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2012年10月14日
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カテゴリ:広井勇&八田與一
「評伝 技師 青山士(あきら) その精神の軌跡」高崎哲郎著 その2
 内村鑑三との出会い
P41 内村鑑三は札幌農学校第二期首席卒業生で、在学中にアメリカ人宣教師メリマン・C・ハリスから洗礼を受け、クリスチャンとなった。洗礼名をヨナタンとした。
内村の同期11人のうちのは、新渡戸稲造、広井勇らクリスチャンの国際的学者・教養人が輩出する。
明治23年(1890)10月30日、教育勅語が発布された。この年、内村はは第一高等中学校の嘱託教員として勤めることになった。月給は65円で、担当は英語と地文であった。同校では、新年の1月9日授業開始に当たり、天皇親著の教育勅語を受領し、改めて奉読式が挙行された。教頭久原が教育勅語を奉読し、教員と生徒が「奉拝」することになっていた。内村はわずかしか頭を下げなかった。
P41
この行為は、キリスト教徒による不敬事件として新聞などで喧伝された。職を追われ、友は離れ、暴徒の襲撃を受け、「国事犯人」として旅館にも泊れなかった。
その後、内村は明治30年(1897)以降「万朝報(よろずちょうほう)」などで藩閥政府批判など辛らつな論説活動によって、知的青年層の心をとらえた。
P44 内村は「武士道の台木にキリスト教の福音を接木する」ことを目指した。
P49 大賀一郎(大賀ハスの発見者)は、「彼(青山)が内村先生の門をたたいたのは、明治32年彼が22歳の頃であった。彼は一高の寄宿舎で同室の浅野猶一郎君にすすめられて、共に神田教育会館で内村先生の『日本の今日』という講演を聞いた日に始まる。この時から57年、彼はこの先生の弟子となり、一平信徒として終始一貫その生涯を神と共に歩んだ」(工学士青山士君の面影)
神田教育会館での『日本の今日』という内村の講演は次のようなものだった(p49-54)
「私は日本の今日の社会を泥土際限なきの不忍池にくらべた。その水面には紅蓮の咲くを見るも、その水底は汚泥極まりなくして地球の中心点にまで達するであろう。フランス国の腐っていること、かのドレフェス事件に照らして見てもわかる。けれどもその腐敗に限りあることは小説家ゾラのような正義の士あるをもって証明された。米国の社会も同じようなものだ。そのフィリピン征伐は確かに不義の戦争である。けれども米国のいまだ全く社会的に死せざるは、米国人中に幾多の清士があって、この不義の戦争に対して激烈なる反対を唱えつつあるのでわかる。しかるに日本にあっては不義は不義として認められるが、これに対する反抗はない。これ社会的生命の死滅した兆候である。・・・・・
 日本の今日の社会は道徳的にはカオスである。『地は定形なくむなしくして暗黒淵の面にあり』というような状態である。・・・・・・しからば我らはいかにしたらよろしいか、この国はついに救われないのか、志士のこの世に処する術はいかん、これ目下の大問題である。
 しかしここに我らを慰めるに足る一つの事実がある。すなわち日本の今日の状態は決して日本に限るものではないということである。過去の世界歴史を調べてみれば、日本の今日のごときカオスに陥った国はいくつもあった。紀元前後のローマがちょうどこんなものであった。また18世紀の終わりより19世紀の始めにかけた英国の状態もほぼこんなものであった。またオランダにもこんな絶望的時期があった。そうしてその国民らがこれらの場合をいかにして切り抜けたかということは歴史が我らに伝える最も尊き教訓である。ワーズワースの詩を読んでみると、当時の英国の有様がよくわかる。彼はフランス革命の結果によって、ヨーロッパ全体ならびに彼の英国の救われることを望んだが、その事ならずして全く失望した。よってこのことについて彼の妹の勧めに従い、地上の聖人国を断念して彼の心中に新王国の建設を始めた。彼は英国湖水地方のライダル山にひきこもって彼の隠退的新事業に従事した。そして彼の偉大なる作によって何十万の英人の思想発展史に注意する者の何人も認めるところである。
 しからば日本、今日の混濁の世に処するにいかにすべきや、今ここにいささか私の方針を述べよう。
 まず第一にこの社会にたよるを止むべきである。・・・・・・
 第二、もし社会と他人は頼みえずとならば、我らは我ら自身に頼るのみである。これ実に我らを支えるに足る唯一の土台石である。・・・・・・我々は国家救済だとか、社会改良だとかいうことを企てることをやめることである。・・・・・・多くの人は直接の同胞2,3人を救い得ざるに、さかんに国家救済を唱える、これ焼死の至りではないか。カーライルは彼の『バーンズ伝』の終わりに『国を救わんとし、社会を救わんとするが如きは愚人の業である。私はまず目下の責任を尽くさんのみ』と言った。我らはようやくにして我ら自身を救いうる者である。・・・・・
 第三、けれども人間という者は、彼自身をも救い得ない者である。彼は何か他に頼るべきものなくして立つことのできない者である。・・・彼が人たるの威権を得るに至ろうと願えば、彼はまず動かすことのできないある者に頼らなければならない。
 ここに至ってゴッドを信ずる必要が出てくる。・・・・・・しかしこの後のことは言わない。言うと全く宗教演説になる。しかし今述べた3か条の自救法とも称すべきものは日本の今日の社会において我らにとっては目前の急務であることは諸君も承知するだろうと思う。
 このようにしてまず国家救済または社会救済は止めて自己改築に従事すればついには日本国の再建も全く望みのないことではないと思う。これ実にワーズワースmp改善策であって、またカーライルの取った方針である。そうしてその西洋諸国において大成功をおさめたことは歴々の事実であれば、我ら日本人も今日よりこの法の実施に着手すれば遠からずしてこの腐敗きわまれる社会をも復活することができようと思う。かく観じ来たれば、日本の未来とても希望多々である。・・・・・・今日の要は強き個人性(individuality)の養成にあるのである。これ私が今日諸君に告げんと欲する私の所望である」(
東京独立雑誌1899・11・15)





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最終更新日  2012年10月14日 11時30分53秒
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