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電光影裏 春風を斬る

☆電光影裏(でんこうえいり)春風を斬る

 会社からの帰りがけ、古本屋に寄ったら山岡鉄舟の「剣禅話」があった。
山岡鉄舟は、最後の武士道の体現者というべき人物である。
特に書でもなんでもやるときに「衆生無辺誓願度」と言いながらやるという話がいたく気に入って、正心調息法の小息のとき、私も「衆生無辺誓願度」と口に出しながらゆっくりと息を吐く。
ちょっとした工夫だが、口にするだけで気持ちが実に雄大になる。

「衆生無辺誓願度」とは、「生きとし生けるものをことごとく救います」という菩薩の四誓願の一つである。
剣禅話の「剣法と禅理」はそうした山岡鉄舟が悟ったありさまが書かれ興味深い。
少し抜き出してみよう。

山岡鉄舟、幼名鉄太郎は9歳の頃、剣を久須美閑適斎に習い、その後井上清虎、千葉周作などに20年ほど学んだ。
たまたま一刀流の浅井又七郎と試合したが、全く歯がたたない。
以後、剣術修行に一層精出したがどうにも勝てない。
昼は試合、夜は独座して精神を凝らしたが、ひとたび浅井と対する念を起こすと、山に対するようでどうにもならない。

そこで滴水和尚のもとで参禅した。
和尚は「要はただ無の一字のみ」といい、

「両刃(りょうば)鋒(ほこ)を交(まじ)えて避くるをもちいず
 好手(こうしゅ)還(かえ)りて火裏(かり)の蓮(はちす)に同じ
 宛然(えんぜん)自(おの)ずから衝天(しょうてん)の気あり」

という公案を鉄舟に与えた。
鉄舟は三年の間これを考察したが、分らなかった。

たまたま平沼専蔵という豪商が書を書いてくれと山岡鉄舟の家に頼みに来てこんなことを話した。

「世の中は妙なものです。
自分ながら不思議です。
私はもともと赤貧の家に生まれましたが、はからずも巨万の富を得ました。
青年の頃、500円ほどの金ができたときに商品を仕入れましたが、物価が下落気味だという世評に早く売りたいと思ったら、同僚が弱みにつけこんで踏み倒そうとするのです。
私の心はドキドキして、胸が騒がしくなり、かえって迷ってしまいました。
そこでもう構わず放任しておいたところ、数日すると商人どもが私のもとに来て、元値より一割高く買うと言うのです。
そこで今度は一割じゃ売れないと答えると、すると五分あげてきたのです。
そこで売っておけばよかったのに、欲に目がくらんで高く売ろうと思ううち結局2割以上の損をしました。
その時商法の気合を悟りました。
大きな商いをしようと思えば、すべて勝敗損得にびくびくしては商法はできないとわかったのです。
何事を企てるときも、まず自分の心の明らかな時にしかと思い決めて、それから仕事に着手すれば決して是非に執着しないでズンズンやることにしたのです。
その後はおおよそ損得にかかわらず、本当の商人になることができました。」

山岡鉄舟は、この話を聞いて、滴水和尚の公案と相照らして、自分の剣道と考えあわせる時はその妙味は言うべからざるものがあった。
明治13年3月25日のことがある。

山岡鉄舟は、翌日からこれを剣法に試み、夜は沈思すること約五日、二十九日の夜、呼吸に集中し、天地の間に一物がないの心境がした。
すでに夜中あけがたになっていた。
鉄舟は坐上で、剣を振り上げて浅利と試合をする形をとったが、浅利の幻を見なかった。
「我れ、無敵の極所を得たり!」

そこで門人を呼んで木刀で試合しようとしたが、木刀を振り上げただけで「先生許してください」と門人は叫んだ。
「私は先生にもう長いことお仕えしていますが、今日のような不思議な勢いは初めてです。
私は到底先生の前に立つことはできません。」

ここで鉄舟は浅利を招いて試合を行った。
一声たちまち電光石火の勢いであった。
浅利は突然刀をなげうって正座して言った。
「あなたは既に達せられた。私の及ぶところではありません」

そこで浅利は一刀斎が伝えた無想剣の極意を山岡鉄舟に伝えた。
明治13年3月30日のことである。
鉄舟はさらに工夫を重ね、無刀流を開くにいたる。
明治以後新しく剣法の流儀を始めたのは、山岡鉄舟ただ一人である。

「私の剣法はただその技を重んずるものではない。
その心理の極致に悟入することを欲するだけである。
いいかえれば天道の源を極めようと願うところにある。
ああ、諸道もまたこのようなものであろうか。
古人曰く「業は勤むるに精しい、勤めれば必ずその極致に達する。」と。
諸学人にお願いする。怠ることなかれ。」


「私が発明したところを無刀流と称するのは、心のほかに刀なきを無刀という。
無刀とは無心というのと同じで、無心とは心をとどめないということだ。
心をとどめれば敵がある。心をとめなければ敵はない。
昼夜工夫を凝らして怠らないときは、いったん豁然(かつぜん)として無敵の地を明らかにするであろう。疑うことなく修行しなさい。」


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