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2009年07月28日
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カテゴリ:尊徳先生の世界
大久保忠真公墓(教学院)

報徳日めくりカレンダー(発行 報徳学園報徳教育部)より

28日 

のどかさや
 だいばんじゃく
 大磐石の人ごころ


「ニ宮翁俳句」

「これもニ宮尊徳の俳句である。尊徳はどんな場合にもびくともしない『不動心』をいつも生かしていたが、この俳句も不動心のままにゆったりした人間のあり方を詠んでいる。」

 大学

詩云、節彼南山、維石巖巖。赫赫師尹、民具爾瞻。有國者不可以不慎。辟則爲天下●矣。 

04詩に云く、「節(せつ)たる彼の南山、これ石巌々たり。赫々(かくかく)たる師尹(しいん)、民ともに爾(なんじ)を瞻(み)る」と。国を有(たも)つ者はもって慎まざるべからず。辟(へき)すればすなわち天下のりくとなる。

詩云、殷之未喪師、克配上帝。儀監於殷、峻命不易。道得衆則得國、失衆則失國。 

05詩に云く、「殷のいまだ師を喪わざるとき、克(よ)く上帝に配す。儀(よろ)しく殷に監(かんが)みるべし、峻命易(やす)からず」と。衆を得ればすなわち国を得、衆を失えばすなわち国を失うを道(い)う。

是故君子先慎乎徳。有徳此有人、有人此有土、有土此有財、有財此有用。

06このゆえに君子はまず徳を慎む。徳あればここに人あり、人あればここに土あり、土あればここに財あり、財あればここに用あり。

二宮翁夜話巻の5
【20】翁曰く、大学に、仁者は財を以て身を起(おこ)す、といへるはよろし、不仁者は身を以て財を起す、といへるは如何(いかん)、夫れ志ある者といへども、仁心ある者といへども、親より譲られし財産なき者は、身を以て財を起すこそ道なれ、志あるも、財なきを如何(いかに)せん、発句(はつく)に「夕立や知らぬ人にももやひ傘」と云へり、是れ仁心の芽立(めだ)ちなり、身を以て財を起しながらも、此の志あらば、不仁者とは云ふべからず、身を以て財を起すは貧者(ひんしや)の道なり、
財を以て身を起すは富者の道なり、貧人身を以て財を起して富を得、猶(なほ)財を以て財を起さば、其の時こそ不仁者と云ふべけれ、善をなさゞれば、善人とは云ふべからず、悪を為さゞれば、悪人とは云ふべからず、されば不仁を為さゞれば、不仁者とは云ふべからず、何ぞ身を以て財を起す者を、一向に不仁者と云はんや、故に予常に聖人は、大尽子(だいじんし)なりと云ふなり、大尽子(だいじんし)は袋中(たいちゆう)自ら銭(ぜに)ありと思へり、自ら銭ある袋決してあるべき理なし、此の如き咄(はなし)は、皆大尽子(だいじんし)の言なり、又人あれば土(つち)ありともあり、本来を云へば、土(つち)あれば人ありなる事明かなり、然るを、人あれば土(つち)ありと云へる土(つち)は、肥良(ひりやう)の耕土(かうど)を指せるなり、烈公の詩に「土有て土なし常陸(ひたち)の土、人有りて人なし、水府の人」とあり、則ち此の意なり。


(訳)尊徳先生はおっしゃった。「大学」に、「仁者は財(ざい)を以て身を起(おこ)す」といっているのはよいが、「不仁者は身を以て財を起す」と言っているところはいかがか。志がある者とであっても、仁心がある者であっても、親から譲られた財産がない者は、身をもって働いて財をおこすことこそが道であろう。志があっても、財産がないことをどうしよう。俳句に「夕立や知らぬ人にももやひ傘」という句がある。これが仁心のめばえである。身をもって働いて財産を起しながらも、この志があれば、不仁者とはいうことはできない。身をもって働いて財を起すは貧者の道である。財をもって身を起すは富者の道である。貧乏人は身をもって財を起して富を得、なお財をもって財を起さば、その時こそ不仁者といえるであろう。善をなさなければ、善人とはいえない。悪をなさなければ、悪人とはいえない。そうであれば不仁をなさなければ、不仁者とはいえない。どうして身をもって財を起す者を、一概に不仁者といえようか。だから私は常に聖人は、お大尽(おだいじん)であるというのだ。お大尽は袋の中に自ら銭があると思っている。自ら銭ある袋など決してあるはずがない。このような話は皆お大尽の言葉である。また「人あれば土あり」ともある。本来をいえば、土あれば人ありである事は明白である。しかるを、人あれば土ありという土は、肥料の十分な耕土を指している。烈公の詩に「土有りて土なし常陸の土、人有りて人なし水府の人」とある、この意味である。




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最終更新日  2009年07月28日 23時03分26秒
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