恩を返すといっても、目の前の人に返す以外にありません。
ですから人様のお役に立てるということは
『いただいたものを自分の周囲の人に返すこと』
そう思いまして、これが私の生き方の基軸となりました。」(34ページ)
☆5月9日大井町のキュリアンで今野華都子先生の新著「顔を洗うこと心を洗うこと」の出版記念を兼ねた講演会があった。
そのときの、質問で一人の男性が手を挙げた。
「私は今年50歳で、あの『運命を変える言葉』に出てくる50歳の男性がその後どうなったか、とっても気になるのですが・・・」
「よくぞ聞いてくださいました。」と今野先生は答えられた。
「今では独立して、お店も繁昌しています。
今野先生には足を向いて寝れませんと言いながら、足を向けて寝ています」とみんなを笑わせた。
ああ、よかった。二宮尊徳の報徳記にも大磯の川崎屋孫右衛門のように尊徳先生に出会って感激して随聞している間は、高邁な行いが実践できるのだが、それから離れたり、尊徳先生がなくなると、以前のように自分さえよければというような我欲におおわれて転落する、元の木阿弥状態になる人物が多い。
今野先生に接し、その人に感動する人はそういうことはないようである。
なぜであろうか?
おそらくは、いつもこう自問する習慣が身についているのだ。
「今野先生ならどうするだろう?
今野社長ならどのように判断され、どのように行動されるだろう」と。
☆「壮快」2007年11月号に「魔法の洗顔術」の特集があり、イラストがついていた。
この洗顔術を自分でも実践して2ヶ月近くになる。
そしてイラストをカラーコピーしてたくさんの人に差し上げた。
私の父母をおじちゃん、おばちゃんと慕ってくれた姉妹にはこう付け加えた。
「この洗顔術を続けるとね、自分の内側から観音様が顕われてくるんだよ」
そして母の葬儀にあたってお世話になった何人かには、ハッピーウォーターをエステサロンパセオから取り寄せて、その由来を話して感謝の心とともに差し上げた。
今野先生のコメントを11月号からピックアップしてみよう。
○顔の左右が完全に均等なもうが珍しく、だれしもが多少はアンバランスな点はあるものです。
ただ、それを気にして隠すことが続くと、肌のお手入れがおろそかになったり、表情も少なくなったり、表情も少なくなったりして、陰の気(マイナスのエネルギー)がたまります。
魔法の洗顔術で、隠していたほうの顔の血液循環がよくなって、リンパ(体液の一種)の流れが整い、陰の気が抜けて、ほうれい線や目の腫れぼったさが改善しました。
顔の均整が取れたことが、精神的にもよい効果をもたらしたのでしょう。
○皮膚をこすって洗顔をすると、表面の皮脂膜を取って潤いが奪われ、皮膚が薄くなります。
また、洗顔石けんなど、アルカリ性の洗顔料を使って洗顔していると、本来の弱酸性の肌に戻るまで時間がかかります。
そうした間違った洗顔が、肌を乾燥させ、シワの原因となっているのです。
魔法の洗顔術をきちんと実行すると、肌の新陳代謝が高まり、肌の乾燥、シワ、黒ずみなどを改善することができます。
○温度の高すぎるお湯で洗ったり、ゴシゴシこするように洗うと、皮膚の健やかさを保つ潤い成分まで奪われ、肌のみずみずしさを失ってしまいます。
すると、肌の新陳代謝が低下し、乾燥してゴワゴワした肌になり、シミやシワもふえてきます。
正しい洗顔で生まれる、張りのあるみずみずしい肌は、若々しく見せてくれます。
○深呼吸しながら洗顔をすると、新鮮な酸素が体内に取り込まれ、肌の新陳代謝が活発になって、老化防止効果をもたらします。
また、洗顔を通して自分と向き合うことで、毎日の暮らしの中でたまる、心の疲れや偏狭になった見方なども取り除くことができます。
特に女性はきれいになると自信がついて、心に余裕が生まれ、内面の輝きも増す人が多いのです。
○魔法の洗顔術を行うと、血行がよくなり、たるみが引き締まるので、口角を上げるのに役立ちます。
でも、それだけではなくこの洗顔術が、心に働きかける効果も大きいのです。
口角が下がるのは、ほおのたるみなど、年齢から来る影響もありますが、不満など心の状態が表情に出ることとも関係します。
不満があると感謝の気持ちが足りなくなり、口もとは文句を言いたげに。
いつもそうした口もとでいると、口角も下がってしまいます。
魔法の洗顔術では、自分の顔を、自分自身以上に大切なものを洗う気持ちで、ゆっくり優しく丁寧に洗います。
そうすると、心にたまったアカのような不満まで洗い流され、感謝の気持ちがわいてきます。
その感謝の心が表情にも現れるのです。
「壮快」11月号に「今野華都子さんの魔法の洗顔術」の特集記事の「やり方イラスト図解」より。
準備1 お湯の温度は30度前後。温かいというより水に近い感じ。
準備2 顔をお湯でよくぬらす。
準備3 手をよく洗い、手の汚れや油分を落とす。
1.洗顔料をしっかりと泡立て、顔全体に泡をのせる。
2.ゆっくり、優しく、こすらないように、息を吐きながら洗う。
(1)おでこ
眉間から、らせんを描くようにこめかみへ。5回くり返す。
(2)ほお
鼻の横から円を描くように。5回くり返す。
(3)ほお側面
こめかみから耳の側面を下り、円を描いてこめかみに戻る。
5回くり返す。
(4)鼻
目の下のくぼみから小鼻を通り、円を描くように鼻の稜線を上がる。
5回くり返す。
(5)口の周り
口の下のくぼみから小鼻を通り、円を描いて口角の外側、唇の上を通って戻る。
5回くり返す。
(6)ほお下側
口角の下から耳の穴の前まで、円を描くように。5回くり返す。
(7)まゆ
まゆ頭からこめかみへ。5回くり返す。
(8)まぶた
まゆの下のくぼみに沿って、こめかみへ。5回くり返す。
(9)目の下
目頭から目の際ギリギリを通って、こめかみへ。5回くり返す。
3 最低10回、30度のお湯ですすぎをする。
4 もう一度、1、2をくり返す。
5 片手でおでこから顔の中心をクルクルとらせんを描いて下る。
6 両手で全部の泡をゆっくり回す。
7 最低20回、30度のお湯でかけすすぎをする。
8 冷水を5回かけ、お肌を引き締める。