2007/08/15(水)22:22
国民会議派、ガンジーの非協力決議案を採択する
「自叙伝」より
ガンジーはグジャラート政治会議に非協力決議案を提出した。
反対派は、予備的論戦で、会議派の地方会議は会議派大会に先立って決議を採択する資格はないと主張した。
ガンジーは、こう反論した。
「制限というものは後ろ向きの運動にのみ適用できる。
しかし、前向きの運動であれば、下部組織でもその運動をする十分な資格がある。
下部組織に必要な勇気と自信があるならば、義務として率先して行うべきである。
さらに下部組織が行う運動で、上部組織の威信を高め、下部組織それ自身の責任において行われるものは、上部組織の許可はいらない。」
そして非協力決議案は投票によって圧倒的多数で可決された。
会議派全国院会は、この問題を審議するために、1920年9月、カルカッタで会議派臨時大会を開く事を決定した。
ララ・ラジパット・ライが議長に選ばれ、臨時列車がボンベイからカルカッタまで運転された。
ガンジーはマウラナ・ショウカット・アリの要請に基いて、汽車の中で非協力に関する決議案を用意した。
しかし、この時点で誰が決議案に賛成か、反対かガンジーには皆目見当つかなかった。
ガンジーの決議案では、パンジャブの虐殺ならびにキラファットに対する不法の償いを求める見地から、非協力が要求されているに過ぎなかった。
スリジャット・ヴィジャヤラグウヴァチャリは論じた。
「非協力を宣言するならば、なぜそれは特定の不法に関連ずけて行われなくてはならないのか。
スワラジ(自治)の欠如は、この国が苦しめられている最大の不法ではないか。
非協力はその不法に反対して行われるべきだ。」
ガンジーの非協力案は、自治の要求を決議のなかに組み入れるなど、真剣な論議を経て通過した。
カルカッタで開かれた会議派の臨時大会で採択された諸決議は、ナグプルで開かれる会議派の年次大会の承認を受けなくてはならなかった。
いくつかの修正が行われた後、決議案は満場一致で採択された。
会議派の規約修正に関する決議もまた、カルカッタの臨時大会で提出された後、この大会でとりあげられた。
ガンジーが提出した会議派規約では、会議派の目指す目標は、スワラジ(自治)の達成ということになっていた。
会議派の一派は目標をイギリス帝国の枠内に自治を限ろうとしたが、この見解は多数の賛成票を得ることはできなかった。
規約の原案は、目的達成の手段は平和的であり合法的であるべきであると規定した。
この条件も手段に制限をつけるべきではないと反論したが、率直な論議の後、原案を採択した。
ヒンズー・イスラム両教徒の統一、不可触賎民制度の排除、ならびにカーデイ(手織り布地)についての各決議もこの大会で採択された。